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外伝10 - (2010/08/02 (月) 23:35:42) のソース

「行ってくれ、リザードン、ラプラス」
「ストライクに有利な炎タイプと、サーナイトに対抗するエスパー技持ちか。
 ……合理主義者の君らしい、無難な選択だね」

一体のエスパータイプは、二体の物理タイプに勝る。
サイコキネシスは多様性に富む技で、
精神汚染するタイプと、動きを封じる等の物体に影響を及ぼすタイプがある。
防ぐには同種の"サイコキネシス"で、相手のPKに干渉するしかない。

「飛べ、リザ―ドン。ラプラスはリザ―ドンを援護しろ」

金髪は唇の端をつり上げて笑う。

「そんな甘い指示でいいのかい、サトシ?
 僕のサーナイトは援護と攻撃を同時にこなす」

サーナイトの瞳が妖しい光を放つ。
リザードンの離陸を妨害するためではなく、ラプラスを直接攻撃するために。
"テレポート"で死角に回り込み、"念力"で加速させた"マジカルリーフ"。
高速で飛来する木の葉の刃を、ラプラスは視認せず、"サイコキネシス"で失速させた。
"サイコキネシス"に移行しようとするサーナイトに、すぐさま同等の"サイコキネシス"で干渉する。
リザードンさえ飛び上がれば、戦いは俄然こちらに有利になる。

「よく防いだね!
 任務でも使わなかった秘密のコンボだったのに」

ストライクの"電光石火"は、風を置き去りにした。
一陣の風がリザードンの尾炎を揺らす。
そのとき既に両手の大鎌は、リザードンの急所に迫っていた。
最小限……よりもわずかに足りない動きで攻撃を躱し、至近距離から火の玉を放つ。
ストライクはそれをアクロバットな挙動で真上に回避、自身の回転速度を加えた神速の"切り裂き"を繰り出す。
視界――正確にはリザードンの――が赤に染まった。右目の上あたりをさっくりとやられたらしい。
初撃を完全に躱さなかったことで、正中線に沿うようにして胸にも切り傷を負ってしまった。
攻撃が速すぎる。中距離を得意とするリザードンには辛い。
「近づかせるな!"炎の渦"だ!」

太い尾で周囲を薙ぎ払いながら、炎の螺旋を創り出す。
ストライクはバックステップで安全圏に逃れた。これで少しは時間が稼げる。

「"冷凍ビーム"、"サイコキネシス"。相手の得物を利用しろ」

PK干渉は中止。干渉をやめたことでリザードンの思考が汚染されていくが、今はいい。
ラプラスは周囲に落ちた"マジカルリーフ"を凍てつかせ、
格段に切れ味を増した氷刃として、サーナイトを全方位から狙い撃った。

「逃げ場はどこにだってある。なあ、サーナイト?
 "テレポート"、"催眠術"」

金髪の涼しげな声。
ラプラスの目前に"テレポート"したサーナイトの紅玉が、眠りに誘う光を放つ。
だがそれは、想定通りの反撃だった。

「"妖しい光"」

瞳術が至近距離で交錯し、互いの瞳に吸い込まれていく。
もたらされるはずの混乱と眠り――しかして正常に技が機能したのは、ラプラスのみだった。

「"神秘の護り"か……!」

宙に浮かんでいたサーナイトが、地に落ちる。
リザードンの思考ノイズが消える。

「飛べ、今なら行ける!」

炎の渦を突き抜けて、翼竜が大空に飛び出す。
リザードンはストライクのアウトレンジから、圧倒的な"火炎放射"を繰り出す――はずだった。

「誰が勝手に飛んでもいいと言ったんだい?堕ちろ」

リザードンの体が青白く発光し、羽ばたきが止まる。
"サイコキネシス"!?だがサーナイトはもう――。

「ラプラス、"サイコキネシス"だ!」
「今更干渉かい?遅すぎるよ。"封印"」

翼竜の巨体が墜落する、鈍い音が鳴った。
リザードンの視界が激しく揺れ、止まる。喀血が目の前の草花を赤く濡らした。

「サーナイトは"催眠術"をかける直前に、"神秘の護り"に気づいていた。
 それで技を中止して目を瞑り、あたかも技を掛け合った末に混乱したかのように振る舞ったのさ。
 ふふっ、彼女は名女優なんだ」

