※この作品は以下のものを含みます
  • ドスまりさ×2
  • 善良なゆっくり
  • 悪辣なゆっくり
  • 制裁要素
  • 虐待お兄さん
それでも良い方のみ、以下にお進みください










                    ゆっくり禅譲





 あるところに一匹のドスまりさがいた。
 外敵が少なく餌の多い森林部に暮らし、とても大きくなったまりさだ。
 森に生えたキノコを食べて育ち、ドス特有のドスパークやゆっくり光線を身につけるに至った。
 まりさには、かつては他に姉妹もいたが、寿命や事故でそれぞれ命を落としていった。
 そも、生物として脆弱なゆっくりがドスと呼ばれるまで成長するには、豊富な経験と多大な知識、そして何よりも運が必要だった。
 そういった意味で、このドスまりさは強運の星の下に生まれたと言っても過言ではないだろう。
「ゆっへっへ、まりささまもおおきくなったし、そろそろむれをもってもいいころなんだぜ。
 もりをでて、てきとうなむれをまりささまのものにするんだぜ」
 ただし性格は最低だった。
 ドスといえど、元がただのゆっくりである以上、性格はそうそう変わるものではない。
 ゆっくりへの情に篤く、人を畏敬し両者の仲を取り持つような存在になるには、またより多くの時間が必要なのである。
 そういった意味でこのドスまりさはまだ若輩であった。よって便宜上、このドスまりさを若ドスまりさと称するものとしよう。
「ゆっゆっゆ! おらおら、どすまりささまのおとおりなんだぜ」
 誰もいない森の中を、その巨体を揺らしながら、若ドスまりさは出て行った。





 あるところに一匹のドスまりさがいた。
 人里にほど近い場所にいる群れのリーダーを勤めるドスまりさである。
 このドスまりさはドスの中でもかなり長く生きており、まさに歴戦のつわものといった風情であった。
 こちらは便宜上、老ドスまりさと呼ぶことにしよう。
 老ドスまりさは、非常に責任感が強く、真面目なドスであった。
 群れを護ることは当然のこととして、群れに属さないゆっくりや人間とも、可能な限り有効な関係を築こうとしていた。
 南にれみりゃ・ふらんあればこれを蹴散らしてゆっくりを護り。
 西にいじめられるめーりんあれば間に入ってこれを助け。
 北に人間の里あれば「あそこには行くな」と群れに教え。
 東に畑持つゆうかあれば群れには手出しさせないから安心しろと言い。
 兎にも角にも、群れとその周囲の環境を護るため東奔西走。良きリーダーであろうとするあまり、ゆっくりできる日は一日もなかった。
 なおかつ、群れの大半はそんな老ドスまりさの考えをあまり理解してくれなかった。
 何度駄目だと言っても、自分の力を過信したゆっくりがれみりゃや人間に殺されたり、めーりんやゆうかを虐めたりするのだ。
 幸いにして相手側に被害を与えたことは今のところないが、それも時間の問題であった。
 元々からして、この群れはあまり素行の良くない群れであったのだ。それをなんとかしようとしたのが老ドスまりさであった。
 だが全く学習してくれない群れの皆に、老ドスは疲れを感じ始めていた。
 その姿たるや、さっさと引退して楽隠居を決め込みたい老体そのものであった。





 そんな折である。
「ゆっ! どすがきたんだぜ! みんなこのどすまりささまのいうことをきくんだぜ!」
 若ドスまりさはたまたま目に付いた群れの前に飛び出すと、早々にリーダー宣言を行った。
 しかしゆっくり達の反応は、若ドスまりさの予想とは異なっていた。
「ゆゆ!! どすがもうひとりきたよ!!」
「どうしよう!? とりあえずれいむたちのどすをよんでくるよ!!」
「ゆゆゆ?」
 若ドスまりさは困惑した。この群れにはもう他にドスがいたのか?
