15-1Aパート
「はあっはあっはあっ・・・!」
延々と続く薄暗い廊下をカトリアは走っていた。振り返ると、背後から「何か」が迫ってきている気配がするが暗がりでよくわからない。ただ、自分がその「何か」に追われているという自覚だけはあった。だからカトリアはひたすら走った。だがすでに呼吸も苦しく、足も限界に近づいている。
「あっ、あぁっ・・・!」
とうとう足がもつれ、その場に転んでしまう。それに気づいたのか「何か」は追跡する速度を早め、倒れこんだカトリアへ一気に迫ってくる。
激しく息を切らしながら、顔を上げたカトリアが目にしたものは・・・
激しく息を切らしながら、顔を上げたカトリアが目にしたものは・・・
下半身がブーメランパンツ一丁のヤスノリだった。みるみるヤスノリの顔が近づき、その唇が目の前に迫る・・・!
「い、いやああああああ!!!!」
がばっ
悲鳴と同時にベッドから布団をはねのけカトリアが目を覚ます。
悲鳴と同時にベッドから布団をはねのけカトリアが目を覚ます。
チュンチュンチュチュン・・・小鳥のさえずりが耳に入ってきた。
「夢・・・?こ、こわかった・・・」
はぁ~・・・と深くため息をつく。最悪の寝起きにうんざりしながらも時計に目をやるカトリアだったが、彼女はそこで目を丸くした。
「は、8時!? やばっ!」
ローゼンマイヤー農場で芋収穫手伝いの監督役を務めた翌日。
寝ぼけ眼の梟を模った時計は午前8時5分を指していた。教員の出勤時間は午前8時30分から職員室のミーティングで始まることになっている。実習開始早々いきなり遅刻という最大のピンチを迎えていた。
寝ぼけ眼の梟を模った時計は午前8時5分を指していた。教員の出勤時間は午前8時30分から職員室のミーティングで始まることになっている。実習開始早々いきなり遅刻という最大のピンチを迎えていた。
手早く寝巻きを脱ぐと洋服ダンスから下着と白いキャミワンピとうっすらと青いカーディガンを取り出す。急いで袖を通そうとするのだがこういう時はえてして上手く着替えられないもので、危うくバランスを崩しそうになる。なんとか着替えを済ませ、ブラシで髪を急いで整えたが、微妙に寝癖が残っている。
むー・・・とカトリアは鏡とにらめっこする。
むー・・・とカトリアは鏡とにらめっこする。
「うー、もういいや。しばっちゃえ。」
そういうと髪を束ねだしリボン付きのゴムで止めると、ややクセっ毛のあるポニーテールが完成した。
魔道具であるイヤリングとお守りのペンダントも付けたが、時計はすでに8時15分を指している。
女子寮から高等部の校舎まで、徒歩で20分ほどの距離がある。どう考えても間に合わない。
魔道具であるイヤリングとお守りのペンダントも付けたが、時計はすでに8時15分を指している。
女子寮から高等部の校舎まで、徒歩で20分ほどの距離がある。どう考えても間に合わない。
「だめだわ、今から走っても間に合わないし・・・仕方ないっ・・・!」
悩んだ挙句、誰へともなくうなずくとベランダの窓を開け外へと出る。朝特有の心地よいさらさらした風がカトリアを包み込む。
カトリアはベランダに立つと、目を閉じ意識をその風へと傾ける。風の内側へ呼びかけるように意識を伸ばしていくカトリア。すると胸のペンダントについている宝玉が淡い緑色の光を放ちはじめる。
同時にカトリアの周りに風が束のように集約していく。やがて風の束が小さく収束していくとそこには、風をまとい背中に羽の生えた20cmぐらいしかない少女が浮いていた。
