※9割方ゆっくりを愛でてます。










『幻想と現実の境界』








「『やあ、俺は虐待お兄さん』…っと」

ワンルームマンションの一室。
パソコンの前でキーボードを叩く俺は今、ゆっくり虐待のSSを書いていた。
ゆっくりは東方プロジェクトのキャラクターを、憎たらしさと可愛らしさの同居したような顔にデフォルメしたAAだった。
それがいつの間にか色がついて絵となり、さらには設定が継ぎ足され、
今ではオリジナルのキャラとは別の不思議生物としてキャラが独り立ちしている。

俺はネットを徘徊する中でゆっくり霊夢とゆっくり魔理沙が、
「ゆっくりしていってね!!!」
と叫ぶCGを見つけ、何とも言えないモヤモヤした感情を覚えた。

そして、よく見たら可愛いんじゃね?
       →泣き顔とかそそるなぁ。
           →不幸に死んでいくSSがたまらん!

とまあ、こんな感じで今日もゆっくり虐待系サイトに入り浸りである。
その中で多く見られるゆっくり虐待SSを読むうちに俺も書きたくなった。
なので今まさにテキストエディタ開き、SSに初挑戦というわけなのだ。
オンラインゲームで鍛えたタイピングで徒然なるままに言葉を綴る。

『俺は今、虐待するためのゆっくりを探しに森に来ている。
 虐待お兄さんはゆっくりを虐待していないと寂しくて死んでしまうのだ。
 森の中に入ると早速ゆっくりの家族を見つけた。
 母親れいむが一匹で、母親まりさが一匹。あとは大小合わせて十匹程度の子供ゆっくりの家族だ。

 』

さて、次はどう書こう。
そろそろセリフかな。
まずはお兄さんが「やあ、みんなゆっくりしてるかい?」みたいな事を言って、それに対する答えは…

「ゆっくりしていってね!!!」

そう、それだ。
いや「ゆっくりしてるかい?」の返事にそれはおかしい。

…じゃなくて。
おかしいのはもっと別のことだ。
今さっき背中側から声が聞こえなかったか?
間違えじゃなければ「ゆっくりしていってね!!!」と。

「ゆっくりしていってね!!!」

俺は二度目のその声に振り向く。
声がした方向はベッドの辺りから。そのベッドの上にはバレーボールほどの丸っこい物体。
もちもちした肌、赤を基調とした白いレース付きのリボン、そのリボンで後ろ髪を束ねている。
そしてどこか誇らしげで、憎たらしさと可愛らしさの同居したような太ましい顔。
どこからどう見ても目の前のこいつはゆっくり霊夢だった。

「ゆっくりしていってね!!!」

俺と目が合ったれいむは満面の笑みを浮かべて挨拶してきた。
それからこちらの反応を期待して待っている。

「え、あ…どうも」

突然のことでうまい返しが出来るわけもなく、頭が真っ白の俺はそんな挨拶で返した。
そして黙って見つめあう俺とれいむ。
何を思ったのかれいむはポッと頬を染めた。

(…殺虫剤はどこだっけな。
 いやいや、ここは透明な箱をだな)





「くらいー、なにもみえないよー。だしてー」

都合よく透明な箱が家に置いてあるわけもなく、
前の引っ越しで残った段ボールをれいむに被せた。
ダンボールに閉じ込められたれいむは何も見えないようでベッドの上をウロキョロしていた。

それを見ながら俺は情報を整理する。
まずは自分の頬を抓る。
痛い。どうも夢じゃないらしい。
変な薬。覚えている限りやってはいない。

うーん、一体どこから出てきたんだこれは。
ネットでのゆっくりはそれなりに会話も可能なはずだから話してみるか。
というわけでれいむを閉じ込める段ボールを取払ってあげた。

「ゆっ! だしてくれてありがとう!!」

段ボールを除けるとそこにはやはりれいむがいた。
そしてまず一番に、閉じ込めた本人である俺にお礼してきた。
悪口を並べてくるのかと思ったが、どうやらSSでよく書かれるようなゲスゆっくりでは無いようだ。
それはそうとベッドの上で弾むれいむに話しかける。

