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昼の非日常4 - (2007/10/11 (木) 13:51:50) のソース

4.
 とんでもない事をした後だと言うのに、頭の中では、この水着のこと、お袋にどう説明しようとか、ゾンビ鬼はどうなったのかなとか、そんなどうでも良い事ばかりが巡る。自分でも不思議だ。
 しかしそれは、一時の単なる現実逃避だった。脳味噌が処理限界を超えたせいで、オーバーフローを起こしていたのだ。その証拠に、呼吸が次第に落ち着きを取り戻すと、それに比例して恐怖という感情が俺を支配した。もちろん、それは日常が壊れてしまう事に対する恐怖だ。
 今、俺たちがした事は、どう考えても普通のことじゃない。異常で、非日常的な事。こんな事をすれば、もう今まで通りの付合いなんて出来る訳が無い。会う度に今日の事がチラつき、普通の友達として振舞える訳が無い。つまり今日の事は、今までの日常を捨てる事と同議なのだ。
 そして、解決する方法は一つしかない。つまり、新しい日常を作ること。だけど、それが今までのように温かで、心地よい日常になるとは限らない。冷たく、居心地の悪い日常になる可能性だって十分にある。だからこそ、今までの日常が大好きだった俺は、恐怖に震えているのだ。
 この場を包んでいた撫子色はとっくに消え失せ、またしてもあの沈黙の闇が降りはじめる。
 だが、今度はそれはすぐに砕かれた。
「……ぅっく……ぇっく」
 魅音が、突然泣き始めたのだ。俯いた顔を両手で覆い、震えて涙を零している。
「……ごめんね……。……ぅっく、こんなことしちゃって、……ごめんね、圭ちゃん……」
 そう俺に対して謝罪を繰り返しながら、痛々しくすすり泣いた。
 そう、魅音もまた恐怖に襲われているのだ。俺と同じく、日常の崩壊への恐怖に。とすると、やはり魅音の一連の行動は、本人の意ではなかったのだ。何かの目標のために、仕方なく行い、その結果、恐怖に耐えかねて涙を零しているのだ。
 ――いったい、どうして。当然、俺はそれが気になった。こんなことをすれば、いつも通りの付き合いが出来なくなる事くらい、誰でもわかるはずだ。なのに、どうして。どうしてそのリスクを背負ってまでこんな行動に走ったのか。それが気にならない筈が無かった。
 だから、俺は質問した。
「……魅音、……どうしてこんな事をしたんだ?」
 そう、魅音を驚かさないように小さな声で、そっと問いかけた。
 すると、魅音は嗚咽混じりの声で、ゆっくりと答え始めた。
「わがまま、……みたいな物だよ。私の、勝手な……」
 数瞬の間。
「……ただ、女の子として見て欲しかっただけ……。別に、男友達みたいな付き合いが嫌いな訳じゃないけど、……でも、圭ちゃんだけには私を女の子として見て欲しかった……。私、圭ちゃんが……本当に好きだったから……だから、こんな事をしちゃったんだ……。私の体を使って……圭ちゃんに無理やり女の子だと認めて貰おう、って……。
 ……ぇっく、……馬鹿だよね、私。……そんな事したって、良い事無いに決まってるのにさ……。……でも、いつまでもこの状況が続くの……、好きな人に女の子と認められないのが……耐えきれなくって……ぅっく……。……本当に、ごめんね……」
 それだけを言うと、再び魅音は静かに泣き始めた。
 この時俺が受けた衝撃は、ちょっと言い表せない。驚きだとか、後悔だとか、そんな色々な感情が、俺の中を一気に突き抜けたのだ。
 でも、一番強く、明確に俺の中を支配した感情がある。怒りだ。自分に対する怒りが、自分の中で大きく燃え上がった。
 俺は、これまでとんでもない思い違いをしていたのだ。魅音が何も言わないのを良い事に、勝手に男友達として付き合ってきた。時折魅音が見せていたであろう、女の子らしい部分なんて無視して、勝手に男友達である園崎魅音を作り出していた。魅音が感じていたことなんて考えもせずに。魅音が思っていたことなんて知りもせずに。完全にこっちの都合で、魅音の「女の子」の部分を見ないでいた。
 何てことだろう。俺が勝手に居心地が良いと思っていた日常は、魅音にとって耐えられない物だったのだ。だからこそ、今日、魅音はその日常を壊してきたのだ。そして、そこまでされてようやく、俺は魅音の「女の子」の部分に気づいた。
 何て、大馬鹿野郎……!
