『伝わらない声』








俺は一匹のゆっくりれいむを飼っている。
元々野生のれいむで仕事の帰りに森の近くで出会った。
人懐っこい性格で見知らぬ俺に遊んで欲しそうにするので気まぐれに付き合ってあげた。
遊びといっても適当に指と追いかけっこさせたり高い高いしてあげただけだが、それでも十分楽しんでくれていた。
それからしばらく仕事帰りにそのれいむと戯れる日が続いた。
しかしあるとき、俺が家に帰ろうとすると寂しそうにするものだからついついお持ち帰りしたわけだ。

今では我が家のペットだ。
独り身の寂しさを紛らわしてくれる癒し系。
部屋に柵で囲った場所を作り、そこをれいむの部屋にしてある。
自由に家の中を動かれると色々と危険があるので俺が家にいないときはその中に居てもらっている。

朝、俺が仕事に出かける前にれいむを起こし、朝と昼の食事を柵の中に入れる。

「れいむ朝だぞー」
「ゆっ…ゆっくりしていってね!!!」

れいむは割と遅起きだ。俺が声をかけるまで眠っている。
そのくせ早寝だったりするので一匹だったら一日の半分は寝て過ごしていそうだ。

「朝ごはんだぞ。こっちはお昼だから後で食べろよ」
「ゆ!」

俺に向かって一言鳴くと朝ごはん用のお皿に近づいて食事を始める。
ゆっくりは「ゆっくりしていってね」以外はほとんど人間語で喋らない。
後は「ゆっくり」とか「ゆ~」「ゆっ」といった鳴き声だ。
ああ、ちなみに断末魔は「ゆっくりしたけっかがこれだよ」と言うらしい。聞いたことはないが。


「ゆっくり! ゆっ! ゆっくりー!!」

食事を終えた後のれいむは俺に向かって激しく鳴いてくる。
きっと朝一の運動を兼ねて遊びたいのだろう。
しかし俺も仕事があるのでそういうわけにもいかない。

「ごめんなれいむ。また俺が帰ってきてから遊ぼうな」
「ゆ、ゆっくりぃぃぃ!!!」

残念そうを通り越して悲しそうにれいむは鳴いた。随分と懐かれたものだ。
れいむの頭を少し撫でまわすと俺は仕事に出かけた。










れいむはおうちに帰りたかった。

ある日出会った優しいお兄さんはれいむと遊んでくれた。
もっと遊びたいと言ったらこのおうちに招待してお兄さんは美味しい食べ物を御馳走してくれた。
ご馳走の後は見たことのない物で遊んでくれた。
気付いたら外は真っ暗だったけどお兄さんはお泊まりさせてくれたし、フカフカの寝床を用意してくれた。

噂には聞いていたけど人間さんのおうちはすごくゆっくり出来た。

でもれいむはここでずっと暮らすつもりはなかった。
れいむには家族がいる。お母さんとお姉ちゃん、妹もいる。
それに友達だってたくさんいる。
だかられいむは何度も「そろそろおうちかえるね!!」とお兄さんに伝えた。
なのにお兄さんは「ああ、ゆっくりしていってね」と返事するだけ。
何日経ってもこのおうちから出してくれなかった。

れいむは事あるごとにお兄さんに外に出してと頼んだけどいつも話をそらされる。
いつもお兄さんとの会話は成り立っていなかった。

だがそれは当然だった。
そもそも人間にはゆっくりの言葉が分からない。
ゆっくりは人間の言葉を喋っているつもりだが、実際は喋れていない。
「そろそろおうちかえるね!!」と声に出したつもりが「ゆっくりしていってね!!!」と声に出していたわけだ。

