323 名前: 774RR [sage] 投稿日: 2008/04/12(土) 22:20:48 ID:esXWuDJe
今話題になっている道路維持財源の話じゃないけれど、
以前はその潤沢な中央のお宝にものを言わせて地方でもザブザブ公共道路工事が繰り返されていた時代があった。
これはそんな懐かしくもバブリーな当時のひとコマなんだけど、週末の寝物語にどうか聞いてやって欲しいな。
かつては我が故郷のド田舎もご多分に漏れず雨後の筍並みの勢いで、どこもかしこも道路建設ラッシュの嵐。
つい先日まで砂塵まみれだった農道がいつの間にやらアスファルトに換装されてる
ってな光景が本当に日常茶飯事だったものだ。
長閑な田舎の砂利道が小綺麗な舗装路へと変貌を遂げてゆく展開に一抹の寂しさを覚えながらも、
その頃のおれはそうした出来たてのバージン・ウェイを選んで流すのが好きだった。
その日もおれは、市の郊外から県境方面へと新たに延伸された整備道路上で長年の旧友であるヤマハの御大・SR400を走らせていたもんだったさ。
盛夏の日差しを浴びて路上から立ちこめる真新しいアスコン臭には閉口したものの、
それに勝る開放感からかスピードメーターの針は気付かぬうちにぐんぐん右寄りへの弧を描いてゆく。
「あれ?」
だらしなく続く緩いカーブを何度曲がった頃だったろうか、山並みの絶景から視線を切ってふと前方を見やったおれの目は、
距離もさほど離れてはいない先の路上にいたいけな子供の姿を捉えたのである。
ちょっと見、小学校中学年ぐらいの女の子が、あろう事か路側帯からはるかにはみ出した車道の地べたにちょこんと座っているじゃないか。
「うわ、轢いちまう?ダメだよやばい!」
咄嗟に彼女を避けようとステアを切りながらのブレーキング。同排気量の単車群中でも抜きん出たノロさを誇るSRとは言え、
トップスピードからの急制動はやはり厳しいものがある。リアをロックさせ悲鳴にも似た擦過音を残しつつ、
どうにか女の子の数メートル手前でおれのSRは慣性運動を止めてくれた。
「おいおい、危ないじゃないか!こんなとこに座ってると轢かれちゃうぞ」
自分の速度オーバーを棚に上げてジェッペルのバイザーを上げつつ叫んだおれを少し仰ぎ、なぜか彼女は無垢な表情でニコリと微笑む。
「だいじょうぶだもん。ここ、あっちゃんだけのばしょだから、くるまはみんなプープーならしてよけていってくれるもん」
「え?」
長めの髪をピッグテールに結い、飛行機に乗った子供のアップリケを胸に設えた可愛いデニムチュニックを身に纏う彼女、
「あっちゃん」
と言うのはおそらく彼女自身の名前なのだろう。
甲にアニメキャラの描かれた小さなサンダルの足許には、ゲーセンのUFOキャッチャーの景品よりも
もっと稚拙な出来映えの小さな猫のぬいぐるみが3体ほど転がっている。
「けどねえ、ホント危ないんだよ。こんなとこで遊んでて車とゴッツンコしたら、お父さんやお母さんに叱られちゃうぞ」
「うん。ここであそんだらダメだって、いっつもパパとママにいわれてるの。だからあっちゃんね、パパとママがいないときにここであそんでるの」
SRから降りて、しゃがみながら彼女の話に耳を傾けるおれ。微妙に噛み合わない会話を交わしながらも、
おれはその子のプロフィールを徐々にではあるが掴みかけてきた。
この道路が舗装されるはるか以前から、自宅の玄関先であるこのスペースは彼女の遊び場だった事。
そして彼女がその・・・
いわゆる軽度の「知的障害児童」であるらしいという事も。
「あっちゃんね、ほかのみんながいってるがっこうじゃなくてね、はなれたところでおべんきょうしてるの。
だけどこのこたちがいるからさびしくないんだよ」
パッチが解れかけた粗末な猫のぬいぐるみを大事そうに胸に抱き、日焼けした顔に白い歯を散らしてニコニコ笑い続けるあっちゃん。
いや、砂利道当時はスローな過積載サンバーが日に数台ぐらいしか通わなかったこの道も、
舗装化された今じゃ飛ばし屋どもがひっきりなしに攻めるスポットになりつつあるってのに・・・。
その事を理解してるのかなこの子。
「そっか。でもねあっちゃん、パパとママの言う事はちゃんと聞かなきゃな。おにいちゃんとの約束だぞ」
「うん、わかったよおじちゃん。ゆ~びき~りげ~んま~ん」
彼女と指切りしながらも、おれの心中は歯ぎしりしまくり。
『おじちゃんって、ちょ、おま・・wおれはまだ20代前半よ?確かに顔は地味だけどさあ』
SRに再び跨り キック一発、単気筒エンジンの振動が相変わらず四肢に心地よい。
「さよなら、あっちゃん。おにいちゃんとの約束、絶対守るんだよ」
「はーい。おじちゃん」
バイザーを下ろして右グリップを力任せに捻るおれ。
「だからさ、おれはおじちゃんじゃないっての!」
クロームマフラーから捻り出される野太いエキゾーストノートが、遙か上空に聳える入道雲の向こうに溶けていった。
あれほど喧しかったアブラゼミの声が鳴りを潜め、青々とした木立の緑葉が徐々に薄紅色の彩りを深めつつあるふた月後、
おれは薄曇りの中で先日と同じコースを疾走していた。
「そういや、あっちゃん元気かな?まだあんな場所で遊んでたら今度は本気で叱ってやろうか」
そろそろ肌寒さすら感じられる峠の風を身に受けながら、あっちゃんが一人遊びしていた地点へとおれは差しかかる。
アクセルを緩めながらあっちゃんの遊び場に視線を滑らすおれの目には確かに彼女の姿は映らなかった。
映らなかったんだけど・・・
「・・・・・」
あの夏の日にあっちゃんが遊んでいた場所。
そこの縁石端には、あっちゃんの代わりに垂木で拵えた真新しい百葉箱みたいなものが設置されていた。
その中には色とりどりの花々に囲まれて、彼女が可愛がっていた猫のぬいぐるみの一体が寂しげな姿で俯きながら鎮座している。
そんな百葉箱もどきの簡易な祠を目がけ、路面に刻まれたかすかな四輪のスリップ痕。
おれは全てを悟った。
「あっちゃん。約束を守ってくれなかったんだな・・・」
ギアをNに落としたSRの鞍上から、その小さな祠におれは手を合わせる。
泣くと言うよりもむしろ、寂寞としたやるせなさがだけがおれの心に渦巻いていた。
いつの間にやら小雨がぱらついてきた道路沿い。器用に涙を流す事すら出来ないおれの代わりに泣いてくれてるのかな?この空は。
「あっちゃん・・・いつかまた生まれてくる時があったら、今度はおれとの約束破ったりしちゃダメだよ。そん時はホントに針千本飲ますぞ」
それ以来、おれは分不相応なバイクの乗り方なんかしちゃいない。
バカみたいに飛ばした挙げ句、いつどこでどう間違って自分の、もしくは他人様の命を殺める事になるか判らないから。
よく後方の車からパッシングされるのが鬱陶しいけど、こいつばかりは仕方がないね。
年号が平成に変わる以前の話だよ。ここまで辛抱強く読んでくれたバイク板の皆さん、
お互いにあんまり無茶なライディングはしない様に心がけような。
それがおれと、おそらくあっちゃんとのささやかな願いだったりします。
最終更新:2009年01月18日 18:20