すっかり日も暮れ、夜行性の動物たちが活動を始める時間となった幻想郷の森。その中
から、今日もゆっくり達の悲鳴が聞こえてくる。
「……うー! うー!」
「や゛め゛て゛え゛え゛え! ゆ゛っぐりざぜでえ゛え゛え゛え!」
 四匹のゆっくり達が、まだ体の生えていないゆっくりれみりゃから逃れようと、必死の
形相で飛び跳ねているのだった。目を覚ましたばかりで空腹のれみりゃは、獲物をいたぶ
るような真似はしない。懸命にぴょんぴょん逃げる二匹ずつのゆっくりれいむとゆっくり
まりさにあっという間に追いつくと、一気に急降下して最後尾にいたれいむの後頭部にが
ぶりと噛み付いた。
「ゆっ、ゆ゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっ! やめでやめではな゛じでえ゛っ、ゆ゛っぐ
りざぜでえ゛え゛え゛え゛え゛っ!!!」
 両目を剥き、涎を飛ばしながら絶叫するゆっくりれいむ。それを聞いた他の三匹は、愚
かにも、もしくは立派なことに、足を止めて後ろを振り返る。三匹の目に映ったのは、満
面の笑みを浮かべながら獲物に牙を突き立てるゆっくりれみりゃと、牙が皮を貫く痛みに
震えるゆっくりれいむの姿だった。
「は、はなしてね!」
「ゆっくりやめてってね!」
「ゆっくりできないよ、ゆっくりさせてね!」
 三匹が抗議の声を上げる。本当ならばすぐにでも助けてやりたいが、全員でかかっていっ
たところで、単に全滅が早まるだけ。だがそれでも、これまでずっと一緒にゆっくりし
てきた仲間は見捨てられない。三匹にできるのは、こうして叫び続けることだけだった。
 そんな三匹の苦悩などどこ吹く風、ゆっくりれみりゃは自らの空腹を満たすため、ゆっ
くりれいむに噛り付く牙に力をこめた。
「いだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛い゛い゛いぃぃぃぃ!! あああ゛あ゛あ゛
あ゛っ゛!!!」
 れいむの皮に突き立った牙が餡子に到達し、その中に潜り込んで容赦なく進んでいく。
れいむの絶叫が夜の森に響く中、れみりゃはそんなものお構い無しに食事を続ける。
「ゆああ゛あ゛っゆっがっあっあっあっあっああ゛あ゛っ゛っ゛っ゛!!!!」
 ついに、れいむの体はれみりゃによって噛み千切られた。れみりゃの牙が餡子の中心に
達したとき、れいむの体は飛び跳ねんばかりに大きく痙攣した。その光景に、残された三
匹の声も止まる。六つの眼に映るのは、体の四分の一以上を噛み千切られ痙攣を続ける仲
間の姿と、その四分の一を口一杯にほおばり幸せそうに咀嚼している捕食者だった。
「……ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ……」
 体の一部を欠き、白目を剥いて、涙と涎でぐちゃぐちゃになったれいむの口から、体の
痙攣にあわせてそんな泣き声ともつかぬ音が断続的に漏れていた。一方、れみりゃは満足
そうな顔で口の中のものを飲み込むと、残った餌を食べようと再びその口を開き、れいむ
へと噛み付いた。れいむの顔の内、口より上の部分がすっぽりと、れみりゃの口の中に納
まった。
「ゆうっあっ、がっ゛っ!!!」
 ろくな叫び声を挙げる暇もなく顔を噛み切られると、残ったれいむの体からは力が失わ
れ、そのまま動かなくなった。仲間の身に降りかかった惨事に言葉を失っていた三匹のゆ
っくりも、その死を目の当たりにして再び声を上げ始めた。ただし、今上げるのは抗議の
声ではなく、仲間の無残な死を嘆く声だ。
「れいむう゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ!」
「どおじでえ゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ!!」
「もっどゆっぐりじだがっだよお゛お゛お゛お゛お゛!!」
 三匹の悲痛な叫びが周囲を満たす。しかし、三匹とずっと一緒にゆっくりしてきた仲間
