視界が妙にクリアだ。ゆっくりたちがよく見える。
親まりさの死骸に群がったゆっくりたちが3匹。遠くにはこちらの様子を隠れてみているゆっくりまりさがいる。
ひとまず近くにいるこいつらを殺そう。
私はカバンからナイフを取り出し、ゆっくりたちに向かって投げた。

「ゆ゛ぅぅぅ!?いだいよぉぉぉぉぉ!」
「なにかざざっだのぉぉぉ!?」
「ぎぃぃいぃぃぃ!!」

ゆっくりたちは痛みに弱い。このぐらいの大きさだったら、ナイフ一本刺さっただけで泣き叫んでほとんど動かなくなる。
アリスが石につまづいただけで大泣きして、しかたなくみんなで基地まで運んであげたっけなぁ。
途中で運ばれる振動で興奮したアリスをなだめるのは大変だった。
私はそんな思い出し笑いをしながら、動けない三匹に近づいて踏み殺した。

それを見て、隠れていたまりさが逃げ出す。
いや違う、みんなに私のことを報告しに行ったのか。私は死んだまりさからナイフを回収して、逃げたゆっくりを追いかけた。

少し歩いて、程度に開けた空間に出ると、そこには大量のゆっくりまりさ達がひしめき合っていた。
私が現れるのを確認すると、いっせいにこちらを向く。
どの目も、殺意でたぎっていた。
先ほど逃げたまりさが先頭に立って、何かを喋りだす。

「おねえさゆ゛ぐぅ!」

私はそれを無視して、前の方にいたゆっくりたちにナイフを投げる。
そちらの口上を聞く暇はない。あいにくこちらは急いでいるのだ。

「ゆ、ゆるさないよぉぉぉ!ゆっくりしなせるからかくごしてね!」
「にんげんたちなんてまりさたちにかかればいちころだよ!」
「ゆ゛!やめ、ふまな…」

ある一人が叫んだのを合図に、ゆっくり絶ちの群れが私に向かって突っ込んできた。
先ほどナイフをくらったゆっくりたちは、その大群によって下敷きとされる。
しかし、怒り狂ったゆっくり達はそんな仲間の様子を気にすることも無く、私に向かってくる。
その勢いは、猪の群れが突進するがごとく。あんなのに巻き込まれたら、小柄な私ではひとたまりではないだろう。
村の男達もこれに正面から挑んでやられたのかもしれない。
私はその群れに向かって数本ナイフを投げたあと、その群れから逃げるように走った。
その群れのスピード自体はそれほど速くなく、全力で走らずとも追いつかれることはなさそうだった。

「ゆっくりまってね!ゆっくりしなせるよ!」
「ゆっくりしね!ゆっくりしね!」
「ゆ?おさないでね!?いた…ゆ゛ぎゃあぁぁぁ!!」

途中で転んだゆっくりや時折投げる私のナイフをくらったゆっくりが、後続たちに押しつぶされていく。
だが、怒りで我を忘れゆっくりたちは、猪突猛進を繰りかえすのみ。
私が目的の場所に着いた頃には、その数は三分の二程度に減っていた。

私が少し荒くなった息を整えて後ろを見ると、ゆっくりたちがいまだその怒気を衰えさせること無く向かってくる。
よかった。途中で追っかけるのをやめられたらどうしようかと思った。
私は数本ナイフを投げたあと、ナイフを構えてゆっくりに備えた。

「そこをうごかないでね!ゆっくりころしてあげるから?」

私の前に立っている木々を通り抜けようとしたゆっくりが、一瞬にしてばらばらとなって飛び散った。
そこには、私が先ほど仕掛けておいたエナメル線があんこにまみれて輝いていた。
こちらに向かって突っ込んでくるゆっくりたちはそれによって次々とばらばらになり、
運よくエナメル線を飛び越えられたゆっくりは私のナイフによって刻まれて死んだ。

「ゆー!?あぶないよ!ゆっくりとまってねえ゛っ!?」
「おさないでね!ゆっくりしていっでぇぇぇぇ!?」

それに気づいたゆっくりが叫ぶも、勢いのついた群れはそう簡単には止まれない。
後ろに押し出されエナメル線に突っ込むか、後続に押しつぶされるかして、ゆっくりたちの数はみるみるうちに減っていく。
ようやくその群れが止まったころには、ゆっくりたちはもう数えれる程度しかいなかった。
ひぃ、ふぅ、みぃ………大体、十五匹くらいだろうか。
ゆっくりたちが、エナメル線越しに私に罵声やら石やらを浴びせかける。

