21-4
レーベレヒトは自室で落ち着かない時間を過ごしていた。なんとも腑に落ちない今日一日の出来事を頭の中で整理していたからだが、いまいち要領を得ない。目の前で大きな事件が動いているというのに、自分には圧倒的に情報が不足しているからだ。こんな事だったらヤスをぶん殴ってでも何か聞き出しておくべきだったか…。いやまぁ、それもないか。ないわな。意味もなくヤスを殴るのはいいが、何か情報を得るための取引みたいな理由でヤスを殴るのは良くない。明らかに怪しかったけどな…あれ。
そんな感じでああだこうだと成果の出ない思考を繰り返していると端末から着信音が鳴る。…誰からだ? 画面を確認するとリンからだ。…何かあったのか。俺はガラにもなく急いで通信を繋ぐ。
『レーベ? ああ良かった繋がった! 実はノリが………』
そこからは全く要領を得ない会話。慌ててはいる事は理解したが内容のほうは全く理解出来ない。…ノリがどーのこーのと……とりあえずやっぱりヤスの奴、なんか隠してやがったのか? なんかそんな感じだな、話の内容は。うん。
「…とりあえず、良く解らんから落ち着いてしゃべってくれると助かるのだが?」
『あ、あ、うん。ごめん…えっと……』
少し落ち着きを取り戻したリンから、ひとつひとつ確認しながら会話を進めて行く。ようやく全体像を掴んだ時には、なんともとんでもない事態が色々起きているということがわかった。…長いから割愛するが。しかしまぁ…まさかとは思っていたことがまさか本当に起きているとは思いもよらず。
「……アイツーの刺客…ってあのバカ、やっぱそんなとんでもない奴だったんだな」
正直頭が痛い。超展開過ぎて全然現実味がない。しかしとりあえずヤスが相当ヤバイ状態だってのは確からしい。…それとトモカちゃんか。それじゃ流石に放っておくわけにもいかんか。
『…それであの…GPSの件なんだけど』
GPSっていえばこの俺がつけてるチョーカーもそれの試作品って話だったっけ。MMIだけじゃなくジオ社の息がかかったアイテムだったとは。…全くあの兄はとんでもないものを俺に押し付けやがっやんだな。一体何処から手に入れてきたんだか……今度問い詰めておこう。
『今日病院にはいってきたGPSが、もう稼動してるかどうかまだ掴めてなくって…。学園のものだけでも結構広範囲に届くみたいで、今日の事で少なくとも病院の付近までは範囲があるのはわかってるんだけど、森の方となると入り組んでるし電波状態がちょっとわからなくて…。今はとりあえずノリの動きはサーチ出来ているんだけど、でも…』
「…つまり何が言いたいんだ」
『ほら、レーベは病院の周囲に感知魔法使ってたとか言ってたよね? あの時…』
ああ、公園でのあの事か。でもあの時俺は…。
「いや、あの時意味がないって言われて解除してるから…」
『言葉ではそう言ってたけどさ?』
「……まぁ、ね」
なんだこいつ。そこまで考えて話してるのか。可愛い顔してるけどこういう所は可愛くないよな。
『本当のところはどうなのかなって…』
「……まいったな」
実を言うとあれはブラフだった。わざとああいう言葉を言うことで、病院付近のセキュリティについてそれとなく聞き出したかったからだ。話には独立した結界って事だが、それだけじゃ流石に俺も分からない。でも、要するにそれが攻勢の結界だったりして、こっちの魔術と干渉すると不味いなと思ったわけで、そういう言葉が出てくるかどうか確認できればよかったのだ。で、あの口ぶりだと大丈夫かなと。実際、あのまま術を掛けっぱなしでも一日なにもなかったし。
「…まだ一応こっちでもサーチしてるよ。…って良くわかったなーお前」
『誰か人が訪れた反応は?』
「いや、周囲を巡回してるんじゃないかって反応はいくつか…たぶん警備だろうな。それ以外は特に新しくチェックした反応はない」
『じゃあ、もう一人の刺客も現れてないんだね?』
「…って事になるか。状況がお前の話通りに進んでいるんならって前提になるが」
『うんありがとう。…またあとで連絡するかも。それともし何か反応をキャッチしたら折り返し…』
「連絡するよ」
…やれやれ、結局今回も巻き込まれるんだな俺は。
『じゃあボク、まだやらないといけないことがあるからこれで…』
