「Miwotsukushi」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

Miwotsukushi - (2007/09/02 (日) 21:26:29) の最新版との変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

初めは些細な好奇心だったと思う。 そりゃあ俺だって年頃の男子なわけで。 同じ年代の女の子が――ここでレナたちは対象外とする――どんな生活をしてるか気になるのだ。 別にいつご飯食べてーとか、いつ風呂入ってーとか、そんなんじゃなくて。 あぁ、もうだから。彼氏とか作って、恋愛に身を注いだりするのかなって話だ。 興宮の学校に行っている詩音なら。男女の壁を越えて友達の輪が出来てしまう、雛見沢に住んでいない詩音なら。 そんな思いに駆られて、詩音に俺は「詩音って彼氏いるの?」って質問をしていた。 俺にとっちゃ、別に詩音に彼氏がいようがいまいが、関係ないことであった。 沙都子の面倒を見る良き姉のような存在。その為に毎日うちの学校まで来るのだから、俺は彼女を仲間と疑わない。 それでもどうも、興宮は雛見沢よりもはるかに進んでいるイメージがある俺には、俺のような歳でも恋愛をするのか疑問に思っていたのだ。 詩音は少しの間俺の顔を見つめて、そっと視線を下に落とす。 ちょっとだけ考える仕草をしたのだが、「イエス」か「ノー」しかないはずの質問に、なんで考えるのだろうと、俺は疑問に思った。 「好きな人――――はいますよ」 少しだけドキリとする笑顔を見せて詩音は言う。 きっとこれって『片想い』ってやつなんだろうなぁって感想を持ちつつ、俺は更に深追いを敢行した。 「どんな奴なんだよ、サッカー部の部長とかか?」 それ圭ちゃん、マンガの読み過ぎーって突っ込みを入れられて、詩音はまた無言で目線を俺から外し、何もない正面の空間を見つめる。 いつの間にか表情が、笑みと言うよりかは、哀愁のこもった顔となっていた。 「サッカーじゃなくて野球やってましたけど……」 咄嗟に浮かんだ、某超究極甘党のニキビ坊主の顔を頭の中で消しつつ、詩音の続きを待つ。 「圭ちゃん……、悟史くんって知りませんか?」 「悟史……。あぁ……」 確か魅音が部活で使う推理ゲームのカードに、『悟史』と書かれているのを俺は思い出した。 まだ部活に入って数日のこと……。 綿流しも終わった今となっては、かなり懐かしい気もする。 だって綿流しの日は俺の人生で、最も濃密な一日だったのだから。 思えば、あの日を境に俺を取り巻く環境――――、いや、魅音を中心として何かが変わった気がする。 最近どうも魅音が俺を避けるようになったと言うか……。 対照的にレナたちが急に、俺と魅音を残して帰ってしまったりだとか。 驚いたのは園崎本家から直々に、俺へあのばかでかい屋敷に招待されて夕食を馳走になったことだ。 あの時の茜さんとお魎ばあさんは上機嫌だったな……。 まさか未だに、委員長の話の勘違いから始まった、俺と魅音が結婚するとかなんとかの話を引きずってるのだろうか。 「悟史って、沙都子の兄ちゃんだよな。転校しちゃったとか聞いてるけど、へぇ……じゃあ遠距離恋愛ってやつかぁ」 「遠ければまだ……、救われるんですけどね……」 え?、と俺が聞き返しても、詩音はそれ以上口を開かなかった。 どうやらあまり聞かれて欲しくない想いだったらしい。口は災いの元。これ以上聞くのは危険なのだろう。 口先の魔術師はこれ以上の詮索をやめて、詩音と共に彼女のマンションへと無言で歩き出した。 圭ちゃんに送られてマンションへ戻った私は、ひどく不機嫌となっていた。 理由は……分かるんだけど、何で不機嫌になるか、その過程が分からなかった。 最近流行のブラックボックスってやつなのかなぁ、と思考を巡らせる。 AがBになるのは分かるんだけど、どうBになるかが分からない。 「ハウなんだよね、ハウ」 と、傍目には分からない独白をして、私は枕に顔を埋めた。 遠ければ救われる、と私は圭ちゃんの前でぼやいた。 それは『諦める』とか『どうしようもない』と言う気持ちが生まれるからだ。 会いたいと思っても、私とそのカレとの距離という問題が、私の中で決定打となる。 手紙を書けばいいだろうし、電話だってかけられる。 ――――だが、私は別に会えない訳じゃない。 訳じゃない、なんて困難さがあるんじゃない。雛見沢に行けばすぐに会える。 だけど手紙を書こうが、電話をかけようが、悟史くんはなにも返事をしてくれない。 私は話しかけることすら許されておらず、ガラス越しに眠る悟史くんを見つめるだけ。 見つめるだけ。と言うのがどれほど苦しい感情なのか、他の人はご存じなのだろうか。 一日何も飲んでいない人の目の前に、コップ一杯の水があるとしよう。 あなたは卓袱台の前で正座し、そのコップを眺めて乾きを潤す想像しか許されない。 これならば無い方がまだ意識しないで済むのに。 