おはなありす





十数年前まで、この森の近くには、ある村があった。
人口が百に満たない小さな村で、現在は廃村となっている。
人間たちは皆、都会のほうへ引越して行ったのであった。
その村のある人間が、自分の買っているゆっくりたちの始末に困った挙句、
村から程近いこの森に、そのゆっくりたちを放したことから、この物語は始まる。

置き去りにされたゆっくりは四匹。
まりさ、れいむ、ありす、ゆうかである。
ゆうかだけは捕食種であったが、
生まれながらの飼いゆっくりであったためにその本能は薄れていた。
四匹は“おともだち”同士として、群れを組んで協力して生きてゆくことを決めた。

「おさになるのはゆうかしかいないんだぜ!」
「ゆうかはあたまがいいから、おさにぴったりだよ!」
「とってもとかいはなおさになるわ」

皆の希望で、ゆうかが長となった。
ゆうかはありすと番になり、まりさはれいむと番になって、それぞれ子宝を授かった。
そしてその子供たちが、さらにそれぞれで番となり、子を産み、
三代目長ゆうかの代には、群れは総勢四十余匹の大所帯となった。

しかしその頃には、群れの中に上下関係が生まれ始めていた。
元々捕食種であるゆうか種は、他の三種に比べて知能、体力共に優れており、
また長の一族ということで特別視されていたために、徐々に立場が強くなって行ったのである。

五代目長ゆうかの代になると、ゆうか種は群れの中で“貴族”としての地位を固め、
他の三種は“下賤のもの”といったような扱いを受けるようになっていた。

まりさ種が狩りを、れいむ種が下賤ゆっくりの子育てを、
ありす種が貴族ゆっくり(ゆうか種)の世話を、
そしてゆうか種は、まりさ種が狩りで採ってきた餌の一部を税として納めさせ、
先述のような労働を課すことでそれらを支配するようになった。

長は永久にゆうか種の中から選ばれることに決まり、
ゆうか種はゆうか種同士でのみ、番となることが決まった。
(どうやらゆっくりにとって、近親交配とはさほど害の無いもののようである)
これにより貴族ゆっくりと下賤ゆっくりとの、
餡(中身が餡でないものもいるが以降、便宜上こう呼ぶ)のつながりは薄れ、
権力はゆうか種にのみ集まることとなったのである。

そして現在、長ゆうかは代二十四代目を数え、
群れのゆっくりは総勢千匹近くにまで膨れ上がった。
森に外敵がいないわけではなかったが、
人間という一番の天敵がおらず、気候も安定していたため、
ゆっくり史上類の無い、巨大都市が成立したのである。

都市の中心は、この森で最大の巨木と、その両脇の大木である。
この三本は、三本あわせて通称“宮殿”とよばれ、真ん中の巨木に長一家が、
両脇の大木にそのほかの貴族たちが住んでいる。地下には食料庫も作られていた。
現在、ゆうか種は全部で五十三匹。うち成体は二十匹である。

ゆうか種は権力争いを避けるために、衝動的な“すっきり”をしないように自制している。
そのため数は少なく、全体の五パーセント程度にすぎなかった。

他方、まりさ、れいむ、ありすの三種は、奔放にすっきりを繰り返し、
それぞれ三百匹前後にまで増えていた。
税を取られるといっても、さほどの重税でもないため、
よっぽどの理由がない限り沢山の子供たちを養うことができ、
よしんば何らかの理由で食料が不足しても、
周囲にいるのは餡のつながりのある一家ばかりなので、
そこからの援助を受けて生活して行けるのである。

結果、下賤ゆっくりたちは貴族ゆっくりに対して反抗心を抱くどころか、むしろ現状に満足し、
「みんなのためにがんばっているおさたちに、たべものをあげるのはあたりまえなんだぜ!」
などとのたまう有様であった。
ゆうか種と、他の三種との知能の圧倒的な差が、この一方的な支配を可能にしているのだった。

☆☆☆☆☆

「「「おとーしゃん、いってらっちゃーい!」」」
「いってくるんだぜ!」
「ゆっくりきをつけてね!」

今日も今日とて、まりさは朝早くから狩りへ出かける。
番の相手であるれいむと、その三人の子が、それを見送る。
天気は快晴で、風も無い。絶好の狩り日和だ。
このまりさはいつも、隣の木に住む妹のまりさと一緒に、狩りへ出かける。
妹まりさの番の相手はありすで、ありすは宮殿へ出仕する前に、
義理の姉であるれいむに、その子どもたちを預ける。
れいむは、親戚であるその子供たちを、我が子同様に、一生懸命に育てる。
この群れのゆっくりの、一つの典型的なケースである。