「えーっと、れいむ?」
「ゆー?」
「君はどこから来た?」
「ゆっくりしたところからきたよ!!」
「…いつからここに来た?」
「さっきからだよ!!」
「ていうか本物??」
「れいむはれいむだよ!!」

よく分かった。
質問しても分らないことがよく分かった。
考えてみればこいつがゆっくり霊夢であることが事実ならばそれで十分なのだ。
ゆっくり虐待に目覚めた俺へのプレゼントだと思えばいい。
ならば早速。

「れいむ、遊ぼうか」
「あそんでくれるの!?
 いっしょにゆっくりあそぼうね!!」

まずは強度を測るために軽く殴ろうと思う。
最初から足を焼いたり目を刳りぬいたりとハードな虐待をやるつもりはない。
というよりもいきなりそんなことする勇気はない。

「なにしてあそぶの? れいむはゆっくりしたあそびがしたいよ!」
「わかった。じゃあそこでじっとしてろよ?」
「ゆっくりりかいしたよ!!」

ベッドの上でれいむは期待の眼差しを俺に向けている。
何を考えているのかまでは分らないが、俺との遊びを楽しみにしているのは間違いない。

俺は拳を握ってれいむを見据える。
後は殴るだけ。
そう、ただ殴るだけ。
拳を前に突き出すだけなんだけど…

「ゆっくりわくわくしてるよ!!」

できないだろ。普通に考えて。
せめてこいつがいきなりおうち宣言するようなゲスれいむだったなら遠慮なく殴れたと思う。
でも目の前にいるこいつは純粋に俺と遊びたがってるだけ。
それを大した理由もなく殴りつけるなんて俺には出来なかった。

なので俺は手をそっとれいむの頬に添える。
それから親指と人差し指でつまんで抓るだけにした。

「ゆゆ、おにーさんちょっといたいよ? ゆっくりしようよ!」
「おお、柔らけー」

れいむのホッペはもちもちホッペだった。
残る片方の手も使ってれいむの両頬をつつき、つまみ、そしてこねくり回して遊んだ。


五分ぐらいそうして遊んでいるとれいむが涙目になってきたのでそこで止めた。
お詫びに頭を撫でてやると揉み上げ部分のあれを犬の尻尾のようにパタパタさせて喜んでいた。

その時俺は、そんなれいむを不覚にも可愛いと思ってしまった。

同時に決めた。こいつをペットにしようと。
虐待は空想の中だけでいい。
理由はどうあれ実際に現れたれいむは普通に可愛がろう。
…まあ、意地悪程度なら頻繁にするつもりだが。



とにかくそうと決めた以上ゆっくりの飼い方を考えないといけない。
幸いれいむはちゃんとお喋り出来るので分らないことは直接聞けばいい。

「れいむ、お前ってどんな食べ物が好きだ? 何か食べたい物あるか?」
「ゆっ! れいむはあまいのがだいすきだよ!!」
「ふぅん、じゃあ甘いのを用意しておかなきゃだめか。
 ちなみに大食いだったりする?」
「ゆー? れいむはたべなくてもゆっくりできるよ!!」
「ふーん、そうなのかー…ってそうなのか?」

畑荒らしたり、飢えた末に共食いしたりと食欲溢れるイメージがあったので驚きだ。
いや、でも食べなくてもって何だ。食事不要ってことか?
もう一度確認する。

「本当に、ずっと何も食べないでも生きてられるのか?」
「ゆっくりしていってればもんだいないよ!
 れいむ、ゆっくりしてるからだいじょうぶ!!」

そういうもんなのか。
でもまあ、食事のときは一緒に何か食べさせてあげるとするかな。
なので今度プチシュークリームでもまとめ買いするとしよう。




次に寝床だ。
同じ布団や床で寝られると間違って潰しかねない。だからちゃんと寝床は作る。
とりあえず段ボールを寝床兼れいむの部屋にしよう。
自由に出入りできるように段ボールの側面のうち、一つの面を切り取る。
で、プチプチの付いたエアクッションを段ボールの内側に敷き詰めて貼り付ければ完成だ。
少し狭いが寝る分には問題あるまい。

