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    <title>ヨネカンの歴史を辿る鉄道</title>
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    <description>ヨネカンの歴史を辿る鉄道</description>

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    <title>旧線跡・大阪駅～吹田駅間</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/17.html</link>
    <description>
      &amp;size(18){&amp;color(#8b4513){&#039;&#039;大阪駅～吹田駅の旧線を歩きます。&#039;&#039;}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){実はこの区間は現状と大きく違いがあります、しかし、大阪駅付近から淀川橋梁までは現在とほぼ同じ区間を通っていました。}}
&amp;blankimg(IMGP0729.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){大阪市北区本庄西3丁目にある「まんぽ」です、現在この区間は三複線になっていますが、その東側には補強されレンガ部分を白塗りされた、開通時のレンガ造りの構造物が残っています。(写真①)}}

&amp;blankimg(IMGP0734.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){西側はトンネルを延長したために角の一部だけレンガが顔を出しています。(写真②)}}

&amp;blankimg(IMGP0713.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){淀川橋梁手前の道路沿いにはレンガ造りの橋台が残っています。(写真③)}}

&amp;blankimg(IMGP0718.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){淀川橋梁の大阪駅寄り第一橋脚はレンガ造りのままです、また、2番目の橋脚以降はレンガ造りの橋脚をコンクリート補強しているようです。(写真④)}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){淀川橋梁の大阪駅寄り第一橋脚は近づいて見るとたいへん特徴が有ります。}}
&amp;blankimg(IMGP0727.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){橋脚の下に半円形のデザインとその下に円弧の空洞があるのです。(写真④-1)}}

&amp;blankimg(IMGP0724.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){橋脚の下をよく見ると、石積みの円形ウェルの上に橋脚が乗っています。(写真④-2)}}

&amp;blankimg(IMGP0721.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){この橋脚の上に乗っている鉄橋も古い物のようです、はっきりとは読み取れませんが１８９０年代の外国製のようです、この鉄橋から考えるとこの石積み橋脚は１８９９年の複線化工事により築かれた橋脚のように思います。。(写真④-3)}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){淀川橋梁を渡り切ると現行線は北上しますが、開通時の東海道本線は北東へ曲がっていました。}}（下図参照。）
&amp;blankimg(img124.jpg,width=400,height=280)
#right(){&amp;italic(){この地図は明治44年の地形図です。}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){この地図をよく見てみると、現・阪急電鉄は梅田から中津、十三を通って三国の方に延びていますが神戸線や京都線はまだ出来ていません、そして路線名は｢箕面有馬電気鉄道」と表記されています。。}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){さらに地図の右下、桜ノ宮駅の東側は路線が二つに分かれています、北側の線路が東成線(現・環状線)で南側の線路が桜宮線(旧・関西鉄道)で現在は廃線になり住宅街になっています。}}

&amp;blankimg(IMGP1344.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){淀川橋梁の京都駅寄りの橋台は下半分がレンガ造りのままです、かさ上げした部分がコンクリートになったのか、レンガ造りの上部だけをコンクリート補強したのかは不明です。(写真⑤)}}

&amp;blankimg(IMGP1346.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){淀川橋梁を渡った旧線は青い線のように曲がっていたと思われます。(写真⑥)}}

&amp;blankimg(IMGP1348.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){さらに旧線は青い線のように曲がっていたと思われますが、果たして道路が廃線跡なのか？左側の工場や店舗が廃線跡なのか？右側の柴島浄水場の敷地内が廃線跡なのかは不明です。(写真⑦)}}

&amp;blankimg(IMGP1356.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){淀川橋梁を渡った旧線はこの付近で直線になっていたようです。(写真⑧)}}

&amp;blankimg(IMGP1361.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){この付近で現・阪急電鉄に合流しているように思います(大阪方面を見る)。(写真⑨)}}

&amp;blankimg(IMGP1359.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){上の写真(写真⑨)と同じ場所から京都方面を見る。(写真⑩)}}

&amp;blankimg(IMGP1366.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){阪急電鉄淡路駅付近で発見した石積みですが、もしかすると官営鉄道時代に積み上げられた石積みかも？知れません。(写真⑪)}}

