※気持ちほのぼの


綿棒


「ゆっきゅいしちぇいっちぇにぇ!!」

キンキンと甲高い声が響く。声の主はゆっくりれいむ。空の菓子箱の中で綿に包まれ、ぴょんぴょんと跳ねている。
今朝方玄関先でゆーゆーと泣いて居たところを拾ったのだ。周囲に家族は見えないし逸れたのかもしれない。
いずれ親が迎えに来るかもしれない。それまで気まぐれで面倒を見てやるのもいいだろう。

「ゆっきゅい!! ゆっきゅいー!!」

何か言っているがわからない。腹が減っているのかとキャベツの外葉を与えてみる。

「むーちゃ、むーちゃ・・・えれえれ!!」

勢い良くかぶり付く、当たりのようだ。しかし上手く咀嚼出来ない様で噛み切れていない。
それならばと細かく千切ってやる。だがそれでも戻してしまう。
固形物を食べるにはまだ早いらしい。犬や猫なら哺乳瓶でミルクを与えるところだが、生憎そんなものは無い。
指先に砂糖水を付けて差し出すとぺーろぺーろと必死に舐めている。しかし口に対し指が大きすぎるのか上手くいかないようだ。
顔中をベタベタにしながら涙を浮かべている。とてもではないが満足な様子には見えない。
どうしたものかと考えあぐねていると、視界のすみにあるものが映った。

「ちゅーぱ、ちゅーぱ・・・しあわちぇ〜!!」

綿棒をしゃぶりながら涙を流す、結局泣くらしい。
とはいえ、先程とは明らかに顔色が違うところを見ると充分満足しているらしい。
そんな感じで数回、箱と砂糖水をおうふくさせると、やがて満腹になったのかれいむは静かに寝息を立て始めた。
こうして僕とれいむの生活が始まった。


「ちゅぱちゅぱちゅるよ!! ちゅぱちゅぱちゅるよ!!」

はいはいと相槌をうちながら綿棒を差し出す。それを口一杯に頬張り幸せと声を上げるれいむ。
今日も迎えはやってこない。もしかしたらもう居ないのかもしれない。
そんな思いも露知らず、棒の先では無邪気にれいむが笑っている。
ついっと持ち上げると、咥えたままで宙ぶらりになる。面白いのでそのままプラプラと振ってやる。

「ゆっふひふぁふぇふぇ、ゆっふひふぁふぇふぇひょー!! えぽっ!!」

いかん、やりすぎた。れいむはピュッピュと餡子を吹き出す。
慌てて綿棒の先にそれを集めると、ぎゅっぎゅと詰め込んでいく。

「うぶ!!? うむむむむむむむむむ!!!??」

数分のあいだ出しては戻し、出しては戻しを繰り返し、ようやく餡子の流出は治まった。

「ゆっきゅいさせちぇ、ゆっきゅいさせちぇ・・・」

もっともれいむは青くなってプルプルと震えていたが、まぁ大丈夫だろう。


その晩、同じように食事を与えようと箱を覗くも、れいむは隅で固まって微動だにしない。
腹が減ってないか訪ねても答えない。取り合えず綿棒を差し出してみる。

「ゆっきゅいしちゃいよ・・・ちゅぱちゅぱきょわいよ・・・」

昼のことがトラウマになってしまったらしい。
だが他にいい方法も思いつかない。仕方がないので綿棒を伸ばし続ける。

「ゆっきゅいしちぇね? ゆっきゅいしちぇね!!」

念を押すようにそう言うと、そーろ、そーろと這いよってくる。
そしてあと一歩と迫ったところで、ぴとっと綿棒を顔にくっつけてやる。

「ふみぇみぇみぇみぇ!!?」

途端、弾けるように飛び上がるとバタバタと箱の中を走り回り始めた。
広くも無い枠組みの中で、体をあちこちにぶつけながら転がりまわる。
そうして一際大きな音を立て、壁とキスをしたれいむはもんどり打って仰向けに倒れた。
大口を開けて伸びているの見て、思わずそこへ綿棒を突っ込む。

「んむっ!? ちゅーぱ、ちゅーぱ・・・」

一瞬ビクリとしたがちゃんと飲んでいる。白目を剥きながらの食事というのはシュールだが、きちんと食べてくれるなら良しとしよう。
それを数回繰り返し、けぽっと小さなゲップがしたところで夜の食事を終えた。
その後、意識の戻ったれいむは不思議そうに小首をかしげていたが、やがて丸まって寝息を立て始めた。


「ちゅぱちゅぱちゅるよ!! ちゅぱちゅぱちゅるよ!!」

朝から元気良く飯の催促。一晩立つと忘れるらしい。便利だ。
いつものように砂糖水を与える、いつものように勢い良く咥える、だが。

「ちゅーぱ、ちゅーぱ・・・ゆぅ」

何やら不満そうである。そこで朝食の米粒を数粒くっつけて差し出す。

「むーちゃ、むーちゃ、しあわちぇ〜!!」

もう柔らかいものなら食べられるらしい。目を見張る成長の早さだ。
そうして指先ほどの量の米を食べると、満足したのか綿に包まり遊び始めた。


パチパチと炭が弾ける。網の上ではぷっくりと餅が膨らんでいる。
れいむがプルプルと震えていたので急遽火鉢を出してきた。今年もそろそろ雪が降るか。
焼きあがった餅に海苔を巻いてかぶり付く。実に旨い。

「ゆっきゅい!! ゆっきゅい!!」

醤油の焦げる臭いに釣られてか、ゆーゆーとれいむが声を上げる。
硬いと食べずらかろうと中心の程よく蕩けたところを巻いていく。しかし、それがまずかった。

「ゆっきゅいー!!」

待ってましたとばかりに飛びつくれいむ、その瞬間。

「ゆびゃああああああ!!!??」

餅が熱かったらしく慌てて吐き出す。しかし粘つく餅は用意に離れず、口端に付いて尚も焼き続ける。

「ゆっきゅいさせちぇー!!!」

綿棒をブンブンと振りながらボロボロと泣き喚く。
慌てて綿棒を引っ張るが時既に遅し、冷え固まった餅はビクリともしない。

「ゆももももももももも!!!??」

片手でれいむを押さえ、もう片手で綿棒を引く。
だがその体から綿棒は離れず、代わりにれいむが餅のごとくうにょろと伸びている。
無理をすると千切れそうで、仕方なく綿棒を離す。

「ゆぺっ!!?」

ペチンと乾いた音がした。どうも綿棒の片側がバットのスイングのように体を打ったらしく、ピクピクと悶絶している。
引いて駄目なら。再度綿棒を掴むと、今度はくりくりと回転させてゆく。

「ゆぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!!!??」

綿棒が回るのに合わせて、みちりみちりとれいむの皮が巻き込まれていく。
抓るとかそんな次元では済まない。あえて言うなら捻じ切るといった言葉が一番近いか。

「ぽぽぽぽぽぽぽぽぴいいぃぃぃぃ!!!!!」

素っ頓狂な悲鳴を上げ、圧迫された餡子が口から飛び出す。
そこで慌てて反対方向に回し始める。

「うぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!!!??」



数分後、餡子を詰められたれいむは力なく蹲る。その顔は左側だけがビロビロと伸びていた。

次の日から食事は小皿に盛られるようになった。


終わり

作者・ムクドリの人

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最終更新:2022年04月16日 00:01