「ひきょうものはゆっくりしんでね!」
「ゆ!にんげんのくせにろうじょうするなんてきたないよ!ゆっくりこっちにきてね!」
「わかったわ。じゃあ今からそっちにいくね?」

私は飛んでくる石をカバンで防ぎつつ、エナメル線を飛び越えた。
ゆっくり達は私のその行動に一瞬呆けたあと、みんなそろって嗤い出した。
ゆっくり立ちのその様子がかわいらしくて、私も一緒になって笑った。

「いったらほんとにこっちにくるなんて、ばかなの?」
「ゆー!おねえさんがこっちにきたから、もうこのしょうぶまりさたちのかちだよ!」
「いっせいにかかればしゅんさつだよ!みんなでいっしょにいこうね!」

そういって、5,6匹のゆっくりまりさがこっちに向かって飛んできた。
私はその飛んだ瞬間を狙って、転がるように下を抜けていった。

「ゆっくりよけないでね!」
「あはっ、そっちは危ないよ?」
「ゆ?」

勢いあまったゆっくりたちは、その勢いのまま私の後ろにあるエナメル線に突撃して、ばらばらとなってしまった。
私はそれを見て呆然としているゆっくり立ちに突撃し、不意を付いて3匹を切り刻んだ。

「ゆ、ゆー!!」
「ねえ、逃げないでゆっくりしていってよ」
「ごっじにこないでねぇぇぇ!?」

それを見て戦意を失った残りのゆっくりたちは、我先にと私からはなれるように逃げていった。
私はそれを追いかけて皆殺しにした。エナメル線に自ら突っ込んで自滅するゆっくりもいたので、あまり時間はかからなかった。
タイム・リミットを知らせる太陽は、まだ高い。

私は、投げたナイフを可能な限り回収しながら、まだ残っているゆっくりがいないか探し回った。
たまに死にかけのゆっくりが見つかることがあるものの、それ以外でゆっくりが見つかることは無かった。
………おかしい。少なすぎる。
村を襲ったとき、まりさ達はもっと数が多かったはずだ。
目測だから詳しい数はわからないが、この倍はあったろう。
男達が多少は殺したろうから数はそれなりに減っているだろうが、それでも少なすぎる。

私は、この巣の中心にある洞穴のことを思い出した。
……もしかしたら、他のゆっくりは巣の改築をしているのかもしれない。
あれだけ村から食料を奪ったのだ、置く場所にも困るだろう。
私は、あんこにまみれて汚くなったナイフを服で拭きながら、洞窟へと歩いていった。

「大きい……」

その洞窟は私が遠くから見るよりも、かなり大きかった。入り口だけでも小さな家屋ほどはあろうか。
洞窟の入り口の脇には、磔に男達が括り付けられていた。ゆっくりたちの器用さに少し感心する。
男達は体中傷だらけで、足の一部は食いちぎられているかのようにかけていた。赤黒い肉にちらりと見える白い骨がよく映えていた。
だが、ゆっくりたちにとってはおいしくなかったようで、その噛み傷はそれほどたくさんは見受けられない。
代わりに投石による傷があちこちについており、一人の男の目には尖った小石が突き刺さっていた。
一部の男には火で焼かれた傷もあり、まるで村で磔の刑によって殺された罪人たちを見るようだ。
もしかしたら、村の磔の刑を見たゆっくりが真似たのかもしれない。

くくりつけられた男の一人が、必死に首を動かしてこっちを向く。
腕はひしゃげ、腹からは腸が漏れ出しているというのに元気なことだ。

「あ………だず………げ………」

私は、血で汚れた地面を極力踏まないように、爪先立ちでぴょんぴょんと跳ねながら洞窟の中に入った。
すぐに声は聞こえなくなった。

洞窟の中は、点在する光る鉱石のおかげで、外ほどではないにしろ十分な明るさが保たれている。
洞窟をある程度進むと、道が二手に分かれているところに出た。
片方は今の道に沿ったまま真っ直ぐ進んでおり、もう片方は地下に向かっていた。