「おちびちゃんたち、きょうはおちびちゃんたちがおおきくなったらなにをするのかを、おべんきょうしようね!」
「「「「「ゆっくりおべんきょうするよ!」」」」」

れいむは子供たちに、群れの基本的な掟を教え込まねばならない。
もし将来、この子供たちが成長したときに、群れの掟を破れば、それは制裁の対象となる。
制裁には軽重があったが、最も重いものになると、掟を破ったゆっくりの一家は皆殺しになる。
それはつまり、自分や、自分の姉妹、子供たちにまで危害が及ぶということであり、
そうなれば当然、ゆっくりできない。
知能の低いれいむ種にも、それは理解できることであった。

「まりさは、ゆっくりとしたごはんをとってくるおしごとだよ!」
「ゆゆ、きゃっきょいいじぇい!」
「ありすは、おさたちのおてつだいをするおしごとだよ!」
「ゆゆ、とっちぇも、ちょかいはにぇ!」
「れいむは、れいむとおなじように、おちびちゃんたちにいろいろなことをおしえるおしごとだよ!」
「ゆゆ、れいみゅみょ、みゃみゃみちゃいににゃりぇるように、ぎゃんびゃりゅよ!」
「ゆゆ、おちびちゃんなら、きっとなれるよ!!」

なんとも間の抜けたやり取りであるが、
このようにして小さな頃から、自分達の役割に対して誇りを持たせることで、
仕事を放棄しない、貴族にとって支配しやすいゆっくりが育って行くのである。

「おばしゃみゃ?」

一匹の赤ありすが声を上げた。

「ゆゆ?なあに、おちびちゃん?」
「ゆうきゃたちは、にゃにをちゅりゅにょ?」

れいむは困惑した表情を浮かべた。
そんなことは今まで考えたことも無かった。

「ゆうかは……ゆうかたちはとてもえらいんだよ!」
「なんで、えりゃいにょ?」
「ゆゆ……ゆうかはおさのこどもや、いもうとだからだよ!」
「おしゃは、にゃにをちてりゅの?」
「ゆゆ……おさは……おさは、みんなのためにがんばっているんだよ!だからおさはとってもえらいんだよ!」

赤ありすは黙ってしまった。納得したからではない。
れいむが、自分の質問に、自分の納得する答えを返せないと理解したからである。

この赤ありすは、隣の一家の長女であったが、他の赤ゆっくりたちと何かが違った。
ほかの赤ゆっくりたちが納得することに納得せず、理解できないことを理解し、
満足することに満足せず、妙な質問を投げかけては、伯母れいむを困らせた。
それは母ありすに対しても同じであった。

「おきゃあしゃん?」
「なあに、おちびちゃん?」
「おきゃあしゃんはいちゅみょ、ゆうきゃのちょきょりょにいっちぇりゅんでしょ?」
「そうよ、とってもとかいはなおしごとよ」
「ゆうきゃたちは、どんにゃおしごとをしちぇりゅにょ?」

母ありすもまた、答えに困った。
自分はいつも、ゆうかの子供たちの面倒をみている。
ということは、子育てをしているわけではない。
しかしだからといって狩りをしに行っているわけではない。
ゆうかたちはいつも、宮殿の中で食べたいものを食べては眠り、食べては眠り、
時々、なにやらゆうか同士で話し込んでいるが、その内容は知らなかった。

「ごめんなさい、おちびちゃん。おかあさんはわからないわ」

赤ありすは落胆した。
母ありすからも、赤ありすの納得できる答えは得られなかった。

「でもおちびちゃん、そのことをほかのだれかにきいちゃだめよ。ゆっくりできなくなるわ」

母ありすは、娘が長から目をつけられないように忠告するのが精一杯だった。
赤ありすは「わきゃっちゃよ」と答えつつも、内心では不思議に思っていた。
どうしてこの大人たちは、ゆうかたちに対して、何の疑問も抱かずにいられるのか、と。

☆☆☆☆☆

「これから、せいさいをおこないます」

宮殿前の広場に、群れ中の、老若全てのゆっくりが集められた。これから制裁が始まる。
制裁は必ず公開で行われ、群れのゆっくりたちは、特別な理由の無い限り、それを見る義務があった。

広場の中央には数本、細い木が生えており、そこにまりさとれいむが縛りつけられている。
れいむ頭からはつるが伸びており、まだ未熟ながらも四匹の赤ゆっくりが実っていた。
この二匹は番であり、頭の子の他にも三匹の赤ゆっくりがいたが、
このまりさは生来狩りが下手で、家族を養えるだけの餌を採ってこれず、
親戚中のゆっくりから援助を受けた挙句、
狩りで採ってきた餌を過少申告し、宮殿に納める量を誤魔化そうとした。

はじめは木の実を数個誤魔化す程度だった。
ゆっくりは三つ以上の数を数えられないので、徴税の方法も曖昧であり、
このまりさの企みはなかなか気づかれなかったが、
さすがに調子に乗って、収穫の三分の一も誤魔化せば、
いくらゆっくりとはいえ「なんだかおかしい」と気がつく。
そうして結局、隠していた餌が見つかったまりさは、全てを吐いたのであった。

