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アンダースタンド3」を以下のとおり復元します。
「……………………ん……?」 
………………朝か。 
……なんか頭がすっきりしない。 
……昨晩は寝るの、遅かったっけ……? 
「…………そもそも何時に寝たんだっけ……。……えっと……うぉっ!??」 
な、……み、魅音!? 
なんで俺は魅音と一緒の布団で寝ているんだ……? 
……呼吸を整え、寝起きで鈍り過ぎている思考回路を活性化させる。 
………………あぁ、そうだった。 
魅音が寒いから暖めてくれとか言ったんだっけ。 
……それで俺は魅音を抱きしめているわけか……。 
「……それなら、もう抱きしめている必要はないな。魅音を起こ……せ………ば……」 
そこでふと……魅音の寝顔に見入ってしまった。 
……いや、その。 
双子だから当然なんだろうけど。 
魅音の寝顔が、昨日の昼間に見た詩音の寝顔と、本当によく似ていて……。 
普段はあまり異性として意識しないヤツが、自分の好きなヤツと同じ寝顔をしていると……。 
なんというか、そのギャップがいいというか……。 
………………。 
……な、何を考えてるんだ、俺は……。 
昨日、詩音が好きだから、魅音には何もしてやれないって言ったくせに。 
……それなのに、魅音に劣情を抱くなんて…………どうかしてるだろ。 
…………でも……。 
こうして、抱きしめてやるくらいはいいよな……? 
べ、別に下心があってやってるわけじゃないぞ!? 
大切な親友が風邪を引かないように暖めているだけだ。 
それに、これは魅音自身が頼んだことだし! 
……だから、魅音が起きるまでは……いいよな……? 
……魅音を、もう一度しっかりと抱きしめる。 
「……う、…………う~ん……」 
「あ、あれ……?」 
……魅音が寝ぼけまなこで俺を見つめている……。 
も、もう起きたのか……? 
「…………。…………おはよ」 
「……お、おう。…………おはよう」 
「ふぁ~あ……。なんかあんまり寝た気がしないなぁ。……寝るのが遅かったからかな?」 
……魅音は身体を起こし、大きく伸びをしている。 
俺も釣られるように身体を起こした。 
「……そ、それなら、もう少し寝ててもいいんだぞ……? まだ寝ててもおかしくない時間帯だし……」 
「う~ん、そうだねぇ……。でも、毎日決まった時間に起きてるからさ。この時間に起きないと気持ち悪いんだよね」 
「……そ、そうなのか……」 
魅音の言葉に、がっくりとうなだれてしまう……。 
「あれ、どうしたの? ……具合悪いの?」 
「……いや、別に……」 
「あ、もしかして今になって首が痛くなってきたとか? 結構な勢いで叩きつけちゃったからなぁ……」 
「大丈夫だって……」 
「そんなこと言ったって、全然大丈夫じゃなさそうなんだけど……」 
「………………」 
……まぁ、しょうがないよな。 
……あんな事をするのは、昨日で最後だって言ったんだから。 
本来、俺と魅音は友人で、それ以上の関係ってわけじゃ……。 
「早く、元気になぁれ☆」 
ちゅ、っと。 
頬っぺたに柔らかい感触。 
……こ、この感触は……。 
「えへへ。……どう? 元気出た?」 
「な、……何すんだよぉおぉおおッッ!!? お、お、おま……ほ、ほっぺ……キ、キス……!」 
「……何をそんなに驚いてんの? 昨日、あんなことをしておいて。キスくらいで恥かしいわけないでしょ?」 
「そういう事を言ってるんじゃないッ! こういうのは昨日で最後だって……」 
「それに昨日言ったじゃん。私が圭ちゃんを好きでも構わない、って」 
「は? ……い、いや、確かに言ったけど……」 
「それなら、これくらいはいいでしょ? スキンシップみたいな物なんだし」 
「ス、スキン……。……はぁ……。……分かった。もういい……」 
「よし! 元気も出たことだし、帰る前に朝ごはん作ってあげるよ。和食と洋食、どっちがいい?」 
「…………和食」 
