注意
現代モノです。
俺設定があります。


「へい、らっしゃい!」

威勢の良い掛け声で迎えてくれる店の主人。
ここは商店街にある行きつけのゆっくり屋だ。
私は常連客である。

店頭には透明なケースが段差状に並べられており、その一つ一つに色々なゆっくりが詰められている。
ケースには大小様々なサイズがあるが、全てのケースには皆一様に、
身動きできないほどギツギツの状態でゆっくりが一匹ずつ詰め込まれていた。

その為、店頭のケースは皆ガタガタと音を立てて揺れており、
その中からはゆっくりたちの甲高い鳴き声が途絶えることなく響いている。
今となっては全国各地どこにでもある平凡な光景だ。

「今日は何をお求めで?」
「うーん、そうだなぁ……」

とくに何を買いに来たというわけでもない。
道中にいつものゆっくり屋が見えたから入った、ただそれだけだった。

「今日はイキのいいれいむが入ってますぜ!ほらっ、こいつでさぁ……」
「ゆあああ!!でいぶのおりぼん、らんぼうにづがまないでぇぇ!!」

こちらが迷っている素振りを見せた瞬間、店主は間髪入れずに店頭のケースから
成体間近のれいむをガッと勢い良く掴み出しこちらに向けてくる。
その絶妙な間の取り方はさすが年季を伺わせるものだった。

「ゆぎぃ!ゆっぐぢじだいーーー!!もうゆっぐぢざぜでぇぇ!!」

ブルブルブルン
その見事な下膨れを激しく震わせ必死で抵抗するれいむ……いや、この体型はでいぶか。
この店のゆっくりはイキの良さに定評がある。

「こいつぁ日本海側で獲れた天然モノでしてね。仕入元によれば畑荒らしの常習犯だそうでさぁ。
子ゆっくりの頃から畑の高級野菜ばかりを狙って育ったから発育はバッチリですぜ」
「ゆうう!そういえばそろそろおやさいさんをたべるじかんだよっ!
にんげんさんはぐずぐずしないで、れいむにおやさいさんよこしてね!」

畳み掛けてくる店主と性格まででいぶなでいぶ。
確かにこのでいぶはなかなかに魅力的だ。
だが、れいむ種は先日買ったばかりだった。

「そうだなぁ、他にはどんなのが入ってる?」
「それじゃあ……このまりさなんてどうです?」

店主は今度は奥のケースを手に取り、ケースごとこちらに向けて来た。
中にはデップリ太った成体のまりさが詰め込まれている。
まりさは妙に幸せそうな顔でむにゃむにゃ寝言を言いながら眠りこけていた。
その長めの下膨れが呼吸に合わせて微妙に膨らんだり萎んだりしている。

「ゆー、む~しゃむ~しゃ、しあわせ~。まりさ、もうたべられないのぜ……すぴー……zzz」
「……何だか締まりのないゆっくりだなぁ。ぶくぶくに太ってるし……その割にちょっと高いみたいだけど?」
「ええ、こいつぁ養殖モノでさぁ。でも餌の味に満足できずに養殖槽の仲間を共食いした特級モノですぜ。
それに子持ちなんですよ、胎生型でね。太って見えるのはその為でさぁ」

なるほど。それならこの値段も頷ける。
だが、まりさ種もれいむ種と並んで定番のゆっくりだ。
たまには別のゆっくりも楽しみたい。

「……うーん、ちなみに他には?」
「そうですねぇ、こいつなんかどうです?」

店主はまりさのケースを元の位置に押し込むと、
足元のケースを持ち上げ、またもやケースごとこちらに向けて来た。

中には目を吊り上げた成体のぱちゅりーが詰め込まれており、ケースごしにモゴモゴと何かを喋っている。
しかし、身体にぴったりフィットしたケースにそのおちょぼ口が押し付けられて
「ムギュムギュ……」という異音しか聞き取れなかった。

