この作品は以下のものを含みます。
  • ゆっくり対ゆっくりの構図
  • 虐待でも愛ででもないそれは全く新しい(ry)お兄さん
  • ドスまりさ
  • ゆっくり改造
この作品は以下のものを含みません。
  • 人間によるゆっくりの虐待・虐殺
  • 愛で
  • ギャグ
↓それでもよろしければ、お進みください。










                    復讐のゆっくりまりさ(中)





 その日、ゆっくりしていたどすまりさの下に、群れのテリトリーに人間が立ち入ったとの情報がもたらされた。
 しかもその人間は、二ヶ月前、群れを追い出されたまりさと一緒だというのだ。
 何か良くないことが起きているような、そんな予感をドスは覚えた。
「分かったよ。わたし自らが出ていって、話をするよ」
 ドスが広場に出てくると、そこには確かに、男に抱えられたあのまりさがいた。
 広場には群れ中のゆっくりが集まり、男とまりさを遠巻きに見ていた。
 男は何の変哲もないただの男だが、まりさは左目に、二ヶ月前にはなかった眼帯をしている。
 誰一人近寄るものがいないのは、二人の纏う異様な雰囲気に近寄りがたいものを感じていたためだ。
 その感覚は、ドスにも理解できた。
 広場に入り、あのまりさに見つめられた瞬間、言いようのない寒気がドスを襲ったのだ。
 ドスは二人の手前五メートルの位置まで来ると、足を止めた。
「まりさ、おかえり」
 そしてまず、生きて群れに戻ってきたかつての仲間に、そう声をかけた。
 だがまりさは答えない。ドスは諦めの息を吐き、改めて問いかけた。
「二人とも、今日はここになんの用なの? お兄さんは、ゆっくりできるひと?」
 まず男が答えた。
「俺はただの付き添いだ。お前らをどうこうしようって意志はない。敵でも味方でもない。
 二ヶ月前、俺はこのまりさを助けた。そしてまりさがどうしてもしたいことがあると言うから、それを手伝い、ここまで連れてきた。それだけだ」
 ドスの視線が、男の腕の中のまりさに向く。
「……まりさは、何がしたいの?」
 まりさは、答えた。

