滞郷記

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滞郷記」を以下のとおり復元します。
 二竪(やまい)漸く癒えんとして辞郷の日近きにあり。一篇を貽(のこ)して暫し旧閭に訣れむ。
 シューベルトの“Standchen”を想はす様な美しい朧月夜だ。沈丁花の冷たい匂ひにそそられて、静やかに月光のみちあふれた庭におり立ってうつつなく梢を眺める。帰ってきてから四たび仰ぐ満月の影。
 うつろとなったやうな自分の胸には張り詰めた哀愁もなく火のやうな情熱もない。身を包む沈丁花の薫りのそれにも似た心持。今私は限りなき夜の静寂を味ひながら夢の園をさまよふてゐる。

  ×   ×   ×

 私は遠からず行かねばならぬ。この温い田園の慰撫から離れて再びけばけばしい幻惑の巷の混濁した空気に生きねばならぬ。一切の精神美を破壊する新文明の光に乱酔した人々のみずぼらしい仮面舞踏に面をそむけて息詰まるやうな日を送迎せねばならぬ。だんだんと春らしくなってゆくにつれ躰軀の元気も日に増し加はる。けれども一日一日と余す日数の消えてゆくのがどんなに残り惜しく思はれることだろう。
 私は病を抱いて郷にかえってからこのかたの長い追想を筆に任せて書き留めて置かうと思ふ。(三月十二日記)

ーーーーーーーーー書きかけ。少し文章追加。

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