その1より

れいむたちが考え付く限りの作戦を敢行しておよそ3時間。3匹は未だ部屋から出られないでいた。
壁に体当たりをしても壊れない、床に穴を開けようとしても硬くて掘り返せない、再度3匹でお兄さんを呼んでも返事は返ってこない。
疲れてお腹の空いてきた3匹は、一時休憩とばかりにドッと床に座り込む。

「でられないね……」

まりさがポツリと呟く。
どんなに頑張ろうと、この部屋のありとあらゆる物が、自分たちの行く手を阻む。
かつて見たこともない物で溢れかえっていることもあり、れいむはまるでここが異次元の世界のように感じられた。
更にはお腹が空いてきたこともあり、いよいよもってれいむはこの状況に恐怖を感じ始めた。
もしまりさやありすが側にいなく、一匹でここに閉じ込められでもしたら、たちどころに精神が参ってしまうだろう。
本当に自分たちはここで一生を終えることになるのではないか?
まりさの一言は、精神的にも肉体的にも憔悴したれいむを落とすのには、あまりにも雄弁すぎる言葉だった。
すでに頭の中は最悪の事態まで考え始めている。

しかし、れいむの悪い空想とは裏腹に、ここに来てようやく事態が動き始めた。
突然、遠くから物音がしたかと思うと、徐々に足音らしきものが近付いてきて、すぐそばでピタリと止まった。
そして今までビクともしなかった壁がいきなり開き始めた。単に扉が開いただけともいう。
そこから部屋に入ってきたのは、三匹をここに連れて男その人であった。

「おにいさん!! くるのがおそいよ!! れいむぷんぷんだよ!! あのおいしいものをいっぱいもってきてくれないと、れいむおこっちゃうよ!!」

扉が開き、暗黒の世界に一変して光が差し込んだれいむは、嬉しさを隠しきれず、男の元に跳ねていった。
お菓子を寄こせとは言ったものの、別に本気で言ったわけではない。
もし男が自分たちの苦労の一端を知れば、もう一度あの美味しいものを食べさせてくれるかもしれないという僅かばかりの打算が働いただけである。
しかし男がれいむにくれたのは、甘い甘いお菓子などではなかった。

「ゆべっ!!!!」

突然、れいむの体が浮いた。そして、背後の壁に叩きつけられる。
れいむは何が起こったのか理解できなかった。
床に落ちると同時に襲ってきた強烈な痛みに、何が起こったと考えている暇などありはしなかった。
ただ、れいむが男の足元に行った瞬間、男の足が目の前に迫ってきたことだけは、無意識で理解していた。

「ゆぎゃああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあ―――――――――――――!!!!!」

れいむはあまりの激痛に、蹴られた鼻(?)周りを地面に擦りつけたり、床を転がりまわったりして、必死で痛みを和らげようとする。
しかし、男はれいむの元に来ると、無造作に髪の毛を掴み上げ、まりさとありすの居る所に放り投げる。

「ゆぶっ!!!」

痛さを和らげる暇もないれいむ。
まりさとありすは、そんなれいむを心配しつつ、男に食ってかかる。

「おにいさん、れいむになにするの!! ゆっくりあやまってね!!」
「そうよ!! こんなことするなんて、とかいはのすることじゃないわ!!」

二匹は「ぷくー!!」と頬を膨らませて、威嚇のポーズを見せる。
しかし、威勢のいい言葉や態度とは裏腹に、決して男の元に近づこうとはしなかった。
頭のいい個体なら、今の一見を見ただけで、自分たちが人間に敵わないのが分かるというものだ。おそらく二匹にはそれが分かっているのだろう。
それでも男に食ってかかるあたり、れいむを心配しているのと、未だあの優しかった男の行動が信じられないと言ったところだろうか。
そんな男はというと、二匹に言葉ではなく行動で返事を返す。


バアン!!!