ストライクがリザードンの元へ、悠然と歩み寄っていく。
ラプラスの"サイコキネシス"は"封印"された。
サヤが解放される見込みはなく、胸に抱かれたケーシィは幼すぎる。
"テレポート"の連続使用可能特性は、熟練のポケモンにはまだ通用しない。
サーナイトのような強力無比な技との連携があって初めて、"テレポート"は生きる。
これ以上戦いを長引かせる方法は、最早どこを探しても見つからないように思えた。

「弱いな。これが『最強』か?
 これが僕の期待していた『サトシ』なのか?」

金髪の手がサヤの体をまさぐる。
サヤの表情が、嫌悪と恥辱に歪んだ。

「君も失望だろう?
 サトシが囚われの君を救うこともできない、
 情けないポケモントレーナーだったことが証明されて」
「そんなことない!サトシは……あなたよりも強いわ!」
「面白いことを言うね。僕も、ポケモンも、まだ本気を出していない。
 それでも君は、まだ同じことが言えるのかい?」
「何度だって言うわ。サトシは、あなたなんかよりもずっと強いのよ。
 わたしの先生は、誰にも負けないんだから。
 ねえサトシ、わたしのことは気にしなくていいわ。……だから、全力で戦って!」
「おやおや、恋は盲目だ。このお嬢さんは君が全力を出せば、僕に勝てると思っている!」

金髪は高笑いし、しかし思い当たる節があったのか、

「ピカチュウを出せ」
「…………」
「どうした?
 君が表で活躍していた時代、最強のパートナーとして名を馳せた、あのピカチュウがいるだろう?
 そういえば、任務では一度も見たことが無かったな。
 出し惜しみせずに、さっさとしろよ。さもなくばリザードンの首が胴体とお別れの挨拶をすることになるぜ」
「………」
「これは脅しじゃない、命令……何がおかしい?」

身の置かれている状況を忘れて、笑ってしまう。

「気にしないでくれ。ただ、懐かしかったんだ」
「何を言ってるんだ、君は?」

金髪の笑みが、気味が悪いものを見るような表情に変わる。
そう、ただ俺は、束の間の懐古に浸っていただけだった。

『ピカチュウを出せ!』
『お前の電気鼠と戦いたい』
『あなたのピカチュウと、手合わせさせてくれませんか』

ポケモントレーナーになって、そこそこ名が知られた頃。
旅路の野良試合で、何度、ピカチュウの召還をせがまれたことだろう?
俺とピカチュウは、ふたつでひとつの存在だった。一心同体だった。
それが、今では……。

「もう、いないんだ」
「何だって?」
「言葉の通りだ。もう、ピカチュウは、いない」
「なんだ、……死んだのか?」

金髪の笑みが復元する。
サヤは唇を噛み、必死に感情を押し殺しているようだった。
では俺は今、どんな表情をしているんだろう。

「それならそう、早く言え。要らない期待をさせるな」

金髪は左手の腕時計をわざとらしく眺め、

「時間はたっぷりあるが、無駄遣いはしたくない。
 僕が君よりも強いことを証明できた今、君を生かしておく意味はどこにもないんだ」
メタモンが盛り上がり、カレンの姿をものの数秒で再現する。
贋物のカレン両手では艶やかに髪をかき上げ、厚ぼったい唇を動かした。
声は伴っていないが、こう読み取れた。