「よし、入っていいぞ」
「ゆっゆっゆっ」

完成したのでベッドの下に潜り込んで遊んでいたれいむを呼ぶ。
呼ばれたれいむはダンボールハウスに飛び込んだ。

「ゆゆっ!? ぷにぷにしてすっごくゆっくりできるよ!!」

エアクッションの感触が気に入ってくれたらしい。
いつか使えるかもと取っておいたが、こんなところで役に立つとは。

「お前の部屋はそこな。寝る時はそこで寝るんだぞ?」
「ゆっくりわかったよ! おにーさんありがとう!」

その後れいむは段ボールハウスの中でしばらく転がっていた。




夕食。
俺はレトルトカレー、れいむはワインのつまみとして冷蔵庫に入っていたチーズを食べた。

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!!」

ちなみにこれは俺がれいむにリクエストしたセリフだ。
食事が要らないゆっくりだからなのだろう。リクエストするまでは行儀よく食べていた。
飲み込んだ後は「とってもゆっくりおいしいよ!!」なんて言っていたが、
せっかくゆっくりが目の前にいる以上は定番のセリフは聞きたい。




夕食後はれいむと適当に遊びつつ、生活について教えてあげていた。
といってもここには入るな、ここには乗るな、とそんな程度のことだ。
後は休日以外、俺が朝と夜しか家にいないことなんかも伝えた。

「ゆぅ、さびしいよ。まいにちおにーさんとゆっくりしたいよ!!」

なんて嬉しいことを言ってくれたが、ペットのために会社を休むわけにもいかない。
だからここはれいむに我慢を覚えてもらうしかない。

胡坐をかいて座る俺の周りを、「いっしょにゆっくりしたい」と跳ね回るれいむを捕まえる。
で、頭を撫でていいこいいこしてあげると機嫌が直ったのか、

「ゆっくりがまんするよ!!」
「よしよし、留守番頼むぞ」
「ゆっくりおるすばんしていくね!!」



夜中、21時。
れいむはウトウトと眠たそうなので段ボールの部屋に帰らせて眠らせてあげる。

…疲れた。
れいむの相手をするのは子供の相手をするのに似ていて、ちょっとした保護者体験だった。
慣れないので対応に困ることもあった。
でも、れいむは構ってやればそれだけで喜んでくれた。
こいつはいいれいむだ。
殴らないで良かった。
寝ているれいむの頭を撫でる。

―と、ここで思い出す。
虐待スレの更新しないと。
今日はどんな作品が上がってるかな。
チェックチェック。

おお、無垢ゆっくり虐めか。この人の書くゆっくり虐めはたまらん、ハァハァ。
うほぉ、こっちはいい制裁作品。登場するゆっくりの下種っぷりとその崩れていくのがすっきりー!!
おっと画像もアップされてるじゃないか。
…んほぉぉぉ!! こいつはいい画像! 右クリック→名前を付けて保存のコンボ確定だな。

そうして俺の夜は更けていった。





俺とれいむの生活は実にゆっくりとしたものだった。

朝はれいむの「ゆっくりしていってね!!!」で起き、
一緒に朝ご飯を食べた後はれいむに見送られて出勤する。
帰りは玄関で待っていたれいむが笑顔になって飛びついてきた。