ゆっくりは人間の言葉を理解できる。
さらにゆっくり同士の会話は人間語に翻訳されて聞こえる。
だからこそゆっくりは自分もちゃんと話せていると思い込んでいた。

れいむも当然そのように考えていた。
でも少なくともお兄さんには言葉が通じていない。
通じると言えば「ゆっくりしていってね」ぐらいのものだ。
しかしそれだけ伝わってもれいむはおうちに帰れない。
家族にも友達にも会えやしない。



「おにーさん! おかあさんにあいたいよ! もうおうちにかえして!!」

さっきの朝ごはんの後にもそう叫んだのにそれは伝わらなかった。
それどころか何を聞き間違えたのか、

「ごめんなれいむ。また俺が帰ってきてから遊ぼうな」

なんて言ってれいむの頭を撫でるだけだった。

「おうぢにがえじでええええ!!!」

れいむは泣き叫んだが、お兄さんはおうちの外へ行ってしまった。
お兄さんは外に出かけると日が暮れるまで帰って来ない。
れいむの一番嫌いな孤独な時間が始まる。

お兄さんは言葉が通じない人だけど一緒に遊んでくれる。
遊んでいればおうちに帰りたい気持ちも紛らわすことができる。
でも狭い柵の中、一人で出来ることなんて限られていた。
お兄さんが布と綿で作ってくれたボールで遊ぶのには飽きた。
柵の中を駆け回っても風景が変わるわけでもないのでつまらない。
だからこの時間が嫌いだった。

それにやることがないと楽しかった記憶が自然に頭に浮かんでくる。


お母さんにお歌を教えてもらって家族みんなで歌ったこと。

お姉ちゃんまりさの帽子に乗って川を渡ったこと。

妹の前で虫を捕まえて「おねーちゃんすごいよ!」と褒められたこと。

友達と一緒に広い野原を跳ねまわったこと。


そのどれもが懐かしい。
れいむは気付けば涙を流していた。
実に一週間、家族と会っていない。
それどころか同じゆっくりとも会っていない。
寂しくなって当然だった。

「みんなにあいたいよぉ…」

れいむの細い声は誰もいない部屋に響く。
それがますますれいむを寂しくさせた。
美味しい食べ物、フカフカの寝床、安全なおうち。
野生に生きてきたゆっくりからすればかなりの好条件が揃ったおうち。
なのにまるでゆっくり出来なかった。
れいむは自分より二回りぐらい小さなボールに頬を擦りつける。
仲間じゃないと分かっていても丸っこく柔らかい物に身を寄せたかった。

「いっしょにゆっくりしようね」

ボールに話しかけるが返事はあるわけもない。
空しくなったれいむはボールを向こうへと転がす。

「ひとりじゃゆっくりできないよ…」

れいむは天井を見上げる。
その様子はさながら囚人のようであった。



昼。
お腹が空いてきたのでお兄さんの用意してくれたお昼のご飯を食べる。
飼いゆっくり用のご飯らしく、甘くて美味しい。

むしゃむしゃ…

黙って食べる。
幸せじゃないので「しあわせー」なんて言えなかった。
舌がとろけるほど美味しいご飯なのにどこか味気なく感じる。

「みんなといっしょにしあわせーしたいよ」

そういえば友達と冒険したときに食べた木の実は美味しかった。
味は今思えば微妙だったけど満たされるものがあった。
楽しくないと美味しい食べ物も美味しく感じられないと、れいむは子供ながらにして悟った。



午後。
食事を終えるとますますやることがない。
れいむはただボーッとするだけ。部屋は静寂に包まれる。
音と言えば自身の出す音と、たまに聞こえる鳥の声ぐらいのもの。
世界に自分しかいないような感覚がれいむを襲う。

「ゆー、ゆっゆっゆ…ゆゆ~」

怖くなったれいむは歌い出す。
しかしそれも疲れるので長くは続かない。
みんなで歌った時はこんなすぐに疲れなかったのに。
実際のところ、みんなで歌ってれば途中で適度に休めるから疲れにくいだけだったりする。
でもこの場合は楽しくないのが一番の疲れる原因だった。

