「入るぞ、オーベル」
扉の向こうから男の声がした。どうやら待ち人が現れたようだ。読みかけの週刊"モガジン"のグラビアページを閉じると扉へ向かって声をかけた。
「おう、開いてるぜ。」
ガチャリ!ギィィィィ…
学園長室の扉が重そうな音を立てて左右に開いていく。手をかざせば開くタイプの自動扉なくせして大仰な仕掛けだ、といつも思う。まあ設計者のこだわりなんだろうが。
扉を開け、中に入ってきたのは初老の男性が二人。魔術歴史解析学教授のヨーデフ・ハルヴァンと付与魔術研究学教授のライシュツ・W・ツェンだ。
扉を開け、中に入ってきたのは初老の男性が二人。魔術歴史解析学教授のヨーデフ・ハルヴァンと付与魔術研究学教授のライシュツ・W・ツェンだ。
「暇そうだな、オーベル。」
ライシュツが挨拶代わりの皮肉を言う。あながち間違ってはいない、学園長の仕事など普段はあってないようなものだ。あがってくる書類に目を通し訪問者があれば話をし、ツキイチの全校朝礼で長い話をして生徒から煙たがられる。その程度だ。
「まぁな。出来ればずっと暇なほうが楽でいいんだがね。だが、おまえらが揃って俺のとこに来たってことはこれから 暇じゃあなくなる、ってことだよな?」
「そういうことになるかな。まずはこのファイルに目を通してもらえるかね、オーベル君。」
「そういうことになるかな。まずはこのファイルに目を通してもらえるかね、オーベル君。」
そういうとヨーデフが大容量記憶チップを取り出し、執務室の端末に差し込み同時にネットワークシステムを一時遮断する。21010331という名前のフォルダを開くとホロモニターが電子ファイルの内容を表示し始める。
「しかし、今時メモリチップか。」
今はネットワークが各端末に接続されているためにアカデミーも大容量サーバーを設置し、学院内のどこからでもデータの閲覧はできる。
魔術師ともなれば、魔術具が端末としても機能するためデータの取得は容易なはずだが、それだけ大事な資料ということか。
魔術師ともなれば、魔術具が端末としても機能するためデータの取得は容易なはずだが、それだけ大事な資料ということか。
「うん、どうも覗き好きなのが生徒に何人かいるようでね。」
大方、情報科の生徒だろうな。全くオタク根性が染み付いてるというかなんというか…
「これは…ジオ社の遺物研究資料か。ということは俺たちの推測が正しかったと見ていいのか?」
「うん、こちらの研究室にある非公開遺物研究データと酷似…いや、そっくりそのままと言ってもいいね。嘆かわしいことだが大学部の中にジオ社へデータの横流しを行っている者がいる、ということになるね。」
「うん、こちらの研究室にある非公開遺物研究データと酷似…いや、そっくりそのままと言ってもいいね。嘆かわしいことだが大学部の中にジオ社へデータの横流しを行っている者がいる、ということになるね。」
このアカデミーの運営資金は基本的には国からの予算で成り立っているが、実質には政治的な話の流れで、面白くはないが各企業からの献金もかなりウェイトを占めるというのが現状だ。相手さんの目的は様々だが、主に新技術や遺物のデータの一部供与という見返りをもとめて、というのが大半だろう。だが、中にはまだ非公開の研究データを求め、大学部の人間や生徒を買収し、て非合法な手段で手を打ってくる企業もある。ジオ社も表向きは調査協力と称して社内の研究員をアカデミーの遺跡発掘の調査隊に加え、データの共有の見返りに研究資金の援助をしているが、同時にこういった手法で非公開データの入手も行っているようだ。
「仕方ねえな全く…、引き続き警備部に頼んで内通者の調査頼むわライ。」
「あぁ、部長に調査の依頼はしてある。人手が足りんと文句言ってたんで、うちのを送っといた。少々抜けてるとこもあるが、役にたたんことはないだろうさ。」
「あぁ、部長に調査の依頼はしてある。人手が足りんと文句言ってたんで、うちのを送っといた。少々抜けてるとこもあるが、役にたたんことはないだろうさ。」
ライシュツの付与魔術には調査において重宝させてもらっている。昨今の魔術具には各企業ともにGPS内蔵されているものがほとんどで、企業はもちろんそのデータを採っている。従って普通の魔術使いには隠密的な行動はやりづらい。だが付与魔術の使い手ならば魔術具を使わないから、調査の任務にはもってこいだ。