その後も、魅音は俺に朝飯の献立について色々と質問してきた。 
楽しそうに話し続ける魅音をぼんやりと見つめる……。 
(……ま、確かに。元気が出たみたいでなによりだ。……泣いてなんかいるより、元気に笑ってる方が魅音らしいからな) 

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「…………うげぇ……。気持ちわりぃ……」 
デザートフェスタの帰り道。 
特製のジャンボパフェを喰わされたせいで、メチャクチャ気分が悪い……。 
通常のパフェ数人分もあろうかという巨大なそれは、カップル専用の特別メニューだとか。 
……まぁ、つまり。 
俺と詩音はめでたくカップルとなったわけなのだが……。 
やっぱり、何が変わるってわけでもない。 
俺の腕に伝う詩音の胸の感触も、いつものままだ。 
「あれくらいで根を上げてどうするんですか。私なんて全然平気ですよ?」 
「お前は最初の一口しか食べてないだろうがッ!! 俺がほとんど全部食べたんだぞ!?」 
「それでも、ひとりで食べられない量ではないと思います。……お腹一杯だとしたら別ですけど」 
「え? ……いや、まぁ。朝飯をたらふく食っちまったからな」 
「なんでまた。今日はデザートフェスタがある、って知っていたはずですよね?」 
「ぁ……いや。ほら! 食欲の秋って言うだろ!? ご飯がうまい時期だしさ。それでつい食べ過ぎてしまって……」 
「ふぅん。ま、いいですけどね。……あ、あれ見てください!」 
詩音が指差した先には……例のおもちゃ屋があった。 
色々と因縁のあるおもちゃ屋だが……そういや、あの部活の続きはいつやるんだろうな。 
ショーウィンドウの前まで行くと、……例の人形と同じ物があった。 
「圭ちゃんが私に買ってくれた人形ですね」 
「ああ。お前が俺を騙して買わせた、あの人形だな」 
「もう! そんな人聞きの悪い言い方はしないでください。ちゃんと大切にしてるんですから」 
そうは言われてもなぁ。 
あれは魅音に買ってやるつもりだったのに、詩音が横取りしたようなものだからな。 
魅音と詩音、か……。 
……あの時、初めて魅音と詩音が本当に双子なのだと知った。 
そして、その直後に俺は詩音を好きになってしまうのだが……。 
……当時の俺は詩音と、詩音のフリをした魅音の区別が、完全には出来ていなかったように思う。 
だからあの時の俺の、詩音を好きだって気持ちの何割かは……魅音に対する物だったのではないだろうか……? 
だからといって、俺の詩音に対する好意が偽物だなんてことは、絶対にありえないが……。 
………………。 
「…………なぁ、詩音。あの人形なんだけどさ……」 
「はい? お人形が、なんですか?」 
「あの人形……返してくれないか?」 
「…………。…………え?」 
「あの人形は、俺が魅音に買ってやるつもりだった物だ。だから、詩音が持っているのはおかしいと思う」 
「で、でも! あの人形は詩音に買ってやる、って……」 
「……確かにそう言った。でも、それは俺が魅音と詩音が同一人物だと思っていたからであって、……お前に買ってやろうと思ったわけじゃない」 
「……え、と……えっと! 私、あの人形は大切に……」 
「……大切にしてもらってるのは嬉しい。でも、やっぱりあれは魅音に持っていてもらいたい。……だから、無理を承知で頼む。あの人形を返して欲しい」 
「あ……ぅ…………」 
詩音は頬を膨らませ、あからさまに不機嫌な表情になる。 
……心なしか、涙をにじませているように感じられた。 
そして、俺から目を逸らし、黙り込んでしまう。 
普段はあまりこういう表情を見せないから、かわいいなぁ、なんて思ってしまうのだが……。 
……長いこと誤解させておくのもよろしくないので、早めにフォローを入れる。 
「……買ってやるからさ」 
「……えっ……?」 
「詩音にも、同じ人形を買ってやるから。……魅音の為にじゃなくて。ちゃんと、詩音の為に」 
「……わ、私の為に……?」 
「ああ。詩音もそっちの方がいいだろ?」 