「復讐だよ」

 その一言は、群れ全体にさざなみのように困惑を伝播させていく。
 一匹のゆっくりが群れから一歩飛び出し、怒りに満ちた声を張った。まりさの父だった。
「まりさ! どうしてそんなこというの!?
 やっぱりおまえはゆっくりできないゆっくりだよ! さっさとここから──」
「うるさいよ」
 静かに。
 ただ静かに告げられたまりさの一言が、群れの空気を押さえつけた。
 他者の心の機微に総じて鈍感なゆっくり達だったが、そこに込められた、研ぎ澄まされた暗黒の感情は明確に感じ取ったのだ。
 まりさは、周囲の皆が自らに抱く恐怖を和らげるために、口元だけの笑みで言葉を発する。
「おねがいだから、みんな、静かにしていてね。まりさは、ドスにだけ用があるんだよ。
 そして──ゆっくりよく聞いてね! ドスは、みんなが思ってるようなゆっくりじゃないよ!」
 再び困惑の波が、まりさを中心に押し寄せていく。
 その中に、まりさは愛しいれいむの姿を見つけた。得体の知れない不安に包まれたかのように、身を震わせている。
 そんなれいむに、まりさは心の中だけで微笑みかける。だいじょうぶだよれいむ、まりさがれいむを、みんなを助けるから。
「ゆ! 何をいってるのまりさ! わたしは群れのみんなのことをちゃんと考えて──」
「ドス、釈明は、まりさがさいごまでしゃべってからだよ!」
「ゆ……」
 またしても、ドスはまりさに気圧された。
 たった一匹の、男の腕に抱かれるほどの大きさしかないまりさに、である。
 この時点で、ドスはまりさに対する警戒を強めた。明らかに、普通のゆっくりではない。
 ここぞとばかりに、まりさはドスの罪を暴きにかかる。
「ドスは、いえの中にたくさんのしょくりょうをため込んでいるよ!
 たべものがとれないときのためだって言うけど、あれは明らかに多すぎるりょうだよ!
 ドスは、みんなからあつめたたべものの一部を、自分のものにしようとしてるんだよ!」
 ザワッ、と一際大きく群れがどよめく。
 確かに、皆普段から取ってきた食料の一部をドスに預け、保管するようにしてきた。
 それが群れ全体のためであると聞かされていたし、それならば、と了承してきたのだ。
 だが物の量を正確に把握できないゆっくり達には、ドスが一体どれほどの量の食料を保管しているのか分からない。
 冬が近くなり、取れる食料が少なくなってきた今、まりさと同様の疑いを持ち始めていたものも群れには何匹かいた。
「ゆっ、た、たしかめてくるよ!!」
 そう言って、数匹のゆっくりが群れを離れてドスの巣へ向かおうとする。
 それを視線で追おうとするドスだったが、その前にまりさの声が飛んだ。
「ドス! まだ話はおわってないよ!
 あのいえの中にたくさんのゆっくりをつれ込んで何をしているのか、まだきいてないよ!」
 そしてまりさはドスの返事を待たず、皆を振り仰いだ。
「みんなも知ってるはずだよ! ドスのいえの中にはいっていったゆっくりは、ゆっくりできなくなって出てきてたよ!」
 ざわざわと、そこかしこでゆっくり達が話を始める。
「ゆっ、うちのこもたしかにつかれてでてきたよ……」
「でもどすがべんきょうをおしえてるって……」
「だからって、つぎのひもつかれたからだのまま、どすのところにいっちゃってた……」
 群れの中に、今まで妄信的に尽くしてきたドスに対しての疑念が芽生えつつあった。
 まだ不信感というほど大きなものでなくとも、一度生まれた『もしかして』は中々消えるものではない。
「ゆ! まってみんな! わたしのはなしもちゃんときいてね!」
 ドスが声を張り上げるが、ざわめきは収まらなかった。
 ドスを支持するものとしないもので、意見の衝突が起き始めているのだ。
 まりさは更に声高に語りかける。
「ドスがどんなりゆうをつけてるのか知らないけど、みんなをゆっくりさせないドスを、まりさはゆるせないよ!
 ううん、もうおまえなんかドスじゃない! ドスの名をかたるにせものだ! このゲスまりさ!」
「ゆ゛ぅぅぅぅっ!!! そのことばはききずてならないよ! あやまってねまりさ!」
 とうとう、ドスが激昂する。
 ドスは、これまで群れのために尽くしてきたつもりでいた。
 そのために多少厳しいこともやってきたが、だからといって『ゲス』とまで言われて黙っていられるはずもなかった。
 まりさはキッと片方だけとなった眼でドスを睨み付け、宣戦布告を行う。
「そう思うなら、ここでまりさとしょうぶをしてね!」
 それを聞いて、まりさ以外の全てのゆっくりが言葉を喪った。
 ドスに勝つ。
 そんなこと、普通のゆっくりにはできるはずもない。ドスは人間でさえそうそう手出しできないほど強大なゆっくりなのだ。
 そのドスに、ただの一匹のゆっくりでしかないまりさが勝つなど、平時なら一笑に伏されるようなありえない話だった。
 だが誰一人茶化すものがいなかったのは、まりさにそうさせないだけの何かがあったからだ。
「おまえが本もののドスだというのなら、まりさなんかにまけるはずがないよね!
 逆にまりさがかてば、おまえはドスなんかじゃない、ただ大きいだけのまりさだよ!
 このにかげつ……まりさはおまえにかつためだけに、おまえよりつよくなるために、がんばってきた。
 みのあかしを立てたいというのなら、まずはこのまりさをたおせ、にせものめ!!」
 溜まりに溜まった怒りをぶつけるように、まりさはドスを挑発する。
「ゆ……どうしても、やると言うんだね」
 そしてそこまで言われて黙っていられるほど、ドスもまたプライドの低いゆっくりではなかった。
 今の自分には、この群れのリーダーとしての立場がある。
 まりさの言うことは一面では事実だが、しかし、それだけのことではないのだ。
 そのことをきちんと説明すれば、群れの皆は分かってくれる。ドスはそう信じている。大丈夫、皆良いゆっくりだから。
 ──だがそれもこれも、目の前のまりさを黙らせてからだ。
「分かったよ、まりさ。そのちょうせん、受けてたつよ!」
 普段は温厚に垂れ下がっている眦を、今日ばかりは怒りの形に吊り上げ、ドスはまりさを睥睨した。
「双方合意したと見ていいな?」
 睨み合う両者の間に、男が割って入る。二匹それぞれの表情を確かめ、頷いた。
 そして懐から十数枚の御札を取り出すと、何やら呟き、空中に放った。
 御札は光の線となって、広場を円形に周回し始める。
「「「ゆゆゆっ!?」」」
 突然の出来事に、円の内側にいたゆっくり達は、慌てて外側に逃れていく。
 やがてリング状になった光線はゆっくりと高度を下げていき、それが地についたとき、薄い光の壁が出来ていた。
 広場の中心、半径二十メートルほどの円形の空間に、まりさとドスまりさの二匹のみが残される。
 男は全てのゆっくりに聞こえる声で言う。
「聞け! この結界の中が、まりさとドスまりさのための闘技場だ!
 ドスに加勢したいならば入るがいい! ただし一度入ったら、どちらかの陣営が全て倒れるまで出られない!」
 それを聞いて、ドスに加勢しようと動き出したゆっくり達もいたが、
「大丈夫だよ! みんなは下がっていて! まりさは、わたし一人でかってみせるよ!」
 ドスの言葉に、渋々といった様子で引き下がる。
 とはいえ、結界の外のゆっくり達は、その全てがドスの勝利を確信していた。
 まりさによって疑念を喚起されたとはいえ、ドスの強さは群れの全員が知っていたからだ。
 一部ではむしろまりさの無謀を嘆き、または嘲る声すら聞こえてくる。
 だがまりさは、それらを全く意に介さず、ただドスだけに憎悪を注いでいる。
「ドスまりさ、戦う前に俺から言っておくことがある。このまりさには、お前の『ゆっくり光線』も幻覚も効かない。
 間違っても使うなよ。それはお前に決定的な隙を生むことになる。その隙を、このまりさは逃しはしないぞ。
 加えて言うならば、このまりさは『武器』を持っている。純粋な力比べになるとは思うなよ」
「……どうしてそんなことをわたしにおしえるの?」
 不可解そのものの表情で、ドスは男に訊いた。
「俺は、別にそのまりさの飼い主なんかじゃないからな。
 ただまりさがお前に勝ちたいと言ったから、俺はまりさを助け、そして戦う術を与えた。それだけの関係だ。
 言っただろう、俺は敵でも味方でもないと。だから、どちらか一方が極端に有利になるような状況にはしたくない。
 何よりこれは、まりさ自身が望んだことでもある」
 驚きの表情で、ドスはまりさに視線を戻した。まりさは静かに、憎悪を漲らせながら、言う。
「とうぜんだよ。ふいうちでおまえにかったところで、うれしくもなんともない。
 みんなが見ているまえで、正面からせいせいどうどう、おまえをたおしてやる」
 まりさは殺意を隠そうともしない。それにドスまりさは、ほんの少しだけ、哀しそうに息を吐いた。
「どちらも、準備はいいな? では、────始め!」