男が盛大に床を踏み、壁を叩く。聞くからに痛そうな音が部屋中に響き渡った。
たったそれだけの行動であるが、まりさとありすに恐怖を植え付けるには充分であったようだ。
風船のような頬は萎み、未だ痛みのひかないれいむも含めて、体を寄せ合ってブルブル震え始める。
男はその様子に満足そうな笑みを浮かべると、入ってきたドアを閉め、ようやく口を開いた。

「もう起きていたとは……意外と薬の効きが弱かったらしいな」

ようやく痛みの引いて来たれいむは、男の言葉に耳を傾けるも、その意味が理解できなかった。
隣のまりさ、ありすも同様に首をかしげている。

「さてと、まず何から話すべきか。まあ、これから一緒に暮すんだし、まずは挨拶からか。お前たち、おはよう。ゆっくり寝られたかな?」

またもや話しかけてくる男。
今回もれいむは男が何を言っているのか分からなかった。と言っても、最初のとは意味合いが違う。


“これから一緒に暮らすんだし”


いったいどういう意味だ?
普通に考えれば、男が言葉をかけたのは自分たちであり、自分たちと一緒に生活するということである。
しかし、れいむたちは自分のお家がちゃんと森の中に存在する。いや、れいむはまだ出来ていないが、それも数日たたず出来上がるだろう。
男と一緒に暮らせば、毎日おいしいものを食べられるかもしれないが、正直ここに住みたいとは思わない。
この歪みのない均一のとれた空間が森暮らしのれいむには違和感だらけで、どうにも心地よくないからだ。

「お、おにいさん、なにいってるの? まりさはじぶんのおうちがあるから、おにいさんといっしょにくらせないよ!! ゆっくりりかいしてね!!」

まりさもれいむ同様男の言葉に疑問をもったらしい。
さっきの男の行動にビクビクしながらも、きっぱりと意思を示す。

「う〜ん、いきなり言っても分からないよな。まあいい、これから説明してやろう」
「ゆっ?」
「お前たち、昨日食べたビスケットは美味しかったかな?」
「ビスケット?」

ビスケットという言葉に聞き覚えのないれいむだが、おそらく森で食べた甘いものであろうと当たりをつける。
その味を再び思い出し、痛みも忘れ、涎を垂らす。

「おいしかったよ!! いっぱいゆっくりできたよ!!」
「そうか、それはよかったな」
「ゆっくりまたほしいよ!!」
「ざんねんながら、あれはもうないよ。まあ睡眠薬の入ってないものなら、まだたくさんあるがね、ハハハ」
「すいみんやく?」
「睡眠薬ってのは、無理やり眠らせる為の薬だ。お前たちが食べたビスケットの中に含まれていたんだ。食ってる最中、いきなり眠くなってきたのはそのためだ」
「ゆゆっ!!」

そういえば、まりさもありすもあまあまを食べていた時、急に眠くなったと言っていた。
まりさと同じだということで浮かれたが、よく考えてみたら、全員がいきなり眠くなるなんておかしいことだ。
れいむはようやくそれに気が付いた。

「どうやら理解できたようだな」
「おにいさんがれいむたちをねむらせて、ここにつれてきたの?」
「ご名答ありがとうございま〜〜す」
「ゆゆっ!! ざんねんだけど、れいむはおにいさんといっしょにくらせないよ!! れいむはゆっくりはやくおうちをかんせいさせなくちゃならないんだよ!! ゆっくりさびしくても、がまんしてね!!」

自分たちを眠らせて連れてきたということは理解できたが、れいむは思いっきり蹴られたにも関わらず、全く危機意識を持っていなかった。
自分が蹴られたのは、お菓子を持って来いと我儘を言ったからだ。
自分たちを連れてきたのは、きっと一人暮らしが寂しかったからだ。
これがれいむの出した結論だった。

