冬。
吹雪の吹き荒れる中、雪原をゆっくり這うゆっくりまりさの一家がいた。
この寒い中何時間も雪原を彷徨い、ご自慢の黒帽子も雪に塗れて白くなっている。
「・・・ゆぅ・・・ゆぅ・・・」
「さむいよ・・・ゆきさんゆっくりやんでね」
「かぜさんはゆっくりできないから、とっととやんでね・・・」
母ゆっくりまりさは、子ども達の疲労を声で感じ取り、極度の焦燥感と悲しみに襲われていた。
冬の初めになっても、相も変わらずゆっくりした結果がこれだよ!
巣穴を寒波から守る資材もなければ、飢えを凌ぐだけの食料もない。
このまま篭っていたところでは、フローズンゆっくり詰め合わせになるのがオチだ。
当てがないのは分かっていても、皮を刺すような寒さの中、少しでも役立つものを求めて彷徨わざるを得なかった。
「ゆ・・・おかあさん、ねむいよ・・・まりさをゆっくりねむらせてね・・・」
「・・・だめだよ・・・ねるとずっとゆっくりしちゃうよ・・・ゆっくりすすんでね・・・」
「ゆぅ・・・つかれたよぅ・・・」
「おうちにかえったら、ゆっくりしようね・・・」
もう限界だ。やはり、この時期に外を出歩くことは無謀だったのだ。
おうちで待つよりちょっとだけ早く、ずっとゆっくりすることになるだけ。
そう思ったとき、後ろの子ども達の動きが止んだ。
まずい。何とかしなくてはと思った刹那、母まりさの体からも力が抜けていった。
「・・・ゅ・・・ゅぅ・・・」
崩れ落ち、雪の上に埋もれる。雪原に動かなくなった饅頭が5体、静かに横たわった。
雪に顔を埋め、子どもたちの前ではけして見せなかった涙を流しながら、思った。
 もうだめだ。ごめんねみんな。ごめんねれいむ、もうゆっくりできないよ。
 そのまま母ゆっくりの意識は深い闇に沈んでいった。

母ゆっくりまりさが目覚めると、そこは暖かく明るい空間だった。
壁や床は清潔感のある白いつるつるしたパネルで構成されており、幾つかの壁にはボタンのようなものがある。
光源は殆どないが床と壁のパネル自体が柔らかい光を出して空間全体を明るくしている。
高さは母ゆっくり2体分程度で、それほど広くはないがゆっくりたちにとっては十分すぎるほどのゆとりがある広さだ。
1箇所だけ壁が透明になっており、そこから外の様子が見える。外はまだ雪が降りしきっているようだ。
子どもたちは?!・・・ゆぅゆぅと寝息を立てながら、周りでまだ寝ている。帽子を包んでいた雪もない。
・・・助かったのか?そしてここはどこなのか?母まりさが頭に?を浮かべていると、フラットな声質の声か聞こえた。
「お目覚めですか?」
声のした方向にふりむくと、壁のパネルの一部にヒトの顔が映っている。
部屋を構成するパネルは一種のモニターのようなもののようだ。
理屈はよく分かっていない母まりさだったが、警戒心はあるようで(ゆっくりなりに)身構える。
「心配しなくてもよいですよ。私はあなた方の味方です」
「ゆ?お姉さんがたすけてくれたの?」
「そういうことになります」
ゆっくりできる人のようだ。ゆっくりブレインなりの解釈で、母まりさはあっさりと警戒を解いた。
「随分お疲れのようだったので、こちらに運ばせていただくことに致しました」
「ゆ!そうだ、ここはいったいどこ?」
「あなたがたの新しいおうちです」
新しいおうち?ここが?・・・確かに今あるおうちに帰るのはもはや自殺行為だが、ここはここで勝手がよく分からない。
「ゆ!よくわからないよ!」
「こちらは皆様がゆっくり冬を過ごせるように弊社の技術の粋を結集して製作された、最高のゆっくりプレイスなのです」
「ゆ!ゆっくりできるの!?」
それから画面の中のヒトは、この空間の説明をしてくれた。
曰く、外部からは強固な壁に守られ、唯一外界に通じるドアは強化ガラス製で、ピストルの弾が当たってもびくともしない。
更に電力がある限り暖房が効き、壁に設置された色つきのボタンを押すことで随時いろいろな機能が稼動するという。
おなかがすいたら黄色のボタンを押せば、食料庫から甘いお菓子が送られ、壁に開いた穴から出てくる。
ゆっくり歌が歌いたければ青色のボタンを押せば、ゆっくり向けの歌(というか、ゆーゆー言っているだけ)が流れる。
ゆっくりしたきれいな風景を見たければ緑色のボタン。空間全体を取り巻くモニターパネルが美しい景観を見せてくれる。
その他たくさんのボタンと機能を紹介し、この空間はゆっくりのために作られた、最新鋭のゆっくりハウスであると彼女は語った。
ちょっと前まで吹雪の中をじりじりと歩いていたことから比較するまでもなく、天国のような場所だ。
・・・こんなうまい話を聞けばヒトなら疑いそうなものだが、ゆっくりブレインはおめでたくできているようで
「ゆっくり!それじゃあここはまりさのおうちにするね!!」
と大満足のようだ。
最もヒトのほうも特に悪意もなければ妨害するつもりもないらしく、いたって優しい笑顔でそれを認めた。
(実はこの"ヒト"もまたこのゆっくりハウスに搭載されたサポートAIである)
「そういうことです。快適な冬越しをお過ごしください。そう、1つ申し上げ忘れたことが」
「ゆ?なあに?」
「申し訳ありませんが、このハウスの食料庫とバッテリーに限りがございます。
 冬越しには十分な量をご用意させていただきましたが、枯渇してしまうと当ハウスの機能は停止します。
 春をお迎えになられましたらこのハウスからの退出手続きをお取り下さい」
「ずっとゆっくりできるわけじゃないの?」
「はい」
「しかたないから、やさしいまりさはゆるしてあげるね!でもてつづきってなあに?」
「壁にある赤いボタンを押すことで退出手続きに移行し、完了後あちらのドアが開きます」
「ゆ!わかった!でるときはあかいのをおすんだね!」
「その通りです。それでは・・・"ゆっくりしていってね!!"」
「ゆっくりしていくね!!」
本能に焼きついたワードで子どもたちも目が覚めたようだ。早速この天国のような場所の機能を教えてあげよう。
そして心ゆくまでゆっくりしながら、悠々自適な冬篭りを過ごすのだ。

