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私のほうが - (2007/09/02 (日) 01:27:38) のソース

私は誰よりも美しい。

今日、私は学校を休んだ。
別に具合が悪かったわけではない。
両親が仕事で東京に行っているのをいいことに、そのままズル休みをしたのだ。
学校には風邪だと連絡した。
電話口でちょっと咳をしたら、あの人の良い先生はあっさりと騙されてくれた。
とても美人で、生徒達にも尊敬されている教師……千恵留美子。
だが所詮、彼女も女としては甘いということだ。
私の嘘にあっさりと騙されるあたり、やはり浅はかだと言うほかあるまい。
もっとも顔だけ見れば、この雛見沢の中でも数少ない美人に入る部類だとは思うが……。
私だってあのくらいの年になればもっともっと美しくなっているはず。
むしろ若さを兼ね備えている分、彼女よりも遥かに私は「上」なのだ。
たとえ「本物」ではなくとも、「本物」を越えることはできる。
それを私はこの雛見沢で証明して見せるのだから。

現に今の私はこんなにも輝いている。
こうして道を歩いているだけで、村人の誰もが振り返るほどだ。
まだ年端もいかない少女、少年。 青春真っ盛りの青年。 そして今、真横をすれ違っていった老獪なご年配の方々ですら。
「あんれまぁ~一体どこの子だろうねぇ。 あんな可愛いらしい子、村におったっけ?」
「あ~ほれほれ、あの**さん家の娘さんじゃないかい? にしてもほんと綺麗じゃねえ……」
そんなヒソヒソ声を聞くたび、私の中にとめどない優越感が沸いてくるのだ。
今日は学校を休んでほんとによかった……。
でなければこうして「この格好」で村を歩くなどできなかっただろうから。 
さっき偶然会った鷹野さんですら、私を見て
「あらあら可愛い子ねぇ♪ 見ない顔だけど、どこのお家の子だったかしら?」
などと話かけてきたほどだ。
人口二千人にも満たないこの雛見沢では、私のような見たことのない「美少女」はさぞ珍しいのだろう。
つまり今の私は、誰の目から見ても「どこかのお家の女の子」というわけだ。

「……まあ、当然か♪」

田んぼに挟まれたあぜ道を歩きながら、おもわずそんなことをつぶやく。
こうなってくるとやはり、あの両親には感謝しなければならないだろう。
私をこのすがたへと目覚めさせてくれた、あの人達……。
私はこんなにも素晴らしい「美少女」へと昇華してくれた、お父様とお母様に……。

「……へ? 仕事の手伝いだって?」

ある日、俺は家で両親に声をかけられた。
父の仕事の資料でどうしても女の子の被写体が必要だから……「これ」を着てくれないか? と。
そうして両親が差し出してきたのは、生では初めて見るものだった。
まるでドレスのような感じのデザインで、全体に黒を基調としている洋服。
父の持っていた雑誌で見たことがあるが、いわゆるそれは「ゴスロリ服」と呼ばれるものだった。
上下の装飾にはレースやフリルがたっぷりと使われており、いかにもお嬢様が着るものといったゴージャスな雰囲気がしていた。
おまけに、手首、胸元、首などには小さな黒いリボンが付いていて、少女(ロリータ)という意味を象徴する装飾がいくつも施されていた。
スカートの丈の方もかなり短く、少しかがむだけで下着が見えてしまうんじゃないかというほどだった。
そしてその短いスカートを引き立てるように、同色のニーソックスまでもがしっかりと膝上までを覆い尽くせるほどの長さで用意してあった。
部活の罰ゲームで、たしか梨花ちゃんが似たようなデザインのものを着ていた記憶があるが……。
これを……男である自分に着ろと?