制裁の内容は、主犯であるまりさが死刑、
計画を知っていたれいむは共犯として棒打ち刑、
子供たちは何も知らなかったので無罪、というものであった。

まずれいむへの刑が執行された。
太い、樫の木の枝をくわえた刑執行役の(制裁を受けるまりさとは別の)まりさが、
縛り付けられたれいむの腹を、容赦無く殴打する。

「ゆぐっ!ゆべぇっ!!ゆびゅぅっ!!!」

一発一発に、れいむは表情を歪める。
噛まされた猿ぐつわに、餡がにじむ。
集められたゆっくりたちは、思わず目を逸らす。
観衆の中には、このれいむと餡のつながりのあるものも多い。
特にその子供たちは、皆一様に、母親を助けてほしいと泣き喚いた。

「やめぢぇあげぢぇぐだじゃい……!」
「れいみゅにょみゃみゃと、れいみゅのいもうちょに、ひどいことしないでね!!」
「みゃみゃあ!ぴゃぴゃあ!」

無論、聞き入れられることは無い。
一発、また一発と、れいむの体が鈍い音を立てる。
じわじわと、肛門や尿道、まむまむから餡があふれてくる。
十数回の棒打ちが終わると、れいむは木から降ろされたが、既に失神していた。
彼女はそのまま巣へ運ばれたが、命が助かるかどうかはわからない。
頭から生えた子供たちは、心なしか黒ずんでいるように見えた。

「つぎ、まりさ」

ゆうかの声を合図に、二体の執行役ありすが、まりさの下に進み、
口にくわえた鋭い枝の先を、まりさに向けた。
次の瞬間、その内の一本の枝先が、まりさの身体に深々と突き刺さり、餡が飛び散った。

「ぎゅぴっ!!」

枝はすぐに抜かれ、今度はもう一方の枝が突き刺された。

「ゆぎゅ!ゆぎゅ!!……ゆぎゅぎゅ……ゆぎゅ……」

三回、四回と突き刺されるうちに、まりさは気を失った。
まりさが動かなくなってからも、枝は交互に繰り返し突き刺され、
ゆうかが「やめ」というまで二十数回、それは続けられた。
ようやく刑の終了が告げられたとき、まりさの身体はズタズタに裂けていた。
まりさのあごから下は皮が残っておらず、その下に餡の海が出来上がっていた。
枝が何度か貫通したせいで、顔中、赤黒い餡にまみれており、
その目は恨めしそうにゆうかのほうを睨んでいたが、
それがいつ頃まで、ゆうかを認識していたかは定かでなかった。

観客の中には気絶するものや、餡を嘔吐するものがちらほらいた。
刑死したまりさの子供たちは皆、意識を失っていた。
しばしば行われるこの公開処刑は、群れのゆっくりたちにとってこの上ない恐怖を与え、
群れの支配のために、見せしめとして絶大な効果を発揮した。
このおぞましい光景を見せられることで、下賤ゆっくりたちは無条件に、
群れの掟、すなわち貴族ゆっくりへの服従を心に誓うのであった。

☆☆☆☆☆

赤ありすに、家族が増えた。
新しく家族になったのは、あの処刑されたまりさの子供のうち、赤れいむ一匹だった。
処刑されたまりさは、赤ありすの父であるまりさの従姉妹にあたり、
ショック死した一匹を除いた二匹のうち、姉の赤まりさを隣に住む伯父まりさの一家が、
妹の赤れいむを、このまりさの一家が引き取ることになったのである。
棒打ち刑に処せられた母れいむは、いまはその姉のところに引き取られていたが、
相変わらず意識は戻らず、余命いくばくも無いと見られていた。
頭の子供たちは、結局死んでしまったいう。

「おちびちゃん、きょうからはわたしがおかあさんよ。ゆっくりしていってね」

母ありすはトラウマを抱えた赤れいむに、極力警戒心を抱かせないよう、優しい笑みを向けた。
赤れいむはしばらくの間、口も利けなかったが、
母ありすのゆっくりとした愛情や、父まりさの採ってくるゆっくりとした食べ物、
隣の母れいむのゆっくりとしたお話しのお陰で、徐々にゆっくりとした心を取り戻していった。

数ヶ月が経つと、赤ゆっくりたちも大きくなり、子ゆっくりといわれるまでに成長した。
成長した子ゆっくりたちはそれぞれ、
子まりさは父まりさと一緒に狩りを練習し、
子れいむは母れいむと一緒に赤ゆっくりの子育てを手伝い、
子ありすは母ありす、妹ありすと一緒に宮殿へと赴いて、
貴族ゆっくりたちの身の回りのことについて、学ぶようになっていた。