「…っておい。それだけ?」
『…と、取りあえずは』
「…」
リンの方でもまだ指針が固まっていないらしい。
『それじゃあまた』
「ちょっと待て」
『何?』
「…なんでわかったんだよ。あれがブラフだって」
『だって…』
通信越しにクスっと笑い声。ちょっとむかつく。
『あんな台詞。全然レーベらしくないもん』
「なんだよそれ…」
『あ、ごめん。本当にボク急いでるから』
そう言うとリンは通信を切ってしまった。いや、切るのは勝手だがね。こっちはどうすりゃいいんだっての。全く。
「さて、困った。どうするかねぇ…」
21-5
ティオはアリウムが煎れてくれたアールグレイを口にしながら、クジョウの用意した手元の資料に目を通している。
相変わらず不味いお茶。
これじゃあ何の葉っぱでも同じなんじゃないのか…
麦茶でも十分じゃないのか…
でも今はそんな事はどうでもいい。
「クジョウ、ちょっと…」
「はい、お嬢様」
「コレ、意味がわからんのだけど?」
「…どこが、でしょうか?」
「全部!」
「…ぜんぶ!……ですか」
横からティオを覗き込むような姿勢でクジョウは硬直した。
「つまりあれだ…これは、あれなのだろう?」
「…はい。あれでございます」
「うむ」
暫く無言の時間が流れた。
「……説明しなさいクジョウ」
「…は?」
「あれについて詳しく説明しなさい!」
「あ、はい、えーっとですね…」
ようやくクジョウが資料について説明を始める。
全く気の利かない奴め!
「これはGPSについて、ジオメトリック社とMMIの間で交わした契約書の内訳でございます」
「それはわかっている」
「はい…では……」
「この数字はつまり……あれなのだろう?」
「あれでございますね」
一向に会話が進まない…
「クジョウお前はどう思う」
「はい。…しかし、このような資料を前に私などが意見を申してもいい立場なのかどうか…」
「かまわん」
「では…僭越ながら私なりに分析しますと…」
「うむ」
「この資料の数字から考えますと、かなりおかしな契約に思えます」
「何故だ?」
「つまり、今回のGPSはですね。MMIの魔術具の技術にジオメトリックの人体感知技術を応用したシステムとなっておりまして、詳しいところは…私は素人なので完全にはわかりかねますが、おそらくほぼ五分五分の技術提携で成り立っている、という事になるかと思います」
「なるほど」
「しかし開発費の負担なんですが、ジオメトリックの負担が9割、私どもMMIのほうは1割という、我々とってかなり、極端に都合のいい数字になっている…という事になります」
そうそう、そうやって素直に解説してくれれば不毛な会話をしなくて済んだのだ。
「それはおかしいわ…」
「ですね。これだとうちは、ジオメトリックから殆どタダで技術を貰っているようなもの…という事になると思います」
ジオメトリックか…
そういえば今回こそ仲良く共同開発をしているが、元々はうちのアイツーとはライバル関係だったはずだ。
そのせいで、ジオ社とイッポンマツ系列会社はこれまで何処とも取引の実績があったという話は聞いた事がなかった。
それが今になって…。
「…しかもこの商品って、公にはジオ社との共同名義じゃなかったわよね?」
「はい、MMIの商品として進めているものと記憶しています」
資料の作成日。…契約日に目を通す。
そのくらいの数字は私だってわかる。
…約4ヶ月前か。
新技術の発表が3ヶ月前だから丁度時期は合うかもしれない。
…って、ちょっと待って
「あのヤマダってアイツーからこっちに移ったのって、いつ?」
「確か…3、4ヶ月前だったかと…」
これも時期がぴったり。
つまり、この契約を機に、ほぼ同時期にMMIに栄転して入ってきたのだ。
そして今でもアイツーとのつながりを持ったままMMIで活動している。
「まさか、アイツー時代から何か裏取引を…」
何か見えてきた気がする…
そういえば、ヤマダはアイツーから色々な機材やら備品やら持ち出しているという噂だ。
そう、今日も見たが機材にとどまらずあの大型の輸送機まで…
これではアイツーは今後の活動に支障がないとは言えない状態に…
つまり、ジオ社に都合がいいように軍事関係で競合するアイツーを骨抜きにして…
その見返りに技術提携を……!?
