その2より

「ほれ、今日からここがお前の部屋だ」

そう言って、男はれいむを木箱から取り出すと、乱暴に投げ捨てる。
虐待を終えた男は、れいむを密閉された木箱に詰めて、この部屋まで運んできた。
部屋は二畳半の小さな畳部屋だ。
憔悴しきったれいむは、まともに体を起こすことも出来ずに、床にうずくまったまま動けずにいた。

「今日の虐待はこれで終了だ。ゆっくり休むといい。ただし、今日は初日ということもあって手加減してやった。明日からは、もっと辛い目に逢ってもらう。精々気を強く持てよ」

全くもって虐待した男のセリフではないが、男は気にせず言葉をかける。
その後、れいむに背を向けドアに手をかけたところで、「そうそう忘れていた」と、首だけれいむの方に向きなおした。

「お前の絶叫が一番心地よかったよ。明日もその調子で頼むぜ!!」

またしても全くもって嬉しくない言葉をかけながら、男は笑いながら部屋を出ていった。
ドアを閉めて、カチャカチャと外から施錠する。
次第に足跡は遠ざかっていった。

れいむは男が去ると、力を振り絞って、ナメクジのように床を這い、部屋の隅に向かう。
そこにはドッグフードと水、ペラペラな毛布が置かれていた。れいむが死なないように、男が置いておいたものだ。
れいむはドッグフードに口を付ける。
安物のドッグフードであるが、普段ゆっくりが口にする虫や花とは比べることが出来ないほど美味であった。
しかし……

「ゆっ……ゆげっ!! ゆがっ!!」

れいむはドッグフードを吐き出してしまう。
男の虐待で衰弱したれいむの体が、食べ物を受け付けないのだ。
それでもれいむは無理やりドッグフードを食べ続けた。
明日には今日以上の拷問が待っている。体を回復させるには、無理やりにでも食べなければならない。
ドッグフードを口に入れては、水を飲んで体内に流し込む行動を繰り返す。

れいむは泣いた。一体これで今日何度目だろう。
何で自分がこんな目に遭わなければならないのだ。今日何度そう考えただろう。
れいむは男がなぜこんなことをするのか分からなかった。
いくら呑気なれいむとは言え、今まで苛めや悪いゆっくりを見たことがないわけではない。
友達と喧嘩して苛められたこともあるし、苛めたこともある。
ゲスと言われる個体の暴力を目撃したこともある。
しかし、彼女たちにはそうする理由があった。

昔れいむは親れいむからリンゴを貰ったことがある。
ゆっくりにとって、リンゴなど滅多に食べられない嗜好品であった。
れいむはそれを友達と分け合ったが、我儘な子が多めに取ってしまい、大きさの違いからつい喧嘩になってしまった。
そしてその子は、ずるい・卑怯と罵られ、れいむを含む全員から苛められた。
その後、苛められたその子が均等に分けたことで、事態は収まった。
苛められたのは自業自得であり、苛めた方にも共感できる。
またある時、ゲスと言われる数体が群れを襲いに来た時があった。
何でも怠けていて冬場になっても食料を確保しておらず、どうしようもなく食料を奪いに来たらしい。
その時は、れいむの親のぱちゅりーの作戦が功を奏し、ゲスは一掃された。
怠けていたのは自分の責任であり、人の物を盗むなど腹立たしいことこの上ないが、これもある意味理解は出来る。
自業自得とは言え、食料がなければ冬は越せず、生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。向こうも必死だったのだろう。

取り分の多い子が苛められたのは、取り分を公平にするため。
ゲスが暴力を働いたのは、食料を確保するため。
群れがゲスを駆逐したのは、群れの食料を守るため。
このように苛めや暴力を見ないで育ってきたわけではない。
だがそれは、所謂手段であって、目的ではなかった。目的を果たすために、力で訴えたのだ。
れいむも、多くリンゴを取ったその子を、苛めたいと思って暴力を働いたわけではない。
それしか手がないからそうしたのだ。
しかし、男は違った。
特別な目的があって、れいむを苛めたわけではない。苛めそのものが手段であり、目的であった。
いや、強いて言うなら、ゆっくりを苛めることで感じられる満足感や充足感・カタルシスを得るためだろう。
可愛いから苛めたい、好きだからからかいたい。程度の差はあれど、人間誰しもが持つ普遍的な気持ちである。
しかし、ゆっくりにはこれがない。
可愛いから可愛がる、好きだから愛し合う。単純にして明快。ゆっくりにはこの考えしかない。
根底の価値観が、人間とゆっくりではそもそも違うのだ。
れいむには一生かかっても、男の考えが分かるはずがなかった。