「……しゃ!……しゃ!」

前の方から、ゆっくりの声がかすかに聞こえる。私はその声のする、真っ直ぐの道を行くことにした。
奥に歩くにつれてだんだんと腐臭が強くなる。
それを我慢して進んでいくと、向こうで何かに群がっているゆっくりたちが見えた。
近づいて見ると、そのゆっくりたちはまりさ種ではなく、他の種であるようだった。
そのどれもがぼろぼろで、体中切り傷だらけであった。
彼女らは、一心不乱に素っ裸の人間の死体をむさぼっている。
私は、その中の一匹に声をかけた。

「何してるの?」
「おしょくじしてるんだよ!むーしゃ!むーしゃ!」
「それ、おいしいの?」
「まずいけどしかたないよ!まりさたちにはさからえないよ!」
「あなた達は、まりさに捕まえられてるの?」
「むりやりつれてこられてきょうせいろうどうだよ!すあなくらいじぶんでほればいいのにね!いいめいわくだよ!」
「ああ、巣穴を掘らされてるんだ。じゃあ、ちょっと前にあったあそこが巣穴なのかな?」
「そうだよ!れいむたちががんばってほったんだよ!なんびきもなかまがしんだよ!もうおうちかえってゆっくりしたいよ!」
「じゃあ帰ればいいのに。表のまりさ達は、もういないよ?」
「ゆ!?それほんとう!?」
「うん。疑うんならと見てこれば?」
「じゃあちょっとみてくるね!うそだったらゆるさないからね!」

私は入り口付近までゆっくりたちと一緒に戻り、彼女達が外の様子を見て歓喜しながら去って行くを見た後、再び洞窟の中に戻った。
もしかしたら彼女達の何匹かが、私の仕掛けたワイヤーに引っ掛かるかもしれないが、そんなことまで教える義理は私には無い。
私には時間が無いんだ。
私は分かれ道まで戻り、今度は地下に向かう道のほうを歩いていった。

少し歩くと、円筒状の奥に長い場所に出た。
しかし、その場所は奥行きだけでなく、幅、高さともにすごかった。
高さ、幅ともに私の背丈の5倍以上はあり、奥行きはそれよりもずっと大きい。これを作る際の彼女たちの苦労が計られる。
ここまで大きな巣穴を作るぐらいだから、おびただしい数のゆっくりたちが投入されたのだろう。
さっきのゆっくりたちは、その数少ない生き残りか。
何とか生きていてくれればいいな、と心の隅でそう思った。

だが、肝心たちのゆっくりたちはあまりいないようだ。
ちらほらと遠くに表のより大きいゆっくりたちがいるのが見えるのみ。
どういうことかと目を凝らしてみると、壁には、黒い垂れ幕のようなものが沢山かけてある。
外に居たゆっくりがその垂れ幕をくぐって中に入っているのを見ると、その垂れ幕は扉を模していることがわかった。
そして、中にゆっくりまりさ達がいるのだろう。
私は、近くにあった垂れ幕のひとつに近づいた。

その垂れ幕は、人間の着物だった。血と肉片がこびりついていて、少し臭う。
まりさ達はこの臭いが気にならないだろうかと思ったが、恐らくここに住み続けたせいで慣れているのだろう。
気にしなければ、確かにどうとでもなりそうな程度臭いだ。
私は肉片が手につかないように気をつけながら、その垂れ幕をくぐって中に入っていった。

「ゆ?おねえさんだれ?ここはまりさのへやだからはやくでてってね!」
「まりさはあかちゃんをおなかのなかでゆっくりそだててるんだよ!はやくでてってね!」

中には、夫婦と見られるゆっくちまりさが二匹。
共にツタを頭から生やしている。
どうやら身篭っている様だ。

これは好都合だ。ああなったゆっくりは動きが非常にとろくなる。
私は、彼女達の大きく開かれた口にナイフを放り込む。

「でぃ・・・!」
「ぎぃ・・・!」

舌を縫い付けられてうまくしゃべられない二匹に、すばやく近づいて思い切りナイフを突き立てる。
体の中心ごとナイフに貫かれた二匹は、断末魔の悲鳴を上げることも出来ず絶命した。
成熟途中で親が死んだせいか、ツタについていた赤ちゃんまりさ達も苦悶の表情をしたあと、ぽとぽとと地面に落ち動かなくなった。
私は念入りに落ちた赤ちゃんまりさを踏み潰した後、再び次の標的に向かって歩いていった。