「あ、あんたら正気か!? お、お、おおお俺は男だぞぉーーーっ!?」

もちろん俺は即座に断わった。
いくら家計を支える父のためであっても、こんなドレスのようなものを着るのは男としてのプライドが許さなかったからだ。
何よりこんなものを自分の息子に着せようなどと、この両親は本気で変態ではないかと疑ったものだ。
そうして俺は何度も断わったのだが、彼らはそう簡単には折れてくれなかった。
「はっはっは、照れ屋さんだなぁ圭一は~♪ ほんとは着てみたいんだろう?」
「だ、誰が着てみたいんだよ、この変態親父がっ! おふくろも何か言ってくれよ!」
「まぁまぁそんなこと言わず、おねがいよ圭一。 お父さんを助けると思って……ね?」
そうしてお袋は俺に何枚かのお札を差し出した。
これを着てくれたら、なんとバイト代まで出すと言っているのである。
その具体的な金額を見て……少しだけ心が揺らいだ。

「ちょっとこれを着るだけで……そ、そんなにくれるの? むむむ……」

女装することと金額を天秤にかけ、それを頭の中でクールに判断していく。
よく考えてみれば、普段からこういった女の子の服は罰ゲームで着せられている。
魅音やレナはそういった女装系は俺を狙い撃ちしていて、メイド服やセーラー服といった恥ずかしい格好はけっこう頻繁に着させられているのだ。
おまけにその格好のまま下校までさせられるのだから、すでに俺は村中の人間に「そういった趣味」があるものと勘違いされていてもおかしくない。
ならば今さら両親二人に見られるぐらい、どうでもいいことなのではないか……?
もっとも血の繋がった人間に見られるのはまた別かもしれないが。
それさえガマンすればこの破格のバイト代がもらえるのだから、別にかまわないかなとも思った。

「…………わかった、いいぜ」

そうして俺はその服……。 ゴスロリ服を着ることを承諾した。
女の子の洋服。 おまけにこんな特殊なものを着た経験がない俺は最初とまどったが、おふくろがわざわざ着させてあげると世話をしてくれた。
「お、おいおふくろ! ちょっとやりすぎじゃ……」
「いいからいいから♪ いや~前々からこんな女の子が欲しかったのよね~♪」
その時のおふくろはとてもノリノリで、実の息子である俺を女装させていった。
写真に写るため本物の女の子に見えなければいけないらしく、なんと俺の顔に化粧まで施していったのである。
そしてあらかじめ用意していたのか、ロングの綺麗なかつらまでかぶせられ……。
もはや俺はおふくろ専用の着せ替え人形と化していた。
「はい、完成♪ とっても可愛いわよ~圭一ぃ♪」
「ば、ばか何言ってんだよ! ったく……」
「はっはっは、照れるな照れるな♪ ほんとに可愛いぞぉ、お父さん辛抱たまらんなぁ!」
「死ね変態親父! さ、さっさと終わらせようぜ!」
そうして俺は親父のアトリエで写真を撮られることになった。
そこの壁にはしっかりと白いカーテンが張られていて、その前にはアンティークなイスが用意されていた。
親父はこういった撮影には慣れているようで、女装した俺はそこでさまざまな要求をされていった。
イスに座り、指を噛みながら甘えるような表情をさせられたり、下着が見えてしまうだろうという女豹のポーズをさせられたりと……。
正直ものすごく嫌だったが、これもあの金額のためと黙って従っていった。
そうして長い長い時間が過ぎ、ようやく親父のフラッシュの音が止むと俺の屈辱のバイトは終わった。
そして親父は取り終わった写真を現像すると、すぐに俺とおふくろに見せてくれた。
一体どんな変態女装男が写っているのかと思いながらそれを見ると、そこに写っていたものは……。

「へ…………これが俺?」

そこには、生まれてこの方見たことの無いほどの「美少女」が写っていた。
ニコっと可愛く笑顔を振りまきながら、首をかたむけてイスに座っている女の子……。
おふくろの化粧が上手かったのか、それとも俺の「才能」のなせる技なのか、そこに写っている女の子にはまるで違和感が無かったのである。
着ている服がゴージャスなせいもあり、深窓のお嬢様といった雰囲気も感じられた。
こんな可愛い女の子が道を歩いていたら、俺は間違いなくナンパする。
そんなふうに思えるほど「俺」は美しかった。
そしてその女の子を見たとき、俺の中でいままで感じたことのない感情が芽生えていった。
優越感や高揚感といった、そんなドクドクとしたものが胸の中で混ざり合っていく感じ……。
その感情が何なのか、その時の俺にはわからなかったが……とりあえず一つだけ確かに感じたことがあった。