 魅音が、しきりに大丈夫と言っていたのを思い出す。あれは、やはり自分に言い聞かせていたのだ。これまでの日常が壊れても、きっと新しい日常は素晴らしい物になる。だから大丈夫と、魅音は必死で自分に言い聞かせていたのだ。すぐにでも逃げ出したくなる自分を抑えて。……それ程までに、魅音は俺に「女の子」の部分を気付いて欲しかったのだ。
 この鍾乳洞に入ってからした、魅音の問いかけの意味も、完全に理解する。恐らく、俺があそこで魅音を女の子として認めているような事を言えば、そこで踏み留まったに違いない。今のような事にはならなかった。つまり、あれが最後のボーダーラインだったのだ。だからこそ、期待外れな俺の返答に対してあんな、泣きそうな顔をしたのだ。あぁ、これで私は今迄の日常を壊さなければならない、と……。
 そこまで理解すると、俺の中は魅音に対する謝罪の念でいっぱいだった。今すぐにでも、この場で地面に頭を打ちつけて、何十分でも土下座をしたかった。知らぬ間に仲間を傷つけ続けていたという事実は、それ程までに俺の心を抉り、そして俺を自責の念に駆り立てたのだ。
 だが、思う。謝罪だけで、果たして魅音の心は洗われるのかと。何故、魅音は今日の事をした? 俺に今日までの事を謝罪させるため? いや、違う。俺に、魅音の女の子の部分を認めさせるためだ。だったら、俺がすべき事は謝罪だけではない。謝罪だけで終わってはならない。――恐怖に身を震わせながらも戦った魅音を、認めてやらなければならないのだ!
 ゆっくりと、俺はその場から立ち上がった。魅音は、ふとこちらへ顔を向ける。その顔は、目の周りをすっかり真っ赤に泣き腫らしていた。
 俺は、その目をしっかりと見据え、――そして、魅音の頭に手を乗せて、優しく撫でてやった。魅音の目が、驚きの色で染まってゆくのがわかる。
「……すまなかった、魅音。本当に、……すまなかった。……俺、魅音の事、何にも考えちゃいなかった。本当に、とんだ大馬鹿野郎だ……!!」
「……い、いいよ圭ちゃん、そんなの……」
 魅音は、遠慮がちに目を伏せる。
「俺、……今度から、魅音の女の子らしい部分もちゃんと見ようと思う……」
「え……」
 俺の言葉に、魅音は本当に驚いた顔をする。その目には、少しの喜びが垣間見えた。
「今更、……本当に今更かもしれない。だけど、今度からは、魅音にもそういう「女の子」の部分があるという事を、……認めようと思う。今まで俺は、勝手に魅音の事を誤解していた。女の子らしい部分なんて、これっぽっちも持ち合わせていないと、勝手に思い込んでた。……それは、本当に魅音を傷つけていたと思う。本当にすまない事をしたと思う。……だから、その罪滅ぼしになるかはわからないけど……、俺は、今までの考え方を改め
ようと思う」
「圭ちゃん……」
 魅音の濡れた瞳に、みるみる歓喜の色が満ちてゆく。だが、それはすぐに闇に覆われた。
「……でも、あんな事しちゃったから、もう今までみたいに遊べないよ……。私、今までの日常も大好きだった……。圭ちゃんに、女の子と認められないことが嫌なだけで、みんなと遊ぶのは大好きだった……。なのに、あんな事をしたから……。一つを手に入れたら、もう一つが離れちゃう……。……両方とも欲しいのは、我儘なのかなぁ……?」
 俺も、魅音と同じ気持ちだった。今までの日常は、絶対に手放したくない。いや、手放すもんか。折角、魅音への誤解が解けたんだ。今までの日常を壊すなんて、勘弁ならない。
 だから、俺は言ってやった。
「……大丈夫」
「……え?」
「大丈夫、今までの日常も壊さない。簡単なことさ。……忘れれば良いんだ、今日の事を。そうすれば、日常は壊れない。俺の魅音への誤解も解ける。……両方、手に入れられる」
「で、でも、そんなこと……!」
「無理だとは俺も思う。強烈な体験だったからな。でも、忘れるように努力するんだ。そもそも、俺が最初から魅音の女の子らしい部分に気づいていれば、こんな事が起きる必要はなかった。つまりイレギュラー。いらない事なんだ。だったら、忘れてその存在を消せば良い。頭の中から消せなくても、俺たちが今日の事を無かったように振る舞えば、それで良い。幸い、今日の事は、俺たちしか知らないんだからな。それで消える。それで今日は無かった事になる。……それで、元通りの日常になる」