れいむは群れ一番の狩人である親れいむと、群れ一番の識者である親ぱちゅりーから生まれたゆっくりである。
母体が体の弱いぱちゅりーだったため、ぱちゅりーの体を重んじた親れいむは、れいむを除いた姉妹の蕾をすべて間引いてしまった。
とは言え、親れいむが無理強いをしたわけではなく、ぱちゅりーとの相談のもと、断腸の思いでの間引きであった。
本来、ゆっくり殺しは禁忌であるが、蕾の段階なら間引くことは問題ない。
そのため、多産のゆっくりにしては珍しく、れいむには姉妹がいなかった。
そんなこともあって、両親がれいむに与える愛情は相当なものであった。
周りのゆっくりたちも、群れに貢献度の高い偉大な二匹から生まれたれいむを誉め湛え、れいむはそれを当たり前として育った。
それでいて我儘なゲスにならなかったのは、ひとえに両親の惜しみない愛情と、親ぱちゅりーのしっかりした教育の賜物であろう。
しかし、それは言いかえれば籠の中の小鳥とも言い換えられる。
知識では教えられていても、所謂本当の悪意を知らずに育った箱入り娘のれいむは、あまり疑うということを知らなかった。
よく言えば純粋、悪く言えば世間知らず。
ここにホイホイ連れてこられた経緯を見れば、まあ言うまでもないだろう。

「はは、寂しいねえ……まあ、この年になって嫁さんも貰わず、こんな趣味をしてるようじゃ、そう言われても仕方ないか」
「ゆっくりりかいしてね!!」
「ああ、ゆっくり理解したよ。まあ理解はしても、改めはしないがね」
「ゆっ?」
「繰り返すが、お前たちが俺と一緒に暮らすのは決定事項だ。そこにお前らの事情は関係ない。明日も明後日も一週間後も十日後も、お前たちはここで生活するんだよ」
「ゆぅ……だからゆっくりりかいしてねっていってるでしょ!! まりさたちはおうちがあるから、おにいさんとはくらせないんだよ!!」

まりさが語気を強くして反論する。
いい加減、自分たちの話をまともに取ってくれない男に、イラつき始めたのだろう。
れいむも同じ気持ちだった。
しかし、男はまりさの言い分を全く聞こうとしないばかりか、突然、態度を豹変させた。

「うっせーぞ、饅頭どもっ!! ホント、頭がわりーな!! 人が下手に出ていりゃ、つけあがりやがって!! もう一度だけ言ってやる。これからお前らはここで暮らすんだ。ゆっくり理解しな!!」

ガラの悪い言葉と共に、壁を壊れるのではという勢いで叩いてくる。
三匹はそんな男の言葉と行動に再度萎縮させられた。

れいむには信じられなかった。
これが本当にあの優しいお兄さんの言葉なのか?
森であまあまをくれた時は、あんなに優しそうな声を掛けてくれたというのに!!
これでは丸っきり別人じゃないか!!
おそらく、隣にいるまりさやありすもそう感じたのだろう。
「ゆっ……」と言葉を詰まらせ呑み込んだまま、まりさは男に言葉を返せないでいた。
三匹の委縮した様子を見て、男はようやく鬼のような形相を静めると、ゆっくりと説明を加えてきた。

「これでようやく話が進められるな。結構結構。それでは、お前らの今後の生活について簡単に説明してやろう。お前ら3匹には、これからこの家で生活してもらう」
「な、なんで、こんなところでせいかつしなくちゃいけないの?」
「理由は至極簡単。お前らを虐待するためだ」
「ぎゃくたい?」

聞きなれない言葉に、れいむがビクビクしながら質問を返す。

「ちっ、虐待の意味も知らんとはな。まあ、饅頭なんてそんなもんか。お前らふうに分かりやすく言えば、お前らを苛めるために連れて来たんだよ!!」
「い、いじめ!? いじめはしちゃいけないって、れいむのおかあさんがいってたよ!!」
「そうだな。確かにしてはいけない。だが、虐めというのは、生物に対しすることだ。お前らは生物(いきもの)ではなく生物(なまもの)だ。故に問題なし!!」
「れいむたちは、いきものでもなまものでもなくて、ゆっくりだよ!!」
「なら、なおよし!!」
「「「そんなあああぁぁぁぁぁ―――――!!!!」」」