「い゛だい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!」
「や゛め゛て゛ね゛ぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ま゛り゛さ゛の゛あ゛がぢぁんごろざないでぇぇぇぇぇぇ!!」
「な゛ん゛でぞん゛な゛ごどす゛る゛の゛ぉ゛ぉぉぉっ!!?」

部屋に入っているまりさ達と一匹一匹殺してまわる。全員身篭っているゆっくりだった。
たまに作りかけの部屋や、食料が貯蔵してある部屋もあったが、大体の部屋に夫婦の共に身篭っているゆっくりまりさが同居していた。
おそらく、大量に食料が手に入ったため安心したゆっくりたちが、みんなして性行為に走ったのであろう。
また、そのせいで性行為兼身ごもった時用の部屋が必要となり、あのゆっくりたちが駆り出されたのか。
だが、部屋にこもっているおかげでこちらとしては各個撃破がしやすい。
外に声が漏れることもなく、私は誰にも気づかれずに洞窟内のほとんどのゆっくりを殺すことが出来た。

「これで、最後かな……?」

円筒の最奥、今まで出一番大きな垂れ幕がそこにはかかっていた。もう腐臭は気にならない。
恐らく、ここがボスの部屋だろう。
私はこれで最後なのだ、と疲労が溜まっている体に鞭打ち、中に入った。

「ゆゆ!?なにかってにはいってるの!?いまからこどもうむんだから さっさとでてってね!!!」

中には、今までと違いまりさは一匹しかいなかった。
出産方法も違うようで、こいつだけあごから直接出すタイプのようだ。
大きさも今までとは比べ物にならないくらい大きい。人間など一口で食べてしまいそうだ。
もしまともに相手をすれば、疲れ切った今の体ではかなわなかったかもしれない。

だが、今彼女は出産中。顎の部分が少し割れ、中にいる子どもが少しだけ見て取れたが、それでもまだ時間はかかりそうだ。
これは、神様が私に与えてくれたご褒美だ。神様が、私に力を与えてくれているのだ。
そう考えると、不思議に力がわいてきた。私は一人ではないのだ。
友達を助けようと孤軍奮闘している私を見た神様が、応援してくれるのだ。
私は、持っているナイフを思い切り彼女のほうに向かって投げた。
ナイフはそのゆっくりまりさの皮にぶち刺さる。

「いだっ!……もう、なにするの!でていってねっていってるでしょ!
にんげんはさっさとでてってまりさたちのごはんをよういしてね!」

ナイフがゆっくりまりさに命中するも、彼女はそれほどくらっているようには見えない。
あの体の大きさにもなると、相応に表皮も厚くなり防御力も増しているのだろう。
中のあんこに届かなければ、たいしたダメージは与えられない。
しっかりと弱点を狙わなければ……
私が次に狙ったのは、まりさの赤ちゃんが存在する産道。
さっきと同様に、力任せにナイフをそこに叩き込んでいく。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!ま゛り゛さ゛の゛あ゛か゛ち゛ゃん゛がぁぁぁぁぁ!!!」

まだ完全に成熟していない赤ちゃんまりさの皮は薄く、簡単にナイフは貫通していく。
私の目からは、もう赤ちゃんは助からないというのは容易に見て取れたが、親のまりさはそれを見ることが出来ない。
ただわかるのは、産道にナイフを投げ込まれたという事実のみ。

「ゆぅぅぅぅぅぅ!!!よくもまりさのあがちゃんをぉぉぉぉぉ!」
「あーあー、そんな暴れちゃ駄目だよ。中にいる赤ちゃん苦しんでる。早く生んで手当てしないと死んじゃうよ?」

その言葉に、ゆっくりまりさは動きを止める。
そして赤くなったと思うと、固く目を瞑って唸り声を上げた。
赤ちゃんを産むことに専念したようだ。
私もそのゆっくりまりさの様子に満足し、座り込んでまりさの様子を眺めた。