は、その叫びを聞いても、もう何も言ってはくれなかった。それが悲しくて、叫びは更に
高まる。
「……うー!」
 場違いに楽しそうな声が上がり、唐突に叫び声が止まる。あまりの出来事に忘れていた。
今自分達は、危険な捕食者の前にいることを。気付かなかった。哀れなれいむを食い散ら
かしたれみりゃが、次の獲物に狙いを定めていることに。思い付かなかった。逃げ出すこ
となど。
「いっ、いや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!! ゆっぐりざぜでえ゛え゛え゛え゛え゛
え゛!!!」
 ついさっきまで仲間だったものに背を向け、三匹は全力で駆け出した。死にたくない。
もっとゆっくりしていたい。仲間の死に様が更なる恐怖を駆り立て、三匹を追い立てる。
「ゆっ!」
 二匹いるゆっくりまりさの内の片方が、木の根に引っかかった。あっと思う間もなく、
そのまま顔から地面に転がる。真っ白になったまりさの頭の中に絶望が襲い掛かるよりも
早く、れみりゃの牙が二匹目の獲物を捉えた。
「……ゆううううう゛う゛う゛う゛っ゛!!!」
 まりさの絶叫に、残りの二匹が思わず振り返る。しかし、先程と違って何やらまごつい
ている様子だ。このまま逃げる足を止めてしまえば、また同じことの繰り返しになるとい
うのが、ゆっくりの頭でも分かっているのだろう。だが、
「だっだずげで!!! だずげでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇぇぇぇ……」
 助けを求める仲間の声が、二匹を逃がしてはくれなかった。恐怖と友情の板ばさみの中、
喰われ行くまりさを見つめながら、二匹はみんなでゆっくりできた頃のことを思い出して
いた。四匹でずっと一緒にゆっくりしてきた。ずっと一緒にゆっくりしていけるのだと思っ
ていた。悔しかった。無力な自分たちが惨めでたまらなかった。もう声も出ない。代わり
に涙があふれて止まらなかった。
 二匹目の餌が動かなくなると、れみりゃは更なる獲物を求めて飛び上がった。そのまま、
何かを諦めてしまって動かなくなった二匹のゆっくりへと飛び掛る。二匹はそれを避けよ
うとはしなかった。
「うー! うーぐえっ!?」
 と、突然妙な声が上がった。思わず二匹が顔を上げると、そこにはれみりゃではなく、
もっともっと大きな影があった。突然の乱入者に涙も止まる。
 そこにいたのは人間だった。片足を、今まさに何かを蹴り上げたかのように上げたまま
の、一人の人間だった。二匹がそれを呆然と見上げていると、
「……う゛あ゛あ゛あ゛っ!! いだぁいよお゛お゛お゛お゛お゛!!!」
 ちょうど上がったままの人間の脚が向いている方から、こんな泣き声が聞こえてきた。
見れば、れみりゃが地面に転がって泣き叫んでいる。呆然とする二匹には目もくれず、人
間は上がったままだった足を下ろすと、れみりゃへと歩み寄っていった。
「う゛っ? うー! だべぢゃうぞー!!」
 目の前にまで近づいた人間に対し、泣きながらも威嚇をするれみりゃ。しかし人間はそ
れを完全に無視してれみりゃの前にしゃがみこむと、無言でその脳天に手刀を叩き込んだ。
手刀と地面にはさまれたれみりゃは短い悲鳴を上げると、そのまま気絶した。
 動かなくなったれみりゃの羽をつまみあげ、人間は残された二匹のゆっくりの方へと振
り向き、初めて口を開いた。
「……大丈夫か?」


 れいむとまりさは床の上で身を寄せ合っていた。二匹とも疲れ切った表情で部屋の隅っ
こにうずくまったまま、床の一点を見つめたまま動かない。魂が抜けてしまったかのよう
だ。憔悴しきっていたが、先程のショックのせいで眠ることなどできないようだった。
 がらり、と戸の開く音がして、二匹は緩慢に顔を上げる。そこにいたのは先程の人間だっ
た。その人間が、二匹を食い殺そうとしていたれみりゃを叩きのめし、家に連れ帰ってく
れたのだ。
 彼は二匹の前にやって来ると、手に持っていた皿を床に置いた。そこにあったのは二つ
のおにぎり。
「……ほれ、食え」
