子れいむは怒っていた。凄く怒っていた。
 まだ産まれて半年ほどしか生きていないれいむだが、これほどの怒りは覚えがない。まるで中身の餡子が溶岩に変わってしまったかのようだ。

 原因は、みんながあっさり人間に付いていってしまったことだ

 いくら黒ゆっくりの効果は絶大で、高いところから降りられないのを助けてもらったとはいえ、敵である人間達とゆっくりすることなんて今の子れいむには考えられない。

 なのに、協力してくれる筈のみんなはあっさりゆっくりしてしまい、お兄さんと楽しく雑談する始末。

 子れいむの睨み付ける対象は、ごく自然に5つに増えていた。

 そんな時だ。
 ずりずりと縁を地面に擦りながら動いていた帽子が、子れいむの所まで下がってきたのは。

「ゆっ!?」

 怒りと焦りを感じる強い口調で子れいむは向かえ入れる。
 帽子から僅かに覗かせた顔は、宥めるような優しい笑顔だった。

「ゆっ、ごめんねれいむ。おこらないでね」
「……」
「おなかいっぱいになったら、このちょうしで れいむおかあさんの かたき をまりさがとるよ! だから……みんなでゆっくりしようね!」
「まりさ……」

 言いたいことを言い終え、まりさはまた前へ戻っていく。途中、縁を頭に引っかけた帽子がずれ落
ち、また持ち上げるのに苦労していたが、時間をかけて何とか元の位置へと戻っていく。

「……」

 気づけば、荒れていた心が嘘のように落ち着いていた。

 子まりさと子れいむは住んでいる巣穴が近い、人でいうところの幼なじみな関係だった。年齢はほとんど変わらないが、せっかく見つけた餌を無くしたり、お母さんに怒られて泣いている所をよく子まりさが慰め、代わりのをくれたり一緒に遊んだりする姉妹のような関係だった。親を失って、失意のどん底だった子れいむが立ち直ったのも子まりさの気遣いあってこそだ。

 今も、あれだけ大きな帽子を被っていたら歩くだけで疲れるのに、れいむの気分を察してわざわざ移動してきてくれた。

 改めて子れいむの中に甘い親愛という気持ちがわき上がった瞬間だった。

 そんなことは露知らず、犬神は戻ってきた子まりさと話を続けていく。

「その帽子は誰の帽子なんだ?」
「ゆふーん、まりさのおかあさんの帽子だよ! おきるまえにかりてきたんだよ!」

 犬神の脳裏に、飾りを奪われ周りのゆっくりから徹底的に攻撃され、体のあちこちから餡子を滲ませ絶望を叫びながら死んでいく光景がいくつか浮かんだが、気にしないことにした。

「その黒ゆっくりというのは、丸くて全身が真っ黒なのか?」
「そうだよおにいさん! いまのまりさみたいなんだよ!」
「……なるほどなぁ……」
「黒ゆっくりはその口で人間だって食べちゃうよ! お兄さんもかくごしてね!」
「そうか……真っ黒か……」

 やがて自らの家へ戻ってくると、犬神は子供達をそのまま引き連れて玄関へ入っていく。
 ぴょんぴょんと、段差を小さく飛び跳ねて入っていく5匹へ静止を促した。

「ここまで持ってくるから、みんなはそこで待っててくれよ」
「ゆっくりりかいしたよ!」
「とかいは はまたせたりしないわ! 早くもどってくるのよ!」

 その場から体を前に出し、手を伸ばして玄関を閉めるとそのまま奥へ向かっていった。
 子れいむを除いた4匹の口からは、期待が自然とこぼれ落ちてくる。

「どんなごはんがやってくるのかしら! とかいは な きたいでいっぱいだわ!」
「人間はおいしいものをたくさんもっているって言ってたわ。むきゅー! たのしみね!」
「きょこーん!」
「……」