「ゆぐぅぅぅぅぅ!!もうすこしでうまれるよぉぉぉぉ!!ゆっくりぃぃぃぃぃぃ!!!」

十分くらい経ったであろうか。まりさの顎から、勢いよく赤ちゃんが飛び出た。
私は、それに呼応してすばやく立ち上がり、そしてすばやくナイフをぶん投げる。
赤ん坊などには目もくれない。どうせもう死んでいる。
ナイフが飛んで行く先は、先ほど赤ちゃんが出てきたゆっくりまりさの産道。
ぽっかりと開いた穴に、ナイフが侵入していく。

「ひぎぃぃぃぃぃぃ!?やべでね!!そんなとこいれないでね!!」

産道は、外気にさらされてないため、表皮に比べ格段に防御力が薄い。
子どもを傷つけないためにやわらかく作られた産道を、次々とナイフが突き破り、中のあんこに進入していく。
結局、産道が完全に閉じるまでに親まりさは数十本のナイフを投げ込まれる羽目になった。
親まりさはかろうじて死んではいないものの、ほとんど動けそうに無かった。
止めを刺そうと近づく私に、彼女が目をぎょろりとこちらに向けた。

「こどもは……まりさのこどもはぁぁぁぁ!?」
「赤ちゃん?ほら、あそこだよ」

私が指差した先には、あんこが飛び散って死んでいる赤ちゃんまりさ。
親の体から出てきたときの衝撃に、ナイフで傷付いた体は耐えられなかったのだ。

「う゛わ゛ぁぁぁぁぁ!!どぼじでぇぇぇぇぇぇ!!!なんでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「さあ?たぶん、神様が応援してくれなかったからじゃない?」

私は、深く深く親まりさの体をナイフで突いた。まりさの体に私の腕が、そして肩までずぶずぶと埋もれる。
そのまま踏み込んで肩を思い切りひねると、彼女はビクンと痙攣し、やがて動かなくなった。



太陽が完全に沈みきる間際、私はようやく里まで戻った。
巣からここまでずっと走ってきたため、先ほどからずっと足は悲鳴を上げ続けている。
足だけではない。あの戦いによって私の体中はもう限界寸前だった。
でも、それでも、友達の顔を思い浮かべると、不思議と力がわいてきた。
もう少し、もう少しでみんな助かるんだ。
私は強い希望を胸に、彼女達の待つ広場まで走っていった。

「どいて、どいてよ!」

大声でそう叫びながら、友達の下までひた走る。
里の人たちは最初はそんな私の姿を唖然とした表情で見ていたが、すぐに私のために道を開けてくれた。
そのおかげで、私はすぐに彼女らの元につくことができた。
これで、ようやく彼女達を助けることが出来る。もう磔なんかになる必要はない。
そして、彼女達を脅かすまりさ達ももういない。みんなのゆっくりを邪魔する者はもういない。
私は、彼女達と対面した。

「みんな、だいじょう――――――――」

私の目に飛び込んできたものは、彼女達の死骸だった。
れいむは、顔が完全に切りとられ、中身のあんこをほじくり出されていた。あの皆を幸せにする笑顔を見ることは、永遠に出来なくなった。
ありすは、体中に石がめり込んでいた。ありすの自慢だったきれいな目も、今では小石にその場所を乗っ取られていた
ちぇんは、全身焼かれて真っ黒になっていた。もう、彼女を彼女とわかることは出来ない。
ぱちゅりーは、目から上が何も無かった。とても沢山の知識を詰め込んだ頭も、いまや全くの空だ。

「え、あ?なんで、これ…」

ぐらぐらと揺れる視界。真っ白になる頭。
目の前の出来事に、私はついていけなかった。
嘘だと思った。見間違いだと思った。
たぶん私、疲れてぼけてるんだ。ほら、もっと近くで見ればきっと……。
彼女達に近づこうとして動かした足が縺れて、私は思い切り地面に叩きつけられた。痛みで少し涙が出た。
それでも這いずって彼女らに近づき顔を上げて彼女達を再び見たが、そこにはさっきと変わらぬ光景があるばかり。
ああ、たぶんこれは夢なんだ。私、疲れて眠っちゃったんだ。駄目だ、早く起きないと、れいむたちを助けないと――――。


