「な、なんだこりゃああああぁぁぁぁぁ―――――――!!!!」

男は外食から帰ってきて、部屋の様子を見て悲鳴を上げた。
破壊された窓、泥だらけの廊下、荒らされた居間、食べ散らかされた台所。
男に同居人はいない。いや、強いて挙げるなら、せいぜい蚊と我らが無精人間のアイドル、Gくらいなものだ。
男も同僚からはズボラと定評のある男だが、いくらなんでもこれはない。
まさか、蚊やGがこんなことはしないだろう。何しろ人間とは持ちつ持たれつの関係だ。文々。新聞を丸めて鬼ごっこをするくらい、仲のいい友人という自負がある。
ならば泥棒? いや、それもない。
玄関はともかく、迂闊にも窓の鍵は閉めていなかった。泥棒なら割って入るなんて、目立つ真似をするはずがない。
となると、犯人は奴しかいない。
今や農家の間で第一級指定害虫に認定されている奴しか!!!
男はまだ家の中に居るのではないかと、家じゅうを見回った。
すると、ソファーの下から、ついに奴を発見した。

「見つけたぞ!! この腐れ饅頭が!!!」
「ゆゆっ!!! まりさのおうちでおおきなこえをださないでね!!」

男の声にビックリしたゆっくりまりさが、モゾモゾとソファーの下から出てきた。
どうやらこいつが、この惨状の下手人らしい。
しかも、口には今夜の酒のおつまみとして取っておいたスルメを咥えている。

「あん? 誰のおうちだって? ここは、先祖代々、平安時代に桓武天皇が京に都を移した時から、我が一族が占有していた土地なんだよ!! 
知能のある饅頭なら、饅頭らしく自分から人様の口に入るくらいの気概をみせろってんだ!!」
「わけのわからないこといわないでね。ここはまりさがみつけたゆっくりすぽっとだよ。おじさんこそ、まりさのおうちにかってにはいってきたんだから、まりさにごはんをよういしてね!!」
「ヌケヌケと!!!! 誰がここの掃除すると思ってやがんだ!!!」

クソ!! マジで腹が立つ!!!
しかも、スルメをクチャクチャしてるから、余計に俺を馬鹿にしているみたいで腹が立つ。
同僚がゆっくりに家を荒らされてマジギレしたって聞いた時は、「饅頭相手に何みっともないことを……」と言ったもんだが、自分で体験して初めて分かった。
すまん、同僚A。マジでぶっ殺してえ!!!

男はただでは帰す気が無くなった。徹底的にこの怒りをぶつけなければ気が済まない。
しかし、こいつらは知能が低い。痛めつければ、一時的には人間の言うことを聞くが、すぐに忘れ、またいつもの傲慢さを発揮すると、同僚Bも言っていた。
下手をすれば、人間の言うことなど、初めから全く理解していないこともあるそうだ。
つまり、男がどんなに頑張っても、このゆっくりまりさを肉体的に痛めつけることしか出来ないということだ。
だが、肉体的な痛さは本当の痛さじゃない。
本当に痛いのは心が痛い時だ。心が傷ついた時だ。
寺子屋に通っていた時、大好きだったよっちゃんに、「あなたって、ちょっと臭い……」と言われ、しばらく飯が喉を通らなかった男には、それがよく分かっていた。
もっと内心を痛めつけたい。心を再起不能にしてやりたい。
男は考えた。考えに考えた。そして、一つのいい案を思いついた。

「ほう。饅頭のくせに、人間様に逆らうとはいい度胸だ。今すぐ追い出してやんよ!!」
「ゆゆっ!! まりさにかてるとおもってるの? やっぱりにんげんはばかだね!!」
「へっ、ほざけよ!! この超ウルトラスーパーミラクルハイパースペシャルメガトンパンチを食らって立てた奴は、今まで108人しかいないぜ。あの世で大食い亡霊に食われないように祈るんだな!!」
「ゆっ!!! そんなおそいぱんち、まりさにあたらないよ!!」
「ば、馬鹿な!!! 俺の超ハイパーウルトラミラクルハイパースペシャルマッハギガトンパンチを避けるなんて!!!!」
「やっぱりにんげんはざこだね!! こんどはまりさのこうげきだよ!! ゆゆ――――――――!!!!」
「ぐはあぁぁぁ――――!!! な、なんだと!! この世界ジュニア幻想郷里一番武道会選手権を過去に4度も制覇した俺が饅頭如きにいいいぃぃぃぃ――――!!!」
「のろまのにんげんがまりさにかてるわけないよ!! ゆっくりりかいしてね!!」