 やがて遠ざかった足音がまた近づいてくると、犬神が透明な箱を持って帰ってきた。

「お待たせ、これがごはんだよ」
「ゆ?」
「むきゅ?」

 それぞれが疑問の声を上げる。犬神が持っていた箱には透明で靄のように白い物が混じった何かが入っている。しかしそれは子供達の知識にはどこにもない食べ物だった。

「おにいさんそれは何なの? ゆっくりできるもの?」
「おや? ……そうか、そうだな。こうなったら分からないのか」

 犬神は透明な箱を傾けると、オブジェである石で出来たテーブルのような物の上に垂れ流していく。濁ったそれは水飴のような粘りを見せながらも石の上に広がっていく。

 子まりさ達には、どうしてそんなことをしているのかまるで理解できない。

「ゆゆ? 何をしているのおにいさん?」
「ん? 知らない物を食べるのは抵抗があるだろ、試しに食べてもらおうと思ってな」

 流し終わって透明な箱を地面に置くと、子まりさの帽子をひょいっと持ち上げた。

「ゆゆっ!? なにするのお兄さん! おかあさんの帽子かえしてね!」
「食べてる間は邪魔になるだろ? 預かるだけだから心配しないで、ゆっくり食べてね!」

 言うと早く、子まりさを片手で捕まえて石の上まで運んでやった。

「ゆ……ゆゆっ……」
「さぁ、食べてみてよ!」
「む、むきゅー!」
「まりさぁ! だいじょうぶぅ!?」

 下からみんなの心配そうな声が聞こえてくる。
 未知の恐怖に子まりさも震えを隠しきれなかったが、ふと目をやった先で心配そうに涙を浮かべた子れいむを見つけ、腹を括った。

「ゆゆーん! すごくゆっくりできそうだよみんな! まりさがさきにたべてみるね!」
「まりさぁ!!」

 精一杯の虚勢を張り、改めて子まりさは目の前へ目を向ける。
 所々白く、しかしほとんどが透明なそれは、まるで空にかかる雲が降りてきたように見えた。

「……っ」

 そろりそろりと伸ばされた舌が、その透明な物体に触れた。

「ま、まりさ……」
「ちーんぽ……」
「……」

 まりさは何も言わず黙っていると、今度は大きく口を開けてかぶりついた。

「むきゅー……?」
「はんだーち……?」
「……うめぇ、これめちゃくちゃうめぇ!」

 途端、ガツガツと見境なしに食べ始める。
 凶変したまりさの様子に3匹は素早く反応した。

「そ、そんなにおいしいの! ゆっくり出来るの!?」
「むきゅー! おにいさんわたしたちにも早く!!」
「ああ。それじゃ場所もないし、この箱の中で直接食べてくれるか」
「しゃせーーーーーいっ!!」

 同時に箱へと飛びかかる3匹。犬神の補助もあってどうにか中へと入っていく。壺をしまうような縦長の透明な箱は、同時に入ってもまだ場所に余裕はある。ぶつかる心配もなく3匹は水飴のようなそれを貪っていった。

「むーしゃむーしゃ!!」
「むきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅっ!! すごくおいしいわ! とろけるようなあまみがすごいゆ
っくりよ!」
「ぜっちょおおおおおおおっ!!」

 次々と歓喜の声が上がっていく。
 友達の絶賛するその光景に、子れいむはうずうずと体を動かしながらも食べようとはしなかった。
 どうしても、敵である人間から食べ物を貰いたくない。

「れいむは食べないのか?」
「れいむはいいよ。れいむの分はみんなに あげてね」
「……そうか」

 まぁいいかと、残念そうにため息を吐く。どこか違和感のある光景だったが、子れいむはさほど疑問には思わず、じっと犬神を恨みったらしく睨み続けた。

 犬神はもう子れいむの事は気にしないで子まりさを見る。
 そこには警戒していたのが嘘のように体中に水飴のような物体をつけ、食べたりないと石へ顔を擦りつけるように舐め回している姿があった。