れいむは、ドッグフードを無理やり体に詰め込むと、毛布にくるまった。
季節は秋。夜になれば、シンシンと冷たい空気が全身を襲う。
いくら薄っぺらいとは言え、人間の毛布はとても柔らかく温かい。全身をくるめば、正に天国のような心地よさだ。
しかし、それとは対照的に、れいむの心はとても寒かった。
何もしていないと、どうしても憂鬱な気分になってしまう。あの辛い虐待の時間を思い出してしまう。
もう早く寝てしまうに限る。
れいむは目を瞑り、意識が飛ぶまでいろいろなことを考え、あの辛い時間を忘れ去ろうとした。

今頃お母さん達はどうしているだろう? 元気かな?
れいむのこと心配してるかな?
友達はみんな元気かな?
いいお相手を見つけたかな?
もしかして子供が出来たりした子もいるのかな?
れいむも将来はまりさみたいなゆっくりと結婚したいな。
そういえば、まりさはどうしたのかな?
ちゃんと生きてるんだよね?
一体どこにいるんだろう……

「まりさ……」

ふとまりさの名前を呟くれいむ。
返事を期待したわけではない。そもそもこの部屋にはれいむ一匹しかおらず、返事が帰ってくるはずはない。
しかし、神様はたった辛く苦しいれいむに一つだけ加護を与える気になったのだろうか?

「……ゆっ? だれかまりさをよんだの?」
「!!!」

それは確かにまりさの声であった。
れいむはそれに気づくや、全身が痛いことも忘れて、毛布から飛び出した。

「ま、まりさなの? どこにいるの?」

大きな声でまりさに呼び掛ける。
しかし、東西南北どこを振り向いても、まりさの影も形も見当たらない。

「まりさ、かくれんぼしてないで、でてきてね!!」
「ゆぅ……そのこえはれいむだね!! どこにいるの?」
「ここだよ!! ゆっくりでてきてね!!」
「ここってどこなの? どこにもれいむはいないよ?」
「ここだってば!! わからないの?」

焦れたれいむは、まりさの声が聞こえる方に足を向ける。
しかし、そこにはだた部屋の壁がそびえ立っているだけであった。
こうなると、さすがにれいむも気が付いたのだろう。
その壁に向かって、言葉をかけてみる。

「もしかして、このかべのなかにいるの?」
「まりさはかべのなかにはいないよ!! おおきなおへやのなかにいるんだよ!!」
「ゆゆっ!! おおきなおへや?」
「そうだよ!! おへやだよ!!」

ようやくれいむは理解できた。
どうやら壁の向こうには大きな部屋があって、まりさはそこにいるらしい。
要するに壁伝いに会話を交わしていたということなのだろう。

「まりさ、ぶじだったんだね!! ゆっくりよかったよ!!」

れいむは壁に向かって、感情を爆発させた。
まりさがいる!!
例え姿が見えなくても、こうして壁越しに会話を交わせるだけで、不安に押しつぶされそうだった状況が、ガラリと一変した。
明日も今日のような虐待を受けることは変わっていないが、大好きなまりさを側に感じられるだけで、心の持ちようが変わるというものだ。

「れいむもぶじだったんだね!! ゆっくりあんしんしたよ!!」
「うん!!」
「でもありすはどうなったのかな?」
「ゆゆっ!?」

れいむは、ありすの名を出されるまで、すっかりありすの存在を忘れ去っていた。
薄情とは言うなかれ。まりさのことも、ついさっき思い出したばかりなのだ。
それだけ男の虐待が、れいむの餡子脳のウエイトを占めていたということである。

考えてみたら、自分の前にありすも虐待をされていたのだ。
元々ありす種に持っている感情や、さっきの泣いてばかりの姿を見たこともあって、未だあまりいい感情は持っていないが、それでも同じ虐待を受けた運命共同体である。
ほんの少し会った限りでは、れいむがありすに感じた感想は、行動力に乏しく、泣き虫といったものである。
れいむ自身も、さほど強くも勇敢でもないが、ありすに比べたらマシであろう。
少なくとも、男がまりさを虐待している最中、れいむは何とか部屋から出ようともがいていたが、ありすはひたすら泣いていただけであった。
このことから見ても、ありすがそれほど強いとは思えない。
そんなありすが、あの酷い虐待に耐えられたのであろうか? 心配である。
何のかんの言いつつ、ありすの心配をするあたり、結局のところ、れいむはお人よしなのであった。