「ゆっ! 自分以外のドスまりさを見かけるのは久しぶりだよ! どうかゆっくりしていってね!」
 やがて、群れのリーダーである老ドスまりさが姿を現した。
 両者の大きさは同じほどであるが、見るものが見ればその纏う雰囲気の違いというものが一発で分かっただろう。
 貫禄というか偉容というか、老ドスまりさにはそういったものが満ち溢れていた。
 対し、若ドスまりさはそんなもの微塵もない。
 また初めて山から下りてきたので、当然、ドスに対する信頼の証である髪の毛のリボンも一本もない。
 これだけでどちらが格上か分かろうというものだ。
 しかし若ドスまりさはそんなこと全然分かっていなかった。
「きょうからここはまりささまのむれなんだぜ! おいぼれどすはとっととでていくんだぜ!」
 ここに虐待お兄さんがいたら若ドスまりさを指差してゲラゲラ笑っていたことであろう。
 それほどまでに若ドスまりさの言動は身の程知らずであった。
 体格とパワーが同じなら、ものを言うのは経験の差である。その点、二匹の差は天地ほどの開きがある。
 ここで老ドスまりさが戦おうものなら、一分と持たずに若ドスまりさは地に伏すことであろう。
 しかし老ドスまりさの発言も、また意外なものであった。
「分かったよ! この群れはまりさに任せて、私は出て行くよ!」
 ここに虐待お兄さんがいたら顎が外れそうなほどに口を開いて呆然とすることだろう。
 何しろ老ドスまりさには、この若輩者に立場を譲る意味が全くないからだ。
 若ドスまりさも、これには流石に驚いた。
 若ドスまりさとしては、群れの目の前で現リーダーを叩きのめし、自らの地位を不動のものとするつもりであったからだ。
 老ドスまりさはゆっくりと説明を始めた。
「実は、もう私も歳をとってしまったから、そろそろ引退しようと考えていたんだよ!
 ちょうどよくまりさが来てくれたことだし、群れのリーダーは若くて強いまりさに譲ろうと思うよ!」
「ゆっ、そういうことなら引き受けてやらなくもないんだぜ!!!」
 強いと言われて、若ドスまりさは得意満面である。
 このドスは自分の強さに恐れをなし、屈したのだ。自分は戦わずして勝利を納めたのだ。若ドスまりさの中ではそういうことになった。
「そうと決まれば、まずみんなにリーダー交代を教えなきゃいけないよ!
 れいむ、群れのみんなを広場に集めてね!」
「ゆっくりりかいしたよ!」
 一匹のれいむが、群れの仲間達を集めに走り去っていった。
 それから一時間ほどして、全てのゆっくりが広場に集められた。
 老ドスまりさと若ドスまりさは、普段老ドスまりさが皆に話しかける際に使っている盛り土の近くに控えた。
「ゆゆゆ? どすがふたりいるよ?」
「あっちのどすはだれー?」
 群れのゆっくりは混乱しているようだった。一度に二匹のドス級を見ることなど、普通ありえない事態だからだ。
「みんな、落ち着いてね! 今から事情を説明するよ!」
 老ドスまりさが声を張り、盛り土の上に乗った。
「突然だけど、私は今日で群れのリーダーを引退するよ!」
「「「「「「「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆーーーーーーー!!!!!!」」」」」」」
 群れは大混乱に陥った。
 あまりに突然すぎる話であったし、今日まで老ドスまりさがいたから群れは存続できていたのだ。
 このままじゃゆっくりできなくなってしまう、と群れのゆっくり達は総じて思った。
「でも大丈夫だよ! ゆっくり聞いてね!」
 老ドスまりさはそう言って一歩引き、若ドス魔理沙に前に出るよう促した。
「今日からは、こっちのドスまりさがみんなのリーダーになってくれるよ!
 私の代わりに、今日からはこっちのドスまりさをドスって呼んでね!」
 老ドスまりさがそう言うと、混乱は収まったものの、しかしまだ困惑顔のゆっくりも多い。
 それが若ドスまりさには不満であった。
(せっかくまりささまがりーだーになってやるっていうのに、なんのふまんがあるんだぜ!!)