しかし一度存在が目の前にあることを知覚してしまったら、目をつぶってもコップは消えてくれないのだ。 「圭ちゃんのバカぁ……」 傷を掘り返されて、かさぶたさえ出来かけていた私の気持ちは、再び落ち込んでしまった。 こんな時の対処法を…………、私は既に学んだ。 私は自分の居間の扉を開き、玄関の所で靴を履く。 鍵は持たない。そんな時に行く場所と言えば、私にとって一つしかない。 玄関を出てたったの数メートル。私の付き添いを任されている、葛西が住んでいる部屋のチャイムを鳴らす。 「葛西―、詩音―、開けなさーい」 静かな物音が鳴ったと思うと、葛西は躊躇もなく扉を開けて私を見据える。 疑うことを知らないのかこいつは。と思っていた時期もあったが、疑われても葛西との交流が面倒になるので大いに結構。 むしろ既に夜の十時を越えているのに、普段来ているダークスーツを未だ纏っていることを、私は結構としてはいけない気がする。 「詩音さん……、何のご用ですか」 低く芯の通った声は相変わらず。 最近こうやって部屋を訪問するのはなかったので、サングラス越しで少し戸惑っている目をしているのに違いない。 …………そう言えば、こいつはもしかして部屋にいるときもサングラスをしているのか? 「んーちょっと相談がね。聞いてもらいたいことがあってさ」 承諾の返事も聞かないまま、私は葛西を押しのけて靴を脱ぐ。 ある意味暴挙ともいえる行動にも葛西は無言で私を通す。 不満さえ覚えるはずだろうに、彼は本当に私に尽くしてくれている。 やはりかあさんの面影を、私に抱いているのだろうか。 それはショットガンを使いこなす裏の顔の、更に深いところにある葛西の顔のような気がした。 「それで詩音さん、相談とは」 部屋の主であるはずの葛西が立ち、半ば不法侵入の私はフローリングが剥き出しの居間に座る。 私がソファに手を差し伸べると、葛西は一礼してから腰を落とした。 「葛西に正解を言ってもらいたいんじゃないんだけどね」 そう、最初に前置きしてから、私は今日の圭ちゃんとの会話。そして自分の心の不甲斐なさを語る。 感情的にならないよう冷静に、あくまでも淡泊に私は言葉を続ける。 葛西は殆ど圭ちゃんのことを知らないに等しい。だから私は本当に解答が欲しいのではない。 この問題は1やエックスからなる数学の問題ではなく、多種多様の返答がある道徳なのだから。 時間にしては数分程度のことだったと思う。 それでも私は、一時間以上もやもやとして頭にくる原因が、すっきりとした感覚を覚えた。 ストレスは溜めるからこそ不快の根元となる。発散さえすれば、何も恐れることはないのだ。 その発散の仕方が、私はただ平和的なだけ。学んだ、とはそう言うことだ。 葛西は一度も私に相槌をせずに、じっと私の方へと顔を向けていた。 頷きもせず、顔をしかめたりもせず、至って中立の立場で私の話を聞いているようであった。 私が話し終わって、カーテンも閉まっていない窓の奥を見始めても、葛西の口が動くことはない。 数分は経ったと思う。 葛西は詠うように喋り出した。 「私はどんなことがあっても、詩音さんが選んだ道を支持します」 それは姫に仕える騎士のような忠誠心。 「間違った道であるなら諭しはしますが、それでも詩音さんが選ぶなら私は従います」 それは主人に仕える執事のような冷静さ。 「詩音さんは考えすぎな面もあります。でも今のあなたには一人で考えるのを許さない友人がいるのでは」 それは村を見守る神のような荘厳さで、葛西は口元を弧の字に和らげるのだった。 あなたが話す相手はもう私ではない。この興宮にあなたが居る意味などない。 重厚な葛西の声が耳を通して脳に行き渡り、凛と響く意が私の心を満たしていく。 壁に掛かっている時計を見る。 短針は10、長針は4を指していたが、私は雛見沢に出発する準備をするため立ち上がった。 「葛西、今から車を出せる?」 「承知」 向かう先は…………園崎家に居る園崎魅音のもと。
初めは些細な好奇心だったと思う。 そりゃあ俺だって年頃の男子なわけで。 同じ年代の女の子が――ここでレナたちは対象外とする――どんな生活をしてるか気になるのだ。 別にいつご飯食べてーとか、いつ風呂入ってーとか、そんなんじゃなくて。 あぁ、もうだから。彼氏とか作って、恋愛に身を注いだりするのかなって話だ。 興宮の学校に行っている詩音なら。男女の壁を越えて友達の輪が出来てしまう、雛見沢に住んでいない詩音なら。 そんな思いに駆られて、詩音に俺は「詩音って彼氏いるの?」って質問をしていた。 俺にとっちゃ、別に詩音に彼氏がいようがいまいが、関係ないことであった。 沙都子の面倒を見る良き姉のような存在。その為に毎日うちの学校まで来るのだから、俺は彼女を仲間と疑わない。 それでもどうも、興宮は雛見沢よりもはるかに進んでいるイメージがある俺には、俺のような歳でも恋愛をするのか疑問に思っていたのだ。 詩音は少しの間俺の顔を見つめて、そっと視線を下に落とす。 ちょっとだけ考える仕草をしたのだが、「イエス」か「ノー」しかないはずの質問に、なんで考えるのだろうと、俺は疑問に思った。 