俺はれいむのためにおもちゃを買ってあげた。
ゴムボールと猫じゃらしだ。

「ゆー? ゆぅー?」

れいむは興味深げに買ってきたおもちゃを見ている。
なので俺はゴムボールを部屋の向こう側に投げてみた。

「ゆっ!」

れいむはボールに向かって駆け出した。
そしてボールを咥えて俺のもとへと持ってきた。まさに犬。

「おにーさん、おとしものだよ!! ゆっくりなくさないでね!!!」
「ははは」

れいむ曰く落し物らしい。
もう一回投げてみる。

「ゆゆっ!?」

れいむは再び駆け出す。
そしてボールを持ち帰る。

「おにーさんおとしものひろってきたよ!! こんどはゆっくりきをつけてね!!」
「おー、よしよし。いい子だ」
「ゆっ、れいむいいこ!!」

褒めてやるとれいむは誇らしげに胸、いや顎を張った。
そんなれいむに今度は猫じゃらしを差し出す。
で、目の前で振る。

「ゆっ? ゆっ? ゆゆゆっ??」

目の前でパタパタと揺れる猫じゃらしに機敏に反応するれいむ。

「お、おにーさん! すっごくゆれてるよ! ゆれてるよ!!」
「二度言わんでいい。ほれ、捕まえてみな」
「ゆっくりやってみるよ!!」

れいむがやる気になったようなので俺は腕を上げる。
猫じゃらしは自然とれいむを見下ろす位置に来て、れいむはジャンプしないと猫じゃらしを捕まえられなくなった。

「ゆっ! ゆっ! …ゆっ!!」

ジャンプしてパクつこうとするれいむを猫じゃらしの先を揺らしながら避ける俺。
れいむは何度も跳ねて猫じゃらしを追う。

「なんでよけるの! ゆっくりつかまえたいよ!!」
「捕まえないとナデナデは無しだぞ」
「ゆゆっ! それはやだよ! なでなでされたいよ!!」

結局そのあとれいむは猫じゃらしを捕まえられず泣き出しそうになったので、わざと捕まえさせてあげた。
その時やたらと勝ち誇った表情をするのでデコピンをプレゼントしてあげた。



そういえば、ゆっくりに対して一度やってみたかった事がある。
サイトで見かけるゆっくりは揺さぶると発情し、「すっきりー!!」の声と共にオーガズムに達する。
それをやってみたかったのでれいむを捕まえる。

「ゆっ、おにーさん たかいたかいしてくれるの??」
「いやこうする」

バレーボールサイズの、中に餡子が詰まってる割には軽いれいむを上下に揺さぶる。
なるべく小刻みに早く揺さぶるのだが、これは案外疲れる。
最後まで持ってくれ俺の腕よ。

「ゆっゆっゆゆゆゆゆゆゆゆ」

揺れに合わせて面白い声を出す。
しばらく揺さぶると瞳がトロンととろけてきた。

「おにーさぁん、なんだか、ゆっくりできるぅよぉ…!」

食事が要らないゆっくりだから性欲もないかもと思ったがそうでもないらしい。
俺の与える揺れに感じ始めたようだった。
おお、これこれ。この顔だよ。
ネットで見た画像で、携帯のバイブ機能で感じてるれいむのあの顔だ。これが見たかったんだよ。
あともう少し揺らせばすっきりするはず。

「ゆ、ゆゆっ! すっきりしそうだよぉ、ゆゅーん!!」
「OKまかせろ!」

ラストスパートだ。激しくれいむをシェイクする。
そして程なくして…

「すっきりー!!!」

れいむはとても爽やかな笑顔ですっきりした。
本当に良かった。
何が良かったって「んほおおおおおお」の方じゃなかったことさ。

これ以降、れいむは毎晩のすっきりを求めるようになった。
何かエロいけどこれはあくまでペットとのコミュニケーションの一つだ。
ペットとのコミュニケーションなんです。





数日経ったある夜。
帰宅して玄関で待っていたれいむを胸に抱えながらリビングに入ると、
何かフローリングの床が綺麗になっていた。
俺はあまり頻繁に掃除する人じゃないので床には埃やら何やらが結構あったはずだ。

「れいむ、もしかして掃除してくれた?」
「ゆっくりそうじしたよ!!」

頼んでもいないのに掃除してくれるとは。嬉しいことだ。
俺のいない部屋で一人掃除するれいむを思い浮かべる。



……

「ゆゆっ、おにーさんのためにそうじするよ!!」

遊ぶ相手もなく、ゴムボールだけで遊ぶのにも飽きたれいむは掃除をすることにした。
お兄さんのためもあるし、目線の低いれいむには床の埃が目立つのだ。

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!!!」

床に落ちた埃、髪の毛、食べ物のカスなんかを次々に舐めていくれいむ。
ちゃんと床を舐めて綺麗にするのも忘れない。

「これでゆっくりできるね!!!」

……


まさかな。
今のは妄想に過ぎない。
いくら何でもゴミを食べるなんて、ないよな。

「ゆっくりおいしかったよ!!」
「何が…って言わないでいい。お願いだから言うな」
「ゆぅ?」

後で分かったことだが、れいむのために置いておいた昼飯のことだったらしい。
ちなみに掃除をどうやったのかは聞かずにおいた。





平和な日々は続く。
今日もゴムボールを投げてれいむに拾ってこさせて遊んでいた。

「ゆっ…ゆっ…」

投げた先でゴムボールに寄りかかって遊んでいる。
ただ拾って持ってくるのに飽きたのかな。

「ゆっー」

しばらくするとれいむはゴムボールに体をぶつけてこちらへ転がしてきた。
サッカーならぬゆッカーか。
ボールを俺の足元まで運んだれいむは「すーり、すーり」と体を擦りつけてきた。