 決闘開始と同時、まりさは弾かれたように飛び出した。
 その速さは他のゆっくりの比ではない。硬化剤の継続投与によって、身体は強い弾力性を持つに至った。
 その弾力性を最大限に活用して、まりさは地面を低く、しかし早く跳ねていく。ただの一歩で、一メートルもの距離を詰めていく。
 対し、ドスまりさはまずは様子を見るつもりであった。
 だがまりさの尋常ならざるスピードを前に、決して余裕を持って戦える相手ではないと判断した。
 ドスはどっしりと構え、まりさを正面から弾き飛ばす算段を立てた。まりさは武器を持つというが、大抵のものはドスには通用しない。
 まりさは構わず、正面から突っ込んでいく。

『ドスパークは始めのうちは警戒しなくていい』

 まりさの頭の中で、男が教えた対ドス戦術が再生されていく。

『他のゆっくりを巻き込む恐れがあるから、戦闘開始直後にはまず使わないと見ていい。
 もし使うとしても、溜め時間が長いから、お前ならば如何様にも対処できるだろう』

 だからまりさは、ひたすら距離を詰めていく。ドスが全身の皮を収縮させ、こちらを弾き飛ばすつもりであるのを理解した上で、だ。
 その通りにドスはまりさが目の前に来た瞬間、その身体を前に押し出そうとして、
「──ゆ?」
 まりさの姿を見失う。
 次に感じたのは、右側面の皮への鋭い痛みだった。
「ゆぐぅぅぅぅぅ!!??」
 つい今まで目の前から突進してきたと思っていたまりさが、いつの間にか真横に回り込み、皮に喰らいついていたのだ。