「好きな人――――はいますよ」 少しだけドキリとする笑顔を見せて詩音は言う。 きっとこれって『片想い』ってやつなんだろうなぁって感想を持ちつつ、俺は更に深追いを敢行した。 「どんな奴なんだよ、サッカー部の部長とかか?」 それ圭ちゃん、マンガの読み過ぎーって突っ込みを入れられて、詩音はまた無言で目線を俺から外し、何もない正面の空間を見つめる。 いつの間にか表情が、笑みと言うよりかは、哀愁のこもった顔となっていた。 「サッカーじゃなくて野球やってましたけど……」 咄嗟に浮かんだ、某超究極甘党のニキビ坊主の顔を頭の中で消しつつ、詩音の続きを待つ。 「圭ちゃん……、悟史くんって知りませんか?」 「悟史……。あぁ……」 確か魅音が部活で使う推理ゲームのカードに、『悟史』と書かれているのを俺は思い出した。 まだ部活に入って数日のこと……。 綿流しも終わった今となっては、かなり懐かしい気もする。 だって綿流しの日は俺の人生で、最も濃密な一日だったのだから。 思えば、あの日を境に俺を取り巻く環境――――、いや、魅音を中心として何かが変わった気がする。 最近どうも魅音が俺を避けるようになったと言うか……。 対照的にレナたちが急に、俺と魅音を残して帰ってしまったりだとか。 驚いたのは園崎本家から直々に、俺へあのばかでかい屋敷に招待されて夕食を馳走になったことだ。 あの時の茜さんとお魎ばあさんは上機嫌だったな……。 まさか未だに、委員長の話の勘違いから始まった、俺と魅音が結婚するとかなんとかの話を引きずってるのだろうか。 「悟史って、沙都子の兄ちゃんだよな。転校しちゃったとか聞いてるけど、へぇ……じゃあ遠距離恋愛ってやつかぁ」 「遠ければまだ……、救われるんですけどね……」 え?、と俺が聞き返しても、詩音はそれ以上口を開かなかった。 どうやらあまり聞かれて欲しくない想いだったらしい。口は災いの元。これ以上聞くのは危険なのだろう。 口先の魔術師はこれ以上の詮索をやめて、詩音と共に彼女のマンションへと無言で歩き出した。 ---- 圭ちゃんに送られてマンションへ戻った私は、ひどく不機嫌となっていた。 理由は……分かるんだけど、何で不機嫌になるか、その過程が分からなかった。 最近流行のブラックボックスってやつなのかなぁ、と思考を巡らせる。 AがBになるのは分かるんだけど、どうBになるかが分からない。 「ハウなんだよね、ハウ」 と、傍目には分からない独白をして、私は枕に顔を埋めた。 遠ければ救われる、と私は圭ちゃんの前でぼやいた。 それは『諦める』とか『どうしようもない』と言う気持ちが生まれるからだ。 会いたいと思っても、私とそのカレとの距離という問題が、私の中で決定打となる。 手紙を書けばいいだろうし、電話だってかけられる。 ――――だが、私は別に会えない訳じゃない。 訳じゃない、なんて困難さがあるんじゃない。雛見沢に行けばすぐに会える。 だけど手紙を書こうが、電話をかけようが、悟史くんはなにも返事をしてくれない。 私は話しかけることすら許されておらず、ガラス越しに眠る悟史くんを見つめるだけ。 見つめるだけ。と言うのがどれほど苦しい感情なのか、他の人はご存じなのだろうか。 一日何も飲んでいない人の目の前に、コップ一杯の水があるとしよう。 あなたは卓袱台の前で正座し、そのコップを眺めて乾きを潤す想像しか許されない。 これならば無い方がまだ意識しないで済むのに。 しかし一度存在が目の前にあることを知覚してしまったら、目をつぶってもコップは消えてくれないのだ。 「圭ちゃんのバカぁ……」 傷を掘り返されて、かさぶたさえ出来かけていた私の気持ちは、再び落ち込んでしまった。 こんな時の対処法を…………、私は既に学んだ。 私は自分の居間の扉を開き、玄関の所で靴を履く。 鍵は持たない。そんな時に行く場所と言えば、私にとって一つしかない。 玄関を出てたったの数メートル。私の付き添いを任されている、葛西が住んでいる部屋のチャイムを鳴らす。 「葛西―、詩音―、開けなさーい」 静かな物音が鳴ったと思うと、葛西は躊躇もなく扉を開けて私を見据える。 疑うことを知らないのかこいつは。と思っていた時期もあったが、疑われても葛西との交流が面倒になるので大いに結構。 むしろ既に夜の十時を越えているのに、普段来ているダークスーツを未だ纏っていることを、私は結構としてはいけない気がする。 「詩音さん……、何のご用ですか」 低く芯の通った声は相変わらず。 最近こうやって部屋を訪問するのはなかったので、サングラス越しで少し戸惑っている目をしているのに違いない。 …………そう言えば、こいつはもしかして部屋にいるときもサングラスをしているのか? 「んーちょっと相談がね。聞いてもらいたいことがあってさ」 承諾の返事も聞かないまま、私は葛西を押しのけて靴を脱ぐ。 ある意味暴挙ともいえる行動にも葛西は無言で私を通す。 不満さえ覚えるはずだろうに、彼は本当に私に尽くしてくれている。 やはりかあさんの面影を、私に抱いているのだろうか。 