後の時間は柵の中を転がったりボールで遊んだりといつもの遊びで過ごす。
いい加減飽きているので楽しくは無いが、寂しさをちょっとでも紛らわせる。
ただそれだけの行為。


れいむはそうして一日のほとんどを抜け殻のようにして過ごす。
暗くなる頃にようやく飼い主が帰ってくる。

「ただいま。帰ったぞれいむー」
「ゆっくりしていってね!!!」

れいむは元気に帰ってきたお兄さんにおかえりの挨拶をする。
寂しかっただけにお兄さんが帰ってくるのは素直に嬉しかった。

「お腹は減ってるか? すぐに作ってやるからな」
「ゆっくりまつよ!!」

お兄さんにおうちに帰してとお願いするのはご飯を食べてからだ。
なのでお兄さんが料理を作ってる間は大人しく待つことにした。


「ほら、出来たぞ。卵焼きだ」
「ゆゆっ、おいしそうだよ! ありがとうおにーさん!!」

お礼を言うが人間には「ゆゆ~ん! ゆっくりー!!」ぐらいにしか聞こえていない。
それでもれいむが喜んでいることはちゃんと分かるようだ。

「ははは、砂糖を入れたから甘くておいしいぞー」
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!!」

やっぱり誰かと食べるご飯は美味しかった。
ちなみにれいむはお兄さんの事が嫌いというわけではない。むしろ好きだ。
後は話を聞いてくれさえすればもっと好きになれるのに。


夕食後はお兄さんと遊ぶ時間だ。
柵から出してもらってお兄さんと向き合う。
れいむにとっては貴重なお願いの時間だ。

「おにーさん! れいむをおうちにかえしてね!! ゆっくりみんなにあいたいよ!!」
「はいはい、今日はこれで遊ぼうな」
「ゆゆー! ゆっくりちがうよ!!」
「お前これ好きだもんな。ほれほれ」
「れいむのはなしをゆっくりきいてってー!!」

お兄さんに向って何度もお願いするが、お兄さんは猫じゃらしをれいむの目の前で揺らしてくる。
れいむはそれを追いかけながらもお兄さんにお願いする。
でも聞いてくれない。

だったら遊ばないで体で示せばいいのにと思うかもしれないが、
目の前で猫じゃらしをチラつかせられるとついつい遊んでしまうのだ。


「ゆーっ! あしたになったらそとにだしてね!」
「ああ、次はボールで遊ぼうか」
「ゆっくりちがうよぉ!!」

結局こうしてれいむのお願いはお兄さんに通じなかった。
しばらく遊んだあと柵の中に戻されておやすみの時間になる。

「あしたはおうちにかえしてね」
「おやすみれいむ」

しばらくして部屋の灯りが消えた。
暗闇で何も見えなくなると急激に眠くなる。
いつか分かってくれるといいな。
そう考えながられいむは眠りについた。

れいむが人間のペットにされてからまだ一週間。
これから数ヶ月の時をここで過ごすことになるとはまだ思っていなかった。










れいむを飼ってから約半年。
最近、いや二か月ほど前からどうもれいむに元気がない。

「れいむ遊ぼうな。今日は俺の上に登るか?」

お兄さん登りと名付けた遊びで、れいむに俺の体を登らせるのだ。
これが案外楽しいらしい。
足から肩に飛び乗ったり、頭の上に乗ったりと大はしゃぎだった。
でも最近は乗り気じゃないようで俺が手を差し出すなどしない限りは飛び乗ってこなかった。

それだけではなく料理を食べても嬉しそうに「ゆーん、ゆーん、ゆゆゆー!!」なんて鳴かなくなった。
今はもそもそと黙って食べる。
行儀がいいとも言えるけどむしゃむしゃ元気に食べてくれた方が飼い主としては嬉しい。

(老化でもしたのか? でもそんなの聞いたことないぞ)