このままゆっくりしてもいいけどもう一回ゆッカーをみたいと思った俺はまたボールを投げる。

「ゆっ、ゆっくりいくよ…」
「ん?」

俺はその時初めてれいむがどこかおかしいことに気付いた。
どうもれいむに元気がない。
そういえば今さっき俺の足に体を擦りつけたとき、甘えてくると言うよりもすがるようでもあった。
もしかしてボールを転がしてきたのも口に咥える力が出なかったからなのか。

「れいむ待て」
「ゆ?」

れいむを持ち上げる。
顔をよく見るとやはり元気が少しないようだった。

「お前もしかして風邪か?」
「れいむはゆっくりだいじょうぶだよ!」

嘘だ。短い付き合いだがそれぐらい分かる。

「体が辛いなら言えよ。な?」
「ゆぅ、ちょっとからだがおもいよ」
「やっぱり。
 とにかくれいむはゆっくりしろ」

れいむを寝床に置いてあげる。

「もうちょっとおにーさんとあそびたいよ」
「いいから。明日は俺も休みだ。
 元気になったらいっぱい遊んでやるから今日は寝とけ」
「ゆー、ゆっくりわかったよ」

まさかゆっくりが風邪を引くだなんて。
半分妖精みたいに思ってたけど中途半端に生物っぽいやつだな。

しかしどうする。
人間の薬は効くのだろうか。
いや、体が餡子のこいつに効くとはとても思えない。
とりあえず冷えピタでも貼ってやるか。

「れいむ、じっとしてろよ」
「ゆぅ?」

言う事を聞いてじっとするれいむの前髪を上げて冷えピタを貼ってあげる。
自分に貼るならともかく人に貼るのって大変。それも片手で。
少し苦労したけどれいむのおでこに冷えピタを貼った。

「ひんやりー!」

一瞬爽やかな笑顔になったが、すぐに気だるそうな顔に戻った。
この表情は本能的なものらしい。

「とにかく寝て早く元気になろうな」
「ゆっくりー…」

この日は俺も早く寝ることにした。
あ、ゆっくり虐待サイト…今日はいいや。
そんな気分じゃない。





翌朝になってもれいむは元気がなかった。
食事は必要ないと言っていたが、回復するには栄養が必要だろう。

「ほら、口開けろ。オレンジジュースだぞ」
「ゆあーん」

大きく口を上げて見上げるれいむにオレンジジュースを飲ませる。
これでちょっとは元気になってくれるといいのだけれど…


昼間は栄養剤を飲ませた。

「おにーさんみてみて!」
「ん?」

「きのうまでのれいむ!」
れいむはいつもの顔をする。

「きょうからのれいむ!」
顔を上向きにして朗らかな笑みを浮かべた。

あー、そんなネタもあったな。こいつもそれを備えていたのか。
とにかくこれの示すところは元気になったってことだろうか。
栄養剤は効いたのかもしれない。一瓶300円の力は計り知れない。

それかられいむは自分は大丈夫だと言うので、少しの間だけという条件で自由に行動させている。
だがれいむを見てみると、飛び跳ねた時の飛距離も高さも衰えていた。
元気になったと思ったが一時的なものだったようだ。

「おにーさん いっしょにゆっくりしようよぉ!
 れいむね、ひもをひっぱりっこしたいの!!」

元気に俺を遊びに誘うれいむ。
その小さな体の動きは固く、瞳は微かに震えていた。
どう見ても空元気だった。

「れいむ、遊びはまた今度な」
「ゆぅぅ…れいむげんきだよ! いっぱいあそべるよ!!」

元気を示そうとその場で飛び跳ねるれいむだったが、いつもの半分程度の高さしか飛べていなかった。
れいむ自身も無理している自覚はあるのだろうが、それでも必死に俺と遊ぼうと叫ぶ。
だが俺はれいむを寝床に運んでタオルケットをかける。