 ぶっきらぼうにそう言い放ち、皿を差し出した。二匹は人間の顔を見、差し出されたお
にぎりを見て、のそりのそりと動き出し、皿の上に乗っかっておにぎりに噛り付いた。
 それは具も入っていなければ海苔もまかれていないただの塩おにぎりだったが、人の食
事を初めて口にした二匹にとっては、格別のご馳走だった。最初はぼそぼそと覇気の感じ
られない食べ方だったが、一口、また一口とかじりつく度に、二匹に活力が戻ってくるよ
うだった。二匹は飲み込むごとに元気を取り戻していった。疲れ切った頭が回り始め、一
度は折れた心も徐々に立ち直っていく。
 だからこそ不意に、

―――いだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛い゛い゛いぃぃぃぃ!!
―――だっだずげで!!! だずげでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇぇぇぇ……

 仲間の断末魔が脳裏をよぎってしまう。
 半分ほど食べ終えたあたりで、二匹は唐突におにぎりに噛り付くのを止めた。人心地つ
いたせいで、かえって先程の悲劇を思い出してしまうのだった。
 二匹は皿の上で震え始め、こらえ切れないというようにぼろぼろと涙をこぼす。四匹は
兄弟ではなかったが、生まれてすぐの頃からずっと一緒にゆっくり過ごしてきた親友だっ
た。……だった。過去形の話だ。その内の二匹は、すでに物言わぬ饅頭になってしまった。
れみりゃの牙に噛み千切られ、無残に変わり果てた親友の姿が頭から離れない。死ぬ間際
の叫びが耳に残ったままだ。
「……ゆっ、ゆっ……」
「れいむぅ……まりざあぁぁ……」
 いつも通りの元気があれば泣き叫ぶこともできたろうが、今の二匹には親友の死を嘆く
ように泣くのが精一杯だった。
 そんな二匹の様子を見た人間は、ふらりと立ち上がると部屋を出て行った。程無くして
戻ってきた人間は、箱を一つ抱えていた。そのまま食べかけのおにぎりの前で泣き続ける
二匹の前に、その箱を置く。二匹の注意を引くように、わざと大きな音を立てて。二匹は
突然の音にびくりと震え、顔を上げる。涙でにじんだ視界に映るのは、透明な箱に収まっ
たれみりゃだった。
 『……ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っっ!!!』
 ガチャガチャン! と、思わず後ずさりした二匹は皿から転げ落ちた。後頭部を床にぶ
つけながらも、必死の形相で再び部屋の隅へと逃げていく。
「いやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! たべないでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!」
「だずげでえ゛え゛え゛! だれかだずけでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛! おがあざああ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛んん!」
 親友の死に様で頭が一杯になっていた二匹は、一気に混乱の極みに追い込まれた。今ま
でさめざめと泣いていたのが嘘のように泣き叫ぶ。死にたくない。食べられてしまった二
匹のようになりたくない。その思いに囚われた二匹は、目の前に自分たちを助けてくれた
人間がいることも忘れて泣き叫んでいた。しかしながら、いつまで経っても二匹が襲われ
ることはない。
「……いやあ゛あ゛あ゛あ゛、ああ、あ?」
 そのことに先に気付いたのは、れいむの方だった。襲われないどころか、よく見ればそ
もそもれみりゃは動きさえしていなかったし、更によく見れば、どうやら箱の中に閉じ込
められているようだった。
「ゆっ。まりさ、まりさっ」
「……だずげでえ……おがあざぁん……」
「まりさっ!」
 親友の喝に、まりさも顔を上げる。そして一足遅れて、現状が認識できたようだった。
