「ゆっゆっ、ゆ~っ」
 赤まりさは、お帽子をコレクション置き場に持っていった。
「ゆゆん、こっちのおぼうちにはまけりゅけど、これもにゃかにゃかだよ!」
 一番のお気に入りの帽子の隣に、今回の帽子を置いてみると、やはり一番の座は動かない。
「ふっ! ふとんがふっとんだ!」 突然、震えるだけだった子まりさが叫んだ。ぽんぽん遊びによって姉妹が二匹殺され、自分たちもその後を追うことから逃れられぬことに絶望して心が壊れてしまったのだろうか?
「お、おとーさんだああああ! おとーさんがいるぅ! たすかるよ! まりさたち、たすかるよ!」
 しかし、その口から出てきたのは、希望に満ちた喜びの声。その声に触発されて、他の子供たちも明るい顔になる。
「ゆゆゆ! どこ? おとーさんどこ?」
「ゆわーん、おちょーしゃーん、たすけちぇー!」
「おちょーしゃんがきたなら、もうゆっきゅりできりゅよ!」
「ほら、あそこだよ!」
 子まりさの視線の先には、いた! 一家の大黒柱。強くて狩りが得意で優しいみんなのおとうさんまりさ。
「ゆあああん、たすけてー!」
「おちょーしゃーん!」
 みんな、多少なりとも傷付いていたが、最後の力を振り絞ってぽよんぽよんと跳ねて行く。
「う? う? うー?」
 子ふらんたちは、何が起こったのかと不思議がっている。どこにも、こいつらの親のまりさなどいないではないか。
「ゆゆ?」
 赤まりさも不思議そうにしている。
「おとーさーん!」
「おちょーしゃーん!」
 しかし、なにやら自分の方へと向かってきているので、跳ね飛ばされてはかなわないと思って横に避けた。
「おとーさん!」
「ゆわわわわん、きょわかったよー!」
「あいつらだよ、あのふらんたちが、おねえざんといぼうとを」
「おちょーしゃん、あいつらやっちゅけて!」
 子供たちがそうやってすがったのは……赤まりさのコレクションの中でも一番お気に入りの帽子だった。
「うー」
 子ふらんの一匹が、その帽子をくわえて浮き上がる。
「ゆ! おちょーしゃん!」
「おとーさんがぁぁぁぁぁ!」
「だ、だいじょーぶだよ! おとーさんはあのぐらいじゃやられないよ!」
 子ふらんは、なんとなく帽子をくわえたものの、どうしようか迷った。迷った挙句、姉妹の長女である子ふらんの上まで行って、帽子を落とした。
 ぽふっ、と、長女ふらんの頭の上に、ゆっくりまりさの山高帽が乗っかる。
「うー、おとーさんなのー」
 ふざけて、長女ふらんは言ったが、それへの反応は思いもよらぬものだった。
「おとーさん!」
「おちょーしゃん!」
 ゆっくりの子供たちが、そのふらんの元へと我先にと跳ねてきて、その後ろに隠れたのだ。
「う? う? うー?」
 てっきり、それでこれがただの帽子で、おとうさんなどどこにもいないことを悟ってまたゆんゆんといい悲鳴を聞かせてくれるだろうと思っていた子ふらんは困惑する。
「おとーさん、がんばれ!」
「おとーさんはつよいんだよ! あやまるならいまのうちだよ!」
「おちょーしゃん、さいきょー」
「きょれでゆっきゅちできるね!」
 そんなゆっくりたちを見ていたふらん一家の赤まりさは、三匹の姉ふらんたちを呼び寄せて、なにやらひーそひーそと内緒話を始めた。
「ゆっ! ひーそひーそしてる!」
「きっと、おとーさんをやっつけるさくせんをはなしてるんだ!」
「ゆゆん、そんなのおとーさんにはいみないよ!」
「ゆゆーん、そうだよ、おとーさんはつよいんだから!」
「ゆっきゅち! ゆっきゅち! おちょーしゃんちゅよーい」
 子供たちは、もうすっかり助かったと思い込んで、そのおとーさんとやらが、
「うー?」
 と、自分を除け者にして内緒話をしている妹たちを少し不安そうに眺めているのには気付かない。