れいむは最初は子供サイズだったが、今は大人のゆっくりに成長している。
見たことは無いが、ゆっくりは育てればもっと大きく育つらしい。
噂によると2mぐらい、さらには10mサイズもいるとか。
だとすると老化は考えにくい。
体は綺麗でハリもある。病気とも思えない。
精神的なものなのだろうか。

「森に帰してみるか…?」
「ゆゆっ!!」

ふと何気なしに呟いた言葉にれいむは激しく反応した。

「ゆっくりー! ゆゆゆっ!!! ゆーっ!!」

目をキラキラさせて胡坐をかいた俺の足に体を擦りつけてくる。
それから俺を見上げて激しく鳴いてくる。
もしやビンゴだったか?

というかよくよく考えればこいつは野生のゆっくりだった。
だとすると当然家族や知り合いもいただろう。

「ああ、なんてこった」

半年の間そんな大事なことに気付かなかったとは。馬鹿だ俺は。
仲間がいなくて寂しい思いをさせてしまっていたんだ。
俺はれいむの頭に手をポンと乗せる。

「ゆーん! ゆーん!」
「ごめんな。れいむごめん」
「ゆっくりしていってね!!!」

謝る俺に「きにしないでね!」とでも言うように笑顔を向けて鳴いてくる。
優しいやつだ。本当はもっと飼っていたい。
でもこれ以上俺の我が侭で飼い続けるわけにはいかない。
やっぱり同じゆっくり同士が一番なんだから。

「明日、森に帰ろうな。今日はもう暗いし」
「ゆっ!!」

その夜俺とれいむはいつもより長く遊んだ。
寝る時も俺はれいむが寝るまで傍にいた。










翌朝。
お兄さんの声でれいむは目を覚ました。

「ゆっくりしていってね!!!」

れいむは元気に朝の挨拶をする。
こんなに気持ちのよい挨拶は久しぶりだった。
それもそのはず、昨夜お兄さんがとうとうれいむのお願いに気付いてくれたのだから。
そして今日、れいむは森のおうちに帰れる。

「よし、それじゃあ行こうか」

お兄さんの用意してくれたバスケットにれいむは収まる。
森まではお兄さんが運んでくれると言うので好意に甘えることにした。


懐かしい森への道をバスケットに乗って移動する。
お兄さんの話に相槌を打ちながられいむは久しぶりの故郷を思い返す。

優しいお母さんは元気かな。
お姉ちゃんはもう結婚したかな。
妹はそろそろ大人かな。甘え癖は抜けたかな。
友達はみんなゆっくりしているかな。

帰ったらまずは家族とあってスリスリしていっぱいお話ししよう。
明日は友達と会ってみんなで遊びに出かけよう。
そうだ。優しいお兄さんと人間のおうちのお話をしよう。
みんな羨ましがるかな。
でもれいむはみんなといるのが一番幸せだよって言っちゃおうかな。
だって本当にそう思ってるもん。



「着いた。ここでお別れだな」
「ゆっ!!」

森の入口、れいむとお兄さんが出会った場所に着いた。
懐かしい匂いがする。
れいむはバスケットから飛び降りるとお兄さんに振り替える。

「おにいさんありがとう!! いやなこともあったけどれいむたのしかったよ!!!」
「本当にごめんな。さ、仲間の所に戻って元気な姿を見せてやるんだ」
「ゆっくりわかったよ!! おにいさん、またあったらいっしょにあそぼうね!!」

