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必要悪の夜 - (2007/03/23 (金) 21:01:10) のソース

「おうおうおうっ! やってくれるんじゃねえのっ! ブチ撒けられてぇかぁぁぁぁっ!!」

だんっ! と床に叩きつけられて、梨花は、こほ、と咳き込んだ。思いつく限りの罵声を口の中で吐きながらも、涙で滲んだ視界の向こうで狂った笑いを浮かべている、園崎魅音――いや、この場合は園崎詩音と言うべきか――を睨みつける。
右手の注射器の頼りない感触に身震いしながらも、梨花は詩音からじりじりと間合いをとった。
手詰まりだった。奇襲が通用しない今となっては、古手梨花と園崎詩音とではスピードもパワーも差がありすぎる。催涙スプレーは突き飛ばされた時にどこかに飛んでいってしまった。

(くそ、こうなったら……)

誰があんたなんかに殺されてやるもんか。

そう胸中で吐き捨てて、梨花は背中に隠した包丁を手に取り、。
そうしている間に、すでに詩音は梨花の目の前まで来ていた。
そして詩音は哄笑しながらバチバチと放電するスタンガンを振りかぶり――。

「……あれ?」

そのまま床に転がっていた催涙スプレー缶を踏みつけて、ごっちーん、とひっくり返った。



「……………………」

包丁の切っ先を自らの喉に当てて硬直したまま、梨花は目の前で目を回している詩音を眺めていた。
やがてそろそろと包丁を下ろすと、包丁の背でつんつんと詩音の頬をつついてみる。
……反応なし。どうやら完全に気絶しているらしい。
とりあえず、梨花は注射器の針を詩音の腕に刺すと、ちゅう、と中の薬剤を注入する。これで、とりあえず詩音の発症の危険は去った。
ほっと肩を脱力しかけて、梨花は慌てて首を振った。自分は園崎家の地下に監禁されている魅音と沙都子を助けなければならないのだ。
園崎魅音として雛見沢をあちこち駆け巡っていたことから、祭具殿の鍵はおそらく常に身に着けているはずだ。そう考えて、梨花は詩音の身を確認しようとした。
だがまだだ、と首を振る。雛見沢症候群の危険はないとはいえ、さっきの状況から考えると目を覚ました詩音が襲い掛かってくる可能性は十分に高い。
梨花は周囲をきょろきょろと見回すと、物干し用のロープで目を止めた。そのままいそいそとロープを持ち出すと、詩音の両手と両足をしっかりと縛る。ロープを結び終えると、梨花はうつ伏せに倒れた詩音の腹に跨ると、ぺたぺたと詩音の上半身を調べ始める。
上着のポケットを裏返し、ジーンズの尻ポケットにごそごそと手を突っ込んでみるが、

(……ないわね)

芳しくない結果に、ふむと梨花は腕組みした。後ろにないとなると、

(やっぱり、前にあるのね)

頷いて、梨花は詩音の身体を仰向けにひっくり返し、再び馬乗りになる。
ふと、梨花はきょろきょろと辺りを見回した。周囲には誰もいない。
無論、そんなことなどわかりきっているが、そこはそれ、儀礼的なものに理由などないのだ。
そのまま、モデルガンのホルスター、ジーンズなども確認してみるが、やはりそれらしきものは見当たらない。

(……おかしいわね)

苛立ちに、梨花は眉根を寄せる。何処だ、何処にある?
まだ魅音と沙都子をいたぶる必要があった以上、飲み込んでいるなどということはないはずだ。ならば何処に――。
苛立ちは焦燥へと変わり、せわしなく視線が動き回った。

と。
そこで、梨花は二つの場所で視線を止めた。
即ち――詩音の、胸と、股間に。

たしか、尻の中に針金を隠して脱獄した脱獄犯というのを以前にTVでやっていた。ならば、詩音がそんな場所に隠しているということは十二分にあり得る。
なにせ穴は二つあるから可能性は単純計算で二倍だ。
梨花は詩音の奇抜な発想に驚愕し、そしてそれを見破った自分の閃きに感謝する。

(待っていて、沙都子、魅音。すぐにこの拷問狂の手から救い出してあげるから)

新たに決心しながら魅音の服に手をかける。上か下かどちらからやるか迷ったが、ライブ感を出すために上から剥いていくことにした。
ふと、梨花は自分の状況を確認してみる。両手両足を縛られて気絶した女に跨って、それにぺたぺた触れながらひん剥こうとしている幼女。

(どう見ても、身体に隠したものを探っているようにしか見えないわね)

力強く頷いて、梨花は、ぱん、と自分の頬を張って気合を入れた。
続いて、自分の目前で静かにいただきますと合掌すると――。

がばちょ、と詩音のTシャツをまくり上げた。