&amp;size(20){&amp;color(#ff4400){&#039;&#039;もしかしての大発見！！&#039;&#039;}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){今まで廃線跡散策の書籍やホームページを見ていて紹介されていなかった明治時代の東海道本線の遺構を発見しました、もしかして、もうどこかで紹介されているかも知れませんが。}}
&amp;blankimg(IMGP1370.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){阪急電鉄淡路駅の京都寄りにある暗渠の下にレンガ造りの半円径の橋台が左右に2個づつ残っています。(写真⑫)}}

&amp;blankimg(IMGP1376.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){写真⑫はこの下にひっそりと鎮座しています、数年前までは川でしたので確認は出来なかったのかも知れませんが、現在は下水工事が完了し川底は駐輪場になっています。(写真⑬)}}

&amp;size(20){&amp;color(#ff4400){&#039;&#039;阪急電鉄の連続高架工事のために&#039;&#039;}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){今まで廃線跡散策の書籍やホームページで紹介されていた明治時代の東海道本線の遺構、ほとんどが土に埋まった状態でしたが。}}
&amp;blankimg(IMGP1384.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){今回の阪急電鉄連続高架工事に伴い掘り出されていました、下新庄駅の淡路方面行きホームの下にレンガ造りの「まんぽ」が残っているのです。(写真⑭)}}

&amp;blankimg(IMGP1386.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){下新庄駅の吹田寄り神崎川橋梁手前の井戸口橋梁の下にレンガ造りの橋台が残っているのです、吹田寄りの橋台は何も変哲も無いアバットですが・・・。(写真⑮)}}

&amp;blankimg(IMGP1390.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){井戸口橋梁の淡路寄りのレンガ造りの橋台は下部に半円形の掘り込みがあります、向かい合う橋台なのになぜ違いが？。(写真⑯)}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#ff00ff){&#039;&#039;ここからは明治時代の地図と現代の地図を比較して私なりにたどり着いた&#039;&#039;}}&amp;size(16){&amp;color(#ff00ff){&#039;&#039;仮説&#039;&#039;}}&amp;size(14){&amp;color(#ff00ff){&#039;&#039;です。&#039;&#039;}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#ff00ff){井戸口橋梁は北大阪電鉄時代に構築されたのでは？東海道本線が敷設された明治時代は円形ウェルと言う橋脚が主流でした、現に阪急電鉄淡路駅の下で見つけた橋脚は円形ですし、鴨川に架けられた橋梁も円形ウェルの橋脚でした（古い写真があるそうです）、神崎川橋梁も2箇所だけ円形ウェルの橋脚が残っています。}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#ff00ff){また、神崎川橋梁に見れるレンガ造りの橋脚も円形ウェルの上に載っている橋脚も北大阪電鉄時代に構築された橋脚なのでは？、残っている2箇所の円形ウェルが明治時代の橋脚で川面から１ｍ位のところに鉄橋が架かっていたのでは？堤防も現在の土地より１ｍ程の高さだったのでは？と思われます。}}

&amp;blankimg(IMGP1392.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){大阪市と吹田市の間に架かっている神崎川橋梁です、この橋脚はレンガ造りの橋脚や円形ウェルと言う基礎の上にコンクリートの橋脚を載せた橋脚や全体がコンクリートの橋脚など４種類の橋脚が残っています。(写真⑰)}}

&amp;size(24){&amp;color(#ffff00,#ff0000){&#039;&#039;ここで問題提起！！&#039;&#039;}}

&amp;space(2)&amp;size(16){&amp;color(#ff4400){&#039;&#039;このページを編集するに当たり、古地図を数種類手に入れました、古地図を深く読み解くとひとつの疑問に当たってしまいました。&#039;&#039;}}

&amp;space(2)&amp;size(16){&amp;color(#ff4400){&#039;&#039;廃線跡散策を紹介している本や資料を読んでも、廃線跡を紹介しているホームページを見ても、この神崎川橋梁に関しましては、諸説ある中「円筒形の橋脚が開業当時の物で、廃止後、北大阪電鉄（後の新京阪電鉄）の建設時には橋桁が無く、短いガーター橋を設置するために、橋脚が増やされた。」と言う説が主流です。&#039;&#039;}}

