「遅刻、遅刻~~!」

転校初日から遅刻とは、しょっぱなからやらかしてしまったようだ。
頭の中で遅刻と叫んでいるだけで、実際には無言の全力疾走。
交差点が見える、あの角を曲がれば後は直線のみ。
この角を曲がれば残り300mで学校に着く筈――。

ドンッ!!!!
曲がった瞬間、そんな擬音が出てくるような鈍い衝撃が足に走った。

「いたた……。」
「ゆぐぐ……いだいよおおおお゛お゛お゛お゛!!」
「すみません、だいじょうぶでした……か?」
「いだいよぉ………いたいよお゛お゛!!」
「ん?……なんだこれ?」
「ゆゆゆ゛ぅ……」

どうやら、この変な生物とぶつかってしまったらしい。普通はパンをくわえた女の子とぶつかるものだが……。
いや、まあ女の子を吹っ飛ばす趣味もないし、かえって良かったのかも知れない。
コイツは泣いてはいるが、身体の方は、わりと無傷っぽい感じだった。というかなんだこの生物?

「ゆぅー……おちついてきたよ……」
「ごめんね、ぶつかっちゃって。だいじょうぶかな?」

泣き止むのを見計らってもう一度訪ねてみた。

「ゆゆ!! だいじょうぶだよ!! ゆっくりしていってね!!!」
「……初対面でこんな事を言うのもなんだけど……、君は何なんだい?」
「れいむはれいむだよ! ゆっくりしていってね!!」

何か、会話したのが後悔されるような回答が返って来た。ゆっくりするって何だろう。

「ぶつかっちゃったお詫びのしるしって事で……。ほら、このパンをやるから許してくれよ?」

そういってパンを放る。何の変哲もない角食パンだ。くわえながら走ろうと思ってカバンにいれていたが、現実にそんな事をすると
呼吸困難に陥ることが良く解ったので、カバンに戻していたのだ。あ、そういえば歯型がついたままだった。

「むーしゃ、むーしゃ! しあわせーー♪ 」

なんか喜んでいるから別にいいか。早く学校に行かないと始業式が始まってしまう。ダッシュでその場を去る事にする。

「むーしゃむーしゃ……」

後をちらっと振り返るとまだ食っているようだ。ほんとに何なのだろう、アレは。



ギリギリ予鈴がなる前に職員室に滑り込み、事なきを得る事が出来た。
名字を名乗ると特に質問もなく教室に案内される事になった、淡白な担任らしい。
自分のクラスである1-1の扉の前で待たされる。

「あー……、今日から転校生が来る事になった。…………入ってきなさい。」

一切雑音が沸かなかった。どんな子ですか?とかの質問も一切ない。7回程の転校経験を経ているがこんな事は初めてだった。
黒板に名前を書いて、趣味なども話しておくのがセオリーであったが、今回は空気を読んで自己紹介も名前を名乗るだけで
終えることにした。眼前には、特に興味のなさそうな顔が並んでいる。

「あー……後ろの、右から2番目の席が空いてる。そこに座りなさい。」

教師に促されて、席へむかう。私語が一切無い。
大変な学校に転入してきてしまったかな? とあんたんたる思いを抱きながら席に座った。

「ゆっくりしていってね!!」
「うわ!! 今朝の不思議生物!!?」

思わず叫んでしまった。

「れいむはれいむだよ!! ふしぎせいぶつってなまえじゃないよ!!」
「あー……、そこ静かにしなさい。君は転校生だから今回は許すが……私の授業、ホームルームでは私語は厳禁だ。」

そう言いながら担任がツカツカとこっちに向かって歩いてきた。無表情で近づいてくる、怖い。

「けど、お前は転校生じゃないからな。始業式でも容赦は無しだ……!」

そう言って、自分の横の席に座っている不思議生物に向かって鞭を振り下ろした。
バチィ!! 物凄い音がした。

「い゛だい゛い゛い゛!! なにずるの!!? れいむはてんこうせいにはなしかけただけだよ!!」

不思議生物が悲鳴を発する。鞭の音も煩かったが、この声も相当煩い。
わんわん泣く生物を見下しつつ、担任が大きく腕を振り上げる。そして、野球の投手のような構えから一気に腕を振り落とした。

バチィイイイン!!! 

「ゆびぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛い゛!!!! い゛だい゛い゛い゛い゛い゛!!!」

さっきよりも声音が上がった。あれは痛い。見てるだけで痛いがあまりにいい音がするので「痛いだろうな」という感想より
「なんて良い音色なんだ」という鞭に対する憧れが生まれてしまいそうだった。
担任がそれから、二度、三度鞭を振るうと不思議生物が大人しくなった。いや、気絶したという表現が正しいのか。
「ゆ゛っ、ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛……」 と何やらうめき声を発しながら震えているので、多分死んでないとは思う。

「あー……、とにかくだ。私の前では私語は厳禁だ。転校生も覚えて置くように。」

こくこく、と首を振った。淡白そうな担任、という印象はすでに『冷徹な担任』にシフトしていた。
その後、全校集会が行われたが、勿論その間もわがクラスは全員無言だったのは言うまでも無い。
ちなみに不思議生物は欠席だ。机の上で放置されている。「保健室に連れて行きます」とかも私語なんだろう、多分。