「これ以上悪くなったらゆっくり出来ないじゃないか。
 だから午後は寝るんだ」
「ゆぅ、でもおにーさんとゆっくりしたいよ…」
「あまり心配掛けさせないでくれ」
「ゆ…」

れいむは俯く。
心配掛けさせないでくれ、なんてずるい言い方だったかな。
でもれいむは休ませないといけないんだ。


とはいえどうしよう。
何をすればれいむは治るんだ?
そもそも何の病気なのか、病気であるのかすら分からない。
人間なら病院に連れていける。
でもれいむは一般人から見れば動く生首でしかなく、本質は饅頭だ。
だかられいむは連れていけないし、意味があるとも思えない。
病院に連れて行ってもし治ったとしても今までのように一緒に暮らせなくなる気がする。

「…!」

俺はPCの電源を立ち上げる。
何かよい解決策はないかと俺は久しぶりにゆっくりに関するHPを閲覧するのだ。





結局、ゆっくりの病気について役立ちそうな情報は見つからなかった。
しかしヒントというか試そうと思う方法は浮かんだ。

俺はスーパーで大量の饅頭やモナカを買ってきた。
れいむの中身は餡子、その餡子を食べさせれば治るかもしれない。
いくつかの買ってきたお菓子の中にある餡子を取り出してれいむに差し出す。

「ほら食べろ。れいむの好きなあまあまだぞ」
「ゆっ、たべるよ。おにーさんありがとう」

そう答えるれいむの声は力ない。
時間が経つほど悪化してるようだ。
早く何とかしないと、俺は焦る。
掌に乗っけた餡子をれいむの口の前まで持っていって食べさせる。

「ゆむ、ゆむゆむ…」

れいむ餡子をゆっくりと咀嚼する。
しかし…

「ゆげぇ…」

吐き出してしまった。

「れ、れいむ…」

食事も出来なくなっている。
れいむは真っ青な顔をして吐きだした餡子を見つめたいた。

「ごめ、なさい…おにーさんが、くれた…のに」

れいむは泣き出してしまった。

「悪くない。れいむは悪くない」

れいむの頭に手をポンと乗せる。
餡子を食べることも出来ないなんて…これでは悪くなる一方だ。
どうすればいいんだ。

「おにーさん…れいむ、もうゆっくりできなくなるよ」

れいむは自分の死を悟ったのか、そんな事を言い出した。

「ゆっくりしていってね おにーさん」
「馬鹿! そんな事言うな!」

くそ…絶対にれいむを死なせてたまるか。
何か、何かいい手は無いのか。
俺はゆっくりに関する情報を頭に巡らせ、れいむを救う方法を考える。

餡子を食べれば復活するんじゃないか。
そう思ってたのに食べることが出来なかった。
今日買ってきた新鮮な餡子。
それをどうにかれいむに取り込ませることができれば…

ここで俺は一つの案が頭に浮かんだ。

(食べられないなら俺の手で餡子を入れ替えればいいんじゃないか?)

手術のようなものだ。
れいむの体を切り、中の餡子を俺の買ってきた新鮮な餡子に取り換える。
体内の餡子が大量に無くならなければ死なないらしいからちょっとずつ入れ替えれば大丈夫なはず。

普通は考えられない異常な方法。
ゆっくり虐待サイトに入り浸っていたから思い付いたのかもしれない。
確かこれに似た方法で治ったなんて作品もあった気がする。
問題はこの方法はれいむを傷つける必要があること。
れいむを殴ることすらできなかった俺に出来るだろうか。
そして何より、大事なペットの痛み苦しむ姿を見て途中で躊躇しないだろうか。

「おにぃさん、れいむはもうゆっくりするね…」
「!!」

俺は間違ってた。
傷つける? 痛み苦しむ?
馬鹿言え。れいむが死んだらそれまでじゃないか。
俺に考えられる最後の手はこれだけ。
ならば最善を尽くすしかない。


「ゅ? どこにつれていくの…?」
「れいむ、今助けてやるからな…!」

俺はれいむを風呂場へ持っていく。
さらには買ってきたお菓子とスプーン、それとビニール袋。
後は…包丁だ。

切るのはれいむの後頭部。
髪の毛が邪魔だが手術中にれいむの顔を見なくて済むし、後で傷も目立たない。

「動くなよ?」
「なにをするの? ゆっくりできる?」
「ゆっくりするための手術だ。痛いだろうけど我慢してな」
「いたいの、いやだよ…ゆっくりさせて」
「元気にしてやるからな」