私は、落ちてくるまぶたを支えることをやめた。


「……………っ!?」

私は声にならない悲鳴を上げ、飛び跳ねるように身を起こす。
目に刺々しい光が入ってきて、慣れるまで数秒の時を要した。
ようやく光に慣れた目で辺りを見渡すと、そこは見覚えの無い室内だった。その一角にあるベットで私は寝かされていた。
着物も取り替えられているようで、その着心地からその着物が高価なものであるということがわかった。
私にとっては、あんこがついていないことが一番嬉しかった。

「おお、やっと目を覚ましてくれたか!」

不意に扉が開いて、ひとりの初老の男が入ってきた。長様だった。
私は、この現状の説明をしてもらおうと声をあげたが、少しかすれた声が出てきただけで、まともに話すことができない。

「駄目だよ、起きたばっかりなのだから。すぐに何か食べやすいものを持ってくるから、そこで休んでなさい」

長様はそういうと、すぐに部屋から出て行った。
私の体はひどく衰弱しているようだった。私は長様の言葉に従い、体を寝かして長様を待つことにした。

それほど待つことも無く、再び扉が開いて長様が入ってきた。手にはドリンクやら、おかゆやらが載ったお盆を抱えている。
長様はお盆を近くに台に置き、そのうちのドリンクをとって私に渡してくれた。

「ほら、永遠亭特製の、栄養の沢山詰まったジュースだよ。胃が驚かないよう、少しずつ飲みなさい」

私がそれを受け取り、コクリコクリと中身を少しずつ胃の中に収めていく。
一口飲むごとに元気が出てくる、不思議な飲み物だった。
その後、長様に渡されたおかゆも食べ、私はようやく喋れるまでに体力を取り戻した。

「長様……」
「ん、なにかな?」

長様は体力の回復した私を見て満足そうだ。だが、私はいまだ疑問が残るばかりである。
私は、長様にこれまでの経緯を教えてもらうことにした。

「あの、私はどうなったんですか?」
「君は、山のゆっくりたちをやっつけた時の疲労で、倒れてしまったんだよ。
君の家はもう壊れていたし、親族の方もいらっしゃらないようだったから、私が引き取って看病をしていたんだ。
あの後から君は三日間も眠り続けていたんだ。医者は命に別状はないといっていたが、君はなかなか目覚めてくれなかったから、私は気が気ではなかったよ」

長様は私に優しくそう教えてくれた。
長様に看病をしていただいたなんて、ちょっと照れる。
私はえへへ、と少しはにかみ笑いをした後、さっきから一番気になっていたことを長様に聞いた。

「あ、あの……じゃあみんなはどうなったんですか?私、約束はちゃんと守りましたよ?」

ここには私しかおらず、みんなの姿は見当たらない。
あんなことがあった後じゃみんな村には居づらいかも知れないが、それならばどこにいるのかぐらいは教えて欲しい。
長様は私の問いに、困った顔をして目を泳がす。
なんでそんな顔をするのだろう?私はただ、友達のことを聞いただけなのに。

「あ、もしかしてみんなも治療中ですか?それだったら私はもう大丈夫ですからみんなのところに連れて行ってください」
「君は、覚えていないのかい?」

覚えている?私が?いったいなにを言っているのだろう。
私はまりさ達をやっつけてから、まだ彼女らに一度も会っていないのに。
たとえどこかであったとしても、それは夢に決まっているのに。

「覚えていません。だってあれは夢なんですから。だから私は彼女達とまだ会っていないんです」

長様は驚愕で目を大きく開き、そして唇を震わせながら、私の肩を力強く掴んだ。

「痛いですよ長様、離してくださ――」
「あのゆっくりたちは、もう*んだんだ」

なにを言っているのか、わからない。
長様の言葉が、何かのノイズにはばかられて良く聞こえない。
きょとんとしている私に向かって、再び長様が絞り出したかのような声で何かを喋る。

「君のお友達は、もうこの世にいないんだ……。
里のみんなも、まさか君が約束を守って帰ってくると思わなかったんだ。だから、みんなで*してしまったんだ」
「あはは、何言っているんですか?そんなの嘘、だってあれは夢じゃなきゃいけないんだもの」

長様は私から目をそらして、唇を固く結ぶ。その目からは涙が出ていた。

「なんで泣くんですか?あれは夢なのに、なんでそんな顔をするんですか?」
「…………本当に、申し訳ないと思っている。だが、君も気づいているんだろう?」
「き、気付くって、意味がわかりません。あれは夢で、嘘で、虚実なんですから」