父上なら、目の上のたんこぶのアイツーが消えるんならと喜んで認めるかもしれない。
もちろん勿論酔った勢いで、内容も詳しくチェックせずに、だろうけど…
私もアイツーの闇の部分は好きではないけれど、それだけの会社ではない。
ひとつの会社にはいろんな側面がある。
それなのに、自分の出世のためにアイツーを利用するなんて…!
「ヤマダあああああぁっ!!」
その時、ティオの端末に着信の音が響きわたった。
21-6
ようやく裏山にたどり着いたときには、完全に闇の中となっていた。まだ交通網も動いている時間ではあるが、街灯も何もない木に覆われた山道では、月の光すら届かない。
一応狙撃ポイントについての資料があるのでこの山についての知識はあるが、土地勘もなく地図だけの情報で暗闇の山の中を歩くのはどう考えても無謀だ。
俺は、珍しく魔術の詠唱のために集中に入る。…使用するのは『ナイトビジョン』『スコープアイ』の2種の並行。魔術は得意ではないがこれでも魔術科所属だ。それに任務に必要な魔術だけはかなりしつこく練習してきている。この2種に関してだけは並行使用も何とか可能だ。…他の魔術は単独でもからっきしだけどな。
『ナイトビジョン』は暗闇でも空間を映像として捉えることが出来る魔法。その代わり色を認識できなくなるが、これで山道を真っ暗闇で進むなんて無謀なことはしないでも済む。そして『スコープアイ』は要するに双眼鏡のような能力というか、モノを見るときに集中するとこで、任意にライフルのスコープのように拡大した視界にしてくれるというものだ。ただしこれは万能ではなく、持続中は任意に倍率を変更できるものの、ズーム変更中は集中のために視界を固定しなければならないという制約がある。戦闘中は使いどころを考えなければ。
寮からだと距離があるので到着までそれなりに時間がかかったが、もう『トースター・森崎』は来ているだろうか。俺の行動に気がついても、あいつの潜伏場所が何処かによって到着時間は変わるはずだが、どっちにしろこうやって山を登って行けば、いつかは遭遇することになるだろう。
何事もなく山道を登っていく。俺の位置はGPSで捉えられているだろうか?
静かだ…あまりにに静かなまま、もうそろそろ狙撃ポイントだという頃になった。
ここからは道を避けて進んで行く。
すると不意に声が響き渡った。
「デュー…はぁはぁ…ク! はぁさい…はぁはぁ、ごう! …やっと、はぁはぁ…お出ま…はぁ、し…はぁはぁ…かぁ!!…はぁはぁ……」
あいつの声だ。……ってお前。思いっきり息切れしてますが…。
「やっと…ってお前、どう聞いても『急いで走って今着いたばかりです』って感じじゃん…」
残念すぎる。なにも、そこまで急がなくても…。よっぽど先回りしてそのセリフが言いたかったと見える。
息切れして台無しだが。
「なにを…はぁはぁ、生意気な、はぁはぁ…ことばかり…はぁはぁ言いやがって!」
「いや、もう何言ってるかわかんねーから、…ちょっと休んでから続き、な?」
「…しょうがないなぁ…はぁはぁ…わかったよ…はぁはぁ…」
流石に辛かったらしい。ちょっと休憩。仕切り直しだ。その間に状況を確認する。
『ナイトビジョン』と『スコープ等倍』の状態では、相手はこちらから簡単に目視できる場所にはいないようだ。
こちらだけ丸見え…らしい。あまりいい状況ではない。
俺はこの時間を利用して、近場の木で登れそうな場所を見つけ、音をたてず慎重に少し高い位置に移動する。
「どうして俺が来るとわかった!?」
頃合を見て質問をかける。
奴も一応プロだ。こんな言葉に引っかかるとは思えないが…。
「GPSだよ! …わかってて来たんだろうが。何聞いてんだよ。アホか!」
引っかかった。情報ありがとう。…アホはお前だ。
「今も見えているのか!?」
「入り組んだ森の中じゃあ普通は駄目だがね。でもこれには大型受信機を介さない『相対位置表示』って機能があるのさ! 今は直接お前の位置を受信して…、だから今でも丸見えなのさ!」
そんな機能もあるとは…。しかし色々しゃべってくれるな。同じ訓練を受けた身としては、ちょっと悲しくなってきた。だが、これもブラフの可能性がある。実は本当は『目視で認識している』となると、俺にとってはこの後非常に都合が悪い。
