※理不尽な暴力にさらされたりします。


 ある昼下がり、青年が林を歩いていると奇妙な物体が目に入った。
 それは、狸などの獣を捕えるための罠なのだろう、ごく単純な縄で引っ張り上げる形のものだ
 それに、一匹の奇妙な生き物が引っかかっている。
 いや、それは生き物だろうか?見れば人間の生首をふやけさせたような、そんなぶよぶよとした印象を抱かせる。
 青年は抜け首という妖怪を思い出したが、あたりに体らしきものはない。
 それにどうやらそれはじたばたともがいているところから、抜け出すことが出来ないようだ。
 そこで青年は胸をなでおろし、しかし慎重にそれに近づいていった。
「ゆっくりしていってね!」
 喋った。
 その首は青年に気づくと朗らかにそう言った。そして
「おにーさん、ゆっくりたすけて!うごけないよ!」
 と続けて言った。
 そこで青年ははたと思い出した。
 これはゆっくり霊夢だ。
 詳しくは知らないが、岩魚坊主に似たような妖怪の一種であると聞いていた。
「助かりたいのか?」
「ゆっくりたすけてね!」
「ま、いいか」
 青年は特に感慨も持たずに罠から逃がしてやった。
 こんな罠に引っかかるような程度では、たとえこちらを食べようとしてきたところで、全力で走れば逃げ切れるだろうという考えがあったのだ。
「これでいいか?」
「ゆっくりありがとう!ゆっくりさようなら!」
 それだけいい、ゆっくり霊夢は彼方へと飛び跳ねて行ってしまった。
「ま、酒の肴になりそうな話ができたかな?」


 特に風も強いとはいえないのに、いやに雲の流れがはやい夜。
 青年はすきま風の音に混じって戸が叩かれる音を聞いた。
 こんな夜更けに訪ねてくるような知り合いはいない。青年は緊張した。
 もしや妖怪か?
 しばし黙っていると、また、戸が叩かれた。
「誰だ?」
「……開けてくださいませ、今夜一晩の宿をいただきたいのです」
 声からすれば、それはまさに玲瓏珠の如し、美女の声だ。
 しかし青年は眉根を寄せた。夜は人間の世界ではないのだ。
 妖怪か、ひょっとしたら物取りか。
 妖怪だったとしたら昨今無闇に人家に押し入ってまで欲を満たすモノはいなくなったから、まぁそれほど危険ではないだろう。
 では物取りは?相手が人間ならば妖怪よりはくみしやすい。そう思い、青年は長めの木の棒を持った。
「よそではだめなのかね?」
「ここには優しいお人が住んでいると聞きましたので」
 どうにもこれは引く気配がない。意を決して青年は戸を開けた。
 そこにはたしかに一人の女人がいた。黒い髪はつやつやで、白い肌は良い張りをしている。
「ああ、ありがとうございます、これで今夜はぶっ!!」
 青年はその女人の顔面に拳を叩きつけていた。
「ぶっぶえぇっ!!どおじでぇっ!?」
 頬をおさえて青年を見上げる女性。
「おまえみたいに顔がでかくてぶよぶよの女がいるか!このスカタン!!」
 そう、その女人はゆっくり霊夢だったのだ。胴体がついているが、おそらくは変化したのだろう。これでも一応妖怪なのだ。
 青年はこれでもかと棒切れで殴り続ける。
 体中がへこみ、皮はたわんで裂けてしまい、中身がはみ出たりしている。
「ぶっ!ぶぎゅっ!!やべでっ!!まっで!!れいぶのはなぢをぎいでねっ!!ゆっぐりぎいで!!」
「なんだよ」
 青年は棒を振りかぶったまま聞いた。
 ゆっくり霊夢は呼吸を整えながら、身を起こすと身なりも整えて
「れいむがおよめさんになってあげるね!」
 と微笑みながら言った。
 ゆっくり霊夢の顔面に再び青年の拳が埋め込まれていた。
「ゆっぎゃん!!」
「馬鹿か!?なんでおまえなんかに嫁に来てもらわなきゃなんねんだ!?」
 そのままゆっくり霊夢の体にヤクザ蹴りを叩き込む。
「いだいっ!!いだいよぉぉうぅっ!!やべでっ!!やべでねえぇえぇえぇっ!!どおじでやべでぐんないのぉっ!?」
 足に感じる柔らかい感触が青年を熱くさせる。
「てめえっ!俺が里の女にもてないと思ってやがるなっ!?ああっ!?」
「や゛べでえ゛ぇえ゛ぇぇえ゛ぇぇっ!!ぞん゛な゛ごどじら゛ら゛い゛の゛ぉぉお゛ぉぉっ!!!」


 青年に殴られ、朦朧とした意識のなかでゆっくり霊夢は思い出していた。
 それは罠から解き放たれ、自分たちの縄張りに戻ったときのことだった。
「ぱちゅりー!にんげんにおれいがしたいよっ!」
「むきゅ?それならこんなおはなしがあるわ」
 そう言うとゆっくりぱちゅりーは、鶴の恩返しや鮒女房など、人間に助けられた鳥獣が化けて恩返しをするお話を聞かせた。
 そのどれもが、まず人間と結婚し、一緒に暮らすというものだった。
 さらにゆっくりぱちゅりーは、他にも人間に恩返しにいったゆっくりたちの話もしてあげた。
 ゆっくり霊夢はそれを目を輝かせて聞いていた。
「ゆ!れいむはおにいさんにおんがえしをするよ!!」
「むきゅん、そう。わかってるわね?」
「ゆ!ゆっくりりかいしてるよ!」
 そう、人間には……


