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「――で、これをもらったんだよ」 青年は青年の親友に、サカキの名刺を見せた。 「これ本物か?だったらスゲーよ!マジですげー!」 青年は思わず声を上げた親友の頭をはたく。 「静かにしろよ。病院だぞ」 ここはタマムシ大学病院の待合室。 ハナコは形成外科で、ライチュウやオコリザルはポケモン科でそれぞれ診察を受けている。 待合室は傷病を患った人やポケモンでごったがえしていた。 昨今のポケモントレーナー、ブリーダーの増加に伴い、 ポケモン科を受診するポケモンの数も増加しており、 ポケモンの治療を主な業務とする総合施設「ポケモンセンター」の創設が検討されている。 モンスターボール内のポケモンの自己治癒力を促進させる技術は、 ほぼ実用段階にあると大木戸博士が話していた。 「……お前、サカキとやりあって、よく生きて帰れたな」 生き霊を見るような目で見てくる親友。 青年は尋ねた。 「なんでサカキのことを知ってるんだ?」 「タマムシの地下事情に詳しい知り合いがいてさ。そいつが教えてくれたんだよ。  いいか、サカキってのは、タマムシの裏を仕切ってるロケット団幹部候補だ。  それもただの幹部候補じゃない。今の団長の一人息子って噂もある。  相当な切れ者で、特にポケモンを使った暴力の腕にかけては、右に出る者がいないらしいぜ」 「…………」 青年は先ほどのバトルを思い出し、ごくりと生唾を飲み込んだ。 暴力に秀でたポケモンを統べる黒ずくめの男、サカキ。 年の頃は、青年と同じか、青年よりも少し年上だったように見えたが、潜ってきた修羅場の数がそもそも桁違いなのだろう。 もしもあのとき、誤解が解けていなかったら――今頃、青年は待合室ではなく、治療室のベッドに横たわっていたかもしれない。 「でも、根っからの悪人には見えなかったんだよな」 「はぁ?」 「俺たちを襲ったのも、元はといえば子分の暴走族に焚付けられたからだし、  俺が暴走族の縄張りを荒らしたのが暴走族の嘘だと分かったら、一つ貸しにしてくれたしね」 「……ま、経緯はどうあれ、お前はロケット団と繋がりをもっちまったわけだ。  両手に輪っぱかけられたときは、面会くらいには行ってやるよ、相棒」 「どうして俺が捕まらなくちゃいけないんだよ」 軽口を叩き合っていると、処置室からハナコが出てきた。 左手に巻かれた包帯が痛々しい。 「大丈夫だった?」 と青年が訊くと、ハナコは左手を隠すようにして、相好を崩した。 「ええ、大した怪我じゃないもの。オコリザルとライチュウは?」 「ああ、もうそろそろ……」 ちょうどそのとき、院内のアナウンスがハナコと青年の名を呼んだ。 三人は連れだって受付に向かった。ハナコと青年は精算を済ませ、薬とボールを受け取った。 大学病院からハナコの宿までの道すがら、青年の親友が、青年の脇腹を小突きながら言った。 「ハナコちゃんはもっとこいつに怒ったほうがいいぜ。  サカキのポケモンや暴走族ごと、眠り粉を浴びせかけられたんだろう?」 「あはは、ホントにそうね。あんなに強烈な眠気に襲われたのは初めてだったわ」 ハナコは悪戯っぽく笑み、青年の顔を覗き込む。 青年は視線を空に逃がし、 「サカキのポケモンは、文句なしに強かった。ああするしかなかったんだよ。  でも、ハナコが目を覚まして、サカキの意識を逸らしてくれなかったら、確実にやられてた。  ハナコには感謝してる」 「どういたしまして。でも、そもそもあなたが来てくれなかったら、どうしようもなかったわ」 「怪我……本当にごめん」 「いいのよ。気にしないで」 青年の親友が言った。 「タマムシに来て早々、暴走族に絡まれて、今度はロケット団に襲われるなんて、  ハナコちゃんも災難だよな」 「ふふ、この街の治安はどうなってるのかしらね」 「美人税と思えばいい」 「美人税……?」 「ハナコちゃんみたいに可愛くて美人な女の子が、  普通の人間よりちょっと人生で被らなくちゃならない迷惑のことさ」 「お世辞が上手いのね」 ハナコは一頻り笑ってから、 「でも――災難ばかりじゃなかったわ」 青年のほうを見つめた。青年の親友は両手を肩の高さに挙げて、 「ま、二度も窮地を救われちゃ、そうなるわな」 などと呟いていた。 