自身の最大の必殺技が破れたばかりか、まりさの渾身の体当たりをその身に受け、なすすべなく床に倒れこむ男。
その男の背中の上で、まりさは「仕留めたり―――!!!」といった感じで、ピョンピョン飛び跳ねている。よっぽど男に勝ったのが嬉しかったのだろう。

「う、ううぅぅ……」
「ゆゆっ!? まだいきてるよ!! いますぐとどめをさしてあげるね!!」
「ま、待ってくれ。参った、俺の負けだ。だから俺の話を聞いてくれ」
「ゆっ!? はなし? ゆっくりきかせてね!!」
「あんたの強さにはビックリした。ぜひ、俺を召使いにしてくれ」
「ゆゆっ!!」

まりさは驚いた。人間が自分の強さに感動し、召使にしてくれと言ってきたのだから。
本当はこのまま殺そうと思ったが、そんなことなら話は別だ。
人間を召使いにするゆっくりなんて今までいなかっただろう。寛大なまりさは男の話を飲むことにした。

「わかったよ!! とくべつにつよいまりさのめしつかいにしてあげるよ!! だからゆっくりごはんをもってきてね!!」
「わかりました。そのまえにまりさ様、折り入ってご相談があるのですが……」
「ゆっ? そうだん?」
「はい。このまりさ様のゆっくりスポットに、まりさ様の御友人を紹介しては如何でしょう。御友人全員が、こんな大きなお屋敷を持っているまりさ様を尊敬するでしょう」
「ゆ―――……」

まりさは男の話を聞いて考えた。
確かに男の言う通りだ。こんな大きな家を持っているのは、まりさの交友関係には一人もいない。
森で一番大きな木の根の下に巣を構えるありすよりも、大きな岩と岩の隙間に住んでいるぱちゅりーよりもすごいお屋敷だ。
しかも、庭付き召使い付きという豪華ぶり。
こんなすごいお屋敷を手に入れたと分かったら、れいむはなんて言うだろうか?
まりさが人間に勝ったことを聞いたら、なんて言うだろう?
子供のころから一緒に遊び育ったれいむ。森一番綺麗なれいむ。大好きなれいむ。世界で一番好きなれいむ。
きっと目を丸くして驚くだろう。れいむもこんな家に住みたいというだろう。人間に勝ったなんてすごいと褒めてくれるだろう。
そんなれいむに「まりさのおうちでいっしょうゆっくりしていってね!!」なんて言えたら、ものすごく格好いいではないか!!
れいむと二人で過ごす初日。
召使いに命令して、ディナーには先ほどまりさが食べて感動した焼きそば(男の朝食の残り)を用意させる。れいむもきっと満足するに違いない。
その夜には、愛し合う二人はどちらからともなく寄り添いあい、
「れいむ、まりさはもうがまんできないぜ!!」
「まって、もうすこし!! もうすこしだけ!!」
「れ、れいむ!! げんかいだぜ、だすんだぜ!!」
「まりさ、いっしょにいこうね!!」
「いくぜ、れいむ!!」
「「すっきり♪♪♪」」
と、愛し合うのだ。
翌日には、れいむの頭から延びた蔓が実をつけ、落ちる。
赤まりさが5匹、赤れいむが5匹なら、れいむも不満なんてないだろう。
そして、子供達には徹底的に英才教育を施すのだ。
自分の餡を引いた赤まりさには一流の戦闘術を、れいむの餡を引いた赤れいむには、どこにだしても恥ずかしくない器量を授けてやる。
何しろまりさは人間に勝つくらい強いゆっくりだ。自分とれいむの子供なら、きっと強さで満ち溢れているだろう。
子供が大きくなったら、今度はみんなで人間の里に攻め込むのだ。そして、人間すべてをまりさたちの奴隷をして扱き使ってやる。
きっと、森中のゆっくりがまりさの偉業を讃えるだろう。
まりさは、人間から里を奪った英雄として、きっと末代まで語り継がれるに違いない。
最後は、愛するれいむ、子供、孫、ひ孫、そしてまりさを讃える多くのゆっくり市民に看取られながら、その生涯を閉じるのだ。
なんと素晴らしきかな人生よ!!