「ありす、しんぱいだね……」
「ゆぅ……そうだね……」

二匹の間にしばし沈黙が流れる。
まりさも余程ありすのことが心配なのだろう。
自分も相当痛い目を見せられただろうにと、れいむは自分を差し置いて、まりさのやさしさに感心した。
と、そんなときであった。


カタッ


唐突に、れいむの背後から物音が聞こえてきた。
まりさが居る場所と真逆の方向である。
れいむは慌てて背後を振り返る。
この部屋にはれいむ以外誰もいなかったはずだが、今の音はいったい何だろう?
キョロキョロと当たりを確認するも、思ったとおり、誰も存在しなかった。

「れいむ、いったいどうしたの?」

壁越しなのに、れいむの不審な行動が見えたのだろうか?
まりさがれいむに問いかける。

「まりさ、いまおとがしなかった?」
「おと? ゆっくりきこえなかったよ?」
「ゆぅぅ……れいむのききまちがいかな?」

確かに何か音が聞こえたと思ったのだが、まりさには聞こえなかったらしい。
まりさの言葉に、れいむも聞き間違いかと思った瞬間、


ガタッ!


さっきより一段と大きな音が、れいむの耳に入ってきた。
再び背後を振り向くも、やはり物陰一つ見当たらなかった。
不審に思うれいむでったが、今度は先ほどと状況が違った。
まりさから反応が返ってきたのである。

「ゆゆっ!! れいむ、まりさにもおとがきこえたよ!!」
「ゆっ!? やっぱり!!」

今の大きな音は、まりさの耳にもしっかり届いたらしい。
やはりさっきのはれいむの聞き間違いではなかったようだ。

「れいむ!! いまのおとはなんなの?」
「ゆー……わからないよ」
「もしかしておにいさんがまたきたのかな?」
「ゆっくりいやだよ!! もうきょうはいじめないっていってたよ!!」
「ゆっ、そうだったね!! それじゃあ、なんのおとだろう?」
「……ゆっくりれいむがしらべてみるよ!!」

音のした位置から見て、正反対の部屋にいるまりさには確認する術はない。
れいむは恐る恐るまりさのいる壁際から離れ、物音がしたほうに進んでいった。

「そろ〜りそろ〜り……」

キョロキョロ当たりを注意深く確認しながら、すり足でまりさと反対の方向に足を向ける。
しかし、狭い部屋の中にはやはり誰もいなく、すぐに対面の壁際に着いてしまう。
が、そこは、まりさの例もある。
もしかして、まりさ同様、この壁の向こうから音がしてきたのではないだろうか?
そう考えたれいむは、壁に向かって声をかけてみた。

「そこにだれかいるの? いたら、ゆっくりへんじしてね!! ゆっくりおどろかすのはなしだよ!!」

れいむが言葉をかけると、その声に反応してか、再び物音が立った。
やはりそこに誰かるのは間違いなかった。
れいむの言葉に、しばらく返事は返ってこなかった。
それでもれいむは焦らず辛抱強く返事が返ってくるのを待っていた。
れいむ自身、恐怖があったので、あまり強く言えなかったこともある。
すると、ようやくれいむの言葉に返事が返ってきた。

「ゆぅぅ……そこにだれかいるの?」

それは余りに弱弱しい声であった。
しかしながら、れいむはその声に聞き覚えがあった。

「ゆゆっ!! もしかして、そこにいるのはありす!?」
「ゆっ!? このこえ、れいむなの!?」

それは数時間前に知り合い、すぐに別れることになってしまったありすの声その物であった。
向こうもどうやられいむの声だと気づいたのだろう。
弱弱しかった声が一変して、驚きを含む大声に変わった。

「ゆっ!? ありす? ありすのこえがきこえたよ!!」
「ゆゆゅ!! まりさなの? このこえは?」

まりさにも、今のれいむとありすの会話が聞こえたらしい。
どうやられいむの居る部屋を中心に、右側がまりさの部屋、左側がありすの部屋と、三つ連なっているようだ。
結界の外の世界とは違い壁に防音対策など施されているはずもなく、また二畳半というれいむの部屋の狭さから、まりさとありすが会話出来ても何ら不思議ではない。