「まぁ、そんな事はいいさ。一応俺も仕事にきたわけなんだが、どうやら武器を取られちまったらしくてね…。さぁ、俺の武器を返してもらおうか!」
「その勇気だけは褒めてやるよ、西郷! 昔の馴染みだから見逃してやりたいが、こっちも仕事なんでね…。悪く思うな! 死ねッ!」
俺は目を閉じた。直後、強烈な射撃音が聞こえる。
俺は神は信じない方だが、ここばかりは祈った。…どうか俺の考えどおりであってくれ、…と。
「ばかな…反応が消えない!?」
「残念だったな!」
…助かった。マジで死ぬかと…。
あれはレミー2の発射音か。これで武器も特定した。
奴が『ナイトビジョン』を使わず、GPSを頼りに狙撃しているのなら、それは上から見た俯瞰図に合わせて俺の位置を射撃する事になる。つまり上下の高低差まではわからない、という事だ。
俺は今、木の上に居るのだ。
あと、GPSと『ナイトビジョン』を同時に使うことはない、と考えた。『ナイトビジョン』は何かしらのディスプレイの画面を見るには、逆に明るすぎてしまう。GPSを見ながら『ナイトビジョン』は使えない。
「どうして…」
奴は困惑している。昔からそうだったが、頭はそんなに良くはない奴だった。俺と同じように射撃に才能はあったのでスカウトされたが、残念ながら俺以上に頭が悪い。射撃も他の奴に比べたらいいかもしれないが、俺ほどではない。…なによりせっかちで、慎重さに欠ける。
その点は今でも昔と同じだったということだ。ありがとう、成長してくれなくて。
…よし、今のうちに位置を変えよう。もう言葉を交わす必要はない。これ以上は位置がばれるだけだ。
俺はまた音を立てないように慎重に木から降りると、一旦魔術具のGPSの機能だけをオフに。闇の中をゆっくりと移動して行く。
とりあえずこれでよし。最初にどうしても一撃だけ、早めに相手に射撃させる必要があった。目的はライリ達、警備の人間に刺客の接近を音で知らせるため。勿論それだけなら俺がハンドガンを使ってもいいのだが、出来れば相手に一発無駄弾を使わせたかった。
トモカを守るための行動としては俺の目的はこれでだいたい達成。だが、ここからは自分の命を守る戦いになる。ここまで有利に進めても。相手はライフル持ち。それ以外の装備も不明。それに対し、こっちはハンドガン一丁という劣勢なのだ。状況はまだ最悪だ。
奴の話通り、GPSが外部からの通常アクセスではわからないとなると…。すぐには見つけてくれないだろうな。
さて、これは長い夜になるな…。
-----------------------------------------------------------------------
…以上です。
非常に長く、かつ前の流れから大きく方向転換したことはマジごめんなさいと言わざるをえない…。
クライマックス付近ですが、どうしても前回の流れからは回収できない伏線があるなと思い、
それを可能な限り回収し、かつ各パートに行動指針を示した上で、もう一度引き渡そうと考えたからです。
…それと整合性が悪い部分や、生まれている矛盾点も出来る限り潰しておきたいという事もありました。
その為の必要最低限のシーン…と考えても、どう頑張ってもこの長さとなりました。
今回だけの特殊な例としてお許し下さい。
それぞれ担当者のキャラに最後の美味しいシーンを付加出来るようにと考えてあるつもりです。
ネギのパートに関しては何の指針もなく投げてますが。カトリサイドで進むべきが学長サイドで
進むべきか、担当キャラが多いのでこちらからは触れない方がいいのでは? という判断です。
触れてないだけで、他のパートのように『リンからの連絡』というフラグ立てでも可能にしてある
ハズなので、色々趣向をこらして下さい。
もしくは必要なら相談して下さい。(これは全員だけど)
んじゃま、あとよろしく。
