「ゆっくり~」
 ゆっくりアリス五匹姉妹の冬支度は万全の一歩手前。
 積み上げた餌は十分、入り口を封鎖する資材も、ふかふかの寝藁も不足ない。ただ一つ、ともに冬をすごす友達だけがいなかった。
「とかい派としては、去年みたいにゆっくり友達とすごしたいわ!」
「うん、例えばまりさが友達になりたいと言うなら、なってあげてもいいかしら」
「私も、特別にいっしょにすごしてあげても……」
 そんな言葉を交わしてにんまりと笑っている。
 去年、ずっと人に飼われていたゆっくりれいむとまりさが、大きくなったからという理由で捨てられた。
 二匹にとって、赤ちゃんの頃から人の暖かい家でゆっくり過ごすのが冬のすごし方。冬ごもりの仕方も分からず、迫りくる冬に怯えて泣いていたのを優しく保護したのがこのアリス姉妹だった。
 多種への人恋しさに鬱屈していたアリスたちにとっても、願ったり叶ったり。
 れいむとまりさにとっても、沢山の姉妹が急にできたようで楽しく過ぎていく冬の一時。れいむは淡い恋心を抱いていたまりさとの二人きりの時間が減ったことに若干の不満があったものの、アリスのとかい派のお話を聞きながらゆっくり過ごす時間に満足していた。
 それに、まりさとはアリス姉妹が寝静まった後にこっそり会話することができた。
 雪が解けたら、二人で暮らせるところを探そうね。
 そうだね、ここはアリスがいるから本当のゆっくりはできないからね。
 楽しく未来の計画を話し合う二匹。語りだすと夢中になってしまう。ついつい、その声が大きくなるのも気づかないほどに。
 翌朝、れいむは重圧の息苦しさで目を覚ます。
 目の前にアリス姉妹二体。その重みが、自分を壁際に押し付けている。
「ありすううう、やめでええええええ!」
 絹を裂くような声に振り向くと、まりさに三体がのしかかっていた。
 いずれも、ゆっゆっと上気した息を吹きかけて、れいむたちの悪寒をいやがおうもなく高めていく。
「ぐるじいよ、ありす。ゆっぐりどいでね!」
 昨日までのアリスなら、ゆっくりごめんねと退いてくれた。でも、このアリスたちは口をすぼめて笑うだけで何もしてくれない。
 そのうち一匹が、口を押してれいむに囁く。
「とかいだと、こんなときは黙っているのがルールよ。私たちも外れを引いてがっかりしているから、ゆっくり静かにしてね!」
 アリスは何を言っているんだろう。
 だが、その意図は次のまりさの悲鳴であからさまとなる。
「ゆっぎりやめでええええ! まりさは、まだこどもうみだぐないのおおおおおお」
 三匹がその体を押し付けまりさの感触を楽しみながら、一斉に責め立てていた。
「なにじでるのおおおお、ありすうううう!!」
 れいむは動けない体で精一杯の弾劾。
 だが、自らに体をのせるアリスの重みに言葉が途切れる。
「れいむううう、黙っていてねといったよね! でも、そんな反抗的な態度で気をひこうとするれいむがぎゃわいいいいいいい!!!」
「ゆぎいいいいいいいいいい!!!」
 自らもまた行為の被害者となるれいむ。
 いやいやと、首を振ることも許さない強烈な圧力、欲情の振動。
「ずっぎりー!」
 視界の端で、早くもすっきりさせられてしまうまりさ。
「ゆぐううう、はじめてのすっきりはれいむとぎめでだのにいいいいい!!!」
 繁殖までを試みていないアリスの性交に、まりさの死を覚悟していただけにれほっとするれいむ。
「んほおおおおおおお、すっきりー!」
 同時に自分の体ですっきりしていくアリス姉妹。
 怖気が全身に走り、まりさと同じ涙がぼろぼろとこぼれるのは止められないものの、死んではいないことに希望を見出そうとするれいむ。
 それが、この冬の終わりまで楽しむためのアリスの奸智とは気づかずに。
「アリスを満足させるために、経験をつんでおこうとおもったまりざがいじらしいのおおおおお!!!」
 おいおいと泣き崩れるまりさの上に完全にのしかかるアリス。
 れいむが、自らのこの冬の運命に気がついたのは、苛立たしげな目の前のアリスの言葉だった。
「ゆっくりしないで早く終わってね! まりさは、次はありすの愛をうけたいんだよ!」
「しばらく、れいむで我慢していてね!」
 言い争いながら自分の体を貪るアリス。
 れいむの瞳に残っていた光が、ゆっくりと消えていった。