&amp;space(2)&amp;size(16){&amp;color(#ff4400){&#039;&#039;しかし、古地図を深く読み解くと異論を唱えたくなりました、東海道線が複線化後の明治４４年の古地図には橋脚のシンボルが記入されているではありませんか、また、昭和２年の古地図を良く見ると鉄橋が分断されています。&#039;&#039;}}

&amp;space(2)&amp;size(16){&amp;color(#ff4400){&#039;&#039;地図を元に私が考えた断面図と鉄橋部分の拡大した地図を参考にしてください。&#039;&#039;}}

&amp;blankimg(img008-s.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){明治44年の神崎川橋梁付近の地図を拡大してみました、この時代には東海道線は複線化されています、また、鉄橋のシンボルの横には橋脚と思われる表示があります。}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){この地図を元に神崎川橋梁の断面図を書いて見ました。}}
&amp;blankimg(img009-m.JPG,width=600,height=125)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){鉄橋を挟む様に南北に堤防状の道路があります、この道路を基準に断面図を書きましたので、以降の断面図や地図はこの道路に注目しながら見比べてください。}}

&amp;blankimg(img007-s.JPG,width=400,height=280)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){昭和2年の神崎川橋梁付近の地図を拡大してみました、この時代には北大阪電鉄（後の新京阪電鉄→阪急電鉄）が官営鉄道から払い下げになった土地を使って線路を敷設したそうです、鉄橋は明治時代と違い部分的に設置されています。}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){この地図を元に神崎川橋梁の断面図を書いて見ました。}}
&amp;blankimg(img009-t.JPG,width=600,height=125)

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){さらに現代の神崎川橋梁の断面図を書いて見ました。}}
&amp;blankimg(img009-h.JPG,width=600,height=125)
&amp;space(2)&amp;size(16){&amp;color(#ff4400){&#039;&#039;あくまでも地図を見比べていて私が感じたヒラメキの空想論です。&#039;&#039;}}

&amp;space(2)&amp;size(16){&amp;color(#ff4400){&#039;&#039;この話を突き詰めるためにはもう少し古地図を集めてみたいです、出来れば東海道線が単線時代の地図（明治9年～明治30年頃）と東海道線が新線に移され北大阪電鉄に払い下げられる前の地図（大正2年～大正8年頃）は必須です。&#039;&#039;}}


|&amp;size(16){&amp;color(#ffffff,#000000){撮影場所ご案内}}|
&amp;blankimg(img003.JPG,width=300,height=600)

#comment(below,size=60)
- 吹田の住宅街、なかなか廃線跡のイメージがわかないので困っていました、大変参考になる資料有難うございます。  -- ヨネカン  (2015-03-17 00:03:39)
- 点と点さん、ホームページ見させて頂きました、航空写真良いですね、旧線跡がはっきりする写真なのでよだれが・・・  -- ヨネカン  (2015-03-17 00:01:56)
- 有田桂一さん、レスが遅くなり申し訳ございません、淡路駅の下にも円形ウェルが隠れていますよ。  -- ヨネカン  (2015-03-16 23:54:23)
- 私のサイトを見てください。　http://katuozi.blogspot.jp/2013/09/blog-post_197.html　　下久野暗渠は現在は見ることが出来ません。他の投稿の原稿を見たいのですが！  -- 点と点  (2015-01-18 17:29:52)
- 私も吹田の国鉄の遺構を調べました。それ以外の写真がありますので頂けないでしょうか！  -- 点と点  (2015-01-18 17:26:04)
- 小川を渡るための礎石跡がありました  -- 有田桂一  (2014-06-04 18:44:32)
- 貴重な調査結果拝見致しました。本日、旧東海道線が南に分岐する、阪急吹田駅の南側をさんさくしました。  -- 有田桂一  (2014-06-04 18:42:33)
- 皆様のご意見をお待ちいたしております。  -- ヨネカン  (2012-06-30 00:13:34)    </description>
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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/21.html">
    <title>草津駅～三雲駅間</title>
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    <title>品川駅～東京駅間</title>
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    <title>廃線跡散策（官営鉄道編）</title>
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      &amp;size(18){&amp;color(#8b4513){&#039;&#039;廃線跡散策（官営鉄道編）&#039;&#039;}} 