それはショットガンを使いこなす裏の顔の、更に深いところにある葛西の顔のような気がした。 「それで詩音さん、相談とは」 部屋の主であるはずの葛西が立ち、半ば不法侵入の私はフローリングが剥き出しの居間に座る。 私がソファに手を差し伸べると、葛西は一礼してから腰を落とした。 「葛西に正解を言ってもらいたいんじゃないんだけどね」 そう、最初に前置きしてから、私は今日の圭ちゃんとの会話。そして自分の心の不甲斐なさを語る。 感情的にならないよう冷静に、あくまでも淡泊に私は言葉を続ける。 葛西は殆ど圭ちゃんのことを知らないに等しい。だから私は本当に解答が欲しいのではない。 この問題は1やエックスからなる数学の問題ではなく、多種多様の返答がある道徳なのだから。 時間にしては数分程度のことだったと思う。 それでも私は、一時間以上もやもやとして頭にくる原因が、すっきりとした感覚を覚えた。 ストレスは溜めるからこそ不快の根元となる。発散さえすれば、何も恐れることはないのだ。 その発散の仕方が、私はただ平和的なだけ。学んだ、とはそう言うことだ。 葛西は一度も私に相槌をせずに、じっと私の方へと顔を向けていた。 頷きもせず、顔をしかめたりもせず、至って中立の立場で私の話を聞いているようであった。 私が話し終わって、カーテンも閉まっていない窓の奥を見始めても、葛西の口が動くことはない。 数分は経ったと思う。 葛西は詠うように喋り出した。 「私はどんなことがあっても、詩音さんが選んだ道を支持します」 それは姫に仕える騎士のような忠誠心。 「間違った道であるなら諭しはしますが、それでも詩音さんが選ぶなら私は従います」 それは主人に仕える執事のような冷静さ。 「詩音さんは考えすぎな面もあります。でも今のあなたには一人で考えるのを許さない友人がいるのでは」 それは村を見守る神のような荘厳さで、葛西は口元を弧の字に和らげるのだった。 あなたが話す相手はもう私ではない。この興宮にあなたが居る意味などない。 重厚な葛西の声が耳を通して脳に行き渡り、凛と響く意が私の心を満たしていく。 壁に掛かっている時計を見る。 短針は10、長針は4を指していたが、私は雛見沢に出発する準備をするため立ち上がった。 「葛西、今から車を出せる?」 「承知」 向かう先は…………園崎家に居る園崎魅音のもと。 ---- お風呂から出て上がり気味の体温を、初夏の夜が優しく包み込む。 未だ残るすねの擦り傷をさすりながら、私は三日月の月光を庭先で浴びていた。 家事手伝いの佐智子さんが置いていったスイカには手をつけず、ただただ眠気が来るのを待つ。 最近はこうやって呆然と風景を眺めるのが多くなっていた。 受験生であるのだから、実を言うとうかうかしていられないのだが、やはり私に勉学は向いていないらしい。 やる気を起こそうとしない、ってのは本当受験生失格な態度だと思う。 「圭ちゃんに教えてもらった方がいいのかなぁ……」 どうなんだろう。それは充分圭ちゃんとぎくしゃくした――――否、ぎくしゃくさせた関係を修復する手段になるだろうか。 最近の私はとにかく変だ。 部活中でも圭ちゃんと目が合うと、体温が上がってしまう。 圭ちゃんが私の弁当に箸を伸ばすことも気になって。 そして圭ちゃんがレナや沙都子と世間話するのさえ、圭ちゃんを許し難い気持ちになる。 だから私が何かしらの行動をすればいいのに、私が一方的に避けてしまって圭ちゃんも最近は自分から話しかけなくなった気がした。 別に明日から劇的な変化を望んでいる訳ではないのだ。 ただ、綿流しの前のように普段通り接せればいいだけ。なのに私は踏み出すことを躊躇ってしまう。 「本っ当、私は不器用だわぁ……」 神にでも報告するように独り言を呟いてみるのだけど、だからって慰めてくれる何かが居るわけではない。 「そうですね、お姉は正真正銘の不器用な女ですよ」 「え? へ? 嘘」 おいおい待て待て。たかが地方の村レベルで広い家に遊びに来るほど、神様って気軽な存在なのか。 いや、むしろ私をお姉って……。あぁ、そうだ。混乱するな園崎魅音。 私はこの声を誰よりも知っているではないか。 「あんった、そこでなにしてるの!?」 婆っちゃに聞こえない程度の怒鳴り声で私は侵入者に声をかける。 詩音は庭の奥の草むら、もとい幼い頃から使っている抜け道から姿を現した。 「はろろーん、お姉、なにたそがれてたんですかぁ?」 「あんたこんな時間に何で来るのよ……、もうちょい早かったら婆っちゃと鉢合わせてたよ」 お風呂に入るまで私は、そこの縁側で婆っちゃと座ってたのだから、もしそこで草むらから我が妹が登場したら……。 修羅場で済んだらラッキーって感じだろう。 「ありゃ、そうだったんですか。これからは気をつけますね」 これからって、こんな時間にいつも来られたら、それはそれで危なっかしいんだけど。 そんな不満を喉の辺りでもみ消して、私はため息をついた。 婆っちゃはこの時間なら寝てるだろうし、興宮から来たのだろうから葛西もいる。 