レーベレヒトは自室で落ち着かない時間を過ごしていた。なんとも腑に落ちない今日一日の出来事を頭の中で整理していたからだが、いまいち要領を得ない。目の前で大きな事件が動いているというのに、自分には圧倒的に情報が不足しているからだ。こんな事だったらヤスをぶん殴ってでも何か聞き出しておくべきだったか…。いやまぁ、それもないか。ないわな。意味もなくヤスを殴るのはいいが、何か情報を得るための取引みたいな理由でヤスを殴るのは良くない。明らかに怪しかったけどな…あれ。
そんな感じでああだこうだと成果の出ない思考を繰り返していると端末から着信音が鳴る。…誰からだ? 画面を確認するとリンからだ。…何かあったのか。俺はガラにもなく急いで通信を繋ぐ。
『レーベ? ああ良かった繋がった! 実はノリが………』
そこからは全く要領を得ない会話。慌ててはいる事は理解したが内容のほうは全く理解出来ない。…ノリがどーのこーのと……とりあえずやっぱりヤスの奴、なんか隠してやがったのか? なんかそんな感じだな、話の内容は。うん。
「…とりあえず、良く解らんから落ち着いてしゃべってくれると助かるのだが?」
『あ、あ、うん。ごめん…えっと……』
少し落ち着きを取り戻したリンから、ひとつひとつ確認しながら会話を進めて行く。ようやく全体像を掴んだ時には、なんともとんでもない事態が色々起きているということがわかった。…長いから割愛するが。しかしまぁ…まさかとは思っていたことがまさか本当に起きているとは思いもよらず。
「……アイツーの刺客…ってあのバカ、やっぱそんなとんでもない奴だったんだな」
正直頭が痛い。超展開過ぎて全然現実味がない。しかしとりあえずヤスが相当ヤバイ状態だってのは確からしい。…それとトモカちゃんか。それじゃ流石に放っておくわけにもいかんか。
『…それであの…GPSの件なんだけど』
GPSっていえばこの俺がつけてるチョーカーもそれの試作品って話だったっけ。MMIだけじゃなくジオ社の息がかかったアイテムだったとは。…全くあの兄はとんでもないものを俺に押し付けやがっやんだな。一体何処から手に入れてきたんだか……今度問い詰めておこう。
『今日病院にはいってきたGPSが、もう稼動してるかどうかまだ掴めてなくって…。学園のものだけでも結構広範囲に届くみたいで、今日の事で少なくとも病院の付近までは範囲があるのはわかってるんだけど、森の方となると入り組んでるし電波状態がちょっとわからなくて…。今はとりあえずノリの動きはサーチ出来ているんだけど、でも…』
「…つまり何が言いたいんだ」
『ほら、レーベは病院の周囲に感知魔法使ってたとか言ってたよね? あの時…』
ああ、公園でのあの事か。でもあの時俺は…。
「いや、あの時意味がないって言われて解除してるから…」
『言葉ではそう言ってたけどさ?』
「……まぁ、ね」
なんだこいつ。そこまで考えて話してるのか。可愛い顔してるけどこういう所は可愛くないよな。
『本当のところはどうなのかなって…』
「……まいったな」
実を言うとあれはブラフだった。わざとああいう言葉を言うことで、病院付近のセキュリティについてそれとなく聞き出したかったからだ。話には独立した結界って事だが、それだけじゃ流石に俺も分からない。でも、要するにそれが攻勢の結界だったりして、こっちの魔術と干渉すると不味いなと思ったわけで、そういう言葉が出てくるかどうか確認できればよかったのだ。で、あの口ぶりだと大丈夫かなと。実際、あのまま術を掛けっぱなしでも一日なにもなかったし。
「…まだ一応こっちでもサーチしてるよ。…って良くわかったなーお前」
『誰か人が訪れた反応は?』
「いや、周囲を巡回してるんじゃないかって反応はいくつか…たぶん警備だろうな。それ以外は特に新しくチェックした反応はない」
『じゃあ、もう一人の刺客も現れてないんだね?』
「…って事になるか。状況がお前の話通りに進んでいるんならって前提になるが」
『うんありがとう。…またあとで連絡するかも。それともし何か反応をキャッチしたら折り返し…』
「連絡するよ」
…やれやれ、結局今回も巻き込まれるんだな俺は。
『じゃあボク、まだやらないといけないことがあるからこれで…』
「…っておい。それだけ?」
『…と、取りあえずは』
「…」
リンの方でもまだ指針が固まっていないらしい。