俺は包丁を持ってれいむの後頭部に添える。
後はこの刃を刺し込むだけ。

「ゆ"っ!?」

ズブリと生々しい感触が包丁を持つ手にも伝わる。

「い"だい"よ"っ
 お"に"い"ざんい"だい"い"い"!」

俺は黙ってれいむの後頭部の皮を縦に切る。

「あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"!!!!」

どれほどの痛みなのか。
今までにないほどの大声をあげるれいむは体をくねらせて逃げようとする。

「動くな。危ない」
「い"だい"よ"おぉ! おにーざんやめでぇ!」
「くっ」

俺はひとまず包丁を置くとれいむを持ち上げた。
そして胡坐に似た体勢で泣き叫ぶれいむを太股で挟んで固定する。
それでもまだもがくれいむだが左手で頭を押さえるとほとんど動けなくなったようだ。
再び包丁を手にする。

今度は縦の切り傷の両端から直角に右へと刃を通す。
ちょうど正方形のうち、右の一辺を除いて皮を切らせた状態だ。
それかられいむの皮を扉を開くように剥がして開いた。
剥がした先には真っ黒なれいむの中身、餡子が詰まっているのが見えた。
あとはこの中身を入れ替えるだけ。
スプーンを手に取り、れいむの餡子を掬いとる。

「ゆぎゅぅぅ!! いぢゃいいいい!!! ゆぎぃぅぅぅぅううう!!!」

れいむは聞いてるこっちも痛くなるぐらい苦しそうな声を出し続けている。
心が締め付けられるようだ。
でもここまで来て止めるわけにはいかない。
スプーンで餡子を掬ってビニール袋に入れていく。
何回か掬ったところで買ってきたお菓子の餡子を代わりに入れる。

「ゆぎゅっ、ゆ"ぶっ、ゆ"っ」
「もうちょっとだから。もうちょっと我慢しろよ」

れいむの中身を総入れ替えするつもりはない。
中心には大事な餡子があるというし、目や歯の周りとなると顔の形に関わってくるので下手に手を出せない。
なのでまずは後頭部や口の奥の餡子を入れ替える。
それだけやれば新鮮な餡子を十分取りこめるはずだ。
そうしたらきっと元気になってくれるはずだ。


俺は作業を続けた。
何度も何度もれいむの頭にスプーンを刺し込んで餡子を取り除く。
その代りに餡子を詰め込んでいく。

「ゆっぐりざぜで…もうゆるじで…おにーざん、ゆっぐりじよう、よ"」

痛覚がマヒしたのか、れいむは悲痛な叫びを上げなくなった。
その代りに何度も何度も同じことを繰り返し口に出している。
「ゆっくりしたい」「ゆるして」「ゆっくりしようよ」
ただそれだけを繰り返す。

しばらくするとそれも言わなくなった。
それでも頭にスプーンを刺し込むと小さく「ゅ"っ」と声を出していた。
きっと叫び疲れたのだろう。

「ごめんな。もうすぐ終わるからな」

買ってきたお菓子の餡子はもう無くなった。
後は後頭部に開いた皮を閉じて傷を塞ぐだけだ。
"小麦粉を水で溶いたもの"がいいらしいが用意していなかったので買ってきた饅頭の皮で代用する。
同じ饅頭なら親和性も高いはずだ。
饅頭の皮を水で濡らして伸ばす。
それから後頭部に出来た切れ込みに塗りつけていく。
これで手術完了だ。


「終わったぞれいむ。痛くしてごめんな」

太股の間かられいむを解放して話しかける。だが反応は無い。
怒って無視してる?
いや怒ってるなられいむの場合、感情のままに俺に怒りつけるはず。
じゃあ寝てるのかな。
時計を見る限りだと30分近く苦痛を味わったことになるのだ。
それは体力をかなり消耗しただろう。