別にすぐに追い返しても得となることは無いに違いない。 「それで…………どうしたの?」 「んー、なんですか? 姉妹って理由もなしに会ってしゃべっちゃいけないとでも言うんです?」 「茶化さないで。少なくともあんたはそうでしょ」 皮肉たっぷりの笑みを、私は詩音にプレゼントしてやる。 詩音はと言えば、私の更に上を行くシニカルな笑みで返してきた。 元が同じなんだから、私もあんな笑みが出来る筈なんだけど……。 多分詩音とは、顔の筋肉の使い方が違うに違いない。 「ほら、ここ座って。スイカもあるから、塩でもふって食べたら?」 婆っちゃがそのままにしていった座布団に私は視線を送る。 詩音も跳ねるように縁側に向かって、サンダルを脱いであぐらをかく。 うむ、やはり詩音の中で何かがあったらしい。 気づきにくいことだとは思うのだが、いつもと微妙に振る舞いが明るすぎる感じがする。 それは血が最も近い私だからこそ分かる、第六感のようなものだと思う。 自分を強く見せようとする、と言うのは、私も詩音もきっと似通った点なんだろう。 沈黙が流れるのを私は別に戸惑わなかった。 彼女がわざわざ本家にまで足を運ぶ事態だ。まず沙都子のカボチャ嫌いレベルの話ではない。 電話を使わないことをとっても、結構な長丁場になるのも覚悟が出来ている。 だからこそこちらから話しかけるのは、彼女の気持ちを何も考えていないことだと思う。 私も相談したいときは、まず自分の中で整理をしてから切り出したいだろうから。 私が沈黙の間あれこれと相談内容を想像していて数分。詩音の口から出てきたのは、意外な人物の名前だった。 「なんかねぇ、圭ちゃんのことがよく分からなくなっちゃって……」 Kちゃん……?なんだ、Kって。葛西にはさすがにちゃん付けしないだろうし。 興宮でと言ったら、タイタンズの投手が確か亀田とか言ったような……って。私は一体全体何を理由に現実逃避しているんだ。 『ここまで来て相談する理由』に圭ちゃんの名前が出てくるのは意外だった。 詩音は昼休みになったら雛見沢に来るから、当然圭ちゃんとも面識があるし、そこそこに付き合いもある。 部活メンバーほどではないにしろ、裏を返せば部活メンバーの次くらいに圭ちゃんと親しい存在だろう。 だけどあまり圭ちゃんと詩音と言う組み合わせは正確ではなく、あくまでも複数人数のグループの中に二人がいると言うことだ。 私が知らない以上に、圭ちゃんと詩音に関わりがあったかと思うと、面食らってしまった。 …………と言うかぶっちゃけ、頭に来た。 「ほら、圭ちゃんって結構エンジェルモートに遊びに来るじゃないですか。 その流れで家まで送ってもらったりしてるんですけど……」 口の中にあふれてきた苦汁を堪えつつ、私は聞くことに徹する。 「悪意があるはずもないんですけど、圭ちゃんが悟史くんのこと聞いてきたもんで……」 悟史くん……か。まだ彼の生存を知って私は久しくない。 私自身は数を数えれるほどでしか見舞いに行っていないが、詩音は一日も欠かさずに悟史の元へ出向く。 いつ起きても良いように。彼が一人で薄気味悪い研究室で目を開けないように。 その悟史くんのことを、圭ちゃんは図らずも傷つける発言をしてしまったのだろう。 でも、それで圭ちゃんを責めるのは酷だと思う。 私たちと圭ちゃんとの一番大きな違いは、悟史くんと会っているかいないかだ。 第二者との関係まで持った私たちとは違い、あくまでも人を介してでしか情報を得られない圭ちゃんはあまりに無知すぎる。 どれほど詩音が悟史くんを愛しているかも、知りうるはずがない。 「違うの……、そうじゃない」 独り言のように呟いた私への否定。心を見透かされたことに私は少し肩を竦める。 「怒りたかった。『何も分からないくせに』って思いたかった。憎みたかった。なのに……なのに……」 詩音の続きが分からない。私は彼女を止めてあげることができない。 この先を言うのは、多分詩音にとってとても辛いだろうに。 でも私自身の意地汚い興味が、彼女を更に窮地へ追い込むことをよしとする。 「なんで、私…………【悲しい】って思っちゃったんだろう……」 詩音は泣いていた。 普段あれほど強気に振る舞う彼女が、私の前で大粒の涙を流している。 頬を伝って股の上に置いていた拳に、ぽたっ、ぽたっ、と落ちる。 「詩音…………」 彼女にかける言葉どころか、なぜ彼女が泣くのかも私は分からない。 だって悲しいって思うことが、泣くほどおかしい理由とは思えない。 と、考えてはだめなのだ。 今までの私は、そうやって出来ない、分からないことはすべて後回しだった。 後に回して後に気づいて、絶対に後悔してしまうんだ。 悔しい思いをするのに後も先もないけれど、「あの時あぁすれば……」って思うのは二度とご免だ。 だから私は彼女の言葉をもう一度思い返す。私の記憶を掘りさげて、あらん限り考える。 違うの……、そうじゃない 怒りたかった。『何も分からないくせに』って思いたかった。憎みたかった。なのに……なのに…… なんで、私…………【悲しい】って思っちゃったんだろう…… 詩音がどれほど悟史を愛しているのか。