3匹は一斉に悲鳴を上げる。
男に説明されて、ようやくれいむは理解出来た。
つまり、れいむたちは、この男に嵌められたのだ。
あの時の優しそうな態度は演技で、これが男の本当の姿ということなのだろう。
しかし、それが分かったからと言って、どうなるわけでもない。
親ぱちゅりーから、何があっても人間に刃向ってはいけないと言われていたのも忘れ、れいむは苛めという言葉に反応し、男から急いで離れようとした。
とは言え、ここは狭い部屋の中。
ドアも閉められており、れいむたちに出る術はない。
痛いのを我慢して壁に体当たりしたが、一向に壊れる気配は無かった。

「無駄なことは止めておけ。お前ら程度の力で、人間の家の壁を壊せるわけがない」
「なんでれいむたちをいじめるのおおぉぉ―――!!! れいむ、わるいことしてないよおおぉぉぉ―――!!!」
「まりさだって、なんにもわるいことしてないよおおぉぉぉ―――――!!!」
「とかいはをいじめるなんて、いなかもののすることよおおおぉぉぉぉ――――――――!!!」

各々が感情を爆発させる。
しかし、男は淡々とあり得ないことを口にする。

「理由は至って明快、俺はゆっくりいじめが好きだからだ」
「そんなあああぁぁぁぁぁ―――――――――――――――――――――――――!!!」
「ちなみに、お前ら三匹を選んだ理由は特にない。俺の目に止まったから連れて来ただけだ。睡眠薬入りとはいえ、人間のお菓子を食べられるなんて運がいいな」
「ぜんぜんよぐないよおおおおぉぉぉぉ――――――!!!」
「何言ってる。しあわせ〜〜♪ とか言ってたくせに!!」
「ゆっぐりおうぢにがえじでええぇぇぇぇぇ―――――!!!」
「れいむ、お前の巣はまだ建造中だろうが。帰る家もないんだし、ちょうどいいだろ」
「やだあああぁぁぁぁぁ―――――――!!!!!」

れいむは泣き叫んだ。
隣のまりさもありすも、れいむに負けず劣らず、大声で悲鳴を上げている。
男はそんな三匹の歪んだ顔に満足そうな笑みを浮かべながら、説明を続けてくる。

「お前たち。これから虐待をするに当たって、いくつか説明しておこう。
まず虐待は一日一回。一匹につき一時間行う。それ以上は一切しない。
また、お前たちを殺しもしない。俺は殺すことに興味がない。せいぜい精神崩壊を起こさないように気を強く持て。
次に虐待は一匹ずつ行う。その時、他の二匹は待機。
気が散るとあれだから、大声は上げるなよ。もし俺の不興を買ったら、虐待時間を延長するからな。
ちなみに、虐待されている者は、どんなに泣き叫んでも構わない。むしろ泣き叫べ。歪んだ顔を見せろ。そのほうが、俺は興奮する。
以上だ。何か質問があったら受け付けよう」