「うー! おおきいまりさはゆっくりしね!」
「うー! ふらんたちのあそびをじゃまするな」
「うー! ちびのあまあまをこっちにわたせー」
「う? う? う?」
 三人の妹ふらんたちに突然そう言われて長女ふらんはますます戸惑う。
「おとーさん、れいむたちをまもってね!」
「おちょーしゃんがいればだいじょーぶだよにぇ!」
 事態が全く予想できない方向へ行ってしまい、長女ふらんは何をどうしたらいいかわからない。まさか、妹たちまでもが自分をこいつらのおとうさんまりさだと思うわけはないはずなのだが。
「うー、ゆっくりしね!」
 すぐ下の妹ふらんが突っ込んで来た。
「うー!?」
「うー!」
 激突。妹ふらんが弾き飛ばされる。
「ゆゆーっ! おとーさんすごーい!」
「しゃすがおちょーしゃんだにぇ!」
 子供たちは大歓声だ。
「うー、こいつつよい」
 飛ばされた妹ふらんは、悔しそうに言った。
「……」
 対する、長女ふらんは何か考えるような面持ちである。
「うー、つぎはふらんがいく」
 そう言って、別の妹ふらんが突っ込んでくる。
「うー!」
 だが、やはり先ほどと同じように、跳ね返されてしまう。
「うー、やられた」
 またまた子供たちの大歓声が上がる。
「……」
 長女ふらんは、だんだんと事態が飲み込めてきた。
 今までの二回の体当たりは、いかにも長女ふらんが二匹を撃退したように見えるが、実際はそうではない。妹たちは、当たるか当たらぬというところで、自ら後ろに飛んだのだ。
「うー! おとーさんはつよいのー!」
 長女ふらんがそう雄叫びを上げると、子ゆっくりたちは大喜びで父を讃える。対するふらんたちは、にやり、と笑った。長女が全てを飲み込んだと悟ったのだ。
 それからは、もうおとーさんの独壇場と言おうか、次々に襲い掛かる子ふらんたちを片っ端から跳ね飛ばしていった。
「おとーさんすごーい!」
「おちょーしゃんさいきょー!」
 そんな声を聞いて、親ふらんに押さえつけられていた母れいむが声を上げる。母れいむは、子供たちがぽんぽんされている間も声を限りに騒いでいたが、うるさいので親ふらんによって子供たちの方が見えないように位置を変えられて口を塞ぐように押さえられていたのだ。
「お、おぢびぢゃんだぢ、ばりさ……ばりざがいるのっ!?」
 少しずつ、ずりずりと位置を変えて、ようやく声を出せたのだ。
「おかーさん、もうだいじょうぶだよ! おとーさんがたすけにきたんだよ!」
「ちゃすけにきちゃんだよ!」
「ゆゆゆゆゆっ!」
 母れいむは、感極まった声を上げる。死んだと思っていたまりさが、今この大ピンチに颯爽と現れたというのだ。
「うー」
 再び口を塞ごうとした親ふらんだが、なんか面白そうなので放っておいた。
 そして子ふらんたちは――
「ひーそひーそ」
 また、なにやら赤まりさを加えた四匹で内緒話を始めた。
「ゆゆん、どんなさくせんをたててもむだだよ!」
「おちょーしゃんにかてるもにょか!」
「ゆーん、ゆっきゅちできりゅよ」
 もうすっかり安心している子供たちであったが……。
「うー、こっちきて」
 子ふらんの呼びかけに、おとうさんまりさがパタパタと(まあ、パタパタ飛んでる時点でおかしいのだが)とあっちに行って、なにやら一緒になってひーそひーそし始めると、さすがに怪訝に思った。
「お、おとーさん、なにしてるの!」
「はやくそいつらをやっつけてよ!」
「おちょーしゃん、ひーしょひーしょしにゃいで!」
「ゆゆぅ」
 だが、一度安心するとゆっくり――特に子供のゆっくり――は容易に物事への楽観視を止めることはない。
「ゆゆ、きっとふらんたちがこうさんしてるんだよ」
「そうか、それでゆっくりゆるしてもらおうとしてるんだ」