☆☆☆☆☆

下賤のゆっくりたちにも、厳密に言えば階級差というものがある。
子育てを担当するれいむ種の仕事には大差は無かったが、
まりさ種ならば、リーダー格のまりさが、
手下のまりさたちを指揮し、集団で狩りを行うことがある。
最もわかりやすいのはありす種で、
宮殿の中で、直接貴族に仕えることができるのは、上級のゆっくりだけである。
下級のまりさはというと、税として納められた食料の運搬、管理や、
近くの小川からの水汲みなどといった肉体労働を割り当てられる場合が多いのである。
先の制裁の際に、刑の執行人を務めたゆっくりたちは最下級のゆっくりたちで、
下賤ゆっくりにまで差別されているのであった。

そういう意味では、この母ありすはエリートだった。
母ありすは今の長の姪にあたるゆうかに気に入られ、仕えている。
このゆうかには他にも五人のありすが仕えていたが、
中でも最も目をかけられているのは、母ありすの長女のありすだった。
そう、例の妙な質問を繰り返していた、あのありすである。

このありすは他のありすとは違う。
他よりも“できる”ありすなのである。
例えば「おみずさんがのみたい」と言えば、
ほかのありすなら早くとも五分はかかって用意するものを、
このありすは一分足らずで用意してくる。
ゆっくりに正確な時間はわからないが、
「すごくはやいきがする」と実感させるほど、劇的に速いのである。

なんのことはない、このありすはあらかじめ、水汲みありすに命じて水を汲ませておき、
汲んできた水がぬるくなる前に新しいものを、ぬるくなる前に新しいものをと、
次々に用意させているだけなのである。
水などは無限にあるのだから、ぬるくなったものは適当に破棄する。
ゆうかの「おみずさん」の一言があるまでこれを繰り返させ、
要望があったらすぐに、その汲んでおいた水を持ってくるのである。
水汲みありすには重労働であったが、貴族からの命令であると信じているために愚痴も言わない。
単純なからくりであったが、普通のゆっくりにはこの程度のことが思いつかないのである。

ゆっくりは知能が低いので、不手際やしくじりも多い。
水の話でいえば、持ってくる途中でこぼしたり、
「あまあまがほしい」と言われたのに、虫さんを持ってきたりする。
このような失敗は日常茶飯事であるため、いちいち罰を与えることもできず、
ゆうかは辟易としていたが、このありすだけは、言いつけられたことを完璧にこなす。
おのずから、ゆうかの信頼も厚くなり、寵愛を受けるようになったのは自然な流れであった。

あるとき、ゆうかはありすに褒美として、一輪の花を授けた。
髪につけるための、小さな花である。
下賤と呼ばれるゆっくりが、このような髪飾りをつけることは許されていない。
特例として、花をつけることを許すまでに、ゆうかはこのありすを気に入っていた。
このゆうかは才能のあるものを愛する、なかなかに聡明なゆうかだったのである。

ありすは花と共に、“おはなありす”という渾名までもらった。
他のありすと区別して呼ぶほど、このありすに任せたいことが多かったのである。
おはなありすの名は群れじゅうに伝わり、
「むれでいちばんとかいはなありす」と評判になっていった。

☆☆☆☆☆

少し月日が過ぎて、梅雨の時期。
この季節が、この群れのゆっくりにとって最も大変な時期である。
何しろ狩りにいけない。雨が続くと、ろくに外へ出られないのである。
各家庭共に、多少の食料の備蓄はあったものの、
高温多湿の気候のために腐りやすく、食中毒を起こすゆっくりや、餓死するゆっくりがちらほら出た。

一方、宮殿では泊り込みのありすたちによっていつもと代わらぬ生活が送られる。
食料はというと、天日に干して乾燥させたものが食料庫に大量に備蓄されており、
餓える心配はまったくの皆無といってよかった。
といって、その食料を配給するようなことはない。
かつてまだこの群れが小さかった頃には、梅雨の前に食料を配給するということもあったが、
現在の状況下では、下賤ゆっくりたちは餓えさせておかなければならないからである。

もし、狩りへも行けず退屈な日々を送るゆっくりに充分な食料を与えれば、
暇をもてあましたゆっくりたちがすることは唯一つ。すなわちすっきりである。
外敵がおらず、冬も比較的穏やかなこの群れでは、
“人口(ゆん口)爆発”があると統制がままならなくなると、貴族たちは危惧しているのである。
ゆっくりたちに正確な数はわからないが、現に、この群れのゆん口はついに千を越えている。
アバウトな感覚ながらも、「なんとなくおおすぎる」と思っているのである。

かといって、下賤ゆっくりたちに自分達と同じすっきりの自制ができるとも思えない。
であれば、できない状況に追いやるしかないのである。
梅雨は長くても二月程度であるし、
時折の晴れ間には狩りに出かけられるので、大飢饉に発展することはまず無い。
貴族たちは先人(先ゆん)たちの経験と、伝承によって、それらのことを知っていたのである。

しかし、繰り返しになるが貴族に限っては、この限りではない。
晴れの日はしばしば“おさんぽ”に出かけることで、退屈な毎日を紛らわしていたゆうかは、
梅雨の間はそれができないことを、大きなストレスに感じていた。
ストレスのはけ口は、いたずらにあまあまを貪り食うくらいしかなかったが、
この時期のあまあまは干してあるために、みずみずしさが無く、
舌の肥えたこのゆうかにとっては、「それなりー」の味である。
水も雨水である。清らかな川の水に比べれば、生ぬるくて不味い。