「ほんとうにまりさとれいむなの!?」
「ゆっ!! ほんとうにれいむだよ!!」
「そうだよ!! まりさはここにいるよ!!」
「ゆゅ……ゆっ……ゆ、ゆあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!! まりさああああああぁぁぁぁぁ――――――!!! れいむうううぅぅぅぅ――――――――!!!!」

そこに二匹がいると知ったありすは、恥も外聞も関係なく、いきなり泣き出し始めた。
れいむは突然のありすの行動に驚き、「どうしたの!?」と聞きそうになって、ふと唇を結んだ。
そんなこと聞くまでもなく分かっている。
怖かったのだろう。
痛かったのだろう。
辛かったのだろう。
寂しかったのだろう。
すべて自分も体験したことだ。身を持って実感している。
ふと気付けば、れいむのありすに釣られて、目尻にも涙が溜まってくる。
まりさもそんなありすに何も言ってこない。
気持ちは痛いほど分かるのだろう。
もしかしたら、れいむのように釣られて泣きそうなのかもしれない。
数十分もの間、ありすは延々と泣き続けた。
その間、れりむとまりさは、一言も口を開かなかった。






「……みっともないところをみせたわね!! ちょっととかいはらしくなかったわね!!」

ありすは落ち着いたのか、ようやく泣き止んだ。
れいむも毛布で溜まった涙を拭き取る。
とにかくまりさに続いて、ありすが無事なことも確認できた。
恐怖はそうそう拭えないが、一匹でいるのと三匹でいるのでは、安心感が全然違うというものだ。

「そんなことないよ!! あんなひどいことされたら、ゆっくりしょうがないよ!!」
「そうだよ、まりさのいうとおりだよ!! れいむもいっぱいないたし、きにすることないよ!!」
「あ、ありがとう!! ま、まあ、とかいははせんさいだから、ちょっとくらいないてもしかたがないのよ!!」

こんな場合だというのに都会派を気取りたがるありすに、れいむは少しだけ呆れながらも、感心してしまう。
よくあんなに気を張っていて疲れないものだ。体力的にも相当キテいるだろうに。
まあ親ぱちゅりーの言っていたように、都会派どうこう言っても、こちらが気にしなければ別にどうということはないので、れいむとしてはどうでもいいことなのだが。

「ところで、れいむとありすはおにいさんにどんなことをされたの?」

まりさが質問してくる。
正直れいむは思い出したくもなかったが、明日も続くことだし、情報交換はしておいた方がいいと考えた。
うまく対策を立てられれば儲けものである。

「ゆぅぅ……れいむは、ほそいぼうをいっぱいあたまにさされたよ」
「ありすもれいむとおんなじよ」

今日男がれいむに加えた虐待は、虐待としては一般的でオーソドックスな針を使った虐待である。
裁縫針を一本一本頭に刺していくというただそれだけのことだが、侮るなかれ、その効果は絶大である。
ゆっくりは外面に対する衝撃には比較的強いが、内面に対する衝撃には呆れるほど弱い。

ゆっくりを知らない人はよく勘違いをするのだが、成体のゆっくりは饅頭というその体に反し、以外と頑丈に出来ている。
ゆっくりは成体になるにつれて、皮の厚さが増し、中の餡子やクリームが硬くなってくる。
そのためパサパサになって味が悪くなるのだが、それと引き換えに野外で活動するための頑丈な体が整ってくる。
人間の里のように整理された歩道などは、自然界にありはしない。
デコボコした山道を駆けたり、鋭い砂利の上を跳びはねたりするし、時には木や岩に体当たりをしたりするのだ。
無論状況によっては怪我をするし、体当たりをする場合でも、あまり力を入れてぶつかると自分の方が痛くなるのは、先程のれいむの壁への体当たりや、男に蹴られた場面を見れば分かるだろう。
しかし、人間が作る饅頭のような強度では、そもそも自然界で生活することなど不可能である。
ゆっくりは衝撃に強い(当社比)。これがゆっくりの事実である。