あくまでも他の人よりは私は知っているのだろう。 だが、彼女の愛を表現することなど私には出来ない。 彼女自身の抱く悟史くんの像を、私は同じように抱くことが出来ない。 それほどまでに一途な愛を抱いていたはずの詩音を、私はどう思案しても結果は求められなかった。 一途な愛を抱いていたはずの詩音…………。 あれ……、ならば今はどうなんだ? 私は自分の頭の中で起こったバグを洗い流す。 私は確かに、詩音が悟史へ全きの愛を持っていることを知っている。 なのに、私は確かに『抱いていたはず』と表現していた。 いつもなら決して犯さない思考のミス。詩音が泣きついてきた今、その許されない矛盾が起こっている。 「ひっく……っく……っ……、お姉…………、なんでお姉まで泣いてるんですか?」 「え…………?」 慌てて頬を指でなぞると、そこには確かに液体の感覚があった。 泣くことでひきつった詩音の顔。無様とでも形容すべき垂れた鼻水。 全く同じ顔を私は今しているのだろうか。ぬぐってもぬぐっても目からは涙がこぼれる。 なんで、なんで、なんでよ……! 私が泣く理由なんてどこにもないじゃないか! 違うんだよなぁ、と妙に達観したワタシが心で呟いた。 どう心で否定したって、体はいつも正直な反応をする。 第六感の正体が、知覚できない様々な細かい情報の集合による答えであるように。 私の中で犯されてはいけない壁を作る心を、容易く脳は突き破る。 泣く理由なんて最初っから知ってたんだ。 詩音の大原則である『悟史くんとその他』って言う分類を打破した以上、圭ちゃんの存在が明らかに詩音の中で変わっている。 親でも祖母でも姉でも妹でも友でも付き人にも起こし得なかった業を、圭ちゃんは図らずもしでかした。 悟史と同等の、詩音にとってかけがえのない存在。 仲間としてではない。レナにも梨花ちゃんにもあの沙都子でも実践不可能な存在。 体を心を人を支える……、私にはなれない大事なヒト。 それを一番必要としたのは私だったのに。 それが圭ちゃんでいて欲しかったのは私だったのに。 それに自分の意味さえも捧げる覚悟だったのに。 それがなんで……詩音なの? 神サマが居るなら教えてよ。私は一人の人を愛することも許されない畜生なの? 別に恥ずかしくなって少し距離を置いたぐらいで、諦めたって誤解しないでよ。 赤い糸をまだ離した覚えはない。元々なかったなら初めから紡ぎ出すから。 お願いだから…………、こんな現実はいらないよ。 自覚出来るぐらいに私は泣いた。号泣したんだと思う。 詩音に負けないぐらい。圭ちゃんへの想いを代弁するかのように、私は泣き崩れた。 全く同じ悩みを共有するからこそ、私は抱き合って慰め合えない。 自分が一番知る痛みだから、何も差し伸べない。 二人の園崎の泣き声は、雛見沢の虚空へと響いていき、やがて闇に包み込まれていった。 ---- 昼休みを知らせるベルが鳴る頃には、俺たちは既に机をくっつけていた。 知恵先生は今日の昼食は間違いなくカレーである。野菜、ミルク、シーフードと来たから、今日は恐らく週一に訪れるご褒美の日。つまり粉からカレーを作る特製の日だ。ゆえに最後のトッピングをする、とか言って四時間目が大体チャイム前に切り上げられるのだ。 だからチャイムが鳴った今でも、詩音の姿が見られなかったのは俺にとって意外だった。 いつもなら先生と入れ替わりで入ってくるのだが、チャイムが鳴ってもカボチャ弁当持参で現れないのは恐らく初めてである。 「詩音さん、どうされたんですかねぇ」 いつもいいように振り回されている沙都子も、さすがに心配になってるようだ。 今となっては詩音のカボチャ料理は、レナも認めるほどの旨さを誇っているので、沙都子は着実に克服しつつあった。 「『明日は基本に戻って煮物ですよ、沙都子』って言われてましたのに、期待して損でしたわ」 袈裟にも見えるため息を一つついて、梨花ちゃんとのお揃いの弁当箱を沙都子は開けた。 毎日つまいでる俺は分かってるが、沙都子の料理も確実に上達している。 レナや魅音はそっちの腕は今更で、部活が料理対決となっては、いよいよ敗色濃厚になったわけだ。 「魅音、その炒め物もらおっかな」 「え? あ、うん」 詩音が居ないことに姉も上の空だったのだろう。俺の呼びかけに慌てて魅音は応えた。 箸でつまんだ炒め物をそのまま口に放り込み、しばし舌から感じられる幸福を堪能する。 絶妙な炒め加減と、濃すぎず薄すぎずの調味料、何より雛見沢の新鮮な野菜が俺の味覚を刺激した。 「んー、極楽。いつもと味が違うじゃん、なんか料理法みたいなの変えたのか?」 魅音の味を知り尽くしたわけではないが、伊達にほぼ毎日つまんでいるわけではない。 一見同じに思える味も、普段と微妙な違いがあることを俺は察知した。 「んーとね……、実は今日母さんに作ってもらったんだ……」 「え?」 「道理で」と納得する一方、今までにない魅音の切り返しに、俺は声を漏らした。 いかに時間がないときでも、夕食の残り物や買ってきた惣菜で準備してきた魅音が、なぜ今日は……。 