『それじゃあまた』
「ちょっと待て」
『何?』
「…なんでわかったんだよ。あれがブラフだって」
『だって…』
通信越しにクスっと笑い声。ちょっとむかつく。
『あんな台詞。全然レーベらしくないもん』
「なんだよそれ…」
『あ、ごめん。本当にボク急いでるから』
そう言うとリンは通信を切ってしまった。いや、切るのは勝手だがね。こっちはどうすりゃいいんだっての。全く。
「さて、困った。どうするかねぇ…」
21-5
ティオはアリウムが煎れてくれたアールグレイを口にしながら、クジョウの用意した手元の資料に目を通している。
相変わらず不味いお茶。
これじゃあ何の葉っぱでも同じなんじゃないのか…
麦茶でも十分じゃないのか…
でも今はそんな事はどうでもいい。
「クジョウ、ちょっと…」
「はい、お嬢様」
「コレ、意味がわからんのだけど?」
「…どこが、でしょうか?」
「全部!」
「…ぜんぶ!……ですか」
横からティオを覗き込むような姿勢でクジョウは硬直した。
「つまりあれだ…これは、あれなのだろう?」
「…はい。あれでございます」
「うむ」
暫く無言の時間が流れた。
「……説明しなさいクジョウ」
「…は?」
「あれについて詳しく説明しなさい!」
「あ、はい、えーっとですね…」
ようやくクジョウが資料について説明を始める。
全く気の利かない奴め!
「これはGPSについて、ジオメトリック社とMMIの間で交わした契約書の内訳でございます」
「それはわかっている」
「はい…では……」
「この数字はつまり……あれなのだろう?」
「あれでございますね」
一向に会話が進まない…
「クジョウお前はどう思う」
「はい。…しかし、このような資料を前に私などが意見を申してもいい立場なのかどうか…」
「かまわん」
「では…僭越ながら私なりに分析しますと…」
「うむ」
「この資料の数字から考えますと、かなりおかしな契約に思えます」
「何故だ?」
「つまり、今回のGPSはですね。MMIの魔術具の技術にジオメトリックの人体感知技術を応用したシステムとなっておりまして、詳しいところは…私は素人なので完全にはわかりかねますが、おそらくほぼ五分五分の技術提携で成り立っている、という事になるかと思います」
「なるほど」
「しかし開発費の負担なんですが、ジオメトリックの負担が9割、私どもMMIのほうは1割という、我々とってかなり、極端に都合のいい数字になっている…という事になります」
そうそう、そうやって素直に解説してくれれば不毛な会話をしなくて済んだのだ。
「それはおかしいわ…」
「ですね。これだとうちは、ジオメトリックから殆どタダで技術を貰っているようなもの…という事になると思います」
ジオメトリックか…
そういえば今回こそ仲良く共同開発をしているが、元々はうちのアイツーとはライバル関係だったはずだ。
そのせいで、ジオ社とイッポンマツ系列会社はこれまで何処とも取引の実績があったという話は聞いた事がなかった。
それが今になって…。
「…しかもこの商品って、公にはジオ社との共同名義じゃなかったわよね?」
「はい、MMIの商品として進めているものと記憶しています」
資料の作成日。…契約日に目を通す。
そのくらいの数字は私だってわかる。
…約4ヶ月前か。
新技術の発表が3ヶ月前だから丁度時期は合うかもしれない。
…って、ちょっと待って
「あのヤマダってアイツーからこっちに移ったのって、いつ?」
「確か…3、4ヶ月前だったかと…」
これも時期がぴったり。
つまり、この契約を機に、ほぼ同時期にMMIに栄転して入ってきたのだ。
そして今でもアイツーとのつながりを持ったままMMIで活動している。
「まさか、アイツー時代から何か裏取引を…」
何か見えてきた気がする…
そういえば、ヤマダはアイツーから色々な機材やら備品やら持ち出しているという噂だ。
そう、今日も見たが機材にとどまらずあの大型の輸送機まで…
これではアイツーは今後の活動に支障がないとは言えない状態に…
つまり、ジオ社に都合がいいように軍事関係で競合するアイツーを骨抜きにして…
その見返りに技術提携を……!?