 今食べている物が、自分たちの排泄物だと知ったら、いったいどんな顔をするだろうか。
 ちょっとした興味が湧いてくるが、どうにか欲求を抑えきり、犬神は質問した。

「まりさ、そういえば真っ黒になる良い方法があるんだが、試してみようか?」
「ほんとうおにいさん! ゆっくりためしてね!」

 嬉しそうに声を出すが一度も犬神の方を見ず、もはや排泄物から出来た食べ物に首っ丈だ。

「よしわかった。ちょっと待ってろよ」

 犬神はまた奥へと歩いていった。
 むーしゃむーしゃと4匹が食べ続ける声が聞こえる。空腹を耐えている子れいむにとっては、この上ない拷問だ。

 あまりの美味しさに正気を失っていた子まりさだが、堪え忍んでいる子れいむに僅かだが理性を取り戻した。

「れいむ! あとでいろいろゆっくりしたごはんとってくるよ! まりさたちばっかりゆっくりしてごめんね!」
「……うん、きにしないでまりさ」

 体中を汚したままの説得力のない言葉だったが、あれほど一心不乱だった子まりさが気をつかってくれた事を子れいむは素直に喜んだ。

 今度は短い時間で犬神は戻ってくる。手に何かを持っている様子だが、子れいむの角度からは見えなかった。

「ゆゆっ! おにいさんおかえりなさい! ゆっくりしていってね!」
「ああ、ゆっくりさせてもらうさ。取りあえず黒くするぞー」
「ゆゆーん! ゆっくりやさしくしてね……」

 犬神は石の正面へと移動する。その僅かな移動が、子れいむの位置から子まりさを見えなくし、不安という魔物を一気に巨大化させていった。

「ゆっ!? ま、まりさああああああっ!!」

 思わず叫び声を上げてしまうが、犬神の体越しに無事を知らせる声が飛ぶ。

「ゆゆ、しんぱいしないでれいむ! まりさはゆっくりしてるよ!」
「ゆゆ……まりざぁ……」

 元気そうな子まりさの声を聞いても、子れいむの不安は消える事はなかった。大事な人の姿が見えないというのは、何よりも心をかき乱す。

 先ほどから子供達が食べていた物は、俗にゆっくり達がしーしーと呼んでいる排泄された液体から出来たものだ。

「……ゆ?」

 饅頭であるゆっくりから排泄されるものだけに、糖度の高い液体であり、調理に使ったりお菓子の材料にする人も少なくない。

「……お、おにいさん! なにしてるの!!」
「ゆっ!? ま、まりさ!! どうじたの!?」

 しかしこのしーしー、含まれているのは糖分だけではなかった。

「う……うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
「ま、まりざああああああああああっ!! どうじだのおおおおおおおおおっ!!」

 ゆっくりの油が含まれているのか、脂肪分も高く、発火性が高かったのだ。

 犬神が子まりさの正面から離れる。
 子れいむの目に映ったのは、炎上する石の中心で燃えながら叫び続ける子まりさの姿だった。

「いやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 慌てて助けようと石へ飛び跳ねるが、その高さに助けるどころか飛び乗る事さえ出来ず、必死に石の麓で藻掻くことしか出来る事がない。

「れ、れいぶぅううううっ!! あずいよおおおおおおおっ!!」
「まじざぁっ!!」

 慌てて状況を確認しようと身を引いて見える位置まで戻ると、皮は茶色い焼け跡がつき、髪の毛も溶け、苦悶の表情が顔に刻まれた別人のような子まりさがそこにいた。
 溢れる涙も炎で蒸発し、子まりさの苦痛を和らげるものは何もない。

「あ、ああああああああ……」

 子まりさが燃えていく。
 綺麗だった髪の毛も、艶のある白かった肌も醜く爛れ。
 絶望を叫びながら、親愛の相手が苦しんでいく──。

「やあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! ゆっぐりじでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ!!」

 やがてお菓子が燃え切り、鎮火すると。
 舌を出し、虚ろな表情の焼き饅頭がそこにあった。

「……ゆぅ……ゆぅ……」
「……うん、黒ゆっくり美味しそうだ」

 その焼き饅頭の出来に、思わず犬神も満足げに頷く。
 燃え尽きたお菓子は溶け、まるでコーティングしたかのように焼き饅頭の体に照りを与えている。犬神の狙い通りだ。後は味さえ問題なければ……。

 試食しようと、犬神の手が焼き饅頭に伸びた。

「まりざにざわるなあああああああっ!!」

 怒りのままに子れいむは足へと体当たりを繰り返すが、お手玉程度の大きさではびくともしない。
 まるで意に介さず、掴まれた子まりさは口の中へと運ばれた。

「がぶっ」
「ゆぐっ!?