しかし、それはあくまで外面のことである。
如何に外面が強くなろうと、中まではそうはいかない。
体を鍛えに鍛えた人間が、歯の神経に触れられて痛みを我慢できないように、ゆっくりも内面までは強化・成長することは出来ない。
ゆっくりの餡子に神経があるのかは不明だが、少なくとも痛覚があることは間違いのない事実である。
結果、分厚い皮を通り越して餡子を直接刺激する針の虐待は、単純ではあるが、これでもかというほどれいむを苦しめる結果となったのである。

「まりさもおんなじだよ!! とってもいたかったよ!!」
「あしたもあんなことをされるのかしら……」
「ゆぅぅ……ゆっくりいやだよぉ……」
「いたくならないほうほうを、ゆっくりかんがえようね!!」
「でもきょうのはてかげんしたって、おにいさんがいってたよ!! あしたはきっともっとひどいことをされるよ!!」
「ゆっ!! そうだったね……」
「ゆぅ……」

対策を立てるつもりが、逆に落ち込んでしまうれいむ。
そもそも、万事が男の都合で動くのに、対策など立てようがないのだ。
せいぜい媚を売って軽減してもらうか、最悪自殺でもしない限り、この状況から抜け出せることはない。
とは言え、虐待する気満々の男に媚を売っても聞くはずはないし、ゆっくりにはそもそも自殺という概念が存在しない。
自分で自分を殺すということに、理解が及ばないのだ。

その後、結局有益な情報交換も出来ないまま、適当に男の悪口を言ったり、明日も頑張って耐えようと励ましあったりして、会話はお開きとなった。
れいむは、もう少し二匹と話をしていたかった。
言葉を交わしていないと、不安に押しつぶされそうになるのだ。
しかし、まりさもありすも、男の虐待によって、心身共に疲れ切っている。
れいむの我儘でこれ以上二匹を疲れさせるわけにはいかなかった。

男は虐待に飽きたら森に帰すと言ってくれた。
まりさやありすはその言葉に懐疑的であったし、れいむもいくら呑気者とはいえ、男にあれだけのことをされて、その言葉をホイホイと信じるほど愚かではなかった。
しかし、それでも今はその言葉にすがる以外、この苦境から出る術が無いのも事実である。
明日を、明後日を乗り越えるためにも、こんなところで無駄に体力を使ってはいられない。
れいむは再びドッグフードと水を体に詰め込む。明日に残る体力は、多ければ多いに越したことはない。
その後、毛布で全身を包み、固く目を瞑る。
明日行われるであろう男の虐待を否応なしに想像してしまうれいむだが、次第に体の疲れがそれを遠くに押しやった。
れいむは意識は、深い深い底に沈んでいった。







れいむが男に連れてこられて、一か月が経過した。
たかが一か月。しかしそれは、れいむの人生において、もっとも辛く、もっとも苦しく、そしてもっとも痛い一か月であった。


二日目にされた虐待は、辛い物地獄。
初めに唐辛子を無理やり口の中に詰め込まれた。
これもゆっくり虐待の定番の一つである。

「ゆぎゃああああぁぁぁぁぁぁ―――――――――!!!! いだいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ――――――――――――!!!!!」

余りの痛みと熱さに、れいむは虐待部屋を駆け回る。
壁に体当たりをしたり、唇を噛んだりと、自分で痛みを作り出して、辛さを和らげる。
途中、自分でしておいてそんなれいむが気の毒に思ったのか、「れいむ、ほら水だ」と、男がボトルを渡してきた。
ゆっくりでも飲めるように、先にはストローが刺してあり、れいむはゆっくりに有るまじき速さで、それに食らいつく。
しかし……

「ゆぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――――――――――――――――!!!!!」

そもそも、虐待を楽しむ男が水など寄こすはずもないのだ。
しかし、朦朧とした頭でそんなことを考えることが出来るはずもなく、れいむは男が寄こしたタバスコを一気に飲み上げ、口から火を吐き出した。
その後、男は「おっと、落としちゃったよ」とワザとらしい口調で七味をれいむの目に掛けたり、注射器で直接れいむの体にワサビを注入したりと、れいむを弄んだ。
れいむにとっては一生にも匹敵する一時間が過ぎると、「もう終わりか」と、実に残念そうにれいむを木箱に詰めて、元の部屋に帰した。


ちなみに男はれいむをこの虐待部屋に連れてくる時や戻す時、決まってれいむを木箱の中に詰めて部屋を行き来する。
これは男がある意図を持ってしていることであるが、それはいずれ分かるので、ここでは説明を省かせて頂こう。