「ゆふうううう」
 その光景を思い出してため息がもれるアリス姉妹。
「まりさがアリスたち全員を好きだと言ったときはびっくりしたね!」
「うん、でもまりさらしいね。ありすは都会派だから、ゆっくり許してあげるよ!」
「れいむだけまりさから嫌われてかわいそうだったね」
「だから、れいむ相手してあげたアリスは優しいね!」
「れいむはすごく喜んでくれたね」
 アリス姉妹の中では、そういうことになっている。
 本来、そのプライドを踏みにじったり人為的な発情がない限り、ほとんどの種に対して好意的で世話好きなアリス種。それだけに、まりさとれいむの失言がもたらした反動はすさまじいものだった。
「あれから、まりさたちはどうしたっけ?」
「あれ? ……忘れちゃったよ!」
 姉妹が忘れている二匹の顛末。
 雪解け前に精神的に仮死状態を迎えてしまったれいむとまりさ。ゆーゆーと泣き続けるだけで、抵抗のない力の抜けた体は一向にアリスを満足させることができなかった。ついには雪原に捨てられてるが、そこでアリスから解放されて何とか精神を復活させる二匹。地吹雪の中、二匹は朦朧としながら幸せに飼われていた記憶を頼り、かつてペットとして暮らした家へと歩いていく。
 だが、懐かしい家から聞こえてきたかつての飼い主とその腕に抱かれた新しいペット、赤ちゃんゆっくりの歌声を聞いて、二匹はすべての終わりを悟り、仲良く氷の塊となってその家の軒先で死に絶えることになる。
 もちろん、アリスたcは自分たちがこんなに幸せなのだから、あの二匹も幸せにどっかで暮らしているだろうと信じていた。
 そしてまた、今年も冬ごもりを忘れた可哀想なゆっくりをちゃんとしてあげよう、と。
「今年はだれかしら!」
 アリス姉妹が一筋のよだれをそれぞれ垂れ流したときだった
「ゆっくりしていってね!」
 例のゆっくりまりさがアリスの巣へ暢気に転がり込んでくる。
「ま、まりさっ!」
 色めき立つアリスたち。すぐに涎を隣の姉妹にすりつけて隠匿し、それぞれまりさから視線を外す。
「何しにきたのよ、まりさ! アリスたちは忙しいのよ!」
 ツンケンとしたいつもの反応を、まりさまったく気にしない。
 ただ、アリスたちが発情期を迎えていないことを確認してその前に躍り出る。
「当然だけど聞いてアリス。まりさはアリスのことが大好きだよ!」
「ぶっぱあああああ!」
 派手な音はアリスたちが鼻から餡子を噴出した音。
 どれだけ興奮したのだろうか、はっはっと犬のような息をだして、まりさを見つめ返す。
「な、なにを突然いうのかしら!」
 言いながら、へろんと顔を緩ませるアリス。
 まりさは慣れたもので、用意していた言葉を続けていた。
「でも、この中で特に大好きなアリスがいるよ! 今、プレゼントするからそっと目を閉じて!」
 目を閉じてのプレゼント。
 その言葉に、アリスたちは昇天寸前だった。
「知っているわ、とかいだと皆こうするの!」
 何があるんだろうと興奮しながら、一斉に目を閉じるアリスたち。
 まりさは、にんまりと笑って行動に移った。

 一時間後、目を閉じ続けたアリスはようやく気がつく。
 何か、おかしいと。
 まりさ、照れているにしてもシャイガールすぎるだろう、と。
 そうして揃って目を開き、叫んだ。
「アリスのご飯があああああああ! まりざ、どごなのおおおおおお!!!」
 当然、まりさの姿も影も形もなくなっていた。