お兄さんが手を振っている。
れいむはちょっと泣きそうになったけど堪えて森の中へと駆けていった。





おうちの場所は覚えている。
ずっと帰りたいと夢に思い描いていた場所だ。忘れようはずがない。
倒れた大木に出来た大きな空洞。そこがれいむ家族のおうちだ。

「ゆっくりかえったよ!!!」

おうちに入ると開口一番そう叫ぶ。
しかし中にいたゆっくり達の反応はれいむの期待とは違った。

「ゆ…? だれなの?」
「ここはまりさたちのおうちだよ!!」
「おうちをまちがえたの? でもここのゆっくりじゃないよね?」

「ゆ? ゆゆ、ゆ??」

れいむのおうちにいたのはれいむ種とまりさ種の家族。
でも見たことのないゆっくりだった。

「ゆっくりたってないででてってね!!」
「そうだよ! しつれいなれいむはゆっくりでてってね!!」

「ゆ、ごめんね! ゆっくりごめんね!」

訳も分からず責められ、れいむは取りあえずおうちから外に出た。
もしかして本当に家を間違えた?
でもこの辺に倒れた大木なんて他にはない。
それに枝の形や入口の穴の形も記憶のそれと同じだ。

「ゆーん…」

れいむは友達のおうちを見に行くことにした。
しかし友達は誰一人見つからなかった。
それどころか知ってるゆっくりが一人もいなかった。
もしかして引っ越したのかと思ったけどこんなゆっくりプレイスから引っ越すなど考えづらい。


れいむは考える。
しばらくして一つの結論に至った。

「みんな、あのゆっくりにおいだされたんだね」

あの見知らぬゆっくりの群れがれいむの群れを追い出してここに居座った。
追い出されただけならまだいい。でも最悪殺されたのかも知れない。
そう考えると今ここにいるゆっくり達が憎くなった。
ようやく会えると思った家族、友達。
温厚でのんびり屋のれいむだったが大事なもの全てを奪ったゆっくり達を憎まずにはいられなかった。



れいむは自分のおうちに向かう。
ちょうどおうちの入口付近でおうちを奪った家族が集まって遊んでいた。
みんな幸せそうに笑顔を振りまいている。
泥棒のくせに。

「ゆゆ~!」
「ゆー、まってよ~!!」

追いかけっこする子ゆっくり。
れいむはその子ゆっくりの前に立ちはだかる。

「ゆっ、おねーちゃんもあそぶ?」
「ゆっくりあそぼうね!!」

さっきは巣の奥に居てれいむを見てなかったのだろう。
初めて見るゆっくりであるれいむに無邪気に遊ぼうと誘ってくる。
れいむは一緒に遊びたくなってしまう。
でも今はそんな呑気な事していられない。

「みんなはいつからこのおうちにいたの?」
「うまれたときからだよ!」
「このおうちはね! むかしからまりさたちのおうちだってきいたよ!!」
「そうなんだ」

昔から住んでるなんて酷い嘘だ。
この子たちはきっと親に騙されてるんだ。可哀想に。

「ゆっ、さっきのしらないれいむだね!」
「れいむたちのこどもになんのようなの!!」

れいむの元にその子供達の親がやってきた。
明らかにれいむを怪しんでいた。
でもちょうど良かった。この親に本当のことを聞けばいい。

「このおうちはいつうばったの?」
「なにいってるの! うばってなんかないよ!
 ここはずっとまえかられいむたちのおうちだよ!!」
「そうだよ! へんなれいむだね!!」

親まで嘘を言う。
本気でここに昔から住んでいると思い込んでいるのかもしれないが。

「ここはれいむのおうちだよ! おかあさんとおねえちゃんといもうとをどうしたの!!」

でも本気でそう思い込んでいるとしても元からいたれいむの家族は知ってるはずだ。
忘れたんだとしたら、もう許せない。

「しらないよ! わけのわからないこというね! ゆっくりできてないよ!!」
「そうだよ! まりさたちはここでずっとくらしてたんだよ!!」

「ゆっくり、しんでね」

「ゆ?」
「なにをいって…ゆぶっ!?」

「ゆっくりしんでね!!!」

れいむは怒りに身を任せて親まりさに体当たりした。
不意を突かれた親まりさは軽く吹き飛んで仰向けに倒れた。

「いだいいぃぃぃ!!!」
「まりさになにするの!! ひどいよあやまってね!!」

「あやまるのはそっちのほうだよ!! れいむのかぞくとおうちをかえして!!」

「だからなにいっでるのおおおお!!!」

れいむは続いて親れいむに飛びかかる。
親れいむもまたれいむの体当たりで吹き飛んでおうちの中に転がっていった。
れいむはそれを追いかける。
それに気付いた親まりさはおうちの入口近くにいる子供達に向かって叫ぶ。

