史実のケーニヒスベルクについて

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[[ケーニヒスベルク]] *史実のケーニヒスベルクについて 同型艦はKönigsberg Köln Karlsruheの3隻。 戦訓などを盛り込み若干変更されている点もある。 第一次大戦後、ドイツがはじめて建造した近代的軽巡洋艦であり、 目に付く面白い点は後部砲塔2基が中心線からずれて装備されている点だろう。 命中率を高めるための措置だそうだが、Königsberg Köln Karlsruhe以外の艦艇ではこのような配置になっておらず、 実効性はなかったか、無視できる範囲だったのではないだろうか。 (史実では二番砲塔が左舷側へ、三番砲塔が右舷側へずれている。ゲーム内では逆になっている) Königsberg ケーニヒスベルグ 1926年4月12日、ヴィルヘルムスハーフェンの Reichsmarinewerft にて起工。 1940年4月10日、ノルウェーのベルゲン港にて英海軍急降下爆撃機15機の攻撃を受け転覆、着底。直撃弾3。 浮揚されるものの、終戦までUボートの桟橋として利用され、戦後ベルゲンにて解体された。 Karlsruhe カールスルーエ 1926年7月27日、キールの Deutsche Werke にて起工。 1940年4月9日、ノルウェー南端にあるクリスチャンサンの沖で英国潜水艦 Truant の雷撃を受けエンジン、発電機が損傷、 乗組員は水雷艇 Greif へ移乗し、本艦は Greif が2本の魚雷によって処分した。 Köln ケルン 1926年8月7日、ヴィルヘルムスハーフェンの Reichsmarinewerft にて起工。 1945年3月31日、これまでの損傷を修理するためヴィルヘルムスハーフェンに入港するも、英国軍の夜間爆撃で5発の至近弾を受け、撃沈されるが、 港内であったため全没に至らず、4月には侵攻してくる連合軍地上部隊へ対して砲撃を敢行している。 1946年に解体された。 満載排水量 :7700t 全長 :174,0m 水線長 :169,0m 全幅 :15,2m 喫水 :6,28m 乗員 :514-850名 武装 :15cm L/60 C/25 3連装3基9門 :8,8cm L/45 C/32 2門(1940年より6門) :3,7cm L/83 C/30 0門(1934年より8門) :2cm L/65 C/30 8門(1945年より18門) :53,3cm魚雷発射管 3連装4基(1934年まで50cm魚雷) :機雷(形式不明) 120個 搭載航空機 :Heinkel He 60 2機(1935年より) 装甲 :水平 40mm :垂直 50-70mm :司令塔 100mm :砲塔 20mm 機関 :3軸 :Geared Turbines 2基 :MAN 10-cyl. diesel 4基 その他性能 :機関出力(軸馬力) 68200shp :最大速度 32,5knot(およそ60km/h) :航続距離 17knotにて7300mile(およそ31,5km/hにて11750km)

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