「こちらブルーリーダー。どうやら罠にハメられたらしい…。すまないが至急援軍を送ってくれないか?」 無線機の向こうのカナバ大尉は、いつもの調子で言った。彼の電子戦略部隊は俺の機動歩兵部隊の数キロ先、森林地帯を進軍中だった。俺は「了解」と言い通信を切った。しかし、現状彼らを救援に行けるような部隊は、付近に俺たちしかいなかった。 「どうするんです?大尉」 部下のローランド軍曹が言った。言葉では俺の判断を仰いでいるが、口調から乗り気でないのはすぐ分かった。あと二人の部下、カートとニットも同じ考えだろう…。 西方大陸戦争…後にそう呼ばれるこの戦争も、まだこの頃は小さな小競り合いでしかなかった。共和国も帝国も先行派遣部隊を上陸させ、現状を視察している段階だった。しかし、帝国軍の部隊は先行派遣部隊と言っても、すでにかなりの規模の部隊だったが…。 俺はその先行派遣部隊の第23機動歩兵小隊の隊長だった。部隊は、マイナーチェンジはあるものの全員の機体がゴドスで編成されており、戦闘力もそれなりにあった。しかし、この部隊の士気は限りなく低く、まるでただ死にいくような雰囲気だった。それもそのはずだ。俺以外の隊員は今年、ZAC2098年の春に徴兵されたばかりの兵士ばかりだったからだ。 そもそもこんな自体になったのは全て政府が悪い。 事実上休戦中だったとは言え、来るべきガイロス帝国との戦争に備え、軍備拡張、兵員募集などを怠らなければ、このような半強制徴兵や急な派兵などせずにすんだものを…。 しかし、今さら俺たちがどんな事を言っても遅かった。現に戦端は開かれようとしている。 「無論、援護に向かう。」 俺はゴドスの装備をもう一度確認した。敵の戦力はおそらくヘルキャット。公式にはまだ開戦していないため、帝国軍はなるべく静かに行動できるこの機体を優先して前線に配備しているはずだ。 「…ですが敵の数もわからないまま突撃と言うわけにも…」 ローランド軍曹は知ったような事を言った。彼なりに正論を述べたつもりだろうが、俺には友軍を見捨ててもいいなどという正論は存在しない。 「おまえたちも同じ意見か?」 俺はカートとニットに聞いた。彼らはモニターのなかで、申し訳なさそうにうなずいた。俺は別に彼らに失望や軽蔑など抱いてはいない。すべてはこの状態を生み出してしまった政府が悪い。 「よし、わかった。俺が先行して様子を見る。おまえたちはここに待機して、俺からの指示を待て。」 そう言って通信を切る。俺はゴドスを前進させる。機体が前傾姿勢になり、シートベルトの圧迫が少しきつくなったのがわかった。俺のゴドスは、隊長機としてのカスタマイズはこれと言ってなかったが、それが逆に使いやすくもあり、気に入っていた。 「?」 正面の開けた場所で、カナバ大尉のゴルドスが敵と交戦しているのがレーダーで確認できた。敵の足音は極めて微量で、危なく聞き漏らすところだった。しかしこれがヘルキャットである証明でもある。俺はゴドスの火器を全て起動し、ゴルドスの側面の草むらから飛び出す。 ヘルキャットは2機だけだった。しかし、運動性能の劣るゴルドスに対してはこの数で十分脅威だ。 「まだ生きてるか?」 俺はそう言ってヘルキャットに攻撃を加える。とりあえずゴルドスから引き離す事には成功した。 「おまえ1機か?他の奴は?」 カナバは思ったとおりの疑問をぶつけてくる。俺は「ちょっと問題があってね!お前のほうは?」と言った。 ゴルドスは開けた場所から草むらへと移動を始める。自軍領土の方角だ。 「やられたよ。新型の光学迷彩だ。部下のゴルゴドスは全滅した。」 ゴルゴドスは彼の部隊が使用していた旧式の小型電子戦略メカだ。個体数が減少していることや、戦力外であることを理由に今後上陸する予定の本隊には、もう採用すらされないような機体だ。 「たった2機にか?」 俺はそう言った次の瞬間には、ヘルキャットの頭部を打ち抜いていた。 「いや…最初は5機いたんだが、俺がおまえに救援を頼んだ後に丁度姿を消したんだ。」 彼がそう言っている間にも、俺はヘルキャットに攻撃を加えた。武装を破壊された奴はおぼつかない足取りで森の中に消えた。 敵がいなくなり静寂が戻る。しかし、俺はあることが引っかかりカナバに聞き返す。 「“救援を頼んだ後に姿を消した”だと?」 俺はどうにも嫌な予感がした。 「撤退だ!」 俺はそう言ってゴドスに来た道を引き返させる。途中でゴドスの様子がおかしくなった。目に見えてではないが“なにか”が変った。乗っている俺ですらわからないような変化だ。 しかし、今の俺にそれを考える余裕はない。もしかすると敵は俺の部下のゴドスの方を狙っているかもしれないからだ…! *= = = = = あっけないものだった。 辿り着いた先ほどの場所には、無残な銀色の鉄塊が赤い炎を上げていた。俺の予想は的中していた。ヘルキャットたちはすでにその場を離れていたが、足跡でわかる…奴らだ。 俺は無言でコンソールを叩いた。 今思えば、ゴドスに微妙な変化が見られたのは、恐らく同じ仲間が近くでやられていることを知ったために、コアが共振したためだったのだろう。 「ジャック少佐?」 俺は呼ばれて我にかえる。見ると、コクピットを覗き込んでいる少女が俺の名前を呼んでいた。 「えーと、君は?」 顔に見覚えは合ったのだが、どうしても名前が出てこないので訊いてしまった。すると彼女は心外そうに「エリーです。エリー・ベッケロイド。ちなみに少佐に自己紹介するのはこれで3回目。」と言った。俺はすまないと言ってこれから愛機になるであろう新しい自分の機体から降りた。 END ---- バトルストーリー同盟に寄贈したものです。観覧数が一定数を超えたのでこちらのほうにも掲載しました。