もりのけんじゃ(笑)



体内時計が朝を告げ、私は目を覚ました。
おうちの隅に積み上げられた食べ物を少量齧る。
私たちぱちゅりー種は少食だが、私はさらに意図的に食事を制限している。
いざ食べ物が得られなくなったときのためでもあり、また食べ物は私たちの種族ゆっくりにおいては人間の言うところの『おかね』のような働きをするのだ。
食糧はとっておけばいろいろなことに使える。肉体的に虚弱な私にとっての大切な切り札だ。
ぱちゅりー種は大食いしたところで体力がつくわけでもないし。
「むーしゃーむーしゃーしあわせー……」
さて、朝餉も済んだので私の属する群れの長のところへ赴くことにする。
今日も一日森の賢者だ。

「ごきげんようぱちぇ!」
「むきゅ、ゆっく……ごきげんようドス」
広場へとやってきた私はこの群れの長であるドスまりさに挨拶する。
『ごきげんよう』というのがドスとその側近間で定められた挨拶だ。
間違いなく人間の影響だろう。私は未だに慣れない。やはりゆっくりの挨拶は『ゆっくりしていってね』に限る。
「ぱちぇ遅刻よ。もうみんな集まってしまっているわ」
広場に集まったドスの側近たちを見回す。
それは豪華な顔ぶれだった。
医療分野を統括するゆっくりえーりん。
司法関係の責任者ゆっくりえーき。
食糧の管理者ゆっくりゆうか。
宗教による魂の守護者ゆっくりかなこ。
広報係のきめぇ丸。
いずれも希少種に分類されるゆっくりたちだった。
「くすくす」
「ぱちぇはホントにだめねぇ……」
「おお、遅い遅い」
「森の賢者様は心にゆとりがおありのようね」
「ま、許してあげるわ。体もおつむも弱いぱちぇだものね。それより今日の会議を始めるわ」

この群れを動かしているのはドスとこれらの希少種ゆっくりたちだった。
私ぱちゅりーも側近に含まれてはいるが、数合わせ、にぎやかしでしかなく、私に意見は求められていない。
一応それなりの知識はあり、それを求められることはあるが、それだけだ。その情報を加工し、実行することは許されていない。
普段はドスの言うことに諸手を挙げて(手はないけど)賛成し、ときおり魔道書(チラシ)の朗読をしては皆を笑わせるのが私の役割だ。
人間でいうところの道化師に近いだろうか。

一匹のまりさが数匹のゆっくりたちに引き立てられてきた。
「はなせ! はなすんだぜ! まりさは何にも悪くないんだぜ!」
「これよりゆっくり裁判をゆっくり開廷するわ!」
えーきの宣言により裁判が始まった。
このまりさの犯した罪状は極めて深刻であり、ドス自らが立会うこの群れでの最高裁判だ。
「被告ゆっくりまりさは、先日未明、人間さんの畑での御奉仕を不届きにも放棄し、畑から脱走しました。
それに留まらず、脱走する際に人間さんの所有物であるお野菜を盗んだのです!」
この群れでは近隣の人間の里に働きに行く決まりになっていた。
これはドスが人間と結んだ協定によるものだった。
「最低のゲスね!」
「死刑よ!」
「死刑以外ありえないわ!」
「おお、死刑死刑」
「待つんだぜ! まりさにも弁護させるんだぜ! うちにはちびちゃんたちが六ゆもいるんだぜ!
畑仕事に時間をとられすぎて、ごはんを集める時間がないんだぜ! たしかに畑から逃げたことはまりさが悪かったんだぜ!
あやまるんだぜ! でもお野菜は人間さんが少しなら持っていっていいって言ったんだぜ! ホントなんだぜ!」
まりさは必死に抗弁する。私の記憶がたしかならこのまりさの子供は九ゆいたはずだが。まりさの貧窮した事情が偲ばれる。
「嘘ね」
「真っ赤な嘘ね」
「あなたのようなサボり魔のゲスに人間さんが野菜をくれるはずがないわ」
「見下げ果てたゲスね」
「例えそれが本当だとしても、人間さんから勝手にお野菜をもらうことは掟で禁止しているでしょ?
もらった野菜はすべてドスに提出するって決まりよね。これは許しがたいわ」
たしかにそういう決まりになっている。
人間の作る野菜はとても美味しい。ゆえに食べればその味が忘れられなくなる。
だからドスは一般のゆっくりが野菜を食べることを禁止している。
野菜はすべてドスに提出され、野菜の味に溺れる心配の無い自制心の強い優れた希少種ゆっくりに配られるのだ。
ちなみに私も食べたことはない。
「ドス! おねがいなんだぜ! 許してほしいんだぜ! まりさが死んだらちびちゃんたちが……」
「ドスはあなたのようなまりさが群れにいたことを恥じるわ。それ以外何も言うことはなにもないわ。えーき、判決を言ってちょうだい」
「判決! このまりさは死刑! うんうん漬けの刑に処す! 閉廷!」
えーきの宣言により裁判は終わる。抗弁の機会は一切ない。執行猶予もなし。
「やめでぐれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! だずげぢぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
まりさはゆっくりたちに引き立てられていった。
ちなみにうんうん漬けの刑とは、掘った穴に罪ゆを入れ、その上からうんうんを流しこむというものだ。
悪臭と屈辱の中で苦しく緩慢な窒息死を迎えることになる。