「ゆふん! ふりゃんたちはよわむしだにぇ」
「このおうちをもらわにゃいとゆるせにゃいよね」
「あのあまあまももらわにゃいとね」
「ゆゆーん、ゆっくりできるね!」
「「「ゆっくりしていってね!」」」
 広いおうちと山のようなあまあまを賠償として奪い取ることを決め付けた子供たちは、ゆっくりできそうな未来へ思いを馳せる。
「うー」
 やがて、おとうさんが戻ってきた。その後ろには子ふらんと赤まりさを、まるで付き従えるようにしている。それを見て、ますますふらんたちが降伏したのだと確信した子ゆっくりたちは沸き立つ。この広いおうちもたくさんのあまあまも自分たちのものだ、と。
「うー、ごめん。ふら……おとーさんは、ふらんたちのかぞくにいれてもらうことにしたの」
「……ゆ?」
 子ゆっくりたちは理解できない。いや、これは理解しろというのが無理な話だろう。
「……ゆ?」
「……ゆゆ?」
「……ゆゆゆ?」
「……ゆゆゆゆ?」
 ゆっくりりかいできないよ、なにをいってるの? と、その顔というか全身にはそう書いてあった。
「うー、おまえらはもうじゃま。ゆっくりしね」
 いつまで経っても理解しそうにないのに面倒臭くなったのか、長女まりさは一匹の赤まりさに噛み付くと、中身の餡を吸い上げた。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ ゆ゛っぎゅ……ぢでき……に゛ゃい」
「ゆわわわわ!」
「にゃ、にゃにするにょ、おちょーしゃーーーーん!」
 赤ゆっくりなど、子ふらんが一気に吸い込めばあっという間に中身を吸い尽くされてしまう。
「うー、ぺっ」
 皮だけになった赤まりさを吐き出す。もちろん、とっくに死んでいる。
「うー、おまえらもゆっくりしね!」
「お゛どうざん、や゛べでえええええ!」
「おぢょーじゃん、でいぶだぢのごちょ、ぎりゃいになっぢゃの?」
「ばりざ、いいごにじでだよ、おがーざんのい゛うごどぎいでだよ」
「お、おがーざん、だずげでええええええ!」
 頼みの綱のおとうさんの信じられない裏切りに、子れいむがおかあさんに助けを求める。
「ゆゆゆゆ! どうしたの、いったいなにがあったの!?」
 声は出せるものの、依然として子供たちの方が見えない位置に押さえ付けられていた母れいむが、突然ゆっくりできなくなった子供たちの声を聞いて叫んだ。
「おどーざんがあああああ!」
「おどーざんが、でいぶだぢをい゛らない゛っで」
「おぢょーしゃん、ふら゛んだぢのな゛がま゛にな゛るっでえ」
「まりじゃだぢは、じゃま゛だっちぇ、ゆ゛っぐりじね、っでえ」
「ゆゆゆゆゆゆゆ! そんなわけな゛い! ばりさは、ばりさはそ゛んなごど!」
 愛する子供たちの必死そうな声と言っても、到底、母れいむには信じられることではなかった。
「うー、ゆっくりしね」
「うー、そろそろおなかへってきた」
「ゆわーーーん!」
 今にも、虐殺が開始されるというその時、
「ま、まりざも、まりざもな゛がまにじで!」
 子まりさが、言った。
「まりじゃも、まりじゃも!」
 途端に、赤まりさもそれに続く。
 彼女らの頭にあるのは、もう何をしても助からないという絶望と、それと相反する希望。
 ――あの子みたいに、家族になれば。
 あの、赤まりさのように、このふらん一家の一員になれば助かるのではないか、という一縷の望み。
 自分たちが恐怖し、苦痛にのたうつ間も、終始ニコニコと笑ってゆっくりしていた赤まりさ。自分もああいうふうになりたい。ずっと、羨ましく思っていた。自分だって同じまりさだし、それに同じまりさのおとうさんも、ふらん一家に入るとのことだ。きっとお願いすれば、自分たちだって――。
「うー?」
 またもや思いもよらぬ行動に子ふらんたちはどうしたものかと思う。
