前書き

 書きたいと思っていたことをひたすら書いてみた。
 いじめパートはかなり温めなので注意。
 了承した方のみ、ご閲覧ください。











  東京タワーブリッジ・僕ときめぇ丸とところどころ中二病





 人の一生は儚い。
 これから私が貴方に見せるのは、その儚き生涯を駆け抜けた者の記録。






 僕は泣いていた。一人で泣いていた。
 理由は良く覚えていない。苛められていたからかもしれないし、そうでないかもしれない。
 小さい頃から転校を繰り返して友達とすぐに別れ、現地の方言を覚える事も出来なかった。
 身体が弱くて、外であまり遊べなかった。両親は共働きで、兄弟もいなかった。
 こうして振り返ると、多分苛められていたんだろうなと思う。そんなエロゲーのヒロインにありそうな萌えアビリティをこれでも
 かというくらい装備した男の子がいたらいじめっ子だって苛めたかったんだろう。誰だってそーする。僕もそーする。

「ゆっくりしていってくださいね!!!」

 ひざを抱えて涙を抑えていた僕は何処からともなく意味の分からない言葉を聴いた。

「ひっ!!」

 バサッ!!

 木の上から降ってきたそれはやがて僕の前に姿を現す

 濡れ烏を思わせるしなやかな髪、鮮やかな彩の中にたおやかな光を讃える真紅の瞳
 格調高き帽子にふわっふわのポンポン

 僕はしばし見入ってしまう

「…………」

「…………」

 僕等はしばらく何も話すことなく、お互いに見詰め合っていた。


 どれくらい、そうしていたのだろう。
 ふと、彼女は今にも泣きそうな顔で言うのだった。

「やっぱり...あたし、こわい?」

「え...?」

 大きな瞳いっぱいに泪を溜めて、彼女は言う

「そうだよね...あたし、怖いよ…ね。だから、泣いてるんだよね」

「え、い、いや、違う、違うんだよ!!」

 僕はいささか慌て気味に捲くし立てる
 泣いていた痕が消えていなかったのだろう。目を真っ赤にして、べそをかいていた姿は全くさまになっていない。

「その、きれいだなって、いいなっておもったんだ」
 人付き合いが得意じゃなかった僕はあまり言葉を選ぶのが上手くないようだ。
 奥ゆかしい日本人を褒めるにはそれなりの様式美というものがある。
 いくら勢いに任せたとはいえ、いきなりダイレクトに告白することはない。
今考えるとこっぱずかしくて顔から火が出る。

「え...」

 よほど予想外のことだったのか、彼女は僕の言葉に茫然自失のご様子。

「だから、えーと、そ、その、はじめてみたから...わけなんだけど...」
 肝心な部分はおそらく彼女には届かなかっただろう。
 褒め言葉とはいえ、流石に2度も面前で放銃するようなことはしない。

「...」

 顔を真っ赤にして俯いてしまう
 ……なんと、聞き取れてしまったようだ。全く、彼女の地獄耳には参る。
 僕は悪い事をしたかな、と思ってどうしようと思って逃げ出したい気分でいっぱいだった。
 子供とはいえ、もうそろそろ男女の分別がつく頃だ。好きとか可愛いという言葉をいう奴は必ずクラスの
 ガキ大将にからかわれて男女揃って恥ずかしい思いをする。
 彼女もそんな気持ちでいるのだろうかと考えていたら、ぽつりと呟いた。

「……ありがと」

「...うん」

 消えてしまいそうな小さな声

 彼女は顔を上げ、その澄んだ瞳で僕をじっと見る

「...きれい?」

「え、うん、きれいだとおもう...」

 ぱぁっと顔を輝かせる彼女

 今度は僕が顔を赤くする番だった

 あまりのかわいさに、見とれてしまう

「...アリガト」

 そう言って微笑んだ彼女は、僕が読んだどの漫画のヒロインよりも素敵だった









「...で、これがその後に、一緒にとった写真、か」

 まだ小さい僕が、桜色の肌をりんごに変えている彼女と並んで写っている。
 僕はと言うと、写真は苦手だったからそっぽを向いていた。
 そんないけ好かないガキと並んでいた彼女は照れながらも、その愛くるしい顔に
 笑みをたたえていた。



 嗚呼...あの頃はあんなにおしとやかでかわいかったのに...