「この子……あいつらより可愛いな……」

魅音、レナ、沙都子、梨花……。 俺が愛する部活メンバーよりも断然可愛い。
冷静に考えればそんなことは有り得ないのだが、その時の俺にはなぜかその考えが確実にそうだと思える自身があるのだった……。

それ以来、「私」はそのゴスロリ服をよく着るようになった。
父に部活の罰ゲームで使えそうだからと譲ってもらい、ほぼ毎日自分の部屋で身に着けるようになった。
鏡で自分の女装したすがたを見ると、私はますますその魅力を引き出したくなった。
すがた形だけでなく、立ち振る舞いや雰囲気も完璧な女の子になりたいと思うようになったのだ。
まずお化粧の仕方は母のしているところを見て学び、興宮で女性雑誌もたくさん買いあさった。
女性特有の歩き方や仕草も、雑誌や母を観察して身につけるようにした。
お料理も手伝いたいからという理由で教わるようになったし、洗濯や掃除も率先して自分でやるようになった。
その息子の「親孝行」に、母はとても喜んでいたが……はっきりいってそれは的外れだった。
でも別に罪悪感とかは感じなかった。
母だって娘が欲しいと言っていたし、そもそも私はこんなにも可愛い「女の子」なのだから、それをより完璧にすることの何がいけないというのか。
こんな山奥の田舎に、こんなにも素晴らしい「美少女」がいる。
それを世間に知らしめないなんて、この雛見沢にとって何よりの損失だろう。 
……そう思うようになっていた。
そうして日々女の子の格好をし、女の子の仕草を勉強していくと、私はもうすっかり心まで女に染まっていた。
もはや女装しているという考え方がなくなったし、むしろ普段のあの前原圭一が仮のすがただと言えるほどの考えに至っていたのである。

「……だけど……まだ足りない」

学校へと続く並木道を歩きながら、そう呟く。
こうして身も心も女になり、女の気持ちが身近に感じられてくると……。
ずっと一緒に過ごしてきたあの子達のことが、特に気になるようになったのである。
……悪い意味で。
園崎魅音、竜宮礼菜、北条沙都子。 ……そして、古手梨花。
今ならあの部活メンバー四人が、どれほど素敵な女の子であったのかがよくわかる。
それぞれが女としてとても魅力的な部分を持っていて、それでいてそれに驕るような仕草は微塵もみせない。
男であったときは、彼女達に性的な欲望を感じることすらあったのに……。
今の私は、むしろ彼女達を疎ましいとすら思うようになっていた。

「魅音……レナ……沙都子……梨花っ!」

四人の顔を思い浮かべ、ギュっと唇を噛み締める。
あの子達さえいなければ、この雛見沢でもっとも美しいのは私なのに……。
村で権力のある家系だかなんだか知らないが、こんなにも美しい私なら村中の人間の心を掌握することなど容易い。
たとえ人の嘘が簡単にわかる女だろうがなんだろうが、この私の本当のすがたまで見破れるわけがない。
トラップ? 罠だとぉ? そんなチンケなもので、このクールな頭を持った私を止められるものか。
たかが高貴な家系に生まれ出でたというだけで、村人にチヤホヤされまくっているあの女も同じこと……。
オヤシロ様の巫女? 生まれ変わりだぁ?
馬鹿を言うな、オヤシロ様はこの私だ!!!
あんな女が神などであってたまるものかっ!!!
あー憎い憎い憎いあの女達が憎い!
あいつらさえいなければ、あいつらさえいなければ!
アノコタチサエイナケレバ……ワタシガイチバンカワイイノニ……。