二匹はしゃくりあげながら、隅から離れてれみりゃの収まった透明な箱を見つめた。れみ
りゃはピクリとも動かない。人間に喰らった手刀によって気絶したままのようだった。
 そんなれみりゃを見つめたまま動かない二匹に向けて、人間が口を開いた。
「……お前ら……」
 二匹が顔を上げる。人間は二匹の目を交互に見、言った。
「仇を討ちたくないか?」
 思いがけない言葉が飛び出てきた。仇を討つ。食べられてしまった親友の仇を、自分た
ちが。あのれみりゃに対して、自分たちが。
 ……無理だ。
「俺がお前たちを勝たせてやろう」
 うなだれる二匹に、人間はそう言い放った。
「やる気があるなら、まず飯を食え」


 れみりゃが目を覚ましたとき、目の前には二匹のゆっくりがいた。赤いリボンのゆっく
りと黒い帽子のゆっくりが、互いに少し距離を置いて、床の上にいた。それがさっき追い
かけていたゆっくりだと気付いた途端、なぜか頭に残っていた鈍痛のことなど綺麗さっぱ
り忘れ去り、背中の羽を広げて勢いよく
「うー! たべちゃう゛っ゛!?」
 飛び立てなかった。何もないはずの場所で壁にぶつかったれみりゃが感じたのは、痛み
よりも混乱であった。そもそも満足に羽根を広げることもできていない。れみりゃはうー
うー唸りながら暴れ回る。しかしどれだけ力をこめても事態は好転せず、自分が陥った窮
屈さを実感させられるだけであった。
 じたばたもがくれみりゃだったが、突然視界がぐるりと回転した。そのまま床の上に落
ち、転がっていく。これは人間の手によって透明な箱から落とされたから、なのだが、ゆっ
くりの中でも一等出来の悪いれみりゃの肉饅脳に分かるはずもない。れみりゃが理解でき
たのは、羽を存分に伸ばせるようになったことと、これで目の前のゆっくりを食べられる
ということだけだった。
「うー! うー! たぁべちゃぁうぞぉー!!」
 自由な身となって宙へと舞い上がったれみりゃは、それはそれは楽しそうに言った。既
に食事は済ませている。今、目の前にいるゆっくりたちは、存分になぶり、いたぶって遊
んでからおやつにしてやろう。
「うー! うー! うー……、う?」
 馬鹿の一つ覚えで唸っていた肉饅脳が新たな異変に気付いた。目の前のゆっくりたちが、
自分の威嚇に全く動じていないのだ。普通なら自分の姿を見かけただけで大混乱に陥って
逃げ惑うというのに。これに不満を覚えたれみりゃは、いつもより大きな声で威嚇を始め
た。これを怖がらないゆっくりなどいない、と本人は自信満々の威嚇であったが、ゆっく
りたちがおびえる様子は微塵もない。それどころかゆっくりにはありえないくらいに険し
い面持ちで、こちらを睨み付けているではないか。
「……ううううううっ!!!」
 空中から一気に飛び掛る。れみりゃにはゆっくりたちの態度が我慢ならなかった。もう
いい、どうせ自分に襲われたら無様に泣き叫んで助けを請うのだから。苛立ちに任せて、
れみりゃは赤いリボンのゆっくりへと襲い掛かった。それでもゆっくりは動かない。逃げ
出すこともせず、自分を更に睨み付けてくる。それがれみりゃの苛立ちを助長した。

 繰り返すが、れみりゃの頭は、様々な種類がいるゆっくりたちの中でも一等出来が悪い。
 普通の人間であれば、否、普通のゆっくりであってもすぐに気付いたであろう二匹の異
変にも、だから最後まで気付かなかったのだろう。

「うあ゛っ!?」
 赤いリボンのゆっくりに気を取られて、もう一匹の存在を忘れていたれみりゃの横っ面
に、そのもう一匹が体当たりをした。黒い帽子のゆっくりはそのまま綺麗に着地し、不意
打ちを喰らったれみりゃは衝撃で床を転がっていく。
 自然の世界ではありえない反撃。しかしれみりゃは力ある捕食者であり、相手は所詮、
やわらかい饅頭のゆっくり。森の中を勢いよく飛んでいて木にぶつかったときの方がはる
かに痛い。
「……うっ、うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!! いだい゛っ゛、いだあ゛あ゛