「もやしさん、寒いです」

「...」

 ぴらっ。

 アーアーきこえないきこえない。
 アルバムをめくる。

 次は山に行ったときの写真だ。
 彼女を腕に抱き、珍しくも父と母が移っている奴だった。

 ここでも、僕はそっぽを向いていた。
 本当に、ひねくれたガキだ。
 ミリオンダラーのえくぼを惜しげもなく晒しながら流し目で笑っている彼女とは実に対照的だ。

 …………そうか、もうこの頃からか。

「おお、寒い寒い」(ヒュンヒュンヒュン)


どんっ

「うおっ!!」
 予想外の方向から衝撃が来て、耐え切れずに僕はよろけた。

「なにすんだオメーは!!」


「おお、寒い寒い」(ヒュンヒュンヒュン)
「わかっとるわ、だーっとれ、クソ饅頭」


「おお、酷い酷い。お母さんに言いつけますよ?」

 ふてぶてしい顔に殴らずにはいられないにやけ面をした下膨れ

 彼女-きめぇ丸-は悠然と笑っていた。
 己の立場を充分理解しての行動だった。


「てめーは俺を怒らせたっ!!」
 ぱっと目に付いた消しゴムをきめぇ丸めがけてクイックスロー。


ヒュンヒュンヒュン

シュバッ!!

「怒らせただってさ、おお、こわいこわい」
 抜群の俊敏さでこともなげにこれをかわすきめぇ丸。
 かわしざまにぶてぶてしい顔で挑発するのも忘れない。



「ところで、もやしさん。今日は何の日か覚えてますか。」
 普段でもそわそわしているのにそれに輪をかけてせかしいきめぇ丸。
 分かりやすい奴だ。

「たりめーだ。大晦日だろ。」

「おお、正解正解。じゃあこれから何をするんですか?」

「週間子供ニュース総集編を見て、ダイナマイト見て、CDTVを見る。」

「…………それだけですか?」

「七味切らしてたから買ってくる。」

「ほかにこう、何か忘れてませんか?」

「年越し麻雀のことか?忘れるわけ無いだろ。お前強いんだもん」

 我が家では毎年、年越しは麻雀と決まっている。面子は僕に両親にきめぇ丸だ。
 饅頭お化けの癖にきめぇ丸はやたら強い。
 去年は13000点差で僕が首位だったのにリーチ・一発・ハイテイ・ツモ・チンイツ・リャンペ・ピンフ・赤ドラ
 の数え役満で一挙に逆転して3年連続の一位を堅守した。ミエミエのチンイツに僕が釣られクマーと鼻で笑ってたら、
 ざけんな何でラスヅモで一気に4翻つくんだよ、とかラスヅモでリーチかけんなよとか、リャンペにチンイツの複合なんて
 見たことねーよてか大車輪じゃねーかと非難囂々だった……。主に僕から。染め手を早々に看破して徹底した逃げの一手だった僕に勝つには
 子同士だったからマンガンツモでも駄目で跳満以上が最低条件だったからたまらない。

 そんなわけで、今回こそはあのぶてぶてしい顔にべったりと冷たい汗を撫で付けてやるつもりだった。



「……………………おお、危ない危ない」(ヒュンヒュンヒュン)

 どんっ

「うおっ!!」
 またしても死角からきめぇ丸のタックルが来た。


「おお、失礼失礼。蚊が止っていたので潰しておきました」


 こう、お前は釈明するつもりがあるのかと問い詰めたくなるほど白々しい言い訳を残して
 脱兎の如く逃亡するきめぇ丸。


 言いたいことは分かるが、そんなに気にかけているとどうしても意地悪がしたくなる。

 忘れるわけが無い。今日は、家族が増えた日なのだから。


 あの日、きめぇ丸とあった日。
 バットやグローブも、サッカーボールも、テレビゲームすら欲しいと願ったことがなかった
 僕が両親に頼み込んだ。

「このきめぇ丸を飼わせて欲しいと」

 反対は承知の上で、世話も全部自分でする覚悟だったのに、意外なほどあっさりと実権を握っていた母
 は堕ちた。

 後から聞けば、共働きで兄弟・友達のいない僕が孤立してぐれない様に、望むならば手のかからないペット一匹くらいは飼っても良い
 と思っていたそうだ。

 流石に野良を連れてくることは想定外だったようだが、きめぇ丸は実に女の子らしいゆっくりであり、親もすぐに気に入った。
 殆どない文献を必死に調べたところによると、きめぇ丸は温厚な性格であり、人間との親和性が強く飼い易いということが分かった。
 本来ならば、ペットショップへ行ってきめぇ丸を買うつもりだったが、希少種であったこともあり何処も入荷していなかった。
(後から判明したことだが、僕がこのきめぇ丸を見つけたのはこの県でも数年ぶりの快挙?だったらしい。)
 既に情が移っており、尚且つ生まれて殆ど時間が経っていなかったおかげでゆっくり病院での検診や多少めんどくさい届け出て続き
 を経てきめぇ丸は我が家の一員として迎え入れられた。