「見事な裁きだったわ。えーき」
「お褒めに預かり恐縮ですドス」
「それにしても最近は狂っているとしか思えない事件が多いわね。前なんか自分のちびちゃんを食べちゃったゆっくりがいたわねぇ」
その犯人は私と同じぱちゅりー種だったので覚えている。彼女はレイパーに無理やりすっきりさせられて子供を産まされたのだ。
「まったく、通常種たちは無能なゲス揃いだわ」
そのぱちゅりーはなんとか育てようとしたのだが、体力的にごはんを集めるのが不可能で、飢えで苦しませるよりはと一思いに殺したのだ。
ぱちゅりーは法廷でそのことを訴えた。
だが、すべて虚偽でしかないと退けられた。
公式にはこの群れにはレイパーなどいないことになっているからだ。
レイパーが普通のありすの振りをして紛れている。そんなことを認めたならドスの目はレイパーを見分けられない節穴だと言うようなものだ。
それはドスの威厳に、統率力に関わることになる。
また、育てられもしない子供を産むのはそのゆっくりの責任とされた。
ドスは愚かなゆっくりを嫌う。計画性のないゆっくりを憎む。それらは群れに無秩序をもたらすからだ。
ゲスや無能に甘い顔を見せない。付け上がらせるだけだからだ。
「無能といえばぱちぇ、昨日の『シングルマザー』はどうなったの?」
「むきゅ……」

昨日、一匹のゆっくりれいむがドスに訴えでたのだ。
「『れいむはしんぐるまざーなんだよ! かわいそうなんだよ! やさしくしないとだめなんだよ!』とかなんとか言ってたわね」
「みっともない乞食だったわねー」
「さすが無能なれいむ種だわね。プライドなんかないんでしょうねぇ」
「自分でむらむらしてすっきりしておいてねぇ……腰振ってよがってたんでしょ……くすくす」
「おお、無能無能」
「ぱちぇ、あなたが言い聞かせたのよね?」
そのれいむのつがいはゆっくりさなえだった。
ゆっくりさなえとは希少種の一種なのだが、れいむと番うことで新たな希少種を生み出すという噂があった。
ドスがそれを知って、そのれいむとさなえを番わせたのだ。
ドスは希少種を重用していた。
能力的に優れた希少種を増やすことこそが群れを良い方向に導くことだと考えていたのだ。
だが、このれいむは希少種を産まなかった。
産まれたのは何の変哲も無いれいむ種ばかりだった。
それまではドスも食糧などを援助していたのだが、これを境に掌を裏返すように冷たくなった。
さなえも、れいむと番うことに旨みがないとわかると、他のゆっくりと共にどこかへ駆け落ちしてしまった。
「むきゅ、あのれいむにはドスの偉大さと寛大さをちゃんと教え込ませておいたわ。自分の愚かさを知ってゆっくり反省したわ」
「そう、それは良かったわ。間引か無くてよかったわ」
「無能なれいむの汚い餡子に触れたくないものね!」
「あははははは!」
私はれいむの愚痴に小一時間ほど付き合ってやった。
ドスの命令により胎生出産をしたれいむは体力が著しく低下していた。この状態で狩りは不可能だ。
それに、狩りのために外出してしまうと子供たちの面倒を見るものもいない。
番いであったさなえに裏切られたれいむは傷つき、絶望していた。
もちろん、食糧や生活の保障も欲しかったが、何より自分の苦しみを理解してくれる者が欲しかったのだ。
しばらく話を聞いてやったら落ち着いたので、ドスに訴えでても無駄なことを言い聞かせ、食糧を与えて帰した。
食糧は多めに与えたが、世話をしてくれるゆっくりを見つけなければその前途は暗いだろう……。
ドスは側近たちには食べきれないほどの食糧を与えてくれる。
一応名目上は側近である私『森の賢者』ぱちゅりーにもかなりの食糧が与えられている。