 焼けただれて続いていた痙攣が、一口食べられた瞬間、まるで動かなくなってしまった。
 もう、子まりさはどこにもいない。

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「……おおっ、やっぱり美味い!」

 味自体は、普通よりは控えめな甘さとはいえ飴に饅頭と甘みが非常に強いが、今までにない溶けた飴の歯ごたえが口の中を楽しませる。

「これはいける!」

 確信を得、そのまま残りも平らげようとした時、足に鋭い痛みが走った。

「っ!?」
「うううう~っ!!」

 子れいむが足首を思い切り噛みついたのだ。
 噛みつかれた箇所から、血の流れ出す感触が伝わってくる。

「……ふんっ!」
「ゆぐっ!?」

 思いっきり足を振り、犬神は子れいむを吹き飛ばす。

「げふっ!!」

 壁に当たり、子れいむはそのまま地面に倒れた。顔を俯せにしたまま起き上がる気配がない。餡子が漏れなければ早々死なないゆっくり。壁に当たった衝撃で気を失っていた。

 思わずやってしまったが、死んでいない事に気づくと犬神はほっと息を吐いた。このまま踏みつぶしてしまってもさほど問題はないが、只でさえ子れいむが食事を拒否した為に面倒が増えている。手間はなるべく省きたかった。

 犬神はゆっくりと、箱の方へ目をやった。

「……あ……ああ……」
「むきゅー! ……む、むきゅー!」
「た、たたたたたたたん、たん……っ!」

 目の前で起こった一部始終に震え上がる、新たな食材を見つめていた。






 子れいむは暗い暗い洞窟の中にいた。

「ゆ? ……ゆゆっ!?」

 慌てて周りを確認するが、お姉さん替わりのような子まりさも、実の母親もどこにもいない。
 いや子れいむには分かっていた。
 確かにここに母親がいることを。

「お……おかあしゃああああああん!! おかあしゃああああんっ!!」

 何度も叫び続けるが、母親が現れる様子はない。
 ただあの大きい存在感が、子れいむに伝わってくるだけだ。

「おかあしゃあああああああん!!」

 お母さんを求め、子れいむはただただ叫び続けた。






「おかぁ……!」

 子れいむは目を覚ますと共に、その場で飛び跳ねた。

「……ゆ?」

 なぜ飛び跳ねてしまったのか、子れいむ自身もよく分かっていない。なんだか凄く怖い夢を見ていたような気がするが、それが何なのか思い出せない。場所が玄関から部屋に変わっている事もあり現実感がないまま、微睡みに包まれていた。

「ああ、起きたのか。寝ている内に済ませたかったんだが」
「ゆぐっ!?」

 そんな眠気も、犬神の顔を見た瞬間に吹き飛んだ。
 開かれた引き戸から外を見ていた犬神は、体の向きを部屋の中へと変えた。

「お兄さん! まりざわっ! まりざわどうじだのっ!!」
「食ったけど」
「ぴぎゃぁっ!?」

 否定したかった現実をまた突き付けられ、思わず後ずさった。

「黒ゆっくりと聞いて試しにやってみたが、思ったより美味くてよかったよ。どうも餡子としーしーが相性いいみたいでな」
「う……うう……」
「餡子じゃない奴らと相性が悪かったのが残念だけどな」
「……ゆっ?」