「れーむう、すごいでしょ!」
 件のまりさの誇らしげな声が響く。
 そのハート型の瞳が映し出すのは、一匹のれいむ種。
 ただ、一見してほかの霊夢種とはまるで違う。
 ほっそりとした頬、艶やかで手入れの行き届いた頬、これまで日にさらされたことすらなさそうな白い肌、魅惑的な唇。
 すべてにおいて、美しいゆっくりれいむだった。
 まりさが入れ込むのも仕方ないほどに。
 ぱちゅりーを、ご近所のれいむ一家を、アリスたちを騙したその動機。
 それはすべて、この美れいむの要求を満たすため。
「そうねえ」
 美れいむは気のない返事をしながら、まりさの家の内部を見て歩く。
 その後を、恋する少年の面持ちでついてくまりさ。
「まあまあね、一冬ぐらいだったらここで越してあげてもいいわ」
「う、うれしいよ! まりさ、かわいいれいむと二人きりにすごせて幸せだよ!」
 まりさの鼻の下がでろんとのびていた。
 ようやく、苦労が報われた。
 まりさが、美れいむの要求を叶えるために犠牲にしたゆっくりは、前述のゆっくりだけではない。親しいゆっくりはほとんど罠にはめて始末済み。この巣だって、近所の大家族を人間に処理してもらったものだ。
 そんな怨嗟の声が木霊してもおかしくない住処で、まりさは夢見心地。美れいむとすっきりする姿を考えているのだろうか、まりさの下の寝藁がじっとりと湿りだす。
 だが、美れいむは静かに首を振っていた。
「二人きりじゃないわよ」
 その言葉の意味を問い返すよりも先に、入り口から騒々しい声が聞こえてきた。
「ゆゆ、なに?」
 慌てて振り向くまりさが見たのは、こちらへ駆けてくる五匹の小さなれいむたち。
 わらわらとかけてきて、美れいむに声をかける。
「お母さん、ここが新しいおうちなんだね!」
「ふーん、広さはそこそこだね!」
「でも、中身が貧乏くさいね!」
 好き勝手言うが、まりさは最初の台詞の衝撃で、後の台詞が耳に入っていない。
「……え、れいむ、子供いたの!?」
「いるわよ」
 やっとの思いで、その問いを口にするが、美れいむは気にしたふうもなく頷く。
 まりさは混乱しつつも、何とか新しい家族を受けようと覚悟を決める。そうでなけらば、美れいむとは暮らせそうにないからだ。
「ゆ! まりさも家族が増えて嬉しいよ! これからはまりさがみんなのお父さんだね!」
 にっこりと子供たちにほほえみかける。
 しかし、子供はまりさの顔を見て、口の端をつりあげていた。
「お父さん? なんでおじさんをそんな呼び方しないといけないの!」
「れいむのお父さんは、もっとゆっくりしていたよ!」
「れいむのお父さんは、こんなブサイクじゃなかったよ!」
「こんなウサギ小屋でゆっくりしているおじさんが冗談いわないでね!」
 散々だった。
 初対面で、ようやく苦労して言えた挨拶に、返ってきた心無い言葉たち。
 まりさはぷるぷると震えて怒りを飲み込もうとする。
 変わって芽生えたのは、美れいむと過ごす甘い時に暗雲がたちこめたその不安。
 だが、まりさの衝撃はここで終わらない。
「ここが、れいむたちの新しいおうちだね!」
「子供とまごが暮らすには、ちょっと狭いし、品が無いね! でも、とくべつにいてあげるよ」
 さらに入り口から姿をあらわしたのは老ゆっくりまりさと老ゆっくりれいむ。
 言葉からすると、どうやら美れいむの両親らしい。
「なんで、ごんなにぐるのおおおおおお!?」
 困惑がついつい口をつくまりさ。
 美れいむが、そんなうろたえるまりさを見て眉をひそめた。
「もしかして、まりさはれいむの大切な家族を邪魔にしているの? 心がちいさいゆっくりなんだね」
「ゆぐううう! そ、そんなことないよ、びっくりしただけ!」
 慌てて言いつくろうまりさ。
 これも、美れいむを迎えるには必要なこととはらをくくる。
 巣の真ん中に仕切りでもつくって、美れいむとまりさの部屋、それ以外の部屋とわければいいかと思っていた。
「あの窪みあたりを、あのにやかけたまりさの場所にしようね!」
「そうだね、いやらしいまりさはそこから勝手にでちゃだめだよ!」
 まりさの思惑に反して、美れいむの家族たちにどんどん先手を打たれていく。
「そんなの、だめだよ! このおうちはまりさのものだからね!」
 一応、反撃にでるのだが……
「こいつはこうやって、冬の間はれいむたちをいじめるつもりなんだね……」
「ゆっくりが人間にいじめられるのは、こんな自分勝手な家宣言をする馬鹿ゆっくりのせいだよ!」
「おなじまりさとして、恥ずかしいよ!」
「こいつ、じぶんが恥ずかしくないのかなあ?」
「ゆっくりしねばいいのに!」
「お母さん、こいつに何か変なことされてない?」
 何倍もの言葉のカウンターが返ってきただけだった。
 まりさはもう胸が一杯で何も言えず、指定された窪みに治まって寝藁をかき集めて丸くなる。
 もう、今日はひどく憂鬱で何もする気が起きなかった。
 なんで、こんなことにと悲しんでいると、美れいむがそろそろと近づいてくる。
「ゆっ!? どうしたの、まりさといっしょにおやすみするの!」
 もう、天から垂らされた糸とばかりに美れいむにすがりつく。
 しかし、美れいむは何も言わずまりさの傍にくると、その身をまりさへぶつけた。
「ゆぐううう!?」
 痛みはなかった。ただ、考えもしなかった攻撃に動転して、まりさはころころと転がり、さかさまになってようやく止まった。
「家族のみんなが寒がっているの。まりさは寒くても大丈夫だよね!」
 その言葉が合図なのか、れいむ一家が一斉に動き出した。
 まりさの領域付近に散らばって、寝藁をくわえるなり自分たちの方へ輸送を開始。みるみるうちに、まりさの寝床は土がむき出しの寒々とした肌触りになってしまう。
 今の時点でも木枯らしの風は芯に響くほど寒い。
「まりざのぶんだけでも、がえじでえええええ!!!」
 言いながら、あまりの惨めさにまりさは泣き出していた。
「お母さん、あいつ泣いているよ!」
「面白いね、けど気持ちわるいよ!」
「おじさん、黙るかゆっくりしんでね!」
 やはり返ってくるのは混ぜ返す子供たちのはやし声だけ。
 美れいむは両親と丸くなって、われ関せずと眠りについていた。
 まりさはもう、一家と口を聞きたくなくて黙り込む。
 一家が指定した窪みは、凍える風が吹き付ける場所。
 その寒さに身を震わせながら、昨日までの美れいむの温もりを夢見ていたことを思い出し、声もなく泣いていた。