ドスはその過去を詳しく語ることはなかったが、私は人間に飼われていた時期があったのではないかと睨んでいる。
このドスは強く賢かった。自分の力を過信する愚かなドスがいる。統率力がないせいでゆっくりをまとめられないドスがいる。
このドスはそういった弱く愚かなドスではなかった。
ゆっくりを厳しく統率する強さと冷酷さを持っている。
知識も深い。人間の事情にかなり通じているようだった。
ドスは人間の強さ、恐ろしさをよく知っている。
人間がドスをある程度恐れていることは知っているが、自分の力を過信していない。
だから、ドスは人間に全面的に服従することにしたのだ。
人間との間に結んだ協定も、人間側に極めて有利になっていた。
畑での労働奉仕もそのひとつだ。
ゆっくりが過去に犯した畑荒らしの償いという名目だった。
人間にとってゆっくりに利用価値があるなら殺されることはないという見込みもあった。
ドスは無能を嫌っていた。人間に言い聞かされたのではないだろうか。れいむ、まりさ、ありす、ぱちゅりーなどの基本種(下位種)は無能だと。
無能だから殺される。役立たずだから迫害される。ドスはそう思っていた。
希少種をやたらありがたがるのも人間の影響に思える。
人間はゆっくりでも希少種は殺さない。下位ゆっくりを惨く虐殺する人間が、同時に希少種は可愛がるほどだ。
人間に殺されないということは希少種は有能であり、役に立つゆっくりなのだとドスは考えたのだ。
ドスと優れた希少種たちがトップに立ち、愚かで救いがたい、無能な下位種たちを導く……理想の群れの姿だった。
実際、人間はこの群れに手を出すことは無かった。
ゆっくり側も畑を荒らしにいく者はほぼ皆無で、たまにいてもすぐさま厳罰が下される。
だが、私からみればこのドスはいくつかの思い違いをしていた。
賢くあっても固定概念に嵌り、そこから先の思考を止めてしまえば無能なシングルマザーや森の賢者と変わりはない。

「これは群れの大掃除をする必要があるかもしれないわね」
「ゆゆっ!」
ドスの唐突な言葉に、側近たちは驚愕した。側近たちは賢いので、『大掃除』の意味は問わずともわかる。
大粛清とでも言い換えればよいだろうか。
「この群れにはダメな子たちが増えすぎてしまったわ。優秀なゆっくりだけを集めて群れを作りなすのよ!」
「えーきはドスに賛成だわ!」
「えーりんの研究がお役に立てそうね!」
「ゆうかも賛成よ。無能ゆっくりなんてみんなお花の肥やしになるのがお似合いよ!」
「今かなこに神託が下ったわ! 悪しき草を刈り取り、良き種を残せって!」
「おお、掃除掃除」
側近たちはすぐに気を取り直し、ドスの意見に追従する。
「むきゅ! ドスそれはちょっとどうかと思うわ! 群れのゆっくりたちが可哀想よ!」
「あら、森の賢者様が珍しくご反対遊ばされているわぁ」
「可哀想ですって! ぱちぇはとってもお優しいのねぇ~」
側近たちから一斉に冷笑が浴びせられる。むかつかないわけではないが、もう慣れたものだ。
だがドスは……。
「うーん……」
「ドスどうしたの?」
「まさかドス……」
「ぱちぇ、あなたは優しいつもりなのかもしれないけど、無能なゆっくりに情けをかけることはかえってそのゆっくりのためにならないのよ。
情けはゆっくりのためならずってね。
でも、今はまだ早いかもね。大掃除をするにはいろいろ準備が必要だし、ゆっくり様子を見ることにするよ!」
「そ、そうね! ドスの言うとおりだわ!」
「こういったことは慎重にゆっくりやらないとね!」
私は無能で愚かなぱちゅりーにすぎない。だからドスに意見など差し出がましいことはできない。
たから、ドスが『言って欲しいこと』を言うだけだ。
ドスは大粛清の必要性を感じながらも、その餡生臭い行為に手を出す踏ん切りがついていない。
この場合は賛成されるより反対されることを望んでいたのだ。とりあえず踏みとどまるきっかけが欲しかったのだ。

