お姉さんとみょん みょんリンガル


           by 十京院 典明



 私は、何の気なしにテレビの深夜番組を見ていた。
 スーツ姿の男が様々な物品を紹介する通販番組だ。男は社長というより90年代のコメディアンのように見える――

「今回ご紹介するのは、なんと!あのNASAでも使用されているという噂があったりなかったり…
 まあ断言できないあたり、機密事項に相当したりするんでしょうね。ハハハ。
 ともかくご紹介しましょう。
『みょんリンガル』です!」
 チープなBGMとともに、どこにでもあるようなヘッドセットが画面に大写しにされる。その後、カメラが引いて
 一匹のみょんが登場した。

「噂ってなんだよ…っていうかなんでNASAでみょん飼ってるんだよ…5秒間に2回も突っ込ませるなよ…」
 私がテレビに向かって独り言を言っていると、襖が開いてみょんが跳ねてきた。
「おねーさんのつっこみはげしすぎるみょん!そんなにはげしくつっこまれたらこわれちゃうみょん!」
「うるせー。っていうかみょん、あんた早く寝なさいよ」
「みょんみょん、おねーさんはみょんにつっこむのだいすきみょんね」
「……」
 私は諦めて口を閉じる。


 もうたくさんだ。こんなテレビの中で見る必要なんかない。
 ある種のみょん種に見られる猥語変換とでもいうべき能力は、猥語みょんの飼い主達の共通の懸案なのだ。
 なら、なんで飼うのかって?だって可愛いんだもん。


 TVの中ではみょんが喋りだす。
「このまえみた〇いぷはすごかったみょん!」
 おいおい……深夜だからって大丈夫なのかこの番組……
「今の、ちょっと危なかったですね(笑)」
 危ないってレベルじゃねーぞ……かすってんぞ……ああもう、私がツッコミ体質(卑猥な意味ではない)になってしまったのも、
 郵便ポストが赤いのも、世界的な不況も、みんなみょんの言葉遣いのせいだ。

 商品紹介役の”社長”はみょんにヘッドセットを被せる。それがみょんリンガルとやらなのだろう。
 男は咳払いを一つすると、
「さて、もう一度同じ言葉を言ってもらいましょう」

(テロップ:このまえみた〇いぷはすごかったみょん!)
「この前、動物園で見た猿はとても興味深かったです」
「ああ、猿=エイプ(ape)ね……」
 テレビからはパラパラとまばらな拍手が沸く。

 男がもう一度問う。
「みょん、体の真ん中でぶらぶらしているものなーんだ?」
 みょんは冷静にそれに応じる。
「はい、それはネクタイです」




 みょん+普通の言葉遣い=ステキ




「このアイテムSUGEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!」
 私は深夜だというのに叫んでいた。

 今まで私は、この手の通販番組を真面目に観たことなどなかったし、むしろ胡散臭く思っていた。
 しかし、この商品ならば買ってもいい。というより、全みょん愛好家が望んだ大発明に違いない。ビバ21世紀。


「ねえみょん、あれ欲しくない?欲しいわよね?」
 私はみょんに聞く。
「いやみょん!あれはなんだかゆっくりできないみょん!」
 うーむ、やはりあの言葉遣いでないとゆっくり出来ないものなのか。
 しかし私としても、今後のゆっくりライフのため、ここで譲るつもりは毛頭ない。
「うーん、だけど……」
「みょぉぉぉぉぉんん!!やだぁぁぁぁぁみょぉぉぉぉんんん!!!!」
 私は泣き叫ぶみょんに説得を試みる。
「もう……お外にお散歩行く時だけにするから?ね?」
「そんなお〇んぽ、ゆっくりできないみょぉぉぉん!!!」
 イラッ
「そういう言葉遣いが原因なのよ?わかってる?……ねえ、ところで本当にそのピー音何処から出てるの?」
「み゛ょんみ゛ょん!!」
「あーもう買う。買いますー。絶対買うからね」
「みょぉぉぉぉぉんんん!!!」

「……とこのように、どんな天真爛漫なゆっくりみょんも、たちどころに清楚なお嬢様に!!
 今ならちぇんじゃらし六本セットがついて、気になるお値段は¥11,800!!」
「まあなんてお買い得……なのかどうか、相場がわからんけど……とにかく絶対買わなきゃ」
「やめてほしいみょぉぉぉぉん!!!」
 いやいやをするみょんを片手で押さえながら画面に見入る。