 それを察したかのように、老ドスまりさが若ドスまりさに言う。
「さっ、まりさ、みんなに襲名披露演説をしてね!!」
「ゆっ? しゅーめーひろーえんぜつ?」
 聞きなれない言葉に首をかしげる若ドスまりさに、老ドスまりさは頷く。
「そうだよ! 今日からまりさが群れのリーダーになるんだから、その前にみんなの前でリーダーとしての意気込みを語るんだよ!
 ここでみんなの気持ちをぐっと掴むことができれば、まりさの地位は磐石のものになるよ!!!」
「ゆゆゆっ、そういうことならまかせるんだぜ!!!」
 言葉の意味はさっぱりだったが、若ドスまりさはニュアンスでそれとなく理解した。
 要するに、自分がいかに頼れるか、強いかを群れの皆に教えてやればいいのだ。
「ゆっ、そういうわけで、きょうからむれのりーだーをすることになった、どすまりさなんだぜ!!!」
 若ドスまりさは、老ドスまりさよりもさらに大きな声で自己紹介を行った。
 それだけで、群れのゆっくりの殆どは若ドスまりさに好感を持った。
 元気だし、活力に満ち溢れているし、何より若々しくて頼りがいがありそうだった。
 ……実際は新しいものを目にしたときの錯覚も多分に含まれている認識だが。
「まりさは、むれのみんなにいままでいじょうのゆっくりをあたえることをやくそくするぜ!!!
 こっちのどすなんかよりもっともっとだぜ!!! にんげんだってやっつけちゃうんだぜ!!!」
「「「「「「「ゆゆーーーーーーーーーーー♪♪♪」」」」」」」
 頼もしい若ドスまりさの言葉に、群れはいっせいに色めきたった。
 群れが新しいリーダーを認めたという証拠である。
「おめでとう、まりさ! これでまりさが群れの新しいリーダーだよ!」
「ゆへへ、てれるんだぜ!」
 笑顔の老ドスまりさに褒められて、若ドスまりさはとても気分が良かった。
 ああ、なんと自分は幸運なんだろう。労せずしてこれほどの規模の群れのリーダーになれるとは。
 老ドスまりさが、再び皆に向き直る。
「それじゃあ、私が預かっているリボンをみんなに返すから、新しいリーダーに結び直してあげてね!
 それが終わったら、私は群れを新しいリーダーに任せて、ここを出ていくよ!」
「「「「「「「ゆっくりりかいしたよ!!!!!」」」」」」」
 後ろを向いた老ドスまりさに、群れのゆっくりが一列に並んで飛びついていく。
 そして自分の分のリボンを取ると、若ドスまりさの髪に結わえ付けていった。
 一時間ほどして、ようやくゆっくりがそれぞれ元の位置に戻った。
「ゆゆゆっ?」
 ここで若ドスまりさが声を上げる。
 てっきり全てのゆっくりがリボンを付け替えてくれたと思ったが、老ドスまりさの頭にはまだいくつかのリボンが残っていた。
 そして、どうやらそのリボンの持ち主と思しきゆっくり達が、老ドスまりさの近くに並んでいる。
 残っているのは、れいむ一家、まりさ一家、それにありすとぱちゅりーと子れいむが一匹ずつだ。
「ゆっ! ぱちゅりー、これはどういうことなんだぜ! せつめいをようきゅうするんだぜ!」
 全てのゆっくりが自分に従っていないと気づいた若ドスまりさは、容易く激昂した。
 ここでぱちゅりーが迂闊な答えを返せば、すぐにでも潰さんばかりの勢いである。
 しかしぱちゅりーは落ち着いて答えた。
「むきゅ、わたしとありすはこっちのどすの『そっきん』だから、どすといっしょにたびをするわ。
 こっちのこどものれいむは、ありすがそだててるこだから、いっしょにつれていくの」
「まりさ! 自分の側近を選ぶのが、群れのリーダーの最初の仕事だよ!