&amp;size(14){[[東海道本線]]}

&amp;size(14){[[北陸本線]]}

&amp;size(14){[[中央本線]]}

&amp;size(14){[[山陰本線]]}

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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/15.html">
    <title>廃線跡散策（民営鉄道編）</title>
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      &amp;size(18){&amp;color(#8b4513){&#039;&#039;廃線跡散策（民営鉄道編）&#039;&#039;}} 
&amp;size(14){[[関西鉄道]]}

&amp;size(14){[[大阪鉄道]]}

&amp;size(14){[[摂津鉄道]]}

&amp;size(14){[[浪速鉄道]]}

&amp;size(14){[[阪鶴鉄道]]}

&amp;size(14){[[京都鉄道]]}

&amp;size(14){[[有馬鉄道]]}

&amp;size(14){[[伊賀軌道]]}

&amp;size(14){[[江若鉄道]]}

&amp;size(14){[[駄知鉄道]]}

&amp;size(14){[[谷汲鉄道]]}

&amp;size(14){[[笠原鉄道]]}

&amp;size(14){[[西濃鉄道]]}

&amp;size(14){[[東濃鉄道]]}

&amp;size(14){[[田口鉄道]]}    </description>
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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/24.html">
    <title>横浜駅～品川駅間</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/24.html</link>
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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/16.html">
    <title>東海道本線</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/16.html</link>
    <description>
      &amp;size(18){&amp;color(#8b4513){&#039;&#039;東海道本線とは&#039;&#039;}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){皆様ご存知の通り、東京駅から神戸駅までの５８９．５ｋｍを軌間１０６７ｍｍで国営で建設された鉄道です。}}
&amp;space(6)以降、文章中の&amp;bgcolor(#aaffb8){緑地}は関東地方、&amp;bgcolor(#d0ffff){青地}は中部地方、&amp;bgcolor(#ffe4b5){橙地}は関西地方の内容を表します、また、&amp;bgcolor(#ffcccc){赤地}は地域に関係なく短絡線の建設を表します。