男は淡々と事務的な口調で述べてくる。
質問と言われても、れいむたちに質問するようなことなどありはしない。

「れいぶだぢ、いじめられだぐないよおおおぉぉぉぉ―――――!!!」
「却下だ。お前たちを、虐待することはすでに決定事項だ。他には?」
「まりざをおうぢにがえじでえええぇぇぇ―――――!!!!」
「さっきも言ったように、お前らを殺しはしない。いずれ、虐待に飽きたら森に帰してやろう。まあ、何時になるかは未定だが」
「ぞんなあああぁぁぁぁぁ―――――!!!」
「とかいはをいじめるなんで、いながもののずるごどよおおぉぉぉぉぉ――――――――――!!!!」
「お前はそれしか言えんのか……だいたい森暮らしのゆっくりに、都会派とか言われてもな。それにお前に言われるまでもなく、ここは田舎で、俺は田舎者だ」
「「「ここがらだじでえええぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――!!!!」」」
「……どうやら、もう質問はないようだな。それじゃあ、そろそろ始めるか」
「「「やだああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!!!」」」
「まず最初はまりさ、続いてありす、最後にれいむの順番で虐待を行う」

男はそう言うや、三匹に迫ってくる。
対して、三匹は捕まるまいと、泣きながら部屋中を逃げ回る。特に、最初に指名されたまりさは必至だ。
しかし、そこは狭い部屋の中。
ゆっくりと人間とでは、勝負になるはずもなく、あっさりとまりさは捕まってしまう。

「や、やだああぁぁぁぁぁぁぁ―――――!!! やだああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――!!!!」

まりさは必死で男の手の中から抜け出そうとするも、ガッチリと締め付けられており、どうしても抜け出せなかった。

「まあ安心しろ。今日は初日だからな。特別緩い虐待で我慢してやる」
「ぜんぜんあんじんでぎないよおおぉぉぉぉぉ――――――――――!!!!」
「それじゃあ、虐待部屋に行きますか」
「はなじでええぇぇぇぇぇ―――――――――――――!!!! やめでええぇぇぇぇぇ――――――――――――――!!!!」

男は右手でまりさを抱えたまま、部屋の扉を開けた。
れいむはこの瞬間しか逃げるチャンスはないと、男の隙間をぬって、扉に滑り込もうとした。
しかし、男はすでにお見通しだったのか、れいむの顔面を蹴りつけ、部屋の中に吹っ飛ばす。

「ゆぶっ!!」
「余計なことはしない方がいいぞ。何度もこういう目に逢いたくなかったらな。もっとも、たとえこの部屋を抜け出せたとしても、この閉め切った家から出られる訳ではないが」

男はそう言うや、泣き叫ぶまりさを連れて、部屋の中から出て行った。
しっかりと扉を閉めて、外から鍵をかけられる。
男になんと言われようと、虐待されるなんて真っ平である。
れいむは何とかここから出ようと、壁に体当たりをしたり柱にかみついたりしたが、男の言葉通り、無情にも壁や柱はビクともしなかった。
逆に、体当たりをした箇所に、痣や切り傷が出来る。
それでも、懸命に部屋から抜け出そうと、れいむはもがきまくる。
ありすは、そんなれいむに目もくれず、未だにグズグズ泣きわめいている。
れいむは泣いている暇があったら手伝えと、何もしないありすにイラつくが、数分後、微かに聞こえてくるまりさの絶叫に震えあがり、自然と手が止まってしまう。
そして、どうしても考えざるを得ない未来の自分。
一時間というのがゆっくりであるれいむにはどれほどの永さか分からないが、まりさが終わりありすが終えた後、れいむも同じ道を辿ることになるのだ。
まりさは一体どんな酷いことをされているのだろう?
どれほど痛いのだろう?
時間がたてば、それを自分も受けることになるのだ。
自然と涙腺の緩んでくるれいむ。
部屋から抜け出せないせいか、それともありすに釣られてか、はたまた近い将来の自分の姿を想像してか……
れいむは一気に感情を爆発させた。

「ゆああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――ん!!! おがあざあー――――――――――ん!!! だずげでえええぇぇぇぇぇ―――――――――!!!!!」

以前両親は言った。
自分たちのお家の近くに家を作りなさいと。
大人になったといっても、れいむはまだ完全な大人じゃないんだから、自分たちの目の届くところに居ろと。
お前の友達もみんなそうしているんだと。
それを断わって、遠く離れた所に来たのは、れいむの意志だった。
今まで、何不自由なく暮らしてきたれいむ。安全で、温かく、満ち足りた生活を送っていた。
しかし、それでいてどこか現状に不満を抱いていた。所謂刺激が足りなかった。
それは満ち足りているからこそ持ち得る贅沢な悩み。
れいむは両親の反対を押し切り、群れを出た。
これから刺激に満ち溢れた生活が始まるはずだった。
本当なら……本当なら……そうなるはずだったのだ!!