 まりさも自分の群れの中から、自分に合った側近を探し出してね!」
「ゆっ、そういうことならまぁいいんだぜ」
 老ドスまりさにそう言われ、若ドスまりさは納得した。確かにこれだけのゆっくりがいるのだから選り取り見取りであろう。
「そっちのれいむとまりさのかぞくはどうするんだぜ?」
「れいむたちは、こどもがおおきくなってきたから、あたらしいおうちをさがすたびにでるよ!」
「ごはんとおうちはそのままにしておくから、みんなでなかよくわけてね!」
 それぞれの家長である母れいむと母まりさが言う。
「そういうことならしかたなくもないんだぜ! わかったからさっさとみんなでていくんだぜ!」
 リボンを得たことで、若ドスまりさは既に万軍、いやさ饅軍の長になったかのようなふてぶてしい態度を隠さなかった。
 ここに虐待お兄さんがいればモウガマンデキナくなってその拳を振るうところであろうが、老ドスまりさはなおも温和だった。
「そんなこといわないでね! 私に元リーダーとしての最後の仕事をさせてね!
 私の巣に、緊急用の備蓄食糧があるから、それをドスのお祝いに使おうと思うよ!」
「ゆゆっ、それはいいあいでぃあなんだぜ! さっさとその『きんきゅうようのびちくしょくりょう』とやらをもってくるんだぜ!」
「わかったよ! それじゃあ持ってくるから、リーダーはそこでゆっくりしていってね!」
 恵比須顔のまま老ドスまりさは自分の巣に跳ねていった。
 しばらくして戻ってきた老ドスまりさは、口一杯に含んでいた食糧を吐き出す。
「ゆゆゆう! ごちそうがいっぱいなんだぜ!」
「今日は皆でそれを食べて、新しいリーダーをお祝いしてあげてね!
 それじゃあまりさ達はもう行くよ! ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていくんだぜ!」
 老ドスまりさの最後の言葉に振り向きもせず若ドスまりさは答え、目の前の食糧に突進していった。
 他のゆっくりも食糧に齧りつき、思い思いに口に収めていく。
「…………」
 老ドスまりさはそれを一瞥すると、ぱちゅりー達と一緒に旅立っていった。



 明けて朝。
「ゆゆんっ、ちょっときのうはたべすぎちゃったんだぜ!」
 老ドスまりさの住処をそのまま我が物とした若ドスまりさ──いや、もう区別する必要もないのでドスまりさと呼ぼう。
 ドスまりさは食糧庫を見て溜息をついた。
 昨日はちょっと羽目を外しすぎたようだ。食糧庫の中には、昨日食べた量の半分程度しか餌がない。これでは今後が少々不安だ。
「れいむー! れいむ、はやくくるんだぜー!」
 ドスまりさは側近のれいむを呼んだ。
「ゆ! どす、なんのよう?」
 このれいむ、頭の出来は普通だが中々の美ゆっくりであり、ドスまりさは昨日の歓迎パーティで一目見たときから気に入っていた。
 そのため即日自分の側近とすることに決め、こうして巣の中で一緒に暮らしていた。
「ごはんのりょうがこころもとないから、ちょうたつにいこうとおもうんだぜ。
 このあたりでたくさんごはんがありそうなところをしっていたら、おしえてほしいんだぜ」
「ゆゆ! それならひがしにゆうかのはたけがあるよ!
 あのゆうかったら、きれいなおはなやおいしいくだものをひとりじめして、れいむたちにはわけてくれないんだよ!」
 れいむはぷんぷん怒りながら言う。
「それならさっさとうばっちゃえばよかったんだぜ! なんでそうしなかったんだぜ!」
「だって、ゆうかをいじめるとまえのどすがうるさかったんだよ! れいむたちがいじめると、いっつもゆうかにあやまってたよ!」
「なんておくびょうなどすなんだぜ! あんなやつこのむれからおいだしてせいかいだったんだぜ!」
 どうやらドスまりさの中では、『前の臆病で弱いドスまりさを自分の力で追い出した』ということになっているらしい。
「でもまりささまはそんなよわいどすとはちがうんだぜ!