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){明治５年(1872年)６月に&amp;bgcolor(#aaffb8){品川駅～横浜駅(現・桜木町駅)間が開通}したのを皮切りに、同年１０月&amp;bgcolor(#aaffb8){新橋駅(現・汐留)まで延伸}し、明治７年(1874年)５月に&amp;bgcolor(#ffe4b5){大阪駅～神戸駅間が開通}し、明治９年(1876年)&amp;bgcolor(#ffe4b5){大宮通仮停車場(現・梅小路付近)まで延伸}、翌１０年(1877年)&amp;bgcolor(#ffe4b5){京都駅まで延伸}しました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){明治１２年(1879年)&amp;bgcolor(#ffe4b5){伏見経由で大谷駅(現・京阪電鉄大谷駅付近)まで延伸}、翌１３年(1880年)&amp;color(#0000ff){&#039;&#039;逢坂山隧道&#039;&#039;}が完成し&amp;bgcolor(#ffe4b5){馬場駅(現・膳所駅)経由で大津駅(現・京阪電車浜大津駅)まで延伸}されました、大津駅まで延伸した事に伴い明治１５年(1982年)琵琶湖を使って&amp;bgcolor(#ffe4b5){鉄道連絡船(後の太湖汽船)が大津港～長浜港間に就航}し東海道本線の一部として運用される事になりました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){明治１６年(1883年)&amp;bgcolor(#ffe4b5){深谷分岐点経由で長浜駅～関ヶ原駅間が開業}、翌明治１７年(1884年)には&amp;bgcolor(#ffe4b5){大垣駅まで延伸}、東西から始まった工事も明治１９年(1886年)には中部地域の建設資材を船便で輸送後、陸揚げして輸送するために３月&amp;bgcolor(#d0ffff){武豊駅～大府駅～熱田駅間が開業}、翌４月には&amp;bgcolor(#d0ffff){清洲(現・枇杷島付近)まで延伸}、さらに５月には&amp;bgcolor(#d0ffff){一ノ宮(現・尾張一宮駅)まで延伸}し、これに伴い&amp;bgcolor(#d0ffff){名護屋駅(現・名古屋駅)が開業}、翌６月には&amp;bgcolor(#d0ffff){木曽川駅まで延伸}、明治２０年(1987年)１月&amp;bgcolor(#ffe4b5){大垣駅より加納駅(現・岐阜駅)まで延伸}、同年４月難航を極めた&amp;color(#0000ff){&#039;&#039;木曽川鉄橋&#039;&#039;}が完成し、&amp;bgcolor(#d0ffff){木曽川駅～加納駅(現・岐阜駅)が開通}、&#039;&#039;武豊駅～長浜駅間が全通&#039;&#039;しました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){同じく明治２０年(1887年)７月&amp;bgcolor(#aaffb8){横浜駅～国府津駅間が延伸開業}しました、明治２１年(1888年)には&amp;bgcolor(#d0ffff){大府駅～浜松間が延伸開業}し、これに伴い&amp;underdot(red,2px){武豊駅～大府駅間は支線}に格下げされました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){明治２２年(1889年)２月&amp;bgcolor(#aaffb8){国府津駅～沼津駅～静岡駅間が延伸開業}、&amp;underdot(blue,2px){国府津駅～沼津駅間は箱根を避けるように御殿場経由(現・御殿場線)}で建設されました、同年４月&amp;bgcolor(#aaffb8){静岡駅～浜松駅間が延伸開業}し、&#039;&#039;大津駅～長浜駅間を琵琶湖の太湖汽船を使う事ながら東京から京都、大阪、神戸まで繋がる&#039;&#039;事になりました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){同じく明治２２年(1889年)７月&amp;underdot(blue,2px){長浜駅～関ヶ原駅間}の&amp;bgcolor(#ffe4b5){深谷分岐点(後の深谷貨物駅)より長岡駅(現・近江長岡駅)を経由し馬場駅(現・膳所駅)間が延伸開業}し、&amp;underdot(blue,2px){東京の新橋駅から神戸駅間が全通(約６０６ｋｍ)}しました、これに伴い&amp;underdot(red,2px){太湖汽船の長浜港～大津港間が航路廃止、深谷分岐点～長浜駅間営業休止、馬場駅(現・膳所駅)～大津駅(現・京阪電車浜大津駅)間は貨物支線}に格下げされました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){明治２４年(1891年)１月&amp;underdot(blue,2px){深谷分岐点～長浜駅間が貨物支線として運行再開、深谷分岐点が深谷貨物駅}になる、明治３１年(1898年)&amp;bgcolor(#ffcccc){神奈川駅～程ヶ谷駅(現・保土ヶ谷駅)間に短絡線開通}、明治３２年(1899年)&amp;bgcolor(#ffcccc){関ヶ原駅～長岡駅(現・近江長岡駅)間に短絡線が開通}しました、これにより&amp;underdot(red,2px){旧線の関ヶ原駅～深谷分岐点(貨物駅)～長浜駅間と深谷分岐点(貨物駅)～長岡駅(現・近江長岡駅)間が廃止}になりました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){明治４２年(1909年)&amp;bgcolor(#aaffb8){浜松町駅～烏森駅(現・新橋駅)間が浜松町～新橋駅(現・汐留駅)間に並行するように電車線として開業}、翌４３年(1910年)６月には&amp;bgcolor(#aaffb8){有楽町駅まで延伸}、同年９月には&amp;bgcolor(#aaffb8){呉服橋駅(仮・東京駅)まで延伸}、大正３年(1914年)１２月１８日に&amp;bgcolor(#aaffb8){東京駅が完成}、これにより&amp;underdot(red,2px){呉服橋駅(仮・東京駅)～東京駅間(約３００ｍ)を廃止され、浜松町駅～新橋駅(現・汐留駅)間は貨物支線に格下げされ新橋駅は駅名を汐留駅に、烏森駅を(新)新橋駅に改名しました。}}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){大正９年(1920年)国府津駅～沼津駅間の短絡線の一環として&amp;bgcolor(#ffcccc){熱海線が国府津駅～小田原駅間で開業}、大正１０年(1921年)&amp;color(#0000ff){&#039;&#039;新逢坂山トンネル&#039;&#039;}が完成し&amp;bgcolor(#ffcccc){馬場駅(現・膳所駅)～京都駅間に短絡線が開通}、これに伴い&amp;underdot(red,2px){馬場駅(現・膳所駅)～大谷駅～稲荷駅間が廃止、稲荷駅～京都駅間は奈良線に編入}、大正１１年(1922年)&amp;bgcolor(#ffcccc){熱海線が真鶴駅まで延伸}、大正１３年(1924年)&amp;bgcolor(#ffcccc){熱海線が湯河原駅まで延伸}、翌１４年(1925年)&amp;bgcolor(#ffcccc){熱海線が熱海駅まで延伸}しました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){昭和９年(1934年)&amp;color(#0000ff){&#039;&#039;丹那トンネル&#039;&#039;}が完成し&amp;bgcolor(#ffcccc){熱海駅～沼津駅間が開業}、これにより&amp;underdot(blue,2px){熱海線の国府津駅～沼津駅間が短絡線として開通した事になり、熱海線を東海道本線に昇格}させ、&amp;underdot(red,2px){旧線の国府津駅～山北駅～御殿場駅～沼津間は東海道本線から切り離され御殿場線となりました。}}}