「ゆ!! たしかにいいあんだよ!! さすがはまりさのめしつかいだね!!」
「お褒めに与り光栄です」
「それじゃあ、まりさはれいむをゆっくりよんでくるよ!!」
「れいむ? れいむさんだけですか。今日はお友達全員をご招待するべきでしょう。まずは、全員にまりさ様の偉大さを見せつけるのが得策かと。れいむさんは後日、ゆっくりと……」
「ゆ―――……」

本当なられいむ一匹を呼んで、先ほど思い描いた未来予想図を早く成し遂げたいまりさだが、確かに男の言い分も理解できる。
まりさはいずれは森の支配者になるゆっくりだ。
れいむだけを呼んで、れいむの口からまりさの偉業が伝わるよりも、全員を呼んで最初に大きなインパクトを与えたほうが、後々の反応も違ってくるに違いない。
残念だが、れいむは後日一匹で呼ぶことにして、今日はまりさの友人全員を招待しよう。
そんなまりさに、男があるものを手渡した。

「まりさ様。御友人を招待するならこれをお持ちください」
「ゆゆっ? これはなあに?」
「これは飴ちゃんというものです。一口どうぞ」
「ぱく♪ むーしゃむーしゃ、ぺーちゃぺーちゃ……ゆゆゆゆゆゆ!!!!! おいしいいいいぃぃぃ―――!!!! しあわせー♪♪」
「お気に召したようでなによりです」
「もっとまりさにたべさせてね!!」
「残念ながらこれしかないので、我慢してください。これは人間にしか作れません。御友人の中には、まりさ様が人間に勝ったことを信じない方もいるでしょう。
そんな友人に、人間に勝った証拠としてこの飴ちゃんを食べさせてやってください。まりさ様の言うことが真実であると分かってくれますよ」
「ゆう――――……」

まりさは物欲しそうに飴玉を見ている。涎まで垂らしている。

「御馳走を用意して待っていますから、お腹を空かせて帰ってくれば、もっと美味しく食べられますよ」
「……わかったよ。まりさはがまんするよ!! そのかわり、いっぱいごちそうをよういしててね!!」
「分かりました。では、行ってらっしゃいませ」

男がまりさの帽子の中に、飴玉を入れてやる。
飴玉が落ちないように確認すると、まりさは男に見送られ、ゆっくりスポットを後にした。
男はまりさが見えなくなるまで、「行ってらっしゃいませ」と手を振っていたが、まりさが見えなくなるや、手をおろし、口元を歪めた。





「むきゅー!! しんじられないわ!!」
「そうね。にんげんにかったなんて……」

まりさの巣の前に集まったゆっくり達。まりさが大発表があるからと、集めた友人たちである。
全員が集まったことを確認すると、まりさは切り株の上にゆっくり上り、「ゆっゆっ!!」と軽く咳払いをすると、演説調で先ほどの件を友人たちに伝えた。
人間に勝ち、その人間を召使いにして、さらには豪邸まで手に入れたまりさの話を聞いて、ゆっくりたちは大いに沸いた。
しかし、そんなまりさに、ぱちゅりーとありすは、「信じられない!!」と反論する。
別に、今まで一番豪華な家に住んでいた二匹が、まりさに負けて悔し紛れに言い返したわけではない。
いや、ありすは若干それもあったが、しかしそれも些細なことに過ぎない。
二人が反論したのは、ゆっくりが人間に勝てないということを漠然と理解していたからである。
さすがはゆっくりの中で、1,2を争う知能を持っているだけはある。
しかし、まりさは動じない。
人間に勝ったことは紛れもなく事実であるし、何より、あの召使いから預かっていた証拠がある。
まりさは帽子の中から、男にもらった飴玉を取り出すと、全員に分けて配った。
ちなみに余談ながら、全員には一個ずつしか与えなく、余った飴玉はまりさが美味しく頂いた。

「みんな、これがしょうこだよ!! これはにんげんのおかしだよ!! にんげんにかたないとてにいれられないよ!!」

まりさは食べてみてと、友人たちに勧める。
ゆっくり達は初めて見た食べ物に、初めは興味半分恐怖半分で眺めていたが、まりさの幼馴染にして愛するれいむが「まりさがうそをつくはずないよ!!」と、飴玉を口にした。
するとどうだろう。れいむの顔がトロけてくるではないか!!