「おねーしゃん」
 そこで声を上げたのは赤まりさだ。この子は、狩りの手伝いだけでなく、色々と面白い提案をする。さっき、帽子をかぶった長女ふらんをおとうさんと言い出したゆっくりたちを見て、しばらくそのフリをすること、その後で、フリをしたまま裏切って見せて絶望させることも、この赤まりさが提案した。類稀なる素質を持った赤ゆっくりであった。普通ならばどうやってもゲスにしかなりえないような赤まりさだが、ふらん一家の一員である以上、その才能は、家族にとっては大いに使えるものであった。赤まりさが、なんだかんだで子ふらんたちに可愛がられているのもそのせいであった。
 三度、ひーそひーそと内緒話をするふらんたちと赤まりさ。そこで、赤まりさは悪魔のごときアイデアを出す。そして……通常種にとっては悪魔というしかない性質を持つ子ふらんたちは、それにすぐさま賛成した。
「うー、なかまにしてやってもいいけど、じょーけんがある」
「ゆ?」
「うー、うちのかぞくになるなら、まえのかぞくをすてる」
「ゆゆ? つまり、どうすればいいの?」
 条件を出してくるということは、それをクリアすればいいということだ。苦し紛れに喚いたお願いだったが、なにやら受け入れられそうな目が出てきたことで、子ゆっくりたちは俄然その気になってきた。
「うー、そこのれーむをゆっくりころせ!」
「ゆっ!」
「ゆゆゆ!」
 そこのれーむ、とは母れいむのことである。つまり、母れいむに引導を渡して前の家族との決別を行動で表せれば、うちのファミリーに入れてやろう、ということである。
「そ、ぞんなごと、でぎるわげないでしょおおおおお!」
「じょんなゆっぎゅぢでぎないごと、れ゛いみ゛ゅはじないよ!」
 子れいむと赤れいむは、真っ先に拒絶する。
「ゆぅ……」
「ゆゆっ」
 対して、子まりさと赤まりさ。特に拒絶の言葉は口にしない。
 その間にも子れいむと赤れいむは、ふらんたちを罵り続ける。そんなゆっくりできないことはしない! そんなゆっくりできないことをやれというおとーさんもふらんもゆっくりしんじゃえ! と。
「……おかーさんをゆっくりころしたら……ほんとうになかまにしてくれるの?」
「……ほんちょーに、してくれりゅの?」
 やがて、子まりさと赤まりさが、ゆっくりと口を開いた。
「う? うー、ほんとう!」
「うー、ふらんはうそつかない」
 と、どの口で言うのか、そう言ったのは、まりさの帽子をかぶった長女ふらんであった。
「ゆゆ、やるよ」
「ゆっきゅち、やりゅよ」
「ゆゆゆゆ?」
 驚いたのは、子れいむと赤れいむだ。一体何を言い出すのか。
「れいむ、どいて」
「れいみゅ、どいちぇ」
「な、なにいってるの! おかあさんをころしたりしたら、ゆっくりできないよ!」
「しょーだよ、まりしゃたちはげしゅだったんだにぇ!」
 しかし、まりさたちの目の色は既に変わっていた。
「どかないれいむはゆっくりしね!」
 子まりさ渾身の体当たり。子れいむがふっ飛ぶ。いくらなんでもいきなり攻撃はされないと思っていたところに不意打ちを貰ってしまった。
「ゆっきゅちちね!」
 赤まりさは、赤れいむに体当たり。ぽよん、と飛ばされた赤れいむに追い打ちをかけようとした赤まりさだったが、子まりさに制止されて止まる。
「ゆっくりしね!」
 その直後、赤れいむは降って来た子まりさに潰されて死んだ。
 赤ゆっくり同士が体当たりをし合ってもそう効果は無い。だから、子まりさは、自分の一撃で手っ取り早く赤れいむを始末したのだ。
「ゆゆゆ! な゛にずるのぉ、ばりざあ!」
 と、言いつつころりと転がっていた体を起こした子れいむも、いまいち切迫した事態を把握しているとは言い難い。赤れいむが殺されたのに気付いていないせいもあったが、その声は未だに姉妹喧嘩の際に上げる抗議の声に似た響きを持っていた。