 深夜、あまりの寒さに目を覚ますまりさ。
 あたりは暗がりで、子供たちの寝息がすやすやと聞こえてくる。
 幸せそうな寝息に若干の憤りを覚えて、ますます眠れなくなるまりさ。
 見上げれば、入り口に差し込む朧月。
 その光の優しさだけがまりさの心を癒してくれる。
 と、その光を横切る影があった。
「ゆ?」
 息を殺してつぶやく。
 確か、あの横顔は……
「れいむうううう」
 美れいむのものだった。
 今、れいむは一人で外にでていった。二人きりで話すなら、今だ。
 ごとりと、まりさの中で消えかけた情念が目を覚ます。
 音をたてて家族に邪魔されないよう、れいむを追って外へ。
 まわりを見渡すと美れいむの後姿が森の木の傍に。何をしているのかは、月影に隠れてよく見えない。
 そもそも、まりさはそんなことは気にしなかった。
 ただ、れいむの傍に近づきたい。
 その思いで走り出し、そして歩みを止める。
「ぷっはあああああ」
「ちゅ……ぱ……はああ、かわいいよ、れいむ」
 木陰の向こうに、ゆっくりまりさがいた。自分より大きな帽子を被り、自分よりも不敵な顔立ちで美れいむの唇を吸っている。
 その大きなまりさは、そっとれいむの耳に唇をよせ、耳をはむはむと甘がみしながら囁く。
 とはいえ、静まり返った森の夜。
 息を潜めるまりさの耳にもそのやり取りは入っていく。
「ねえ、あいつはいつ追い出すんだぜ?」
「ゆううう、あんっ……その、ゆっくり追い詰めて家出させるつもりだったけど」
 見たこともない艶やかな表情で大まりさに応じる美れいむ。
 まりさはうなり声を吐き出しそうになる唇を、懸命に抑えていた。
「けど、どうしんだぜ?」
「あなたにこんな形で会うのが切ないの! 今ちょうど寝ているからゆっくりころしてね!」
「ふふふ……おお、こわいこわい」
 甘い声で囁きあう二人。
 だが、会話の内容は自らの殺害計画。
 逃げなければ。口惜しさや怒りよりも、今まりさの心を占める恐怖。
 はやく、誰かのうちに逃げ込んで、みんなに話そう。こんな醜悪なやつらは追い出してもらおう。
 ……でも、誰かこの近所にいたっけ? みんな、消えてしまっているか、まりさをひどく恨んでいるはずだ。まりさ自身がれいむを迎え入れる準備をするためにしでかした背信によって。
 知識を分け隔てなく教えてくれるぱちゅりーを、ときどきお裾分けをくれたれいむ一家を、困ったことがあるとすぐに駆けつけてくれたアリス姉妹を、そして、同じように自分に親切だった森のゆっくりたちを。すべて、まりさは利用して排除してしまった。
 そのことに気づいて、まりさは震えた。
 こんなことのために、なんていうことをしてしまったのだろう。恋という熱病からさめ、ずしりとのしかかる罪悪感。
 そのため、反応が遅れた。
「ゆぎいいいいいいいい!」
 後ろからの二体分の体圧。
 思わずあがる悲鳴に振り向く美れいむたち。だが、まりさの方をみてほっと一息。
 大まりさがにやにやと笑いながら話しかける。
「お義父さん、ありがとうだぜ」
「のぞきみするへんたいをみては、はうっておけないよ!」
 老れいむと老まりさの得意な声。
 さらに奥から子供たちも姿をあらわす。
「お父さんー♪」
 先ほどまでの憎たらしさはどこへやら、かわいらしい声で大まりさにだきつき、散々に甘えてから、地に伏せたゆっくりまりさを省みる。
「あいつ、ゴミくずのくせに自分のことをお父さんと呼べっていったんだよ!」
「ほんと、おぞけが走ったよ!」
「あいつみたいなブサイクの子供なんて、とんでもないよ!」
 口々に言い立てると、その大まりさの顔に渋面。
 ゆっくりとまりさの傍によると、押さえつけられたその鼻っぱしらに飛びかかった。
「勘違いしたばかは、ゆっくりしね!」
 飛び散る餡子。
 その重量に、まりさの皮はあっけなく破れる。
 月夜に放物線を描く自らの血肉を見ながら、まりさは薄く笑った。
 本当に、勘違いして、バカだった。
 死ぬのは当然なんだ。
 人に迷惑をかける前に死ねばよかった。
 そのことにようやく気がついて、びゃひゃひゃと壊れた自分への笑い声が口をつく。
「ゆゆ!? こいつ笑っているよ! ばかなの!?」
「気持ち悪いよ! ゆっくりしね!」
 続く大まりさのすさまじい衝撃をうけ、まりさは体中の餡子が噴出すのを感じながら、意識が暗転していった。