父上なら、目の上のたんこぶのアイツーが消えるんならと喜んで認めるかもしれない。
もちろん勿論酔った勢いで、内容も詳しくチェックせずに、だろうけど…
私もアイツーの闇の部分は好きではないけれど、それだけの会社ではない。
ひとつの会社にはいろんな側面がある。
それなのに、自分の出世のためにアイツーを利用するなんて…!
「ヤマダあああああぁっ!!」
その時、ティオの端末に着信の音が響きわたった。
21-6
ようやく裏山にたどり着いたときには、完全に闇の中となっていた。まだ交通網も動いている時間ではあるが、街灯も何もない木に覆われた山道では、月の光すら届かない。
一応狙撃ポイントについての資料があるのでこの山についての知識はあるが、土地勘もなく地図だけの情報で暗闇の山の中を歩くのはどう考えても無謀だ。
俺は、珍しく魔術の詠唱のために集中に入る。…使用するのは『ナイトビジョン』『スコープアイ』の2種の並行。魔術は得意ではないがこれでも魔術科所属だ。それに任務に必要な魔術だけはかなりしつこく練習してきている。この2種に関してだけは並行使用も何とか可能だ。…他の魔術は単独でもからっきしだけどな。
『ナイトビジョン』は暗闇でも空間を映像として捉えることが出来る魔法。その代わり色を認識できなくなるが、これで山道を真っ暗闇で進むなんて無謀なことはしないでも済む。そして『スコープアイ』は要するに双眼鏡のような能力というか、モノを見るときに集中するとこで、任意にライフルのスコープのように拡大した視界にしてくれるというものだ。ただしこれは万能ではなく、持続中は任意に倍率を変更できるものの、ズーム変更中は集中のために視界を固定しなければならないという制約がある。戦闘中は使いどころを考えなければ。
寮からだと距離があるので到着までそれなりに時間がかかったが、もう『トースター・森崎』は来ているだろうか。俺の行動に気がついても、あいつの潜伏場所が何処かによって到着時間は変わるはずだが、どっちにしろこうやって山を登って行けば、いつかは遭遇することになるだろう。
何事もなく山道を登っていく。俺の位置はGPSで捉えられているだろうか?
静かだ…あまりにに静かなまま、もうそろそろ狙撃ポイントだという頃になった。
ここからは道を避けて進んで行く。
すると不意に声が響き渡った。
「デュー…はぁはぁ…ク! はぁさい…はぁはぁ、ごう! …やっと、はぁはぁ…お出ま…はぁ、し…はぁはぁ…かぁ!!…はぁはぁ……」
あいつの声だ。……ってお前。思いっきり息切れしてますが…。
「やっと…ってお前、どう聞いても『急いで走って今着いたばかりです』って感じじゃん…」
残念すぎる。なにも、そこまで急がなくても…。よっぽど先回りしてそのセリフが言いたかったと見える。
息切れして台無しだが。
「なにを…はぁはぁ、生意気な、はぁはぁ…ことばかり…はぁはぁ言いやがって!」
「いや、もう何言ってるかわかんねーから、…ちょっと休んでから続き、な?」
「…しょうがないなぁ…はぁはぁ…わかったよ…はぁはぁ…」
流石に辛かったらしい。ちょっと休憩。仕切り直しだ。その間に状況を確認する。
『ナイトビジョン』と『スコープ等倍』の状態では、相手はこちらから簡単に目視できる場所にはいないようだ。
こちらだけ丸見え…らしい。あまりいい状況ではない。
俺はこの時間を利用して、近場の木で登れそうな場所を見つけ、音をたてず慎重に少し高い位置に移動する。
「どうして俺が来るとわかった!?」
頃合を見て質問をかける。
奴も一応プロだ。こんな言葉に引っかかるとは思えないが…。
「GPSだよ! …わかってて来たんだろうが。何聞いてんだよ。アホか!」
引っかかった。情報ありがとう。…アホはお前だ。
「今も見えているのか!?」
「入り組んだ森の中じゃあ普通は駄目だがね。でもこれには大型受信機を介さない『相対位置表示』って機能があるのさ! 今は直接お前の位置を受信して…、だから今でも丸見えなのさ!」