『お前とドスじゃウェイトの差は明らか。正面からぶつかりあって勝つのは絶対に不可能だ。
 だから決して正面切って戦うな。お前の武器は小回りの利くその身体だ。ドスの死角に回り込め』

 ドスの射程圏内に入る直前、まりさは弾力を最大限に活かして横っ飛びし、ドスの視界から消えたように見せたのだ。
 強く噛み締めた前歯が、ぶつんと皮を噛み切った。
 ドスの硬い表皮を噛み千切るそれは、当然、普通のものではない。
 一度全て歯を抜かれ、男の手によってセラミック勢の鋭い歯が埋め込まれていた。これがまりさの『武器』だ。
 だが浅い。ドスの分厚い表皮は、まりさの一噛みでは餡子にまで届かなかった。
 ドスが振り向いても、もうそこにまりさはいない。またあまりに身体が大きすぎるため、足元まで視界が及ばなかった。
 本能的な勘だけを頼りに、ドスは前方へ跳んだ。その直後、まりさの歯がガチンと鳴る音がした。
 ドスはまりさから距離を取り、再び、決闘開始時と同じ距離を取った。
 違うのは、ドスの皮の一部が喪われていること。
 それはドスの体躯からすればほんの些細な傷だが、群れに与えた衝撃は大きかった。
 無敵だと思っていたドスが、戻ってきたまりさに手傷を負わされた。
 それだけあのまりさが強いのか、それともドスが弱いのか──ゆっくり達には、判断がつかない。
 大小二匹のまりさは、お互いの隙を突かんと、一進一退の攻防を繰り返している。
 ドスは先程の攻撃への警戒から、まりさを見失った瞬間には大きく距離を取るように跳躍した。
 対し、まりさはなんとかドスのサイドを取ろうとするが、回り込む動作の分だけ一手遅れる。
 どちらの攻撃も当たらない──そんな状況が長く続く。

『長期戦は不利だ』

 男の声が餡子の深い位置から響いてくる。

『体躯の差がそのまま体力の差と言っていい。千日手になったら、ドスが痺れを切らすより、お前の体力が尽きるほうが早い。
 だからそうなる前に、早々に状況を打破することが必要だ』

 ドスの死角に入る。ドスは再び警戒して、大きく跳躍する。だがまりさは、攻撃する素振りすら見せなかった。
 そしてドスが次に振り向いたとき、まりさはわき目も振らず自分に突っ込んできていた。
 来る──ドスは予感する。あと次にまりさが着地したとき、再び自分の視界から消える。
 連続してジャンプするのは正直辛いが、あの歯の威力は侮れない。
 だがこうして逃げ回っていれば、いつかまりさにも体力の限界が来る。卑怯と言われようが、背に腹は変えられない。
(ごめんね! ころしたりなんかしないから、どうかわたしに大人しくやられて!)
 そう思えるだけの余裕がまだドスにはあった。
 だがそれが大きな間違いであることに、ドスは愚かにも気づかない。
 所詮己の生来の力を頼みにしてきたものに、己を捨てて強さを得たものの力を理解することはできないのだ。
 まりさが着地し──消えない。
 だが代わりに、その頬は大きく膨らんでいて──
「ぷッ!!!」
 まりさが吐き出したのは、人の拳大ほどもある尖った石だった。
 それは過たず、ドスの両目の間を直撃する。
「ゆぎゅっ!?」
 普段感じることのない痛みに、ドスの動きが一瞬止まる。
 致命的な隙が生まれる。
 コンマ一秒の空白の次に、ドスの右目が映したのは、帽子から次なる『武器』を取り出して迫るまりさの姿。
 そしてそれが、右目が映した最後の光景だった。
 ザグン。
「ゆぎゃあああああああああああああ!!!」
 まりさの咥えたノミが、ドスの右目の表面を抉る。

『目は、日中行動する陸上生物ほぼ全てに共通の弱点だ。その重要性に反し非常に脆くできている。
 だから、狙えるならまず目を狙え。位置的に厳しいが、それだけに見返りは大きい』