まだ綿流しの一件からそう長い時間が経った訳じゃない。 詩音が来ないと言う狂いからも考えて、厭が応にもひとつの不安が頭をよぎる。 「魅音……、詩音となんかあったのか?」 魅音の箸、いやレナや沙都子、梨花ちゃんの箸も同時に止まる。 俺はごく自然に問いかけたつもりだ。会話の中で生まれるひとつの話題でしかない、そんな軽さで俺は尋ねた。 だがレナ達にも、俺と同じ予感があったんだろう。俺の質問を合図に昼食は中断してしまった。 「どうしたの、圭ちゃん。圭ちゃんこそ昨日はエンジェルモートまでわざわざ詩音に会いに行ったみたいだけど」 うっ……、詩音のやつ、もう魅音に話してるのか。 「まぁ詩音が誘ってくれたからさ。俺とて甘い物を食えるって褒美を出されたら付いていくしかないだろ?」 一応ちょっと笑みを浮かべつつ魅音を見るが、魅音は俺と目を合わせようともしない。 レナ達も俺の笑いにつられることなく、ただ五人の間での静寂が起こった。 いつもは感じない教室の中の喧騒だけが、やけに俺の耳をつんざく。 「魅音。俺とお前は仲間だろ? なんか困ったことがあったら話してくれよ」 その言葉が合図だった。 魅音が急に立ち上がり、隣に居た俺を椅子ごと突き飛ばしたのだ。 椅子が派手な音を立てて転がり、俺も無人となっていた後ろの机に衝突する。 頭を打って嗚咽を漏らした俺を尻目に、魅音は駆け足で教室から出て行った。 「魅いちゃん!」 レナが魅音の後を追うように席を立つ。 俺の対面に座っていたレナは、俺の前を通らずに教室の扉へ行ったが、半開きの扉に手をかけた所で止まり、俺の方へ振り返った。 いつか見たことがある、レナの冷徹な目。固く締まった表情に、突き抜けるような闇を持った瞳。 無言で俺を見据えて、レナは俺に何か喋ろうとした。 「俺は……【また】失敗しちゃったのかな」 レナの言葉の前に俺はレナへと呟いた。レナの表情が緩み、瞳の中に生気が宿る。 「そうだね、でも圭一くんが気付いただけでも、圭一くんは大人になったと思うよ」 何が何だか分からないままレナに冷視された記憶が頭をよぎる。 「魅いちゃんは私に任せて。絶対戻ってくるまで探しちゃだめだよ」 扉を開けて閉じて……、レナは俺の前から消えていった。 すっかり静まりかえってしまった教室の面々に、俺はいくつかの言葉をかけて謝罪する。 転がったままの椅子と、俺が激突した机を直して、再び元の席に座り直した。 「魅音さん、心配ですわね……」 沙都子もきっと理由は分からずとも、魅音が何かの問題を背負っていることを察知したんだろう。 魅音の弁当箱である重箱の蓋を閉じ、自らも箸を置いて食事を中断させた。 さすがに俺も食欲は失せてしまい、同じように弁当を閉じて椅子の背もたれに寄りかかった。 ふぅ……、とため息にも似た吐息。天井を仰いで俺は腕を組む。 「俺は本当成長してないみたいだな」 同じ過ちを繰り返して、また仲間を傷つける。あんなに大きな困難を一緒に乗り越えた仲間なのに……、傷つける。 「圭一、圭一は間違ったことは言ってないのです。ただタイミングが悪かっただけなのです」 「タイミング?」 梨花ちゃんの方に顔を向けながら俺は繰り返す。 「タイミングってなんだよ、梨花ちゃん」 「慰めが疎ましく思える時があります。差し出す手が凶器に見える時があります。ただそれだけのことなのです」 きっとそれを何度も見た梨花ちゃんだからこそ……、俺に言える説教。 「僕はもうこの先のことは分かりませんけど、きっと圭一なら大丈夫だと信じてます。ふぁいと、おーなのですよ」 満面の笑みで梨花ちゃんは最後を締めくくった。 どうなるかが分からないけど俺なら大丈夫。 そうさ、俺たちは政府を相手に梨花ちゃんを助けた最高の部活メンバーだ。 俺が蒔いた種なんだから、俺が責任を持って始末しないといけない。 レナが魅音を連れて戻るのを信じて、俺は再び開くはずの教室の扉を見続ける……。 ---- やってしまった。最悪のことをやってしまった。 私を心配してくれた圭ちゃんを、私が大好きな圭ちゃんを、この手で突き飛ばして拒否してしまった。 せっかく、圭ちゃんは私のことを考えてくれたのに。 圭ちゃんが私のためにしてくれたことなのに。 「うぅ……、うわぁぁぁん」 体育用具が入っている倉庫の隅で私は泣いた。 どうせならもっと遠くに逃げれば良かったのに、たかが校舎から数十メートル離れただけで私は満足している。 きっと誰かに助けてほしいんだ。誰かに慰めて欲しいんだ。 自分で壊した物を誰かに修理して欲しい。自分が犯した罪を誰かに押しつけたい。 なんて我が儘。なんて外道。こんな私に圭ちゃんを愛する資格なんてない。 詩音を憎む道理など、私の前にあるもんか。 「うぁぁぁぁぁん」 幼児が親に泣きつくような泣き声を漏らしながら私は涙を流す。 自分に嫌悪しながら、倉庫の暗闇の中私は泣き続けた。 暗闇に光が差したのはすぐだった。多分私が着いて数分とも経ってない。 オレンジ色の髪に細い手足。私の次に背が高いよく知っている子。 