八月。

蓬莱の人の形も うだるような猛暑の中、全国の都道府県の代表48校が凌ぎを削る、過酷な大会が開催されていた。
~全国高等学校ゆっくり野球選手権大会~
即ち、ゆっくりをボールにした野球(通称ゆ球)の大会である。

高ゆ連が採用したゆっくりボールは、小麦を何重にも塗り重ねて外皮を強化した ゆっくりである。丈夫で安全なゆっくりボールは、安全性を追求する世間の風潮に対応するための、会心の策であった。
また、繁殖して生まれた子供達も強化ゆっくりとなったため、資源や経費の節約にも多いに役立ったのである。


本日はその大会の一回戦第二十四試合。この試合で二回戦に進む24校が決定するのである。
一回戦最後のカードは東方義塾vs幻想学園。

東方義塾がここまでこれたのは、エースピッチャーのおかげである。
その名は虐待お兄さん。3年生であり、今年が高校生活最後の夏である。

エースのエースたる所以はその変化球にあった。
今大会で使用するボールは、高ゆ連により れいむ種に統一されている。
ピッチャーはそのリボンや口に手をかけて、ゆっくりを投じる。
以前の硬球以上の引っ掛かりがあるため、様々な魔球が大会を彩っていった。

虐待お兄さんも、そんな魔球の1つの使い手である。
ナックルボールの要領で投げる、"ゆっくる"である。
ゆっくりの後頭部に爪をつきたて、はじくようにゆっくりを投じる。
ほぼ回転の無いゆっくりは、その気分に任せてわずかながらの空中制御し、自然とバットを避けようとしてくれるのだ。現代が生んだ最強の魔球であるといえよう。特に、虐待お兄さんのそれは爪の食い込みと弾きが強く、ゆっくりをゼロ回転で投じることができるのだ。

さらに、虐待お兄さんはその投球の9割以上"ゆっくる"を投げる、
生粋のゆっくるぼーらーなのである。
その圧倒的な魔球に、この試合にもプロのスカウトが多数視察に来ているほどである。


対する幻想学園は、その打撃力を売りにしてここまで勝ち上がってきた。
特に1年生にして4番をつとめる稗田阿求朗・通称あきゅろーもまた、プロの注目を集める人物だった。

あきゅろーのバッティングセンスは恐ろしいほどで、1年生ながら県大会では打率9割という驚愕の成績を残している。
まさにゆっくりを打つために生まれてきた、ゆ球の申し子なのである。


そんな2人の対決は、球場を大いに沸かせていた。
この日の対戦成績はここまでで1安打2三振。
試合は9回裏を向かえ2-1でわずかながら東方義塾がリードしている。
幻想学園は あきゅろー以外の選手は、魔球"ゆっくる"に対しほぼ手も足も出ず、あきゅろーの出塁をきっかけにどうにか1点をもぎ取ったという状態だった。


迎えた9回裏、1アウトを取った後、虐待お兄さんは痛恨のフォアゆっくりを出してしまう。
虐待お兄さんはその疲れからか、ゆっくりを握る手がつい震えてしまっていた。
投球直前に発情してしまったゆっくりは、謎の液体を分泌して、虐待お兄さんの投球コントロールに悪影響を及ぼしてしまったのだ。

9回裏で1点差。1アウトランナー1塁。
迎えるバッターは、あきゅろーである。

『大丈夫、今日はこっちが押してる。』 虐待お兄さんは心の中でつぶやく。
あきゅろーだけを警戒するのであれば敬遠という手もあるのだが、1アウト1・2塁ではあきゅろー以外の選手相手でも失点の恐れがある。
間近に向かえようとしている自らのスタミナの限界を考えると、同点も避けたい状況であった。


次の投球を控えて、虐待お兄さんは儀式を行う。
自身の心を落ち着けるために、ボールに向かって独り言をつぶやくのである。
「もし打たれたら、お前の家族全員バットで100叩きだからな!」
……自身の心を落ち着けるための儀式なんだってば。

「あかちゃんはだめええええええ!!」 そう叫ぶゆっくりを握り、魔球”ゆっくる”を投じる。
ゼロ回転のゆっくりは、どうにか あきゅろーのバットを逃れようとキャッチャーミットに逃げ込む。わずかに届かず空を切るバット。
ストライク。

キャッチャーミットに辿り着いたゆっくりは興奮気味に語る。
「ゆ! いますっごい! すっごいかぜきたよ、おにーさん!」
先ほどまで泣いていたのが嘘のように、楽しそうである。


続いての投球。外角低めのストレート。
「ゆ”ゆ”ゆ”ゆ”ゆ”ゆ”ゆ”」高速回転するゆっくりは空中制御などできるわけもなく、真っ直ぐにキャッチャーミットに吸い込まれていく。見逃し。
ツーストライク。

「ゆ、おにーさん……きぼぢわるいよぉぉお……」
イケメンキャッチャーは構わず虐待お兄さんにボールを投げ返す。


あと1球。あきゅろーさえ抑えれば何とでもなる。
虐待お兄さんはその魔球に絶対の自信を持っていた。
この大会、優勝してプロに行く。
その野望が虐待お兄さんの疲れきった身体を、再度燃えさせた。

観衆が固唾を飲んで見守る次の投球。
球種はもちろん"ゆっくる"だ。
セットポジションから投じた1球。

『ゆゆ、おにーさんのばっとなんてあたらないよ! ゆっくりからぶってね!』
とばかりに見下した表情で、ゼロ回転で迫るゆっくり。
その表情を目にした瞬間、あきゅろーの中の何かが弾けた。


「ゆべぇっ!」
避ける暇すらないスピードのバットスイングがゆっくりを襲う。
ゆっくりの急所である顔面の中央を打ち抜く、完全なるジャストミート。
元が球体状の物とは思えぬほどひしゃげる、ゆっくりれいむ。
次の瞬間にそれだとわかるほどの、文句の付け所の無いホームランであった。
ガックリと膝を突く虐待お兄さん。

「なんでごんなごどずるのおおおおおおお!!?」
ゆっくりはそのままバックスクリーンに直撃した。
試合は2-3で幻想学園のサヨナラ勝利。
虐待お兄さんの高校ゆ球生活は終わった。

人目をはばからずに涙を流し、マウンドの餡子を袋に詰めていく虐待お兄さん。
その様子を見て、少し申し訳なさそうな表情を見せながらダイヤモンドを回るあきゅろー。
あきゅろーも、虐待お兄さんには何か通じる所を感じていたのであろう。

あきゅろーは その後審判と係員に頼み込んで、ホームランとなったゆっくりを回収した。
バックスクリーンに落ちていたそれには、まだ息があったのだ。
最初の強化ゆっくりを丹念に作り上げた、職人達の成せる業である。


あきゅろーは 球場を後にしようとする虐待お兄さんに声をかける。
「あの……これ、使いますよね?」 そういってホームランゆっくりを手渡すあきゅろー。

「ありがとう、助かるよ。よかったら一緒にくるかい?」すでに心が通じ合ってることを理解する虐待お兄さん。
その手には係員に無理を言って譲ってもらった、先ほどのホームランゆっくりの家族達を詰めた箱がある。そう、虐待お兄さんは有言実行なのである。

「是非お供させてください。よかったら、妹も同行させてよろしいでしょうか?」うれしそうに応える あきゅろー。
そこに勝者と敗者の壁など無い。
ゆ球を通じて、心の交流を果たした2人の球児達の、心温まる風景であった。


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最終更新:2022年05月04日 22:12