「……圭ちゃん……!」 
俺の提案に、詩音は表情を一変させる。 
詩音は自分の感情を素直に表現するタイプだ。 
だから、その笑顔を見ただけで、こっちまで嬉しくなってくる。 
……ただなぁ。 
喜んでもらえるのは嬉しいけど、人前で抱きつくのだけは、本当にやめてもらいたいんだが……。 
「絶対ですよ、約束ですよ!? お姉と同じ人形ですよ……?」 
「分かってるって。あれでいいんだろ? 店員さんを呼んで出してもらおうぜ」 
すると、ちょうどいいタイミングで店員さんが出てきた。 
「あ、ちょうどよかった。店員さん、この人形なんですけど……」 
「………………」 
……えーと。 
そういや、今日はバイトだって言ってたな……。 
「あの……魅音。これはだな……」 
「……なに? 早速デート? いやぁ、羨ましいねぇ。こっちはバイト中だってのに」 
「い、いや、そういうわけじゃ……」 
……魅音らしくない、やけにトゲのある言い方だ。 
頭では納得しているが、まだ気持ちの整理が出来ていないのかもしれない。 
「ちょうど良かった! お姉、あの人形です。あれを買いますから、ショーウィンドウから出してください」 
「……お人形……?」 
詩音が指差した人形を見て、魅音は表情をこわばらせる。 
「なんで……? あれと同じ人形、持っているはずでしょ。わざわざ同じヤツを買うの?」 
「同じじゃありません! 今度のお人形は、圭ちゃんが私の為に買ってくれるんです。前のとは全然違います!」 
「……詩音の……為に…………」 
……なんか魅音がぷるぷると震えているような気がする。 
風邪がぶり返したのかな……? 
きっとそうだろう。 
別に怒ってるわけじゃないよな、うん。 
「お姉。それじゃよろしくお願いします」 
「………………ダメ」 
「へっ? ダメって……なんでですか?」 
「あのお人形ねぇ、売約済みなんだよ。だから詩音には渡せない」 
「ば、売約済みって……。それなら売約済み、って書かれた札とか掛けてなきゃおかしいじゃないですか!?」 
「あっはっは。それはしょうがないよ。……だって。たった今、予約が入ったんだから」 
「……たった今って……。まさか……!?」 
「うん、そう。私が買うことにしたの。……だから、詩音には渡せない」 
「……どういうつもりですか、お姉……?」 
「なに、そんなに欲しいの? ……だったら、力ずくで奪ってみれば?」 
「力ずくで……? ……上等だぁ……ぶちまけられてえかああぁああぁッッ!!!」 
「やかましいよ……。圭ちゃん放してとっとと失せなッ!!!」 
「お、おい、落ち着けって! ……あと詩音。俺にしがみついたまま啖呵を切るのはやめろ」 
本人に自覚はないのかもしれないが、はたから見ると非常にマヌケだ。 
……しかし参ったな。 
経験上断言できるが、このままだと一番酷い目に遭うのは俺になってしまう。 
ふたりがガルル、と睨みあっている間に、何とか逃げ出したいところだ。 
逃げ出したいが……詩音の腕による拘束がきつく、とても抜け出せそうにない。 
となると、あれしかないか……。 
う~ん、こういう手はなるべく使いたくないんだが。 
許せ、詩音……。 
「あ、悟史」 
「えッ!? どこですか?!! ……あ!? 圭ちゃん!!」 
詩音の注意が逸れた一瞬で拘束を脱し、一目散に逃げ出す。 
チラリと後方を確認すると、ふたりが言い争いながら追いかけてきている。 
……ふたりの会話にケジメだとか爪を剥がすとかって単語が出てくるのが恐ろしい。 
捕まったらミンチにされかねないので、必死に逃げる。 
……エンジェルモートまで戻れば自転車がある……そこまで逃げれば……! 
「って、おわぁ!?」 
な、な、……なんだ?! 
交差点を渡ろうとしたら、黒塗りの車が目の前に突っ込んできた……。 
助手席のウィンドウが開き、中から見知らぬ人が顔を覗かせる。 
「ねぇ、あんた。何したんだい? あの子らに追われるなんて、相当のことだよ?」 
「え、えぇ? いや、あの……」 
……この人は誰だ……? 
