『それでも、ゆっくりは要求(もとめ)る ~前篇~』
Presented by 春巻
 ――なんつーか、制裁なのかな? よくわかんないけど。
 言えるのは、本当の虐待・制裁は後篇にあり。前篇でも少しは虐待するけどね。
 とりあえずモチーフは『モンスター・チルドレン』。と考えていたのだが、どうやらゆっくりの親子は概ね『モンスター』になっているみたいだ。素性は饅頭にすぎないのにね。
 あ、本当はアップ時期を正月にしたかったんだが……、誰も待ってないから別にいいよね。ええ、謙遜でなくて。
 あーあ、もうちょっとオモシロの要素を組み込みたいのになぁ……。






 新年の挨拶まわりへの準備がようやく終わった。
 出していなかった人から年賀状が来てしまい、新たに数枚を刷りなおすという少々の時間を経過させてしまった。予定では三軒の家を回る筈だったのだが、比較的重要性の低い家は明日に変更することにした。
 戸締り、窓の施錠。
 ついでに雨戸も閉めた。木戸ではない、最近幻想郷入りしたという、《じゅらるみん》という名前の軽金属を繋ぎ合わせて作ったものだ。
 垣根の損壊は、昨年のうちに修繕したので、全く心配はない。
 いざ出発。
 玄関の引き戸が滑る音と、その音はほぼ同時だった。
「ゆ!! やっととびらさんがあいてくれたよ、まりさ!!」
「ゆゆん!! まりさがゆっくりたのんでたからだよ!! こどもたちも、おとうさんにかんしゃしてね!!」
「ゆー、ありがとうね、おとーさん!!」
「ありがとー!!」
「さすがおとーさんだね!!」
「おとーさんはすごくゆっくりしてるね!!」
「ありがとうだよ、おとーさん!」
「ゆっへん!! ほらみんな、まりさたちのゆっくりぷれいすに……、ゆ?」
 目が、合った。
 沈黙。
 硬直。
 一秒。
 二秒。
 三秒――
「ゆー!!? どうしてれいむたちのゆっくりぷれいすににんげんさんがいるのー!!? ばりざ!! うぞづいだのお!?」
「ちがうよれいむ、ゆっくりしてね。そんなはずないん……、ゆぎゃあああああああああああああ!!」
 手の平程度の小さな饅頭を5個も従えた、蹴鞠ほどの大きさをした饅頭2個が、図々しくも人間様の家の玄関前で、図々しい言葉を吐き散らしながら、底を俺に見せつけるようにしてふんぞり返った。と思ったら、視線が衝突した瞬間に、大きな饅頭ふたつが、それはそれは近所迷惑な大声を上げた。
 ここは一旦出直す必要がある。
 そう考えた俺は。
 ――とりあえず、戸を閉めることにした。