なんでこんなことになったのだろう。
れいむは今激しく後悔した。
何であの時両親の言葉を素直に聞かなかったのだろう。
何でホイホイと人間を信用してしまったんだろう。
まりさの絶叫は、さらに大きさを増してくる。
れいむは男がまりさの虐待を終え、部屋に来るまで延々と泣き続けた。




まりさが連れていかれてから一時間後。
れいむとありすの閉じ込められていた部屋のドアが開かれた。
二匹は、ビクッと体を震わせる。

「まりさの虐待は終わりだ。続いて、ありす、お前の番だ」
「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――!!! ごないでええぇぇぇぇ――――――――――――!!!!」

先程同様、部屋の中で鬼ごっこをするも、やはり呆気なく捕まってしまうありす。
今回はれいむの番ではないと分かっていつつも、泣きながら最大限男と距離を取る。
ありすが終わればいよいよ自分の番なのだ。
いったいまりさはどんな酷い目にあわされたのだろう?
少しでも情報が聞ければ、対策の立てようも……と、ここにきて、ようやく気が付いた。
まりさがいないのだ!!
男は部屋に入ってくるとき、まりさを連れて来なかった。
もしかしたらまりさの身に何か起きたのではないか?
殺さないとは言ったが、もしかしたらあまりの痛さに死んでしまったのではないか?
最悪の状況が浮かび上がる。

「おにいさん!! まりさをどうしたの!? なんでつれてきてくれないの!?」

震える体を必死で抑え、男に問いただす。
男は泣き叫ぶありすを抱えたまま、れいむの方を向き、口を開いた。

「ああ、心配すんな。ちゃんと生きてるさ。今は別室で休んでるよ」
「ゆぅ……よかったよ」
「大事な虐待要員だ。簡単に死なせてたまるか」
「……」
「それにしても、お前も呑気だねえ。次は自分の番だってのに、ここにきて友達の心配か。そんなことするより、自分の心配をした方がいいと思うがね」

男は、「一時間後にまたな」と残し、泣き叫ぶありすを抱えて、部屋の中から出て行った。
れいむは、まりさが助かったことに安堵した反面、一匹部屋に取り残された状況に恐怖で押しつぶされそうになった。
この一時間、ありすは泣き続けていただけだが、それでも誰も居ない今よりはずっとマシであった。
シーンと静まり返る密閉された空間が、恐怖感や緊張感をこれでもかと演出してくれる。
再びれいむの頬に涙が伝う。
一時間。一時間後には、れいむもまりさやありす同様、男に虐待されてしまう。
いったいどんなことをされるのだろうか? どれほど痛いのだろうか?
れいむの餡子脳が思い描くのは、最悪の想像ばかり。
なんとか回避できないものか?
なんとかここから出られないか?
もう何べん考えただろう。考えては、絶対不可避な状況に絶望させられる。
もうどれだけ泣いただろう。
一生分の涙を流したといっても過言ではない。
なのに涙は止めどなく流れてくる。

時間というものは、早く来てほしいと思うときほど遅く、まだ来るなと思っている時はとてつもなく早く来る。
今のれいむにとって、一時間というのはあまりにも短い時間であった。
れいむがどんなに泣き叫ぼうが、時間は流れ、その時は来る。
徐々に男の足跡が近付いてくる。
部屋の扉が開かれた。



その3

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最終更新:2022年06月03日 21:50