「むーしゃむーしゃ、おいちー♪ しあわせ――――♪♪♪」

れいむのあまりに幸せそうな顔を見て、他のゆっくり達も一斉に飴玉を口にする。
その結果は、言うまでもないだろう。
まりさの言葉に反論していたぱちゅりーもありすも、こんな美味しいものは食べたことがない!! と言わんばかりに、口の中でむしゃぶり転がしている。
まりさは、そんな様子を満足そうに眺めていた。

「どう? まりさのいうことはほんとうだったでしょ!!」
「わかるよー!! まりさはほんとうににんげんにかったよー!!」
「むきゅぅぅ……たしかににんげんにかたないと、こんなおいしいものはてにはいらないわね!!」
「ま、まあ、さすがはまりさといったところかしら。とかいはのありすがほめてあげてもいいわよ!!」
「れいむはどう? まりさはれいむのために、おかしをもってきたんだよ!!」
「やっぱりまりさはすごいよ!! にんげんにかっちゃうなんて、ほんとうにつよくてかっこいいね!!」

まりさはれいむの言葉を聞いて、天にも昇る気持ちになった。
みんなの目がなければ、このままれいむに襲いかかっていただろう。
しかし、未来のゆっくりの指導者として、そんな恥ずかしい真似は出来ないと何とか自制し、友人たちの顔を見渡して言い放つ。

「みんなよくきいてね!! みんなをよんだのはおかしをあげるためだけじゃないんだよ!! じつは、きょうはみんなをまりさのあたらしいおうちにしょうたいしようとおもったんだよ!!
まりさがじぶんでおもいついたんだよ!! めしつかいのあんじゃないよ!!
まりさのめしつかいがおいしいものをいっぱいつくってまってるから、みんなまりさのおうちにゆっくりあそびにきてね!!」

まりさの言葉を聞いて、ゆっくりたちは再び沸き出した。
今まで食べたことのない美味しいお菓子。そんなものが、きっとまりさの新居にはたくさんあるのだろう。
いや、もしかしたらもっとすごいものがあるかもしれない。ゆっくり達はまだ見ぬまりさの新居に夢を膨らませていた。
まりさが「みんな、ゆっくりきてくれるよね?」と確認すると、「ゆっくりつれていってね!!」と一人の反対もなく満面の笑みで答えた。
まりさはその答えに満足すると、みんなの先頭に立って、召使いの待つ自分の新居に飛び跳ねていった。




「これがまりさのおうち!? こんなおおきなおうちをてにいれるなんて、まりさはやっぱりすごいよ!!」

家に着くや、ゆっくり一同は、まりさの家を見て、驚き唖然としていた。
男の家は一般的な人間の家よりは小さいが、ゆっくりからすれば、それは豪邸というよりすでに城に近い。
そんな唖然としている友人たちを眺め、まりさはどんなもんだと、胸を張っていた。
何時までもみんなのまりさを讃える言葉に酔いしれていたかった。
しかし、凄いのは外見だけではない。
中には、トランポリンのような柔らかいソファーや、冬でもゆっくり出来るであろう布団や毛布、大きなプール(風呂)に夜でも明るい光を放つ物体など、ゆっくり出来るものが目白押しだ。
さらに、まりさの強さに惚れて召使いになった男と、美味しい食べ物がまりさ達を待っている。
中に入れば、さらにまりさに尊敬の目が向くだろう。

「みんな、いつまでもそんなところにいないで、なかにはいってね!!」

まりさは全員を家の中に招待する。
今回は窓から侵入はしていない。都合よく、玄関のドアが開いていたのだ。
まりさは、偉い自分たちのことを考えてドアを開けておいてくれたんだろうと、帰ってきてから姿を見ていない召使いを、心の中で特別に褒めてやった。

「ゆっくりみんなをつれてきたよ!! ゆっくりはやくまりさとみんなにごはんをはこんできてね!!」

まりさは男の家に着くや、大声で男に命令する。しかし、召使いからの返事はない。

「まりさのめしつかいぃぃ―――!!! どこいったのおおぉぉ―――!! ごしゅじんさまがかえってきたから、ゆっくりむかえにきてね!!」

しかし、やっぱり返事はなかった。まりさはどうしたのかと不審に思った。
食べ物の調達にでも行ったのだろうか?
そういえば、まりさが台所を漁っていた時、食べ物が相当少なかった気がする。食べ物を調達しに行っていても不思議ではない。
いや、しかし、待てよ!! 玄関のドアは開いていたのだ。
ここはまりさの家でまりさの他には召使いしかいないんだから、召使いが出かけていたら、いったい誰がまりさの家に入ったんだ?
まりさですら、前に住んでいた巣で外出する時、木の葉や木の枝で入口を隠していたのだ。召使いだってそれは同じだろう。
ドアを閉められていては、まりさには開けることが出来ないが、初めに入ったように窓を割って入れば問題ないのだ。
召使いが家の危険と引き換えに、無理に開けておく必要はない。