 言われてはたと気づいた。友達3匹が入っていた筈の箱が見当たらない。
 想像してしまった最悪の結果に思わず口が開いていた。

「み、みんなは! みんなはどうしたの!?」
「ああ、帰したよ」
「ゆゆゆっ!?」

 良い結果、しかし予想外の返事に、逆に驚き戸惑ってしまう。

「ありすを黒ゆっくりにして食べたんだけど……飴とあわなくてね、これじゃ他の奴も望み薄だし、まだ元気だったから放してやったよ、ほら」
「ゆ……っ」

 犬神が外を指さす。引き戸から外を見れば、元気なみんなの姿があるのだろうか? 子れいむは疑問を確認するために引き戸へ近づいていく。

「うーんしょ……うーんしょ……」

 次第に明るくなり、外の景色が目に映ってくる。

「……ゆ?」

 この家の手入れされた庭には、かすかに生えた草以外には何も見当たらなかった。

「だれもいないよ! おにいさんうそついたの!」
「おいおい、よく見てみなよ」
「ゆ……」

 じっと目を細め、改めて庭を見る。
 すると、草の生えた場所である変な物を見つけた。

「ゆ?」

 黒くて丸い玉が3つ転がっている。

「……」

 その黒い球体が口を開けた時、ようやく子れいむにもそれが何なのか理解できた。

「と……と……」
「……む……きゅ……」
「い……ぽ……」
「ひぐっ……っ!」

 それは体全体を、皮が見えなくなるほど大量の蟻に食い尽くされ、痙攣を繰り替えす友達の姿だった。

「帰してあげたんだが、あの辺で力尽きたらしくて。さっき近づいて見たらゴマ団子みたいになってたよ」
「……っ! ……っ!!」

 あまりの衝撃に、言葉が口から出てこない。
 今やあの3つがゆっくりだと判別できるのは、口からだらしなく出ている舌と体の痙攣だけだ。気づけばその舌にも、いくつか蟻が群がり始めている。
 恐怖に犯された子れいむの餡子の中では、同じように蟻に覆われた自分の姿が映し出されていた。

「あ、ありさん嫌っ! ゆっぐり、ゆっぐりいいいっ!!」
「おっ!」

 もう復讐心は欠片もない。
 ただ安心出来る場所を求め、子れいむは逃走した。
 よほど怖かったのだろう、目は瞑り、前もあまり確認していない。
 数秒も経たないうちに、硬いものにぶつかりその場でよろけた。

「ゆぐぅっ!」

 涙がにじみ出てくるが、後ろにはもっと怖いものがある。
 痛みを堪えて逃げようと前を向く。
 しかしぶつかったものが何なのか確認した瞬間、子れいむに新たな出会いが待っていた。

「ゆ……?」

 子供が間違える訳がない。
 同族と比べても大きな体、綺麗な肌、そして大きなリボンがさらに特徴的だ。
 そこにいたのは、確かに子れいむの母親だった。

「ゆ……ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ……っ! お、おかあしゃああああんっ!!」
「なにっ?」

 感動のご対面に、子れいむは我を忘れて飛びかかる。
 そして、先ほどと同じように跳ね返された。

「ゆぶっ!? ……ゆ? ゆゆゆゆゆゆゆ……っ!?」

 ゆっくりは基本的に柔らかいが、空気を吸う事で膨らんだり、一時的に体を硬くする事が出来るものもいる。母親もそんなゆっくりだったが、久しぶりに会えて抱きついた子供に、体を硬くして拒絶される理由が子れいむには分からない。

 跳ね飛ばされた場所で母親を見つめ、困惑していた。

 犬神は、目の前で起きているまさかの事実に驚いていた。子供達が適当な相手に敵だと言っているだけだと思っていた為、その驚きも人一倍だ。

 こんな事もあるんだなと、どこか感慨深く感じながら、呆然としている子れいむへ近づいていく。

 やがて犬神が真後ろまで来た時、子れいむは気づいた。
 母親は、一度も表情を変えていない事に。

「……!!」
「捕まって来たゆっくりが、普通のゆっくりにしてはかなり大きかったんでね。剥製にして記念に飾
ってるんだよ」
「……あ」

 理解出来ない。
 犬神が何を言っているのか、子れいむには理解出来ない。
 ただ温もりもなくなってしまった母親の体が、子れいむに事実を伝えていた。

「ああ……」

 ひょいっと、軽い動作で子れいむを持ち上げる。抵抗するような様子もない。
 子れいむの餡子の中は、現実の辛さに耐えきれずもはや真っ白になっていた。叫ぶ気力もなくなっている。
 ああ、楽に済んでよかったと思いながら、犬神は新たな黒ゆっくりを試作しようと台所へ向かった。

