「ふッ、は!ふッ、は!ふー、ハッハー!!」
狭い個室の中で勢いの良いリズミカルな発声が聞こえた。その男は顔にびっしりと汗を滴らせ、眉間にしわを寄せ、目はドアを一点に凝視している。
…その男とは、つまり『俺』なのだが。
俺が今いるところは、学園のトイレの中だった。制服の下だけを全て脱ぎ去り、両足を…こう、45度の角度で開きひざから下を垂直に固定し、便座に腰掛けている。登場がこのような形で申し訳ない。
そして俺は今、生み出そうとしている。何かを。全身は新たなる生命が生まれるかのごとく緊迫しているが、実際に生まれるのは生命ではない。詳しい説明は残念ながら出来ないが…。いや、しないほうがいい。
ところで俺は焦っていた。
「あ…あああもう、いい加減どうにかしなければっ!」
かれこれどのくらいここに居るのかというと、前の講義が終了して直ぐにここに入って、…もうそろそろその次の講義も終了しようかという時間。しかし一向に新たな生命は生まれなかった。まったく持って難産であった。
「さすがに一週間連続夕飯がカレーってのも問題があるのかも…?否、それはないか!カレーに限ってそれはない!」
ウンコを食ったからといってカレーの出がよくなるわけではないのが悲しいところだ。俺は便秘気味だった。しかしそろそろもう違和感が限界であった。出ないものでも出そうな感じはずっと残っている。こんな状態では講義もロクに耳に入らない。便秘の辛さを知らない素人はわからないだろうが、『出ない』で過ごす一日は、奥歯にニラが挟まったまま一日過ごすような事と同じだけの違和感があるものなのだ。講義の一回や二回は犠牲にしててでも出すものは出しておくのが、残り時間を有意義に過ごす意味では賢い選択だ。
俺はひとまず落ち着かなければならなかった。心を乱しては出るものも出ない。心から無駄な邪念を払い、身体の一点に意識を集中するのだ。そうしなければ局面はまったく膠着してしまうだけだ。俺は静かに、無言に、時が熟するのを待っていた。
ふと、トイレの外で駆け込んでくる足音が聞こえる。トイレの入り口をくぐるドアの音…入ってきた。急いでいるようだが、やけに軽い足音だな。まるで女性のような?…まさかな、ここは男子トイレだ。そして隣の個室でドアが開く音が聞こえた。うーん、しかしそろそろ講義が終わろうとする時間に誰だろうか?こんなタイミングで?
隣の個室から「うぅ・・・」とうなる声。男にしてはやけに高い声だ。そして衣服の刷れる音。直後「どうしよう・・・」とつぶやく声。今度ははっきり聞こえた。…あれ、どう聞いてもこれは女性の声?まさかな…。
まぁ、そんなことはどうでも良い。既に回りから生徒達の声が聞こえ始めた。「今日の昼飯どうするー?」などなど。
どうやら昼休みが始まっったようだ。ざわざわと周りがうるさくなってからではもう集中する暇もなくなるだろう。それに早くここでの用を済ませ、なるべく急いで学食に駆け込まなければカレーパンを買い逃してしまう。いい加減に決着をつける時が来たのだ。
俺は目を瞑った。するとそこには宇宙があった。まだ誰も見たことがない宇宙。『スペースコロニー』や『マイマイジェット』などが飛び交う姿は今の宇宙ではありふれた光景だが、俺のその宇宙ではそんなものは何もなく、まだ人の手が入っていない闇の世界がずっとずっと広がっている。しかし、そこにふと一点だけ突然光があふれ出す場所があった。それはまるで宇宙の闇のカーテンを少しづつ開いていくような、最初はそんなイメージで、そこから朝の日があふれていくように、最初はやさしく、やがてだんだんと質量を増していった。そして今度はぐんぐんと輪のように広がっていく。その光はまるで闇を全て飲み込むようにどんどん輝いて広がっていくと光が……よおし、なんかいけそうだ。…なんかいけそうな気がしてきた!
「あ…出る!出そうッ!でちゃううううううぅッ!!おっおっおっ……あ…、あッ、あッ、あッ!!あううッ!あふゥッ!あああああああッ!!」
…。
……。
(※描写省略)
「ミッション、コンプリートッ!!」
俺は便所のドアをバンと勢い良く開けると、それと同時に世界へと走り出した。勝った!これなら走ればカレーパンに間に合う!後は学食までダッシュをするだけだ。大した距離でもないし。どうにか間に合うと思われる。
入り口のドアを開け、トイレから外へ出ると同時にパンツに手をかけ、人通りの多い学食への通路を角を曲がると同時にイチモツを収納。学食の入り口を潜る段階ではズボンを膝のちょっと下まであげることに成功していた。なんというスムーズな行動。購買の列に参加する時にはベルトをしめ、ジッパーに手をかけている。まだ股間からはパンツがはっきりと見えてはいる(あと、シャツの端っこが股間からヒョロっと顔を出してはいる)が、後はジッパーを上にあげるだけ。
これなら 完 全 に セ ー フ である。(カレーパン的に)
なんだか回りが騒然として、キャーキャー声が騒がしいが気にしないことにしよう。何に騒いでるのかは全くわからないが、何せ俺は間に合ったのだから、それは大した問題ではなかった。
…おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。