 れいむ! みんなをあつめてくるんだぜ! ゆうかりんのはたけを、まるごとまりささまたちのものにしちゃうんだぜ!」
「ゆーん! かっこいいよ、どす! さっそくみんなをよんでくるよ!」
 ドスまりさの呼びかけに応じ、群れのゆっくりの大半が集まった。
「それじゃあさっそくえんせいにいくんだぜ」
「「「「「「「ゆーーーー!!!!!」」」」」」」
 気勢を上げるゆっくり達の軍勢は、森を抜け、程なく開けた場所についた。ゆうかの花畑である。
 視界一杯に花々が咲き乱れ、とてもゆっくりできそうな場所だったが、しかし今、そこに主の姿はない。
「ゆゆっ? ゆうかがいないよ?」
「つごうがいいんだぜ! いまのうちにみんなでぜんぶいただいてしまうんだぜ!」
「「「「「「「ゆっくりいただいていくよ!!!!!」」」」」」」
 ゆっくり達は、それぞれが思い思いに花畑の中でゆっくりし始める。
 むーしゃむーしゃするもの、ごろごろと転がるもの、家に持ち帰ろうと集めるもの。
 ドスまりさは花を食べたり集めたりしながら、ときどき周囲の森に横目を向けた。
 どこからかゆうかが見ていたら、それに喧嘩を売ろうという魂胆である。
 怒りに駆られでてきたゆうかを皆の前で叩き潰せば、皆の尊敬の眼差しはより強いものになるだろう。
 しかし結局、ドスまりさが食事を終えてもゆうかは出てこなかった。
「ちっ、つまんないんだぜ! せっかくゆうかをいじめられるとおもったのに!」
「ゆー、しかたないよ、どす! きっとどすのつよさにおそれをなしてにげちゃったんだよ!」
「おくびょうなやつなんだぜ! ゆぇーっへっへっへっへ!!!」
「「「「「「「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!!!!」」」」」」」
 ゆっくり達は大笑いすると、既にぼろぼろになった花畑を自分達の縄張りにすることを決め、群れに戻っていった。



 午後からは、西にいるというめーりん一家のところに行ってみることにした。
「ゆゆっ! くずめーりんがいないよ!」
「おいっ、くずめーりん! さっさとでてくるんだぜ! またいじめてやるんだぜ!」
 ゆっくり達は口々に、めーりん一家の住処である古木のうろに向かって叫び続けるが、出てくる気配はない。
 ドスからめーりんを虐めることを厳禁されていたこともあって、ゆっくり達のめーりん一家への憎悪は並々ならぬものがあった。
「ゆっゆっゆ、まぁまぁみんな、そんなにあせることはないんだぜ」
 いかにも大物らしく身体をゆすり、ドスまりさは笑う。
「どうせめーりんも、このまりささまのきょうだいさにおそれをなし、すがたをかくしているにちがいないんだぜ。
 だからいまはみのがしておいてやるんだぜ。そのかわりいつかみつけだして、そのときはじっくりいたぶってやるんだぜ。
 せいぜいのこりみじかいじんせいをたのしむがいいんだぜ」
「むきゅん! さすがどすらしい、かんだいなおこころだわ!」
「めーりんもいのちびろいできて、どすにかんしゃしてるはずなんだぜ!」
「ゆぇっへっへっへ!!! そうだぜ、まりささまはやさしいんだぜ!!!」
 笑いながら、ゆっくり達は元来た道を戻っていった。



 さて。
 戻ってきたはいいが、結局あまり食糧は集まらなかった。
 朝に比べればそこそこの量にはなったが、しかしこれではすぐになくなってしまうという予感がドスまりさにはあった。
 昨日食べたほどの量をなんとか恒常的に確保したい、というのがドスの願いである。
 一度贅沢を覚えてしまうと、多少のものでは満足できなくなってしまうものだ。
「しかたないよどす! きょうのところはがまんして、あしたまたたくさんあつめようね!」
 にこにこ顔で側近れいむが言う。その美しい笑顔に思わず見とれてしまうが、しかしやはり食糧は欲しかった。
 何か名案はないものか、とドスまりさは考え、そしてぴんと思いついた。
「そうだぜ! にんげんのたべものをうばってしまえばいいんだぜ!」
「ゆゆゆ!」
 側近れいむが色を喪う。
「にんげんはだめだよ! ゆっくりできなくなっちゃうよ!