「れいぶはごおんがえじにぎだのぉぉっ!!!」
「ああ?おんがえし?なんのこっちゃ」
 息も絶え絶えなゆっくり霊夢はぴくぴくと身じろぎしてなんとか起き上がろうともがく。しかしもはや体は動きそうにない。
 体は損傷が激しく、裂けて千切れてたわんでいた。動くだけでも激痛がはしるはずだ。
「恩返しってなんだよ?」
「れ、れいぶのがおをだべでねぇ……」
「はぁ?」
 ゆっくり霊夢は聞かされた物語のとおりにするつもりだった。だが、この痛んだ体では結婚生活など出来ようはずもない。
 だから、正体がばれた時のための言葉を言った。それはゆっくりという妖怪たちにとって最大限の恩返しだったのだ。
「れ、れいぶのがらだはおまんじゅうだがら、きっどおいじいよ!ゆっぐりたべでね!」
「饅頭ねぇ」
 呟き、青年はリボンのように膨らんでいる部分を千切った。
「ゆ゛っ!」
 身を千切られる痛みに小さく鳴くゆっくり霊夢。だがその表情は紅潮していて、どこか嬉しそうだ。
 恩返しのための傷だからに違いない。
 確かにその手触りは饅頭のような感じだった。
 見れば中には餡子のようなものがみっちりと詰まっている。
 皮が赤く染まっているからには苺などの味でもついているのかもしれない。
 青年はそれの匂いを嗅ぎ、悪くなっていないかを確かめる。それはほのかに甘い匂いがした。
「ふむ。たしかに食べられそうだな」
 そう言うと青年はその肉片を口に入れて咀嚼し始めた。じっくりと味わうように噛んでいる。
「そ、そうだよ!!れいむはおいじいよ!ゆっくりあじわっでね!」
 ゆっくり霊夢が期待に目を輝かせた。これで恩返しができる!
べっ!
「ゆ?」
 青年は口に含んでいたゆっくり霊夢の肉片を吐き捨てた。
「まずい。なんだこれ?」
「ゆ?ゆゆ?ゆゆゆ?」
 青年はそのままゆっくり霊夢のほっぺを千切りとると、ふたたび口の中に入れた。
「ゆ゛ぐっ!ど、どう?れいむのほっぺはおいしいでしょー?」
「まずい。食えたもんじゃねぇ」
べっ!
 噛み砕かれた肉片がゆっくり霊夢に降りかかる。
「ゆっぎゅううぅううぅん!!!どおじで!?」
「てか、お前こんな不味いもん食わせて恩返しとか言ってるのか?馬鹿か?」
「ゆげぇええぇえぇん!!どおじでぞんなごどいうのぉぉおおっ!?どおじでぇっ!!?やざじいおにいざんだっだのにぃいっ!!!」
「不味いもんには不味いとはっきり言う主義だ」
 言い切って、青年はぼろぼろのゆっくり霊夢を持ち上げた。
「ゆ?なにするの!?ゆっくりおろしてね!」
「お前を森にかえしてやるだけだよ、二度とうちにくるなよ。恩返しだかなんだか知らんが、初めて喰ったぞあんなクソ不味いもん。あ~~~気ィ悪い」
 青年は提灯を片手に家を出た。しかしこんな夜に遠出をして、妖怪に出くわしたら目も当てられない。近場に打ち捨てておくつもりだった。
「ゆ!?だめだよ!おんがえしできなかったらゆっくりできないよ!」
 それもゆっくりぱちゅりーが教えてくれたことだった。
「知ったことか」
「ゆぎゅぐうううぅうぅぅううぅぅっ!!!やめてね!ゆっくりはなしてね!!おねがい!!」
 青年の手の中で蠢きもがくゆっくり霊夢。
「あ~、もういいや、面倒くさいしこれ以上は危ない気もするし」
 青年はそう言うと、ゆっくり霊夢を投げ捨てた。
 湿った音を立てて落下したゆっくり霊夢。
「ゆ!?く、くじゃ~~い!くざいよぉぉおっ!!ゆっぐりできないぢょぉおお!!」
 ゆっくり霊夢は肥溜めに浸かっていた。
「巣に帰れないんだったらそこにいろ。うちにきたら今度は潰すからな」
 青年は非情にもそんなことを言って引き返してしまった。
 満身創痍で身動きの取れないゆっくり霊夢はだんだんと肥溜めに沈んでいく。
 もがいてももがいても、溜まった人畜の糞尿を掻き乱すだけで出られる気配がない。
「まっでぇぇぇええぇっ!!おいでいがないでぇぇえぇっ!!ゆっぐりできないよぉぉおぉっ!!!」
 悲痛な声がどこまでもこだました。


終わり。

「異類婚姻譚」と「見るなの禁忌」は大好物です。
もうちょっと年を経たゆっくりはもっと上手く変化して、それはもう絶世の美女になって結婚生活を営みます。
で、湯浴みを覗かないようにとの約束を破ると「ゆっくりたべてね!」となります。
雪女とかの場合は子供が出来る話もありますけど、こいつらの場合は子供ができません。

後半を変えると愛でスレでもいけそうな気がしたw

著:Hey!胡乱








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最終更新:2022年05月03日 18:31