――シネ――

金髪はどこまでも演出に拘泥した。
その性質が、本人曰く"芸術的な"計画を失敗に導くとも知らずに。

それから、濃密な五秒が流れた。
最初に小気味よい音が鳴った。その音の出自は、ポケモントレーナーなら誰もが知っている。
ボールが、アタッチメントから外れる音。
ケーシィはサヤの胸に抱かれたまま、ずっと足で、サヤのベルトに装着されたボールを探していた。
"念力"は対象を視認するか、正確に対象の位置を把握する必要がある。
はじき飛ばされたボールが宙を舞う。
「"鎌鼬"」金髪がストライクに指示した。
「ダメっ!」サヤがケーシィを制止した。
前者は従い、後者は逆らった。
そのときのケーシィが何を思って行動したのか、今となっては知ることができない。
ボールを抱えて安全地帯に逃れようとしたのかもしれないし、
"念力"では加減がつかめない開閉スイッチを手動で作動させようとしたのかもしれない。
ぱっ、と赤い花が開いた――としか形容できない光景がそこに生まれた。
結果として、ケーシィは胴の半分を断たれながら、ボールが破壊されるのを防いだ。
赤一色に染まったボールが、中空で展開される。
ケーシィの体はヘルガーと入れ替わるようにして、草むらに消えた。
サヤは絶叫した。

「撃って!!」

金髪の顔が凍りついた。
狙い澄まされた紫の炎が駆け抜ける。
金髪は咄嗟にサヤを突き飛ばした。
サヤの長い髪は、毛先から肩口にかけてを焼失した。
金髪の右手は、一瞬の躊躇いが災いし、おぞましい火傷を負った。

「うぁ、ああ、あああああああ!!!!!!」

金切り声が木霊する。
金髪は眼球が飛び出しそうなほどに目を見開き、
荒い呼吸を繰り返しながら、右手の激痛を堪えていた。

「サトシ!ケーシィが、ケーシィが……はやくポケモンセンターに連れていかなくちゃ……!」

サヤは目に涙を浮かべながら、草むらに消えたケーシィを探している。
阿鼻叫喚の絵図の中、情動を殺し、第六感を研ぎ澄ませた。
ケーシィの犠牲によって、サヤは金髪から距離を取った。
ヘルガーが召還された以上、再び人質にされる心配はない。もはや時間稼ぎは必要ない。
金髪を無力化することだけに全力を注げばいい。

「サヤ、ヘルガーを正面に置いて、下がっていてくれ」
「いやよ!あの子を放っておくことなんて、できない!
 サトシを一人で戦わせたりもしない!
 わたしもヘルガーと一緒に戦って、」
「下がれ。ケーシィのことは諦めろ。あいつの相手は俺がする。
 今のサヤは、足手まといだ」
「っ……」

サヤを傷つけない言い方を考えている時間は無かった。
集中力を限界まで高めていく。
無数に散在する匿名の精神波から敵性のそれを抽出し、監視下に置く。
感覚共有は、進化する。

「はぁ……ああっ……僕の体を傷つけたな……!!
 よくも、よくもよくもよくもよくも……許さない……許さないぞ……!!
 首を切り取れ、ストライク! 動きを封じて嬲り殺せ、サーナイト!」

指示を受けるまでもなく、ストライクは"剣の舞"を終えていた。
サーナイトの瞳が赤く光り、ラプラスの体が青白く光る。
大幅に攻撃力を増した"切り裂く"。
"サイコキネシス"による行動制限と追撃。
しかし現実は、金髪の願望とは真逆の様相を呈していた。
リザードンは振り下ろされた大鎌の付け根をつかみ、
起き上がりざま、尻尾でストライクを真横から薙ぎ倒した。

「どうし……て……」

金髪の呟きに、氷像と化した抱擁ポケモンは沈黙で答えた。
「ありえない……ありえないありえないありえないありえないっ!!」
「サーナイトは自滅したんだ」
「まさか――ベクトル変換?いや、違う、そんなことは不可能だ!」
「理論上は、の話だろう?」
「即興で組み立てる"サイコキネシス"のアルゴリズムを解析したのか、君のラプラスは……!?」

解析とは、勘違いも甚だしい。
サーナイトがアルゴリズムを組んだ瞬間に、ラプラスはそれを知っていた。
座標を微細のPKで弄るだけで、サーナイトのPKは自身に働き、"冷凍ビーム"の良い的になった。

「戻れ、サーナイト!退け、ストライク!」

閃光。サーナイトが格納され、入れ違いにボールが宙を舞う。
金髪の表情が、崩壊の瀬戸際で均衡を保つ。
火傷を負った右腕を脱力して、金髪は言った。

「ふふっ、いいだろう……これが君の本気か。
 なら僕も、とっておきの僕を見せてあげる。行け、カブトプス!」