カトリアはベランダに立つと、目を閉じ意識をその風へと傾ける。風の内側へ呼びかけるように意識を伸ばしていくカトリア。すると胸のペンダントについている宝玉が淡い緑色の光を放ちはじめる。
同時にカトリアの周りに風が束のように集約していく。やがて風の束が小さく収束していくとそこには、風をまとい背中に羽の生えた20cmぐらいしかない少女が浮いていた。
「おはよーカトリ。朝っぱらからお呼び出しってことはまたなのね?」
「う、うん・・・ おはようシルフィータ。」
「う、うん・・・ おはようシルフィータ。」
悪戯っぽい笑みを浮かべ呆れたような口調で言うシルフィータと呼ばれた小さな少女。厳密に言えば少女ではなく精霊(ウィスプ)と呼ばれる妖精族の一種で、風の精霊(シルフィード)と呼ばれる存在である。通常人間にはこういった霊的な存在を知覚することはほとんど出来ないのだが、カトリアは数年前にある遺跡の探査中行方不明となった、母親の遺品であるペンダントを身に着けている時にのみ、その存在を知覚することが出来るようになった。
カトリアがシルフィータと出会ったのは、彼女がまだ12の頃である。父親の元を離れてこの学園に編入し、学生寮に割り当てられた自室で、寂しさと不安でお守りとして渡されたペンダントを抱え泣きじゃくっていたカトリアの前に突如現れたのがシルフィータだった。それ以来快活でお節介で悪戯好きなシルフィータに引っ張られるように、内気だったカトリアも徐々に前向きになっていき、今ではすっかり学園生活に溶け込んでいる。
カトリアがシルフィータと出会ったのは、彼女がまだ12の頃である。父親の元を離れてこの学園に編入し、学生寮に割り当てられた自室で、寂しさと不安でお守りとして渡されたペンダントを抱え泣きじゃくっていたカトリアの前に突如現れたのがシルフィータだった。それ以来快活でお節介で悪戯好きなシルフィータに引っ張られるように、内気だったカトリアも徐々に前向きになっていき、今ではすっかり学園生活に溶け込んでいる。
「で、いつもの校舎でいいのね?」
「ううん、今日はあっちの昔通ってた高等部校舎なの。さっそくお願い!」
「はいはい、時間もないんだろうしさくっと飛ぶよん。あたしもこっちの世界じゃ長いこと姿保ってらんないしね。」
「ううん、今日はあっちの昔通ってた高等部校舎なの。さっそくお願い!」
「はいはい、時間もないんだろうしさくっと飛ぶよん。あたしもこっちの世界じゃ長いこと姿保ってらんないしね。」
妖精族の住む精霊界と人間の住むこの世界とは、エーテルで遮断された空間の隣側にあるとシルフィータは言う。ペンダントの所有者が精霊界にアクセスし、妖精族をこちらの世界へと誘うのだが魔道具を介すことが出来ない為、術者自身の内燃エーテルを用いて妖精に魔力を供給しつづける必要があり、この場合カトリアの内燃エーテルが一定量を下回ると、シルフィータはこちらの世界で存在を保てない。
内燃のエーテル制御に長けているカトリアはライセンスBの所持者であるが、それでも時間はせいぜい5分と短い。
内燃のエーテル制御に長けているカトリアはライセンスBの所持者であるが、それでも時間はせいぜい5分と短い。
シルフィータは風を集め始め、カトリアを包み込むように風をまとわせていく。フロートやフライトとも違う風の力場はカトリアを浮き上がらせ始めた。
「カトリ、着地点イメージしてあたしに伝えてね。いくよ~」
「うん」
「うん」