「あぁ、あの子か。じゃあ身の回りの世話するやつがいなくなって大変だろう?ライ。」
「否定はできんな。だが身軽に動ける点では楽だよ。それに、あいつはまっすぐな性格してるのはいいんだがなかなか他人に懐かないんでな。もっと社交性を身につけんと友達もできんし、いい社会勉強の機会だ。」
「否定はできんな。だが身軽に動ける点では楽だよ。それに、あいつはまっすぐな性格してるのはいいんだがなかなか他人に懐かないんでな。もっと社交性を身につけんと友達もできんし、いい社会勉強の機会だ。」
ライシュツが冗談交じりに弟子を気遣う。
「この間、高等部の食堂で早速活躍してくれたよ。生徒同士のトラブルがあったんだが、うまく両成敗してくれたようだ。トラブルを起こした生徒たちには、警備部からの要請で奉仕活動をさせることになったが…」
言いながら警備部の部長から届いた書類に目を通す。…なんとも個性的なメンツだな、と思う。4月に編入してきたばかりのMMIの令嬢に個人的には好きなんだが、学園としては問題児で有名な2年の男子とその友人…例の並行魔術の素養がある子か。
「あぁ、先日の件だね。奉仕活動の内容は?オーベル君。」
「ん…あぁ。以前ライが発見した遺跡の再調査と清掃作業をやらせてレポートでも出させようと思ってたんだが…ヨーデフ、お前さんの話を聞く限り、どうにも最近遺物の解析にご執心な企業があるみたいだしな。それはやめようという話になった。」
「ん…あぁ。以前ライが発見した遺跡の再調査と清掃作業をやらせてレポートでも出させようと思ってたんだが…ヨーデフ、お前さんの話を聞く限り、どうにも最近遺物の解析にご執心な企業があるみたいだしな。それはやめようという話になった。」
「で、だ。ローゼンマイヤー農場のプラントが一つ収穫期を迎えててな。そっちの手伝いに行かせた。監督官は騒動に巻き込まれた教育実習生の子に任せた。嫌がるかと思ってたんだが快く引き受けてくれて助かったよ。」
書類をヨーデフに手渡すと、少し驚いたような顔を見せる。
「おや、カトリア君じゃないか。たしかに彼女なら喜んで引き受けるだろうね。」
…その子がどう騒動に巻き込まれたのかは言わないでおこう…うん。
<デンワダー・3カイイナイデデロー・デンワダー・3カイイナイデデロー>
そこへ受付事務所から内線を知らせるベルが鳴り響く。
そこへ受付事務所から内線を知らせるベルが鳴り響く。
「俺だ。…うん…うん…何…? わかった、すぐ行く。少し待っててくれ。」
内線を切るとヨーデフとライシュツに向き直る。
「どうやらまたでかい企業からでかいプレゼントが届いたみたいだ。わりぃが二人も付き合ってくれ、気になることがある。」
背広を羽織ると、二人を連れ最上階の執務室を出て大吹き抜けへ向かう。螺旋状の階段が1Fまで延々と続き、その中央部には各階へ通じる大型エレベーターがある。エレベーターで1Fまで下り大吹き抜けから3つに別れた廊下の中央へ進むと校舎への昇降口だ。
各廊下の左右にはベアリングロードが設置されており、長距離の移動に便利となっている。
各廊下の左右にはベアリングロードが設置されており、長距離の移動に便利となっている。
昇降口から外へ出ると、生徒たちの人だかりができていた。校舎の窓から身を乗り出して何事かと覗いてる生徒たちもいる。生徒の群れをかき分けて進んでいくと、そこには輸送機が着陸しており、開いた輸送機からは大型のモニュメント的な何かが積まれているのが見えた。
「ほらー、おまえら! 後でいくらでも見せてやっから授業戻れ!」
そうは言うものの、どうせ戻らんだろうからほっておくことにした。しかし…これは…
「この輸送車、Iグループだな。」
ライシュツが言う。確かにこの輸送機、イッポンマツグループのロゴが貼られている。ぱっつん前髪の事務のお姉ちゃんから話を聞いていると輸送機の中から、車と同じIグループのロゴを胸に付けたスーツの男性がでてくると、俺の前で白々しく頭を下げる。
「突然の輸送機での御無礼をお許しください。わたくしMMI新技術顧問のファーレンハイト・ヤマダと申します。学園長のオーベル様ですね?」
「あぁ、そうだ。」