「おちびちゃんにげてえええええ!!!」

その親の言葉に突然のことで固まっていた子供達は蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げた。
何も考えないで逃げるので親れいむを追うれいむに吹き飛ばされる子供もいた。
れいむは吹き飛んだ子供に構わずおうちの中に侵入した。
そして起き上がろうとする親れいむに圧し掛かった。

「ゆ、ぐ…ぐるじいよ。い"だいよ"」
「しつもんにこたえてね!! ここにいたみんなはどうしたの!?」
「じらないよ"っ! ここにはれいむだぢがむがじがらいだよぉぉ!!」
「うそいわないでね!! だったらなんでれいむのかぞくもともだちもいないの!!」
「じらないよぉぉぉ!!!」

まだ白を切るつもりのようだ。
れいむは何度と飛び跳ねて親れいむを何度もプレスする。

「ぎゅっ、ぐっ、ぎゃべっ!! やべ、でぇっ!!」

親れいむは潰されるたびに苦しそうな声をあげる。
十数回潰した所で餡子を吐き始めた。
でもれいむは止まらない。

「いたいのがいやならはやくいってね!!」
「ゆ"、ぶ、ぶ、ぶぶぺっ……」
「ゆ?」

親れいむはそれから声を出さなくなった。
れいむがちょっと退けて親れいむを見ると死んでいた。
餡子を吐きだし、目も片方地面に転がっている。
家族について聞く前に死んでしまった。

「ゆっくりいわないからだよ」

悪いのは自分じゃない。
この親れいむが嘘をついたり、大事なことを忘れてるからいけないんだ。
情報を聞き出す前に死んだのは残念だけどまだ親まりさが残ってる。
れいむはおうちの外に出て親まりさの姿を探す。
でも見つからなかった。
その代わり、たくさんのゆっくりがおうちの周りに集まっていた。

「でてきたよ!!」
「ゆっくりできないれいむがでてきたよ!!」
「れいむは、れいむはどうしたの!!
 なんでおまえがでてくるの!!」
「むきゅ、かえりちでよごれてるわ。もしかすると…」
「ゆうううう!! れいむをがえじでえええ!!」

泣き叫ぶ親まりさ。
でもこれは自業自得というもの。
れいむの心が痛むことは無かった。
それよりも群れを奪ったゆっくり達に囲まれたこの状況はゆっくり出来ない。
きっとあのまりさの家族が助けを呼んだのだろう。

「ゆっくりごろしはゆっくりできないよ!!」
「へいわにくらしてただけなのに! あのれいむはゆっくりしてないね!!」
「あんなれいむゆっくりさせるわけにはいかないね!!」
「ゆっ! みんなでいしをなげるよ!!」

『ゆーっ!!!』


れいむを囲うゆっくり達が一斉に石を飛ばしてきた。
大人のゆっくりも子供も、赤ちゃんまでも石を飛ばしてくる。
れいむはそれを必死に避けようと駆ける。
群れのみんなもこうやって攻撃されて追い出されたんだと考えると逃げるのは何だか悔しかった。
でもこの状況ではそうも言ってられないしどうすることも出来ない。

「ゆっくりやめてね! れいむはわるいれいむじゃないよ!!」

「ばかいわないでね!! まりさのれいむをころしたくせに!!」
「ゆっ! ひとのおうちをうばおうとしたわるいれいむはしんでね!!」
「ひどいげすれいむだね!!」

れいむは石だけでなく罵声も飛ばされる。
体も心も傷付けられる。
すでにれいむの体には何度も石をぶつけられて傷が出来ている。
体の動きも徐々に鈍くなっている。
このまま倒れてしまえばゆっくり出来なくなる。
この包囲から抜け出さないと…!