そんな機能もあるとは…。しかし色々しゃべってくれるな。同じ訓練を受けた身としては、ちょっと悲しくなってきた。だが、これもブラフの可能性がある。実は本当は『目視で認識している』となると、俺にとってはこの後非常に都合が悪い。
「まぁ、そんな事はいいさ。一応俺も仕事にきたわけなんだが、どうやら武器を取られちまったらしくてね…。さぁ、俺の武器を返してもらおうか!」
「その勇気だけは褒めてやるよ、西郷! 昔の馴染みだから見逃してやりたいが、こっちも仕事なんでね…。悪く思うな! 死ねッ!」
俺は目を閉じた。直後、強烈な射撃音が聞こえる。
俺は神は信じない方だが、ここばかりは祈った。…どうか俺の考えどおりであってくれ、…と。
「ばかな…反応が消えない!?」
「残念だったな!」
…助かった。マジで死ぬかと…。
あれはレミー2の発射音か。これで武器も特定した。
奴が『ナイトビジョン』を使わず、GPSを頼りに狙撃しているのなら、それは上から見た俯瞰図に合わせて俺の位置を射撃する事になる。つまり上下の高低差まではわからない、という事だ。
俺は今、木の上に居るのだ。
あと、GPSと『ナイトビジョン』を同時に使うことはない、と考えた。『ナイトビジョン』は何かしらのディスプレイの画面を見るには、逆に明るすぎてしまう。GPSを見ながら『ナイトビジョン』は使えない。
「どうして…」
奴は困惑している。昔からそうだったが、頭はそんなに良くはない奴だった。俺と同じように射撃に才能はあったのでスカウトされたが、残念ながら俺以上に頭が悪い。射撃も他の奴に比べたらいいかもしれないが、俺ほどではない。…なによりせっかちで、慎重さに欠ける。
その点は今でも昔と同じだったということだ。ありがとう、成長してくれなくて。
…よし、今のうちに位置を変えよう。もう言葉を交わす必要はない。これ以上は位置がばれるだけだ。
俺はまた音を立てないように慎重に木から降りると、一旦魔術具のGPSの機能だけをオフに。闇の中をゆっくりと移動して行く。
とりあえずこれでよし。最初にどうしても一撃だけ、早めに相手に射撃させる必要があった。目的はライリ達、警備の人間に刺客の接近を音で知らせるため。勿論それだけなら俺がハンドガンを使ってもいいのだが、出来れば相手に一発無駄弾を使わせたかった。
トモカを守るための行動としては俺の目的はこれでだいたい達成。だが、ここからは自分の命を守る戦いになる。ここまで有利に進めても。相手はライフル持ち。それ以外の装備も不明。それに対し、こっちはハンドガン一丁という劣勢なのだ。状況はまだ最悪だ。
奴の話通り、GPSが外部からの通常アクセスではわからないとなると…。すぐには見つけてくれないだろうな。
さて、これは長い夜になるな…。
-----------------------------------------------------------------------
…以上です。
非常に長く、かつ前の流れから大きく方向転換したことはマジごめんなさいと言わざるをえない…。
クライマックス付近ですが、どうしても前回の流れからは回収できない伏線があるなと思い、
それを可能な限り回収し、かつ各パートに行動指針を示した上で、もう一度引き渡そうと考えたからです。
…それと整合性が悪い部分や、生まれている矛盾点も出来る限り潰しておきたいという事もありました。
その為の必要最低限のシーン…と考えても、どう頑張ってもこの長さとなりました。
今回だけの特殊な例としてお許し下さい。
それぞれ担当者のキャラに最後の美味しいシーンを付加出来るようにと考えてあるつもりです。
ネギのパートに関しては何の指針もなく投げてますが。カトリサイドで進むべきが学長サイドで
進むべきか、担当キャラが多いのでこちらからは触れない方がいいのでは? という判断です。
触れてないだけで、他のパートのように『リンからの連絡』というフラグ立てでも可能にしてある
ハズなので、色々趣向をこらして下さい。
もしくは必要なら相談して下さい。(これは全員だけど)
んじゃま、あとよろしく。