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100年の想い - (2007/11/24 (土) 21:30:38) のソース

「悟史くんの病気が治りました!」
その知らせを監督から教えてもらったのは今日の朝だった。

私はいても経ってもいられず、寝ぼけていた頭を活性化させすぐに着替える。
学校なんてどうでもいい。私は診療所に向け走り出した。
入り口ではすでに監督が待っていた。
「詩音さん!待っていましたよ。早くこちらに!」
監督に言われるまでもなく、私は彼の病室まで走った。

部屋は朝日に包まれていた。その朝日の下に…彼は起きていた。
その姿を見たとたん、私の涙腺は弱くなり彼の胸の中で泣いた。
「悟史くん…!悟史くぅん…!ずっと…ずっと待ってたんだよ!
 私ね、ちゃんと約束を守ったんだよ…!本当だよ!
 沙都子はね、私のことねーねーって呼んでくれる。それにね、それにね…うわぁあぁぁん!」
私は一人でずっと泣き続けていた…。ただ…ただ…嬉しかった。

それから一ヶ月。
私は毎日診療所に通った。その度に悟史くんに今までの一年間何があったかを話し、
悟史くんも日に日に元気になっていって、ついに退院できる日が来た。

もう私は我慢できなかった。この想いを早く聞いて欲しくて…。
その退院の日、私は彼に告白した。

だけれども…返ってきた言葉はあまりにも無惨だった。

「ごめん、詩音…。僕は君の事を仲間だと思ってるけど、恋愛感情としての「好き」
 という感情までは持っていないんだ。だから、今まで通り「仲間」として
 付き合わせてくれないかな?」

私は夜一人でずっと泣いていた。そんなのって…ないよ。
1年間ずっと待ってたのに、そんなのって…。
一度は、圭ちゃんに揺らぎかけたこともあった。
一度は、死んでしまったんじゃないだろうかと考えたこともあった。
一度は、もう病気が治らないのではないかと恐れたこともあった。

でも…そんな感情すべてを押さえつけ今まで信じて生きてきた。
あの日の約束を果たし、いつ帰ってきてもいいように待っていた。
その結末がこれだなんて…。あまりに惨たらしい…。

「うわぁぁあああああああああぁ!」

私の叫びにも似た泣き声は夜空に吸い込まれていった…。





朝日がまぶしい。どうやら、そのまま寝てしまっていたようだ。

眠たい…。けれども学校には行かなくてはならない。
私は重たい体を無理やり起こし、学校に向かった。

そこに広がるのはいつもの風景。楽しそうに皆笑ってて、
楽しそうに遊んでる。不幸など感じさせない夏の風景。
でも、そんな中で私一人だけが不幸なのだ。私は妙な疎外感を感じるとともに、
妙な嫉妬を持っている自分に苦笑した。

少し驚いたことがある。それは悟史の復帰だった。
退院したのだから、学校に行くのは当たり前なのだが
それにしても早いと思った。まぁ、監督から色々お世話になってるんだろう。
でも、もう私には関係の無いことだった。
「好き」ではないと言われた瞬間からもう私の中で「仲間」でもなくなった。
そばに居ても居づらいだけだし、悟史くんもそう思うだろう。

休み時間になると、皆が悟史くんに集まる。
どうせ質問攻めに遭ってるんだろう。それは容易く想像ができた。
沙都子は昨日の夜には悟史にあったらしい。
だから今では元の北条家の家で生活している。
もちろん、他の部活メンバーには寝耳に水のことだったらしく…。
クラスのみんなと同じように質問していた。
質問の中身は分かりきっていることで…。

「今までどこにいたのか?」とか「何故いなくなったのか?」といったことだった。
いずれにしても私は全てを知ってるからどうでもいい。
そんな私の様子をあの部活メンバーが気付かないわけがない。
特に圭一は私の変化に敏感に気付いているようだった。

昼休みになると、私は居づらい空気を感じて外で昼ご飯を食べていた。
寂しい…。どうして悟史くんは私を受け入れてくれなかったのだろう、
と今更ながら悲しくなる。

でもよく考えるとそれは分かりやすいものだった。
それは…なにより私との付き合いの短さだった。
私は悟史くんと出会ってからは、魅音のふりをしてちょくちょく悟史くんに会っていた。
だけど、悟史くんにとってはそれはほとんど魅音だったわけで…。
私という存在がいることを知ったのは、私がおもちゃ屋でアリバイ作りのために
詩音だと明かしたときだけ…。
だから私がいきなり好きだと言っても、素直には受け取ってくれないのだろう。