 むれのなかまも、なんにんもにんげんのところにいってもどってきてないんだよ!
 まえのどすも、にんげんにだけはちかづいちゃいけないっていってたよ!」
 だがドスまりさは気にした風もなく、力強く言った。
「だいじょうぶなんだぜ! まりささまはまえのよわっちいどすとはちがうんだぜ!
 にんげんなんてちょちょいのちょいなんだぜ! しんじるんだぜ!」
 バチン、とれいむに向けて含みを持たせたウインクをする。キモイ。
「ゆゆん……! かっこいいよぉ、どすぅ……!」
 その勇ましい顔に、れいむは瞳を潤ませる。キモイ。
「それじゃあ、まりささまはこれからにんげんのところにいってくるんだぜ!
 れいむたちはみんなといっしょにまりささまのかえりをまってるんだぜ!」
「ゆっくりまってるよ!」
 れいむの見送りを受け、ドスまりさは森の中を跳ねていった。
「ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ……」
 そうしながら、ドスまりさは思考する。
 さっきはついあんなことを言ってしまったが、ドスまりさとてそう簡単に人間から食糧を得られるとは思っていなかった。
 しかし、それほど難しいとも思っていなかった。
 何しろ人間の里の近くで、あれだけの群れが維持されてきたのだ。恐らく、老ドスまりさと人間達の関係は良好であったに違いない。
 なら自分が新しいドスを襲名したと言えば、昨日の老ドスまりさのように、お祝いとしてある程度の食糧は用意してくれるだろう。
 いや、そうでなければならない。このつよいまりささまに、にんげんはしたがうべきなのだ。
 従わなくても、こちらにはドスパークがある。その威力は実証済みだ。
 人間を見たことはなかったが、話に聞いた限りでは、それほど強いものだとも思えなかった。
「ゆっへっへ、このよのすべてはまりささまのものなんだぜ……!」
 そう意気込みながら、ドスまりさは森を下っていった。
 そして開けた場所に出る。地面には規則正しく野菜が並び、その真ん中で直立した細長い生き物がどすまりさを見ていた。
 あれが多分人間なのだろう、とドスまりさは思った。思っていたよりもずっと弱そうである。これなら労せずして食糧を得られるに違いない。
 とりあえず、ドスまりさはゆっくりのリーダーとして挨拶をすることにした。
「ゆっ、おじさん、まりささまは「ドスまりさが来たぞーーーーーーーーーーーーー!!!!!」ゆゆゆっ??」
 ドスまりさの言葉を最後まで聞かず、人間は後ろを振り返って大きな声で叫んだ。
 何事かとドスまりさが思っていると、遠くから両手を上に上げた人間達が、大きな声を上げながらこっちに走ってくる。
(ゆゆっ、みんなでまりささまのりーだーしゅうめいをおいわいしてくれてるんだぜ!)
