2008年10月10日(金) 02時12分-K
滝川羊は1994年に『神々の砂漠 風の白猿神』でファンタジア長編小説大賞でデビューしたライトノベル作家である。この賞は20年近くの歴史で4人しか大賞を出しておらず、大賞の出ない賞として有名で、この賞出身の有名作家でも、準入選どまりのものが多い(『スレイヤーズ』とか)。さらにこの賞は基本的に完結した話であることが応募の条件なのが、この小説はいろいろ伏線を張った上で、「以下次号!」みたいな感じで終わっているのだ。それに関して「これに賞やっていいのか?」みたいな議論もあったみたいなのだが、「面白いからいいじゃない」というような流れで受賞してしまったらしいのだ。つまり「面白い」のだ。
話は王道というか、筆者が自分でカミングアウトしているように、「ラピュタ」と「ガンダム」の折衷に漫画版の「ナウシカ」みたいな「世界の謎」を絡めたものという感じ。百年前の機械知性との戦争で地表の三分の一が砂漠化した世界で、砂の上を走る空母を駆って、巨大企業の船を襲ったり、古代の遺跡を盗掘したりする、半盗賊集団のクルーの一人が主人公という設定(ガンダムXを思い浮かべると良いかもしれないが、こちらのほうが先である)で、この主人公が遺跡から「神格匡体」を掘り当てる。これは搭乗者のイメージをホログラフィーみたいな感じで実体化して戦う兵器で、残された技術では作ることができず非常に貴重。そしてその中には、一人の少女が冷凍保存されて眠っていた。埋まっていた様子から考えて、百年近く眠っていたことになる。そしてこの記憶喪失の少女(顔や雰囲気はガンダムXのティファに似ている。こちらのほうが先だが)に主人公が付けた名前が「シータ」だったりするのだ。なぜシータかというと、神格匡体の名前が「ハヌマーン」だから、ハヌマーンの出てくるインド神話『ラーマーヤナ』のヒロインということで。未確認だが、もしかしたらあっちのシータの由来もそれかもしれない。ところで、主人公の仲間の使う匡体に「インドラ」があって、もちろんその必殺技は「インドラの矢」である。描写は割合簡潔なのだが、必要十分なもので読めば「ああ、分かります。映像で見たことあります、それ」といいたくなる代物である。
とまあ、こんな風に、その他「キマイラ」だとか「スサノオ」だとか巨大な神様たちが、地を揺るがし肉弾戦をし、また謎を秘めたヒロインはひたすら健気だというように、べたべたなまでに王道展開なのだが、こういう王道を、工夫次第でまだまだ使えると信じ、自分にはそれができると信じ、さらに残念ながらいつもそうなるとは限らないのだが、熱意やら何やらがうまくかみ合えば、やっぱりこういうのは燃えるのだ。そしてこの作品はそういう運のいい作品なのだ。ほぼ同じ時期に『エヴァ』が「何で僕がロボットなんかに乗らなければいけないんだ」と悩んでいたときに、こっちでは「好きな女の子を守るためには何だってやれる」と言っているのだ。言ってみれば早すぎた『グレンラガン』なのかも知れない。
と、ここまでかなり褒めてみたのだが、この作品には問題がある。先ほども描いたように、さまざまな謎を秘めてこの小説はとりあえずの幕を閉じているのだが、その幕はいまだに一度も開いていないのだ。続刊が出ないのだ。なんだか全話2クールくらいあるアニメの最初のものすごい出来のいい5話くらい見せられた気分だ。ちなみにこの本、筆者のあとがきが入っているのだが、それが冒頭に
「以降、よろしくお見知りおきを。お願い! お見知りおいて!」
と言う文章があって、末尾で
「それでは、また会いましょう! (たぶん……)」
という風に終わるのだが、これはラノベ系の作家がよく見せる自己韜晦癖なのだが、今見ると何か痛い。また、その後にライトノベルにはめずらしく解説がついているのだが、その主が伝説的に書かないことで知られた火浦功なのである(書くと天変地異が起こるらしい)。そして解説の中で「自分なんか一つも完結したシリーズが無いんだぞ」と自慢している(私は火浦功の第一話だけ書いて続かなかった小説を集めた短編集を持っている)。そしてその火浦功が「早く続きを読ませろ」とがなっているのだ。もしかして続きが無いのは火浦功の呪いなんではなかろうか。またさらに編集部からの文章まで入っている。異様なプッシュ振りといえよう。それがこんな文章なのだ
「わかってます。
続編が読みたい! 宴やハヌマーンや焔光院様の活躍がもっと見たい!
いま、その声に応えようと作者はがんばっています。ぜひ応援してあげてください。
作家を育てるのはひとえに読者の力。さあ、ともだちに勧めよう! アンケートはがきを出そう! 著者に応援の手紙を書こう!」
なんだか今の状況を予見しているような。
1997年のある1ファンのインタビューでは「担当さんの話では5巻くらいで完結の予定」とか言ってたから、当時は書く気はまだあったのだろうか。2000年にドラゴンマガジンの別巻に乗った「2巻発売間近」の記事はなんだったんだろうか。このまま消えてしまうのだろうか。しかしファンタジアは羊のことを忘れていないらしい。なぜならいまだに絶版になっていないからだ!
と言うような日々を送っていたファンたち。そんな彼らについ先日激震が走った。それは『カラミティナイト』で知られる作家高瀬彼方の『天魔の羅刹兵』(戦国時代に鉄砲の変わりに巨大ロボットが伝わったら、と言うような作品)が今年8月に復刊される際に起こった。帯に「滝川羊氏絶賛!」の文字が! お前消えたんじゃなかったのかよ! まだこの業界にいたのか! 学校の国語教師をやめて漁師になるんじゃねえのか! てゆうか、お前みたいな誰も知らない作家が絶賛して宣伝効果があるのか? 絶賛て偉い作家が新人作家にすることじゃねえのか(とバタイユの小説の帯に「浅田彰氏絶賛」と書いてあったのを見たある人が言ってた)? てゆうかこれはなんのフラグなんだ?
最終更新:2014年02月17日 13:09