 最初は当然、僕が世話をすると息巻いていたが、3日足らずで僕はその職務を辞し、当然に世話係は母親に譲られた。
 十の歳にも満たぬ稚児が妹のようなゆっくりを世話できるわけがないし、めんどくさがって即座に辞めた。
 僕は自分のことを客観的に見ることが出来るんです。あなたとは違うんです。


 その効果は即座に現れた。まず、母のきめぇ丸を見る目が変わった。
 ペットというよりは、娘でもあるかのように扱ったのだ。ある日、風邪を引いたきめぇ丸が熱を出していたときには大量の餡子を買って
 お湯に溶かして飲ませたくらいだ。どう考えても、過保護だ。

 対照的に、僕は一切きめぇ丸の世話をしない。
 賢いきめぇ丸は自分で散歩に出られるし、自分で帰ってこれる。
 僕がすることといったら、気が向いたときにキャッチボール代わりにテニスボールやフリスビーを投げつけてとりに行かせることぐらいだ。

 ただ、一つだけ。
 僕ときめぇ丸の絆がある。

「一番強いゆっくりになること。」

 それは、僕ときめぇ丸の約束。
 何回季節が移り変わろうと、どんなに僕と彼女が大人になろうと。
 いつだって変わらない、僕達の不文律。


 最初に言ったように、僕は小さい頃から身体が弱くて根暗だった。
 喘息もち、それも重度の。
 走ることはおろか、埃が舞う場所で遊ぶことすら昔は命がけだった。
 何度幼稚園の入退園を繰り返したか、もう思い出せないくらいだ。

 あまりのウザさからか、保育士さんから包丁を突きつけられて黙れと脅された。
 しゃっくりならばものの2秒で直りそうなくらいにビビったが、残念ながら横隔膜の痙攣が原因ではない。

 そんな僕は、世界一強い男に憧れた。
 両親は野蛮と言って決して見せてはくれなかったが、僕は隠れてビデオを集めてみていた。
 中学に入り、いじめが激しくなって僕はしばらく学校に行けなくなった。
 その間、僕はずっと部屋を閉めきって世界最強の男を見ていた。


 屈強な男が顔を真っ赤にして挑発をする。
 対する男はいかにもうるさそうに、まるでハエでもあしらうかの様な様子で鼻で笑う。

 いざ試合が始まると圧巻。挑発してきた男は見るも無残に顔を晴らし、対する男は悠然と
 こぶしを振り上げ、殴る殴る殴る。

 15分足らずで1億ドルを稼いだ男は祝福する取り巻き立ちに目もくれずに葉巻を吸いながらこう嘯いた。

「ああ、何で俺はこんなにも強いのだろう。」

 世界は全て俺を中心に回っている……コペルニクスすら決して唱えなかったであろう理論をこともなげに実践する
 男はただただカッコよかった。


 両親は共働きだった。
 引きこもりだった僕に救いの手を差し伸べていたのは、いつもの饅頭だけだった。


「おお、弱い弱い。学校にも行かずに引きこもりですか。おお、ひきこもりひきこもり」

「黙れよっ!!ごほっごほっ。お…まえに、ぜぇぜぇなにがぜぇぜえ分かるんだ!!」

「うっ、ほっ、ほっ、ごほっ。僕はっ!!なれないんだよっ!!絶対に!!絶対に強くなれないんだよ!!」

「おお、理解理解。それじゃぁ私がなりましょう。」

「私が、世界一強いゆっくりになれば、あなたは世界一のサポーターです。おお、凄い凄い」


 きめぇ丸も、一人だった。
 親姉妹の存否は分からず、同種は周りに一匹もいなかった。
 ほかのゆっくり、通常種はきめぇ丸が苦手だった。というより、嫌悪していた。

 そんなきめぇ丸が見つけた唯一の居場所。
 神聖にして不可侵な絆。
 きめぇ丸は決してこの絆をなくすつもりはなかった。


 その日から、一人と一匹の生き様が変わった。

 強く、ただ強く、何よりも強く。

 僕達は強くなるためにおよそ考え付く限りすべての事をした。


「アルティメット・ゆっくり」

 それは強きゆっくりを歓迎するもの。
 最初はただの戯事だった。ゆっくり同士の闘技なんぞに興味を持つ酔狂な輩は殆どいなかった。
 きめぇ丸が宣言したときにはまだ弱小団体そのものだったし、僕もそんなものだろうとぐらいにしか思ってなかった。

 実際問題として、世界一強いゆっくりを目指すと言ったって所詮子供と饅頭には限界がある。
 僕もきめぇ丸の言葉を強く意識しながらも、どこかで現実的な妥協点を探していた。
 10個の大手本屋を回ってようやく一冊か二冊しかないゆっくり関連の雑誌の隅っこに載っていたしょぼい団体。