となると、まさか泥棒だろうか? いや、そうだ、そうに決まっている!! そうに違いない!!
まりさの家に泥棒に入るなんてなんて奴だ!! 見つけたら、人間をも倒した「まりさすぺしゃるでらっくす」をお見舞いしてやる!!
頬を膨らまし、姿の見えない相手に意気込んでいたまりさだが、そんな最中、家の奥のほうから「ガタッ」と、誰かが物音をたてた。
召使いが居ないんだから、きっと泥棒だろう!!
強いまりさの手にかかれば、泥棒なんて一捻りだ。れいむも、心底まりさに惚れ直すに違いない。
まりさは鼻息荒くゆっくりたちに言い放つ。

「みんな、よくきいてね!! まりさのおうちにどろぼうがはいったみたいだよ!!」
「ど、どろぼう!?」

ゆっくりたちは驚きふためいている。
凶悪な犯人だろうか? まさか、人間じゃないよね? 帰ったほうがいいのかな?
そんな慌てふためいているゆっくりたちに、まりさは冷静に対応する。

「みんな、しんぱいしなくてもへいきだよ!! まりさはにんげんにもかてるくらいつよいゆっくりだよ!! どろぼうなんて、かんたんにやっつけちゃうからみててね!!」

まりさの言葉に一同の表情は明るくなる。
そうだ!! 我々には、まりさが付いているんだ!!
何しろまりさは、人間を倒し、美味しいお菓子を持ってきてくれた最強のゆっくりだ。
しかも、一同はこのまりさの大豪邸を見て、まりさへの尊敬をさらに膨らませている。
もはや一滴の恐怖さえ、ゆっくりたちにはなかった。

「まりさのゆうしをそのめにやきつけてね!!」

まりさはそういうや、先頭を切って、物音のするほうへ飛び跳ねていった。
ゆっくりたちのそんなまりさの雄姿を目に焼き付けるべく、後に続いた。




「どろぼうっ!! ここはまりさのおうちだよ!! けがをしたくなければ、とっととここからでていってね!!」

家の最奥にある部屋についたまりさは、開いてるドアに突入するや、開口一番威勢のいい言葉を放った。
しかし、そんなまりさが目にしたのは、泥棒でも何でもなかった。

「ゆゆっ!? なんでまりさのめしつかいが、おうちにいるの?」

まりさが目にした人物、それはまりさが出かけて留守だと決めつけていた、召使いこと、この家の(前の)持ち主の男であった。
後から続いたゆっくりたちは、まりさの様子を見て、「泥棒じゃないの?」と、この状況に戸惑っている。

ここに来て、まりさは気づいた。
始めから泥棒などいなかったのだ。つまり、さっき物音を立てた人物も、この召使いだったのだ。
それなら、玄関のドアが開いていたのも納得できる。
しかし、それならまりさが呼んだ時に、なぜ出向かなかったのか?
家の最奥の部屋とはいえ、あれほどの大声で呼べば聞こえないはずないし、召使いは寝ていたり、友達と話をしていたりして気付かなかった訳でもない。
となれば、まりさの声を無視して来なかったとしか考えられない。
その証拠に、召使いは手に美味しそうな湯気を立たせた茶碗を持っている。ご飯を食べていたのが一目瞭然だ。
まりさのご飯も作らず、サボって自分だけ美味しいご飯を食べていたに違いない。
そんな男に、まりさは怒り心頭といった感じで、喰ってかかる。

「なんでめしつかいのくせに、まりさのでむかえをしなかったの? それに、まりさたちのごはんはどこにあるの? さぼってたの? ばかなの? 
めしつかいのくせに、まりさよりさきにごはんをたべないでね!! ぷんぷん!!」

しかし、まりさの言葉を聞いて、男は返事をしないばかりか、思いもよらない行動をして返した。

「ゆべぇぇっ!!!!」

まりさが元いた場所から消える。といっても、自分で動いたのではない。
男に蹴りを入れられたのだ。
これにはまりさばかりか、友人一同もビックリした。
なぜ、まりさの召使いが、いきなり主人を足蹴にするのか。

「ゆっ!! まりさになにするの!! めしつかいのくせに!!!」

まりさは蹴りを入れた自分の召使いを睨み、文句を言う。
痛くはない。というか、衝撃による痛さは殆ど無かった。
男からすれば、邪魔なものをちょっと退かしたという感覚に過ぎない。
しかし、そんなことは関係ない。ようは、召使いが主人に刃向ったということが重要なのだ。
まりさにしてみれば、召使いの答えいかんによっては、解雇どころか、今度こそ息の根を止めるのも止むなしという態度である。
しかし、男はまりさや友人たちに汚いものでも見るかのような視線を送り言い放った。