誰かに似ている気もするが……。 
「んー? ……葛西。この子で間違いないんだよねぇ?」 
「はい。彼が前原さんで間違いありません」 
「あ、あれ、葛西さん!? ……あ、ってことは、この人は……。もしかして魅音と詩音の……お姉さん、ですか……?」 
「……お姉さん……」 
「いえ、前原さん。この方は……」 
「あっははは!! お姉さんかぁ。いいねぇ、気に入ったよ!!」 
「え、あの……」 
「やっと追いついたぁ!! ……って、あれ。お母さん、何してんの?」 
もたもたしていたら、二人に追いつかれてしまった。 
って、お母さん……? 
「あんたたちが追いかけてるから、ちょっと気になってね。面白い子じゃないかい。気に入ったからさ。これからウチでやる宴会に連れて行こうと思ってね。あんたたちも来るかい?」 
「もちろん行きます! 私と圭ちゃんはデート中だったんですから」 
「私も行くよー。どうせ暇だしね」 
「……暇って。お姉、バイトはいいんですか?」 
「あー、いいのいいの。今日はお客さんが少ないから、もう帰っていいって言われてるし」 
「………………」 
……なんか勝手に話が進められているな。 
でもま、詩音の実家ってのも興味あるし、付いて行ってみるかな。 

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「はい、どうぞ。お水と胃薬です」 
……詩音からコップと錠剤を受け取る。 
ベッドに腰掛けたまま、それを飲み干した。 
「スマン。わざわざ持ってきてもらって……」 
「別に構いませんけど。……それにしても、かなり気に入られたみたいですね」 
「ああ。捕まえられて、延々と飲まされた。こっちは未成年だってのに……。いい人だとは思うけど、ちょっとな……」 
「でも、お母さんと仲良くなっても損は無いと思いますよ?」 
……あると思うけどなぁ。 
今後、顔を合わせるたびにオモチャにされそうだし。 
……とほほ……。 
「それにしても、お前の部屋なのに随分と殺風景だな、ここ」 
「必要な物は、ほとんど向こうに置いてありますからね。……あ、そうだ。圭ちゃんがお母さんに捕まってる間に、お姉と話してました。お人形の件、ちゃんと説明したら納得してくれましたよ」 
「おー、そうかそうか。そりゃ良かった」 
やっぱり話し合うことって大切だよな。 
俺もレナにあの事を打ち明けて、だいぶ気が楽になった。 
……俺と詩音の関係も、詩音が俺に相談したところから始まったわけだし。 
「それと……聞きましたよ」 
「ん? 何を?」 
「昨日の事」 
「…………き……のう、って……」 
魅音から昨日の話を聞いたってことは、つまり……。 
「……ぁ、いや、……違うんだ、詩音! 俺は決して不純な気持ちで魅音を抱こうとしたわけではなく、親友である魅音の頼みを断れなかっただけで、己の肉欲を満たそうなどとはこれっぽっちも……」 
「あー、はいはい。ストップストップ。そんな必死に言い訳しなくても、全部聞きましたから」 
「そ、そうなのか……? それならいいけど……」 
「それはそうと。お姉の胸、どうでした? 私以外で揉んだのは圭ちゃんが初めてのはずですよ」 
「はぁ!? ……い、いや、普通じゃないか……?」 
「惜しかったですね~。もう少しでお姉の処女を奪えたのに。最後の最後で拒否されるなんて……」 
「しょ、しょ……!?」 
「ま、圭ちゃんには園崎家の次期頭首様は高嶺の花だった、ってことで。その代わり……」 
詩音はポン、っと俺の肩に手を乗せる。 
「圭ちゃんには私がいますから」 
「お……。…………はぁ……」 
……なんか凄く疲れた。 
目をつぶり、ベッドに仰向けになる。 
っていうか、なんだよ、その言い方は。 
まるで俺がフラれたような言い方じゃないか……。 
「ちょっと待っててくださいねぇ~。えーと、確かここに……。あ、あったあった」 
「……? 何をしてるんだ……?」 
詩音がガサゴソとやっているので、身体を起こし、視線を向ける。 
そこには……。 
「…………は?」 
「どう? 完璧でしょ?」 
……ああ、完璧は完璧だ。 
どこからどう見ても…………魅音……だ。 
「……詩音。一体なんのつもりだ……?」 
「もう、間違えないでよ! 詩音じゃなくて、魅音だよ」 
「な、なに言ってんだよ!? だって、お前は詩音だろッ?!」 
「ねぇ、圭ちゃん……。なんでそんなイジワルするの……?」 
詩音は、俺に覆い被さるように身体を寄せてくる……。 