そして、ホームルーム後。ようやく無言の空間が解かれる事になった。
担任が教室から出て行くと、隣の男性生徒が話しかけてきた。

「災難だな、転校生。いきなりあの担任に当たっちまうなんて。」
「いや、それを言ったらこのクラス全員が災難だよ。」

相槌を打ったのは隣後ろの女子生徒。それから二人は「こんなクラスだけどよろしく。」と挨拶をしてくれた。
良かった、クラスメイトは普通のようだ。話しかけてきた林田君と渡辺さんとの適当な話題を十数分こなす。
担任以外は、普通の学校そうだ。これなら上手くやっていける。

「そーいや、またれいむが打たれてたなぁ。」
「うん。1学期終盤はだいぶ打たれなくなってたけど、夏休みのせいで忘れちゃったのね。」
「コイツ、月曜日は必ず打たれてたからな。土日を挟んだだけで忘れるのに、1ヶ月も休んだらもう完全忘却だろ。」

すっかり隣の不思議生物の事を忘れていた。そういや今も震えてるな。

「……僕、コレの事なんにも知らないんだけど。教えてくれない?」
「ああ。コイツちょっと変わっててな。あんまり頭が良くないんだよ。」

そういう問題じゃない気がする。どう考えても猿人類には見えない。

「というかコレは何、うちの生徒なの? 本当に高校生で合ってるの? なんで日本語を喋れるの??」
「落ち着きなさいよ……。クラスに一人は変わった人がいるわ。うちでは彼女がそうなのよ。」
「ああ……、メスなのか、これ。いや、そんなことより質問の答えが何か投げやりっぽいような。」

どうも渡辺さんは適当な人のようだ。

「まぁ、俺も最初は変な奴だと思ったけどな、今は慣れたよ。
 だいたい、コイツみたいな変人がいるクラスはうちのクラスだけじゃないぜ?」
「あ、ほら。噂をすれば何とやら、彼女もそうよ。」

教室の後ろから、別種の不思議生物が入ってきた。机の上で震えてるのとは若干違う。
黒いとんがり帽子をつけた金髪の生物だ。

「れいむぅ……!!!、ぜんこうしゅうかいでいないとおもったら、やっぱりこうなってたんだね……」

机の上のれいむを見るなり、涙を流しながら金髪帽子が跳ねてきた。動きがなんか怖い。

「いま、つくえからおろしてあげるよ……。 ゆーしょ……ゆーしょ……。」

そう言って黒帽子は、頭に被っている帽子から棒を取り出し、机の上のれいむを床に「おろした」。
ビタァン! れいむが顔面から床に打ち付けられた。下ろしたというより落としたというのが正しい。

「今ビタァン、って音したぞ。そんな乱暴な扱いでいいのか?」
「このくらいのしょうげきなら、まりさたちはへいきだよ! れいむ、いまおれんじじゅーすをかけてあげるね!!」
「あ、私がかけてあげるよ。」

そういって渡辺さんが、オレンジジュースを不思議生物から受け取り、机の上で震えている「れいむ」にかけはじめた。
自然な感じで状況が推移しているけど、気を失った同級生の頭にオレンジジュースをかけるというのは普通なのだろうか。
ラグビー部の人間が、やかんの水を掛けられるノリなのか? 
「どういう展開なの?」林田君にこの状況について聞いてみる。

「ん?ああ、こいつら単純でさ。オレンジジュースをかけると元気になるんだよ。」
「ポパイじゃないんだからさ……」

林田君の言う通り、オレンジジュースの雫が垂れる度にれいむの痙攣が少なくなり、何やら鞭の傷痕が塞がっていった。
恐ろしい回復力。スゴイね、人体。というやつだろうか。

「ゅぅうう……。ゆっくり……できてるよぉ……!!」
「よかったぁあああ! げんきになったんだねぇ! れいむぅううう!!!」
「また、まりさにたすけられちゃったね! ありがとう、まりさ!」
「ゆぐ……。よかったんだぜぇ……!!」

不思議生物同士で頬を擦り寄せ合っている、仲いいな。人間でその距離を再現すると気持ち悪くなる近さだ。
れいむの発言からして、コイツの名前は「まりさ」なのだろう。れいむ2号で良い気もするが、一応聞いてみるか。

「おまえはまりさって言うのか?」
「ゆ!? そうだよ! まりさはまりさだよ!! ゆっくりしていってね!! おにいさんはだれなの?」

「れいむ2号で良いじゃん」と思いながらも、不思議生物2匹に、自己紹介をする。

「てんこうせいさんなんだね! きょうからまりさたちとゆっくりしていってね!!」
「おにいさんがゆっくりできるように、れいむもがんばるからね!!」
「ああ……、ゆっくり……するよ?」

『ゆっくり』っていう言葉廻しが流行ってるのかなぁ……。都会の流行は解らんものだ。

「あ、私達ともよろしくね?」
「俺は勉強の助けは出来ないけど、その他に関しては任せろよ。」
「うん。よろしくね。」

「ゆっくりしていってね!!」
「うん、ゆっくりしていってね。」

普通のクラスメイトとの別れは「じゃあ、また明日」で返し
不思議生物との別れの挨拶は「ゆっくりしていってね」で始業式を終えた。


ゆっくりしていってね……か。うん、この学校でゆっくりしていけるといいなぁ。


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最終更新:2022年05月19日 12:59