「ああん、誰が召使いだって? しかも、まりさのおうちだぁ? はっ、馬鹿言うな!! 
ここは、かの頼朝公が鎌倉に幕府を開いて以来、俺の先祖が代々受け継いできた家なんだよ!! 饅頭如きが住めるような場所じゃないんだ。1000回転生して出直してこい!!」

まりさは、一瞬頭が真っ白になった。
言われたことによる怒りはなかった。なぜ、こんなことを言われるのか分からなかったからだ。
ここはまりさの家のはずだ。しかも、目の前にいるのは、先ほどまりさに負けて、召使いにしてやった男。
もしかして別の人間なのだろうか? いや、それはないだろう。
別人にしてはあまりにも似ているし、さっき着ていた服も全く同じだ。匂いだってあの召使いのものと変わらない。
人間なら双子という線も考えるだろうが、多産のゆっくりには双子や三つ子という概念そのものがないので、思いつくはずもない。
間違いなく、目の前にいるのは、まりさの召使いだ。
なのに、まりさに反抗するばかりか、あろうことかまりさに攻撃まで仕掛けてきた。
と、いうことは……

この間、わずか一分。己の餡子をフル回転させて、まりさは完全に状況を把握した。
ちなみに男は、まりさが考えている時間、律儀にも待ってくれていた。

つまり男は裏切ったのだ。
おそらく、まりさが友達を呼びに行っている間に、やっぱりまりさの召使いになるのは嫌だと心変わりしたのだろう。
それが分かるや、まりさは怒りが再点火してきた。
自分の温情で生かしてもらっている分際で、主人を裏切るとは。
しかも、ご飯を作っていないばかりか、召使いに裏切られるなんてみっともないところを友人の前で晒され、大恥を掻かせられた。
これが黙っていられようか? いや、黙っていられるはずはない!!
忘れたのなら、再びまりさの力を思い知らせてやろう。
今度は、もう一度召使いにしてくださいと言われても、してやるつもりはない。
せいぜい愛しのれいむの前で、まりさの力を示すための礎にでもなってもらおう。

「さっきもまりさにまけたばっかりなのに、うらぎるなんてほんとばかだね!! ゆっくりしね!!」
「なるほど……さっき、俺の家に侵入して荒しまくったのはテメーか!! 掃除するのにどれだけ掛かると思ってんだ!! ゆっくり人間様の力を思い知らせてやるよ!!」

男はゆっくり達に逃げられない様に、部屋のドアを閉め、すべてのゆっくりを部屋の中に釘付けにした。
しかし、ゆっくり達は微塵の恐怖も感じていなかった。なぜなら、我らがまりさがいるのだから!!
余裕とは知りつつ、まりさの背後から、精一杯声援を投げかける。
男と微妙にかみ合わない会話を交わしたまりさは、友人の声援を背に、先制攻撃を仕掛けた。

「ゆゆ――――!!!」

まりさの必殺技、「まりさすぺしゃるでらっくす」を男に放つ。
先ほどは、この一撃で男は立つことすら出来なかった。しかし、今回はさっきの戦闘の焼き増しとはならなかった。
男は軽やかなステップで、まりさの渾身の体当たりを避ける。

「ゆゆっ!? まりさのこうげきをよけるなんてなまいきだよ!! さっさとあたってね!!」

今のはマグレ、偶々避けられたに過ぎないと、まりさは再度、体当たりを男に放つ。
しかし、今回も男のステップの前に、まりさの体は空を切った。
そんなまりさに男は余裕の表情で言い放つ。

「はっ!! 所詮饅頭なんざこんなもんだな。次はこっちの番だ。
いくぞ!! 我が77の必殺技の一つ、『真・超ギャラクシーユニバースマッハデラックスファイナルターボゼータプラスアルファテラトンパンーチ!!!!』」

男がまりさにパンチを放つ。
しかし、まりさは先ほどと同じように軽く避ける……………はずだった。

「ゆびゃあああぁぁぁあぁぁ!!!!」

男のパンチをまともに受けたまりさは、体を浮かせ、家の柱に激突する。
まりさは訳が分からなかった。完全に避けたはずだ。
前回と同じように、男のパンチの軌道がまりさにはゆっくりと見えていた。それほど遅いパンチだった。
男のパンチを交わして、再再度、体当たりをする。まりさの次の手はこうだった。
しかし、まりさの予測を超える出来事が起きた。男のパンチのスピードが途中で急に上がったのだ。
いや、スピードが上がったと気付いたのは、柱にぶつけられ畳に落ちてからであった。
攻撃されている最中、まりさには何が起きたのかさっぱり分からなかった。