繁華街の近くで、親友は「お使いは任せろ」と言い残し、夕暮れの街に消えていった。 明日、親友は朝一でヤマブキに飛び、ナンパに繰り出すついでに、書類を提出してきてくれるだろう。 ハナコの宿に到着すると、青年がハナコに言った。 「明日はどうする?大事をとって、俺だけで面会しようか?」 「わたしも行くわ」 意思の強そうな響きに、体調を慮る言葉は余計だと思った。 思わぬ横槍が入ったが、明日からはまた、ハナコの父の手がかりとなる情報の聞き込みを再開する。 「分かった。それじゃあ、また明日……」 「ねえ、ちょっと待って。わたし、聞きそびれていたんだけど、あなたはどこに住んでるの?」 「大学近くのアパートだよ」 「一人暮らし?」 「うん」 「ご両親は?」 無垢な問いかけだった。青年は答えた。 「いないよ。二人とも」 「えっ」 「俺がうんと小さな頃に亡くなったんだ。  父方の叔父夫婦が、俺を引き取ってくれた。  本当に良い人たちで、息子同然に育ててくれたよ」 しかも叔父夫婦は青年が成人するまで援助を続けると言ってくれた。 しかし両親の遺産がそっくりそのまま残されていると知り、 青年はタマムシ大学入学を機に、独立を決意した。 叔父夫婦はタマムシから少し離れた町に暮らしていて、たまに顔を見せに訪れている。 「その……ご両親はどうして?」 「ポケモンに襲われて。――タウンという名前を聞いたことはない?」 「……あるわ。スクールで習った」 ハナコの声は震えていた。 それは歴史上でもっとも新しい、野生ポケモンの大群に襲撃された町の名として有名だった。 十七年前、野生ポケモンの津波にのみ込まれて、出来て間もない町が一つ消えた。 警鐘が鳴り響いた夜、両親は幼い青年に別れを告げ、町の警備隊に加わった。 逃げる間も、近くの町からの応援を待つ間もなかった。 全てが終わるまで、青年は自宅の二階で、わけも分からず震えていた。 両親は遺骸の欠片さえ見つからなかった。 人類にとって生活領域を広げる行為は、まさに命がけだった。 野生ポケモンの住処を奪う形で作られた町は、常に存亡の危機にさらされていた。 状況が変わったのは、モンスターボールが普及してからだ。 それも長い人類史から見れば、つい最近の出来事である。 「あなたは、ポケモンを恨まなかったの?」 「恨んだよ。最初はね。  でも、親父も開拓者の一人として、たくさんポケモンを殺してた。  叔父からそれを聞いてからは、自然の摂理として、  両親が死んだのも仕方ないって思うようになったんだ。  殺の報殺の縁、とも言うしね」 親父やお袋を殺したポケモンは、人間に住処を奪われ、家族を殺されたポケモンだ。 殺しているのだから、殺されもする。 今でこそ人間とポケモンは密接な関係を築いているが、 振り向けば、そこには血生臭い歴史が、脈々と連なっている。 「ごめんなさい」 「ハナコが気にすることは……」 「違うの。わたし、あなたの生い立ちも知らないで、  まだお父さんが死んでると決まったわけでもないのに、泣き言ばかり言って……。  そんな自分が情けなくなったの」 「バカだなぁ」 青年は悄げるハナコの頭に手を置いた。 バカってなによ、と見上げるハナコ。 「俺は、父親が生きている可能性が残ってるだけマシだ、なんて思ったことは一度もない。それに、俺はこう思うんだ。両親との思い出がほとんどない俺と違って、ハナコはお父さんとの思い出がたくさんある。その分、ハナコがお父さんのことで必死になるのは当たり前のことだよ」 「わたし、お父さんとの思い出なんて……」 この期に及んで父親への思いを隠すハナコの姿が、なんだか微笑ましい。 が、青年はその数瞬後に、慌ててハナコの頭から手をどかして、距離を取った。 何を気安く頭を撫でているんだ、俺は。 「暗くなる前に、宿に帰ったほうがいい。今日は色々あって疲れただろうし」 「そうね……そうする。それじゃあ、また明日ね」 二人は名残惜しげに視線を交わし、帰路についた。 青年のオコリザルだけが、彼の腰についたボールの中から、 何度も振り返っては青年を見送るハナコの姿に気がついていた。

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