「こいつぁ“もりのけんじゃ”でさぁ。なんでも群れを率いて山の山菜を食い尽くしたとか……」
「ムギュムギュ……ムギュムギュ……」

ケースの中のぱちゅりーは不機嫌そうに何かを訴えようとしている様子だった。
ぱちゅりー種にしては珍しく身体を激しく震わせて抵抗の意を示している。
これもまたイキの良さそうな個体である。“もりのけんじゃ”というのも頷ける。

ちなみに“もりのけんじゃ”とは、極一部のぱちゅりー種が名乗る称号か何かのようで、
賢者とは言いつつも別段知能面で普通のぱちゅりー種を凌ぐわけでもない。

尤も野生の場合、その多くは群れにおいて実際にドスの相談役などの要職に就いているらしい。
その分、食料事情も比較的恵まれているのか、脆弱とされるぱちゅりー種にしては健康的な個体が多い。
育った環境にもよるが、その多くは市場に滅多に出回らないような貴重な山の幸をたらふく食べているらしい。
だが同時に絶対数も少なく捕獲されることも稀なので、天然の“もりのけんじゃ”はなかなか入荷しないレアなゆっくりであった。

一方、性格的にはプライドが高く人間に対し敵愾心を抱いていることが多いので、その取り扱いは難しいとされる。
私も野生の“もりのけんじゃ”を見るのは初めてだったが、この表情を見る限り確かに手強そうなゆっくりだと思う。

「“もりのけんじゃ”は幸運を齎すジンクスで有名でさぁね、今なら特別にお安くしときますぜ」

“もりのけんじゃ”のケースに貼られた手書きの値札には、さっきのでいぶが五匹は買えそうな値段が殴り書きされている。
どうするか…………昨日給料日だったし、たまには奮発してみるのも良いかな。

「じゃあ、その“もりのけんじゃ”お願いね」
「まいどぉ!それじゃあ¥○○,○○○円!……いや、特別に¥○△,○○○円にまけとくよ!」

私は代金を店主に手渡した。幸い調度値段分の紙幣が財布に残っていたのでお釣りはない。
紙幣を古びたレジに押し込んだ店主は“もりのけんじゃ”をケースから素早く掴み出した。
ケースから取り出された瞬間、罵詈雑言を以って激しく抗議してくる。

「むっきゅーーー!!ぱちゅは“もりのけんじゃ”なのよ!にんげんさんなんてみなごろしに、むぐっ!!」
「すいませんねぇ、イキが良すぎるのも困りものでさぁね。こいつぁ気性が荒いみたいなんで注意してください」

店主が“もりのけんじゃ”の言葉を遮るように素早く新聞紙をその顔面を押し付けた。
そして間髪入れずにグルグルと簀巻きにしていく。

「むっ……ぎ……ちゅ…………わ!」

一瞬で新聞紙の塊と化した“もりのけんじゃ”は必死で身体を動かし何かを訴えようとしているようだが、
ピチピチに包まれたその状態では跳ねることも身体をよじることもできず、鳴き声もほとんど声にならない様子だった。
仕上げに白い手提げのビニール袋に放り込まれるとピクピク震えながらカサカサ音を立てるだけになった。
店主から細かく振動するビニール袋を受け取ると私は帰途に付いた。



帰宅した私はまっすぐ台所に向かった。夕食の準備を始めるのだ。
白いビニール袋もまた台所の荷台の上で先程からカサカサと音を立てている。

そう、私は今からさっき買ったばかりのゆっくりを調理するのだ。
献立は帰る道すがらに決めていた。
自宅に残っている食材で出来て、高価な“もりのけんじゃ”の素材も活かせる料理だ。

まず私は人参とジャガイモ、牛肉を取り出し手頃な大きさに切り分けた。
そして、これらの具材をフライパンでサッと軽く炒めておく。
次いで“もりのけんじゃ”の封を解いた。