 面積としては浅いダメージだが、しかしそれだけで目は目としての機能を喪った。
「はな゛れろ゛ぉぉぉおぉぉぉおおお!!!!」
 ドスが身を揺すると、まりさが突き飛ばされる。思わず口からノミが放り出されるが──ノミはまりさの動きに追随するように一緒に跳んでいく。
 ノミの柄は、紐によってまりさの帽子と繋がっている。
 そして帽子は、まりさの頭に直接縫い付けられていた。
 まりさ種にとって命の次に大事な帽子は、今のまりさにとっては今や命と等しい価値を持つ『武器庫』だった。
 ドスに突き飛ばされたものの、まりさはすぐさまノミを咥えなおし、再びドスへ突進する。
 このとき、ドスは初めて恐怖した。
 まりさの目に宿る、尋常ならざる暗黒の視線が、ドスの一つだけになった目を射抜いたのだ。
 加えてあのノミからは、とてもゆっくりできない何かを感じる。目を抉られてそれを理解した。
 ──ドスは知る由もない。そのノミが、つい先日、百を越えるゆっくりの餡子を吸ったものであることを。
 ノミの刃先から溢れ出すおどろおどろしい何かが、獣の顎となって残る目を狙っているような錯覚が、ドスを襲った。
「ゆ゛ぅ゛ぅぅぅぅぅぅ!!!!」
 まりさとは見当違いの方向に、ドスは跳躍した。『回避』ではなく、それは『逃亡』に等しいものだった。
 このとき、ドスは二つのミスを犯す。
 一つには、恐怖に駆られ、まりさの動きを良く見ずに逃げたこと。
 もう一つには、着地後、既に喪われた右目の側から振り向いたこと。
「──ゆ!?」
 過ちに気づいたときにはもう遅い。まりさの姿はどこにも見当たらなかった。
 その時、まりさはとうとうドスの背後を取っていた。
「ぷっ!」
 まりさが再び口から何かを吐き出す。それはドスの髪の毛に当たって割れ、内包していた液体を撒き散らした。
 まりさが吐き出したのは、透明な液体の入ったガラス球だった。
「ぷっ!」
 ドスが音の発生源に気づく前に、更にもう一つ。また別の場所に当たって割れる。
「ゆっ! うしろにいるね!」
 ドスが振り返る直前、三度、まりさは口から『武器』を吐き出す。
 まっすぐに飛んでいくのは、紐で繋がれた小さな石。
 それはドスの髪の毛で受け止められ、小石同士がぶつかり──火花を発した。
「見つけたよまりさ! いいかげん、おとなしくしてね!」
 ドスはまりさを説得しようと試みた。それは慈悲というよりも、これ以上戦えば自分がゆっくりできないと悟ったからだ。
 まりさは明らかに異常だ。
 男はまりさの『手伝い』をしたというが、それは単純に鍛えたというだけのことではないに違いない──そのことに、ようやくドスは思い至った。
 ──それは、あまりにも遅すぎる発見であった。
 ふとドスが気づくと、何やら自分の後ろが騒がしい。それでも目の前のまりさに対し警戒を緩めるわけにはいかなかった。
 だが折り重なる激しい悲鳴の中から、一匹のゆっくりの言葉を聞き分けたとき──ドスは自分を見失った。
「どずのがみがもえでるぅぅぅうううう!!! れいぶのりぼんんんんんんん!!!」
「ゆ゛あ゛あ゛あああああああ!!!???」
 ドスが叫ぶのと、後頭部の熱を自覚するのは、同時だった。
 まりさが投げたのは、油の入ったガラス球と火打石だった。まずドスの髪に油を撒き、その後火打石で着火したのだ。

『ドスをドスたらしめているのは、他のゆっくり達からの信頼の証であるリボンだ。
 それを破壊すれば、直接的なダメージは少なくとも、精神的には多大な負荷をかけることができるだろう。
 周りに他のゆっくりもいればなお良い。みすみすリボンを壊されたドスは、その失態を責められるだろうからな』
『最も効果的なのは焼き払うことだ。ゆっくりの髪は兎角燃え易い。
 だがそれはお前にとっても同じことだ。火種を持ってうろつくわけにもいかない。
 多少手間だが、この二段階の手順を踏むことで、ドスの髪を燃やすことはできるだろう。
 もっとも、もしお前がこれを自分の頭の上で割ろうものなら、お前自身が焼け死ぬことになるがな──』