貴族も所詮はゆっくりである。
いや、ゆっくりでなくとも全ての生き物に共通するかもしれない。

(すっきりがしたい)

そう思った。
すっきり自制の触れがあっても、禁じられているからこそ、燃え上がる欲望というものもある。
もちろん、他のゆうかを誘うわけにはいかない。
そのゆうかが求めに応じたにしろ、応じなかったにしろ、長の耳に入る可能性が高いからである。
もしそうなれば、制裁の対象である。
死刑にはならないだろうが、蟄居くらいなら命じられるかもしれない。勿論、ゆっくりできない。

その時、ゆうかの目に一匹のゆっくりが映った。
部屋の掃除をしている、泊り込み組のありすであった。
貴族にとって、下賤ゆっくりとのすっきりはタブー中のタブーである。
せっかく濃度の高まった貴族の気高い餡の中に、
穢れた餡を入れることは、絶対にあってはならない。
あってはならないのだが、我慢がならない。
部屋に他のゆっくりがいれば、話はまた違ったかもしれない。
しかし、今この部屋には、ゆうかとありすの二匹だけであった。

梅雨の雨音が、普段明敏なこのゆうかを、狂わせた。

☆☆☆☆☆

水汲みありすから、雨水の入ったヒョウタンを受け取って来たおはなありすが、
ゆうかの部屋に帰って見た光景は、にわかには信じがたいものだった。
自分の妹であるありすの頭から、つるが生えて、小さな赤ゆっくりが実っていたのである。

「ゆうかさま、これはいったい……!?」

ゆうかは、答えない。
呆けたようなその眼差し。床にところどころこぼれた生臭い粘液。
おはなありすに経験は無かったが、それがすっきりをした跡だということは、すぐにわかった。
妹ありすは泣いていた。
ゆうかからは虚脱感と、凄まじい後悔が見て取れた。

おはなありすは冷静だった。
まず床に散らばった粘液をきれいにふき取り、妹の頭を

「……どうしたらいい?……おはなありす、どうしたらいい!?」

ゆうかはやや取り乱していた。

「さいしょにみつけたのがありすでよかったですわ」

おはなありすはゆうかを責めず、極めて穏やかに対処した。

「まず、このあかちゃんたちをどうするか、それをかんがえましょう」
「ゆうかがありすとすっきりしたことを、おさたちがしったらゆうかはゆっくりできない……」

身勝手な言い分である。
妹ありすはこの言葉にさらにむせび泣いた。

「ありすにまかせていただけますか?」
「まかせる。まかせるからどうにかしてくれ」
「ではまず、ありすといもうとをおうちにかえらせてください」

ゆうかは驚いた。

「あめさんがふっているぞ?」
「あめさんのいきおいはとてもゆっくりしています。
ありすのおうちまではおおきな“き”さんがたくさんあるので、あまりぬれないですみます」

実際に、水汲みありすのところから水を取ってこれるほどの雨である。
豪雨のときはこうはいかない。

「それで、どうする?」
「いもうとのあたまのつるさんを、ひきちぎります」

妹にショックを与えないよう、ゆうかにのみ聞こえるよう、そう言った。
ゆうかはまた驚いたが、それしかないことはすぐにわかった。

「よし、そうしろ。あとのことはまかせる」

ありすたちはすぐに宮殿を出た。
おはなありすだけは、その後一時間もしないうちに戻って来た。
翌日には、妹ありすも頭のつるを失くした状態でやって来た。
流石にゆうかも気まずかったのか、その後すぐに、
妹ありすは他のゆうかのところへ務めることになったが、
この一件によって、ゆうかはおはなありすに弱みを握られることになった。

☆☆☆☆☆

おはなありすの家には、年老いて引退した母がいた。
父まりさは既に死に、娘まりさたちは他のゆっくりと番になり、それぞれの巣へ旅立っていた。
この一家にはまりさ種がいなくなることになったが、そこは“おはなありす”である。
ゆうかから餌を持ち帰ることを内々に、特例的に許されていた。
梅雨が明け、例の一件以来久しぶりに帰ってきた娘を、母ありすは歓迎した。

「おちびちゃんはどう?」

おはなありすは先に帰っていた妹に聞いた。

「ええ、とてもとかいはでげんきだわ」

妹ありすの隣には、ヒョウタンの水筒に刺さったつると、そこに実った三匹の赤ゆがいた。
水筒の中には甘い木の実から絞った汁が入っている。
こうすることで母体から離れた赤ゆを、無事に生れ落ちるまで成長させられるのである。
姉妹のいない間は母がしっかりと世話をしていたので、今にも生れ落ちそうである。