 子れいむは運ばれていく間、虚ろな眼差しで母親を見続けた。
 母親は一度も子れいむを見ないまま、空に向かって断末魔の表情を浮かべ続けていた。

 まるで、子れいむのこれからを暗示するような姿だった。






 その後、新たな目玉として発表された黒ゆっくりは大ヒットまではいかないものの、ヒット商品となり、犬神の名声をますます確かなものとした。

 黒ゆっくりは食べ物として人々に広まり、それが新種のゆっくりだと思う者は誰1人いなかった。






「むきゅー! これでかんせいよ!」

 新たな紙芝居を完成させ、絵好きのゆちゅりーは大きく声を上げた。何度も作ってきた経験が生かされているのか、最初に比べ、完成するのが随分早くなっていた。

 黒ゆっくり以来、新しい話を考えては、ゆちゅりーは紙芝居にして子供達に披露している。
 それは以前通り元気づける事が目的だが、あの時とは状況が変わっている。
 以前紙芝居を観に来てくれた6匹を皮切りに、今度は少しずつ子供達がいなくなっているのだ。
 子供は元気の象徴であり、おかげで群の中の雰囲気はかなり暗いものになっている。
 人間達の仕業という話もあれば、謎の黒ゆっくりが原因だという声もあり、理由ははっきりしなかった。

「むきゅきゅ……どこにいっちゃったのかしら……」

 紙芝居を観てくれていただけに、ゆちゅりーも思い出す度に気落ちしてしまう。

「むきゅっ!! こんなことじゃいけないわ! はやくわたしの絵でみんなをげんきづけましょ!!」

 気持ちを新たに引き締め、紙の束を口に咥え、子供達の元へ向かっていく。子供がいなくなり、ますます元気がなくなった今こそ自分の紙芝居が必要だと、ゆちゅりーは真剣に考えていた。

 得意のなめくじ歩きで、急いで広場へと向かう。
 途中、ふと湧いた疑問を口に出した。

「それにしても……黒ゆっくりって何者なのかしら……むきゅぅ」

 最初の紙芝居から、既に2週間が経っていた。







「ゆうーっ!!」
「いやああああっ!! ゆっぐりざぜでえええええええっ!!」

 森の中を2匹の赤まりさが逃げていく。小さく跳ねて進むその姿は可愛らしいが、逃亡するにはいささか速度が足りない。

 あっという間に、村の子供達に捕まってしまった。

「ゆぐうぅぅぅぅぅぅっ!!」
「ほぅら捕まえたぞ!」
「やったね! 早く黒ゆっくりにしようぜ!!」
「いやだあああああああっ!! 黒ゆっくりはいやだああああああああっ!!」

 2匹がいくら泣き叫んでも子供達の手が緩む事はない。子供にとってご馳走に等しいお菓子を逃すなんて考えはどこにもなかった。

 ゆっくりをそのまま食べるよりも甘く、調理方法も簡単な黒ゆっくりは、いつしか子供達の遊び兼お菓子として広まり、多くのゆっくり達が燃やされていった。

 そのため、ゆっくり達の中で今や黒ゆっくりは恐怖の対象となり、口に出すだけで怯えるほどの存在になっていた。

 きっとこれからも、怯え、燃やされる日々は続くだろう。

「しーしーたっぷりつけようぜ!」
「どうせだからこいつらの親も捕まえていかない? しーしーの量増やせるよ!」
「いやだ、やめて! いやだあああああああああっ!!」

 赤まりさ達の泣き叫ぶ声と、子供達の楽しそうな声が木霊する。
 今日もゆっくり達は、多くの人の口を楽しませていた。





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最終更新:2022年05月21日 23:33