沙都子のことを頼まれたのも。
もしかして「魅音」だったのでは…?
そんなはずはない!そんなはずはない!そんなはずは…!そんな…はずは…。
「うぐっ…、悟史くん…私、頼まれたんだよね?頼んだよね?……うぁ…ぁ…!」
そのとき…。誰かがこっちに来るのを感じて、私は涙がでている目をぬぐう。
一体誰だろう。今の時間はみんな揃ってまだ昼食を食べているはずだ。
それを抜かしてきたんだ。きっと私に用なのだろう。
「詩音~、いるのかそこに?」
圭一だった。圭一は私を見つけると私のところにやってきた。
「詩音、そんなところで何やってんだ。みんな心配してたんだぞ。」
「あ…ごめんなさい。そうですよね。すいません。」

私は素直に謝ってその場を抜け出そうとした。だけど、圭一は私の手を掴む。
「あのさ…、頼ってくれていいんだぜ?」
「……………。」
「俺たちは仲間だろ。仲間ってのは無条件で相手のことを信じられるんだぜ。
 だから詩音が無理な話をしてもちゃんと信じてやれる。詩音…。俺たちには話せないのか?」




詩音は何か大きな悩みを持っているようだった。そのことには部活メンバー全員が気付いていた。
恐らく悟史の事なんだろうな、と直感的に分かってしまった。
突然の悟史の復帰。そしてそれを一番に喜ぶべき詩音が悲しんでいる。

多分…詩音は悟史に…。

そのとき詩音が重い口を開いて言った。
「振られたんです…。悟史君に…。」
やっぱりか…。予感が的中する。
ポツリ…ポツリ…と詩音の目から大粒の涙がこぼれる。
それから詩音は今までのことを全て話してくれた…。
悟史に惚れた日のことから昨日のことまで…。
全てを話した詩音は俺の足元でうずくまって泣いていた…。



「ありがとうございます…。すべて話したら…ちょっとすっきりしました。」
私は涙をぬぐって、今の自分ができる最高の笑顔で圭一に笑う。
すると…圭一が私にこう言った。
「仕方ないんじゃないか、それって?」
私は自分が責められてるように思えて腹が立った。
「どうしてですか!?私が何かしましたか!?」
「だって、悟史が詩音と「会った」回数が少ないから告白を断られたんだろ?
 ならさ…」
圭一は一呼吸置いて言った。


今から悟史にアピールすればいいじゃねえか!


「えっ…!?」
「難しいことじゃない。悟史がお前をよく知らなかったから断っただけのこと。
 だからお前がもっと「詩音」を見せ付ければいいんだよ!」
「でも!一度断られてるんですよ!そんなのどうせ上手くいくわけが…!」
そういうと圭一は私に怒った。
「どうせなんて言葉を使うんじゃねぇ!どうせって言葉はな…やる前に全ての可能性
 を潰してしまう言葉なんだ!だから二度と使うな!それに悟史は詩音のことを
 嫌いだって言ったわけじゃねえだろ。だからまだ可能性はあるんだ!
 その可能性を信じろ!もしもそれが信じられないなら、俺を信じろ!この前原圭一をな!」

その言葉に胸が熱くなる…。
ああ、これが圭一なんだ。この馬鹿で直情的で…信じられないくらいお人よしな男が…。
これこそが…魅音が心奪われた前原圭一なんだ…!
圭一ならどんな問題でも簡単にぶち破ってくれる。そう感じた。

だから…私は圭一の言葉を信じることにした。

______________________________________

僕は…詩音とどう接したらいいんだろう?
昨日、詩音の告白を断ってからそのことばかりが頭をよぎる。

詩音は確かに可愛い女の子だ。だけど、よく分からない相手と付き合うなんてできない…。
あれから詩音は僕を意図的に避けているようだった。
理由なんて聞かなくても分かる。
さっき詩音が教室から出て行くときにちらっと見えた泣き顔が頭に浮かぶ…。
「悟史?どうしたのですか?」
梨花ちゃんだった。気付けば、僕はご飯を食べる手を止めてボーっとしていたようだ。
「ごめんごめん、なんでもないよ。」
「詩ぃのことなのですか?」
いきなり核心を突かれ、ギクリとする。その反応でばれたようだった。
「詩ぃと何があったのか教えてはくれないでしょうか?」