赤ゆはありす種が二匹、そしてゆうか種が一匹である。
そう、おはなありすはゆうかと妹の子どもたちを殺さなかったのである。

「おちびちゃんたちがゆっくりできるのも、おねえちゃんのおかげだわ」

妹まりさはわが子の可愛さに舞い上がっていた。
孫の生まれる母ありすも同様である。

「でも、こんなことをしてほんとうにだいじょうぶなの?」

そう言ったのは、あの制裁で両親を失った“はとこ”のれいむだった。
れいむは同時に、ありすの親友であり、よき理解者であった。

「もしゆうかたちにこのことがばれたら、みんなせいさいされてしまうよ!」

他のゆっくり以上に制裁の恐ろしさを知るこのれいむは、大きな危険を感じていた。
勿論、おはなありすには、そんなことはわかっていたが、あえてその危険を冒したのであった。
おはなありすは何も、妹がかわいそうだからこの子どもたちを助けたわけではなかった。

「だいじょうぶよ。ままと、ありすとと、れいむがいわなければ、だれにもわからないわ」

今はそうとだけ答えた。
れいむは「ありすがそういうなら」と、一応納得したようであった。
おはなありすの胸の内は、他のゆっくりには察し様が無かった。

☆☆☆☆☆

その年の冬、第二十四代目の長が死んだ。
この長は歴史的に見ても、優秀な長であったが、長年子宝に恵まれなかった。
ようやく今年の夏に四匹の子供が生まれたが、長にするにはまだ幼い。
こういう場合、次の長になるのは一族の中で、餡の近い成体ゆっくりであった。

長は末子で、姉たちは既に死んでいたために、
後継者はその姉たちの子供、つまり亡き長の姪たちの中から選ばれることになった。
そこで白羽の矢が立ったのが、“おはなありす”が仕える、あのゆうかであった。
長の姪の中で最も年長で、評判も良かった。

本格的な冬を前に、群れじゅうのゆっくりが集められ、
この姪ゆうかが第二十五代目の長となることが告げられた。
群れはこの二十五代目の長の下、越冬の準備を行った。

ゆうかが長となったことで、おはなありすは自然と、長の側近としての地位を得た。
その地位は一族のゆうかに劣らぬほどで、これは全く前例のないことであった。
当然、長一族からは強い嫉妬とヒンシュクを買ったが、
長はいかなる讒言(ざんげん)にも耳を貸さなかった。
長は、おはなありすに大きな大きな借りを感じていたのであった。

☆☆☆☆☆

冬が終わり、春の温かい日差しが、森を優しく照らした。
越冬に際して、群れは数十匹の犠牲を出した。
おはなありすの母も、この冬を乗り切れずに、死んだ。
一家は母の死によって、深い悲しみに包まれたが、
春を迎える頃には、その悲しみも幾分和らいでいた。

何より、成長した子ゆっくりたちが、可愛くて仕方なかった。
そう、あの長ゆうかの子供たちである。
夏も盛りの頃に無事に生れ落ち、秋の実りにすくすくと育ち、
冬の寒さにも負けずに、三匹とも、立派な子ゆっくりにまで成長した。

ここまで育て上げたのは主に“はとこのれいむ”である。
子ゆっくりたちとは種族が違い、餡の繋がりも薄かったが、
この一家に多大な恩を感じていたれいむは、
精一杯の愛情をもって、この子ゆっくりたちを世話したのであった。
勿論、他のゆっくりに悟られることの無いように、細心の注意を払ってである。

☆☆☆☆☆

さて、おはなありすを良く思わない貴族たちがいることは先にも述べた。
そのいわば“反おはなありす派”の筆頭が、長の妹のゆうかであった。
このゆうかは密かに、先代長の子どもたちを世話している自分の従姉妹を抱え込み、
当代の長が死んだ後、おはなゆうかを粛清しようと目論んでいた。

長の妹も、従姉妹も、長よりずいぶん若く、おはなありすと歳が近かった。
そのため一族を差し置いて寵愛を受けるおはなありすに、激しい嫉妬心を抱いていたのであった。

当然、この動きはおはなありすも知っていた。
ゆっくりの寿命から考えて、当代の長は今年中にも死ぬだろう。
自分の命もそれまでだ。仕方が無い。
そう考えるほど、おはなありすはお人(ゆっくり)良しではなかった。
おはなれいむは一計を案じ、その長の妹のゆうかの処へと赴いた。

「おひさしぶりですわ、ゆうかさま」

妹ゆうかはあからさまに不機嫌な顔をしていた。

「なんのようだ?おまえのかおなどみたくない」

取り付く島も無い物言いで、おはなありすを退けようとする。
無論、おはなありすは引き下がらない。

「きょうはゆうかさまにおくりものをもってきました」

そういっておはなありすが取り出したのは、数本の花であった。
そう、自分の髪に付けている飾りと同じ花である。
それを花束にして、妹ゆうかの処へ持ってきたのであった。
しかし妹ゆうかは、それを受け取らなかった。触るのも嫌だった。

