8-1
食堂で少し後ろの列に並んでいた後輩ベルガーを少しおちょくってやった後、俺は一人、学食の席で彼の帰りを待っていた。この、人通りのきわめて多い『食堂の入り口直ぐの席』は俺のお気に入りだった。普通ならばもっと隅の、人がいない静かな空間を好むのだろうが、俺は違っていた。
席の目の前を沢山の人が出入りし、購買への行列を作る。まだメシにありつけない『出遅れた奴』を下界に眺めながら、自分は悠々とお先にメシにありつけるわけだ。しかもそれがカレー味のものとなればスパイスがさらに増すというもの。格別だ。…我ながらいい趣味だと思う。俺は五袋あったうちの二つ目のカレーパンの包みを開ける。
「相変わらずだなお前は」
不意に声を掛けられる。気がつくと隣に男が立っていた。
「レーベか。今日もわざわざ俺とメシがしたいのかお前は?かわいい奴だな」
「死ね」
「死ね」
まぁ、こういうノリの男だ。好意を込めてニタニタと良い笑顔を送っておく。
「他に適当な席がないだけだ。ここはいつも空いてるしな。…お前以外は、だが」
「いやいや、俺がいるから来るんだろ?」
「どうしてそうも自分に自信を持てるかね、この露出魔は…」
「いやいや、俺がいるから来るんだろ?」
「どうしてそうも自分に自信を持てるかね、この露出魔は…」
こんな事をいっているが、基本的に食事はコイツと一緒になることが多い。同級といえども誰もが誰とも仲良くなるわけではない。しかし、こうしてこの時間を共にするようになったのは何故か?互いに互いを友とも認めていない間柄なのだが。つーか、むしろ悪態しか出ない関係な訳なのだが?
レーベを観察すると、見慣れないものを首にしているのが目につく。すごいセンスだ。それが魔術具である事を察するのは容易だが、とりあえずそのことは触れないでおく。…大体理由も察しがつくのだが。
さてどのタイミングで切り出し、苛めてやるか…。
そうこう俺が思案しているうちにレーベは俺の隣の椅子に座り、購買で買った牛乳ビンを机に置くと脇に抱えていた包みを解き、弁当箱を広げた。それは目を見張るほど鮮やかな出来栄えだ。
「相変わらず自作の弁当か。いい嫁さんになれるな、お前!」
「ば、ばかいえ!これはだな…、いつも言っているが、兄の分を作らされるついでにだな…」
「ば、ばかいえ!これはだな…、いつも言っているが、兄の分を作らされるついでにだな…」
頬を赤らめて反論するあたりがなんとも。しかし、ご丁寧にデザートのりんごがウサギになっているところを見ると、無理やり作らされているとはいえ、まんざらとも思えない。
「もう兄貴とケッコンしちまえば?その首についてるのはエンゲージなんだろ?」
「お、おま…何処の世界に結婚指輪を首にする奴がいるんだ。これはだなぁ……!」
「お、おま…何処の世界に結婚指輪を首にする奴がいるんだ。これはだなぁ……!」
怒らせたようだ。どうやらお弁当の話題はレーベにとっては恥ずかしすぎるらしい。しかし説明しようとした所に丁度ベルガーが戻って来た。俺はレーベにとって気持ち悪いこのタイミングで、あえて無視してベルガーに振る。
「ん・・・ベルガー用事おわったのか?」
「え・・・あの・・・」
「え・・・あの・・・」
よく見るとなんかもう一人、人物が増えている。ちっこいのがいる。ちっこすぎて認知がワンテンポ遅れるほどちっこい…女だ。しかも頭の両側から髭が生えている。…変わった女だ。…髭部か?そういえばベルガーと一緒にいるのを良く見かけるのだが、会話をするのは初めてのような気がする…筈だが、はて、どこかで聞いた声のような気が…?しかもやたら俺のカレーパンを見ている…気がする。…なんだこいつ欲しいのかよ。