「ゆぶっ!!!」

ベシャと音を立てて、畳に落ちるや、激痛がまりさの体を走る。男のパンチは、ゆっくりにとってはそれほどの攻撃だった。
まりさは痛みに耐えられず、悲鳴を上げながら畳の上をゴロゴロと転がってる。
しかし、男はそんな様子を見ても慈悲を与えない。
まりさに見下す視線を浴びせ、容赦なく、今度はまりさの顔面に蹴りを入れた。

「ゆびいいぃいぃぃぃぃいぃい――――――!!!」

顔をめり込ませながら、壁に激突するまりさ。
ヨロヨロに成りながらも何とか立ち上がろうとするが、余りの激痛に体が言うことを聞いてくれなかった。
男は、無情にもそんなまりさの揉み上げの三つ編みを掴みあげると、自身の顔の前まで持ち上げ、死なない程度にジャブを何発も放って行く。

「ゆびっ!! ゆびゃ!! ゆぎゃ!! ゆぎぃー!! ゆべっ……お、おねがい……も、もう、やべで……」

口元から、結構な量の餡子をまき散らす。もうすぐ命の危険領域に入るだろう。
さすがに此処までやられれば、いかに傲慢なまりさであろうと、男と自分の力の差くらい、嫌でも認識できる。
恥も外聞もかなぐり捨てて、まりさは男に懇願した。

「ああ!? それが人に物を頼む態度か? 敬語くらい使ったらどうだ!! それとも、饅頭だから敬語なんて使えないのか?」

男はそんなまりさを、冷たい視線で睨み、言い放つ。
そして再度一発、まりさの顔面にパンチ。

「ゆぎゅ!! ……ずびばぜん、ばりざがわるがっだでず。ぼうやべでぐだざい」

餡子と涙をまき散らしたまりさは、部屋に入ってきた時より、若干小さくなっている。
あの威勢の良かった時の面影は既になかった。
男は、まりさの願いを聞いてくれたのか、乱暴に畳の上にまりさを投げつけて、解放してやった。
最後っ屁にと、その顔に唾を吐きつけながら。
まりさは其れきり動かなくなった。まあ、体が小さく上下しているので、生きてはいるだろう。

まりさが動けなくなったと見るや、男は今度は、他のゆっくりの番だと、まりさの友人に向き直った。
一同は部屋の隅で、体を密着させ、ガタガタと震えている。
初めこそ、まりさがいつ男を倒すのかと待ち切れなかったが、男のパンチが入るや、一同に衝撃が走った。
最初はただのマグレ、ラッキーパンチが入ったにすぎないと思った。
しかし、その後の男の蹴りやパンチの連続でまりさの顔の形が変わるのを見れば、いかに呑気なゆっくりとはいえ、嫌でも状況が理解できるというものだ。
まりさは負けているのだ。それも、徹底的に力の差を見せつけられて!!
助けに行きたかった。しかし、誰一人として動くことが出来なかった。
あの圧倒的なまでの暴力を見て、勇敢に飛び出せるようなゆっくりは、この中には存在しなかった。
出来ることと言えば、部屋の片隅で、まりさの無事を祈り、震えていることだけ。
男はゆっくりと震える一同に近づいていくと、膝を折って、目線を下げた。
そして、一同に口を開く。

「さてと……お前たち、ここにはどうして来たのかな? 正直に答えないと、ああいう風になるぞ」

まりさを指差し、恫喝する。
一同は悲鳴を上げるが、それにイラついたのか、男が壁をバンっと叩いて、黙らせた。

「お前たち……俺は騒げなんて一言も言ってない。俺は説明しろと言ったんだ。次はないからな」

さすがに一同にも今度叫べばどうなるか理解出来た。泣きたいのを我慢して無理やり、口を閉ざす。
代表として、一番弁の立つぱちゅりーが、震えながら男の質問に答えた。

「む、むきゅきゅ……ぱ、ぱちゅりーたちは、ま、まりさのあたらしいおうちに、しょ、しょうたいされて……」
「新しい家だ? ここはペリーが浦賀に来航して以来、俺の先祖が守ってきた家だってさっき説明しただろうが!!」
「だ、だって……」
「それに俺のことを召使いとか言ってたが、ありゃどういうことだ?」
「ま、まりさが、おじさ……むきゅ!! おにいさんとのしょうぶにかって、おにいさんのことをめしつかいにしたって……」
「俺に勝った? コイツ、マジでそんなこと言ったのか?
だいだいお前らゆっくり風情が人間に勝てるとでも思ってんのか? いや、そこの帽子は本気で思っていたようだが、お前らもそれを真に受けたというわけか?」
「ぱ、ぱちゅりーもそうおもったけど、で、でも、まりさはおいしいおかしをもってきたから……にんげんをたおさないと、てにはいらないし……むきゅ」
「おかし? なんだそりゃ?」

