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- (2008/07/08 (火) 02:36:06) のソース

バーを出るなり紙を握りつぶさうとしてゐた熊井を、背後から特徴ある聲が呼びとめた。 
「待つて、ごめんなさい」 
振り向く熊井。桃子が必死の形相で驅けてくる。 
あまりにも急ぎ過ぎるから、桃子はつんのめつて轉んだ。 
助け起こす熊井。桃子は尚も縋りついた。 
「どうしたの?」 
「怒らないで聞いて下さいね」 
さう斷つたのち、息を整へつゝ桃子は説明を始めた。 
「わたし、本當は會社員なんかぢやないんです。全部、仕組んだことで……その、 
實はクラブに勤めてるんですが、水商賣の人間とはお會ひしてゐただけないんぢやないかと 
思つて、常連の有原さんに協力していたゞいたんです」 
「有原が常連?」 
「いつも中島さんとご一緖に來店されます」 
「ふうん。それで、どうして會ひたいと?」 
「中島さんの?帶にくまゐちよー、いへ、熊井さんが寫つてゐるお寫眞を拜見して、 
その、ひ、ひとめぼれ、を……奧さまがいらつしやることはわかつてゐますし、 
たゞお顏を直接拜見してみたかつただけだつたんです。 
でもやつぱり騙してゐるのには變はらなくて。本當にごめんなさい」 
「さう。本當のことを話してくれてありがたう」 
素つ氣なく返事をすると、熊井は捕まへたタクシィへ乘り込まうとしたが、 
不意に橫から張り出して來た桃子の脣は避けきれなかつた。 
尖りのある眞に迫つた感觸が、熊井の神經を隙間から刺戟した。 
「困るよ」 
熊井は、動搖を隱せないまゝ、桃子を振り切るやうにタクシィを發車させた。 
あとで桃子の連絡先を記した紙を捨て忘れたことに氣づいたので、車の?から投げてやつた。 
丸めた紙は、一瞬だけ螺旋を描いて舞ひ上がり、道路を跳ねていつた。