     ○

 迷惑千万。
 折角の予定が、もはや台無しである。
 新年早々、どうしてこうも迷惑事に見舞われるのだろうか。
 このままでは、今年1年がこんな結果になってしまいそうだ。
 別に、饅頭どもがやかましくのたまうように、ゆっくりしていたわけでもない。
「ゆっくりしてもいないのに、その結果がこれだよ」って、迎春間もないのに早くも結果が出てしまうとは、是れ如何に。
 面倒事を呼びつける程度の能力を持っていると噂される、《ゆっくり》という饅頭だ。これは、何を行ったとしても時間がとられることは確実だ。当初の予定を白紙化しすることにしよう。挨拶まわりなど、三が日か七草の日までは問題ないだろう。
 そうと決まれば、まずは精神を落ち着かせねばならない。ストーブの上に置いた薬缶の湯で茶をいれる。熱い番茶が咽喉を過ぎていく。これが一番落ち着くのだ。
 さて、五分ほどゆっくりしたので、いよいよ玄関扉を開けようと思う。
 予想に反して、表は静かである。ゆっくりたちの性格から判断すると、どうしても入りたいゆっくりぷれいすならば扉を破ってでも入ってくるものなのだが。
 ――まあ、考えているよりは行動に移した方がよいだろう。ゆっくりの相手など、大して脳細胞(あたま)を使わなくても何とかなるものだ。
 とりあえず、深呼吸。
 山高帽の饅頭は、念じていたら扉が開いたとか言っていたな。
 そう言えば、さっきの饅頭たちは、どうしてあんなに慌てていたのだろうか。
 そんな考えも浮かんでくるが、何につけてもやはりここから立ち去ってもらわねばならないだろう。しかも、なるべくは無血――もとい無餡で。
 新年が始まるという芽出度い時勢に、餡子で玄関を汚したくない。
 処理も面倒だし、何より近所のオバハンの好奇の目だけは避けたい。
 既に大声を出されている時点で危ない気もするが、それはまだ言い訳だ出来るだろう。餡子流出となると、それこそ「あそこの若い子、新年早々饅頭を潰して喜んでいたそうよ」「いやだ、そうなの?」「わたし、見たのよ~。『イヤッハー、虐待だー』とか叫んで庭じゅう、道路まで出てきて騒いでたみたい」「へえ~……」的な展開が予想される。
 ――絶対避けねば。
 少し、落ち着こう。リラックス。
 やはり、出足というのは、何よりも肝心だ。
 いきなり飛び込んでこられても困るので、まずは隙間を作るようにそっと開ける。
 ――静かである。
 大邸宅の日本庭園で鹿威(ししおどし)の音がはっきり聞こえるように静かだ。
 何者かが蠢くような、不穏な芳香(かおり)もない。
 思い切って、扉を全開にする。
 …………。
 ………………………。
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ」
「ゆえええええええ、うぶぉえ……」
「ゆ……」
 餡子の大海が、そこにあった。
「……おい、どうした、お前たち!?」
 俺は、ただ自宅の台所で一服していた。ゆっくりしていたはずだ。
 そして、彼らを痛めつけたこともないはずだ。
 父親のまりさが、俺の声を聞いたためか、上を向く。しかし、その動きはまさに散漫(ゆっくり)としていた。
「ゆ……、でぃんげんざん……」
「どうした、何があった?」
 為るべく優しい声色で訊いてやる。
 俺の家を自分たちの《ゆっくりぷれいす》とやらにしようという魂胆があったらしいが、餡子を吐いている現状だ。生命の危険性をはらんでいる饅頭を潰して森の肥料にしようというような考えは、このときは、思いつかなかった。
「そごの、どびださんが……、ぜんぜんゆっぐり、じでだい、よ……」
「……どびださん?」
 不覚にも、俺は饅頭の言うことを鸚鵡返しにしてしまったが、まりさの視線の向く先で理解した。
「ああ、そりゃあそうだろうよ。お前らみたいなのに襲われないようにしてたんだから」
 俺は、この幻想郷において、最厚を誇る我が家の玄関ドアの上端を押した。
「ゆびゃえええええええええええええええ!!!」
「おぢびぢゃああああああああああああんんんんんんん!!!???」
「あ、すまん。見えてなかった」
 突如として大声を上げて泣き始める子供のまりさ。
 対ゆっくり用仕掛け扉――体当たりを受けると床面付近から槍が飛び出す扉が奏功したらしい。人間に対してもある程度の対抗ができるが、しかし今のは完全に俺に責任がある。
 厄介事は御免だが、このままでは流石に寝覚めが悪い。
 少々悩んだものの、俺はこの饅頭一家を自宅内に招き入れることにした。

     ○

「ゆっくりたすかったよ……」
「でもまりさ……、おちびちゃんがふたりも……。ゆえええええええええん……」
「おかーさん、なかないで? ゆっくりして、ね……。ゆびぃいいぇええええええええええ!!!!」
 生憎オレンジジュースの買い置きが無かったのだが、冷蔵庫の中にポッカレモンがあった。同じ柑橘系だから大丈夫だろうと思い、《レモン汁:砂糖:水=1:8:10》で調合した液体をかけてやった。
 親の饅頭は比較的丈夫であり、先ほどの槍による痛手は浅かったためにすぐ復活できた。
 しかし、子どもたちは、そうはいかなかった。
 槍に中枢餡子を一突きされ、即死してしまったれいむ。
 そして、先ほど俺がドアの仕掛けをデモンストレートした時に、不運にも槍の直撃を受けたまりさ。
 生き残ったのは、れいむが2個に、まりさが1個。
 ふたつの命が、永遠のゆっくり路へと旅立ってしまったのだ。
 自分たちの餡を分けて、頑張って育ててきた子供。
 それが、一瞬で失われたことへの悲愴。
 人間のものを奪おうとしたのだから「そんなの関係ねえ!!」と言い放てばそれまでだが、しかし、失われた饅頭の内のひとつは俺に責任がある。
 そこに寝覚めの悪さがあるのだ。
 まずは、話を聞いてみることが先決だろう。
 饅頭から話を聞くのは並大抵の忍耐力ではいけないことは、重々承知しているはずだ。
 もう、今日の挨拶回りは中止。
 そう決まれば、後はこいつらの相手に時間を費やしてもかまわない。
 仕事はそもそも三が日にプラスして有給を取ったから、丸々一週間は休んでいいことになっている。当たり前だ。昨年末、クリスマスから大晦日まで働き詰めだったのだ。
「なあ、まりさにれいむ」
「……ゆうん。なに、にんげんさん?」
「ゆぐすん……、なあに?」
 意外にも聞き分けが良さそうだ。
「その子どもたちは、どうしてそうなっちまったんだ?」
 鼻水をすするような音を織り交ぜ(鼻はどこにあるんだろう)、時々その事故の瞬間をフラッシュバックさせたのか慟哭を混ぜつつも、何とかゆっくり理解できたのは以下の事象。
 一家で迎える初めての冬。
 おうちもしっかりと作れた。
 食料もたっぷりと集めた。
 あとは、ゆっくり春を待つだけ。
 その、はずだった。
 食料が、やはり足りなかった。
 見つけてきて、おうちの中に運び込んだ時には一杯あったように見えたのだが、実はおうちが小さかったためにすぐ格納庫が満杯になってしまっただけ。本当は、全然足りてなんかいなかった。
 幸い、今年の冬は雪が少なく暖冬だ(これは、人間の見る天気予報の情報だ)。
 そのため、まりさはおうちを飛び出して、手頃なゆっくりぷれいすを探していた。
 そこで見つけたのが、幸か不幸か(ゆっくりにとっても、俺にとっても)俺の家だった。
「でも、どうして俺の家が空き家だなんて思ったんだ?」
「だって、たいようさんがゆっくりしているときも、にんげんさんいなかったんだよ」
「なるほどな。それはな、俺が、お正月――って解かるか?」
「しらないよ。おしょうがつってなに? ゆっくりおしえてね!?」
 ――暫し、正月について解説。所要時間15分。
「ゆっくりりかいしたよ!!」
 ゆっくりしすぎだな。本当に解かっているのか。
「それで、そのお正月にゆっくりするために、お仕事をしていたんだ。俺は夜――そうだな、れみりゃが外に出て」
「れみりゃごわいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「ゆ!? おちびちゃん、だいじょうぶだよ!! ゆっくりしていってね!! ゆっくりしてね!!」
 ――ちびれいむを宥める。所要時間3分。
「要は、真っ暗になるときにお家に帰ってきて、お陽様が出てくる前にお家を出て行くからね。だから、俺の姿が見えなかったんだよ」
「りかいしたよ。まりさはかんちがいしていたんだね……」
 何と聡明なゆっくりだろうか。こんなにゆっくりしている――いや、していないのか?
 よく解からないが、兎にも角にもここまで頭が良く、理解力に優れた饅頭は見たことがない。
「それで、お前たちはこれからどうするんだ?」
 まりさは俺の質問に対して、首を傾げるでも《ゆっくりぷれいす宣言》をするわけでもなく、ゆっくりすることなく、
「ゆっ……。しかたないものね、でていくよ……。にんげんさん、ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね……」
 そう言った。無念そうにしながらも、やはり分は弁えているようだった。
 もしかしたら、この親にあたる饅頭は、過去に餡子の奥にまで浸み渡るほどの恐怖を人間から植えつけられていたのか。もしくは、この饅頭の親にあたる饅頭にそのような記憶の断片があったのか。
 いずれにせよ、人間の家を求めていても、現住居ではなく空家を求めていたことからも、そういったことが想像できた。
 しかし、であった。
「ゆゆ!? どーじで!? ここはれいむたちのゆっくりぷれいすっていってたのにいいいいいい!!!」
「うぞづぎっ!! おがーざんぼ、おどーざんぼ、うぞづいだ!!」
「いやだああああああああ!! ごごはばりざどゆっぐりぶれいずうううううううう!!」
 子どもたちは、どうも理解していないようだ。
 ――話は逸れるが、「ゆっくりぶれいず」って、何かの攻撃技みたいじゃないか? 弱そうだが、体当たりよりはイメージ的に強そうだ。閑話休題。
「ゆゆっ!!? おちびちゃんたち、そんなこといっちゃだめだよ!!」
「にんげんさんはおこるとこわいんだよ!!? ゆっくりりかいしてね!! ううん、ゆっくりしないですぐりかいしてね!!」
 親たちは、子どもたちと負けず劣らずの大声で子どもを叱った。本当に、この親にはトラウマティックな何かが仕込まれていそうだ。心底から人間を恐れていないと、こういう反応は得られないだろう。何せ、餡子脳と称される饅頭の思考である。人様の領地を隙あらば自らのものにしてしまおうという不届千万常識著欠(人間の視点によれば)なナマモノなのだ。生まれながらにして腐りきっているという、甚だしく面倒なものだ。
「ぞんだどじらだい!! さいじょにごごがゆっぎぶれいずっでいっだの、おどーざんでじょおおおおお!!? うぞづくおやはおやぢゃないよ!!!!」
「しねしねしねしねしねしねしねしねええええええええ!!!」
「どぼぢでぞんなごどいうのおおおおおおおおおおおおお!!!」
 ――おお、戦々恐々戦々恐々。
 子どもは親を嘘吐き呼ばわりした上に、自殺を強要した。子どもたちの不意な反抗期到来に対して精神的に脆かった親は、それはそれはおぞましい顔つきで子ども叱ろうとしている。だが、失敗だ。その様子は、まさに人間の子どもが玩具売り場の前で騒いでいるのと何ら変わりがない。
 親切で吐く嘘というものも人間界には存在しているが、そんなことは饅頭のような低能ナマモノの世界には存在しないのだろう。高が嘘を吐いたぐらいで子どもから切腹を命じられては、流石に堪らないものがあろう。
 とりあえず、俺は大きく息を吸って――
「ゆっくりしていってね!!!!!」
「ゆゆっ!!!!!??? ……ゆっくりしていってね!!!」
 ――騒動の鎮静を図った。

     ○

 結局、いくら宥めても賺しても、俺の家を出ていくことを通達するところで子どもたちが騒ぎだすので、一時ちび饅頭を別室に運んだ。「少しの間だけ、ここは君たちの《ゆっくりぷれいす》だから、大人しくしていればいい。ただし、備品を壊した暁には、しっかりと然るべき処置をとる」と警告したが、さてどうだろうか。
 ――どっちに転んでくれても、問題は皆無なのだが。
 騒ぎ立てる馬鹿チビがいなければ、話の進行速度は簡単に上げられる。
 俺は、この親饅頭ふたつに、過去に遭った虐殺未遂について聞き出すことができた。饅頭どもは、どうして自分たちがそんな目にあったのかを知っているのか、と聞いてきたが、お前たちの態度で解かるんだと答えるとそれなりに納得したようで、俺にその顛末を所々詰まりながらも話してくれた。

     ○

 前略。
 中略。
 後略。

     ○

 そんなこんなで、見事に型に填まったお話だったので割愛させていただいた。
 ――だって聞きたくないっしょ? しかも延々85分使ったのに、中身が饅頭の餡子より少ない。
 掻い摘んで言うところ、この両親饅頭は幼馴染であった。そしてもう少しで成体になるころに、自分たちの親が子供たち(目の前に居るれいむ・まりさの今は亡き姉妹)を連れて人間の畑に闖入し、大半のまりさ種(子供を含む)がゲスらしさを発現させたところでなぜかゲスばかりが一思いにつぶされて、その隙をついて逃げおおせたのは自分たちだけだった、てそんな話。
 話者である親饅頭は自分の記憶を掘り下げ、そのトラウマの抗っていたために気付いていなかったらしい。が、聞き手の俺は気付いていた。そして、話を終えて一服ゆっくりしたところで、親饅頭も漸く気づいた。
 ――話の最中から、隣室が五月蝿いことに。
 隣室とは、もちろん、先ほどの《臨時ゆっくりぷれいす for子饅頭》である。
 甚だしく気が重くなるが、やはり扉を開けないことには何も始まらない。
 意を決して、静かに扉を開いた――。





 切れた。
 ――。
 ――――。
 ――――――――――――。


     ★

 所変わって、地下室だ。
 縦横20メートル四方の、ワンルーム。昇降機は梯子のみ。階段の方が便利とかぬかすヤツは、饅頭ともども脳天かち割れた方がいい。
 ――いっそ、ヤってやろうか!?
 ハハ。
 あ? そんなものがどうしてあるんだ、とか思ったか!?
 在るから在るんだよ。他に表現できるか?
 まあ、いい。
 矮小な輩がガーガー言っても何ら意味をなさないからな。んなもの人間も饅頭も、屑であることで共通だ。
 とりあえず、目の前にある強化プラスチック樹脂製の《スケルトンケース》を、強烈に蹴り飛ばす。
 部屋の対角線に沿って蹴り飛ばした結果、優に28メートル吹っ飛び壁に衝突した。
 近づいて行けば、お約束とも言えるような叫び声だ。
 ――フフ、ヒイャヤァッハア!!!!!!
 ああ、ゾクゾクしてこないか!? なあ、するよなあ!!?
 ……クハハハ。ハァ。
 思わず大声を出してしまうほどに高揚している。最も、そのためにこの地下室を拵えたのだが。
「なぁ、おい饅頭よ。いや、腐れ饅頭よ」
「ゆ!! くされまんじゅうなんかじゃないよ!! さっさとあやまればまだゆるしてあげるよ!!」
「まりさたちはゆっくりしてるからゆるしてあげるよ!!」
「くぢごたえはやべでっていってるでじょおおおおおおおおおお!!!」
「あやまるのはおちびちゃんたちのほうでしょおおおおお!!!!」
「うっせーんだよ、いちいち。なぁ、おい」
 ドスを利かせた低音で真上から攻める。饅頭はああやって付け上がることが四六時中(しょっちゅう)だが、高圧的に攻め立てられれば案外簡単に屈するものだ。
 あ、そうそう。俺は怒鳴り散らして降伏させるのはあまり好きではない。飽くまでも冷静に、ハードボイルドを装って対処するのだ。そうしたほうが、饅頭の低能ぶりを堪能できるだろう? 本当は叫びたいのだが、大声を出すなと言っている奴が大声で叫んでいるなんて、ダサすぎるだろう。
「それで? さっきの部屋でひたすら暴れまわってくれやがった糞饅頭は」
「だからくそまんじゅうじゃないっていってるでしょおおおおお!!?? ばかなの!!!?? しぬ」
「いいかげんにじでよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「うぞづぎはだまれえええええええ!!!」
「どぼじでぞんなご」
 また、一蹴り、ケースに食らわせてやる。
 箱は俺のキックに抗うことなく、先ほどと同じように吹き飛んで行く。
 しかし、底辺に近いところを蹴ってしまったために、箱には縦の回転が加わって、スピンをしながら飛んで行った。
 ガッシャーン、と饅頭の絶叫を掻き消すような音で壁に激突し、二、三度、床を転がる。数秒前まで天井だった面を今度は床にして、ようやく回転を止めた。流石は特殊樹脂。どんな衝撃を与えても壊れない。
「だからよぉ。がなるなって言っただろうが、この腐れ餡子脳。ああ、コラ」
 親は子どもを、子どもは俺を睨み付けている。しかし、腐った魚と同レベルの目で睨まれても、別段どうとも思わない。こんなもので怯むやつは、この世界どこを探しても見当たらないだろう。餡子汁(なみだ)を垂れ流して睨んでいるガキ相手に怯むやつ、居たら出て来い。俺が、この手で鍛えてやる。最も、トレーニング施設は地獄だが。
「ァんだその眼は、てめえ。この糞餡子脳」
「だがらあああああ」
「復た蹴ンぞ、おい。いい加減黙れ、何様のつもりだ」
 糞饅頭、腐れ餡子などと言って俺があおっているだけなのだが、実に気分がいい。露骨な挑発に乗ってくれる存在など、この世界にはこの饅頭しか在り得ないだろう。
「人間の怖さを知っている両親から生まれた饅頭だから、少しは子どもにも知識が植えつけられてるかと思えば……。何にも解かってねえと来た」
 視線を子どもから親へ移動する。
「お前らよ、本当にこいつらにきちんと教育したのか?」
「したよ!!!」
「どうやって?」
「ゆ……。にんげんさんはこわいからちかよったら」
「だったらさ、そもそもどうして俺の家に来たわけ? そりゃさっきお前らが言ってたことは聞いてたし、覚えてる。俺は――、ホラ、お前らの後ろで気色悪い顔をしてる腐れチビ饅頭と違って」
「ぎじょぐわるぐだんがだいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
「ぐざっでだい!! どりげぜえええええええ!!!」
「いいいがげんでぃじろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「うっさいじじいはざっざど」
「……おい、それ以上言ったら、ただにしておかねえぞ」
「ゆひ!!!??」
 ちょっとの挑発に耳聡いが、それにひとつひとつ反抗する態度には知性のかけらも感じない。我らの言語はそんな低能なモノにも話せるのか。もう少し高等な言語が必要だ。
「話は戻るが、俺の家が空き家に見えたとは言え、それでも周りには人間の家が少なくない件数あるんだ。そこだ。そこなんだ。本当に人間を恐ろしい存在と認めているのか。そこに俺は疑問符を置かずにはいられないんだよ」
「ゆぅ……」
 小さな唸り声の後に、広がりゆく沈黙。
 物事の計算を行わずに行き当たりばったりで行動をすることに定評があるこの饅頭に、そこまでの計算を求めるのは酷ではあろうが、それでも気になるものは気になるのだ。
 人間の住処に羨望の視線をくれるのは一向に構わない。それを手に入れようとして無謀にも果敢に挑む饅頭の存在も、認めてやろう。実力行使に挑むのは、人間によって痛い目を見た過去を持たない饅頭だけだ。
 ところが、である。
 今ここにいる饅頭は、遠くない過去に人間の制裁を受けている。実際、人間の姿を見て怯えた。
 それならば、来なければいい。
「なあ、嘘なんだろ?」
「ゆえ!?」
「如何に無人に見えようが、この家を乗っ取ろうとしてたのは事実だった。その事実を踏まえれば、お前の今までの話がすべて嘘で、親であるお前らを含めてこの場にいる饅頭全てがゲスだと仮定すれば、すべてが、万事が万事、何から何までに納得がいくんだよな」
「ゆ!!? どーしてっ!!?」
 異議を申し立てたいようだが、所詮は餡子脳。迅速に反例を掲げることはできない。そこに付け込むのが、対饅頭戦略のひとつだ。
「どうしても何も、さっき言っただろう。本当に人間を警戒している賢い饅頭は森から出てこない。人間が滅多に足を踏み入れない森の中で、倹しく生活して、自分なりのゆっくりに満足している。それなのに、何なんだおめえらは。少し考えてみれば? あ、ごめんねー。考えられないからのこのこと俺んちに来たんだもんなー。ゴメンネゴメンネー!」
「ゆ、ゆ……」
「うるざいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!! ぼおじゃべるだあああああああああああああああああああ!!!」
「だばれえええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
「そうそう、そこのチビ黒帽子とチビ赤ふんどしよ。莫迦は自分の痛いところを突かれるとすぐ喚きだすっていう特性があることを覚えておけよー。簡単に言おうか、お前らのことだよ~。あははー。いい加減にしないと、この世から亡き物にするからね。莫迦なお前らのために簡単に言うぞー」
 静寂。
 チビ饅頭も、珍しいことに、殊勝にも静聴している。
「千切るぞー、潰すぞー、殺すぞー」
 再び、静寂。
 ……。
 …………。
 …………―――――――――。
「ゆあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 見るも無残な表情で喚く馬鹿ども。その言及することさえ痴こがましく思われる表情からは、知性の欠片も認められない。
「黙れと言っただろう?」
 言いながらケースの蓋を外し、先ほどから隙あらば『死ね』と言おうと試みているまりさを摘み上げる。
「ゆああああ、ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!! はだじでえええええええええええええええええええ!!!!」
「さあ、さあ、さあ!! 下で喚いているチビクソ饅頭も、目をつぶっちゃイケナイよ? 安心しなさい、眼なんか2度と閉じられないような衝撃映像が生で見られるんだよー?」
 優しいお兄さんの口調で宥める(そんなつもりは毛頭ない)が、やはり簡単には黙らない。
 喚声も怒声もすべて歓声に変わり、俎上ならぬ指間のまりさへの葬送曲のアプローズへと昇華する。
「はい、1、2の、3!!」
 ――ビヂャッ。
 ……。
 …………。
「ゆあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ゆぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ぼおおおおおやべでえええええよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 生き残ったチビ全員が、前後不覚に喚き始める。
 親はどうだと見てみれば――。
 ――感情の籠らない視線で、ただ淡々と俺を見上げている。
 とりあえず、この耳障りな音響から離れた方が、鼓膜にも精神安定にも有効だろう。
 喚き散らしているチビから双親を隔離するのは、寺子屋の算術以上に簡単なことだった。素早く上蓋を取り外し、親を別な透明容器にひとつずつ押し込む。口の部分にしか余分なスペースが存在しない、特別仕様だ。特注で値が張ったことはオフレコだ。
 騒音を背に受けながら、饅頭ふたつを脇に抱え俺は部屋を出た。

     ★

「ゆはあ、ようやくしずかなところにこられたよ。おにいさんありがとうね」
「ほんとうはここからもだしてほしいところだけど、いまはがまんするね」
 廊下を歩き、そのまま地上階へと出てきた。着いたところは、先ほどあのガキ饅頭どもがひたすらに暴れまわってくれやがった、あの部屋だ。
 まりさとれいむは、清々しさに満ちた声で、身動きが取れない箱の中に在りながら視線を送ってくる。言葉の裏付けを取るに充分な視線だ。
「こっちこそ、さっきは悪かったな。知っているかもしれないが、あのチビ腐れ饅頭をある程度の時間発狂させないとお前らを連れだせないからな」
「ゆ、べつにいいよ」
「とりあえず、ホラ。チョコレートだ。チョコレートは知ってるだろ?」
 口の部分に出来ているスペースのところに、ミルクチョコレートを置く。
「ゆ、ちょこれーとさんはしってるけど、……いいの?」
 れいむが上目遣いで訊いてくる。まりさもれいむに同調するように俺の顔色をうかがっている。饅頭風情が空気を読もうとしている光景は、何だか笑えてくる。それを噛み殺しながら承諾すると、意外にも、静かに食べ始めた。いかテン(烏賊の天麩羅ではなく、『いかにもテンプレート通り』の意だ)な『むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!!』のようなコメントもなく、しかしその表情はしっかりとした歓喜に満ちていた。
「さて、れいむにまりさよ」
「ゆん」「ゆゆ」同時に返事。喚かないのでお耳に優しいことこの上ない。
「お前たちも、あのチビどもを捨てに来たんだろう?」
「そうだよ、もうつかれちゃったから」
 まりさは溜め息を言葉の端々に織り込みながら言った。饅頭の独白にしては、ひどく重い、鈍色(にびいろ)のような声色をしていた。
「どうしてだ?」
 そう訊くと、今度はれいむが答えてくれた。「にんげんさんなら、みてたらわかったでしょ? れいむもまりさも、なんどもなんども、くちを……、くちを……?」
「酸っぱくして、か?」
「そう。くちをすっぱくして、にんげんさんはこわいんだよ、っておしえても、すぐともだちのまりさのいうことのほうをしんじて、にんげんさんはおやさいさんをひとりじめするわるいものだ、って……」
「朱に交わりゃ紅くなるからな、子どもは。それで、制裁を兼ねて、俺のところに来たってことな」
 俺の家から北へ5分(人間の足で)歩くと、ゆっくりが生息している森がある。そこには優秀なドスまりさを筆頭とする大きな群れが形成されており、この人里でも屡々饅頭が闊歩している。
 別段、饅頭たちと《協定》や《条約》を結んだわけではない。元々は飼われ饅頭であったドスまりさが、饅頭どもの視線を巧みな話術で人間の世界に向けさせないのだ。人間の中にも虐待嗜好の者もいるが、幸運なことに比較的真っ当な饅頭を虐め抜く趣味の持ち主が居なかった。
 それゆえに、不可侵規則を設ける必要がなかったのだ。
 しかし、中には、自分の皆無とも言える力を信じてしまったばかりに人里へ降りてくる饅頭も、当然ながら在るわけだ。集団行動を取らねばならない折り、業とらしくその統率から逃れようとし、アウトローを気取るモノは饅頭の世界にも居る。
 それは大概が、所謂成体になって間も無くの個体か、小さい子供饅頭である。オトナの説得をも意に介さない反抗期饅頭なのだ。
 個体であれば当然阿呆なことをぬかしつづける稀有かつ奇特な饅頭にすぎないが、ある程度の集団を形成すれば、それは発言権をもつ真っ当なチームとなる。
 こうなれば、オトナの饅頭も早々口出しが出来なくなり、群れと人間との関係を破綻に導いてしまう可能性すら生み出されてしまう。
 そこで登場するのが、この俺だ。
 ドスまりさと関わり合いを持つこの界隈のご意見番のお墨付き。群れの暗黙規則からの逸脱傾向のみうけられる饅頭が、あらゆる《施し》を受ける最終施設――。
 それが、俺の家。
 人呼んで、『終末之館』。
「それで。あの馬鹿どもは、どう処理してほしい?」
 そろそろ、顧客の注文を受け付けねばなるまい。
「もうかおをみたくもないから、おにいさんにまかせるよ」と、まりさ。
「いままでかりもろくにしない、むれのなかでもぜんぜんやくにたってなかったゆっくりだから、どうでもいいよ」とれいむが言葉を継げる。
「そうか。こっちとしても、あそこまで口の悪いのは見たことがないしな」
 訂正しろ、だの、取り消せだの、意外にも語彙は豊富だったが、そのどれもが他を貶めたりするようなものばかりだった。
「……そうか、そうか。やっとしっくり来たぞ」
「なに、おにいさん」
「お前らの、その帽子とリボン。それ、本当のお前らのアクセサリーじゃないんだろ?」
 俺の言葉にれいむとまりさは一瞬だけ、その大きめな目をさらに見開いたが、直後穏やかな嘲笑を浮かべた。その嘲りは、恐らくあのチビ饅頭どもへ向けたのだろう。
「さすがだね、おにいさん」まりさが口の端だけで笑う。
「あのチビどもの本当の親の帽子を被ってるんだな。ということは、あれか。その本当の親は死んだのか?」
「そうだよ。でもそうしてわかったの?」
 れいむは俺に訊くが、それは本当の疑問ではないのが明らかだった。確認のために訊いている。そんな口調だった。
「俺たち人間には、ゆっくりの帽子だのリボンだのを見分けることは出来ないが、育ちの違いは判る。お前らとあのチビどもでは、明らかに口調が違いすぎる。アレは本当の能無し饅頭と断定できる阿呆口調だが、お前らは、本当はもう少ししっかり話せるだろ?」
「そこまで解かっちゃうんだ、凄いね」
「本当はれいむもまりさも、この口調はいやなんだ」
 ほっとしたように、まりさとれいむは会話の速度を上げる。あのアホ丸出しの口調は、虐待嗜好でなくともイライラとしてくるのだ。
「なら、今度から俺のところにくるゆっくりに伝えてくれ。始末して欲しい饅頭から隔離されたら、しっかり話してくれと」
「解かった」
「うん」
「何だ、それならそうと、もう少しはやく通達しておくんだったな。じゃあ話は戻るが、その本当の親はどうして死んだんだ?」
「死んだというか、殺したんだよ、みんなでね」
「狩りのためにその親を連れ出して、崖の近くまで連れて行って、注意をそらしたところで後ろから奪い取って、振り返りざまに突き落したんだ」
 なかなかに惨たらしい処刑方法だ。しかし、帽子を取られた瞬間(とき)には、その親はまだ死んでいない。死んだ饅頭から奪い取ったわけではない。実に合理的だ。
「馬鹿な親で助かったよ」その光景を思い出しているのだろう。まりさは微笑に嘲笑を上塗りしたような笑顔を見せた。「蛙の子は蛙って、ドスが言ってた」
「成程。ドスの主導なら文句は出ないな。殺饅頭ではなくて、処刑だもんな」
 嗚呼。つくづく思う。このドスがこの界隈を率いてくれて良かった。
「それよりも、お兄さん。出来れば早くまりさたちを森に返してね」
「あの饅頭たちはお兄さんの好奇にしちゃっていいからね。もう同じ空間にいたくないよ。あんなのにお母さんとか言われていたら蟲唾が奔って仕方がないよ」
「……れいむ、お前そこまで難しい言葉もしゃべれたのか」
 れいむの返答は無かった。れいむの眼は早期の解放だけを強く求めていた。
「よし。じゃあ、後の処理は任せておけ。遠いところをご苦労だったな」
「こちらこそありがとうだよ、お兄さん」
「また莫迦な子が出てきたら、そのときはよろしくね」
 ふたつの饅頭はぺこり、と頭を下に向けた。礼のつもりらしい。
 俺は小さな手ぬぐいの中にチョコレートを入れ、それを饅頭の下顎あたりに結びつけた。足労願ったせめてもの土産だ。
 饅頭ふたつは、ようやく仕事から解放された喜びと、チョコレートを食べられる嬉しさとに、心なしか高くとび跳ねながら帰途に就いた。
 ――さあ、お楽しみはこれからだ。
 今日の夜は、長い。


     To be continued.


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最終更新:2022年05月19日 11:43