ぱちゅりーは、これこれこう言った甘くて硬くて舐めると溶けるお菓子だと説明した。

「ははー、なるほど、ずべて合点が行った。俺の家に侵入して、菓子を奪って逃げたのは、この帽子だったってわけだ。あの菓子、どこに行ったのかと思ってたんだ。お前らこいつに騙されたんだよ!!」
「むきゅきゅ!?」
「大方、お前らの気を引こうとして、人間に勝ったなんて嘘を付いたんだよ。お前らもそれを聞いて、この帽子を尊敬しただろ? つまりそういう訳さ。
しかも、その証拠に俺の家から奪った菓子まで使うとは……いやあ、ホント大した嘘つきだ!!」

男の説明を聞いて、一同もゆっくり理解した。
すべてはまりさの虚言だったのだ。理由はおそらく男が言ってた通りだろう。
ゆっくりは一応、ホント一応だが、野生生物の一種だけあって、強さは一種のステータスだ。
強いもの、餌をたくさん集められるもの、巣作りの上手いものは、無条件であらゆるゆっくりの尊敬を集める。
まりさは、これらの3つの要素をすべて一度に手に入れられる方法として、人間を倒し、家を奪い、召使いに美味しいご飯をたくさん持ってこさせることを思いついたのだろう。
まだ人間には勝っていないものの、大きく、素早く、力のある自分なら、人間に負けることなど有り得ないと考え、適当に目をつけた家に全員を連れて行って、その場で作戦を実行しようとしたのだ。
あわよくば、友人たちの目の前で自分の強さを再確認させるいい機会にもなりうるといった打算もあったに違いない。
そして、そんな無謀な作戦を敢行した結果が、あのゴミのように畳の上に倒れたまりさの姿、というわけだ。

ここまで理解するのにおおよそ3分。さすがに、ゆっくりの賢者は思考力がいい。
男はまたまたぱちゅりーが考えている間、律儀にも待っていてくれた。本当はやさしい男なのかもしれない。


「さてと、お前らには、どういった処分をするかね~?」

やさしい男なのではと思った矢先、男が物騒な話をしてくる。
ぱちゅりーたちは、訳が分からず、男に聞き返す。

「む、むきゅきゅ!! しょぶんって?」
「処分は処分だ。お前らも俺の家に勝手に入って来ただろうが。その処分だよ!!」
「むきゅ!! ぱちゅりーたちは、まりさにかってにつれられてきただけだよ!! ぱちゅりーたちもひがいしゃだよ!!」
「勝手にだろうがそうでなかろうが、そんなもん俺には関係ねーよ。お前らだって、そんな泥だらけの姿で俺の家に入って汚したっていう、れっきとした罪があるんだよ。誰が掃除するか分かってんのか!!」
「む、むぎゅ―――!!! おねがいじまず、だずげでぐだざいぃぃぃ―――――!!!」
「だめだ!! と言いたいところだが、俺は麻雀をやる度に、『君は幸運をくれる天使のようだ』と言われるくらい、心温かい人間だ。それに、お前らも騙されて来たという、情状酌量の余地もある。
処分しないわけにはいかないが、まあ生かして森には返してやるよ!!」
「「「「「ぞんなあああぁぁぁぁぁ――――――!!!!!」」」」」

一同は、閉ざされたドアに体当たりをして、何とか逃げ出せないかと躍起になっている。
しかし、土地を買い、30年ローンで建てた新築半年目の家だ。ゆっくりに壊されるほど、まだ家のドアはやわではない。
まりさを応援するためのスタジアムから、一瞬にして監獄に変わったその部屋で、ゆっくり一同は男に理不尽な罪を着せられ、ゆっくり出来なくさせられた。
まりさは、そんな友人たちの恐怖と怨念の籠った悲鳴の声も聞こえず、一匹畳に臥していた。





後編に続く




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最終更新:2022年06月03日 21:54