うなずくと、風の一部と化したカトリアは高等部の正門前をイメージする。大きな一本松・・・朝練でマラソンをしている運動部・・・談笑しながら歩く女子、走っていく男子・・・イメージがエーテルの波を伝ってシルフィータに流れ込む。
・・・その時ふと今朝の夢がよぎった時にはすでに遅かった。
・・・その時ふと今朝の夢がよぎった時にはすでに遅かった。
「あっ・・・!」
「じゃあいってらっしゃーい!それっ」
「ちょっ・・・待っ・・・!」
「じゃあいってらっしゃーい!それっ」
「ちょっ・・・待っ・・・!」
一陣の風となってカトリアが高等部校舎の方向へと飛んでいくのを見送ると、シルフィータは再び風となって姿を消した。
15-1Bパート
「この辺りなら誰も来ねえだろうし、部室からも監視しやすいな。」
まだ始業前の8時過ぎ、合金製の黒く細長いアタッシュケースを持った男が辺りを見回しながらつぶやいた。
ここは旧校舎の近く、農学部の実習地近くの今では使われていない資材置き場跡である。
農学部が実験と称して新種の植物を育てているのだが、その新種が栽培上危険を伴うとして問題ありと警備部に判断された為破棄が決まり、今は立ち入り禁止となっている実習地だった。
栄養素となるような生物がいると判断したのか、蔦が男を捕らえようと迫ってくる。
農学部が実験と称して新種の植物を育てているのだが、その新種が栽培上危険を伴うとして問題ありと警備部に判断された為破棄が決まり、今は立ち入り禁止となっている実習地だった。
栄養素となるような生物がいると判断したのか、蔦が男を捕らえようと迫ってくる。
「っ!」
バスッ!バスッ!バスッ!
男は表情一つ変えずに持っていた懐からⅡ(アイツー)社製のハンドガン「357XⅡ-L」を素早く抜き放ち、ピンポイントに3発撃ちこむ。
撃ちぬかれた場所からちぎれ、蔦はその場に崩れ落ちる。
男は表情一つ変えずに持っていた懐からⅡ(アイツー)社製のハンドガン「357XⅡ-L」を素早く抜き放ち、ピンポイントに3発撃ちこむ。
撃ちぬかれた場所からちぎれ、蔦はその場に崩れ落ちる。
「農学部も全くいい趣味してやがるよ。こんなもん育てようとするなんて、やつら全員変態じゃねえのか?」
撃ちぬいた蔦がまだうねうねと動いてるのをみて、肩をすくめながら感想をもらす。
「っと、さっさと隠して教室いかねえと遅刻すんな。一限なんだっけか。」
ふと男が顔を見上げると風が吹きぬけ、どこかで嗅いだようなふわっとした香りが身体を突き抜けた。
突如男の眼前に薄い水色のパンツが見えたと思うと目の前が真っ暗になる。
突如男の眼前に薄い水色のパンツが見えたと思うと目の前が真っ暗になる。
「ふもぉぉぉぉぉぅっ!?」
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
ドシィンッ!
若い男女の叫びが朝の農場に響き渡った。
若い男女の叫びが朝の農場に響き渡った。
「いたたた・・・シルフィータ待ってって言ったのにぃ・・・」
どうも着地時に何かとぶつかったらしい。辺りを見回しても、そこがどう考えても高等部の正門前ではないとわかる。
「ここ・・・は旧校舎の近くかな・・・?」
今朝あんな夢を見たせいだわ・・・着地点のイメージをシルフィータに伝える時にあの生徒・・・たしかサイゴウ君だっけ。
サイゴウ君の顔が思い浮かんだから着地点がずれたのね・・・それに・・・何かしらこのにおい・・・花火?
でも、今はそんなことより・・・!
サイゴウ君の顔が思い浮かんだから着地点がずれたのね・・・それに・・・何かしらこのにおい・・・花火?
でも、今はそんなことより・・・!