「………………!?」

その時、私の心臓がドクンっと大きく高鳴った。
歩いていた道が、ちょうど長い長い田んぼ道にさしかかったところ。
そのはるか遠くにかすかにある人影を見た途端、私の胸の中をドクドクと熱いものが駆け抜けていった。

「まさか……あれは……」

見覚えのある、四つの人影。
色彩にすると、緑、茶、金、青、といったところか。
私にとってもっとも忌むべき、あの部活メンバーのカラーを表すものがあぜ道の遠くに見えたのだ。
先頭にまず、魅音とレナ。 そしてそれに少し遅れて、沙都子、梨花と……。
ご丁寧にも四人揃って、私のいるこちらに向かって歩いてきているのである。
腕に付けていた時計をチラっと確認すると、たしかにいつもの下校時刻になっている。
しかしだからといって、あの四人が揃って下校というのは少々おかしかった。
魅音とレナがこちらの道に来るのはわかるが、沙都子と梨花は家への方向がまるで逆方向のはずなのである。
つまり本来なら、あの四人が一緒に帰っているなどとは有り得ない光景。
そうなると考えられる答えは一つ……。
「私の家に……向かっているのか……」
私が今日風邪で休んだことは知恵から聞いているはず。
そうなると四人でお見舞いに行こう、などとなるのはごく自然に考えられる答えだった。
思ったとおり先頭を歩いている魅音の手には、どこかの青果店で買ったと思われる見舞い用のフルーツ籠がブランブランと揺れていた。
「ちっ……どうする……?」
だんだんとこちらに近づいてきている彼女達を見ながら、私はおもわず舌打ちした。
周りは田んぼや森に囲まれていて逃げ道がない。
もちろんそのどちらかをむりやり歩いていくことはできないでもないが、そんなことをしたらこの綺麗なドレスが醜く汚れてしまう。
私と彼女達が歩いているこの一本道はとても幅が狭く、このままだとどうしてもあの子達とすれちがうことになってしまうのだ。
あまり面識のない村人達ならともかく、毎日一緒に過ごしている部活メンバーなら私の「正体」に気づいてしまう恐れがある。
仮にバレなかったとしても、彼女達は生まれてからずっと自分が過ごしている雛見沢に、まさかこんな見知らぬ女の子がいるなんてと興味を持ってくるだろう。
魅音あたりは鷹野さん以上につっこんで話かけてくるかもしれないし、レナなどはいきなり「はぅ~お持ち帰り~♪」などと抱きついてくる危険性もある。
そうなったら私にとって……非常にまずい状況になる。
声を出せば途端にバレてしまうだろうし、抱きつかれでもしたら感触でわかってしまうかもしれない。
私にとってその二つは最大の弱点……。
もちろん、いずれは完全に女となってその欠点すら克服するつもりだが……今はまずい。
蝶のサナギはその身が美しく変わるまで硬い殻をまとい、美しく羽ばたける瞬間まで日陰でじっと耐える。
だからこそ今はまだ、あの子達の目に触れるべきではない。
そう決心した私はクルっとその身をひるがえし、来た道を戻ることにした。
……のだが。

(ニゲルヒツヨウナンテ……ナイ)