「ベルガー!コレ返す!」
カレーパンの危機!?…と思いきや、いきなり女は手にしていたパンの包みらしきものを投げた。ベルガーに渡したつもりだろうが、コントロールが悪いというか、根本的に運動神経がどうかしているというか。袋は美しい放物線を描くと明後日の方に流れる。
「ちょ・・・おま!ビンはいってんだぞ!」
急いで反応するベルガー。こっちは素晴らしい運動神経だが、残念ながら所属する画鋲ゴマ競技部には何の役にも立たない。何とかキャッチするものの、袋の中から衝撃で何かが飛び出した。ひとつはカレーパン。もう一つは…。
「いっ・・・」
どうやらもう一つのパンの『中身』が飛び出たようだ。その飛び出した何かがレーベの額に命中し、張り付く。
…それは豚足だった。
俺は爆笑した。
俺は爆笑した。
「いいコントロールじゃん!ちっこいの!!」
「なっ…お前っ!」
「なっ…お前っ!」
俺の発言が何か癪に障ったらしい。女は何かを投げつけてくる。しかしコントロールが絶望的だった。彼女の脳にはたぶん『コントロール』という単語が欠如しているのだろう。もしくは、該当する言葉の保存領域が『カオス』という言葉に置き換わっているとか。…もしくは『カレーパン』かもな。
深い意味はないけど。俺が好きなだけだけど。
…そんな話はどうでもいい。ともかくその物体は、吸い込まれるようにレーベの額にまた命中した。
…食べ終えた豚足だった。
俺は爆笑した。
俺は爆笑した。
痛みに額を押さえていた手を、丁度二次災害にに合わせて放してしまうあたり、レーベもなかなかの素質である。残念な意味での。
「ぶはははっ!珍しい魔術具だなぁそれ!」
「…は、…はぁ?…いや、だからこれはだなっ……」
「…は、…はぁ?…いや、だからこれはだなっ……」
レーベは痛みをこらえながら、さっきの話題を必死に反論しようとする。
「豚足が魔術具とは…」
「そっちかよ!」
「とんだ変態もいたもんだな」
「お前が言うな」
「そっちかよ!」
「とんだ変態もいたもんだな」
「お前が言うな」
テンポのいいやり取りと共にそのまま笑談に移行するかと思いきや、まだ横のちっこいのは怒りが収まらない様子。顔を真っ赤にして目が三角に釣りあがっている。おお、こわ。
「う…ウウ…ウウウウウ………。ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カーーーーーーーーーッ!!」
「うわっ!」
「うわっ!」
急につかみかかってこようとするちっこい女。殺気に押され、俺は椅子に座ったまま押し倒れそうになり、無理に立ち上がって回避する。しかしバランスが保てない。
「おっと、おっとっとっ…とぉぅ!!」
女は振り切れたものの、そのままバランスを崩しながら勢いに任せて、何とか倒れないようにとヨロヨロと食堂を掻き分けて行く。
何人かの生徒にぶつかりながら、ぶつかった生徒の学食をひっくり返しながら、パンや牛乳瓶を撒き散らしながら、最後にはどこかの机か何かに正面から突っ込んでしまう。
何人かの生徒にぶつかりながら、ぶつかった生徒の学食をひっくり返しながら、パンや牛乳瓶を撒き散らしながら、最後にはどこかの机か何かに正面から突っ込んでしまう。
「ばぶっ!」
急に視界が真っ暗になる。俺はそのまま顔面から机に突っ伏したのかと思ったのだが…痛くない。何故か温もりがある。それに、…いいにおいがする。
ど、どうなっちまったんだ俺!?