 そう思ったまりさは、まず人間達を落ち着かせようと声を発した。
「あわてなくていいんだぜ! まずひとりずつならんで、それからまりささまにごはんを「死ねこの化け饅頭が!!!」ゆびゃえっ!!??」
 人間の一人が振り下ろした大木槌が、ドスまりさの額にめり込んだ。
「とうとう来やがったな、クソ饅頭ッ!!」
「オラァッ、潰れろッ!!」
「やっぱり餡子脳じゃ『協定』のことは忘れちまったようだなぁ!!!」
 何も言わないうちに、ドスまりさは複数の屈強な男達からタコ殴りにされた。
「ゆびぇっ、ゆげべっ、べぇえええ!! やべでえええええ!!」
 ドスまりさは突然の事態についていけなかった。
 身体が大きく、ドスパークを使えようとも、このドスまりさには経験が足りなかった。
 しかも痛みらしい痛みも知らずに育ったため、最初の一撃ですっかり闘志を折られてしまっていたのである。
「うるせぇっ! 約束も守らねぇゆっくりにかける情けなんかねぇんだよっ!!!」
「折角、最後の頼みだって言うから聞いてやったってのに! 甘さを見せた結果がこれだよ!!!」
「じらないぃぃぃ!!! やぐぞぐなんでじらないんだぜえええ!!!」
「しらばっくれるんじゃねぇ!!!」
「げびっ!!!」
 ドスまりさの口から、大量の餡子が吐き出された。
 ……実は、前リーダーである老ドスまりさは、人間達と『絶対不可侵協定』なるものを結んでいた。
 その内容とは、ゆっくりが人間の里に一歩でも入った場合、その後の進退にドスまりさは関与しないというものであった。
 ドスまりさの威光を笠に着たゆっくり達の度重なる襲撃に業を煮やした人間達が、老ドスまりさに突きつけた最後通牒であった。
 もしドスまりさが罪を犯したゆっくりを庇い立てするなら、いかなる犠牲を払おうとドスまりさを討伐するとまで宣言して、である。
 老ドスまりさは、すんなりとこれを呑んだ。
 老ドスまりさとしても、正直なところ人間に迷惑をかけるゆっくりの扱いには頭を痛めていたのだ。
 注意しておいたのに、それに従わないゆっくりにかける情けはない、と老ドスまりさも決断したのである。
 しかし今のドスまりさ──若ドスまりさはそれを知らなかった。
 当然だ。老ドスまりさがそれを教えなかったのだから。
 いや、教えずとも、れいむを通して注意は喚起されていた。だがドスまりさは、それを無視した。
 リーダーが変わろうと協定はいまだ有効であり──その範囲には、当然ドスまりさも含まれていた。
「ぢがうぅぅぅう!! まりざざまはどずなんがじゃないんだぜええええ!!」
 ようやく殴られる理由を理解したドスまりさは、必死に主張した。
 ドスまりさからしてみれば、自分の知らないところで交わされた約束で撲殺されようとしているのだからたまったものではない。
「嘘つくんじゃねぇ! そんなに髪にビラビラとリボンつけたゆっくりが、他にどこにいるってんだよ!!!」
「今更言い逃れしようなんざふてぇ野郎だ!!!」
 だが人間達にとっては、その言葉は通用しなかった。
 当然である。普通の人間に、ゆっくりの顔の区別はつかない。ましてや、ほとんど姿を見せないドスまりさである。
 人間達にとって、『人間より大きく髪の毛にたくさんリボンをつけているゆっくり』が、即ちドスまりさなのだ。
「オラァ! さっさと逝けやデカブツがぁあ!」
「ゆがばぁあああああ!!!」
 人間達が、木槌で、木刀で、もしくは石で、ドスまりさを滅多打ちにしていく。その度に、ドスまりさは口から餡子を吐き出していった。
 そんな折、ドスまりさの帽子からぽろりと大きなキノコが落ちてきた。
(ゆ……!)