 魅音は驚いていた。驚いて、ぽかんと口を空けていた。だけど、しばらくすると、深く頷いて、「……うん」と言った。だから、俺も頷いて笑った。
 そして、最後にどうしても言いたかった事を言うために、口を開く。
「……魅音の、あの問いかけに対する俺の返答だけど、……あれは、魅音が女の子らしくないからああ言った訳じゃない事をわかって欲しい。例え、レナや沙都子や梨花ちゃんが同じ質問をしても、俺は全く同じ返答をしていた。それを、覚えておいて欲しい……」
 あの返答には、何の邪な気持ちは無い。俺の本心が込められていた。だから、それを誤解されたまま放置するのは、どうしても辛かったのだ。……今更になって、魅音がどんな気持ちだったかを、少し理解した。
「うん、わかった……」
 魅音は、再び頷いてくれた。そして、続ける。
「あれは、私の質問の仕方が悪かった。だから、質問を変える……」
 そこで、数秒の間を開けると、魅音は恥ずかしそうに俯いて、ゆっくり呟いた。
「――私の事、女の子としてどう思ってる?」
「え……? そ、それは……」
 それを聞いた瞬間、思わず俺は顔が真っ赤になり、答えに詰まった。しどろもどろになりながら、何とか答えを返そうとした、……その時。

「圭一くん!! 魅ぃちゃん!! そこにいるんでしょーー!!?」

 突然、窟内にレナの声が響き渡る。俺たちは同時にその場で飛び上がった。
 何故、レナがここに!? ここに入る所を見られたのだろうか!? それとも、自力でこの場所を見つけたというのか!? いや、そんな事はどうでも良い。大事なのは、レナがこの場所を見つけたという事と、俺たちが今非常にピンチだという事だけだッ!
「……あぁ、やっぱり」
 魅音が、そんな事を呟く。
「ん……? 何がやっぱりなんだ?」
「去年もここで似たような事で遊んだって言ったでしょ? 実はね……、その時、鬼には見つからなかったんだけど、レナには見つかってたんだ。あれには驚いたね、あの子自力で見つけたみたいだったから」
「なっ……!? じゃ、じゃあ、何でこんな所を隠れ場所に選んだんだよっ!? 鬼はレナだってわかってただろッ!?」
「いや~、去年の事だし、さすがに場所は忘れてると思ったんだけどねぇ。鍾乳洞はここ以外にもまだいくつかあるし。でも、そっちは隠れるにはちょっと不便で、ここが一番都合が良いんだよねぇ」
 隠れるのに都合が良いからこそ、レナはここに俺たちがいると踏んだのではないか。レナの記憶力を少し馬鹿にしてないかなど、突っ込みたい事は山々あったが、今はそれどころじゃない。というか、そんな場所であんな事をするなんて、魅音は心臓に毛でも生えてるのではないか。
「でも、おかしいな……。私だけならともかく、何で圭ちゃんまでいるとわかったんだろ……」
「そんな事はどうでもいいっ! とにかく、逃げるぞっ!」
「逃げるって……どうやって? 出口は一つしかないんだよ?」
 魅音はもうとっくに諦めてるらしい。だが、俺はそれを鼻で笑った。
「おいおい、たったこれだけで詰みと思うなんて、どうしたんだ部長さんよぉ? 駄目だぜ。全然駄目だ。まだまだチェックメイトには至ってない。そして、確率がゼロパーセントじゃない限り、いや、例えゼロパーセントでもそこへ突っ込んで確率ごと叩き壊すのが部活メンバーってもんだろ? ほら、行くぞっ!!」
 そう言うと、俺は傍らに転がっていた懐中電灯を引っ手繰り、電源を消した。そして、魅音の手を掴み、レナがいると思われる入口方面へ駈け出した。
 出口まで二十メートル程の地点。果たしてレナはそこにいた。こちらは少し闇に眼が慣れたために視認できたが、向こうは足音のみでこちらの存在に気づいたらしい。
「よぉ、レナ。よくここに気付いたな」
「あはははは。だって、圭一くんたちったら、本当にわかり易い手がかりを残してってくれたんだもん。あんな物があれば、誰でも気付いちゃうよ」
「ん? そんなもん残したっけな?」
「サンダルだよ、圭一くん。あれが落ちていたから、レナはここに気付けたんだよ、だよ?」