「ゆっくりしね!」
「ゆっきゅちちね!」
 すぐに、二匹のまりさに攻撃を受けてしまった。赤まりさの攻撃など大して効かなかったが、同じ程度の大きさの子まりさに何度も体当たりされて、やがて子れいむは動かなくなった。
「ゆゆ! あとは、おかーさんだよ!」
「ゆゆ! おきゃーしゃん、まりしゃたちのゆっきゅちのために、ゆっきゅちちんでね!」
 凄まじい形相で母れいむに向かうまりさたち。
「う?」
 母れいむを押さえるためにその上に座っていた親ふらんだが、さすがにそのゆっくりしていない鬼の形相には多少怯んだ……というか、引いた。
「ゆっくりどいて! そいつころせない!」
「ゆっきゅちどけぇ!」
「うー」
 別に邪魔する必要も感じなかったので腰を上げ、二匹の方へ母れいむを蹴り転がしてやる。
「ゆゆゆ、おちびちゃんだち、まりさは、どこ?」
 とにかくもう、母れいむの中では、音声だけで得た情報のどこからどこまでが本当で、どこからどこまでが嘘なのかゴチャゴチャになってわからなくなっている。しかし、とにかく求めたのは番の愛するまりさであった。子供たちは、まりさが裏切ってふらんたちの仲間になったと言っていたが、もちろん、母れいむはそんなことは信じていない。
「ゆー、おとーさんはあっちだよ! それよりも……」
「おきゃーしゃん、ゆっくりちんでにぇ! そうしにゃいと、まりしゃたちがゆっきゅちできにゃいんだよ!」
「ゆゆゆ、落ち着いてねおちびちゃんたち、おかあさんにゆっくりしねとかいったら駄目だよ!」
 この期に及んで、そんなことを言っている母れいむだったが、そう言いつつ、目は愛するまりさのことを探していた。
「ゆゆ! まりさ……のお帽子!」
「ゆ?」
「ゆゆ?」
 母れいむの言葉に、今にも飛び掛ろうとしていたまりさたちが動きを止める。
「うー、おとーさんなの」
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、どこがばりさな゛のっ! ふら゛んでじょおおおお!」
 さすがに、母れいむはおとうさんまりさの正体を見破った。
「うー、ばれたか」
「うー、ばれちゃしょーがねえの」
 おとうさんのフリ作戦で既に散々楽しんだ後なので、ふらんたちはそれには執着しなかった。あっさりと妹ふらんが長女ふらんの頭からまりさの帽子をくわえて持ち上げる。
「ゆゆゆゆゆ! おどーざんじゃながっだのぉぉぉぉぉぉ!」
「だましちゃな゛ぁぁぁぁぁ!」
 まりさたちは、あらん限りの呪詛の言葉を投げかける。約束を信じて姉妹殺しまでして、その上母殺しまでやらかそうとしていたのだから、それも当然だろう。
「うー、おとーさんはうそだったけど、なかまにしてやるのはほんとう」
 しかし、長女ふらんは涼しい顔でそう言った。
「ゆゆゆ? それってつまり……」
「おきゃーしゃんをきょろせば、にゃかまにしてくれりゅの?」
 その約束が生きている、ということを聞いて、色めき立つまりさたち。母れいむは、赤まりさの口から自分を殺す、などという言葉を聞いて愕然としている。
「うー、ふらんうそつかない」
 十秒前ぐらいまでとんでもない大嘘をつき続けていたのを棚に上げて、平気な顔して長女ふらんは言った。
 その背後に、赤まりさが見えた。さっき殺した赤れいむの死体を食べている。
「むーちゃむーちゃ、ちあわちぇー」
「うー、ゆっくりしろー」
 子ふらんが、その頭を羽で撫でている。
「おねーしゃんありがちょー、ゆっきゅちしてりゅよ!」
 そのサマは、まさにゆっくり。自分と同じまりさが、とってもゆっくりしている。強いふらんたちに守られて、食べ物もたくさん貰って、ゆっくりしている。自分たちと同じまりさが……。