 そこに、ドスまりさは希望を見出した。落ちてきたのは、ドスパーク用の魔法のキノコであったからだ。
 必殺のドスパークを使えば、こんな人間達など一発で消し飛ばせる。そう思い必死に舌を伸ばして、
「させねぇよ馬鹿!」
「ゆんびぇっ!!!???」
 キノコを蹴り飛ばされた挙句、伸ばした舌を踏みつけられた。最後の希望を絶たれたドスまりさは、両目から目幅大の涙を流した。
 もっともチャージタイムのかかるドスパークでは、撃つ前に阻止されていただろうが、ドスまりさはそんなことにも気づかなかった。
 舌を踏みつけた男が、チッ、と忌々しげに舌打ちをする。
「こうなった以上、群れも放置しておくわけにゃいかねぇな。おい又八、他の男衆連れて森のゆっくり片付けろや。加工所にも応援呼んどけ」
「おうよ」
「どっ……どぉじでええええええ!!!??? まりざのむれになにずるのぉおおおおおおお!!!???」
 男の一人が唾を吐き捨てた。
「ほれ見ろ。やっぱこいつ覚えちゃいねぇ。自分から言い出しやがったくせに」
「ドスっていうくらいだからちったぁマシな気もしたが、そんなことはなかったぜ!」
 かつて老ドスまりさが人間と結んだ協定には、もう一つの要素があった。
 もしドスまりさ自ら人間の里に侵入した場合は、群れ全体を殲滅して良いという内容だった。
 これは老ドスまりさが人間への誠意の証として自ら提案したものであり、それを受け、人間も人里に入ったゆっくり以外には手を出さないと決めたのだ。
 勿論、このドスまりさはそんなことは知らない。
「じらないいいいいい!!! まりざはぞんなやぐぞぐじでないいいいいいい!!!」
「ああうっせぇ。おい、さっさと黙らせようや」
「おうよ」
 それからドスまりさは男達からしこたま殴られ、餡子をきっかり半分吐き出させられると、リヤカーに乗せられ、縄で縛り付けられた。
「ゆ……が……が……」
 息も絶え絶えなドスまりさは、男達の手によって、森の奥まで運ばれていく。
 そしてある地点に辿り着くと、男はリヤカーを傾け、その光景をドスまりさに見せ付けた。
「……ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 ドスまりさは叫んだ。
 あたり一面に広がる餡子の海が、一体なんであるのかを理解した。
 生き残っているゆっくり達は、その全てが人間の持つ網の中に詰め込まれていた。
「むれがあああああああ、まりざのむれがあああああああああああ!!!」
「うるせぇ!」
「ぐぎぇっ!」
 男の拳が、傷だらけになった顔面を殴りつける。
「うわああああああん!」
「ゆっくりできないよぉおぉぉぉぉ!」
「どすぅぅぅぅ! たすけてぇえええええ!!!」
 数匹のゆっくりが、人間の手を逃れてドスまりさのほうへ向かってくる。
「まーだいやがったか」
 近くにいた人間が、それを足で一匹ずつ踏み潰していく。
「ゆぎぇっ!」
「おねーじゃああああわびゅっ!」
「どうじでええええ! なんでだずげでぐれないのどずううううう!!!」
「ああ、ああああ……」
 ゆっくり達は、ドスまりさに助けを求めながら、ドスまりさの前で朽ち果てていった。
 その中には、あのれいむもいた。
「れいぶぅぅぅぅぅぅ!!!」
 れいむは後ろ半分を踏み潰されていたが、まだ息はあった。美しい髪も半分以上が喪われ、見る影もない。
「じっがりずるんだぜっ! れいぶ、じんじゃだめなんだぜええええええ!!!」
 どう見ても助からない傷だったが、ドスまりさは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
 尋常ならざるドスまりさの様子に、男達はれいむにトドメを刺すのを待ってやった。
 れいむは、自分に赦された最後の力を振り絞って、ドスまりさへの別れの言葉を呟いた。
「……どずの、ぜいだ……」
「ゆゆっ!?」
「どずが……にんげんだぢに……でをだじだりなんがずるがらだ……」
「どぉしてぞんなごどいうのぉぉぉぉぉぉ!!??」
「うるざいッ!!!」
 死に体だとは思えぬ大喝に、ドスまりさは竦んだ。
「うぞづぎっ、うぞづぎっ、にんげんなんがに、がでるなんで、どうじでぞんなうぞづいだのぉぉ……。
 おまえみだいなぐぞまりざ、どずでもなんでもないよ……!」
「ぢがっ、ぢがうううう!!! まりざざまはほんどにづよいんだぜぇええええ!!! ほんどなんだぜえええ!!!」
 だがれいむには、もう答える気力も残されていなかった。
 話が終わったと見て、男はれいむを踏み潰すために足を振り上げた。
「ゆっくり……しね……」
 それを最期の言葉として、れいむは飛び散った。
 ドスまりさは、自分の群れの崩壊を最後まで見せ付けられた。
 そしてそのまま、森の中に放置された。







タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年05月03日 15:11