「ぷはぁ!ようやくでられたわ。ぱちゅをゆっくりさせなかったつみはおもいわよっ!
そこになおりなさいっ!!“もりのけんじゃ”みずから、げすなにんげんさんをせいさいしてあげるわ!!」

“もりのけんじゃ”は何事かを捲くし立てながら、その紫の“拳”をしきりにブンブンと振り回している。
私はそれを無視して“もりのけんじゃ”を抱き上げるとそのまま調理台に置いた。

きゅるるる……

と、唐突に“もりのけんじゃ”から奇妙な音が鳴った。

「むきゅ!ぱちゅはおなかがすいたわ!とりあえず、あまあまをよういしなさいっ!」
「…………はいはい、あまあまね。ちょっと待っていろ」

怒り出したかと思えば今度は空腹を訴えてきたか。
私にはゆっくりの感性はよく分からないが、まぁタイミングとしては調度良い。
私は棚から一本の瓶を取り出し封を開けた。

「そら、あまあまだ。じゃあ口を大きく開けてみろ」
「むきゅ!なかなかかんしんできるにんげんさんね、ゆっくりくちをあけてあげるわ、むきゅーん!」

よほど腹を空かせているのだろうか、何も疑わずに口を開けてくれる。

「それじゃあ……ゆっくりあまあまを味わってね!」

私はそのおちょぼ口に素早く瓶を突っ込むと中の液体を注ぎ込む。
次の瞬間、“もりのけんじゃ”はカッと目を見開いて激しく咽込んだ。

「がぼぼ……なにごれ、にがっ!ゆっぐり、がぼっ!でき、ない!ばかなの?がぼっ、しぬ、の?やめ……」

私は“もりのけんじゃ”の身体を上からガッチリ押さえ付け、毀れたり吹き戻したりされないよう
瓶の角度を調整しながら液体を少しずつ流し込んで行く。

「もうむ゛り゛よっ!!がぼぼ……やべで、がぼっ!!やべででええー!!!」

満タンだった瓶の中身を1/3ほどを注いだだろうか、私は瓶の口を“もりのけんじゃ”から引き抜いた。
途端に生クリームを吐き出す“もりのけんじゃ”。

「むげえええええええ!!……ゆっくりできな、むきゅぶぶ!!」

私は吐き出された生クリームを掴むと素早く“もりのけんじゃ”の口内に押し込んで口元を塞ぎ、
それと同時に激しく揺さ振られる下膨れも、もう片方の手でしっかり押さえ付ける。

「むきゅぶぶ!むきゅぶぶぶぶ!ゆっぐ!ゆっぐ!!」

“もりのけんじゃ”は目からダクダクと滝のように涙を流しながら激しく抵抗する。
だが飲ませた液体が体内にある程度染む込むのを待たなければならない。

「ゆっぐ!!ゆっぐ!!ゆぐぅぅぅ!!!」

ぱちゅりー種は異物を飲み込んだ際、例え健康的な個体であったとしても
生理的な嘔吐感を抑えることができないらしい。
だが、このまま強引に嘔吐を堰き止めると、今度はきっと排泄という形で
体内の生クリームをあにゃるから強制排出しようとするだろう。

私は“もりのけんじゃ”の身体を押さえつつ底部をこちら側に向けさせ、あにゃるの様子に探りを入れる。
予想通り“もりのけんじゃ”のあにゃるは今にも生クリームを噴出しそうな程ひくついていた。

そこで私は“もりのけんじゃ”の口元を押さえる片手により一層力を篭めて
身体全体を調理台に押し付けると、下膨れを離したもう片方の手で先程切り分けておいた野菜のうち
人参の先端部を“もりのけんじゃ”のあにゃるに深々と突き刺した。

「むっぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」

口元を押さえられつつも“もりのけんじゃ”のくぐもった悲鳴が台所に木霊する。
すかさずもう一度、両手を使って口元と身体全体を拘束する。
ここで気を抜けば台無しになってしまうので両手の力は決して緩めない。

