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「……マサラタウン?」 「あっ、今バカにしたでしょう」 「し、してないしてない」 「絶対にした。顔に書いてあるわ」 憤慨とサンドイッチで頬を膨らませながら、女は言った。 「わたしだって分かってるわ。  わたしの故郷がドが三つくらいつく田舎だってことくらい。  都会人のあなたからしたら、なおさらよね」 墓穴を掘ってしまったことを、青年は後悔した。 自然が豊かなところだよね、となどの当たり障りのないセリフは、十中八九、火に油を注ぐ結果になる。 青年は失態のフォローを諦め、 「あっちでは、何をしていたんだい?」 「大学生よ。けど、今は休学中」 「休学中?」 オウム返しに尋ねた青年に、女は用意していたかのような流暢さで理由を語った。 「進路をどうするか、迷ってるの。  わたしは考古学を専攻していたんだけど、最近、熱が入らなくて、  一生を費やす対象は、もっと別のところにあるんじゃないか、って気がして……」 「自分探しの旅をしてるってわけか」 「そういうこと」 悪い見方をすれば、勉強もせずに遊び回っている、と言えるが。 「よくご両親が許可してくれたね」 何気なく言った言葉に、女の表情が曇った。 「誰の許可ももらってない。  わたし、あっちでは一人暮らしだったから」 この年で一人暮らしとは、何かしらの事情があるのだろう。 最悪、両親とは死別しているのかもしれない。 とすると、学費は遺産から捻出しているのだろうか。 いくつかの臆測が脳裏を過ぎったが、 それを確かめられるほど、青年は彼女と親密ではなかった。 「ごめん……さっきから俺、君に失礼なことばかり言ってる気がする」 「ホントね」と女は笑った。 ここで「ううん、そんなことないよ」と取り繕わないところが、彼女の魅力だと思った。 「ねえ、あなたは何をしている人なの?」 「俺も君と同じ、大学生だよ。といっても、今年で卒業だけど」 「なんて大学?」 「タマムシ大学」 と青年が答えた瞬間、女はあんぐりと大口を開けた。 彼が通っているタマムシ大学は、この国における最高学府の一つであり、 天才、秀才と呼ばれる人種の中でも、さらに選りすぐりの者しか入学できないことで有名だった。 「すごい」を連呼する女に、青年は周囲の人目を気にしながら、 「この街じゃ、そう珍しい人間でもないよ」 「それでも、あなたの頭が物凄く賢いことには変わりないじゃない。  ねえねえ、あなたの専攻は?」 「ポケモン進化系統学」 「ポケモンしんかけいとうがく?」 青年は女にも分かるように、手近にあったアンケート用紙の裏面に書き表した。 「ふうん、ポケモンの進化について研究してるのね?」 「一応言っておくけど、俺の研究している"進化"は、  例えば君のドードーがドードリオになるような"進化"じゃないからね」 女の頭の上に、クエスチョンマークが浮かぶ。やはり齟齬があったようだ。 「君が想像している"進化"は、正確に言うと、"変態"だ。  あーっと、変態の意味は分かるよね?変質者のほうじゃなくて……」 「それくらい分かるわよ。続けて」 「それで、俺の研究している"進化"は、  生物が環境の変化に適応するために、代を重ねるごとに、  少しずつ遺伝子情報を更新していく"進化"のほうなんだ」 世間ではまだまだ、"進化"というとポケモンの"変態"を想像する人が圧倒的に多い。 常識を大多数の共通認識と定義するなら、 度重なる誤用で元来の意味を書き換えられた熟語のように、 "進化"が"変態"を包括した言葉になる日も、そう遠くはないのかもしれない。 閑話休題。 「最近の学説で主流なのは、現代に化石が残らないほどの大昔、ポケモンの種類はもっと少なかったという説でね。  今俺たちが目にしているポケモンや、これから見つかるポケモンは、  原初のポケモンが生息環境に合わせて、分岐進化したものだと言われている。  もちろん、中には変化に適応できず、めっきりその数を減らしてしまった種族もいる」 「例えば?」 「現代で、伝説ポケモンと呼ばれている種族だよ。  彼らも昔は当たり前のように群れを成して、この星を跋扈していたはずなんだ」 「証拠はあるの?」 「歴とした証拠はないけど……。  つい最近、オレンジ諸島のアーシア島近辺でファイヤーが確認されたニュースを知らない?  この個体は、グレン島の火口に生息しているファイヤーとは別の個体である可能性が極めて高い。  でも、それは先の学説に当て嵌めれば、当たり前のことなんだ。  彼らが遠い昔、広い地域に分布していたとすればね」 「ふぅん……」 「俺は、原初のポケモンが生きていた世界を見てみたいんだ。  今を生きる人間にできることは、精々、今を生きるポケモンがどんな進化をしてきたか調べて、過去の姿を想像することくらいだから。  