「お、おがーさんは、ゆっぐりじねえ!」
「ゆっきゅぢぢねえ!」
「ゆゆゆ! おぢびぢゃんだち!」
 子まりさと赤まりさは、母れいむに体当たりした。優しくしてくれた母れいむを殺そうとする非道な行為。しかし、それへまりさたちを駆り立てたのは、あの赤まりさのゆっくりぶりであった。
 子れいむたちが、あくまでも母殺しを拒んだのは、赤まりさのことを羨みつつも、所詮自分たちはああはなれないと確信していたからだ。同じ通常種と一くくりにされているが、れいむとまりさでは、やはり違う。
 だが、まりさたちにとっては、そうではなかった。全く同じ、完全に同じ種類のまりさがあんなにゆっくりしているのだ。自分たちにだって、そうする資格はある。そうする権利はある。
「やべで、おがあさん、おごるよ!」
「ゆっぐりじね、ゆっぐりじね!」
「ゆっぎゅちぢね!」
 母れいむは、怒声を上げるも、直接反撃はしなかった。もうこの状況ならば誰も非難はしないだろうに。
「おがあざん、ばりさだちのゆっぐりのだめにじね!」
「ばりじゃだちは、ゆっぐりじぢゃいよ!」
 その言葉を聞いて、もう母れいむは何も言わなくなった。自分は、一生懸命この子たちをゆっくりさせてきたつもりだが、もうふらんたちに捕まってしまったこの状況では、自分の力でこの子たちをゆっくりさせることは不可能。ならば――。
 なんの抵抗もしないとは言っても、成体サイズの母れいむには、赤まりさはほとんどダメージは与えられない。子まりさが必死に何度も体当たりし、さらには親ふらんにやられた傷口に噛み付いてそれを広げたりして、ようやく母れいむを死に追いやることができた。
 まりさたちは、泣いていた。ゆっくりを全てに優先させると言っても、やはり、ひどい仕打ちをしたでもなく、精一杯に優しくしてくれた親を殺すことなど、望んでやったことではなかった。
「……ゆ゛っぐり……じでね、おぢびぢゃ……ん」
 母れいむの最後の言葉が、まりさたちの心に突き刺さっていた。
「まりさ……ゆっぐり、じようね、ごれから」
「……ゆっぎゅちずるよ」
 目的を達成しつつも、まったくゆっくりしていないまりさたち。それでも、これで、これからはゆっくりできる。あの赤まりさのように、ふらんに守られてゆっくりできる。
 振り返った。そこには、自分たちを仲間に迎え入れてくれるふらん一家がいるものだと思っていた。
「……うー」
 しかし、なんだかふらんたちはおかしな様子だった。はじめて見る表情。まりさたちの家族をゆっくりさせないでしていた残虐な笑顔でも、まりさたちの家族を喰らってニコニコしている笑顔でもなかった。
 それは……ある種の恐れであった。捕食種でも最強の一角であるふらんたちが、たった二匹の、子まりさと赤まりさに対して向けるような表情ではないが、ふらんたちは、まりさたちに攻撃された母れいむがもうこれ以上やったら本当に死んでしまう、というほどに傷付いても、なおまりさたちが攻撃を止めぬのを見てから、ずっとこんな表情でまりさたちを見ていた。
「ゆ、ゆっくり……なかまに……」
「ゆっきゅち、にゃかまに……」
 まりさたちのその声には答えず、しばし沈黙。
「うー、なんでおかあさんころしたの」
 やがて、その沈黙が破られた。まりさたちにとっては信じられないような言葉で。
「ゆ……ゆ……ゆ……」
 さすがに、すぐに答えることができない。
「ふ……ふら゛ん゛がや゛れ゛っでいっだんでじょおおおおおおおおおおお!」
「に゛ゃにいっぢぇるの゛! はやぐ、はやぐまりじゃだぢをにゃがまにじでね!」
「……うー、おかあさんをころすようなやつはなかまにできない」
「うー、そうだね」