「あぁ、そうだ。」
なげえ名前だな…ファーレン…いいや、ヤマダと名乗ったこの男。MMIといったが、グループの中でも穏健派のMMIにしてはずいぶんと強引な入場だ。おそらくアイツー辺りの人間か。
「この度魔術具のGPS機能に関するアップデートが行われることになりまして。こちらが新しいGPSのインストール用ソフトウェアと、荷台にあるものが受信中継機になります。受領の印章をお願い致します。」
そういうとヤマダは電子書類を手渡してくる。俺個人の印章と学園用の印章を押す部分が開いている。国の印章済みということは少なくとも国のほうは許可を出してきたということか。胡散臭さは拭えないが、ルールに従いサインを押すとヤマダに書類を戻す。Iグループが新GPSの開発をしているという話は知っていたが、もう完成したというのか。1ヶ月前に試作品が出来たばかりだと聞いていたが…
「ありがとうございます。」
「しかし、あまりに突然だな。新GPS開発の発表があってからまだ3ヶ月かそこらだろう?」
「流石オーベル様、お詳しいですな。実を言えばまだ完成段階ではありません。ですが今回、ヴァニジア連合からの特別の許可を頂まして、この学園でのβテストを行うことになったのです。オーベル様にも近日中に連合からご連絡がいくと思われますが。」
「しかし、あまりに突然だな。新GPS開発の発表があってからまだ3ヶ月かそこらだろう?」
「流石オーベル様、お詳しいですな。実を言えばまだ完成段階ではありません。ですが今回、ヴァニジア連合からの特別の許可を頂まして、この学園でのβテストを行うことになったのです。オーベル様にも近日中に連合からご連絡がいくと思われますが。」
そういうことか。連合の誰かが政治献金か何かの見返りにこの学園での新GPSの試験とデータ取りの許可を出したな…国経由なら俺が絡むのを阻止できるからな…やってくれる。
「ソフトウェアはネットワークを通して魔術具を持つ全教員・生徒へのアップデート指示をお願い致します。では受信機の設置作業に入らせていただきます。」
そういうとヤマダは輸送機へ戻り、作業員になにやら指示を出し始める。
さてやられっぱなしってのも面白くない。どうしてやるかな…
さてやられっぱなしってのも面白くない。どうしてやるかな…
「悪だくみなら手伝わせてもらうぞオーベル。」
「むこうもやってることだしね、こちらも相応に対応しようかな。」
「むこうもやってることだしね、こちらも相応に対応しようかな。」
ヨーデフとライシュツがニヤリと笑う。流石に長い付き合いだけあって考えつくことは同じらしい。
「あぁ、さっそくこいつを頼むわ。」
そういうとインストールチップをヨーデフに手渡す。
「それとライ。すまんがアイツーとジオ社の動きを探ってみてくれ。特に隣町のセンター病院。連中あそこにも手だしてるって話がある。入院患者、特にCMIのトモカちゃんは実験対象とされている可能性もある。で、それが本当であれば彼女は<アイツーの子弟>に狙われる可能性もでてくるからな。」
隣の医術都市で、魔術系疾患の患者を扱う最大手の病院がある。各医療装置や研究施設が揃っているので、大抵の重病患者が入院することになるのだが、実態は魔術系疾患の解析、技術への転用を図る研究をしているという黒い噂がある。アカデミーの影響力が及ばない隣町のことだけに手は出しづらいが、あそこを調べてみればここ最近活発な2社の目的もわかるかもしれない。
「ああ、任せておけ。」
「頼む。とにかく、そうそう企業の思い通りにうちの生徒たちのデータをもってかせるわけにはいかんからな。」
「頼む。とにかく、そうそう企業の思い通りにうちの生徒たちのデータをもってかせるわけにはいかんからな。」
ヨーデフとライシュツは、足早にその場を去っていく。
「さて…設置作業を見届けなけりゃならんか…」
めんどくさそうにオーベルは、設置作業の立会のため降ろされ始めた受信装置へと向かっていった。
だが、この話の一部始終をたまたま近くで聞いていた女子生徒…リーゼロッテがいたことには気づいていなかった。
「…CMI…トモカさんが実験対象…狙われるって…ライリさんのお友達の…?
どうしよう…レーベに相談するべきかな…」
どうしよう…レーベに相談するべきかな…」