タイムマシンがあれば、ってよく思うよ。  そうすれば真っ先に過去に戻って、原初の時代をこの目で確かめられるのに……あ、ごめん。さっきから俺ばっかり喋ってるね」 「ううん、気にしないで。  あなたの話は面白いし……それに、そういう話をしているときのあなた、とっても楽しそうだもの」 真っ直ぐに言われて、青年は体が熱くなるのを感じた。 こんなことを言われたのは初めてだった。 友人に紹介された女の子は、彼の話を聞くと、押し並べて髪を整え、あくびをし、窓の外を眺めた。 「退屈」の無言の訴えに、青年は落ち込んだものだ。 彼の趣味と一緒に、彼の人間性まで一緒に否定されたような気がして……。 「よお。探したぜ」 肩に振動を感じて振り向くと、テーブルの横に若い男が立っていた。 年の頃は青年と同じで、色白の肌に細い眉、 切れ長な瞳は涼しげな印象を見る者に与え、中性的な顔立ちは二枚目と呼ぶに相応しい。 彼は青年の親友であり、大木戸博士の息子にあたる人物である。 青年と学部は違うものの、歴としたタマムシ大学の学生であり、 女性に不自由しない彼を見ていると、青年は"天は人に二物を与える"ことを確信する。 親友は女の顔をまじまじと見つめ、 「君、コイツとどんな関係?」 と勝手に会話を始めてしまった。 「わたしはさっき、面倒ごとに巻き込まれていたところを、この人に助けてもらったの。  タマムシの人間じゃないわよ。マサラタウンから来たの」 「だと思った。  君みたいな美人がタマムシに住んでいたら、俺が見過ごしているはずがない」 「まあ」 ちょっと待て、と青年は親友の脇腹を肘で突いた。 挨拶代わりに殺し文句を吐くんじゃない。 「あなたは?」 「痛てて……俺はコイツのダチだよ。  ちょいと話があって、大学に姿が見えないから、散歩がてら街中を探してたのさ」 「そう、お友達……それじゃあ、わたしは邪魔ね」 女は代金をテーブルの上に置くと、青年に向き直って言った。 「サンドイッチ、とても美味しかったわ。  悪い人たちから助けてくれて、素敵なお店を教えてくれて、ありがとう」 「いや、そんな、俺は何も……」 「さよなら」 再びあの、華やぐ笑みを見せて、女は喫茶店の出口に向かった。 ぼうっとその光景を眺めていた青年の肩を、親友が「さっきの肘鉄のお返しだ」とばかりに力強く叩く。 「追いかけろよ。あんな優良物件、滅多にいないぜ」 「誰のせいで彼女に気を遣わせたと思ってるんだ」 「細かいことはいいだろ。見失う前に、どうするか決めろよ。  十秒以内に煮え切らないんなら、俺がもらうぞ」 冗談じゃない。 青年は席を立った。親友は悪戯っぽい笑顔で青年を見送った。 さっきの言葉が本当でないことくらい、長い付き合いだ、分かっている。 それでも焚付けられてしまうあたり、俺は乗せられやすい性格なのか、それとも、本格的に彼女に魅入られ始めているのか。 青年は喫茶店を飛び出し、ドードーの背に乗りかけていた彼女に近づいた。 声をかけようとして、青年は彼女の名前さえ聞いていなかったことに気がついた。 「待ってくれ」 女は振り向き、青年の行動を咎めるような口調で、 「あなたのお友達は?お話があるんじゃなかったの?」 「あいつのことはどうだっていいんだ。話もどうせ、大した用事じゃない。  ところで、君は観光目的でこの街に来たんだったよね」 「ええ、そうだけど……」 青年は乾いた唇を舐めて、切り出した。 「タマムシは、広くて複雑な街だ。  一人で見て回るのは骨が折れるし、非効率極まりない行程になると思う……。  その、つまり、何が言いたいかというと……君にはガイドが必要で、俺がそのガイドになるっていうのはどうかな」 馬鹿なことを喋っている、という自覚はあった。 青年の親友ならきっと「遊びに行こう」の一言で済ませているところだ。 果たして女はかぶりを振って、 「とても魅力的な提案ね。でも、今日は遠慮しておくわ」 青年はがっくりと肩を落とした。 俺は調子に乗っていた。 恩に着せて昼飯に誘い、退屈な話に「面白い」と言わせて、彼女も楽しんでいると自分勝手に錯覚していたのだ。 「明日、お願いできるかしら」 「……えっ?」 「街を案内してくれるんでしょう?  今日は疲れたから、ホテルで休ませて。  明日の待ち合わせ場所は、そうね、この喫茶店でいいかしら」 「あ、ああ」 歓喜を噛みしめながら、青年は尋ねた。 「君の名前は?」 「あら、言っていなかったかしら」 「うん。だって、君も俺の名前を知らないだろう?」 二人は笑い、青年、彼女の順に名乗った。 ドードーが走り去ってから、青年は今し方知った彼女の名前を呟いた。 ハナコ――花のような笑顔を浮かべる彼女に、ぴったりの名前だと思った。

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