「うー、ふらんもそうおもう」
「ゆゆぅ、きょのまりしゃたち、きょわいよぉぉぉ!」
 ふらんにはあっさり拒否され、赤まりさには泣かれる始末である。
 親ふらんが、怖がる赤まりさを抱き上げて後ろに下がっていった。
「だがら゛、ぞれはぶら゛んだぢが、やれ゛っでいっだんだよ!」
「ぞうじたら、にゃがまにじでぐれるっで!」
 まりさたちの言うことは全くその通りである。
「うー、ほんとにやるとはおもわなかった」
 しかし、一蹴された。
「うー、ふつうおもわない」
「うー、あいつらがおかしい」
「うー、ひどいやつら」
 子ふらんたちは、親ふらんを見た。親ふらんは、頷いた。好きにしろ、という意味だ。
「うー」
 子ふらんたちが集まってひーそひーそと内緒話を始める。しかし、出る結論など最初から決まっているのだ。内緒話は、三秒で終わった。
「うー、おかあさんをころしたひどいやつらは、ゆっくりしね」
「うー、ゆっくりしね」
「うー、こんなやつら、ゆっくりしないでさっさところそう」
「うー、そうしよう、ゆっくりしないでさっさとしね」
 それは、親殺しへの裁き。
 追い詰められた弱者が、その弱さゆえに犯してしまった罪への、強者による裁き。
 その強さゆえに、自分たちはそんなことはしない、という確信の元に振り下ろされる倫理の刃。
「ゆ゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「ゆ゛ぴゃあ゛あ゛あ゛あ゛」
 泣き叫ぶこと以外許されぬまりさたちは、その唯一許されたことを、殺されるまでやり続けるしかなかった。
 ふらんたちの手にかかる寸前に見えたのは、親ふらんに寝かし付けられて、ゆっくりとした寝顔でゆぴぃーと眠っている赤まりさ。
 そして、死ぬ寸前に上げた声は、
「お゛があざん、おどうざん、だずげでええええ!」
「おぎゃあじゃん、おぢょうじゃん、だじゅげぢぇええええ!」

「ゆっへっへ、ゆっくりさせられたくなかったら、あまあまをよこすのぜ!」
「よこすのじぇ!」
 強盗まりさの親子は、その日も獲物を見つけて仕事に励んでいた。
「ゆぴ?」
「おちびでもよーしゃしないのぜ!」
「しないのじぇ!」
「あまあまほちいの?」
「ほしいのぜ、まりささまはおなかがぺーこぺーこなのぜ」
「ぺーきょぺーきょなのじぇ」
「しょれなら、まりしゃをおうちにつれていっちぇ!」
「ゆゆ? おうち、このちかくなのぜ?」
「ちかくなのじぇ?」
「うん、まりしゃあんよがいちゃくておうちにかえれにゃくてこまっちぇちゃの、おうちにつれていってくれちゃら、おれーにあまあまをあげりゅよ!」
「ゆっゆっ、そんなのおやすいごようなのぜ。……おちびのおうちにはあまあまはどのぐらいあるのぜ?」
「あるのじぇ?」
「たーくしゃん、だよ。おちょーしゃんは、きょれでふゆさんもだいじょーぶ、っていってちゃよ」
「それはすごいのぜ。それじゃ、おうちにいくのぜ。おれいははずんでくれなのぜ」
「はずんでくれなのじぇ」
「うん! まりしゃのおうちで、ゆっきゅちしていっちぇね!」
 もちろん、強盗まりさはおうちに着いたらこのおちびのまりさも両親も殺して、おうちと食べ物を全ていただこうと思っている。これで、今年の冬は優雅に越せる。
「ゆっへっへ」
 強盗まりさは、素晴らしい未来に今からゆっくり過ごす冬が楽しみであった。
 がさがさっ――
 そばの繁みが音を立てたのはその時だった。

                                 終わり


※作者はふらんが大好き。

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最終更新:2022年05月19日 13:55