 あらかじめ提示されていたリスク。それを承知で、まりさは帽子の中に油と火打石を仕込んでおいた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああ!!! も゛え゛る゛うううううううう!!!」
 ドスは無様にそこら中を転げまわって、火を消そうと躍起になっている。
 だが火はあとに投げた油に燃え移り、より焼失範囲を広げていくばかりだ。
「どずのばがああああああああああああああああ!!!!!」
「どうじでりぼんもやずのおおおおおおおおおおおおおお!!!???」
 遠慮のない罵声がリングの外から飛び交った。ドスの信頼は、喪われたリボンの数に比例して貶められていく。
 あまりに無様な敵の姿を見て、まりさはしかし何も思うことはなかった。
 そうだ。これこそが、自分の求めていたものだ。これでドスは、今までのように皆から信頼されることはなくなる。
 少なくとも、ドスに復讐するというまりさの目的は、この時点で既に達成されつつあった。
 ドスを負かし、その傲慢な自信を打ちのめし、その後は──

 その後は?

「まりざああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 一瞬、思考の淵に沈みそうになった意識を、ドスの怒号が引っ張り戻した。
 ようやく火を消したドスの姿は、哀れなものだった。髪の毛は半分が真っ黒に焼け焦げ、帽子も三割ほど喪われてしまっている。
 群れのリーダーとしての落ち着きはどこへいったのか、猛烈な赫怒を以てドスはまりさを睨みつけていた。
「ごろずっ!!! ごろじでやるぅぅぅぅぅぅ!!! よぐもまりざのりぼんをおおおおおおおお!!!」
 その顔は般若もかくやというほどの、怖ろしい形相と化していた。群れのゆっくりですら、ドスの変貌に恐れ慄いている。
「ようやく本性をあらわしたな! ゲスめ!」
 それを見て、まりさは改めて確信した。
 このゆっくりは、やはりドスなどではない。自分が誅すべき、群れの、いや全てのゆっくりの敵なのだ!
「ゲズはお゛ま゛え゛だあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 慈悲も、恐怖も、一切合財を灼熱の怒りに塗り固めて、ドスは正面からまりさに突っ込んでいく。

『冷静さを見失った相手ほど扱い易いものはない』

 対するまりさの心は冷え切っていた。そうだ、教わったとおりやればいい。そうすれば、このような下劣なゆっくり程度、自分の敵ではない。
 体格差を物ともしない、知識と経験に基づいた自信が、まりさの根幹を支えていた。

『正面から突っ込んでくる敵を、正面から相手にする必要があるか? ──否だ。
 さっきも言ったとおり、どう足掻いてもお前じゃドスの体格には対抗できない。
 よしんば攻撃を加えることができたとして、ただの一度で貫徹できるほど、ドスの表皮は軟くないはずだ。
 ──だから、狙うならば、既に一度攻撃を加えた箇所。一度目で防御を削り、二度目で渾身の一撃をくれてやるんだ』

 まるで暴風のようなドスを前にして、まりさは一歩も退かない。
 ただ機を伺うようにじっと身を低くし──衝突の瞬間、横っ飛びに跳んだ。
 帽子の中のガラス球を割る心配がなくなったまりさの跳躍は、今までで一番速かった。
 跳んだのは、ドスの右側。
 全てはこの瞬間のための布石だ。開始直後、右の頬を噛み千切ったのも。右の目を抉ったのも。冷静さを奪ったのも。
「じねええええええええええええええええ!!!!!!」
 咆哮するドスは、だが気づいていない。ドスの下にまりさはいない。
 まりさの帽子から、先端の尖った竹が落ちてくる。それを咥え、捻るように全身を収縮させて跳躍し。
「死ぬのはお前だああああああああああああああああああああ!!!!!」
 貫いた。
「ぶぉぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 一度噛み千切られ、薄くなった皮は、竹の侵入を容易に許した。
 管状になっていた竹は、そのままドスの餡子を噴出す間欠泉と化す。
 ドスほどの巨体であれば、小さな穴が空いたところで皮同士の圧力によってすぐに塞がってしまう。
 だがそこに管となるものを突き刺してやれば、逆に皮の圧力がそれを固定し、穴は永遠に塞がらない。──今のように。
「あ゛っ、あ゛っ、あ゛っ、あ゛っ、あんごぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
 わたぢのあんごがあああああああああああああああああああああ!!!!」
 勢い良く、細い竹からドスの餡子が流れ出していく。
 勝った。まりさは勝利を確信した。ほどなくドスの餡子は生存に必要な分を垂れ流し、その命を奪うだろう。
 だがそこで、まりさにとって思いもよらぬことが起きた。
「ゆあああああああああああああ!!!!」
「ゆっ!?」
 ドスは餡子が流れ出すのにも構わずに、まりさに体当たりした。
 潰されぬよう、咄嗟に飛びのいて空中でそれを受け止めたまりさだったが、ドスのぶちかましは強烈だった。
 たった一撃で体内の餡子が揺り動かされ、まりさは天地の認識を喪う。
 ボールのように地面を転がり、ようやく体勢を立て直したとき、ドスが大きく口を開いてまりさのほうを向いていた。
「げじどべええええええええええええええええええええええ!!!!!」
 口腔内にドスパークの光が溜まっていく。最早群れへの被害など考えず、まりさを抹殺するつもりだ。
 逃げようと思ったが、足が震えて動かなかった。恐怖ではない。先程の体当たりで、一時的に麻痺してしまったのだ。
 逃げられない。まりさは悟った。

