「ゆ~……ゆ~…………ゆっ?」

ある朝、ゆっくり魔理沙が目を覚ますと、見知らぬ場所に居た。いつもの家ではない。
白い壁に覆われて、真ん中に一本の柱が立っているだけの無味乾燥な部屋だ。
不安になって周囲を見ると、おにいさんが座っていた。そして、近寄っていつもの言葉を言う。

「いぬみたいにいうこときくから、ゆっくりさせてね!」

この一言から、ゆっくり魔理沙の一日は始まる。しかし、いつもなら来るはずのおにいさんの返事がなかった。

「ゆっ? おにいさん、どうしたの? だいじょうぶ!?」

もう一度呼びかけてから、身体を揺すると、ようやくおにいさんは反応を示した。

「……魔理沙か」

「まりさだよ! ゆっくりいうこときくね!」

こう言うと、直ぐに何々をしろ、と言われるはずなのに、またしても様子がおかしいままだった。

「魔理沙、俺はもう、駄目だ……」

「ゆゆ!?」

見ると、おにいさんの身体からは赤い水のようなものが流れている。

「どうしたの、なにかでてるよ!?」

「これは、お前たちでいうところの餡子だ」

「ゆぅぅ!? あんこがでちゃだめだよ! はやくもどして!」

諦めたように笑うおにいさん。

「俺は、もう駄目だ。血……いや餡子が多く出すぎた。もう長くない」

神妙な面持ちで話を聞くゆっくり魔理沙。

「だから……あそこを見ろ」

「ゆっ?」

おにいさんが指差したほうを見ると、二つの扉が開け放たれている。

「左に行くと、俺を助けられる人がいる。右に行くと……外に出られる」

「ゆ、おそと……!」

そと、それは甘美な響きであった。良いゆっくりになろうとしたのも、ひとえに外に出たいがためだった。

「魔理沙、お前が選べ。俺を助けるか、外に出るか。どうやったら、良いゆっくりになれるのか」

「でも、くびわが……」

身体にくいこんだままの『首輪』を気にする。これがある限り、いつ死んでもおかしくないのだ。

「大丈夫だ。どっちを選んでも『首輪』は簡単に外れる」

「れ、れいむは? れいむはどこにいったの?」

「それは分からない。どこかに連れて行かれたのかもしれないし、助けを呼びに行ってるのかもしれない」

「ゆゆゆ……」

ゆっくり魔理沙は悩んだ。今まで一緒だったれいむのことも気になったし、おにいさんが死んでしまいそうなことも気になった。
どうすればいいのか分からない。おにいさんに聞いてみても「お前が選べ」としか言わない。
そこで、ゆっくり魔理沙は閃いた。もう、おにいさんは死んでしまう寸前なのだ、と。だから「命令」も出せないのだ。
だったら、助けを呼んでもその間に死んでしまうだろう。それよりも早くれいむを見つけてあげたい。
もしかしたら泣いているかもしれないし、死んでしまっているかもしれないのだ。
やがて、ゆっくり魔理沙は決めた。もう『首輪』は大丈夫であり、おにいさんは駄目だ。なられいむを探しに行こうと。

「おにいさん、ごめ~んね! まりさは、れいむをさがしにいくよ! ゆっくりしんでいってね!」

おにいさんに最後の言葉を投げつけて、思い切り走り出す。
ゆっくり魔理沙は思う。まずはれいむを探すのだ。れいむを見つけて、その後はゆっくりできるおうちも探す。
食べ物もいっぱい集めて、ふたりの子供もたくさん欲しい。たくさん、たくさんゆっくりするのだ。
高鳴る思いのまま、右側の扉へ向かって駆ける。扉からは緑色が見えてくる。そして、外の景色が―――

がちゃん!!

白い壁が続く通路にゆっくり魔理沙はぐちゃり、という汚らしい音を立てて叩きつけられた。
『首輪』も遅れて通路に落ちていった。



「ふぅ……今回は一匹だけか」

座った状態から立ち上がり、軽く背伸びをする。座っているのもそれなりに疲れるのだ。
歩いてゆっくり魔理沙の所へと向かう。『首輪』に引っ張られたことで中身が飛び散っている。

「おい、生きてるか」

「ゆ、っぐりぃ! どぼじでぇ!どぼじでぇぇえぇ!」

生きているようだ。ずいぶんとしぶとい。後頭部の辺りから餡子を撒き散らしていてもまだ喋れるらしい。

「何が、どうしたんだ」

「お゛ぞどぉ゛! ぐびわ゛ぁ゛!」

涙なのか、苦痛なのか分からない叫び声をあげている。
疑問に一つ一つ答えてやることにやろう。どうせ、死ぬ身だ。閻魔様への土産は必要だろうから。

「右の扉は外に続いているが、本当の出口はもっと奥だ。ここはガラスがあるから、外の景色が見えているだけだ」

「ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆぅ!」

ショックのためか、餡子を出しすぎているためか、ゆっくり魔理沙は痙攣し始めている。まずいな、早く説明してやらねば。

「左の扉に行けば、俺が操作して『首輪』を外した。だが、お前は右に行ったから『首輪』を外さなかった」

「ゆっ……」

「お前が本当に『良い』ゆっくりがどうかを試したんだ。そして、お前は『良い』ゆっくりにはなれなかった」

俺を助けに行っていればこんなことにはならなかったのにな、と付け加える。


その時、ゆっくり魔理沙の頭の中はぐるぐると渦巻いていた。
どうして、どうして、こんな風になったのか。れいむはどこにいったのか。
自分はどんな風になっているのか。いたいいたいいたいしんでしまう。
だれかたすけてれいむたすけておにいさんたすけて。
良いゆっくりになるから良いゆっくりでいさせてゆっくりさせて。
なりたくないあれにはなりたくないあれになったら死んでしまう。
いやだいやだいやだいやだくびわやだあれになるのはいや。