「……あれ?」
 私が電話番号を半ばまで携帯にメモったところで、突如画像が乱れた。
 不思議に思いながらも見ていると、やがて画像は灰色の砂嵐となり……
 次に映し出されたのは、舟に乗って川を渡っているゆっくりこまちの映像だった。
「おお、nice boat nice boat……なにかしら、放送事故?」
「みょーんー!!」



 * * * *



 その後。
 私はみょんリンガルを手に入れることはできなかった。

 インターネットで調べても、どうしてもまともな情報源にまでたどり着くことができない。
 何か重大な欠陥でも発見されたのだろうか。それとも、もっと他の事情があったのだろうか。
 まあいくら詮索したところで私がその便利アイテムを手に入れ損ねたことには変わりない。
 残念である。

 そして、どうしたことか、その通販番組もそれからはとんと見かけなくなった。
「なんでだろうね?みょん?」
 みょんはいまだに根に持っている。みょんみょんと怒りながら言う。
「みょんみょん!みょんをゆっくりさせないからだみょん!」
「そうだったのかもね……いや、きっと冒頭のみょんの〇いぷ発言のせいだ」
「そんなことないみょん!!」
 ぷくーと膨らんだみょんの頬を私は指でつついた。
「みょぉぉぉぉぉ!!??」



 * * * *



 夜の帳が下り、研究所の他の部屋からは全ての明かりが消えた。
 ラジェーシュとみょんだけが居残っていた。

「さあみょん、言ってごらん。”What is this(これはなんですか)?”」
「みょおおおん、"What is dick(これはちーんぽ!ですか)?"」
 これは今まで、何千回となく繰り返してきた問答。

 詰めをしくじってはならない。
 簡単な言葉こそ日常でもっとも使用されるのであり、そうした単語の全てを、みょん特有の卑猥な言葉から
 ごく一般的な言葉へと変換できるのでなければ完全な成果とはいえない。
 ラジェーシュは何度も失敗を積み重ねてきた。
 しかしそれも今回で終わる。そのはずだ。
「オーケーオーケー、それじゃあ、これを被ってもう一度だ」
「みょおおおん、みょんはかぶってるのあんまり好きじゃないみょん。でもかぶるのもしょうがないみょん」
「ええい、早くしないか……よし、装着完了……っと」
 ラジェーシュは先ほどと同じ言葉を、装置を装着したみょんに語りかける。
 この言葉を変換できないようならば、またプログラムの問題点探しに戻らねばならない。

「リピート、アフター、ミー、” What is this ? (これはなんですか)”」
 みょんは従順に聞いたままを繰り返す。
 言葉が紡がれる。
「みょおおおん、”What is this(これはなんですか)?”」
「よぉぉぉぉっっっっし!」
「みょん?」
「ついに……ついに完成したぞ!」
 ラジェーシュは両の拳を天に突き上げた。
 長年にわたる、彼の研究がついに結実した瞬間である。
 研究が滞ることなど数限りなく、資金難や、外部団体からの圧力といったトラブルも頻発した。
 それらを一つ一つ切り抜け、やっとここまでこぎつけた。
 ついに、最後のチェックが完了したのだ。
「この前どこぞの産業スパイに持っていかれそうになったときなどどうなることかと思ったが……取り返せたのは幸運だった。
 内通者は洗いざらい処断したし、情報流出も最低限に抑えたが……まだ油断はできない。
 本当に奴らめ、ゆっくりみたいに湧いてきやがるからな」

 ラジェーシュはついに完成した装置を倉庫に仕舞い、11分かけて多層式のセキュリティロックをかけ終えると、
 みょんを伴って研究室を出て行った。





 END





~更なる後日談~


 あの放送から半年後、ラジェーシュの手になるみょんリンガルは正式に世に発表されることとなる。


 ゆっくり用言語矯正機能付きヘッドセット”みょんリンガル”
 希望小売価格 \98,000


「何これ!高っ!」
「みょんみょん……いつもながら、おねーさんのあそこはおそまつでこまるみょん」
「飼いゆっくりのおのれに私の預金残高に言及する権利があんのかゴルァァァァァァァ!!!」

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最終更新:2022年04月16日 22:45