 うっすらと、まりさの視界に光が戻っていく。
 まりさは、ずたぼろの体で放置されていた。
 だが、まりさその体をぴくりとも動かせない虚脱感で、死に至るほんの少し前まで生かされていることだけが、何となくわかった。
 もう、ただ死を待つだけ。
 そのかすれゆく視界を横切る影があった。
 それは五つ。
「まりさったら、恥ずかしがって家にこもるなんてシャイね!」
「遠慮しないで、その場でアリスへの愛をプレゼントしてくれてもいいのにね!」
 口々に言い合いながら、かつてまりさのものだった巣穴に向かっていくのはアリス5姉妹。
 うきうきしたアリスの歩調は、やがてその巣穴に消えていく。
 そのアリスの声は、近くの虫の声すら消えていくまりさの耳に、なぜかはっきりと聞こえてきた。
「ああ、まりさがれいむの格好をして沢山いるよ!」
「小さいれいむの形をしたまりさもいるね!」
「熟女のれいむっぽいまりさもいるよ!」
「かっこいいまりさも、美人のれいむ的なまりさもいる!」
 それらの声に、怯えきった美れいむの声がこたえた。
「なに言っているの!? まりさはもう……」
 しかし、理屈を全部言わせるアリスではない。
「まりさ、アリスのためにここまで準備してくれたんだねえええええええええ!」
「んほおおおおおおおおおお、だからまりさだいすきいいいいいいいい!!!」
「みんな、春になるまで、一日50回はすっきりさせてあげるね!!!」
「さっそく、いぐよおおおおおおおおほおおおおおおおお!!!」
「や、やべでええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」」
「こどもはやべでぐだざいいいいいいいい!!!」
「こどもだからいいのおおおおんほおおおおおおおおおお!!!」
 泣き声、うめき、悲鳴、嬌声。
 様々な絶叫が渦巻くかつてのまりさの家。
 やがて、すべてが嗚咽交じりの嬌声と、心の底からの嬌声にとけていき、高みにのぼりつめるなり、再び地獄の入り口へと戻っていく。
 そんな騒々しい葬送曲に贈られて、まりさはいつしか息絶えていた。