……アルコールのせいだろうか。 
それとも、詩音の演技があまりに真に迫っているせいか。 
なんか、詩音が本物の魅音のように思えてきて……。 
「お願いだから、ちゃんと魅音って呼んで。……私の名前を呼んで……」 
「ぁ……ああ、分かった。し、……魅……音? ……なぁ、魅音。分かったから、どいてくれよ……。これじゃ、まるで……」 
「まるで……?」 
「まるで…………そういう事をするみたいじゃないか……」 
「あははー、そうだねー。若い男女がベッドの上で、こんな体勢だもんねー。……それじゃ、しよっか?」 
「え? って、ちょ、おい!!」 
魅音は、ますます身体を寄せて、……お互いの吐息が感じられるまで顔を近づけてきた……。 
「……ま、待て、ダメだって!!」 
「えー、なんでよ? 別にいいじゃん」 
「だってほら! お、俺は……詩音と付き合ってるわけだしさ……」 
「あ、そっか。詩音は嫉妬深いからねぇ~。でもさ、バレなきゃいいわけでしょ?」 
「なんでそうなるんだよッ!?」 
「……それにさ。圭ちゃんだって、私としたいはずだよ?」 
「そ、そんなわけないだろ……」 
「へぇ~。……それじゃ聞くけどさ。さっきからおじさんの太ももに当たってる、このかたぁ~いモノは、一体なんなの?」 
「へっ? あ、いや! 違うんだ。これは、えっと……」 
「ほらぁ、圭ちゃん。素直になろ? 詩音には秘密にするからさ」 
「……ううぅ……」 
「それとも……圭ちゃんは私が嫌い……? ……魅音は男みたいだから、したくない……?」 
「そんなことはない! 魅音にだって可愛いところはあると思ってるし、できれば……その…………したい……」 
「……うん。そう言ってもらえると嬉しい……。……それじゃさ。キスするから、目を閉じて。それが合図になるから……」 
……俺は『魅音』に促がされるままに、……ゆっくりと瞳を閉じた…………。 
「あ、来た来た。遅いですよ、お姉」 
……いつもの待ち合わせ場所に、ようやく魅音が現れる。 
「おはよう、魅ぃちゃん! 待ちくたびれちゃったよ~」 
「いやぁ、ごめんごめん。昨日は深夜番組を見てて、夜更かししちゃってさー」 
お前は毎日同じ時刻に起きているんだろ、とツッコミを入れたいが……できない。 
いや、そもそも魅音の顔をまともに見る事すらできない……。 
「圭ちゃんも見たんじゃない? あの番組、好きだったよね」 
「……いや、見てない……」 
「ありゃりゃ、残念。…………? ねぇ、圭ちゃん。なんで目を逸らすの? ……何かあった?」 
魅音が、うつむいている俺の顔を覗きこんでくる。 
目が合いそうになり、とっさに顔をそむける……。 
「いや、……なんでもない」 
……くっそ~、…………情けない……。 
泥酔していたとはいえ、俺はなんて失態を……。 
「なんか怪しいなぁ……。詩音~、なにか知らない?」 
「さぁ? お姉と変なコトをする夢でも見たんじゃないですか?」 
「ばっ……詩音ッ!!」 
「へ、変なコトって……。…………」 
「ち、違うんだ、魅音! 俺は別にそんな夢なんて……」 
「変なコト?! 変なコトをする夢って、なにかな!? かな!!?」 
「それはですねぇ。きっと何かと何かが合体する夢だと思います」 
「何か!? 何かって、凸と凹かな!? 凸と凹が合体……。は、はぅ~……。レナも魅ぃちゃんと合体したいよ~ぅ!!」 
「うぇ?! わぁ、バカバカッ!? やめなさいレナ!! できないから! そんな所を触ったって、合体なんてできないからーーーッ!!」 
魅音はレナに背後を取られ、豪快に胸を揉みしだかれている。 
必死に抵抗しているようだが……レナの魔手から逃れるのは簡単ではないだろう。 
「凄いですね~。……まるで昨日の圭ちゃんみたいです」 
「ぶっ!?」 
「はあ~ぁ、それにしてもショックだなぁ。まさか、付き合い始めた初日に浮気されるなんて。考えもしませんでした」 
「う、浮気って……。何を言ってるんだよ……? し、詩音が魅音のフリをするから、それに合わせてやっただけだって……」 
「それじゃ、昨日のは全部演技ってことですか。私を後ろから攻めてる時に切なそうな声で魅音魅音~、って言ってたのも演技だったんですね」 
「……あ、当たり前だろ……?」 
「ふぅん。……ま、そういう事にしておいてあげますか。どうせお姉に言い寄ったところで、また投げ飛ばされて終わりでしょうし」 
「……うぐぐ……」 
なんか話がおかしくなってないか……? 