#right(){&amp;link_up(このページの上へ)}

&amp;size(16){&amp;color(#8b4513,#ffdd99){今も残る開通時の遺構}}
&amp;size(14){&amp;strong(){[[旧線跡・大阪駅～吹田駅間]]}}&amp;space(24)&amp;size(14){&amp;strong(){[[旧線跡・京都駅～膳所駅間]]}}

&amp;size(14){&amp;strong(){[[旧線跡・(旧)大津駅～膳所駅間]]}}&amp;space(16)&amp;size(14){&amp;strong(){[[旧線跡・米原駅～長浜駅間]]}}

&amp;size(14){&amp;strong(){[[旧線跡・長浜駅～深谷(貨)駅間]]}}&amp;space(16)&amp;size(14){&amp;strong(){[[旧線跡・深谷(貨)駅～関ヶ原駅間]]}}

&amp;size(14){&amp;strong(){[[旧線跡・近江長岡駅～深谷(貨)駅間]]}}

&amp;size(14){&amp;strong(){[[旧線跡・沼津駅～岩波間]]}}&amp;space(16)&amp;size(14){&amp;strong(){[[旧線跡・岩波駅～御殿場駅間]]}}



&amp;size(14){&amp;strong(){[[神戸駅～西宮駅間]]}}&amp;space(42)&amp;size(14){&amp;strong(){[[西宮駅～大阪駅間]]}}

&amp;size(14){&amp;strong(){[[大阪駅～高槻駅間]]}}&amp;space(42)&amp;size(14){&amp;strong(){[[高槻駅～京都駅間]]}}

&amp;size(14){&amp;strong(){[[京都駅～膳所駅間]]}}&amp;space(42)&amp;size(14){&amp;strong(){[[膳所駅～草津駅間]]}}

&amp;size(14){&amp;strong(){[[草津駅～近江八幡駅間]]}}&amp;space(32)&amp;size(14){&amp;strong(){[[近江八幡駅～米原駅間]]}}


&amp;size(14){&amp;strong(){[[焼津駅～用宗駅間]]}}

&amp;size(14){&amp;strong(){[[横浜駅～品川駅間]]}}&amp;space(42)&amp;size(14){&amp;strong(){[[品川駅～東京駅間]]}}

#right(){&amp;link_edit(text=ここを編集)}    </description>
    <dc:date>2015-03-14T17:42:26+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/1.html">
    <title>トップページ</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/1.html</link>
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      #center(){&amp;size(20){&amp;color(#00bfff){&#039;&#039;「ヨネカンの歴史を辿る鉄道」へようこそ&#039;&#039;}}}

&amp;size(16){&amp;color(#0000cd){&#039;&#039;このホームページはヨネカンが書籍やホームページ、ブログで紹介されている廃線跡や軽便鉄道、森林鉄道を自分の足で歩いてみた感想を紹介したものです。&#039;&#039;}}

　尋ねた場所によっては管理者の許可を得て入らせて頂いた場所や、自己責任で入った場所などがあります、特に現在も鉄道が営業されている場所もありますので、同じ場所に行かれる場合は不法侵入や列車運行妨害により処罰される恐れがありますのでご注意ください。