それからたっぷり3ヶ月、ゆっくりハウスはその機能をフルに活用され、
ゆっくりまりさ一家は得もいえぬようなゆっくりライフを満喫した。
おなかがすいたらあまーいおやつを「むーしゃ♪むーしゃ♪しあわせー!!」
歌いたくなったらすてきなお歌を、ゆっゆゆっゆの大合唱。
風景に飽きてきたらぼたん一つで見たこともない美しい風景。
さっぱりしたければオートシャワー。サポートAIもお話の相手をしてくれる。
あまりにも幸せ。あまりにも快適。夢ならば覚めないでほしい。
想像だにしなかった、ゆっくりとした生活がそこにあった。

やがて時は過ぎ、冬ごもりも終わりを迎えた。
ガラスのドアごしから、ほんのりと暖かみを取り戻した陽の光が、
冷たい雪をやんわりと溶かしていく光景が見える。春は近い。
「皆様、お外も暖かくなってきましたね。そろそろ退出手続きをとることをおすすめします」
サポートAIが夢の終わりを告げる。
正直外にいるよりも快適な生活だっただけに、ゆっくりたちもはじめは
「ゆ!まりさずっとここにいたいよ!」「まりさもいたいよ!」
「まりさも!」「もっとゆっくりしたいよ!!」とぐずっていたが、
少々派手に使いすぎたこともあり、ハウスの食料と電力がもう底をつきかけているときくと、
渋々「ゆっくりでていってあげるね!」と了承した。
「退出手続きについてですが・・・」
「ゆ!おぼえてるよ!あかいぼたんをおせばいいんだね!」
「はい。メイン電源が切れても予備電源で6時間ほど受付できますが、なるべくお早めにお願いします。パs」
 プツン。
お姉さんの顔といっしょに、部屋中のパネルが一斉に暗くなってしまった。メイン電源が切れてしまったようだ。
何か言いたかったようだが、まぁいい、赤いボタンを押せば出れるんだろう。
母ゆっくりまりさが数ヶ月でまるまる太った体を引きずり、
名残惜しそうに赤いボタンを押すと、壁のパネルが回転し、
JISキーボードと「12桁のパスワードを入力してください」と表示された画面が現れた。

ピストルの弾を受けてもびくともしないガラスのドアから、
ほんのりと暖かみを取り戻した陽の光が、冷たい雪をやんわりと溶かしていく光景が見える。
春は近い。


おわり


設定はよく考えてない

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最終更新:2022年05月03日 16:54