ゼロとさっちん 04b

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ゼロとさっちん 04b - (2009/06/02 (火) 15:11:12) のソース

#navi(ゼロとさっちん)

 ――それは、絶望の大地であった。
 この地ではいかなる魔法も癒しの技たりえず、ただただ枯れて散っていくだけのようにすら思える。
 寂しくて悲しくて。
 そこにあるだけで生きる力をも失ってしまいそうだと、ウェールズは感じた。
 いや、見よ。三人のワルドは苦悶の表情を浮かべたかと思うと、瞬く内に消失したではないか。

 この世界は 命をも枯らす――。
 
「大丈夫」

 さつきが言った。
 喉を押さえながら。
 荒い息を抑えながら。
「私の、コレは、世界から魔力を奪う、だけ」
 太源(マナ)とか小源(オド)とかシオンは言っていた。
 さつきにはその意味はよく解らない。
 いや、解らないふりをしていた。
 本当は知っているのだ。
 さつきは自分が世界を枯らしてしまっていることを知っている。
 世界を枯らして、乾かして――

 そのまま、殺してしまうのだと。
 
 魔術を為す者、魔性に生きる者ならば太源を取り込んで秘儀を操り、あるいは活力と変える。
 だが、さつきの織り成すこの世界は、ただ殺すだけだ。
 魔の力を殺して。
 しかし、自分の力にはしない。
 何も生み出さず。
 何も作り得ず。
 ただただ自分の悲しみと絶望と飢えだけが投影されて具現化された世界。
(ああ、――――なんて、無様)
 それでも。
 今は、それだけの世界でも。
「――偏在を、殺すか」
 一人だけ残されたワルドが、むしろ静かな表情で言う。
 そうだ。
 この世界の中では、ほとんどの魔術は意味を成さずに失われる。
 それはハルケギニアの系統魔法相手にしても同様であった。
 最強の系統魔法と謳われる風において、その真髄と言われる〝風の偏在(ユピキタス)〟――その耐久力は生身の人間に準じるはずであったが、魔力で生み出された存在であるのならばこの〝枯渇庭園〟の例外たりえない。
「メイジ殺しとは、メイジとの戦い方を知悉した練達の平民戦士に対する呼び名だが、この世に、君のこれ以上にその言葉の合う存在もあるまい。君こそは、まさに真実の〝メイジ殺し〟だ」
「…………まだ、やるの」
 さつきの言葉は問いではない。
 確認ですらない。
 どうして自分がその言葉を出したのかすらも、彼女には解らなかったが。
 ただ一つ解ることがある。
(この人は止まらない)
 ワルドという男は、決して止まることはないだろう。
 それだけはさつきにも解っていた。
 うむ、とワルドは頷く。
「そうだな。この世界において、君に勝つのは無理だろう。この私が君に勝つのは、無理だろう。伝説の使い魔に勝つのは、無理だろう」
「だったら!」
 ルイズが叫んだ。
 叫んでから歯を食いしばり、俯いた。
 ――だったら、降伏してください。
 そう言おうとして、言えなかった。言えるはずがないのだと悟ったから。言ったとして、聞き入れてくれるはずが無いと解ったから。
 彼女は自分を見つめたワルドの目を見たのだから。

「ああ、僕の可愛いルイズ。君は本当に優しいな。優しい子だな。その心だけで、気高い魂だけで、それだけでも君は価値がある。魔法の才能なんかなくても、充分以上の、この上ない価値なのだよ。君の本当の、最高の価値は――」
 ――その気高くも優しい魂にあるのだから。
 言葉にされた心と、言葉にされなかった心と。
 その二つを別ったのは、何だったのだろうか。
 あるいは、それはこのワルドという男に残された優しさであったのかも知れない。
「さあ、決着をつけよう」
「うん」
 何の、とは聞かなかった。
 やめて、とはルイズもいえなかった。
 ワルドは頷き、「では、王子」とウェールズと声をかける。
 ウェールズは眼を大きく見開いた。彼には自分がここで何を求められているのかを悟ったのである。
「不詳、このアルビオン王国の最後の皇太子、ウェールズが立会人を務めさせていただく」
「ウェールズ様」
 自分の顔を見上げる少女へと、王子は目を向けた。愛らしい少女だった。桃色がかった金髪に、鳶色の瞳。白い肌。髪は潤いを無くしていた。瞳は充血して赤くなっていた。肌の表面には細かい傷が幾つも見えた。しかし、愛らしいと思った。
 ここでなくて自分にアンリエッタがいなければ、あるいは恋に落ちるような状況かもしれないと、何処か冷静な頭のどこかでウェールズはそんなことを考える。
 再び、前へと向き直った。
「双方、名乗られよ」
 ワルドは剣の形をした杖を顔の前に寄せ、切先を上へと向けた礼をとる。
「トリスティン王国近衛グリフォン隊隊長――いや、」
 言葉を切り。
「レコン・キスタよりの刺客――違う、」
 搾り出す。


「ワルド。ただの、ワルドだ」


 さつきもまた、デルフリンガーを拾い上げる。
「相棒」
「えーと、」
 彼女は荒野に立ち、自分たちを見ているご主人様の顔を見た。泣いてるような顔をしていた。涙が流れていないのは、あるいはこの世界ではその涙ですらも枯らして乾かせてしまうからなのだろうか。
 だとしたら、この世界にも価値があると思う。
 涙の流れない世界だなんて。
 それは、――なんて、素敵。
 息を吸う。
「ゼロのルイズさんの、使い魔の、えーと、ガンダールヴで、」
 そして何か素晴らしいことを思いついたように、さつきは微笑んだ。


「ゼロの使い魔、弓塚さつき」


 ワルドとウェールズは頷き、ルイズは「さつき」と言った。切ない声だった。悲しい声だった。どうしてそんな声を出したのか、当人にもよく解らなかった。さつきは「大丈夫」とだけルイズの方へと一言だけ、残した。
「双方とも名乗りが済んだのならば、立会人より一言。当世は永らくの厭戦気分によって決闘はご法度となれど、古えより己が矜持にかけて杖を掲げ、刃を振り上げるのは貴族の習いであった。この度も古法に倣い、誓約を課す。
 勝者は敗者を侮蔑するべからず。
 敗者は勝者に怨恨を残すべからず。
 命を奪われても従容と受け入れよ。
 不具となっても豁然と受け入れよ。
 勝敗は時の運、始祖の御加護によりもたらせるものと心得よ」
「異議なし」
「私も」
 二人の決闘者は互いを凝視したままにそう答える。
 ウェールズも深く頷き。
「では尋常に――」


「「勝負!」」 


 命も枯れる大地の中で、吸血鬼とメイジは最後の戦いを始める――!

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