「ゆっくりどいてね!!」

れいむはようやくれいむを囲うゆっくり達の元まで辿りついた。
その勢いで体当たりして道を切り開こうとする。
だが――

「させないよ!!」
「ゆぎっ」

だが、れいむは逆に跳ね返された。
数匹の大人ゆっくりによる体当たりで弾き返されたのだ。

「みんな! いまだよ!!」
「ゆー!!」
「ゆっくりしねぇ!!!」

「ゆっ、ゆぐっ、ゆ、やめ、やめで!!! いだい!!!」

怯んだれいむにゆっくり達が次々と体当たりを仕掛ける。
体勢を立て直す前に次のゆっくりが攻撃してくるのでれいむは逃げることが出来ない。
動くこともままならないままれいむはボロボロにされていく。
もう逃げ切ることは出来そうになかった。
れいむは涙を流しながら憎きゆっくり達にリンチされた。



「ゆ"、ゆ"…ゆ"ふ"」

「ゆっくりはんせいしてね!!」
「おばかなれいむはそのまましんでね!!」

たった数分でれいむはボロ雑巾のようにされ、地面に這いつくばっていた。
もう自力では動けそうにない。
片目はどっかに転がって行ってしまった。
大事なリボンは破られて目の前に散らばっている。
そして…

「まりさのれいむをかえしてね!!」
「……」

あの親まりさが近づいてきた。
でもれいむは反応しない。出来ない。

「おまえがあらわれなかったらゆっくりくらせたのに。
 おまえのせいでまりさのこどもたちはおかあさんをなくしたんだよ」
「……」

親まりさの声が遠のく。
れいむはそのまま静かに死を迎えようとしていた。
悪いのは群れを追い出したこいつらなのに。
どうしてれいむが悪者にされてるの。
この世の理不尽をれいむは呪う。

なんでお兄さんの元に残らなかったのかな。
こうなるって分かってればお兄さんとずっとゆっくり暮したと思うのに。
なんで? どうして?


ぐちゃ

直後、れいむの意識は闇へと消えた。
れいむの上には涙を流すまりさ。
理不尽に妻を奪われた可哀想なまりさだ。









れいむの不幸は長く群れを離れたことだった。
人間に飼われていた半年という時間は長すぎた。
半年といえば野生に生きるゆっくりが3~5回は世代交代するほどの時間なのだ。

大抵のゆっくりは1~2ヶ月で何らかの理由によって死亡する。
外敵に襲われたり、子を作って黒ずんで死んだり、変な物を食べて死んだりと様々だ。
れいむは外敵もなく、食事も安全で美味しいものを食べてきたからこそ長生きした。
だけど家族も友達も何らかの理由でとっくに死んでいた。

そしてれいむの群れにいた見知らぬゆっくりの群れはその子孫だった。
れいむが殺したれいむはれいむの妹のひ孫。
れいむを殺したまりさはれいむの友達のひ孫の子だった。
哀れなれいむはそれに知らずに群れの仲間を奪われたと誤解して群れの仲間を殺した。
そして罪のない仲間を殺された恨みにより、群れの仲間に殺された。

せめてゆっくりの言葉が人間に通じさえすればこんな事にならなかった。
家族とも友達とも会えたし、お兄さんと再び遊ぶことも出来た。
早死にしたとしてもれいむは幸せだったのかも知れない。

でもそんなifは存在しない。
その結果が今の無残に潰れた姿。
れいむは家族と再会することなく命を散らせた。












by 赤福


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最終更新:2022年05月21日 21:55