長様が、意を決したように私と目を合わせる。
私の肩を掴む長様の手が、痛いほどに強くなった。

「あれは現実だったんだ。君だって気付いているはずだ。認めたくないのはわかるが、頼むから事実から目をそらすことだけのことはやめておくれ。
……彼女達は、死んだんだ」
「う、うそだっ!!」

私は悲鳴を上げ、力任せに長様の体を突き飛ばした。
長様がしりもちをつき、激しい音を立てる。

「違う!みんな死んでなんかいるもんか!私は悪いゆっくりを殺したんだから、みんなは助かったんだ!
この嘘つき!お前が死ねばいいんだ!」

私は近くのものを手当たり次第に投げ、投げるものがなくなった後は、ひたすら嘘だ、死ね、などという罵声を上げ続けた。
長様は悲しそうな顔をして立ち上がると、一言だけ、本当にすまなかったと私に残して部屋から去った。
私は長様が出て行ってからもずっと叫び続けていたが、やがて眠気が襲ってきて、そのまま意識は闇の中に落ちた。



気づくと、私は森の中に居た。
周りには皆がいて、一緒に歩いている。
どこか頭がぼんやりふわふわしていて、気持ちがよかった。
そんな浮ついた気分で歩いていたせいか、私は石につまづいて転んでしまった。
不思議と痛くなかったが、転んだところを皆に見られるなんて恥ずかしいなぁ、と思った。
いつまでもこんなみっともない姿ではいけない。私は、起き上がろうと下半身に力をこめる。

「あ、あれ……?」

まったく動かなかった。腰が抜けたかのように、私の足はピクリとも動かない。
優しい笑顔浮かべたまま、みんなが向こうで私を見ている。
早くみんなの元へ行かないと。
動かせる上半身を使いほふく前進の要領での移動を試みても、下半身が鉛のように重くなって少しも向こうへいけない。

「「「「おねえさん、そこでゆっくりやすんでいってね!」」」」

みんなが私に向かって、口を揃えてそう言った。
……みんな何を言っているんだろう。私もそっちに行ってみんなと遊ぶよ。いつもみたいにゆっくりするよ。

「「「「だめだよ!おねえさんはまだいきているんだから、そっちでゆっくりしていってね!」」」」

またみんなが一緒にそう言った。
……だから変なこと言わないでよ。みんなでゆっくりしようよ。

「「「「わたしたちはほかのところでゆっくりするからだいじょうぶ!!おねえさんは、そっちでがんばってゆっくりしていってね!!
それじゃあ、わたしたちはいくからね!!」」」」

彼女達はそのまま、こちらを振り返ることなく行ってしまった。
私も精一杯そちらに行こうと頑張ったが、引っ張られるような力のせいでまったく向こうにいけない。
みんなの姿がだんだんと薄れていき、ついにはまったく見えなくなった。
それと同時に、あたり一面が光に包まれる。
そのまま、私は世界から放り出された。


「……今のは、みんな?」

温かい何かに包まれて、私はゆっくりと目を覚ます。
二度目の目覚めは、一回目よりも随分と気持ちがよかった。
あれだけ休んだおかげか、体のほうはもう快調といってよいほどだ。
私は布団から出て立ち上がると、その部屋から出て長様を探した。
その部屋のすぐ隣の、長様の自室と思われる部屋に彼はいた。

「おはようございます、長様」
「ああ、君か。もう起きてていいのかね?」
「はい。たくさん休みましたから。それと……昨日は、すいませんでした。
あんなに無礼なことをしてしまって……」
「いや、いいんだ。あれは全部こちらが悪かったのだから。約束を守らなかったのは全面的にこちらの落ち度だ。
しかも、起きたばかりの君にあんなこと言うべきではなかった。でも、もう大丈夫なのかね?その……友達のことは」
「みんなが死んでしまったことは悲しいけれど、きっと天国でゆっくりしているでしょうから。
それに、みんなに励まされちゃったんです。頑張って生きろ、って。
だから私がいつまでもみんなの死を引っ張っていたら、みんなに怒られちゃいます」

その言葉を聞いて、長様はようやく安心したのか、優しい微笑みをこちらに向けた。

「そうか、それはよかった。じゃあそろそろご飯でも作ろうか。
おなか、空いているだろう?」
「はい!お食事作るんでしたら、私もお手伝いします」
「ありがとう。それじゃあ食堂まで行こうか。ついておいで」