部屋に着くや、れいむは桶に張ってある水の中にダイブした。
汚れを防ぐために敷かれたブルーシートに、水が飛び散る。
本来の用途は飲料であるが、そんなことを気にしていられるはずもなく、れいむは体がふやける限界まで、水に浸り、飲み続けた。
地獄から一転、天国のような心地よさ。
しかし、れいむのこの行動はあまりにも軽率すぎた。
部屋には毎日桶一杯の水しか設置されていない。
一日過ごすだけなら、その一杯で十分であり、何ら支障はない。
ところが、れいむは考えなしに水を使いまくったおかげで、水が空になってしまったのだ。
少しずつ飲んでいれば一日くらい持ったかもしれないが、水がないおかげで、一日中口の中が痛く、その夜れいむは寝ることが出来なかった。
寝れなければ、体力を回復することも出来なく、後日、れいむはさらに酷い虐待を味わうこととなってしまった。



ある日の虐待は、一時間、ひたすらケツバットをされたこともあった。
前述の通り、ゆっくりは外面への衝撃には比較的強い耐性を持っている。
しかし、男の尻叩きの威力がハンパなかったことと、同じ個所を延々と叩きつけられたことによって、その耐性ももはや意味を持たなかった。

「やめでえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――!!!!!」

紐で縛られ、天井から吊るされたれいむは、目を真っ赤にしながら男に止めてと懇願する。
それで止めるかといえば、言うまでもなく……

「さあ、ピッチャー振りかぶって投げた!!! カッキーン!!! これは大きいぞ!!! 入った、ホムーラン、ホムーラン!!!」

自分の実況に合わせて、盛大にバットを叩きつける。
叩きつけられた衝撃はとてつもなく、れいむはそのまま天井と熱烈なキスをかます。

「ゆぶっ!!!!!」

その後、振り子のように戻ってくるれいむを、「特打でも始めるかね」と、野球少年のように目を輝かせて、バットを振り始める。

「ゆぎゃ!! ゆびっ!! ゆがあぁ!! ゆっ!! ゆごっ……………」

何十何百とれいむを打ち続ける男。
その眼はまるで高校球児のように輝いている。
最近、腹が出てきたことも、男をやる気にさせる要因の一つだろう。
部屋にかけてあった鳩時計が時間を知らせると、「ふう、いい汗かいたぜ」と、実にさわやかにタオルで汗を拭い取った。
その後、いつも通り、れいむを箱に詰めて部屋に戻す。
れいむは、その日も余りの痛さに、長い夜を眠れず過ごすことになった。



またある日は、こんな虐待もあった。
れいむは、疲れていた。
虐待なんてされているのだから、疲れているのも無理はないが、ここ最近は眠れない日が続き、いよいよもって心身共に限界に来ていた次期であった。
そんなれいむの事情を知り、さすがにまずいと思い始めた男は、プログラムを変更し、れいむを休ませることにした。
と言っても、虐待を抜くわけではない。

「れいむ、今日は一切暴力はなしだ」

男がれいむに言った。
れいむは信じられなかった。
今まで十何回も自身を痛めつけてきた男の言葉だ。
何度も甘い言葉を吐いてはれいむを騙し、それを見て嘲笑う男の言葉だ。
どこに信じられる要素があるというのだろう。

しかし、男はそんなれいむの考えなどどうでもよく、淡々と虐待の作業を行っている。
用意が終わると、「これを見ろ」と、れいむに命令する。
反抗したいが、反抗すればそれだけキツイお仕置きが待っている。
もうすっかり慣れた物だ。
男が見ろと言った物に目を向けると、それは箱だった。大小二つの箱が、れいむの目の前に置かれている。
と言っても、最初にれいむが入っていた木箱ではない。
訳の分からないれいむに、男が説明をしてくる。

「これは“てれびじょん”、そしてこっちは“べーた”というものらしい。この二つを組み合わせることで、なんと絵を映し出すことが出来るという優れものだ。
最近、幻想郷に結構入ってきている物らしくてな。ここに来るってことは、外の世界で忘れられた物なんだが……こんな便利な物がどうして忘れられるのかねえ?」