そのまま五分ほど押さえたであろうか。そろそろ飲ませた液体が体内を回った頃合だろう。
私は未だ暴れている“もりのけんじゃ”の口元からそっと手を離した。

「む、むぎゅえええええ!!むげええええええ!!」

またも生クリームを吐き出す“もりのけんじゃ”。
だが今度は敢えて死なない程度に吐かせておく。

「むぎゅう、むげゅう、むぐぇえええ!!」

吐き出す生クリームの量が細ってきた、そろそろ打ち止めか。

「むひゅう、むひゅう……」

改めて“もりのけんじゃ”の体型をよく眺めてみる。
今の嘔吐でかなり萎んだようだが、まだ中身は半分以上は詰まっているようだ。
まあでも、これくらいで調度良い頃合だろうか。

「な、なにずるの!?あんなの、ぜんぜんゆっくりできないわ!!」

大量の生クリームを喪失したことで体力はかなり落ちているはずだが、
それでも尚“もりのけんじゃ”は調理台の上でジタバタともがいている。

「……それに、むきゅう!?ぱちゅのからだが、なんだかむずむずするわ!!」

たっぷりと飲ませた液体。
その正体は最近発売されたゆっくり加工所の新製品『甘みおさえ~る』である。
その名の通り、これを飲ませたゆっくりは中枢に異常をきたし、急速に体内の甘み成分が失われるのである。
あまりに激しく急激な作用の為、その代償としてこれを飲用したゆっくりの余命は
長くて半日程度に縮まってしまうのだが、基本的に調理中の食用ゆっくりに使用するため問題はない。
そして、それでいて、ゆっくりの持つ甘み以外の風味やコクは変わらないため、
発売から間もないにも関わらずゆっくり料理の世界においてはベストセラー品となっている。

「むぎぃ!!ゆっぐりできないわっ!!なんなの!?これはぁ!!」

余談だが、この『甘みおさえ~る』……人間には無味無臭で無害なのだが、
ゆっくりの味覚では誤魔化しようがないほど物凄く苦く感じられるらしい。
加えて体内に浸透するにつれて身体全体にどうしようもない不快感が湧いてくるのだそうな。
大抵のゆっくりは程度の差こそあれ、この時点でジタバタと暴れだす。
レイパーありすなどに飲ませる場合は、専用の拘束具でしっかり固定してからでないと危険だろう。

「むぶう!!むぶう!!た、たすげで……」

“もりのけんじゃ”の動きが鈍化してきた。
栄養状態が良かろうと所詮はぱちゅりー種、そろそろ疲れてきたのだろう。
では、そろそろ次の工程に移るとしよう。

私はおもむろに“もりのけんじゃ”の帽子を取り払った。
帽子はこの後まだ利用するので大事に取っておく。

「ぱ、ぱちゅのおぼうしさん、かえし、ぴやぁぁぁ!!」

今度は間髪入れずに、包丁でその頭頂部を円形に大きくくりぬく。

「むぴぃぃぃ!!ばぢゅのあだまがぁぁぁ!!!どぼじでごんなごどするのぉぉぉ!!!?」
「どうしても何も晩ご飯の準備をしているだけだよ。ゆっくりしていってね」
「むぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

時折飛んでくる「どうして?」の問いに対しては、最初に切って炒めておいた野菜と牛肉を
その剥き出しになった生クリーム層に埋め込みながら適当にあしらってやる。
別に調理中の食材と会話する趣味はないのだが、鼻唄換わりに応じてやっているだけだ。

ズブッ
「むびぃ!!いだいぃぃぃ!!」
「人参はここに挿して……」

ズブブッ
「ばぢゅのけんじゃなずのうになにをずるのぉぉぉ!!」
「じゃがいもは少し間隔を開けて……」

ズブズブ……
「むぎゃあああああああああああああああ!!!」
「牛肉の切れ端はこのへんに……」

その後もこんなつまらないやりとりを何度か続けて全ての具材を“もりのけんじゃ”に詰め込んだ。
先程わざと生クリームを吐かせたのは、体内に具材を入れる為の空き容量を確保する為なのだ。
最後に塩コショウと牛乳、少量のコンソメの粉末を生クリームの上に満遍なく振り撒き、箸で適当に掻き混ぜておく。