あ゛あ゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛っっっ!!!」
 はずだった。本来ならば。
「ぢ、ぢぐっでじだ! ぢぐっでしたあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛!!」
 れみりゃが泣き叫んでいるのは、黒い帽子のゆっくりに体当たりされたときの衝撃が思
いのほか大きかったから、ではない。
 自分の皮に何かが突き刺さる痛みを、それも一箇所ではなく何箇所にも、味わったから
だった。
 ――ちくっとした。鋭く尖った小枝ににぶつかってしまったかのような痛みが、体当た
りされた頬のあちこちを襲ったのである。予想外の痛みにれみりゃはごろごろと床の上を
転げまわった。
 そこへ容赦なく追撃が入る。赤いリボンのゆっくりが、痛みにのた打ち回るれみりゃに
またも体当たりを敢行した。
「うぶえ゛っ!?」
 痛い痛いと泣き叫ぶことさえ忘れ、不細工な悲鳴を上げるれみりゃ。転げまわることを
中断させられたれみりゃは、改めて、自分のおもちゃになるはずだったゆっくりたちを見
る。そして、出来の悪い肉饅脳がようやっと、ゆっくりたちの体の異変に気が付いた。
 とげが、生えている。ゆっくりたちの全身に、鋭いとげが何本も。それが体当たりの際
にれみりゃの皮を突き刺していたのだと、肉饅脳がゆっくり理解する。この痛みの原因は
あのとげなのだ。
 とげの生えたゆっくりなど、れみりゃは見たことがなかった。あれは食べられるのだろ
うか。そもそもあれはいつもと同じゆっくりなのか。足りない頭の中をそんな考えがぐる
ぐると巡る。しかし、悠長に考えている暇はなかった。ゆっくりたちが再びこちらに体当
たりしようと向かってきたのだ。れみりゃの肉汁に濡れて怪しく輝くとげが、どんどん近
づいてくる。
「う、う゛う゛う゛――――――っ!!!」
 すんでのところで、れみりゃは宙へと飛び上がって体当たりを避けることができた。そ
うだ、自分には羽がある。とりあえず飛んでいれば、体当たりをされることもないではな
いか。それが分かると、さっきまで泣き喚いていたれみりゃも一転、どこか自慢げに部屋
の中を飛び回り始めた。その顔は、自分は決して捕まることはないのだという自信にあふ
れていた。
 人間の大きな手がれみりゃの体をむんずとつかみ、ゆっくりたちが待ち構える方へと軽
く放り投げた。赤いリボンのゆっくりがタイミングを合わせて、自分の方へと飛んでくる
れみりゃに体当たりをかます。とげに貫かれ衝撃に跳ね飛ばされて、れみりゃは再び床の
上に転がった。思い切りぶつかったために、赤いリボンのゆっくりも少々ふらついている。
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!! めえ゛え゛え゛え゛え゛っ!!!! れ゛み゛
り゛ゃ゛の゛め゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
 とげの一本が運悪く、れみりゃの右目に突き刺さったのだった。片目を潰されたれみりゃ
は激痛にのた打ち回る。そこに黒い帽子のゆっくりが飛び掛った。体当たりを仕掛けるの
ではない。狙いはれみりゃの背中。転げまわるれみりゃに上手く飛び付くと、その片羽に
思い切り噛み付いたのだ。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! はなぜ、はなぁぜえ゛え゛え゛え゛え゛え゛っ!!!」
 全身全霊を込めて振り払おうとするが、黒い帽子のゆっくりは喰らい付いて離れない。
むしろ暴れ回るせいで、羽に噛み付く歯がより深く食い込んでいく。そして、あっけなく
羽は噛み千切られた。
「い゛だぁい゛い゛い゛い゛い゛い゛!! はねっ、れ゛み゛り゛ゃのはね゛え゛え゛え゛