「さ、サンダルぅ!? いや、確かに落としたが、あれからどうやってここに気付いたんだ!?」
「開始八分くらいかな。サンダルが見つかった場所、その時はサンダルは無かったんだけど、その場所で妙に不自然な物音がしたんだよね。前の方から音がしたと思ってそこを確認に行ったら、そこに行き着く前に今度は後ろから音がして、レナはついその音に釣られてそっちに確認行っちゃったんだよね。前の方の音がした場所を確認せずに。そして、後の音を確認しにしばらく走ったんだけど、誰もいなかった。誰かがいたという痕跡も特に無かった。で、そこでようやくレナは気付いたんだ。あれは罠だったんだって。あの時はあちゃーって思ったよ。まんまとやられちゃった訳だから。
 で、急いで元の場所に戻ったんだ。あそこに誰かがいたのは確実な訳だから。そうしたら、サンダルが落ちてるのを見つけたの。男の子用だったから、すぐに圭一くんのだと確信した。そこで、レナは少し考えた。何で圭一くんのサンダルがここに落ちてるのかなって。あまりにも不自然だったからね。サンダルを脱いでこんな場所を歩きまわれば足が痛いだろうし、サンダルは壊れてる訳でもない。何より、圭一くんは頭が良いから、こんな痕跡を残すような真似をするのは、考えられない。そうなると、他者の介入が浮かび上がってくる。
 とりあえず、誰かに無理やり引っ張られて、何処かへ連れ去られたのかなって仮定した。そうすると、次に誰がって問題になる。こんな場所、レナたちくらいしか滅多に来ないから、部活メンバーの誰かの可能性が高い。その時はまだ鬼は私だけだから、鬼に連れられたことはありえない。そもそも、それじゃルールが違う。じゃあ誰なのか。そこで一旦詰まった。でも、サンダルが落ちてた場所を考えたらすぐに浮かび上がってきたよ。だって
あのサンダルが落ちてた場所の先と言ったら、去年魅ぃちゃんが隠れていた洞窟があるんだもの。とすると、あの洞窟に行ったんじゃないかなと仮定した。あの道の先は、この洞窟以外に目立った物は無いからね。そして、その洞窟は魅ぃちゃんとレナしか知らない。となれば、圭一くんが連れ去られたなら、魅ぃちゃんかなって目星が付いた。もちろん、沙都子ちゃんや梨花ちゃんの可能性も無い訳じゃない。でも、魅ぃちゃんの場合が一番現実的に思えた。で、洞窟を確認しに来たら案の定、ね。
 多分、魅ぃちゃんが親切心で秘密の隠れ場所を圭一くんに教えて、それを信用しない圭一くんを無理やり連れてきたって感じじゃないかな? まぁ、その辺りの真相は確認しようがないけど」
 それで、レナの長い長い推理披露は終わった。
「さすがだぜレナ……。ほとんど完璧だ。よくあのサンダルからここに行き着いたな」
「あはははは。あのサンダルさえなければ見つからなかったかも知れないのに。惜しかったね、圭一くん」
 レナはもうこっちを捕らえたつもりでいるらしい。だが、俺は不敵に笑う。
「あぁ、完璧だな。だが、その完璧さが逆に全然駄目だ」
「……どういう事かな、かな?」
「――推理の披露は、犯人を完全に捕えてからにしろって事さ、名探偵さんよっ!!」
 瞬間、俺は手に持ってた懐中電灯の電源を入れ、それをレナの目に向けた。
「……うっ!?」
 レナは怯む。当然だ、長い長い会話のせいで、さぞ目が闇に慣れただろうからな。それも、この強力な懐中電灯を直接目に向けられたんだ。ほとんど何も見えない状態に違いない。
 もちろん、俺たちもその光は眩しかった。だが、レナほどではない。レナのシルエットを確認できるし、それだけで十分過ぎるほどだった。
「行くぞ魅音っ!!」
「うん!」
 同時に俺たちは出口に向かって駆け出す。レナはがむしゃらに手を振り回し、俺たちを捕らえようとした。だが、手の動きは十分に見えてるため、それを避けてすり抜けるのに、何の苦労もいらなかった。
「よしっ!!」
 目の前を光の世界が迎える。それは、懐かしき外界の光だった。そう、俺たちは無事に鍾乳洞を脱出したのだ。
「散るぞ魅音! 俺はこっち、お前はあっちだっ!」
「わかったっ!!」
 外に出た途端、魅音にそう指示を下し、俺たちは一斉に別々の方向へ走った。こうすれば、どちらかは確実に逃げられる!