「ふざけないで!おまえのかざりとおなじはななんていらないよ!とっととでていけ!」

おはなありすは部屋の隅に丁寧に花束を置いて、黙って部屋を出た。
これで目的は果たしたのである。

☆☆☆☆☆

その日のうちに、貴族の間にある噂が広まった。
「おさのいもうとのゆうかが、おはなありすとてをくんだ」という噂である。
これに驚いたのが反おはなありす派の貴族たちであった。
反おはなありす派の筆頭であり、多大な影響力を持つ妹ゆうかが裏切ったとなれば、
粛清されるのはむしろ自分たちであると、焦りに焦った。
そして気の短い数匹のゆうかが、妹ありすの部屋に押しかけることになった。

「ゆうか、うわさはほんとうなの!?」

突然の訪問者に、ゆうかは何がなんだかわからずに混乱した。

「なんのこと?」
「おはなありすのことだよ!」
「おはなありすの?」

状況を把握できない妹ゆうかを尻目に、
一匹の闖入ゆうかが部屋の片隅に丁寧におかれた花の束を見つけた。

「ゆ!これはおはなありすとおなじはなだ!」
「ゆゆ!やっぱりうわさはほんとうだったんだ!」
「なにをいってるの!?それは……」
「「「「もんどうむよう!」」」」

闖入してきたゆうかたちは、捕食種の獰猛さで、妹ゆうかに襲い掛かった。
妹ゆうかは弁明する暇も無く、よってたかってリンチされ、
あっという間に、目が飛び出し、舌がちぎれ、皮が破れて原型を留めぬほど無残に殺された。
このとき、偶然居合わせた妹ゆうかの子どたちも一緒に殺された。
殺されたゆうかの身体の一部が、部屋の天井にへばり付くほどの壮絶さであった。

無論、このことはすぐに長の耳に届き、同種殺しの四匹は翌日の夕方には全員捕らえられた。
判決は当然、死刑。ただし、串刺しよりも名誉ある、毒キノコによる服毒自殺が認められた。
またこの計画への関与が疑われて、裁かれた四匹の周辺の貴族の多くも、何らかの裁きを受けた。
長の従姉妹のゆうかは、預けられていた先代長の子どもたちの養育権を奪われた。
これによって、“反おはなありす派”は急激に勢いを失ったのである。

言うまでも無く、この一件は全て、おはなありすの策略であった。
妹ゆうかが裏切ったかのような噂を流したのも、おはなありすの仕業である。
そんなことともつゆ知らず、ゆうかたちは自滅していったのであった。

☆☆☆☆☆

季節は流れてその年の秋。
梅雨頃から体調の芳しくなかった長ゆうかが、とうとう危篤状態となった。
長ゆうかの元には数匹の貴族と、おはなありすが集まっていた。
長ゆうかはもう、しゃべることも出来なくなっている。

「つぎのおさをきめなければだめだね」

あるゆうかが言った。

「つぎのおさは、ゆうかのところにいる、まえのおさのこどものゆうかにきまりだよ」

従姉妹ゆうかに代わって、先代の長の子どもたちを預かったゆうかが、そう言った。

「まってください」

おはなありすが口を挟んだ。

「なに?ありすはだまっていてね。これはきぞくだけのおはなしだよ」
「おさのあとをつぐのは、おさのおひめさましかいません」

おはなありすの言葉に、どのゆうかも耳を疑った。

「おさのおひめさま?」
「おさにこどもはいないはずだよ!」

長ゆうかはあの一件以降、すっきりを拒むようになっていた。

「いいえ、おさはありすのおうちに、おひめさまをあずけておいでです」

そう言っておはなありすは、部屋の外で待っていた妹ありすを呼んだ。
妹ありす、すなわち母の先導で部屋に入ってきたのは、
成体ゆっくりとなった、あのゆうかであった。
紛れも無く長の子の、姫ゆうかである。

「いったいこれはどういうことなの?」
「おさとだれのこどもなの?」

ゆうかたちのざわめきに、姫ゆうかは胸を張って答えた。

「ゆうかは、ままのこどもだよ!」

そういって妹ありすに擦り寄った。他のゆうかたちは再びざわめいた。

「ありすのこなんてけがれているよ!」
「でも、おさのこどもがおさになるのはだいじなおきてだよ!」
「かすたーどくさいこは、ゆっくりとしたおさになれないよ!」
「おさのこどもがいるのに、ちがうゆうかがおさになったら、もめごとがおこるよ!」

議論は紛糾したが、結局は「おさのこがいれば、そのこがおさになる」という掟が重要視され、
この姫ゆうかが第二十六代目の長となることが決まった。
その晩遅くに、第二十五代目の長ゆうかは死んだ。