そもそも、ダメな子たちを潰して、優秀な子たちを残すなんてどうやってやるつもりなのだろうか?
どうやって、ダメな子と優秀な子を見分けるつもりなんだろうか?
一匹ずつドスが巣を訪問して見分けるとでも言うのか?
密偵を放って評価を下すにしても、まずその密偵の質が問われる。
ドスに忠実で、秘密を漏らさず、真意を気取られることなく、ゆっくりの能力を正確に評価できる、極めて優秀な子が何匹も必要になる。
どうやってそんなものを用意するつもりなのか?
ちーちーを垂れ流し、意味不明なことを喚き散らすゆっくり、懲りずに畑荒らしをするゆっくり、他のゆっくりに迷惑をかけるゆっくり、完全に発狂したレイパー、
そんなあからさまなゲスを見分けることぐらいちびちゃんにだって出来る。
本当に見分けなくてはいけないのは、善良な振りをしているが裏に悪意を隠している真のゲスだ。
可もなく不可もない(ドスらが言うところの無能な)ゆっくりを全部潰して、真のゲスだけが残ったのならそれこそ群れの最後だ。
それぐらいはドスにもわかっているだろう。ドスは賢いのだから。
だから、この問題に対する冴えた答えを賢い希少種の側近たちに求めているのだ。
残念ながら今のところはその期待に応えられていないが。
「じゃあ今日はここまでよ! 解散!」
ドスの宣言により、希少種の側近たちがそれぞれの仕事場に戻っていく。
私は特に仕事はないで、群れを散歩して回ることにする。

しばらくゆっくり歩いていると、えーりんの仕事場──すなわち診療所にたどりついた。
「いい? この竹串を刺して、付着した餡子から健康状態を診断するのよ」
「やめ! やめで! いぢゃあぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃ!」
「暴れたらダメよ。中枢餡を傷つけちゃうでしょ。どれどれ、うーん。あまり甘くないわね。
それじゃあもう一刺し」
「いぢゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」
えーりんは群れのゆっくりの健康を管理していた。
定期的に様々な診断を行い、病気の疑いのあるものには治療が施される。
もちろん、無料ではない。治療の際に食糧で支払うことになっている。難病ほど高くつく。
えーりんは希少種のエリートであり、群れのために働いているのだ。それに感謝して報酬が与えられるのは当然のことだ。
報酬の支払いが滞れば、治療が停止することになる。
そうなれば、他のゆっくりに病気を感染させないよう隔離されることもありうる。
それらの判断はすべてえーりんにまかせられていた。ドスに一任されているのだ。えーりんに口を挟めるほどの知識と権威を持ったゆっくりなどいない。
また、えーりんは新薬の開発も行っている。
「げぶっ! ごぶっ! おげぇぇぇぇぇ!」
「えーっとこの草は毒草っと……あれ、これは前に調べたわね! あはははは、ごめんなさいねぇ」
無能な下位ゆっくりはえーりんの研究に全面的に協力することが当然の義務とされた。
えーりんが協力を要請するならそれを断ることはできない。それはドスに歯向かうことと同じなのだ。