 息をつく間もなく走り続け、鍾乳洞のあった場所からグングン離れてゆく。もう、ここまで逃げれば大丈夫かもしれない。
 が、その時、俺の脚に突然何かが引っかかった。
「なっ!!?」
 そう声を上げてる間に、物凄い力でひも状の何かが俺の脚に絡み、それに驚く間もなく、俺の視界は天地逆転した。
 しまった、罠だ……! それに気づいた頃には、既に俺は空中に逆さまで吊るされていた。
「をーほっほっほっほっ!!」
 そして予想通り俺の目の前に現れる沙都子。レナが既に鬼にしていたのだろう。
 ……ともかく、これは覆しようのない、完全な詰みだった。
「油断しましたわね、圭一さっ……ん……?」
 沙都子は、突然プルプルと震えだした。今の今まで勝ち誇っていたというのに、その様子は何かに怯えているようにすら見える。顔は破裂するのではないかと思う程に真っ赤だった。
 何だ? 何があったんだ……? 訳が分からず、俺はぽかんと間抜けな顔をするしかなかった。
「……ぃ、……ぃ、……いいぃぃぃいぃぃいいいいやああぁぁあぁああああ!!!!! け、圭一さんのっ、ふ、不潔ううぅうぅぅぅうぅううっ!!!!」
 すると、突然沙都子はそう叫び、この場から逃げるように、俺の前から走り去った。
 茫然とする俺。
「……ふ、けつ……? ……ん? あっ!!?」
 ふと自分の股間部を見上げると、……そこにあるはずの布が、「なかった」。
 恐らく、沙都子のトラップにかかった際に、水着に枝か何かが引っ掛かり、見事に破れてしまったのだ。
「おい……待てよ、沙都子。せめて、これ解いていけよ……! せめて、地面に降ろしてくれよ……! おい! いや、せめて大事な所を何かで隠してくれよっ! おい! もしかして、このまま晒し者かよっ……!? レナ、魅音、沙都子、梨花ちゃんっ! 誰でも良いから来てくれよっ!! いや、来ちゃまずいっ! 俺を見ないでこの縄を解いてくれっ!! というか、誰か、俺を助けてくえぇぇえええええええええっ!!!!!!」
 俺の悲鳴が、山々に木霊する。だが、誰も俺を助けてはくれなかった。

 あの後、レナは魅音の方向に逃げた方向へ行き、制限時間も忘れて延々と夜まで追いかけっこをしていたらしい。沙都子は、あまりにショックを受けたのか、そのまま家に逃げ帰ったらしい。梨花ちゃんは、ずーっと何処かに隠れていたらしい。それが何処かは知らない。
 つまり、俺はあの状態のままその日の夜まで放置された。あの時、勝負が付いたらしい魅音たちが偶然俺を見つけなければ、命に関わっていたかもしれない。幸い、夜だったので魅音たちは俺の大事な部分は見てないと言ってるが、信用ならない。
 結局、俺はそれが原因で大風邪をこじらせ、その後一週間学校へ行く事は出来なくなったとさ。

 惨劇は、そうして終幕した。


[[朝の幕開け]]へ続く