「とにかくここからなら走ればすぐ!急がなくっちゃ!!」
すぐに頭を切り替えて立ち上がろうとするも、なんだか地面のバランスが変で立ち上がれない。
・・・ついでになぜか人肌のように暖かい。
・・・ついでになぜか人肌のように暖かい。
「よいしょっ・・・あれ?あれ?」
「・・・あもぉ・・・(あのー)」
「ひゃん!?」
「・・・あもぉ・・・(あのー)」
「ひゃん!?」
くぐもった声と同時にお尻の下の地面が蠢き、変な声をあげてしまう。
そこでカトリアは初めて気づいた。視線を下にむけると高等部生徒の制服を着た身体・・・真下から聞こえる声。着地時に誰かを下敷きにしてしまったのだ。
そこでカトリアは初めて気づいた。視線を下にむけると高等部生徒の制服を着た身体・・・真下から聞こえる声。着地時に誰かを下敷きにしてしまったのだ。
「あ、あぁ!?ごめんなさい!」
慌てて身体をどけて立ち上がり、倒れた男子生徒を見る。
「いてぇ~~ったく~・・・飛翔(フライト)するならもっと上手く飛べよな~・・・!」
「サ、サイゴウ君!?」
「サ、サイゴウ君!?」
ぶつかった男子生徒はこともあろうに、3日前食堂で騒ぎをおこした張本人の一人であるヤスノリ・サイゴウだった。
ふと今朝の夢を思い出す。軽い悪寒とともに自然と半歩後ずさってしまうカトリア。
ふと今朝の夢を思い出す。軽い悪寒とともに自然と半歩後ずさってしまうカトリア。
「んあ? あれ、カトリせんせーじゃないの。おはよございます。」
「お、おはようサイゴウ君。」
「お、おはようサイゴウ君。」
どうにも今朝の夢がフラッシュバックしてしまう・・・。
だめよ!カトリア。いくら変態でも相手は生徒なんだから教師がこんな態度とっちゃいけないわ。
頭をぶんぶん振り、切り替えようとするカトリア。
そんな挙動不審なカトリアに首をかしげるヤスノリ。
だめよ!カトリア。いくら変態でも相手は生徒なんだから教師がこんな態度とっちゃいけないわ。
頭をぶんぶん振り、切り替えようとするカトリア。
そんな挙動不審なカトリアに首をかしげるヤスノリ。
なにか会話を切り出そうとして、ふとカトリアの目にヤスノリが持つ金属のアタッシュケースが目に入る。
「サイゴウ君それ、何持ってるの?」
「え!? あぁ、こ、これか。」
「え!? あぁ、こ、これか。」
逆に今度はヤスノリが慌てたような態度になる。首をかしげるカトリア。
「あー・・・あ、そうそう!部室の片づけをしてたんすよ!で、これいらないんで資材置き場に捨てようとして持ってきたところで!」
言いながらヤスノリは乱雑に並んでいるほかの資材と同じ場所にアタッシュケースを放り出す。
傍から見れば明らかに怪しい言い訳である。
傍から見れば明らかに怪しい言い訳である。
「あぁ、そうなんだ。朝早くからご苦労様ね。」
へぇ、結構真面目でいいところもあるじゃない。ちょっとだけ見直したかな・・・カトリアの表情が少し緩む。
「さ、そろそろ行こうぜ。せんせーも遅刻しちゃうんじゃないの?」
「えっ、あ!?8時25分!?」
「えっ、あ!?8時25分!?」
そうだった、ミーティング!遅刻したらミゼルやトータにまたからかわれるし、教頭先生にも怒られちゃう!
「い、急ぎましょう!ほら、サイゴウ君もはやく!」
「ちょっ、おわっ!?」
「ちょっ、おわっ!?」
ヤスノリの手をとり、全力で走り出すカトリア。
カトリアに引っ張られながら、彼女が走るたび左右にふりふり揺れるややクセッ毛のポニーテールを眺めながらヤスノリはケースの中身の安否よりも
(あれ、引っ張りてえ・・・)
そんなことを思っていた。
カトリアに引っ張られながら、彼女が走るたび左右にふりふり揺れるややクセッ毛のポニーテールを眺めながらヤスノリはケースの中身の安否よりも
(あれ、引っ張りてえ・・・)
そんなことを思っていた。