『──もしドスがドスパークを使うなら──』

 この戦いの前、男が最後に教えてくれたことを思い出す。

『もし、ドスがドスパークを使うなら、お前の喪われたその左目に埋め込んだモノを使え。
 発射直前のドスの口の中に放り込むんだ。だがこれは、非常に危険だし、タイミングを誤ればお前が死ぬだけだ。
 だからこれは、本当に最後の手段だ。どうしてもドスパークを避けられないときにだけ、命を賭けて使うんだ』

「まさに今が、そのときだよ!」
 まりさは大きく息を吸い込むと、口、そして左目を閉じる。
「ふん゛っ!!!」
 そして口に含んだ大量の空気を飲み込むと同時、全身の力を右目に集中させた。
 逃げ場を喪ったエネルギーが、右目から鉄砲水のように放たれる。
 バツン、とまりさの眼帯が弾け飛び、その下にあったもの──喪われた眼球の位置に埋め込まれていたものを、若干の餡子と共に発射した。
 まるで人間が全力で投げたボールが如きスピードで、山なりにではなく直線的に、ドスの口目がけて飛んでいく。
 それは過たず、ドスパークの光の中心のキノコに向かっていき──

 ──爆発した。

「あqwせdrftgyふじこlp;!!!!!」
 ドスパークの熱量とまりさが投げたものが激しく反応し、ドスの口内で暴発したのだ。
 男がまりさに持たせたのは、いわゆる打ち上げ花火だった。当然、火薬の塊にも等しい。
 花火は打ち上げられたあと、中心の火薬が爆発することで、『星』と呼ばれる小さな火薬玉が四方八方に飛び散り美しい色を色彩を見せる。
 だがドスパークによって引火した花火は、『星』それぞれが滅茶苦茶な方向に飛び散って、ドスの口内をずたずたに切り裂いてしまった。
「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛…………」
 爆発の衝撃で、ひときわ大量の餡子が頬の穴から流れ出ていた。
 そのとき一緒に突き刺していた竹も飛び出したようで、それ以上の餡子の流出はなかったが、そのことはもうドスにとって何の救いにもならない。
 ドスの体躯は、元の半分ほどの大きさにまで潰れてしまっていた。
 ぐるんとドスが白目を剥き、重々しい震動と共に地面に倒れ伏した。
「…………」
 そして、そのまま起き上がることはなかった。



 まりさは、ドスに勝利したのだ。









  • あとがき
 饅頭のバトルってどう書けばいいんだ。

 また20KB越えたのでまた分割しました。自重しろ。
 しかし……これは……ゆっくり虐待SSどころか、ゆっくりSSなんでしょうか……
 どちらにしろここまで来たので、最後まで書き上げたいと思います。
 ちなみにお兄さんが使った御札は霊夢から買ったものです。お兄さん自身はちょっとだけ腕に覚えがある程度。
 ただしお兄さんは、『外敵から身を護る結界』を、内側と外側を逆にして使っているのですが……

 次でエピローグです。



  • 今までに書いたもの
 ゆっくり実験室
 ゆっくり実験室・十面鬼編
 ゆっくり焼き土下座(前)
 ゆっくり焼き土下座(中)
 ゆっくり焼き土下座(後)
 シムゆっくりちゅーとりある
 シムゆっくり仕様書
 ゆっくりしていってね!
 ゆっくりマウンテン
 復讐のゆっくりまりさ(前)







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最終更新:2022年05月03日 19:19