俺はれいむを持ち上げてこちらに顔を向けさせる。
寝顔のれいむを想像していた俺はれいむの顔を見てゾッとした。
れいむは目を開いていた。しかし瞳に輝きがない。
目の前で手を振るが、その瞳は動かなかった。

「嘘だろ…」

まさか死ん…だ…?
いや、そんなはずがあってたまるか。

「れいむ、おいれいむ! 返事しろよ…!」
「………」

反応はない。
れいむは瞬きをしない。
口も一文字に閉じたままだ。
プニプニの頬は弾力を増して少し硬い。
髪はバサバサ。

そして何より、れいむの体は冷たかった。


「違う。
 違う違う違う!!!」

れいむは死んじゃいない。
死んでるわけがない。
だってゆっくりがこの程度で死ぬわけないじゃないか。

「…そうだよ違うんだ。
 何を早とちりしてるんだ俺は」

れいむはきっと一時的に仮死してるだけなんだ。
新品の餡子を取り込んばかりだからこうなってるだけなんだろう。
目を覚ませばきっと元気になって笑ってくれる。
だからその時まで安静に寝かせてやろう。
俺はれいむを段ボールで作った寝床に運んで寝かせてやる。

「ゆっくりしていってね、れいむ」


れいむが目を覚ましたらまず痛い思いさせたことを謝ろう。
それからたくさんの甘いお菓子をご馳走する。
後はれいむが飽きるまで一緒に遊ぼう。

とにかく今日は疲れた。
まだ日も暮れてないけど寝よう。
俺はれいむとの幸せな日々を思い描いて眠りについた。
















それから一年。

朝。
電車の時間が迫ってる。
急いで支度して俺はれいむに呼びかける。

「今日はちょっと遅くなるからな。
 だからお昼ごはんの横に夕飯も置いておいたぞ」

れいむはいつもの表情で俺の言葉を聞く。

「じゃ、帰ったら一緒に遊ぼうな。
 何して遊ぶか考えておいてくれよ」

れいむは表情を変えない。
冷蔵庫の中のれいむは一年経った今でも同じ表情のままだった。
いや、何度か腐った部分は新品と取り換えているからその度に多少変わっているが。

「それじゃあ、行ってくるな。
 良い子に留守番してろよ」
「………」

俺は冷凍庫を閉じると後は無言で家を出る。
あれから結局れいむは動き出すことはなかった。
元々そうであったかのようにピクリとも動かない。

でも俺は毎日声をかけ続ける。
いつかきっと返事をしてくれる。
そう信じて。






















れいむは決して目を覚まさない。
ただの饅頭が喋ったり動いたりするはずがないのだ。

これはれいむをペットにした青年にもれいむ自身も分からなかったことだが、
れいむの病気は通常の病気とは違った。

幻想の生物であるれいむは現実の物を取り込み過ぎた。
れいむの食べたお菓子や飲んだジュースはれいむの中で餡子へと変えられる。
それはれいむの元々内包していた幻想の餡子ではなく、現実の餡子。
現実の物を食べれば食べるほど現実の餡子は幻想の餡子と入れ替わった。

徐々に体内に溜まっていく現実という名の毒。
それこそがれいむを衰弱させた原因だった。
れいむは食事が不要なのではなく、食事をしてはいけなかったのだ。

体が現実の饅頭と化していったれいむはまず身体能力が削られた。
そのまま力を失っていったれいむは次に物を食べることが出来なくなった。
青年はそこで何を思ったのか、れいむに現実の餡子を詰め込んだ。

青年はその事実を知らない。知りようもない。
だがれいむを衰弱させたのも、止めを刺したのも間違いなく彼だった。


幻想と現実の境界。
れいむはまさにその境目にいた。
だが現実側に傾いたれいむは現実の法則に従って物言わぬ饅頭となった。
ただそれだけのこと。

















「れいむ、今日は猫じゃらしで遊ぼうな。
 目の前にあるからすぐに捕まえられるぞ。
 捕まえたらナデナデしてやるからな」
「………」
「他の遊びがいいのか。じゃあボールで遊ぶか?
 なあ、れいむ……」











by 赤福


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最終更新:2022年05月21日 21:54