※今までに書いたもの
神をも恐れぬ
冬虫夏草
神徳はゆっくりのために
真社会性ゆっくり
ありすを洗浄してみた。
ゆっくり石切
ありすとまりさの仲直り
赤ゆっくりとらっぴんぐ
ゆねくどーと
ゆっくり花粉症
十姉妹れいむ
ゆねくどーと2
※今現在進行中のもの
ゆっくりをのぞむということ1~
※注意事項
- まず、上掲の作成物リストを見てください。
- 見渡す限り地雷原ですね。
- なので、必然的にこのSSも地雷です。
- では、地雷原に踏み込んで謙虚ゲージを溜めたい人のみこの先へどうぞ。
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ゆっくり。
それはヒトの頭部に良く似た形状を持つ、だが地上のあらゆる生物と隔絶した生態、そして体組織を持つ不可思議なナマモノ。
彼女たちが忽然としてこの地上に現れてから、既に十数年という月日が過ぎ去っていた。
多くの論争と紛争、対話と挫折と理解と誤解を超えて、いつしか諦めに似た感情と共にゆっくりたちは人間の生活の傍らに
存在することを許されるようになった。
最初は極東の片隅に存在する島国、日本で。
そしてそこから、海も山も大河も彼女たちの拡大を妨げることなく、北米の大平原からアフリカのサバンナにいたるまで。
ありとあらゆる土地に、ありとあらゆる言語を操り、彼女たちは極々自然にその土地の環境に馴染んでいった。
平和な土地にも、争い絶えぬ土地にも。人に溢れた街中にも、人跡未踏の秘境の奥底にも。
その土地の言葉で「ゆっくりしていってね!」を叫び、彼女たちは気ままな、だが儚く、人の意向に左右される生を送っている。
そして、今。
「ゆっくりしていってね!」
遠く、モスクの四囲に聳えるミナレットから早朝の礼拝を呼びかけるアザーンが朗々と響く夜明けの街中にも、彼女たちは在った。
彼女たちの扱いは、どこの土地でもそう大差はない。
犬猫とさして変わらぬ、だが多少の知恵を持ち、人語を解するだけに理解と誤解が発生しやすい見慣れた生き物。
人に飼われる少数のものがある一方で、野生や野良として暮らす数多のものがいる。
今、モスクに行きかう人が絶えない通りの真ん中で、お決まりの台詞を連呼しているのは野良のゆっくりまりさだった。
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」
そう叫ぶまりさの形相は、その言葉に反してちっともゆっくりしていない。
必死の様相である。よく見れば、まりさの底部――あんよと呼ばれるゆっくりの移動の要となるその器官は、真っ黒に焦げ付いていた。
「にんげんさん、まりさにちかづかないでね! まりさはゆっくりできないよ!!」
誰かの悪戯で足を焼かれ、そして大通りに放置されたのだろうか。
だが、それにしては叫びの内容がおかしい。
ゆっくりは、如何に自分がゆっくりした存在であるかを己のステータスにしている。
確かにあんよを焼き焦がされ、移動もままならない状況ではゆっくりできないゆっくりであるのは確かだが、
ゆっくりが自分自身をそのような存在であるとアピールするのはそうそうありえることではなかった。
「ちかづかないでね! ちかづかないでね! ゆっくりできなくなるから、ちかづかないでね!」
ましてや、助けを求めるでもなく近づく人間を牽制するとはどういうことだろう。
さらに不可解なことには、そのまりさの威嚇――というよりは懇願に近いそれに、多くの人々が素直に従っていたことだった。
みな、通りの真ん中に据え置かれたまりさを避けるかのように道の端を走っていく。
人々のまりさを見遣る眼差しは、アザーンの朗誦を遮るほどの大声で喚く彼女をことさら疎む訳でもなく、
むしろ一抹の哀れみさえ湛えているようにも見えた。
そんな、モスクへと向かう人々の波がひと段落するまでの十分ほどの時間。その間を、ずっとまりさは叫び通した。
ミナレットのスピーカーもいつしかアザーンの朗読を終え、夜空は群青の領域が少しずつ青に駆逐されつつある。
人通りがわずかでもある間は止むことなく大声を放ち続けていたまりさは、喉を悪くでもしたかはたまた体力の限界か、
潰れるようにして人の消えた未舗装の路上の上にだらしなく伸びていた。
その体が、びくりと震える。
アザーンとまりさの叫びが絶えた街中に、遠くから低く重く唸るエンジン音と、キャリキャリと耳障りな金属音が響いてきた。