頭の中で、もう一人の自分が語りかけてくる。
この格好をするようになってから、私の中にずっとずっと潜んでいる「そいつ」は、逃げの行動にでようとした私をせき止めた。
そして頭の中で繰り返し繰り返し、そのまま進め、突き進め、と命令してくるのだ。
この美しいすがたを、彼女達に見せてやれ……見せつけてやれ、と。
「……そうだ……そうだ、そうだ」
自らに自信をつけさせるようにそうつぶやき、私はグっと顔をあげた。
そうしていまだ道の遠くに見えるあの憎っくき女達に向かって、ゆっくりと歩みを進めていった。
ゴスロリ服と合うよう、自前で買った厚底のブーツで道に転がっている小石をジャリジャリと踏みしめていく。
その小気味良い音が、私の行動を正しいと言ってくれているような気がした。
「私は可愛い……私は美しい……あの子達よりも!」
……そうだ。 たとえまだ完璧ではなくとも、すでに私はこんなにも美しいとさきほど確信したではないか。
私には叶わないとはいえ、あれだけの美貌を持ち、そして用心深い鷹野ですら容易に騙せたのだ。
たとえ最強の部活メンバーですら、この私の美貌の前にただただ呆然とするにちがいない。
魅音は自らの心の底にある「女」を刺激され、それでもなお自分よりも美しい私にため息を漏らすだろう。
自分は女であるのにあまりそれらしく振舞えないのに、生物学的には男である美しい私に嫉妬の念を抱くのだ。
そして人の嘘を見抜くレナは、私の正体になんらかの疑問を抱くかもしれない。
だが所詮そこまでだ。 どうせおまえは、はぅ~あの子かぁいいよぅ♪で終わりだろう?
「くっくっく……」
徐々に近づいてくる先頭の二人を見ながら、私はどうしても抑えきれない愉悦に笑みをこらえた。
本当ならこのまま走ってあの二人の前でポーズでもしてやりたいところだが……さすがにそれはやりすぎだろう。
あくまで自然に、優雅に。
いままでに会得した女らしい仕草や雰囲気をたっぷりと放ちながら、奴らに私の美貌を見せ付けてやるのだ。
そう、これはいわばいつも私達がやっている「部活」となんら変わりない。
これから私とお前達がすれ違い、そして四人の中で誰か一人でも私の正体に気がつけるか……。
私の中身が前原圭一だと気が付けるかどうかを試すゲームなのだ。
「もっとも、無理だろうけど……くっくっく♪」
このゲームはあきらかに私に分がある。
常識的に考えて、道でたまたますれ違っただけの女の子が実は知り合いの男の子だった。 などと考えるものはいないだろう。
おまけに私の化粧はほぼ完璧に仕上がっている。
母のそれで習い、だてに父がそういった仕事関係に従事しているわけではないほどの才能があるのだ。
しかも今の私の服装は、こんな田舎では見ることもできないようなゴシック&ロリータ。
大抵の人間はこのめずらしい服の方に目がいってしまい、この美少女が男であるという「ありえない想像」まで気が回らないだろう……。
そうして自らの勝利をより確実に感じていくと、はっきりと視認できる距離まで近づいてきた彼女達が小さな存在に見えてきた。
まずは先頭を歩いている、あの二人……。
「さあ……魅音、レナ!」

見 抜 い て み る が い い。

この私が、普段お前達が淡い想いを抱いている前原圭一だと看破してみるがいい!