 その死に顔は、なぜかすっきりしたものだった。




あとがき
 どうも、小山田です。
 今回はひたすらすっきりーをテーマにしてみました。
 次はすっきりできそうもないので外した部分ですが、よければどうぞ。


おまけ

「むきゅう、むきゅう」
 暗がりのなか、ぱちゅりの静かな声が響いている。
「ゆぐぐぐぐ!」
 応えるように悲鳴をあげるのは、その足元。
 ぱちゅりが産み落としたばかりの赤ちゃんまりさが、母のぱちゅりーに踏まれて大きく形がたわんでいる。
 歯磨きチューブを余さないよう端からしぼりあげるように、片側によった赤ちゃんの中身。それももうすぐ、弾けそうになっていた。
「おがあざん、やめでええええ! つぶれるううう、まりさ、しんじゃうよおおおお!」
「そのためにやっているのよ。お姉さんのように死んでね」
 パチュリーの言葉通り、周囲には踏みにじられた子供の死体。
「いやああ、ぶべべげべっ!」
 今、最後の子がその後をおった。
 その死を見届け、パチュリーの顔に浮かぶ微笑。
 よかった、これでまりさは戻ってくる。問題は、全部消えた。
 ぱちゅりーは望まぬ子らを産み落とした後、しばらく呆然と見ていた。
 が、ぱちゅりーの半端に聡明な思考は一つの仮説をつくりだしてしまう。
 この子がいなけらば、まりさとやりなおせるのではないか、と。
 こうして、無慈悲に効率的にわが子の命を終わらせていったぱちゅりー。
 よかった、これで幸せになれる。
 けれど、パチュリーの思考を越える事態が起こっていた。
 このほっぺたに流れる温もりはなんだろう。
 この心の奥を潰してしまいそうな想いはなんだろう。
 わからない、それより今はただ眠い。疲れた。
 ぱちゅりーはわが子の死体が散乱する巣穴で静かに寝息を立て始めた。

 その姿を見届けて、去っていくゆっくりの影が一つ。
 ぱちゅりーと結ばれる予定のゆっくりまりさだった。
 あれから、まりさは必死にぱちゅりーへ感じていた愛情を思い起こし、ぱちゅりーを許そうと努力した。
 やはり愛しているのだ。
 子供たちだって、面倒を見てもいい。自分の子供だと思い込もう。
 固い決心をして再びやってきたパチュリーの住処。
 だが、目撃したのはわが子をほほえみながら潰していくぱちゅりーの姿だった。
 鬼女。
 まりさの脳裏にそんなことが浮かぶと、もう耐えられない。
 ここにいてはいけないと、まりさの本能が告げていた。
 そうして、ここを出たらすぐに引っ越そう。こことは違う、ここのことを思い出せないぐらい遠くに。
 まりさは振り返る。
 そこにはすやすやと餡子にまみれて眠るぱちゅりの姿。
 さようなら、パチュリー。

 小さな声で言い残し、まりさはパチュリーの前から姿を消す。

 二匹は、二度と会うことはなかった。



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最終更新:2022年05月04日 22:06