「ゆゆっ!?」
まりさはガバリと跳ね起きる。
そして、自分の立つ一直線の路上、その彼方に目を凝らした。
「ゆがーん!?」
そして予め知っていた破滅の時の到来に、恐怖と絶望も露わにその相貌を醜く歪める。
「ゆ、ゆっくりしていってね!」
まりさは、叫んだ。前方から来る破滅に向かって。
「ゆっくりとまってね! ゆっくりこないでね!」
聞こえぬと知りつつ、聞こえたところでその言葉が通じぬと知りつつ。
アラビア語を話すまりさは、枯れ果てたかに思われた声を振り絞って破滅へと呼びかけた。
「ゆっくりできないよ! こっちにきたら、ゆっくりできなくなるよ!!」
誰が? まりさではない。前方から来る破滅は、まりさを永遠にゆっくりさせる。
だが同時に、その破滅もまたまりさに近づくことによってゆっくりできなくなるのだ。
そのことを、まりさはカチカチに焼き固められたあんよの下にある冷たい感覚によって気づいていた。
「こないでね! ゆっくりひきかえしてね! それいじょうきたら、まりさおこるよ!」
前方から近づいてくる破滅は、止まるどころかその速度を落とす様子も見せない。
焦るまりさはいっぱいに空気を吸い込み、ぷくーと頬を膨らせ威嚇のポーズをとった。
怯ませるためではない。まりさはゆっくりとしては賢い部類で、そんなことでこの相手が怯むはずもないことは承知している。
ただ、体を大きくして自分に気がつかせたかったのだ。
自分の存在に気がつけば、自分が何を伝えようとしているのかに気づいてもらえれば、止まってくれるかもしれないと思ったから。
実際には、破滅――十数両の戦闘車両で構成された車列はとっくにまりさの存在に気がついていて、しかしその意図を理解せず、
ただ愚かなゆっくりが威嚇している程度に捉え、従ってその前進には何らの躊躇もなかったのだが、それはまりさの知るところではない。
ましてや、車列の先頭にある戦車の車長と操縦士はゆっくりを薄気味悪い怪物と見て忌避する類の人々であり、
また民衆から常に敵愾心を向けられる占領者として重度のストレスを溜め込んでいることなど、まりさは知るはずもなかった。
言葉が通じず、不遜とも取れる顔つきで人間に接する首だけの生物。その威嚇行動。
それは、極度の緊張感と悪意の中に溺れる人からその攻撃性を引き出すには十分すぎる要因だったのだ。
「どおじてどまってぐれないのおおおおぉぉぉ!? まりさ、ゆっぐりできないんだよおおおぉぉぉ!!?」
結果として。
まりさの試みた決死のぷくーっ、は前方から迫る車列の足を止める役割など欠片も果たさず、
却ってその無限軌道がまりさをひき潰すべく一直線に突き進んでくる結果を招来することとなった。
(まりさは……にんげんさんにゆっくりしてもらいたかっただけなのに……)
轟音を立てて近づくキャタピラがまりさを文字通り粉砕する瞬間、彼女はぎゅっと双眸を瞑り、一滴の涙を零す。
(まりさのせいで、にんげんさんが……)
たくさん、ゆっくりできなくなる。たくさん、何人も。
永遠にゆっくりしてしまう。まりさが、殺すんだ。
それは、彼女をそう仕向けた人間の悪意によるものだったが。その全てをまりさは自分の咎と受け止めて。
「ゆ゛っ」
『カチッ』
自分の短い断末魔と、何かの金属音をキャタピラの轟音の中に聞いて、まりさは逝った。
* * *
彼女の遺体は、この地上に残らなかった。
キャタピラにひき潰されたから、ではない。
その直後、まりさの下に埋められた対戦車地雷が炸裂し、さらにその爆発がより深くに隠された航空爆弾の誘爆を引き起こし、
彼女を引いた戦車ごと吹き飛ばしたからだった。
まりさは全て、この為の撒き餌だったのだ。
悪意的な占領者が車両でひき殺せば、地雷の感圧信管が作動しその車両と周囲を吹き飛ばす。
好意的な占領者が助けるために近づけば、遠隔操作で爆破しその占領者たちを吹き飛ばす。
ゆっくりが好意と悪意、その両方を受け止めやすいことを利用して仕掛けられたIEDに、まりさはパーツとして用いられたのだった。
ゆっくりがこの世に登場して十数年。
平和な土地にも、争い絶えぬ土地にも。人に溢れた街中にも、人跡未踏の秘境の奥底にも。
その土地の言葉で「ゆっくりしていってね!」を叫び、彼女たちは気ままな、だが儚く、人の意向に左右される生を送っている。
最終更新:2022年04月14日 23:26