「おっはな! おっはな! ゆうかの可愛いお花たち!」
しばらく歩いているとゆうかのお花畑にたどり着いた。
「そのゴミはそっちね。そのクズはあっちねぇ」
「ゆっふ! ゆっふ!」
下位種のゆっくりたちがゆうかの指示で右に左に忙しなく働いていた。
彼女らが運んでいるのは……死体だった。
「何の価値も無い無能ゆっくりたちが、私の素敵なお花たちのごはんになるのよ。
これほど栄誉なことはないわね! ゆっくり感謝していってね!」
「ゆぐっ……ゆぐっ……」
ゆうかは花を栽培していた。それがゆうか種の生きがいなのだ。
花を育てても、それを食糧にすることはない。
これらは人間にプレゼントすることになっていた。人間にとってはゆうかの花がちょっとした流行らしい。
ゆうかも鼻高々だ。本業の食糧管理そっちのけで花の栽培に精を出している。
この群れで死んだゆっくりは基本的にゆうかの元に運ばれることになっていた。
それらを花の肥料にするためだ。
「ちょっとそこのれいむ! ゆっくりしないでさっさと働いてよね!」
「あ、あのゆうか様……このちびちゃんだけはれいむに譲ってもらえないでしょうか?」
「あんた何いってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「このちびちゃんはれいむのちびちゃんなんです……はじめて産んだちびちゃんなんです……
できればおうちの側のお墓に……」
「そう……それじゃあ!」
ゆうかは飛び上がり、訴えでたれいむの上にのしかかった。
「ゆげぇ!」
「いいわ! そのちびちゃんはあげる! 一緒のお墓に入るといいわ! ゆうかのお花畑という素敵なお墓にね!」
「ゆがっ! ゆぎぃ! だずげ! ゆぎゃあああああああ!」
ゆっくりたちが呆然と見守る中、れいむはゆうかによって叩き潰されてしまった。
「あんたたち誰が休んでいいっていったの! ゆっくりしないで働きなさいよね!
あ、それとこの新しいゴミクズも埋めておいてね」
「ゆぅ……」
「最近はホント肥料不足で困るわー。えーきに頼んでもっと死刑を増やしてもらわないと。
できるだけ残酷な刑がいいわね。甘い餡の方がお花たちの栄養になるはずだし……」
さすがに、希少種といえばども生殺与奪の権利はない。だが、下位ゆっくりが殺されたからといって希少種を訴えても無駄だ。
なにせ司法関係はえーきが統括しているのだから。あからさまにドスに逆らう内容で無い限り、えーきの判決がすべてに優先される。
訴えたほうが逆に罰を受けることになる。

「ゆっくり~ゆっくり~きょうもげんきにゆっくり~」
「声が小さいわ! 祝詞は餡の底から出す大きな声でって入ってるでしょ!」
「ゆっくり~! ゆっくり~! きょうもげんきにゆっくり~!」
しばらく歩いているとかなこの社にたどりついた。
ここでは、かなこがゆっくりたちにゆっくりの神の教えを説いている。
「いい? あなたたちはクズなの! ゴミなの! あなたたちはゆん罪を背負っているのよ!
ゆっくりたちは今まで人間さんに迷惑をたくさんかけてきたわ。それがゆん罪。
ゆん罪がある限り決して真にゆっくりすることはできないわ! ゆっくり地獄に堕ちるのよ!」
「ゆゆっー!」
「ゆっくり地獄は怖いわよー! どんな痛い目にあっても死ねないんだから。もう死んでるんだから当然よね!
怖いおにいさんがうじゃうじゃいるのよ! 消えない炎が永遠に燃え続けてるのよ! 未来永劫ゆっくりできなくなるのよ!」
「ゆんやぁー!」
「いい、ゆん罪を晴らすためには、ゆっくりの神の教えを忠実に守るしかないわ。
ドスまりさ様はゆっくりの神が使わした救世主、そして私はそのドスからあなたちを導くことを委託されているわ。
つまり、私かなこの言葉はゆっくりの神の言葉なのよ!
かなこに逆らったらゆっくり地獄に堕ちるのよ!」
「ゆひぃぃぃぃぃぃ!」
「ゆっくり理解したなら、無能なゲスであるあなたちのために、このかなこがゆん罪符を授けてあげるわ。
このゆん罪符があればゆっくり地獄に堕ちなくて済むのよ! いわゆるスペルカードってところね!」
「ありがとうございますかなこ様! ありがとうございますかなこ様!」
社に集まったゆっくりたちはかなこの前に行列を作り、ゆん罪符(ただの木の葉にしか見えない)をもらっていった。
ゆっくりたちはゆん罪符の代わりに食糧を置いていく。これは強要されているわけではない。かなこへの感謝の気持ちを食糧という形で自発的に表現しているにすぎない。