「やっぱりここだったね、魅いちゃん」 「レ……レナぁ!」 私は近づいてきた竜宮レナを抱きしめた。 私よりも一つ歳が下なのに、容姿や年齢以上の包容力を持つ彼女。 きっと父親との二人暮らしの中で身に付いた強さ。 その温かさを私は今求めていたから、迷うことなくレナの胸に抱きついた。 「私……私……、もうっ」 嗚咽まみれの声を漏らしつつ、私はしてしまったことを懺悔しようとする。 それをレナは優しく遮った。 「無理しないで魅いちゃん。圭ちゃんもちゃんと反省してるよ?」 「圭ちゃんが悪いわけじゃ……!」 「じゃあなんで魅いちゃんは押し倒しちゃったのかな……かな?」 いつもの口癖なのに、この時は妙な重厚さが伴っている。私は返す言葉が見つからず、ただ自分の行動を悔やんだ。 「魅いちゃん、落ち着いたら私だけにでも話してね。一人で抱え込むのは絶対に解決策にはなんないよ」 圭ちゃんも言ったその台詞が、今は私の心を温かく包み込む。 涙を堪えようと賢明に目を閉じて息を止める。 昨日の夜、気付かず眠るまでは出来なかったことが、レナと居るだけで止めることが出来る。 鼻水をすすり、涙をぬぐい、息を整える。よし、多分これで大丈夫……。 「レナにも何度か相談したけどさ……、圭ちゃんと最近あまり仲良くできないんだ」 レナは私の前で足を横に流し、じっと顔を見据えて聞いている。 「恥ずかしいって気持ちがあったんだと思う。綿流しの日から圭ちゃんが妙に……なんか……こう」 「うん、格好良くなったよね」 レナがど真ん中ストレートの強烈なフォローをしてくれた。 自分よりも他人に言ってもらって、安心した私は無言で頷く。 「だからさ、それで上手く圭ちゃんの前にいれなくてさ……。 変に意識しちゃうって言うか……。だからあまり圭ちゃんと話さなかったんだよね」 思い返す必要以上の圭ちゃんへの拒否反応。 部活も予定がないのに嘘を付いて休んだり、出たとしても集中できずに最近は罰ゲームが多かった。 「それで……いつの間にか圭ちゃん、詩音と仲良くなってたみたいで……。 詩音から話は聞いてたんだけど、悟史くんのことがあるからあまり考えなかったの……」 なのに……と言う声を出そうとしても、また目頭が熱くなってきて私は話を中断させてしまう。 必死に目をこすってみるものの、逆効果なのかぼろぼろと再び悲しみがあふれ出してきた。 レナがまた私の後頭部に触れて軽く抱きしめ、嗚咽を漏らす私を慰めてくれる。 きっとレナのことだ。私が続きを喋らなくても、ずば抜けた推理力で私の心中を察してくれてるのだろう。 それでもレナは私が涙を再び押しとどめるまで、決して口を開かなかった。 数分泣きじゃくった私は、制服の袖で涙をぬぐいレナから離れた。 レナの顔を見ると、私が相談相手になってもらっている時の真面目な顔。実際の歳よりも数段大人びた顔をしていた。 私が視線を合わしたのを見計らってか、顔を上げるとすぐにレナは口を開いた。 「やっぱり魅いちゃんは優しいね」 レナが真面目な顔を崩して微笑む。 「良い意味でも悪い意味でも。 詩いちゃんのことを考えられる魅いちゃんは凄いよ? 多分こう言う時って自分のことしか考えられなくなると思うもの。 だけど自分自身にも優しいのは、ただの甘えだと思うな」 微笑んだ顔が、いつの間にかさっきの真面目な顔……。 いや、少し怒っているかもしれない。この時のレナには絶対冗談だとかは通用しない。 「詩いちゃんが圭ちゃんを好きになるのは、何もおかしくないないと思うよ。 私だって圭ちゃんが好き。きっと沙都子ちゃんも梨花ちゃんもそうだよ。 みんな圭ちゃんが好き。愛してる。自分のモノにしたいと思ってる。 別に魅いちゃんに譲ってる訳じゃない。 私は圭ちゃんを宝探しに誘うし、沙都子ちゃんも圭ちゃんのために料理を勉強している。 梨花ちゃんもよく神社で遊ぼうって圭ちゃんに言うんだよ? それは魅いちゃんも知ってるよね? だけど詩いちゃんの時みたく魅いちゃんは傷ついてるのかな?」 もし、そうじゃないとしたら、魅いちゃんは詩いちゃんだけに偏見を持ってるんだよ。 そう言って、唐突にレナは私の頬を張った。 決して破壊力のある平手ではなかったと思うのだが、妙に頬が痛む。 「悟史くんの事も考えて、詩いちゃんは圭ちゃんを好きになったんだと思う。 もし、魅いちゃんがこのままうじうじしてるんだったら」 その先はレナには似合わない、あまりにも残酷な言葉。 魅いちゃんはただの*****だよ。 「そうだよね……、そうだよね……、っ……うう……」 昨日の夜のように私は天を仰いで悲しみを爆発させた。 レナは私の前から立ち去ろうとせず、両手で顔を覆っている。 もしかしたらレナも泣いているのかもしれない。 それを確かめようにも私の視界は涙でぐちゃぐちゃだし、自分の泣く声しか耳には届かない。 今は誰の声も……私には届かない。 ---- [[Miwotsukushi2]]へ続く

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: