中編より



「ゆびいいいいいいいいいいいい!!!」
「どぼぢでどがいばのありずがごんなべにいいいいい!!!」
「いいからだまってはしるみょん」
あれから順調に進んでいくと、イナゴの大群に追いかけられる羽目にあった。
見た瞬間、流石にこれは剣ではどうにもならないと三十六計逃げるにしかずを地で行くことになった。
どうせなら剣で斬りかかれるような相手が好みだが、こういうピンチもこれはこれで面白いかもしれない。

「あがっえうあおううううううう!!!」
ありすが何か言っているがよく聞き取れない。
ただの悲鳴だろうか。
みょんはふと、自分はいつまでこいつらの面倒をみていくつもりなのだろうなと疑問に思った。
そのせいで、眼前のソレへの反応が僅かに遅れた。
それはみょんにとってはなんら問題の無いことだったのだが……

「あ、やっぱとまるみょん」

「ゆ?」
「ゆゆ?」
残念ながら静止の間に合わなかったありすとまりさは坂の下へと転がっていった。

「みょ、みょん……!」
慌ててありすの後を追いかける。
これだけ急な坂だ、転がればどこに行くかわからない。
みょんは滑るようにその坂を下っていった。

坂を下り終えて、ふう、と一息つく。
不幸中の幸いか、急な坂を急いで下ったおかげでイナゴの群の視界から消えてひとまず巻くことが出来たようだ。
だが滑るように下ったみょんと違いありすとまりさは坂を転がり落ちた後も勢いが死なずそのままかなりの距離を転がって行った様だった。
余り悠長にはしていられない、すぐに追わねば……。
「……みょん?」
みょんなことに気付いて、みょんは立ち止まった。
何故わざわざありすを助けに行くのだろう、と。
まりさはもちろん、ありすだって別に助ける義理はもはや無い。
なのに何故真っ先に助けに行こうとしてしまったのだろう。
既にここまで逃げ切ったのだ。
もう永夜緩居の出口まではそれほどの距離は無い。
わざわざ助けに行って寄り道するよりもこのまま一人で逃げ出した方がいっそ生存率は高いだろう。
そんな風にこれまでみょんの生きてきた経験からくるロジックは告げている。
これまでみょんはその経験から来るロジックと、剣の道を行くこと、その道で力を手に入れることへの執念。
そしてその力を試したいと思う衝動というの三つで動き続けてきた。
それがみょんの行動理念の総てのはずだ。
それらの総てが今、ありすを助けに行くことを求めてなど居ない。
なのにありすを見捨てていきたくない、置いていけない。
何故なのかみょんにはろくに分からなかった。

逃げ出せ、きっとそれが正しいはずだ。
これまで生きてきたことの総てがそうみょんに告げているのだ。

行くな。

経験が告げる。
『行けば無益な死が近づくだけだ。』

剣の道を修め力を求めた半生が告げる。
『成そうとした何かも、何もかもが水泡に帰すだけだ。』

力を試したいという衝動は沸かず。
『ここで果てるのも悪くは無いが、もう充分自分の力は試した。
後はここから脱出できるか否かの勝負。』


ありすを助けに行く必要なんて無い。


「……もうどうにでもなれみょん!」
結局みょんは理由も分からないままありすを助けに走った。

酔狂、としか言いようが無い。
「ばかになちゃったのかみょんね?」
そんな自問自答が、何故だかおかしくて仕方なかった。



「ゆぐぅぁああああああ!」

よく耳に残る、はっきり言ってしまえば耳障りなありすの声はとてもよく聞こえた。
そう遠くない。
みょんはひたむきに足、所謂体の底の部分を動かした。


森の奥、木々の合間にありすの姿を見つける。
そして耳に残る嫌な羽音。
「みょ――……んっ!!」
後のことは考えずにその羽音目掛けてみょんは斬りかかった。
それまで感じたことの無い斬り応えに舌が痺れる。
斬った、という感触が無い。
まるで相手の剣にこちらの剣を弾かれたような感触。
みょんは鋭く相手の姿を見据えた。
茶色に鈍く光る甲殻。
そして頭から伸びた力強い一本の角。
背中が開き鈍い羽音を鳴らすその姿は甲虫のそれだった。
「みょ……ん……?」
「だいじょうぶみょんかありす!?」
みょんは甲虫から目を離さずにありすに声をかけた。
「ばか……まりさをさきにたすけなさいよ……」
「それだけいえればだいじょぶみょん!」
すぐに死ぬようなことは無いだろうと当たりをつけてみょんはありすは置いておいて甲虫へと再び切りかかる。

「みょっ」
何度打ち合っても切り裂いたという明確な手ごたえが得られない。
そして一度隙を見せればその角でみょんの身を突き抉らんと迫ってくる。
身を翻して除けようとするも頬の皮が切り裂かれる。
浅かったため餡子こそ流れ落ちては居ないものの、紙一重。
一歩間違えば餡子をぶちまけて死ぬだろう。

長引けばやられると判断し、みょんは意を決して渾身の一撃を甲虫に叩き込んだ。
「――みょッ!」
耳を劈くような音と共に木剣を持つ舌がズキリと痛み痺れて木剣を落としそうになる。
慌てて木剣を持ち直そうとして、異変に気付く。
木剣の柄から上が無くなっていた。

「みょ……みょん……!」
同じような木剣や武器を持つ相手と打ち合ってその相手の武器をへし折ったことはあっても
こんな風に無手の相手に斬りかかって剣を折られたことは初めてだった。
一瞬呆然とするが、慌てて予備の木剣を左頬の紐から抜いて構えなおす。

そして間を空けずに襲い掛かる甲虫の突進を往なすものの、攻めに回ることが出来ない。
大勢、技術、体力的な問題もあるが、それ以上に心がすくんでいるのがわかった。
あの時打ち合ったのは角の部分ではない。
確かに相手のカブトの部分を叩いた。
にもかかわらず相手の殻には僅かの傷も見ることが出来ない。
自分の技が通じる気がしない。
舌が竦み縮こまる。
だがこのまま防戦に徹していてもまたいつか木剣を折られる。
武器はもう残っていない。
どうする。
「……みょん」
絶体絶命の状況故だろうか、そこでポンと閃く。
成功するかどうかはわからないが、今はこの閃きにかけるしかない。
相手に悟られないように、角による突きを往なしながらそろりそろりと移動していく。
一本の木に肉薄するほど近づき、木を背にして脇目も振らずこちらに突っ込んでくる甲虫相手に向き直る。

そのまま突っ込んで来い。

あの先の割れた角が鼻先まで近づいたところでみょんは横に飛びのいた。
後ろの木にぶつかって砕けてしまえ。

みょんが勝利を確信した次の瞬間、肌を切り裂かれる鋭い痛みが襲った。
甲虫は木と飛びのいたみょんの間を飛びぬけていって居た。

「……~~~っ」
完全にこちらの策を読まれていたことに驚愕する。
餡子がパサパサになったらこんな気分になるんじゃなかろうか。
代りに表面の饅頭皮が脂汗でドロドロと湿ってくる。
やっと思いついた策が簡単に看破されて、絶望的な心持で相手に向き直った。
どうすればいいのか分からず構えなおすので精一杯だ。
こんな相手見たことが無い。
今まで腕で遅れを取ったことはあっても木剣そのものが全く通じない相手なんて居なかった。
頭が真っ白になる。


「ゆぐぅぁああああああ!」
突然後ろから聞こえた叫び声に驚いて後ろ髪の下のスジが伸びた。
ありすに何かあったのか、振り向いて確かめたい誘惑に駆られるが
今それをすれば串刺しだ。
なんとかその衝動を飲み下して、気配で状況を察知しようとするもうまく行かない。
せめてどうしたのかを尋ねたいが、それをする余裕さえ無い、生み出せない。


「うちあっちゃだめ!からのつなぎめをねらって!」
「みょ!?」
とりあえず言ったことの内容と声の強さからしてたぶん無事だろうと当たりをつけてほっと胸を撫で下ろす。
別に危機にあることは何一つ変わらないのだがありすの声を聞けて無性に嬉しかった。
そして繋ぎ目って何のだろうかとみょんは首を傾げた。
多分今自分は物凄い困った顔をしてることだろうと思う。

「からとからのあいだのとこよいなかもの!!」
分かったような分からないような。
何となく線の入っているあのあたりのことだろうかと当たりをつける。
が、高速で飛び交う相手の一部分を狙って斬るのは至難の技だ。
まともに斬ろうとしても多分うまく行かないだろう。
また奇策に走るしか無さそうだ。
昔、まだ師匠の下で剣を習っていた頃教わった奇襲を使ってみようと思った。
余り応用が利きそうに無いし使える場所が限定されるので殆ど使わなかった技だったが
折角覚えたのだから死ぬ前に使わないと勿体無い。
ありすと自分の腕を信じてみょんは受けの構えを解き
甲虫に向かって突っ込む振りをして横の木に向かって突っ込む。

甲虫の突撃を避けられて、その上思い切り木にぶつかる。
頬がめり込んでひしゃげる。
今自分は頭が楕円形に変形してることだろう。
そして弾力で元に戻ろうとする。
そこに自分の力を加えて木とは逆方向に弾け飛ぶ。
とんだ先にはもちろん甲虫が待っていた。
案の定、甲虫はこちらに向かって旋回しようとして僅かにスピードが落ちていた。
これなら狙ったところに木剣を叩き付けられる。
みょんはありすの言葉を信じて思い切り体を捻り木剣を叩き付けた。

全てが終わりドスンと音を立てて体が地面に落ちた。

遅れてポトリと甲虫の頭と体が別々に落ちた。
怪我したまま跳ねたり木にぶつかったりしたせいで傷口から餡子が流れ出ていた。
息が荒れる。
死にはすまいがあまり放っておける状態では無さそうだ。
「やった……の」
ありすが鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔でそう言った。
「かみひとえみょん」
頷きながらとりあえず傷口に適当にキレイそうな葉っぱを貼り付ける。
流れた餡子のおかげでそれはぺったりと皮にくっついたがそのままという訳にも行かないだろう。
何かで固定しないとならない。
それにしても、驚いたことがあってみょんは思わずこぼした。
「あいつ、ぜんしんかたいのかとおもったらほんとにつなぎめはたいしたことないみょんね
はじめてしったみょん」
心底感心して、そう言った。
本当に驚くほどありすは頼りになった。
今もありすが居なければきっとやられていた。
ありすが居なければ、きっとみょんなんてすぐに死んでしまっていたに違いないとみょんは思った。
「……むしさんはだいたいそういうもんだとおもうけど?」
少々呆れた顔でありすが言う。
「かりとかあんまりしたことないみょん」
そしてありすはそれが出来る。
ありすはみょんとは違った強さを持っている。
そんなありすにみょんは惚れ直していた。
「まあなんとなくそうだとはおもってたけど、どうやってごはんたべてたの?」
「おてつだいみょん」
何となくだが詳細ははぐらかした。
向うもそれとなく察してはいるようでそれ以上は聞いてこなかった。

葉っぱが取れそうになる。
すぐにでも止めておかないとと思い、とりあえず木の剣ごと紐でくくりつけて傷口の上に固定する。
次抜いた時一緒に落ちてしまいかねないが他に何かある訳でも無いので仕方ない。
ありすの傷もなんとかせねばと思い、かちゅーしゃの下から予備の紐を取り出して
なるべく綺麗で清潔そうな葉っぱを選んで傷口に貼り付け紐でくくりつけた。
するとありすが半眼でこちらを見ているので何かと思いぽかんとしているとありすはこう言った。
「あなたひもちゃんとむすべるんじゃない
このほらふき」
そういえば、さっきはウソをついて紐を結んでもらおうとしたのだったと思い出した。
全く、なんであんなしょうもないウソをついたのやらとあの時の情景を思い出して苦笑する。
「ばれちゃったみょん」
舌をぺろりと出しておどけてみせた。

「なんでありすにひもむすんでなんてたのんだのよ」
少し怒った表情でありすは尋ねた。
「ありすにむすんでほしかったみょん」
何故かさらりとそんなことを言ってしまう自分に自分で驚く。
あの時は色々理由をつけたが、それが本心だったんだなと今になって気付く。
ありすはからかわれたと思ったのかそっぽを向いて歩き出した。

「ゆたっ」
そして傷が痛むのかうずくまってしまう。
みょんは慌てて駆け寄った。
そしてありすが小さく呻いたのを聞いてしまう。
「……っ、ま、まりさ……!」
またまりさか。
あの時もそうだった。
結局ありすには紐を結んでもらえなった。
あいつが邪魔をした。
みょんはありすに結んで欲しかったのに。

今、あの時と同じ状況になったらどうするだろうかとみょんは考えた。

きっと、紐を結ぼうとするまりさの舌を跳ね除ける。

「そのきずじゃあしでまといだみょん
ありすはさきにおきいしをおいてたみちにまでもどってそこでまってるみょん
みょんがまりさをつれてすぐにおっかけるみょん」
破門される前日、みょんの剣を馬鹿にしたまりさを斬り殺した時と同じ黒い情念がみょんの胸に沸きだしていた。
「っ……わかったわ」

みょんは冷め切った暗い表情でまりさの所へと向かっていった。


「ゆぎゃああああああああああああ!!!!」
醜い悲鳴を耳にして、みょんはそちらの方へとゆっくり歩いていった。


「ひぃ!ゆぃぎぃ!だずっ、だずげあがあああ!!」
行った先には案の定まりさが居て、大百足達に襲われていた。
少しの間それを何もせずに見て、ありすの不安そうな表情が脳裏を過ぎる。

みょんは飛び出した。

「っみょぉおおおおおん!」
これまで磨いてきた剣の技術を、そいつ等に八つ当たりするかのように叩きつけて行く。
これまでとは打って変って斬っても斬っても何の高揚感も得られなかった。
逆に黒い情念がどんどん降り積もっていく。
それに呼応するかのように百足達は次から次へと現れた。
「ちっ……はしるみょん!」
「ゅぅ!」
仕方なく、まりさの退路を作るために道を塞ぐ百足達に切り込んでいく。

何匹斬ったころだろうか、みょんはまりさと共に逃げ切っていた。


「みょ……」
「しゃべるなみょん」

百足の頭がまだ何個もついたまりさを見て、みょんは早く治療してやらなくてはと
口で百足の頭を取り、そこに毒消しを塗りこんでいく。
まりさが死ねばありすは悲しむのだろう。
それを思うと何故か苦しかった。
だがそれ以上にこいつを生かしておかなければならないことが何よりも辛かった。
まりさの醜い傷跡を見ると身の毛がよだつ。

こんな奴、居なければ良いのに。
痛がるまりさの呻きを聞いて、自分が恐ろしいほど力を篭めて薬を塗りこんでいたことにやっと気が付いた。

「ありすがまってるみょん、もうすこしやすんだらすぐにいこうみょん」
こんな奴と、いつまでも二匹だけで居たくなかった。

「みょん、ま、まって」
「そうだ、まりさこれをもつみょん」
「こ、これって……!?」
「さっきおれちゃったみょん、でもだいじょうぶ、ちゃんとよびがあるみょん」
まりさに一応拾っておいた折れた木剣を手渡す。
そうだ、お前は折れた木剣だ。
折れてしまってもう何も出来ないグズだ。
ありす達とは違う。
お前みたいな、折れた木剣みたいな奴がどうしてあれだけ強くて頼りになるありすに愛されているんだ!
そう言ってやりたくて仕方が無かった。


ありすとまりさが転げ落ちた林を抜けて、坂まで戻る。
ありすは先にこの坂の上まで戻っているはずだった。
後ろからは追手が一斉に押し寄せてきていた。
ここから転げ落ちれば命はあるまい。


坂は草の丈が高く、視界が悪い。
以前蟷螂に奇襲を受けた場所によく似ていた。
そんなことを考えていたから気付いてしまう。
最初にみょん達に襲い掛かってきたソイツのことに。
草の間から鎌を振り上げ覗き込む隻腕の蟷螂に。
みょんが片腕を切り落としたその蟷螂は、ちょうどまりさの後ろにぴったりとつけいっていた。
走るのに必死なまりさは気づいていない。
気付かなければ、きっとあの蟷螂に襲われてまりさは死んでいたに違いない。
気付かなければまりさは死んでしまっていたのに。
気付かなければ、気付かなければ?
そうだ、気付かなければ良いんだとみょんは思った。
気付かなければまりさは死ぬ、ありすはきっと悲しむが、この修羅場がそれを忘れさせてくれる。
まりさに気付かれないよう再びちらりと蟷螂の方を盗み見る。
鎌はもう今まさにまりさの上に振り下ろされようとしていた。

さようなら、まりさ。

「ゆああああああああ!!」
そのことに集中しすぎていたのだろう。
みょんは普段なら絶対に気付いたはずのもう一つの存在に気付かなかった。
草の間から飛び出したありすの体当たりで、まりさは蟷螂の鎌の射程外に逃れ
代りにありすがその鎌の餌食になった。

「みょっ!」
ありすが危ないと見て、慌ててみょんは今気付いた振りをして飛び上がるとその蟷螂に斬りかかった。

この、役立たず!死んでしまえ!

そんな呪詛を太刀筋に篭めながら。
回転する太刀を頭に叩き付けられて、隻腕の蟷螂はバラバラになった。


「……まりさはぶじみたい、ね」

「ああありすのほうからきたみょんね
とりあえずあそこでまっててくれてよかったのにみょん」
みょんはしれっとした顔でそう言った。
「まりさがしんぱいでね、ところでみょん
そういえばおれいいっていなかったわよね?」
大丈夫、きっとばれていない。
そう言い聞かせてそのまま会話を続けた。

「なんのことみょん?」

「これのことよ」
頭が鈍い衝撃に襲われて、目から火花が飛んだ。
ああ、そうか、それはみょんがこっそりありすの荷物袋に入れておいてあげた武器か。

ちゃんと使いこなせてる、やっぱりありすはすごい。

「きづかないふりしてまりさをころそうとしたってわけね、みょん?」

「ははバレちゃったみょんか」

もうどうにもならない、力なくそう応えた。
もう動かないみょんの体にドン、とありすが体当たりしてみょんは坂の下へと転がっていった。
みょんは転げ落ちながら必死にありすの顔を目に焼き付けようとした。
なんとも笑える結末だと思った。
何故、自分はあんな馬鹿な選択しばかりを選んだのだろう。
これまでの経験からも、強さを求める意味でも、そしてそれを試したいという衝動も
全てがみょんの選択は間違っていたと今になっても喚いている。
本当に、何故こんな馬鹿なことをしたのだろう。
ありすを生かすことも、まりさをあそこで殺そうとすることもなかったのだ。
何もかもが理から外れている、愚かな行動。
みょんはそれを何故だろうと、これまでの半生を振り返った。

そしてずっと昔、両親に言われたことを思い出す。

愛してるよ、ゆっくりしていってね!だったか。

ありすとそんな言葉を交わしたかったのかもしれない。
そんなことを思いながら転げ落ち、意識を失った。



みょんが目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていた。
初めは地獄にでも落ちたのかと思った。
だが様子が違った。
木々が生え、草が生い茂る森の中。
みょんは未だに永夜緩居の中に居た。
ひょっとしたら既にここが地獄なのだろうか、なんて思って自嘲気味に笑う。
「……ありす……」
全身が傷だらけだった。
痛くて痛くてもう一歩も歩きたくなかった。
それでもまだ息があるのなら歩こう、そう思ってとぼとぼ、とぼとぼと力なく歩みを進めた。

どのくらい経っただろうか、森の中をあても無く歩き続けた頃。
地面に埋まった岩の上に座る緑の髪の少女と出逢った。
みょんはその場違いな少女を見て直感的にきっとこいつがこの永夜緩居の核心なんだと思った。

「こんにちはゆっくりさん、何か探し物?」

「……そう、だとおもう……みょん」

息も絶え絶えにそいつに返事をする。
「お仲間のこと?」
そう尋ねる少女にみょんはゆっくりと頷いた。
「あの二匹ならもう死んだわよ、最後は仲間割れしたみたい
私の仲間が見てたわ、黒い方がもう一匹の方を刺したって。
その後黒い方は私の仲間が殺した。」
多分、そんなことになるだろうと思っていた。
確かにみょんの目から見ても、ありすはそうなって当然のゲスなゆっくりだった。
それでもありすが死んだと改めて聞かされて、瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「残念だったわね」

「なんで……みょんにそれをいうのかみょん……?」

永夜緩居がなんなのかとかゆかりんのこととかもうみょんにとってはどうでもよかった。
ただありすのことだけが気がかりだった。
それももう終わる。

少女が口を開いた。
「ゆっくりの中にもこれだけ出来る奴がまだ居るなんてって驚いて
見くびっていたつもりはなかったんだけどね
それで一応敬意を表して、それから一度顔を拝んでみたかったから」
そう言いながら少女はまじまじとみょんの顔を見つめていた。

そのままどのくらいの時間が経っただろうか。

やがてみょんは腹の底からこみ上げてくる笑いを堪え始めた。
やっとわかったからだ。
自分達三匹が何故一緒になったのか。
何故自分がありすにあんなにも惹かれたのかが。

思えば、自分たち三匹はゲスだった。
まりさは、ゆっくりしたいゆっくりしたいというばかりで自分では何もしない。
ありすは、相手の心が分からずに自分勝手な思いを押し付ける。
みょんは、ゆっくりとしての本分を忘れろくにゆっくりせずに自分の欲望のままただひたすら剣ばかり振るう。

どいつもこいつもゆっくりしていないどうしようもないゲスだ。
まりさは少しだけ違った。
まりさだけは、何もしないという受動的な問題だった。
きっとそれはみょん達よりずっとマシで、そしてずっと深刻な問題だった。
だからみょんはまりさには惹かれることは無かったのだろう。


みょんとありすは、自分勝手な思いを遂げるために
他のゆっくり達を犠牲にしていったまごう事なきゲスなのだ。
まりさもゲスには違いない、だが彼女にはずっと救いがある。
まりさはきっとたった一つでもきっかけがあれば立ち直れる。
みょんも、そしてありすも問題は二匹の根幹を占めるところにある。
きっとこれは一生変われない、救いなんて無い。
後戻りなんて出来ない。

みょんはだからこそ自分はありすのことを好きになったのだと悟った。

ありすは自分の我侭を通そうとしてがむしゃらになって結局周りを犠牲にする。
全てを失う。
その愚かしいひたむきさが、馬鹿みたいに剣の道に執着した自分と被った。
同じ匂いを感じていた。
結局のところ、ありすのそこに惹かれたのだ。

それが恋愛感情なのか、それとも共感しただけなのか
あるいは自分とは違うタイプの生き汚さとも言うべき強さへの尊敬が愛情にまで昇華されたのか
剣ばかり振るっていたみょんにはよくわからなかった。
ただ初めて一緒にゆっくりしたいと思った相手がありすだった。
だから胸を張っていえる。
みょんの仲間のゆっくりまりさはどうしようもないグズのゲスゆっくりだ。
みょんの仲間のゆっくりありすは恐らくまりさに酷いことをしてきたゲスゆっくりだ。
みょんは今まで自分のやりたいことのために何匹もの罪のないゆっくりを斬って来た最低のゲスゆっくりだ。

そしてみょんはありすのことが大好きだ。

みょんは、ただただ狡賢く小賢しく剣を振るってきた。
剣の道を志しながらその王道さえ往く事が出来なかった。

そんな自分がこれほどの確かな想いを得ることが出来て本当に嬉しかった。

永夜緩居に訪れてよかったと心の底から思った。



「さいごに……ひとつおねがいしていいみょんか?」
「私が聞ける範囲でね」
少女はこくりと頷いた。
視線は下、みょんのほうに向いている。



「てあわせねがうみょん!」

言うや否や、少女に向かってみょんは雷光のごとく飛び出した。
狙うは一つ、今まで一度たりとも実戦で使ったことのない名も無き秘剣。
人に害成すことを唯一つの目的に編み出された邪法。
これでこの魔性のごとき少女を殺せるとは思えない。
だが、これまで磨き続けた剣技で一矢報いたかった。
少女は驚いたような表情を浮かべるとこちらに向かって手を伸ばす。
全てがみょんの筋書き通り、秘剣の技の内にあった。
みょんは跳ね上がりながら限界まで息を吸い体をパンパンに膨らませた。
次の跳躍で、みょんは少女の額よりわずか上まで一瞬で飛び上がった。
視界と意識、二つの死角を利用する秘剣。
それが今みょんの手で放たれようとしていた。


「うりゃ」

「みょん!?」

みょんは気が付くと地面に叩きつけられていた。
最初は、何か見えない力で弾き飛ばされたのかと思ったが違った。
そんなみょんな物ではない。
現実は本当にシンプル。

頭突きだ。

単純にみょんの居る辺りに向かって頭を思い切り突き出した。
確かに死角に居たはずなのに何故、とみょんは呻いた。
まずこちらを視認してから頭突きされたのならまだ分かる。
だが確かにみょんは頭突きを喰らう寸前まで少女の緑色の頭を見ていたのだ。
まるで初めからそこに居ると知っていたかのように正確に少女は頭突きを繰り出した。
「前にやられた時も思ったんだけど、結構危なっかしいことしてくるね」
「え?」
その少女は確かにこの秘剣を知っていた。
何故かは分からない。
誰かみょんと同じ流派のゆっくりがこの技を放ったのだろう。
そして、恐らく、敗れて死んだ。
結局自分の剣では届かなかったか。
負けたのになんだか吹っ切れたようななみょんな気分でみょんは心の中で呟いた。

「最後に言うことはある?」

少女のその問いかけは嘲りゆえにだろうかと考えかぶりを振る。
多分そんな意味はないと思った。
少女の表情からきっと単なる気まぐれな親切心からに過ぎない。

だからみょんは自分にふさわしい最後の言葉を必死に考えた。
辞世の句でも詠むか
それとも他のゆっくり達に希望を託すようなことでも言おうか。
ありすのことを一人で告白でもしてみるか。
よくよく考えてからみょんは自分の最後の言葉を言った。


「ちくしょう……!……だみょん」


みょんは顔を歪ませ口惜しげな笑みを浮かべながらそう言った。
我ながらゲスな自分に相応しい最後の言葉だと思った。
「陳腐だけど中々いいんじゃない?」
少女の言葉に礼の言葉でも述べたい気分だったが
最後の言葉と言ったのだからと言葉で返すことはやめて、みょんは苦笑いで返した。
そして周り中から聴こえる蟲達の羽音を聞きながら、疲れた体を休めるようにゆっくりと瞼を下ろしていった。

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最終更新:2022年05月18日 22:49