え゛え゛え゛!!!! がえ゛ぜっがえ゛ぜえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!!! う゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」
 バランスの悪くなった体で泣き叫びながら、れみりゃは自分の羽を取り戻そうと黒い帽
子のゆっくりへと向かっていった。そこへダメージから回復した赤いリボンのゆっくりが
襲い掛かり、残った羽に喰らい付いて全身の力を使って引き千切る。両翼を失ったれみりゃ
は、ただの肉饅となって床に転がった。


 肉饅が二匹の腹の中に納まるまでに、そう時間は掛からなかった。二匹は満腹感の中で、
勝利の余韻に浸っていた。憎き親友の仇を、自分たちが取った。しかもあのれみりゃを相
手取って。その事実に、二匹はかつてないほどのゆっくり感で満たされていた。
 ――そうだ、おにーさんにおれいをいわないと。
 ゆっくりにしては割と賢い二匹は、自分たちを助けてくれた人間の方へと向き直った。
人間はちょうど、二匹が食べ残した肉饅の羽を拾い集めているところだった。
『――おにーさん!!!』
 自分を呼ぶ声に、人間は二匹の方を振り向いた。
「おにーさん、ありがとう! おかげでふたりのかたきがうてたよ!!」
「もうこれでれみりゃなんかこわくないよ! ありがとう、おにーさん!!」
 興奮気味に礼を言う二匹。まあ、人間の手助けがあったとは言え、捕食種を自力で倒す
ことができたのを考えれば当然かもしれないが。
 二匹の体に突如生えたとげ。それは、画鋲であった。人間はれみりゃへの対抗手段とし
て、接着剤で二匹の体に画鋲を貼り付けていったのだ。こうすれば食べられることはない
し、その上反撃することだってできる。二匹は人間にそう言われて、全身武装化に踏み切っ
たのだった。
 そんな二匹を見た人間は、ふらっと部屋から出て行った。どうしたのだろうと思ってい
ると、程無く、瓢箪を手に人間が戻ってきた。そのまま二匹の前に座り込んで胡坐をかく。
そして、黙って両手を二匹の前に差し出した。
『……ゆっ?』
 差し出された両手は、手のひらを上に向けていた。理解できない様子の二匹に対し、人
間は両の手のひらを招くように動かす。乗れ、ということなのだろうか。
 事情はよくわからないが、とにかく二匹は人間の手のひらに乗ることにした。体の画鋲
を手に突き刺してしまわないように慎重に飛び乗る。右手にまりさ、左手にれいむ。人間
は手のひらの上の二匹を自分の肩ぐらいの高さまで持ち上げると、二匹に向かって笑いか
けた。これまで無表情だった人間の笑顔を見て、思わず二匹も笑い返す。手の上の二匹は
互いに目配せをすると、タイミングを合わせて
『ゆっくりしていってね!!!!!』
 元気一杯、お決まりの挨拶をした。それを見た人間は笑顔をより濃くする。そして、両
手の指で二匹をしっかりとつかんだ。無論、画鋲が刺さらないように気をつけて。
「ゆ、ゆ、ゆっ? おにーさん?」
「ゆゆっ、おにーさん、どうしたの?」
 人間は笑顔のまま、ゆっくりと、二匹が乗った両手を揺さぶり始めた。
「おにーさん、やめてね!」
「ゆっくりゆらさないでね!」
 突然の揺さぶりにゆっくりと抗議の声を上げるが、人間はそれを完全に無視して、更に
強く揺らし始める。がくがく揺れる視界に翻弄されながらも二匹は抗議を続けるが、一向
に止まる様子はない。
「ゆっ……ゆうう……」
「ゆっ、ゆっ、ゆー……」
 揺さぶられる二匹の目が、次第にとろん、とし始める。それを見た人間はさらに揺さぶ
りを強めていく。体の奥底から湧き上がる衝動に、二匹は抗うことが出来なかった。
 しばらくして、人間は二匹を床の上に置いた。呼吸の荒い二匹。完全に発情しきってい
た。二匹は同時に相手の方を向いた。
「ま、まりさぁ! まりざあ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」
「れっ、れいむう゛う゛う゛うううぅぅぅ!!」
 駆け寄る二匹。早く、早く触れ合いたい。一つになりたい。その一身で、最愛の親友の