まるで俺が魅音を好きで好きでしょうがないような話の流れだ。 
……いや、別に嫌いじゃないけどさ……。 
……というか、好きか嫌いかで言えば…………好き……だけど……。 
「それはそれとして。……頑張って、お姉を口説き落としてくださいね」 
「…………。……ちょっと待て。今、なんて言った……?」 
「お姉を口説き落としてください、って言ったんです」 
「はぁ……!?」 
たった今、浮気だなんだと咎めておいて、なんで口説き落とせなんて話になるんだよ?! 
「だってお姉を落とせば、美人姉妹と3P、っていう圭ちゃんの夢が現実になるじゃありませんか」 
「さ……さんぴ……!? おいっ! い、いつからそんなのが俺の夢になったんだよッ!?」 
「想像してみてください……」 
詩音は肩を寄せ、俺の耳元に口を近づける……。 
「……そうなれば……お姉が圭ちゃんの×××××を××××している間に、私は××××してあげられるんですよ……?」 
「な……?! ××××!? ××××ッ!!?」 
「……お姉と私のふたりで×××××してあげることも出来ますし……」 
「ふ、ふたりで×××××……」 
「ね? これって凄いことだと思いません?」 
「う……うわぁああぁあああッッ!!? 黙れ黙れ黙れ!!」 
爆発寸前の妄想を掻き消し、とっさに詩音から離れる。 
詩音の表情を確認すると……あ、やっぱりニヤニヤしてやがる! 
……人の純情を弄びやがって……。 
変わってない……こいつは出会った時から何も変わってない! 
俺をからかって楽しんでいるだけだッ!! 
俺は学校の方角を指差し、詩音に宣言する。 
「もういい! 俺は学校へ行く! お前を置いて先に行くからなッ!!」 
詩音は一瞬だけキョトンとした表情になったが、またすぐに笑みを浮かべる。 
「お好きにどうぞ。どうせ圭ちゃんは待って、って言っても先に行っちゃうような人ですから」 
「へっ! よく分かってるじゃねぇか!!」 
「私は自分のペースで歩きます。それに……もう諦めてますから」 
「諦めるって……何を?」 
「どうせ……私が好きになった人は、私を置いてどこかへ行ってしまうんだって……諦めてますから」 
「…………あっ……」 
……詩音の発言に言葉を失ってしまう。 
呆然と立ち尽くす俺に、詩音はゆっくりと歩み寄ってきた……。 
「……どうしたんですか、圭ちゃん。……先に行っちゃうんじゃなかったんですか……?」 
「い、いや。えっと、その……」 
「それとも……私と一緒に歩いてくれるんですか……?」 
悲しいのに無理やり笑ったような顔で、詩音はそう言った……。 
「えっと……し、詩音がどうしても! っていうのなら。一緒に歩いてやっても…………いいけど……」 
……そんな表情をされているのに、こんな言い方しか出来ないだから情けない。 
本当は一緒に歩きたくて仕方が無いくせに。 
でも、詩音も俺がこういう性格だって知っているから、いちいち腹を立てたりはしない。 
「……んー、そうですね……。……せっかくお付き合いしているんですから、圭ちゃんと一緒に歩きたいです」 
詩音は俺に右手を差し出してくる……。 
俺はそれを、左手でひったくるように掴み取った。 
「……しょ、しょうがないな……。どうしてもっていうのなら、一緒に歩いてやるよ……」 
「はい。ありがとうございます……。……それじゃ、行きましょうか」 
「………………」 
「圭ちゃん……?」 
「……どこにも行かないからな……」 
「え……?」 
「俺はどこにも行かないし、……悟史だって、絶対に帰ってくる。だから……」 
「……はい。圭ちゃんが一緒に待っていてくれるのなら。私は、もう寂しくなんかありません……。……だって圭ちゃんは、私の……」 
「ふたりとも、なにやってんのーーーッ!!?」 
「「はっ?」」 
詩音と二人で、声のした方向に視線を移す……。 
すると、遥か先に魅音とレナが……。 
「のんびりしすぎだってばーーーッ!!! 早く来ないと置いてくぞーーー!!?」 
「ふたりとも、急いで急いで~~!!!」 
あいつら……いつの間にあんな所まで?! 