そこで気付く。心配していたのは梨花ちゃんだけではなかった。
沙都子にレナ、魅音も身を乗り出して聞いていた。

「悟史?なにがあったのか教えてよ」
「私たちが力になれるのなら話して?」
「詩音さんがおとなしいのはいいことなんですけど…あれはどういうことなんですの?」

話すべきだろうか?よく考えてみる。
相手は自分とは違う女の子たちだ。それならば男の自分が一人で悩むよりも
詩音のことをわかってくれるだろうか?
とりあえず話してみよう。話せば楽になるかもしれないし。

だから昨日のことを話した。
その間みんなは真剣に茶化すことなく聞いていた。
僕が話し終えると、まず最初に魅音が口を開いた。
「ひとつ、聞いていい?悟史が居なくなる前にさ、電話くれたよね。
 あれって「私」に頼みたかったの?それとも詩音?」
「あれは…。僕もたまに魅音が二人居るんじゃないかと思ってたよ。
 だから僕と喧嘩した「魅音」に頼みたかったんだ。」
「そう…。なら詩音のほうなんだね、頼んだのは。ならさ…どうして詩音の告白を断ったの?
真剣な表情で魅音は僕に問いかける。
「どうしてって…、僕はまだ詩音のことをよく知らないから…。」
「嘘だよ」
レナに即答され、ビクっとする。
「知らないはずはないよ。だって悟史くんは詩ぃちゃんから聞いたんだよね?
 この一年なにがあったのか。聞いてるよね、病室で。」
そういえばそうだ。詩音から色んな話を聞いたっけ。
「その話のなかには、詩ぃちゃんのことも含まれているはずだよ。
 なのに悟史くんは嘘をついた。」


それはね…悟史くんが心のどこかで、園崎家をいまだに怖がっているからなんだよ。


「僕が…園崎家を…?」

そんな馬鹿な…とすぐに自分で否定できない…。

「そうだよ。悟史くんは園崎家を怖がっている。だから詩ぃちゃんの告白を断ったんだよね?
 園崎家の詩ぃちゃんと付き合えば、何か自分の身に起きるんじゃないかって
 思ってるんじゃないかな。」

魅音は苦笑いしつつも、僕に言う。

「もしもそうじゃなくてもさ、詩音はあんたの約束を守ったんだよ!一年も!
 退院したばっかりの悟史には分からないかもしれないけど、
 信じて待つことがどんなに辛いか知ってる!?分からないでしょ!
 詩音はね、ずっと待ってた。沙都子を本当の妹みたいに可愛がって。」

「詩音さんは、私にとっての本当のねーねーでしたわ。
 いつもなにかと家に寄ってくれて、病気のときは一晩中そばにいてくださいましたし。
 にーにーに頼まれただけなんですのよ!それなのに、詩音さんはいつも可愛がってくれた。
 にーにーはあんなに純粋で強い人の告白を断るんですの?
 …まあ性格はひねくれていますけどね。」
沙都子が笑いながら言う。

「もう、園崎家は怖くなんか無いのですよ。その問題はもう水に流れたのです。
 でも悟史が詩ぃのことをどう思おうが悟史の勝手なのです。
 あとは悟史の問題。でも…」

梨花ちゃんの雰囲気が変わった気がした。
「梨花…ちゃん…?」
「もしあなたが詩ぃの想いを考えずに自分のことだけを考えて
 いるのならば…私はあなたを軽蔑する。
 だって詩ぃがあなたに恋するのは、いつの世界でも変わらなかったこと。
 どの世界でも必ずあなたに恋をし、どの世界でもあなたはいなくなった。
 その度に詩ぃは傷つき、時にはその想いが間違った方向に進むこともあった。
 でもあなたへの想いが変わることは無かった。
 いままでの100年以上、詩ぃはあなたを想っていた。
 それなのにあなたはその100年の想いを蔑ろにするというのか!
 もしそうならば私はあなたを許さない!どうなんだ、答えてみろ北条悟史!!」

涙が、頬を伝う…。

…僕はなんてことを…してしまったんだろう。こんなにまで僕を想ってくれている詩音の
告白を断り、傷つけ、泣かせてしまった。
もう詩音は僕を嫌いになっているかもしれない。
あの時「好きだ」と一言、言えていれば…!

「悟史…。まだ遅くはないのです。今ならまだ間に合いますです。」
「そう思うかい?」
「そうなのですよ、にぱー☆」

僕は決意を胸に教室を出た。昨日言えなかった言葉を言うために…。