美化ゆっくり注意だど〜☆
あくどいちぇんが出てくるど〜☆


自宅裏の雑木林の中に小川が流れている。
ある日の夕方、俺がそいつを見つけたのはまさにそこだった。
落ち葉で埋もれた川の中にぽつん、とおかれた饅頭。
水をいやがるゆっくりが自らそこに浸り、生気のない視線で虚空を泳いでいるのはまさに不気味の一言だった。
貴重種だったこともあり俺は急いでそいつを自ら引き上げると暴れるのを押さえつけ、自宅につれて帰った。
オレンジジュースを飲ませて落ち着いたところで気になっていたことを聞くことにした。
なぜあんなところに居たのか。ゆっくりが自殺というのはあまり聞かない話。
どれほどのものがコイツをそこまで駆り立てたのか。
ふるふると力なく震えていたが、やがてそいつはゆっくりと口を開いた。
ちょうど満月の夜だった。


これはある男による、ある不思議なゆっくりの記録である。



らんは身も心もやつれ果てて、一人とぼとぼと森の中で歩いていた。
捕食種であるふらんに家族を奪われ、目の前で番のちぇんと子供達を殺された。
たまたま巣を離れていたらんは、まさに家族の命が消えようというときに居合わせてしまったのだ。
最後まで助けを求めて泣き叫んでいた家族。
「らんしゃま、らんしゃまぁ……」
「おがあぁあん……」
もう断末魔を発する体力すら残っていない家族の悲痛な声。
助けに飛び出したがふらんにかなうわけも無かった。
蹴っ飛ばされ、弄繰り回され、痛めつけられた挙句に「ぽーい」されてしまう。
絶望に満ちた家族の顔。
らんは後悔した。なんであの時家を留守にしてしまったのだろう。
不幸なことに、らんが席をはずした原因は「夫婦喧嘩」だった。
子供が増えたのにとってこられる餌の量がなかなか増えなかった。
エサが足りないよ!
仕方が無いじゃないか、食べられる物が少ないんだよ!
近年の見境ないゆっくりの増殖により森の中の食物連鎖ピラミッドは崩れつつあった。
いずれ個体数が減っていく運命。だがゆっくりたちにはどうしても受け入れがたい運命だ。
らんは呪った。その運命を、このタイミングの悪さを。
どうして「ごめんなさい」が言えなかったのだろう。
きっと家族は自分を嫌ってそのまま死んでしまったんだろう。
とめどなく涙が流れた。もう死んでしまいたかった。
今すぐにでも彼らを追いかけて、そして「あっちの世界」で謝ってしまいたかった。
楽になりたかった。

不意に近くの茂みがガサガサと動いた。
捕食種だろうか。ふらふらとそっちへ近づいていく。
だが期待に反し、そこから出てきたのはぼろぼろになったちぇんだった。
おそらくこのちぇんもどこかで捕食種に襲われて逃げてきたのだろう。
らんは驚いた。たとえ自分の家族でなくとも、突然ちぇんが現れたのだから。
まるで自分が愛したちぇんが戻ってきてくれたように思った。
らんの瞳に光が戻った。
「ちぇん、しっかりしてぇ!ちぇええぇん!」
力いっぱい叫ぶとらんはちぇんを引きずっていく。
どこか匿う場所はないかと探していると、近くの木の根元に穴が開いていた。
おそらくどこかのゆっくりが掘った穴だろう。どうやら今は空き家らしい。
これ幸いとらんはちぇんを穴の中に連れ込むと体をなめ、そばに擦り寄った。
「ら、らんしゃま……」
薄目を開けてちぇんがつぶやいた。
よかったよかった、とらんはさらに強く頬ずりをした。
らんはちぇんに出かけることを告げると体の痛みも忘れて外に飛び出した。
布団の代わりとなる落ち葉を集めて、何かを食べさせてあげよう。
巣に新しい扉をつけて、外敵から身を守らなくては。
あの弱ったちぇんを守ってあげたい。かわいそうだもの。今はそんな気持ちでいっぱいだった。
だがしかしそれも建前でしかない。

