中欧内戦 (協定ー帝國内戦)

中欧内戦

中欧内戦とは、ヴィクセン帝國とオーデル=アドリア協定との間で起こった一連の軍事衝突、事実上の内戦を指す。
結果的にヴィクセン帝國は敗北を喫したものの、
近年では珍しく捕虜に対して、また支配地域の市民に対しての蛮行が確認されなかった国際法の守られた戦争でもあった。
一方で国内での損失も少なくは無く、
民需工場や送電施設等の生活に不可欠な施設、設備は未だに復旧されない地域もある。

中欧内戦
戦争:中欧内戦(ヴィクセン=オーデル=アドリア戦争)
年月日:20xx年〜20xx年
場所:中欧付近・帝國及び協定領内
結果:協定側の勝利、帝國側の敗北
交戦勢力
ヴィクセン帝國 約320000→324000 オーデル=アドリア協定臨時政府 約380000→438000
フィッシュアンドチップス及び北マイケル王国 水上支援艦隊・陸上部隊50000 アルビオン社会主義共和連邦
神聖ペルシア=オスマン大イスラーム二重帝国 セツァーリーゼン社会主義共和国連邦
国家社会主義ハプスブルク=ウィンザー朝エーデルシュタイアーラント=ルートヴェリア帝国 水上支援艦隊・航空機723機・陸上部隊40000 ダグラス合衆国
暁月共和国 水上支援艦隊
ユーラニア連邦共和国 航空機704機

指導者・指揮官
ヴィルヘルドⅠ世(ヴ) フリッツ=クルーゲ=フォン=アウエルト=ビスマルク(オ=ア)

年表(時系列)


WMC暦2020年8月9日 協定は帝國から離叛し臨時政府を設立
WMC暦2020年8月10日 協定構成国は帝國領内の自軍部隊を回収、その後一部の構成国を除き帝國に対して宣戦布告した
WMC暦2020年X月X日 第一次北ポーランドの戦い(協定側呼称ランツフ作戦) 協定側の第一次攻勢は両軍甚大な被害を受け協定の敗北で終結
WMC暦2020年X月X日 ルブリン攻防戦 帝國はルブリン公国に侵攻、一週間の絶え間無い攻勢によりルブリンは降伏
WMC暦2020年X月X日 第二次北ポーランドの戦い 協定は攻勢に南方からの援軍を加え再度帝國を攻撃。この攻撃により北ポーランドの帝國軍は壊滅しワルシャワは奪還される
WMC暦2021年X月X日 ポズナニ=クラクフ攻勢 協定はポーランド方面の軍を重要都市ポズナニ・クラクフ付近に集結、協定軍は次々にポーランドを解放。戦闘終結まで数ヶ月もの月日を要したが、帝國第3、第4軍は瓦解し、ポーランドでの協定勢力圏は確立される}
WMC暦2021年X月X日 ボヘミア攻略戦 帝國は第1、第2軍によりボヘミア地方へ攻勢を開始。この攻勢は油断したボヘミア軍団を粉砕しチェコは帝國軍の勢力圏となる
WMC暦2021年X月X日 ケーニヒグレーツ決戦 チェコをほぼ完全に占領した帝國軍は、ほぼ全軍をケーニヒグレーツに集結。数的には圧倒的不利な帝國はおよそ2倍近くの協定軍を破り再びポーランド領内に侵攻}}
WMC暦2021年X月X日 モラヴィア侵攻 協定はポーランド領内に深く侵攻した帝國軍の伸び切った補給線を遮断し包囲。帝國軍の命運は尽き、ポーランド方面軍同様降伏
WMC暦2025年X月X日 シュタウファーブルグ攻防戦 クリスマス5日前、協定は最早抵抗力の無い帝國領を占領し帝都攻防戦が発生。しかし、皇帝の命によりほぼ無抵抗で帝都守備隊は降伏

ここに中欧内戦は集結した。 …偶然にも終戦日はクリスマスであった…。