しかし…この匂いは、…なんだ?……いいにおいだ……。
8-2
久しぶりの高等部の学食を堪能していた実習生一同は凍り付いていた。さっきまでの楽しい食事のひと時は惨劇となっていた。ミゼル、トータはその状況の変化に言葉を失う。
さっきまで話題にしていたあの露出狂の変態が、急にふらふらとこちらにやってきたかと思うと、…そのままカトリアに突っ込んで床にもつれて倒れてしまったのだ。反射的に二人が立ち上がって床を見ると、なんと変態はカトリアに上から覆いかぶさるように抱きついていた。いや、倒れただけだが抱きついているようにしか見えない。
見るからに完全に『やっちまったな』という感じ。二人の顔はピッタリ重なっており、変態の両腕はがっちりとカトリアのおっぱいを掴んでいる。
…二重の意味でやっちまっている。
「ん…ふぅ…ん!……んんんッ!」
口を塞がれたカトリアが混乱の中、半ば無意識で唸っている。聞きようによっては艶っぽい声にも聞こえるが、本人としては断じてそんな意図はない。というか、突然の事に自分に何が起こっているのか、まだ認識出来ていない。
遠めにその状況を目撃したベルガーとレーベも、ミゼルやトータと同じように言葉を失い硬直していた。
最初に正気を取り戻し、動いたのはレーベだった。
明らかに不味い状況。まずはあの変態を引っぺがさないと!このままでは友人…ではないが同級生が変態なだけではなく、犯罪者になってしまう。いや、それは良く考えたらどうでもいいけど…。
…そう、相手がかわいそうだ!
「お、…おい、マズイぞ…!」
変質者を引っぺがそうと思い、ヤスノリの元に急いで駆け寄ろうとするレーベ。しかし、これがいけなかった。自分の額に命中した豚足のもう片方が床に落ちたのに気がつかずそのまま踏みつけ足を取られてしまった。たっぷりと乗った豚足の油が片足の床への摩擦を完全に奪ってしまう。
「おお!おおおおおおお!」
ツルツルとすべり、走り出した勢いを殺す事が出来ずそのままヤスノリとカトリアの方向に。このままでは更なる惨劇が起きるのは必須。それだけは避けなければ!なんとしても自分が犯罪者に加担するのは勘弁願いたい。
見守るギャラリーが息を呑む中、それでもレーベは冷静な判断を下す。瞬時に意識を集中し、魔法を発動させる。
「フロート!」
浮遊の魔法。
寸での所でギリギリ体を浮き上がらせ、そのまま二人の上を通過する。あわやという所での見事な回避…だったが、その先には結果的にはさらに悪い状況がまっていた。
浮き上がったのはいい。しかし体の勢いは直進したまま。その前進エネルギー、慣性の法則をそのままに浮き上がったものだから、そのままのスピードで食堂の端まで、まるでミサイルのように体が真横に直進する。
「うわあっ!うわ、うわあああああああああああああああああああああああああああッ!」
周りのギャラリーは急いで退避。レーベはそのまま食堂の端、建物の窓ガラスを突き破り、外へと飛び出そうとする。
ガッシャーンと派手な音がして割れたガラス窓が眼下へと落ちていく。ここは地上4F、落ちたらまず助からない。…が、飛び出す瞬間ギリギリ窓枠の下側を掴んで何とか即死フラグを回避する。
ここでレーベの魔法の発動は終了。瞬間的な詠唱では持続時間が持たなかったのか、はたまたチョーカーとの相性が悪かったのかはさておき助かったものの、体は完全に外へと放り出され宙吊り状態。今は何とか両腕だけで窓枠を掴んでいる。手を離せばそこで終わり。即死だけは回避したものの、レーベの命は風前の灯だ。
「た…たすっ…たすけてええっ…」
かすれた声で必死に命乞いをするレーベ。
おさらいしよう。食堂内の状況は最悪だ。ヤスノリのせいで巻き散らかった学食メニューの数々。折り重なって倒れているヤスノリとカトリア。それと窓を突き破ってまさに落ちようかというレーベ。一瞬にして訪れたこの惨劇、状況に食堂内の全員が混乱し固まってしまっていた。
…いや、ただ一人だけ全く別の空気をかもし出している人物がいた。
「…アイツ、……コロス!」
ティオだった。
…まだ怒ってんのかよお前。