本当の目的――それは、他でもない、自分の家族に対するせめてもの罪滅ぼし。



らんは献身的にちぇんを看病した。
ちぇんがあれがほしいといえばそれを探しに森を駆けずり回った。
ちぇんがこれが食べたいといえばそれを人里であろうと探しに行った。
二人はとても仲良しになった。
らんはちぇんが大好きだった。ちぇんもらんが大好きだった。
動けないちぇんの手足となってらんは働いた。
次第に傷も癒え、ちぇんは元気に歩けるようになった。
らんとちぇんはいろんなところに遊びに行った。
楽しかった。とても楽しかった。
らんとちぇんはとても幸せになった。まるで夫婦のようだった。

季節は移り変わり、実りの季節がやってくる。
森はきのこや木の実、果物で豊かになった。
ちぇんをらんが匿っていた習慣が染み付いているのか、いつの間にか餌さがしは、らんの仕事になっていた。
らんが帰ってくるまでちぇんは家で待っているのだ。
そして二人で一緒にご飯を食べた。
数ヶ月前の生活が再びそこに戻ってきていた。
だが、ここでらんに変化が現れ始めた。
最近どうも体の調子が悪い。
思うように跳ねることができない。跳ねると体の底部に鈍い痛みが走った。
反射神経も心なしか鈍くなったように思える。
森が豊かになるのと反比例してらんの集められる食べ物の量も少しずつ減っていった。
時々ちぇんの口からも不満が漏れるようになった。
それでもらんはちぇんを裏切ってはいけないと必死になった。
体がいくらぼろぼろになってでも、リクエストには答えた。
あるときは魚が食べたいといわれてやむなく市場にとりに行き、人間に滅多打ちにされかけた。
もうそろそろ限界だった。
これは夫婦とは言わない。これはもう奴隷だ。
ちぇんにいいように扱われ、面倒なことは全部押し付けられている気がする。
心の奥底でそう訴える自分。だがらんはそんな自分を必死に否定した。
その理由は「ちぇんが好きだから」ではない。
誰かに嫌われるのが怖かった。
誰かに嫌われると、そのままその人に二度と会えなくなってしまうんじゃないかという気がした。
みんな自分の周りから居なくなってしまうような気がした。

一人に、なりたくなかった。



そんな生活にもとうとう終わりが来た。
一日中探し回ったにもかかわらず、取って来られたのはきのこ2本と柿が1つだった。
「らんしゃま、こんなんじゃおなかいっぱいになれないよ!
 ゆっくりできないよ!わかるー?」
イライラと尻尾を振りながららんに文句を言うちぇん。
らんは泣きそうになりながらただ俯いていた。
これ以上は無理だよ。ごめんね……
それでもちぇんの不満は収まらない。
「わかってるのー?らんしゃま?わからないのー?」
わかってる。わかってる。だから嫌いにならないで。
そして言ってはイケないワードが口から漏れた。
「ゆっくりできないらんしゃまなんて嫌い!」

頭をハンマーで殴られたような気がした。
ぐらぐらと立っている地面が揺れている気がした。
とうとう自分は嫌われてしまった。
耐え切れず、目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
「……わだじだっで……あぶらあげがだべだいよ……
 でもがまんじでぢぇんのだいずぎなおざかなもどっでぎだのに……
 ぢぇんが大好きなもの、がんばっでとってぎでだのに……!」
どうして。どうして嫌いになってしまったの。
らんは外に飛び出した。

らんは闇雲に走った。
自分には幸せになる資格なんて無いのだ。
どんなに頑張ってもみんな自分のことを嫌いになって、いつかはいなくなってしまうんだ。
嫌いにならないでほしい。自分のそばに居てほしい。
どうして駄目なの?

気づけば夜になった。
月明かりの中、らんは木の根元によりかかり月を眺めていた。
おっきなお月様。もうすこしでまん丸になる。
本来こんなことをしていると捕食種につかまってしまう。だがそんな事はどうでもよかった。
別に死んでしまってもよかった。
死んでしまえばもう誰にも嫌われることは無い。
今頃自分の家族はどうしているんだろうか。
あっちで仲良くゆっくりしているのだろうか。
頭の中にちぇんに寄り添ってはしゃぎまわる子供達の姿が浮かんだ。
でもその中に自分の姿は無い。
そう、たとえ死んだとしても向こうの世界にだって自分の居場所は無い。
この世にすでに自分の居場所がないのに……どうすればいいんだろう。
……そうだ、ちぇんだ。自分にはちぇんがいる。
あんなこと言ってたけど、きっとまだちぇんなら一緒に居てくれる。
一緒に誰にも嫌われることの無い世界に行ってくれるんじゃないか……
よろよろとらんは立ち上がると、自分の巣に向けて歩き出した。