「むびびびびびびびび……」

……おや、何やら白目を剥いて妙な奇声を発している。
どうやら気絶してしまったらしい。
まぁいい、さっさと次の工程に進もう。

頭頂部に開けた大穴は先程取っておいた帽子で隠し、
溶いた卵を“もりのけんじゃ”の全身にシッカリと塗り込んでいく。
“もりのけんじゃ”は未だカタカタと痙攣を続けているが、
作業の邪魔になるレベルではないし下手に意識が戻ってまた暴れられても困るので放置しておく。

帽子、そして帽子と本体の隙間にも溶き卵を塗っておく。
下処理はこんなものでいいだろう……そう思った瞬間に“もりのけんじゃ”の身体がビクンと跳ねた。

「むきゅっ!!ここはどこ?ぱちゅはだれ?」

お目覚めのようだ。
むしろ気絶したままなら楽に逝けただろうに間の悪いことだ。
私は無言で“もりのけんじゃ”を大型のオーブンにエスコートする。



それは、ゆっくりを生きたまま焼く為の専用オーブンである。
その重い蓋を開き、“もりのけんじゃ”を中に入れる。
“もりのけんじゃ”はきょとんとしていたが、ここに来て事態を把握したらしい。

「むきゅうう!!ぱちゅをどうするきなの!!?むきゅう、むきゅううう!!!」

バタン!
その悪態を遮るように蓋を閉める、しかし……

ガタン!
「むがあぁ!!ばぢゅのはなしをきぎなざいっ!!ばぢゅは“もりのけんじゃ”なのよっ!!」
「…………」

バッタン!
“もりのけんじゃ”がガラス張りの蓋に体当たりして無理に脱出しようとしたので、今度は蓋を力一杯閉めた。
蓋によってオーブンの中に押し戻される“もりのけんじゃ”、しかし……

ガタン!
「むぎぃ!!だしなさいっ!!こんなことして、ただですむと……」
「…………」

バッタン!
“もりのけんじゃ”がまた出ようとしたので蓋を閉める。

ガタン!
「ばぢゅはもりにかえれば、ひゃくまんのぐんぜいで……」
「…………」

バッタン!
“もりのけんじゃ”がまたまた出ようとしたので蓋を閉める。

ガタン
「ばぢゅをごごがらだじでぇぇぇ!!!もういや゛ぁ!!おうぢがえるぅ!!!」
「…………」

バッタン!
“もりのけんじゃ”が性懲りもなく出ようとしたので蓋を閉める。

ガタン……バッタン!……ガタガタガタン……バッタン!
“もりのけんじゃ”は必死にオーブンから抜け出そうと何度も蓋に体当たりを仕掛けてくる。
その度にこちらも力一杯蓋を閉める攻防戦を続けているがこれでは埒が明かない。
しかし、実はこのオーブン、こういう時の為の仕掛けもちゃんと用意されていたりする。

ガチッ
その鈍い音とともに蓋はピクリとも動かなくなった、それと同時に煩い鳴き声も完全にシャットアウトされる。
“もりのけんじゃ”の表情に焦りの色が浮かぶ。
このオーブンには、ゆっくりを生きたままこんがり焼き上げる為に、蓋には鍵が付いているのだ。

蓋がビクともしないことに恐怖したのか、ますます乱暴に体当たりを仕掛けてくる“もりのけんじゃ”の姿は滑稽だった。
このオーブンに納められる程度の大きさのゆっくりでは、決して中から開けることはできないというのに。