「はぅ~。 圭一くん、そんなこと言ったの?」
「そうなんだよ~、まったく圭ちゃんったらほんとにデリカシーがないんだか……ら」

隣のレナとちょうど私の話をしていたらしいところに、まず魅音がこちらに気がついた。
まだすれ違うほどは近づいてはいないのだが、この派手な服装なら視界に入るだけで嫌でも目につくのだろう。
やはり魅音はまず、私の着ているこのめずらしい服に目がいったようだ。
「へ? なんだろあの服、見たことないなぁ……っていうか」
その瞬間、さっきまでおじさんモードでだらしなく笑っていた魅音の表情が……真っ赤に染まっていく。
まるであの部活の後に「人形」を貰った時のような、ポーっと見惚れるような目で私を見つめてきたのである。
「うわ……すごく……か、かわいい……♪」
そうしてまるでレナのような言葉をつぶやきながら、魅音は完全に私に目を奪われた。
……まあ、当然だろう。
魅音は一見女らしくないように振舞っているが、その中にとてつもない乙女心を秘めていることを私は知っている。
目の前にまるでおとぎ話に出てくるような美少女が、それも人形の着るようなドレスを身に着けて現れたとあっては、彼女が目を奪われるのも至極当然というものだった。
「はぅ、魅ぃちゃんどうしたの? 急に黙っちゃ……て」
そんな顔を真っ赤にする魅音を見て、隣にいたレナも同様に私に視線を向けていった。
すると彼女もまた、マッチに一瞬で火が点くようにボっと顔を赤くさせる。
「うあぁぁぁあああぁぁぁっ!? な、なにあれ! なにあれなにあれぇぇぇぇっ!!!」
すかさずいつものかぁいいモードに変化し、両手をスっと胸の前にかかげるファイティングポーズをとる。
一瞬身の危険を感じるが、ここで怯むわけにはいかない。
私は澄ました表情のまま、しゃなりしゃなりとレナと魅音により近づいていった。
「み、みみみ魅ぃちゃん! あ、ああああの子すっごくかぁいいよぉ~♪ お、お持ち帰りしていい?ねぇいい?」
「………………」
興奮するレナの問いに魅音は答えない。 いや、答えられないといったほうが正しいか。
きっと私の可愛さに声もでないのだろう。
それをいいことに、レナは驚くような速度で走りながら私に近づいてきた。
「い、いいんだねー! お返事ないから、この子レナがもらっちゃうよ? は、はぅ~お持ち帰りぃぃ♪」
「へ? あ、あああ!ダ、ダメだってレナぁ!」
あっちの世界にいっていた魅音が、ようやく暴走しようとするレナを止めに入ろうと走ってくる。
もはや私の眼前にまでグイーっと迫っていた魔の手が、寸でのところで魅音にガシっと掴まれる。
「はぅっ!? なんで邪魔するの魅ぃちゃん! 離してぇ離してよぉ~!」
「ば、馬鹿! 知らない子を持ち帰っちゃいけないって、いつもあれほど言ってるでしょうが!」
「そんなの関係ないよぉ!このかぁいい子レナがお持ち帰りすーるーのー!はぅぅぅぅ~!!!」
「ちょっ、や、やめなってレナぁ! ……あ、ご、ごめんね? この子ちょっとアレでさ……あ、あはははは♪」
手をバタバタとさせながら暴れまわるレナを抑えながら、魅音が気まずいといった表情で私に笑いかけてきた。
きっと何も喋らない私が怯えていると思ったのだろう。
魅音はギリギリと力を入れながら、私がそこを通れるよう、レナの体をむりやり脇へ脇へと押しやってくれた。
「…………ふふ♪」
それを見ながら私は、ありがとうっといった意味を返すように……ニコっと満面の笑顔を返してやる。
「!?……あ……」
「!?……は、はぅ~♪」
瞬間、またもや魅音とレナの顔からボっと火が噴き出た。
何度も何度も鏡の前で練習した、この可愛さで相手を殺すための笑みだ。
このタイミングでこれを使えば、この二人とてたまらないだろう。
……最早、何も怖がることはない。
私は優雅にスっと長い髪をかきあげながら、二人の脇をゆっくりと通り抜けてやった……。
「……はぅ、み、魅ぃちゃん。 あんなかぁいい子、雛見沢にいたっけ?」
「いや……わ、わかんないけど……」
目の前を毎日会っている男が通り抜けたというのに、魅音とレナはまるで「見知らぬ美少女」がすれ違ったかのようにほおけていた。
私は思わずその場で笑い出したくなる衝動を必死に抑えながら、背後のメス二匹に堪らない優越感を感じていった。

そう…………私 の 勝 ち だ。

思ったよりも簡単だった。
いや、やはり私の美貌が素晴らしすぎるということか……。
魅音は最初に私と目が合った瞬間に「堕ちた」と確信できたし、レナにいたっては説明すら不要だろう。
最強のかぁいいモードなどと言われているが、逆にそれにしか目がいかなくなるのがアレの最大の弱点。
私の正体を見破るどころか、ただの色欲に堕ちたメス犬に成り下がっていたのは明白だ。
そして……次はあの二人。
レナが暴走して走ってきたせいで、少し離れる位置に遠ざかって見える……あの小娘二匹との勝負だ。


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