だが、一匹のありすが食糧の提供を渋った。
「あの、ありすのおうちはもうほとんど食べ物がなくて……」
「そんなこと気にしなくてもいいわ。ゆん罪符はあげる」
「ありがとうございますかなこ様!」
「でもねぇ……感謝の気持ちが足りないとゆん罪符は効果を発揮しないのよねぇ……」
「ゆっ……」
「残念だけれどもあなたは地獄行くわ」
「そ、そんな! お救いくださいかなこ様!」
ありすは泣いてかなこの足元にすがりつく。
「安心なさい! 救いの道はあるわ! ゆっくりの神の慈悲は無限なのよ!
ただ、覚悟が必要ね」
「ど、どうすれば……」
かなこは一本の木に目配せした。
「あれに体当たりなさい」
「ゆええ!」
「いい、地獄は永遠に続く苦痛なのよ。非ゆっくりなのよ!
でも、現世で前もって苦しんでおけば、地獄での苦しみは緩和されるわ!
苦行っていうのよ! すごいでしょう? さあ、がんばって! 救われるのよ!」
「とっ! とかいはぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ありすは木に向かって体当たりし始めた。
「もっと強い力で!」
「とかい! とかいぃ! どがい゛ばぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」
一撃ごとに皮が裂け、カスタードクリームが飛び散る。
ゆっくりたちはその様を眺めてどうすることもできず、ただ戦慄するばかりだ。
「これがゆっくり地獄なのよ! 地獄に堕ちればみんなこんな目に合うのよ!
地獄に堕ちたくなければゆっくり信仰していてね!」
信仰心のなせる業なのか、すさまじい苦痛を受けながらもありすは苦行をやめない。
「ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛……」
やがてありすは完全な廃ゆになってしまった。もう助からないだろう。私にはどうすることもできない。
「よかったわねありす。あなたはゆっくり地獄でも比較的楽なところへ堕ちれるわ。
みんなもちゃんとゆっくりの神に感謝してよね! さてと……思った通りだわ! これめっちゃうめぇ!」
かなこは、木の実を頬ぼり舌鼓を打つ。それは、ありすが体当たりした衝撃で落ちてきた実だった。

「おお、死んだ死んだ」
「おちょーしゃぁぁぁぁぁぁん!」
しばらく歩いていると、きめぇ丸と赤ゆっくりたちに出あった。
きめぇ丸は右に左に移動しながら、赤ゆたちに何事かを告げている。
「おお、処刑処刑」
「ゆぇぇぇぇぇぇぇぇぇん! ゆぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
「おお、畑泥棒畑泥棒」
「ゆぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
きめぇ丸は赤ゆたちに親まりさが罪を犯して処刑されたことを伝えているようだった。
こういった宣告はきめぇ丸に一任されていた。
「おお、うんうん漬けうんうん漬け」
「おちょーしゃん……おちょーしゃん……」
「おお、臭い臭い。おお、苦しい苦しい」
「ゆぐっ……ゆぐっ……」
赤ゆたちは親が死んだ報せと、きめぇ丸の存在によって非ゆっくりの極地にあった。
他のゆっくりたちも赤ゆを見守るばかりで何もできない。
きめぇ丸の活動を妨害することはドスに逆らうことだからだ。
そしてきめぇ丸にはドスの宣告をゆっくり理解するまで伝え続けなければならない義務がある。
「おお、生き埋め生き埋め」
「ゆぇぇぇぇぇぇぇぇぇん! ゆぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」



人間から見ればこの群れはさぞかし素晴らしい群れに見えることだろう。
ゆっくりたちはきちんと統率され、畑を荒らしに来ることはなく、ゲスなゆっくりは排除され、
有能な希少種が重用され、それぞれの分野で群れに貢献している。
そうここは理想の群れだった。
……人間から見ればの話だけれども。
ドスは人間の視点でゆっくりを見ていた。
ここはゆっくりにとってではなく人間にとって都合のいい群れだったのだ。
ドスは人間を恐れていた。ドスまりさのゆっくり群れが方々で壊滅してしまうのは人間の不興を買ってしまったせいだと考えていた。
だから、人間のための群れを作ったのだ。自分たちのためになるものなら壊してしまうことはない。
ひいてはゆっくりたちのためにもなると考えてのだ。
ゆっくりたちが多少苦しい目に合うとしても、それは仕方のないことだった。
それは無能な個体、劣った個体だからだ。
食べ物が無いならキリキリ働けばいいだけのこと。無能を養う余裕などない。
下位種の面倒を見てやってるのは仏心からだ。本当は希少種だけで群れを構成するのがドスの理想なのだろう。
それができない変わりに、希少種に絶大な権限を与え、下位種を従わせることにより少しでも役に立つゆっくりにしようという方針だった。

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最終更新:2022年05月19日 14:30