　また、同じ所に訪問して事故がおきたり、怪我をなされても当方には一切係わり合いはありません、あくまでも自己責任でお願いいたします。

&amp;size(14){&amp;color(#228855){&#039;&#039;ヨネカンの掲示板です、画像も貼り付けられますので、お気軽にコメントをお待ち致しております。&#039;&#039;}}
&amp;size(16){[[掲示板（再構築中です・・・・しばらくお待ちください）&gt;&gt;http:///]]}


&amp;size(18){&amp;color(#ff4500){現在構築中のため・・・閲覧できるのは}}
-[[古地図と現地形図の比較の仕方]]
-[[特集]]
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-[[廃線跡散策（民営鉄道編）]]
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  </item>
    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/23.html">
    <title>トンネルや暗渠、鉄橋等の部位名称</title>
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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/19.html">
    <title>古地図と現地形図の比較の仕方</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/yonekann/pages/19.html</link>
    <description>
      &amp;space(2)&amp;size(16){&amp;color(#228822){&#039;&#039;廃線跡散策には古地図を持っているととても便利です、古地図は国立図書館や府立図書館、市立図書館など古くから存在する大きな図書館に所蔵されています。&#039;&#039;}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){そこで、現在販売されている国土地理院発行の１/２５０００地形図と古地図（明治時代や大正時代は大日本帝国陸地測量部から発行、年代により１/２００００）の見方や考え方、比較の仕方をご紹介します、あくまでも私個人の考え方ですので、１００％正解とは言えません、困った時にお役に立てればと思い公開しました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){今回説明に使った地図は明治４１年測図、明治４４年製版、大日本帝国陸地測量部発行の二万分一地形図大阪近傍八号「吹田」の地図と明治４１年測量、昭和４２年改測、昭和５０年修正測量、昭和５１年国土地理院発行の１：２５０００地形図「大阪東北部」の地図です。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#666666,#99ff99){古地図}}&amp;space(100)&amp;size(14){&amp;color(#666666,#99ff99){現地形図}}
&amp;blankimg(img004.JPG,width=380,height=266)&amp;blankimg(img006.JPG,width=380,height=266)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){２枚の写真を比較して下さい（カーソルを合わせてクリックすると画像は別ウィンドで大きくなります）、道路の形状も河川の形状もまるで違います。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){さて、どこを基本に考えましょう？}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){ご存知の方も多いと思いますが、私の場合、まずは三角点と水準点、神社、お寺、お城に注目しています、三角点と水準点は時代が変わっても移動する事は殆どありません、また、神社やお寺、お城も殆ど移動する事は無いので位置関係を比較するのに便利です。}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#666666,#99ff99){古地図}}&amp;space(100)&amp;size(14){&amp;color(#666666,#99ff99){現地形図}}
&amp;blankimg(img004-1.JPG,width=380,height=266)&amp;blankimg(img006-1.JPG,width=380,height=266)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){三角点や水準点、神社、お寺で左右の地図に合致する場所を赤丸で示してみました。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){今回は判り易いように同じような縮尺に拡大、縮小をして雰囲気を合わせて比較していますが、本来、縮尺が異なるとなかなかイメージが湧きません。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){さらに、小川や河川、道路なども一部は年代が違えど残っているので、色を塗って明示します（道路は緑色に小川は水色に塗ってあります）。}}
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#666666,#99ff99){古地図}}&amp;space(100)&amp;size(14){&amp;color(#666666,#99ff99){現地形図}}
&amp;blankimg(img004-2.JPG,width=380,height=266)&amp;blankimg(img006-2.JPG,width=380,height=266)
&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){道路は前回丸印をつけた三角点や水準点、神社、お寺を中心に形状の似通った部分だけを色付けしてみました、小川や河川は自然災害や埋め立てで分かり難くなっていますが、本来、町や村などの境界に使われていましたので、現在の地図でも境界線となって残っている場合があります。}}

&amp;space(2)&amp;size(14){&amp;color(#000000){以上のポイントを照らし合わせる事で調べたい廃線跡を解読しています、お役に立ちますか？私流ですが・・・こうして廃線跡を散策しています。}}

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    <dc:date>2013-05-28T18:50:17+09:00</dc:date>
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