「魔理沙、お前は『悪い』ゆっくりになったんだよ。だから―――ゆっくり死ね」

「い゛や゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

わるいゆっくりには、なりたくなかった。



俺は血糊を吹いて、部屋から出た。

「おつかれっす」
「どうも。今回は一匹だけですいません」

加工場の馴染みの職員と挨拶を交わす。

「いや、今回のヤツはアクが強いってんで、一匹も無理じゃないかって皆で賭けてたんっすよ」
「ほほう、それで?」
「オレの一人勝ちっす! ま、賭けてた商品がゆっくりなんで、あんまありがたくないっすけど」
「それは確かにありがたくないですね。おっと、少し失礼」

職員との話を切って、ゆっくり霊夢の所に向かう。最後までちゃんと調教しなくてはいけない。
ゆっくり霊夢は部屋で起きていたことを全て見ていた。今も友人の死体を見て呆然としている。
魔理沙側からは見えないが、霊夢側からは見えるという、マジックミラーというものだ。

「良かったな霊夢。これでようやく『良い』ゆっくりになれるぞ」

「な゛ん゛でぇ゛」

嬉しくないのだろうか、あれだけなりたがっていたのに。まあ、無理もないが。

「どう゛じでぇ゛! ま゛り゛ざじん゛ぢゃ゛っだよ゛ぉ゛ぉ゛ぉぉっ!」

「魔理沙は最後の最後で『良い』ゆっくりになれなかった。だから、餡子をぶちまけて、死んだ」

ゆっくりにも分かるように、噛んで含めるように言う。これはこれで最後となるだろう。

「どぼじでぇ!? ま゛り゛ざば」

「人間の言うことを聞かない『悪い』ゆっくりになった。俺を助けなかったというのは、そういうことだ」

あれこそが最終試験。調教要件は「如何なる場合でも言うこときくゆっくり」であったからだ。
ゆっくり霊夢は『悪いゆっくり』という単語に身を震わせる。ほとんど条件反射のようなものだ。

「霊夢、お前は犬のように人間の言うことをきく『良い』ゆっくりだ。言うことを聞いていれば」

ゆっくり魔理沙の残骸を見せつける。

「あんな風には、ならない」

「れ゛い゛む゛は゛い゛い゛ゆ゛っぐり゛でず! な゛ん゛でも゛、い゛ぬ゛み゛だい゛に゛い゛う゛ごどぎぎま゛ずぅ!」

これにて、調教完了である。俺の仕事もようやく終わった。


職員にゆっくり霊夢を引き渡し、いくつかの諸注意を与える。
言うことを聞かせたら、たまに食事を与えること。
「犬みたいに」という言葉を使えば、大概のことはする。
そして、

「時々、あれをいじっておいてください。大丈夫だと思いますが、念のため」
「はあ……しかし、あんな棒切れで本当に大丈夫なんすか?」

ゆっくり霊夢は『首輪』が既に外されており、代わりに『首輪』で空いた穴へ棒が突っ込んであった。

「体内に異物が入ってる限りは言うことをきかねばならない、という条件付けしてあるので、大丈夫ですよ」

異物といっても、そこそこ大きさがあればなんでも良い。ゆっくり霊夢が錯覚さえすればそれでいいのだ。
一応、他のゆっくりに不審がられないようにあまり長くないものを差し込んである。表面から少し出てる程度の長さだ。

職員の手に持たれたまま、ゆっくり霊夢はまだ泣いている。

「じゃあな。加工所で『良い』ゆっくりとして頑張っていけ」

「な゛ん゛で、ごんなどごにお゛い゛でぐの゛ぉ!?」

加工所は危ない、『悪い』ゆっくりは加工所で殺される、と徹底的に調教したためか、加工所にはいたくないらしい。

「なんか、泣いてますけど?」
「調教し終わったゆっくりが何を言おうが知ったことではないですよ」

無視して、歩いていく。報酬は後で請求しておかなければいけない。

「ごごい゛や゛ぁあ゛あ゛ぁぁ! い゛ぬ゛みだいに、い゛う゛ごど、ぎぎま゛ずからぁ! づれ゛でっでぐだざいぃぃぃぃっ!!」

……いい加減、うっとおしい。今度こそ本当に最後の言葉を伝えてやらねばなるまい。

「黙っとけ。俺は犬よりも猫の方が好きなんだ」

俺の言葉で「ゆ゛っ!」と一度鳴いた後、黙り込むゆっくり霊夢。
調教したゆっくりが実験や牧羊犬、または繁殖用に使われようが、どうでもよかった。
背中にゆっくりの恨みがましい視線を浴びながら、帰りの途につく。
いつか猫でも飼ってみるか、などと俺は益体もないことをなんとなく考えていたのであった。





どうでもいい後書き

前編と後編に分けてみたけれど、分量が違ってしまったのが残念。もう少し均等にしたかった。
調教っぷりが足りてないなぁ、と切に感じるね。
あんな風に書いるけど、犬は嫌いじゃないよ。猫も嫌いじゃないけど。
あと、ゆっくりも好き。むしろ好きでなければこんな話書けるわけがない。
好きだから、つい殺っちゃうんだ♪ ってな具合。

「首輪」なる代物を出してみたけれど、こんなの誰でも考えつきそうなので勝手に使って構いません。
爆弾型の首輪を使ったSSがあったら、むしろ見てみたい。誰か書いて。
「~こわい」でシリーズ化してみようかとも思ったけど、書き続けられる自信がないのでやらない。やれない。
眠いせいか、支離滅裂で脊髄反射的な後書きですいません。

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最終更新:2022年05月03日 16:59