 これくらいならば、何とかなるかもしれない。

 運良くこの団体の本拠地は僕の住むところからさほど離れてはおらず、電車を使えば3時間で行けた。

 予想通りの弱小団体ではあったものの、如何せん彼等は酔狂にも真の最強ゆっくりを目指す稀有なもののふたち。
 実は都心の閑静な住宅街に3LDKの家を構えるような小金持ち達が主たる構成員だった。
 道楽とはいえ、いや道楽だからこそか彼らはゆっくりの饅頭改造に余念が無かった。
 結成から数年来、初期の同志は今も主力として様々なトレーニング方法と食事調整を課し、惰弱なゆっくり達は鍛えられていった。
 対してガキんちょでしかない僕は彼等から可愛がられてはいたものの、設備のノウハウも無く、きめぇ丸を勝たせるのはそう簡単なことではなかった。

 ただ、きめぇ丸は希少種ゆえに先天的な能力は他の追随を許さない。

 メンバー達の主たる構成は素早いちぇんと格闘センスに恵まれたちーんぽ。
 あるいは捕食主たるれみりぁにふらん。この二種はちぇんやちーんぽ以上に高い戦闘力を誇るが
 如何せん扱いが難しくて手を焼いているようだ。
 また、思わぬ潜在能力を発揮するありすもなかなか人気が高かった。
 中にはあえてれいむやまりさといった汎用種を主戦力とする変わり者もいた。


 しかし、どれをとっても、ことセンスに限ればきめぇ丸に遠く及ばない。
 きめぇ丸は格闘には最適だった。
 全種の中で郡を抜く素早さで決して相手を近付かせない。
 どんな強い攻撃も当たらなければどうと言うことはないし、きめぇ丸は常に首を振り続けるため
 急所を狙った乾坤一擲もそうは当たらない。
 加えて高い知性はトレーナーの意思を反映しやすく、この点は常に齟齬が生じて相互にその力を削ぎ合う他メンバーと比べれば
 上下で二倍の差になって現れる。 
 さらに、このきめぇ丸は強い信念の元に自発的に戦っているのだ。飼い主のエゴで戦うゆっくりなどとは根本的に精神力が違う。


 きめぇ丸のセンスに頼りながら、僕達は勝ったり負けたりを繰り返して経験を積んでいった。
 最強のゆっくりを決めるとはいえ、事故が起これば大変なことになるので安全面はかなり重視されていた。


 そして、きめぇ丸が「アルティメット・ゆっくり」を開始して2年が経った頃のことだった。
 2年もやれば、きめぇ丸のセンスに僕と彼女の経験が加わり、僕等はランキングでもたまに上位に顔を出せるレベルまで来たのだ。


 「アルティメット・ゆっくり」


 それは単なる弱小団体のお遊び。

 そんな折、事態は風雲を告げる。オリンピックが大好きな知事が是非とも日本に誘致するために再選に力を注いでいた。
 彼は支持を得るために乾坤一擲の大博打に打って出た。
 なんと、知事が治める都市の一定種類のギャンブルを解禁にしたのだ。その中にはゆっくりの闘技も含まれていた。
 どうやら、闘鶏など流行の対戦を入れようとしたが、動物が大好きな人達によるチャンカンがロンしてしまったらしい。
 そこで代案を探していたところ、しがないのタブロイド雑誌に物珍しさだけを理由に取り上げられていたのをを見つけたのだという。

 最初は世間は全く気にしなかった。どうせ、こんな酔狂なことをマジでやる良い大人がそうはまるとは思えなかったからだ。

 しかしながら、いわゆる多くの知識人の予想は外れた。
 カブトムシを対戦させたり、ラジコンのレースを主催しながら週に一回アルバイトで野球助っ人をするおっさんを筆頭に、男の子はいつまでたっても男の子だった。
 どどのつまり、強さをアピールしたいのだろう。
 犬や猫を戦わせれば大問題になるが、ゆっくりであればクレームをつける輩も少ないし、何より言葉が通じるのだ。
 ミニ四駆を改造するように、RPGでレベルを上げるように、人々は元々持っていた潜在的な欲望を開放させた。

 もう一つ。
 博打というものはいつ如何なる時代であっても受け入れられるものだ。
 最初は1回10円からはじまり、じょじょにエスカレートして行った。
 人々はより大きな舞台、より強きゆっくりを求めた。

 その怒涛のごとき大衆の期待はうねりとなってゆっくりと適えられる。
 各地でゆっくり闘技が合法非合法を問わずに開かれ、草分け的存在というべき「アルティメット・ゆっくり」は爆発的にその地位と高め、
 不動の人気を誇った。




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最終更新:2022年05月21日 22:24