私達は、一緒に今日のご飯はなににしよう、と笑ってお話しながら食堂へ向かった。
そうして食堂についた私達が診たものは、そこにある食料を食い荒らすゆっくりたちだった。

「ゆ?ここはまりさがみつけたゆっくりぷれいすだよ!いましょくじちゅうだからさっさとでていってね!」
「むーしゃ!むーしゃ!これおいしいね!もっとたべようね!」
「しあわせー!」

それを見た長様は、ゆっくりを追い払おうとして近づこうとしたが、私を見て何故か動きを止めた。
私はそれを不思議に思ったが、これ以上ゆっくりにご飯を取られるわけにもいかないので、
私は棚においてあった調理用のナイフを持ってゆっくりたちに近づいた。
ゆっくりたちはそんな私を見て、非難の声を浴びせかける。

「おねえさんばかなの?いまわたしたちがごはんたべてるんだからさっさとでてってね!」
「ばかなにんげんはわたしたちにおいしいものをよこすか、じゃなかったらどっかいってね!」
「むーしゃ!むーしゃ!しあわぶびゃ!」

私は無言のまま、その中の一匹に向かって、飛び散らないように気をつけてナイフを突き立てる。
そのゆっくりは体中を貫かれ、つぶれたカエルのような悲鳴を上げて死んでいった。
残ったゆっくりたちは、私の警告なしの、いきなりの行動に呆然としている。
私はその間にナイフをゆっくりから抜いて、残りの二匹を捕まえて動けないように、片方を腕で抱え、もう片方を踏んづけて自由を奪う。

「なにするの!ゆっくりはなしてね!」
「なかまをころしたおねえさんはゆっくりしでぇ!?」

私は二匹の声を無視して、丁寧に抱えているゆっくりにナイフを差し込んでいく。
私の腕の中で、そのゆっくりは少し痙攣した後、すぐに動かなくなった。
私はナイフを引き抜くときも、あんこが飛び散らないように慎重に抜いていく。
ここで汚してしまっては、長様に迷惑がかかるから。

「ま、まりさだけはたすけてね!もうこんなことしないから!」
「だめよ?あなたは悪いゆっくりなんだから、助けるわけにはいかないの」
「どぼじでぇぇぇぇぇ!?まりざわるいごとじでないのにぃぃぃぃぃぃ!!」

私は踏んづけたゆっくりまりさにも他の二匹と同じような処理をしてあげた。
みんなで仲良く同じところへいけるように。

「き、君……なんであのゆっくりたちを殺したんだい?」

私があんこで汚れた手を洗っていると、長様が作り笑顔のような、引き攣ったような笑みで私にそう聞いた。
私はあんこを洗い落とし、手をしっかりと拭いてから、長様にこう答えた。

「だって殺さないといけないですから。悪いゆっくりは殺して、潰して、切り刻まないと良いゆっくりがゆっくりできなくなるじゃないですか」
「し、しかしゆっくりは君のお友達じゃあ……」
「私のお友達は、あんな悪いゆっくりじゃないです。少しは心が痛みますけど、みんなのために殺さなきゃいけないですから。
それよりも長様、ご飯作りませんか?私は、お腹が空きました」
「あ、ああ。わかったよ。一緒にご飯をつくろうか」

その後、私達は一緒にご飯を作って食事を共にした。
長様は私の料理を一口食べた後、いきなり無言で倒れた。
その後二度と長様は私の料理を口にしてくれなくなったが、何故なのかは今でもわからない。


懐かしい昔話は、これでおしまい。


――――――――――――――あとがき―――――――――――――――
長がすぎですね。その割りに虐め分少ないですね。ほんとすいません。
一応補足させていただくと、最初の場面は三途の川の場面です。
主人公がこまっちゃんの船で運ばれており、そこで昔話をしているという状況です。
最初は阿求に話しかけるシチュにしようと思ったんですが、なんか話がダークな感じになりそうだったのでこちらの方にしました。
ちなみに冒頭の彼女が幾つであろうとも、少女は少女です。異論は認めない。

ではここまで御覧になってくれた読者さんに感謝の念をこめて。
本当にありがとうございました!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年05月03日 18:24