男は不思議だと首をひねる。
その後、「まあいいや」と、男は箱に付いている凹凸を押したり、回したりした。
すると、突然箱の中に、ゆっくりが出現しだした。

「ゆゆっ!!」

れいむは驚き、箱を凝視する。
箱の中には白黒のゆっくりがおり、元気よく走りまわっていた。
ゆっくりに限らず、箱の中の木も草も花も空も、すべてが白黒であった。

「ど、どうして、はこのなかにゆっくりがいるの? なんて、みんないろがついていないの?」
「さっきも言った様に、これは絵を映し出す魔法の箱だ。このデカいカメラで撮ったものは、“てーぷ”に収められて、これで映し出すことが出来る。白黒なのは仕様だから気にするな」
「ゆぅぅ……」

男の説明は全くもって意味不明であった。
しかし、れいむにはそんなことはどうでもよかった。
久しぶりにゆっくりの姿を見れた。
まりさとありすとは、毎日のように言葉を交わすも、初日以来、一度も姿を見ていなかった。
それだけに、白黒とはいえ、箱の中で楽しそうに遊んでいる同胞たちの姿を見て、れいむの疲れ切った心と体は、久しぶりに潤いで満たされ始めた。

「どうだ、楽しそうだろう」

男がれいむに声をかけてくる。
れいむはと言えば、一瞬男が敵であることも忘れて、嬉しそうに反応する。

「ゆう!! たのしそうだよ!! れいむも、みんなといっしょにあそびたいよ!!」

久しぶりに浮かべるゆっくりした笑顔。
しかし、これは虐待の一環。
それが今日最初で最後の笑顔であった。


ザアアアアアアアァァァァァァァ――――――――――


「ゆっ!?」

突然、箱に砂嵐が舞い降り、映像が見えなくなった。
れいむは男に問いただそうとした瞬間、すぐに砂嵐は収まった。

「ゆゆっ!! もとにもどっ……………………ゆゆゆゆゆっ!!!!!」

映し出されたそれを見て、れいむは目を疑った。
一瞬にして、笑顔が凍りつく。 

そこに映された物は、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

『やめでええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――!!!!』
『なんでごんなごどずるのおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――――!!!!!』
『でいぶのあがぢゃんがあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――!!!!』
『まりちゃ、ちにだぐないよおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――!!!!!』
『おがあぢゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――ん!!!!!』

平和でのどかなゆっくり家族の映像が、一転して虐殺風景に早変わりする。
ある子れいむは、口に両手を入れられると、そのまま体を真っ二つに引き裂かれた。
ある子まりさは、サッカーボールの如く蹴られ、岩に激突し、餡子をは弾かせた。
ある赤れいむは、人間に体の半分を噛み千切られた。
ある赤まりさは、おろし金で体を削られた。

「な、な、な、なんでえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――!!!!!」

れいむも、テレビの中のゆっくりに負けず劣らずの大絶叫を上げる。

「なんでっていわれてもなあ……一時間、延々とゆっくりのゆっくり出来ない姿を見ることが、今日の虐待プラグラムだしな。最初に説明しただろ、今日は暴力は無しだって」
「だがらっで、なんでこんなのみぜるのおおおおおぉぉぉぉぉ―――――――――――――!!!!!」
「虐待の一貫なんだから、ゆっくりのゆっくりしている光景を見せるわけないだろ。それとも何か? いつもみたいに痛い虐待の方がいいのか?」
「ぞんなわげないでじょおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――――――――!!!!」
「なら素直に見なさい。これは『The☆虐待』というタイトルの、とても素敵な一本だぞ。虐待士やマニアが喉から手が出るほど欲しがる品だ。垂涎物だぞ。
お前の為に、わざわざ高い金出して買ったんだ。ありがたく思えよ」
「ぜんぜんうれじぐないよおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――!!!!!」

れいむはあまりの酷さに、目を背けようとするも、男に目蓋を安全ピンで括りつけられ、目が閉じないようにされてしまう。
ん? まばたき? いや、ゆっくりにまばたきは必要ないっしょ、ゆっくりだし。

「それじゃあ、一緒に見ような」
「やだああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――!!!!!」

男はテレビの前で胡坐を組み、その上にれいむを載せる。
そして、れいむの頭の上に優しく手を乗せた。決して固定しているわけではない。
その光景は、老人が孫をひ膝に乗せて一緒にテレビを見るという、極ありふれたシーンを彷彿をさせる。

「ゆぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――!!!!」

その夜、れいむはゆっくりの死に様を延々と繰り返す悪夢にうなされながらも、久しぶりに熟睡することができた。



その4

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最終更新:2022年06月03日 21:51