“もりのけんじゃ”の体当たりはどんどん激しさを増す。
ガラス越しに見せるその表情には鬼気迫るものがあった。
きっと“もりのけんじゃ”も鍵の存在に気付き、蓋はもはや絶対に開かないと悟っているのだろう。
だから、“もりのけんじゃ”が今戦っているのは眼前の開かない蓋などではない。
“もりのけんじゃ”は迫り来る死の恐怖と戦っている。

「じゃあな……」

カチリ
私はダイヤルを回した、いよいよ加熱開始だ。
実は“もりのけんじゃ”が自らの死に怯えるのはまだ少し早い。
これから、ゆっくりと時間を掛けて少しずつ変質していくのだから。



それから三十分あまり……。
私はオーブンから“もりのけんじゃ”を取り出した。

ダイヤルを回してからも暫くは蓋に激しく体当たりを続けていた“もりのけんじゃ”だったが、
加熱開始十分を過ぎた辺りから次第に大人しくなり、十五分を超えた頃からゆっくりと
その灼熱地獄に鎮座するようになった。

加熱三十分を過ぎた今となっては、先程ブンブン振り回していた髪の房は左右ともに燃え尽き、
その真っ白だった肌にはこんがりとよく焦げ目が付いて、あの独特のおちょぼ口は真っ黒に炭化していた。
苦痛から吐き出した生クリームがそのまま焦げ付き、それ以上の嘔吐を食い止めたのだ。
実はこうなることも当初から想定済みである。

私はアツアツの“もりのけんじゃ”を皿に盛ると、そのまま食卓へと運んだ。
成体ぱちゅりーの身体を丸ごと利用した“もりのけんじゃ”のパイシチュー……出来立てを食べるのが一番だ。
さぁ、さっそく森の恵みを頂くとしよう。

「いただきまーす」

誰もいない食卓に挨拶をするのも慣れたもの。
ゆっくり料理を嗜むようになってからは、単身赴任の一人暮らしが全然寂しくないのだから不思議なものだ。

私は狐色にこんがり焼けた帽子をスプーンで突き破る。
途端に、馨しい芳醇なクリームの香りが漂ってくる。
そこには仄かにどこか草木を思わせる爽やかな芳香が混じっていた。
生前に食べていたという山菜の風味が体内の生クリームに移っているのかもしれない。

突き破った帽子の生地はそのまま中のシチューに沈め、シチューごとスプーンで掬って口へと運ぶ。
至高の瞬間である。

ぱちゅりー種独特のコクのあるクリームが『甘みおさえ~る』のおかげで甘さ控えめになり、
具材から染み出したエキスや調味料と合わさって絶妙なハーモニーを奏でる。
この味は、あくまでぱちゅりー種を利用しない限り得られないことであろう。

プルプル……
おや? 今かすかにシチューの器……“もりのけんじゃ”が動いたような……。
そう思った途端、その黒焦げとなったおちょぼ口が崩れ去り、
単なる穴と化した口からシチューとともに低くくぐもった呻き声が零れ出した。

「も……っと…………むっきゅ、り……じだ、がっだ……」

…………びっくりした、まだ生きていたのか。
こうしたサプライズもまた、ゆっくり料理の醍醐味である。

だが、その言葉を最後に“もりのけんじゃ”は完全にシチューを納めるだけの器と化した。
その器も今となっては私の腹の中だ。
器も余すことなく食べられるのが、器に陶器を使う通常のパイシチューとは異なる特徴である。
パイシチューと言うよりは、むしろ中身がシチューの大きなパイシューと言ったほうが適切なのかもしれない。

いずれにせよ、ゆっくり専用のキッチン用品が普及した今となっては、
家庭でもできるゆっくり料理としては割と簡単な部類に入る。

“もりのけんじゃ”は高価だったが、安価な養殖モノや不要になった飼いぱちゅりーでもそれなりに可能なので
皆さんも機会があれば是非お試しあれ。



終わり

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最終更新:2022年05月19日 15:06