巣の中に入ると、なかでちぇんが一人で寝ていた。
いつも自分が入り口側に寝るので、ちぇんは自然とらんの方向を向くと入り口側に顔を向けて寝ていることになる。
だが今日は巣の奥のほうへ向いて寝ていた。ちぇんの背中がぼんやり浮かんでみる。
心なしか、いつもよりすすけて色あせて見えた。
とうとうこんなに嫌われてしまったか。
でもいい。これからちぇんと自分は永久に一緒に居られる。
らんはもう常軌を逸しているとしか思えない微笑を浮かべてゆっくりとちぇんに向かって歩いてゆく。
そして思いっきり、ちぇんの頭めがけて加えていた大き目の石を叩き落した。
「ゆぐぇっ!」
ちぇんの声が巣の中にこだました。
らんは半狂乱になりながらもその石をちぇんに打ちつけ続けた。
ぐしゅっ、ぐしゅっ、びすっ、ぐりゅっ。
気持ちの悪いベタベタした音がらんの聴覚を支配した。
いつの間にか目の前にちぇんとの楽しかった日々が走馬灯のように浮かんできた。
らんはまた泣いた。悲しかった。ちぇんともっと一緒に楽しいことをしたかった。
ぐしゃっ、ぐちゅっ、べりょっ、ぐぢゃっ。
顔に餡子が飛び散った。飛び散った餡子と瞳から流れる塩水で、なんかへんな味がした。
ここには誰かと一緒に居る権利がないのなら。あっちの世界で一緒になればいい。
ちぇん、ちぇん。ここではさようなら。ごめんね。でもすぐに一緒になれるから。
ぐちゅっ、ぎゅしゅっ、ごっ、ごっ、ごっ。
乾いた音になったとき、らんはようやくその石をその場に落とした。
そろそろ自分もそっちに行くよ。そう思い瞳を細めた瞬間。
「ちぇんだったのも」の前になにか「光るもの」がおいてあった。
さっきはちぇんの陰になって見えなかったけど……こんなもの巣の中にあったかな。
体を引きずりその「光るもの」の前で目を凝らした。

油揚げだった。
てかてかとあぶらあげが月の光で鈍く光っていた。

「……わだじだっで……あぶらあげがだべだいよ……」
自分は確かそういった。

ちぇんは一生懸命自分のためにあぶらあげを取りに行ってくれたのだろう。
だからあの時、すすけて見えたのか。

自分は嫌われてなんか無かった。
ちぇんは、自分のことをちゃんと考えてくれていた。



――まだ、ひとりぼっちじゃなかったのに。



――自分から、ひとりぼっちになってしまった。




「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲痛な叫びを上げてらんは穴を飛び出した。
気が狂いそうだった。いや、もう狂っていた。
周りで自分を言葉なく見下ろす木々に体当たりをかまし、隆起した地面に自分を叩きつけて回った。
何かわけの分からないことを必死になって叫びながら、らんは森の中を転げまわった。
まるで自分が家族にために、ちぇんのために、餌を探して必死になっていた頃のように。






――ポン。
そこまで書き終えると俺はメモ帳を閉じた。
「で、その後お前は一日中あの雑木林で暴れまわった挙句自殺しようとしてた訳か」
らんはすべてを話し終え、ただ静かに涙を流し、窓の外の月を眺めていた。
非常に興味深い話だった。
ゆっくりにもここまで感情的になれるものが居たとは……
俺はらんを置いて部屋を出た。
そして木造平屋建ての屋根の上に上ると、らんと同じ満月を見た。
「ひとりぼっちは嫌、か……」
そういって俺は一人、タバコに火をつけると一口吸い込み、フーッと白い煙を吐いた。


翌日、らんは本の下敷きになって死んでいた。
本棚の上においてあった辞書が何かの拍子で落ちたらしい。
その辞書を持ち上げてパラパラとめくると偶然にも「Lunatic」という単語が目に入った。
意味、常軌を逸した、狂気の――。
「満月はゆっくりまでおかしくするって事かねぇ」
俺はそのらんを庭に埋めてやった。
そして昨日のメモ帳にこう書き加えた。

――このメモは、そんな満月の夜の、不思議で悲しいゆっくりの記録である。

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最終更新:2022年04月15日 23:07