元へと飛び跳ねていく。
 そして、

『い゛っっっっっっっっ!!!!!!』

 互いの体に画鋲が深々と突き刺さった。
 反射的に距離を取る二匹。突然の痛みに混乱したまま、改めて、相手の体を見る。理解
するのは、どこかの肉饅よりずっと早かった。
『……うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛っ゛っ!!!!!!』
 絶望の声が上がる。二匹は距離をとってぶるぶる震えたまま、悲痛な叫びを上げていた。
早く肌をこすり合わせたい。でもできない。体のとげが刺さってしまう。
『お゛に゛い゛ざん゛っ!!!』
 二匹の様子を見守りながら瓢箪の酒を傾けていた人間に向かって、二匹は助けを求めた。
「とっで、おにいざんこのとげとげとっでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
「おねがい゛い゛い゛い゛! すっきりできないのお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
 必死の形相で訴えかける二匹。それを見て、人間は酒を一口。
「おにーざぁん、ゆっぐりしないでえ゛え゛え゛え゛!!」
「はやぐこのとげとげとってえ゛え゛え゛え゛!!」
「……いいのか? それがないと、また襲われるぞ」
 人間の言葉に、二匹はびくりと体を震わせる。確かに、このとげを取ってしまったら、
またれみりゃに襲われたときに反撃できなくなる。だが、
「まっ、またつけなおせばいいよお゛お゛!」
「またあとでつければいいから、だからこのとげとげとってえ゛え゛え゛え゛!」
「……無理、だな」
『!!』
「簡単には剥がれん。無理に引っ張れば皮ごと剥がれて死ぬぞ」
『!!!!』
 人間の言葉は、二匹を絶望のどん底に突き落とすには十分なものだった。二匹は人間を
見て、お互いを見て、がくがくと震えだした。両目からは涙があふれて止まらない。やが
て体の震えが最高潮に達し、二匹に我慢の限界が訪れた。
「……うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! ま゛り゛ざっ!! ま゛り゛ざあ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」
「れ゛い゛む゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!! れ゛ぇい゛ぃむ゛ぅう゛う゛う゛う゛
う゛う゛う゛う゛!!!!」

『い゛だあ゛っっっっっっ!!!!!!』

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! ずっぎり、ずっぎりじだいよ゛お゛お゛お゛お゛!! れ゛
い゛む゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!! あ゛づっっっっ!!!!!!」
「ま゛り゛ざあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! ずっぎりできないよ゛お゛お゛お゛
お゛お゛お゛お゛!!!! う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
!!!! あぁぁい゛だい゛い゛い゛い゛!!!!!!」
 二匹はお互いの肌をこすり合わせようとするが、近寄るたびに全身の画鋲が体に刺さり、
思わず飛びのいてしまう。それでも何とか画鋲が刺さらないように触れ合える場所を探そ
うとするのだが、どれだけ身をよじってもそんなものは見つけられなかった。二匹は号泣
しながら、近寄っては離れるを繰り返している。
 人間はそんな二匹の様子を、肉饅の羽を酒の肴に、楽しそうな笑顔で眺め続けていた。


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最終更新:2022年04月14日 22:57