くそ、走らないと追いつけないぞ!? 
「急ごうぜ、詩音! このままじゃ置いてかれちまう」 
「えぇ!? ……私は自分のペースで歩くって言ったのに……。……結局走るんですね」 
「なんだよ。そんなこと言ったって、走らないと遅刻しちまうぞ?」 
「別に構いませんけど。……でも、この手だけは絶対に放さないでくださいね……?」 
「あぁ! 頼まれたって放してやるもんかよッ!!」 

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「………………ま。……どうしても、っていうのなら……。…………もらってあげるけど……」 
放課後。 
詩音から返してもらった人形を渡すために、魅音を校舎裏に呼び出した。 
……別にコソコソと隠れて渡す必要はないが、魅音に渡すのが難儀になるのを避けるためだ。 
誰かに見られていては素直に受け取らないだろうからな。 
実際、割りとすんなり受け取ってくれたので、この場所を選んだのは正解だったといえる。 
……魅音は俺から受け取った人形をじっと見つめている。 
「大切にしてくれよ。それには俺だけじゃなくて、詩音の想いも詰まっているんだからな」 
「……えっ? ……あ、そっか。これは詩音が持っていた物だったね……」 
「それと伝言。私も詩音を頑張るから、魅音を頑張れ、だってさ。……これ、どういう意味だ?」 
「…………魅音を……。………………」 
今度は人形を抱きしめて、目をつぶってしまった……。 
……口元が動いているから、何か呟いているようだが……。 
「なぁ、魅音。いったい……うぉわ!!?」 
魅音は、いきなり俺の鼻先にズビシ、と人差し指を突きつけてきた。 
表情は凛々しく、口元には笑みを浮かべている。 
「な、な、なんだよっ!!?」 
「私はまだ諦めたわけじゃないからね!! 絶っっっ対に惚れるさせてやるからッ!!! そんじゃね! バイバイ!! また明日!!」 
「は、はぁ??! ちょ、おいッ!?」 
魅音はそれだけ言い残し、あっという間に走り去ってしまった……。 
「……ったく、なんなんだよ……。……惚れさせてやるって……」 
そんな事を言われたって、…………もうとっくに惚れてるんだけどな……。 
……いつか、詩音が言ったことを思い出す。 
『だって、彼は双子の姉を好きになるから……』 
……結局、詩音の予言は的中したことになる。 
詩音と付き合い始めたばかりだってのに、なんでこうなるんだよ……。 
詩音や魅音本人に言えば、絶対にややこしくなるだろうし……。 
俺は……これからどうすればいいんだ……? 
「ああ、もう! そんなこと考えたってしょうがねぇだろ!? ……なるようにしかならないって」 
……今日はもう帰ろう。 
やっと親父とお袋が帰ってくるし、久しぶりにお袋の温かい飯が食える。 
……三日ぶり、かぁ……。 
なんか怒涛のような三日間だった……。 
明日から、一体どうなるんだろうなぁ……。 

<終わり>

復元してよろしいですか?