☆☆☆☆☆

「ふたりでおさんぽなんて、ずいぶんひさしぶりね」
「……そうだね」
「このあたりでよくあそんだものね」
「……うん」
「……どうしたの、れいむ?」
「……ありす」
「なに?」
「ありすはなぜ、こんなことをしたの?」
「こんなこと?」
「ありすにはあのおちびちゃんがおさになることがわかってたんでしょ?」
「え……?」
「おちびちゃんをおさにして、むれをのっとろうとしたんでしょ?」
「どうして?そんなことないわ」
「うそだよ」
「うそじゃないわ」
「あのおちびちゃんたちをそだてるのは、とってもきけんなことだったはずだよ」
「そうね」
「そんなきけんなことをありすがするなんて、なにかあるとおもっていたよ」
「そうかしら」
「そのけっかがこれだよ!ありすはおさよりもえらくなったよ」
「それはれいむのおもいちがいよ」
「れいむ、かんがえたよ。もしかしたられいむのぱぱとままのことがげんいんなのかって」
「そんなこと……」
「でもそれでもやりすぎだよ!たくさんのゆうかがしんじゃったよ!」
「でもね、れいむ……」
「れいむにはよくわからないけど、ゆうかたちをころしたのはありすでしょ!?」
「……」
「ありすがなにかしかけをしたんだよ!そうでしょ?」
「……」
「そうなんでしょ?ねえ、こたえてよ!」
「……」
「ちがうの!?ちがうならちがうっていってね!?」
「……そうよ」
「……!」
「でもれいむ。これでむれはよくなったわ。みんながゆっくりできるようになったわ」
「……」
「きぞくもはたらかなければいけないようになるわ。えさをあげるひつようもない」
「……」
「そうなれば、れいむのぱぱやままのようなゆっくりはいなくなるのよ」
「……」
「それはとてもとかいはなことじゃない?ちがう?」
「……れいむはなんだか、ゆうかたちにわるいことをしたきがするよ」
「わるいこと?」
「ゆうかたちはゆっくりできなかったよ」
「しかたがないわ」
「れいむはゆうかたちになにかしたわけじゃないけど、それでもわるいことをしたきがしているよ」
「そんなきになるひつようはないわ」
「……れいむはありすがこわいよ」
「こわい?」
「こんなことをしたのに、こころのいたまないありすがこわいよ」
「……かんがえたこともなかったわ」
「……ありすはかわったよ。れいむはこのむれをはなれて、ひとりでいきてゆくよ」
「そんなことができるとおもうの?」
「……たぶんできないよ。でも、もうありすといっしょにいたくないんだよ」
「まって。れいむはおさのままとおなじくらい、おさにとってたいせつなそんざいなのよ」
「……れいむだって、おちびちゃんはたいせつだよ」
「じゃあなぜ?れいむがでていったら、おさはきっとかなしむわ」
「おちびちゃんには、わるいけど……でもしかたがないよ」
「まって。おねがいれいむ。おともだちとして……」
「むりだよ……」
「おねがい……」
「さようならだよ……ありす」

☆☆☆☆☆

あの、群れを去った、はとこのれいむの末路はあえて語るまい。
これから冬になるこの季節に、群れから離れたゆっくり、
それも狩りの下手なれいむ種がどうなるかは、想像するに難くない。
おはなありすは大切な親友を失ったのであった。

最早、おはなありすに意見するゆっくりはいなくなった。
これまでの地位に加え、長の伯母としての地位まで手に入れたおはなありすは、
長を補佐する立場として、長を傀儡化し、掟を大幅に変えていった。
中でも大きな変更点は、貴族ゆっくりのすっきり自制の撤廃と、
貴族ゆっくりと下賤ゆっくりのすっきりの自由化であった。

これにより、それまですっきりという衝動を抑圧し続けてきた若いゆうかたちは、
何かの堰をきったように、相手を選ばずすっきりを繰り返し、
多くの子が実ったことで、貴族と下賤の境界はあっというまに薄れていった。
ゆうか種と他種との間で、多くの番が成立し、
貴族と下賤の境が曖昧になった、新しい体制の中で、群れは発展し、新しい時代を迎えた。

しかし、おはなありすが死ぬと、脆弱化していた群れの統制は一気に崩れ、
激しい権力争いの末、群れはいくつものそれに分裂した。
分裂した群れは他の群れと餡で餡を洗う抗争を繰り広げ、
あるいは滅亡し、あるいは繁栄し、勝っても負けてもすっきりをするので、
森のゆっくりの数は爆発的に増加していった。

いつしか森はゆっくりで溢れ、とある群れが森を出たことをきっかけに、
ゆっくりたちは遠くはなれた人間の住む領域に、しばしば出没するようになった。
その結果、人間はゆっくりを害獣と見なし、その発生源である森を突き止めて、
大規模なゆっくり駆除作戦へと乗り出した。
ひと月とたたないうちに多くのゆっくりが狩られ、森からゆっくりの声は消えた。
その折、うずたかく詰まれたゆっくりの死骸を前に、人間たちは皆、首をかしげた。

「どうしてこの森のゆっくりたちはみんな、花の髪飾りをしているのだろう?」と。





(おしまい)

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最終更新:2022年05月19日 13:46